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焦がれたその結末


 咽喉に違和感圧迫感。空気が、酸素が、生きる為に必要な物が失われる感覚に苛まれて、口をぱくぱくとさせる。間抜けな金魚の様だった。
 虚空を見つめる。二つの、窪んだ場所を見つめて唇を動かす。
 ――呼んで、もう一度だけで良いから、ねえ、早く。
 涙が溢れだした、其れだけで、いいのに。
 呼んで、と紡ぐ。
 言葉を紡ごうとするたびに、咽喉への圧迫感が、押し寄せて息ができない。嗚咽が唇から洩れでた。
 此処で死ぬのかしら、とふと浮かぶ。
 もう一度だけで良いのよ、呼んで、と唇を動かした。
 この咽喉を締め上げるあなたには伝わらないであろう言葉。紡げない言葉、紡いでは、いけない言葉。
 名詞動詞形容詞様々な言葉を集めて、花束にしよう。君に伝わるようにと。君に、届く様にと。


「ねえ、大切な人って、いる?」
 まるで恋愛の話しをするウブな少女の様に『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は集まったリベリスタ達を見回して告げる。
 首を傾げるリベリスタに小さく笑みを漏らしながら、彼女は資料を手渡した。
「簡単な話よ。E・アンデッドを匿っている革醒者が居るの。E・アンデッドの討伐をお願いしたいの」
 さらりと、告げるその言葉。最初の恋情に夢を見る熱の籠った瞳等其処に存在していない。
「アンデッドは少年。その名前はチヒロよ。彼を匿う革醒者は彼の通っていた中学校の教員、未幸」
 一見、自身の生徒が大切だからと匿っている――そんな博愛的な教師であるようにしか見えない。
 革醒者である未幸は自身の力を自覚している。しているからこそ、生徒を匿っているのだろう。
「幾ら大切な生徒だと言ってもチヒロは存在していてはいけない。彼の討伐を、お願いしてもいいかしら。
 未幸の家に乗りこんで、殺してきて。そうじゃないと未幸がチヒロに殺されてしまうの」
 夕刻に行けば、仕事から急ぎ帰ってくる未幸より先に家に入りこむ事が出来るだろう。
 ふと、リベリスタは問う。
 最初に『大切な人が居る』と問うたのは何故か、と。
 桃色の瞳を切なげに細めて、嗚呼、とフォーチュナは呟く。只、想いが溢れそうになる胸を押さえながら。彼女は、と紡ぐ。
「――好きだったの」
 ただ、呟かれるだけ。
 建前でない、本音での彼と彼女の関係性はその一言で完結した。
「さあ、目を開けて。悪い夢なら醒まして頂戴」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:椿しいな  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年10月27日(土)20:07
心情月間。こんにちは、椿です。

●成功条件
E・アンデッド『チヒロ』の討伐

●戦闘場所
女教師・未幸の自宅。其れほど広くないマンションの2階です。部屋は二つあり道路向きのベランダがある部屋にチヒロとE・ゴーレムが存在しています。(未幸はその部屋にはあまり足を踏み入れないようです)
明り等は十分、但し住宅街であることから神秘の秘匿が必要となります。
時刻は夕刻、到着時に未幸はおらず3分後に彼女が帰宅してきます。

●E・アンデッド『チヒロ』
中学生の少年。生前の姿を遺しては居ますが、窪んだ瞳をしており、自我は失われています。先生である未幸にはとても懐いています。彼が未幸をどう思っていたかは分かっていません。
フェーズ2。生き永らえる為に血を啜って生きています。
・吸血 ・デュランダルRank1スキルのようなものを使用 ・血の鎖(神遠単/ BS呪縛/ダメージ大)

●E・ゴーレム×5
チヒロの影響を受けて覚醒した室内に在る熊や兎のぬいぐるみなどです。フェーズ1。チヒロの補佐を行います。
物近単(出血やノックB)、物近複(虚弱)、神遠域などを使用します。

●革醒者『小菅・未幸』
中学校教師。チヒロの担任。ジーニアス×レイザータクト。
匿っている理由は『大切な生徒だから(建前)』『愛していたから(本音)』
帰宅時にチヒロが危険な目に在っていた場合は彼を庇おうともします。

隠した思いの結末にて。どうぞよろしくお願いいたします。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ソードミラージュ
ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)
ソードミラージュ
ユーフォリア・エアリテーゼ(BNE002672)
クリミナルスタア
坂本 瀬恋(BNE002749)
クリミナルスタア
★MVP
腕押 暖簾(BNE003400)
ダークナイト
逢坂 黄泉路(BNE003449)
ホーリーメイガス
石動 麻衣(BNE003692)
クリミナルスタア
式乃谷・バッドコック・雅(BNE003754)
レイザータクト
ミリィ・トムソン(BNE003772)


 かち、かち――
 時計の針はゆっくりと、ゆっくりとその時を待つように進んでいく。
「大切な人、ですか」
 含んだ言葉の意味を一人噛み締める。『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)の胸に湧き上がる思いは、目の前の部屋の主たる小菅・未幸の想いを理解することはできなかった。
 彼女の望みも、彼女の想いも、分からない。けれど――それでも、私は。
「辛い、ですね」
 広がる強結界に溜め息をつく。何故、大切な人が居るか問うたのか。好きだったの、呟かれた言葉がミリィの頭から離れずにいた。
「でも、物語としてはとっても美味しく頂けそうですけどね~」
 のんびりとした口調でユーフォリア・エアリテーゼ(BNE002672)は笑う。現実でだって祝福したいものではあるのだが、それでも相手がアンデッド化した人間であるというならばそれを討たない訳にはいかない。
 ロマンチックな恋愛模様ではあると思う。生徒と先生の愛、だなんて。
「普通に過ごしてりゃさ、あるんじゃねぇの。教師と生徒の恋とか」
 そういうのって。齢的には女子高生程度の年齢である『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)はTerrible Disasterで包まれた掌を見つめる。
「こうなっちまったんだったら、しかたねぇよ」
 今できる事をするしかない。瀬恋は小さくため息をつく。普通に生活して、普通に笑い合えば芽生えたかもしれない想いのなれのはてがこれだというならば――
「今出来ることをやるしかねぇよ」
「まあね、けど、否定できないものだから」
 それ故に、辛くも思える。三高平の高等部で教鞭をとっている『自堕落教師』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)にその恋情は否定できない。
 生徒への恋心だって、否定しない。人の感情なんてどうにも出来ない者だから。特に愛だとか恋だとか、溺れる様な感情の制御等出来ないに決まっているのだ。
「まぁ、私にはそんな経験ないからわからないのだけど、ね」
 先生、と読んでくれる可愛い生徒たちの顔が浮かぶ。淡い紫色の瞳には普段の明るく楽しげな教師の顔はない、同じ教鞭を持つ女としての顔。
 未幸には現実を受け入れてもらわないといけない。教師として、人間として、壊れないでほしい。
 だが、愛に溺れた時点で『人』として壊れてしまっているのではないか。生徒を愛するが故のエリューションの保護。禁忌に触れたら、人間は壊れていく。崩壊する。
 好きなってしまったら、どうしようもない程に、壊れるしかない。『黄泉比良坂』逢坂 黄泉路(BNE003449)は赤い瞳を細める。教師たる未幸がその想いを胸の内に秘めていたのかは分からない。けれど、愛する者が変異してしまえば、それを匿い保護することだって、道理なのだろう。
 その道理であれど、結末は必要になる。
「恋愛ってね、ちゃんと結末が必要なんだよ。振られた、とか、結婚した、とか」
 そうやってハッキリした道筋(おはなし)があるからこそ成り立つのだと、まだ年若い女子高生と言う年齢で『下剋嬢』式乃谷・バッドコック・雅(BNE003754)は呟く。
 ハッキリさせる。そのきっぱりとした物言いは雅らしい。けれど、その先――恋愛からワンステップ上がったものをハッキリと告げられる女子高生は少ないだろう。
 やや釣り目がちな黒い瞳を伏せる。ふわりと金色の髪が揺れた。
「ハッキリ、させましょ」


 世界とは、淡々と廻り廻るものだとおもう。誰かにとっての不都合をも淘汰して、只、その姿を変えずに淡々と。
『機械鹿』腕押 暖簾(BNE003400)はブラックマリアを手に目の前の扉をじっと見つめる。
 大切な人が居なくなった。そうしたら、世界が呼吸を止めた気がした。妻の背中画見えなくなった時に、世界が止まった――そう錯覚した。
 それでも、世界は、くるくると、淡々と回り続けた。無情だった。世界は暖簾も彼の妻も拾い上げる事も掬いあげる事もせず、ただ、ぐるぐると廻るだけだった。
 ちくりと胸が痛まない筈もなかった。寂しさだってあった。けれど、大切な人の為に楽しく笑って生きている。
「そんなもんさ」
 世界って。
 影になったその場所に潜もうとする。けれど、其れで扉を開く事も入る事も叶わなかった。背後で『おとなこども』石動 麻衣(BNE003692)が息を吐く。大体の目安として帰ってくるまで1分前になっていた。
 かち、かち。
 時計の音が、やけに鼓膜に張り付く様にも思える。
 ミリィが仲間達に施した護りが、力が、指揮官たる少女が戦場を奏でる様に。杖を握りしめて、息を吐く。
「悪い夢を、醒ます事が出来たのでしょうか」
 ――醒めない方が幸せな夢だって、きっと。
 無理やりに扉を破壊し、黄泉路は室内へと飛び込んだ。開け放たれた和室でぬいぐるみと遊ぶまだ綺麗にもみえる死体が窪んだ瞳を彼へと向ける。
「辛い選択の前に、一つやらなきゃな」
 暗き瘴気がE・ゴーレムを包み込む。今まで幾度も過酷な戦いをこなしてきた彼らにとってはこのぬいぐるみもチヒロという少年も強大な敵ではなかったのだろう。
 ベランダからそっとユーフォリアが姿を現した。
 ふわりと飛び上がったユーフォリアがチャクラムを振るう。普段とは違う戦い方を、と彼女は踵の高い靴でフローリングを蹴り、真っ直ぐにチヒロへと向かった。
「さあ、接近戦ですよ~?」
 得意分野だという戦いを行って、彼女は長い金髪を風に揺らした。まるでその生を終わらせに来た天使が如くユーフォリアは笑う。
 瀬恋の蛇が全てを呑み込む、其れに追い打ちをかけるが如く暖簾の氷の雨が降り注ぐ。
「お前さん達だって被害者だもンな」
 ぬいぐるみがその手で殴りつける。その傷を直ぐに癒した麻衣はは視線を揺れ動かした。自分は、どんなものにも屈さない。だからこそ、この場で癒し手として立っているのだ。
「私が、皆さんの手助けをします」
 癒しを与える、歌って、呼び掛けて。その身を守る。
 放たれるミリィの清き光が戦場を包み込んで燃やしていく。チヒロと目線がかち合って、少女は同年代の彼の窪んだ瞳に囚われた様に見返した。
 ――何が、正解なのか。でも、私は、ただ。
 思う言葉を紡げないままの彼女の肩を叩いて、暖簾が振らせる雨は、まるで彼女の心を表すかのようだった。
「sweetdreams,良い夢を」
 ぬいぐるみがくたりと落ちる。少年ががむしゃらに暴れ回る。怖いと、その眸は明確に告げていた。
 嗚呼、少しだから。あとちょっとだけ待ってくれ。『彼女』が、帰ってくるまで。


 ばたばたと走る音が聞こえる。息を切らして、慌てた声で、チヒロ君、チヒロ君、と呼ぶ声がする。
 やや高めのヒールでは、室内は走り難いのか、あんまりな状況に慌てたのか、転び、靴が脱げる。手にした鞄から書類が散らばる事も気に留めずに小菅・未幸は室内へと滑りこんだ。
「よう、邪魔してンぜェ。術士無頼の機会鹿。現状を終わらせにきた」
 ちょっとした行き先案内人とでも言う感じに戯曲が如く暖簾は紡ぐ。
 むっとした表情で雅は未幸へと歩み寄った。
「センセ、何でこんなヤツ匿ってたんだ」
 知っているけれど、其れでも本人から聞きたい。本音を。建前じゃない言葉を。
 残っていたぬいぐるみがぽかぽかと殴りつけるのをユーフォリアは受け流す、チャクラムで切り裂いて、背後を仰ぎ見た。
 座りこんだ女と、語りかける仲間達。
 ぼそりとソラがぼやく。回復と攻撃の両立って面倒だな、と。速度を身にまとい、打ち込んだマジックミサイルがぬいぐるみの動きを失わせる。
 学校生活と教師生徒の恋の方がもっと面倒そうだな、とソラは優しい仲間達を見守った。その慈愛に満ちた教師の目が、瞬間で変わる。チヒロを敵だと認識したその瞬間に。
 黄泉路はエネミースキャンでチヒロを見つめて、未幸へと視線を送る。辛い選択を押し付ける事になる、其れでも、その選択をして貰わなければならないのだ。
「なあ、アンタさ、結局どうしてーんだよ?」
 中途半端なことなんて、必要ないと。未幸の目を真っ直ぐに瀬恋は見つめた。
 彼を、チヒロを守るという事は世界を壊すという覚悟をして彼と二人で生きていくということ。その覚悟がないというならば世界を守るために彼を諦めなければならない。
 選べない、と告げようとした未幸に向けられるのは燃え滾る様な色。
「どっちも嫌だなんて、駄々こねてんじゃねえぞ。そいつを本気で護りたいなら」
 一度、言葉を止める。息を吸い込む。瀬恋の真っ黒な瞳に宿るのは明確な決意。
「本気で護るなら、世界全部を敵に回してぶっ壊して見せろよ。今ここでアタシを殺さなきゃ、アタシは全部ぶっ壊す」
 アンタだって、アイツだって。全て。
 瀬恋の黒い髪が揺れる。少女の細い腕が側の机をがん、と叩く。
 チヒロという少年にとって世界でたった一人だけの味方がこの女なのだ。其れは瀬恋には分かっていた。だからこそ苛立った。だからこそ、ぶちのめしてやりたかった。
 心の底から殴りつけて遣りたかった。いっそ、立ち向かってくれた方が好感を持てた。
 女は、へたり込んだまま、チヒロ君、と小さく呼んだ。
「俺はお前さんを死なせねェ」
 へたりこんだ未幸の隣で、暖簾は呟いた。死なせない、生きていかなければならない。
「俺は今だって胸張って言える。大切なアイツに『愛してる』ってよ。お前はどうなんだよ」
 教師だから、と言葉にする事すら憚られてた言葉を、平気で吐き出して、暖簾は未幸を見据える。如何なのか、言えるのか――そんな決意まだない。だって、彼は生徒だから。
 先生、と呼んでくれる声が愛おしくて堪らなかった。
「わたし」
 言葉が、揺らいだ。
「想いをチヒロに伝えてやれよ」
 センセ、と雅は告げる。纏った三高平の高校制服のスカートがひらりと揺れる。
「想いは、花束は、見せなくっちゃ意味がねぇんだよ」
 抱きかかえているだけなら、そんな物は意味がない。名詞動詞形容詞様々な言葉を集めて、花束にしよう。けれど、其れを伝えないままでは言葉だって、想いだって枯れてしまう。
「こいつはこんなになっちまったけど、間違いなくチヒロなんだろ」
『先生』の、未幸の愛した少年である事が違わないのであれば、その花束を差し出せばいい。受け取ってと両手で抱えて渡せばいい。
「想いの結末はちゃんと知るべきだろ」
 そうしないと、きっと、後悔するから。通じないとか、そんなことはない。彼がもはや言葉を喋れなくなったとしても。彼が『バケモノ』になったとしても、同じ人間同士でも伝わらない言葉だってあるのだから。
 通じて、伝わって、と願って、言葉を伝えなければならないだろう。
「建前ってね、そんなに大事ですか? 大切な生徒だから、大切に思っているんですか」
 ミリィが、戦場へと放つ聖なる力が全てを焼き払う。少年が、ふら付きながらも尚も部屋に落ちていた棒を振るう。一閃せしと近づくその体を黄泉路が受け止めた。
「大切だからって、既に失ってしまった者を貴女は護りきれないでしょう?」
 建前の感情なんかじゃ、きっと護りきれないのだから、本音を、全てをぶつけてしまわなければいけない。
 渋っていては伝わらないのだから。
「ねえ、教えてください」
 大切な想いを、紛い物の想いじゃない、本物の想いを。この場にいる全ての人間にも、何より大切な彼へと。
「本音、吐き出しちまえよ。ケジメは自分でつけるべきだろ」
 暖簾が踏み込んだ。接近してチヒロの体へとその拳を叩きつける。少年の傷つく姿にふら付きながら、もがく様に立ちあがって、女教師は目を見開いた。
「愛して、たの」


 好きだった、生徒として、異性として。それを理解できた。今まで隠してきた感情が流されたとしてもそれを否定しないし、行動も否定しない。
 次は我が身かもしれない、その感情に襲われながらも、ソラはぎゅっと出席簿を握りしめた。
 大好きな生徒をその手で如何にか出来ないなら、自分達がするしかない。たとえ恨まれたって、誰かが止めなければならないという世界の真実が其処に在るから。
「――一つだけ言える」
 ソラが出席簿を手にしながら未幸へと目を向ける。未幸が日常で手にする出席簿と何ら変わりない其れ。年若く、幼く見えるソラの口調はその年相応の対等な教師としての重さを孕んでいた。
「其処に居るのはもうすでに貴女の愛した生徒とは別物よ」
 其れ位、分かっているのでしょう。
 その言葉が、未幸にはどれほど衝撃を与えるのか。そう分かっていてもどうしようもない感情があると。勿論、それもソラは分かっている。膨れ上がった恋情は道理なども気にせずに、ただ、真っ直ぐに伸びあがっていくのだから。
 好きだから、単純だけれど、強い想いが、癒し手たる麻衣の身を抉る。
「ごめんなさい、それでも、私達は其れを踏みにじってでも成し遂げる物があるのです」
 謝罪を告げる。癒しを、謳って、医者たる彼女は紡ぐ。
 恨まれたって、憎まれたって、其れでも大事だから。世界が大切だから。
 でも、自分がその選択を迫られたら、如何したらいいのかすら分からなくなる。だからこそ、紡ぐのだ。謝罪を、抜けだせないままの迷路の執着を勝手に与えてしまう事を。
「なあ、チヒロ、聞かせてくれよ。お前さんの声」
 先生の事をどう思っているんだ、そう告げる。少年の丸い瞳が暖簾と克ち合って逸らされる。どうしたいの、なんて優しく問うては遣れなかった。
 これが、最期だと。彼は体に巻き付いた血の鎖など気にしない。畳に染み込んでいく血が、少年と暖簾の血が混じり、その想いを深く探る様にと溶け込んでいく。
「彼女を、楽にしてやってくれよ」
 お願いだ、と耐えるように、願う様に暖簾は告げる。
 チヒロ君、と先生が呼ぶ声が好きだった。少年は思うのだ、きっと先生が好きだ、と。
 名前を呼ばれるたびに心がざわめいた。嬉しかった。こうやって『駄目』になっていく自分を先生は優しくしてくれたから。
 ――でも、其れは恋心なのか。
 分からなくて、首を振る。まだ言葉が通じているんだ、そうは想っても、きっとこのままではいけないから。痛む心をさえて、瀬恋は拳を振るった。
 幾重もの蛇が全てを呑み込む。壊す、潰す。それが彼女だから、其れがこの瀬恋という少女の生き方なのだから。
 センセー、そう呼んで、彼女は震える拳を、ぎゅ、と固める。
 一気に手加減なしに、撃ち込んだギルティドライブが、断罪の魔弾がこの世に執着するがごとく仮初の生を未だに掴んでいる少年の体を蝕んでいく。
「なあ、あんたがコレを愛していたというのは知ってるんだ」
 もう一度言う、とソラと同じ言葉を口にする。彼はもうお前の愛する少年ではないのだ、と。
 理解など出来ない、ソラが告げた『どうしようもない感情』が黄泉路にだって痛いほどわかった。だからこそ、言うのだ。無理に分かれとはいわないと。
 愛してるから見逃せるなんて、いえない。其れを見逃せば無関係の――黄泉路の友人たちも被害を被ってしまう。世界はなんて酷いのだろうか。
 くるくる回る。不条理で満たされた、ちっぽけな世界がくるくると。
「あんたが止めをさせないというなら、代わりに俺が――死神の名において、それを黄泉路へと運んでやるさ」
 行先は只一つ。其れが誰の手で齎されるか。震える手で女はフローリングを掻いた。手を伸ばす。
 チヒロ君、とか細く読んだ声に少年は真っ直ぐに黄泉路を見つめた。
 唇が動く。瞳を伏せる、大粒の涙を流した女から視線を逸らして。
 その唇の動きを感じとった暖簾はそのやりきれなさに視線を逸らす。その動きは、確かに未幸にも伝わった。伸ばし掛けた手を、下ろす。
 それが、彼女の選択だったのだろう。
 ――ころしてください。
 ひゅん、と黄泉路はその痛み全てを乗せるが如く踏み込んで、変形した斬射刃弓「輪廻」で少年の首を落とした。


 座りこんで、啜り泣く女の傍で俯いて。彼の選択肢と、彼女の選択肢を手に取った。どちらも、あっけなく、焦がれた結末にはならなくて。
 ソラは小さくため息をつく。大切な生徒達と、ふと会いたくなった。行動を否定しない。感情も否定しない。
 自分もきっとこうなるかもしれない、けれど、其れを止める立場だったのがソラには辛くて堪らなかった。
 私だって、きっと――やりきれなさに目を伏せる。
「正しさなんて、糞食らえだ」
 何が、正しいかなんて、今はもう分からないけれど。頬を叩きたくなった。立ち向かう事すらも諦めたおんなの丸い背中のラインを眺めながら瀬恋は溜め息をつく。
「恨んでくれても、良いんです。奪うことしかできない私達を」
 恨んでも、憎んでも、いい。其れでもミリィは未幸に望むのだ。歩むことのできない彼とは違って、その足で立って、転んでも立ち止まっても何れは再び歩み始める彼女の姿を。
「あたし、センセとか教師やってる人は尊敬してるんだ」
 雅が呟く。進めると、いいな、と言葉を吐き出して、彼女は背を向けた。腕で揺れる撫子一輪。伝えられたのであれば、それで、きっといい。

 はっきりさせた結末が望んだものでないとしても。
 焦がれたその結末が、キレイゴトだらけでないとしても。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お疲れさまでございました。
心情月間。先生と生徒ってちょっとしたロマンですね。頂いた心情がどれも、素敵なものばかりで感涙しておりました。
MVPは自身の過去と絡め、彼女へと問うて下さった貴方へ。その心の強さと優しさへ対して。

お気に召します様。ご参加有難うございました。