●君の見ていた色はどんなものだったのだろう 「私の名前はすみれ。あなたのお名前は?」 「ぼくのなまえはベル」 「そう、ベルっていうのね! 素敵な名前! ……ねえ、一緒に遊びましょうよ」 「うん、いいよ、あそぼう」 小さな少女すみれと大きな怪獣ベルが仲良く遊ぶ。 さまざまな色の花や草木が生きている森で2人は遊ぶ。 「見て! このお花、私と同じ『すみれ』色! こっちは『あか』色!」 「すみれ? あか?」 大きな怪獣ベルは大きい目を見開いて大きく首をかしげる。 「そうよ! 素敵な色でしょう?」 小さな少女すみれは小さい手を広げて彼と同じように小さく首をかしげてみせた。 彼女の黒髪が風にさらりと揺れる。 ベルには目があったけれど『色』が何なのか分からなかった。 けれど、それはきっとこの少女の事を指すのだと思い。 「とても、すてきだね」 ぐるぐるした目を細めて笑った。 ●あかいろ 「ベル、最近何だか調子が悪そうだよ? 大丈夫?」 「すみれ、ぐにゃぐにゃ、へんだよ」 いつもと違う少女の姿に怪獣は怯えて頭を抱え込む。 「ベル? ベル? 大丈夫なの?」 頭の中を侵食していく違和感に、この目の前に居る物体はすみれではないと拒絶した。 「ウルサイ! ぐにゃぐにゃ! どっかいけ!」 怪獣の大きな爪が少女の身体を切り裂いて――赤色が花畑に飛び散る。 「ぁあ……ベル、頭痛かったの、かな? ごめんね」 「すみれ、どうしたの!? このぬるぬる、なに!?」 少女から流れ出す血を止める為に手で押さえようとして彼は気が付いた。 指先が硬く鋭くなって、まるで武器みたいになっている。 そこには少女から流れ出すぬるぬるしたものと同じ液体が着いていた。 「赤いね。『あかいろ』だね」 少女の意識は薄まって、もうすぐ終ってしまう。 でも、命の終りが怪獣には分からない。 「あか、いろ。すみれがあかいろ……あれ、すみれ、ねちゃった?」 凶暴化したエリューションビーストの最初の犠牲者は彼の大切な友達だった。 ――「あかいろ」もういちどかけたら、すみれおきるかな? きっとそうだよね。 わかった、ぼく『あかいろ』あつめるよ! だって、すみれとまた遊びたいんだもん。 ●大きなモニターと小さな少女 かちりと画面が止まって『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が視線を上げた。 「血を集めているエリューションビーストを退治してほしい」 目の前のリベリスタに淡々と言葉を紡ぐ白い少女は資料に指を添える。 「この生き物は?」 モニターに映し出された奇妙な体躯のエリューションビーストをリベリスタの一人が指差した。 「ただの野良犬だったもの」 犬というにはあまりにも滑稽で寸胴なシルエット。 手元の資料に目を落とせば野良犬だった頃のエリューションビーストの文に目が留まる。 「野良犬は盲目だった?」 かつて、少女は盲目の野良犬に気まぐれでエサを与え、犬も彼女に懐いていた。 やがて、犬は覚醒し『色彩』を手に入れた。だけど『色』という概念は分からないまま。 「そう。そして、もう一度同じ場所で出会った」 身体が捩れ奇妙な生き物になっても、記憶を失っても、少女への想いは消えなかった。 「それと……」 その細い指がなぞるのはエリューションビーストの後、「E・フォースの少女」の文字。 同じように資料に目を通していたリベリスタが疑問符を投げかける。 「E・フォース?」 「エリューションビーストは少女の死体に、病院の患者の血をかける事で蘇ると思った。……もちろん少女はただの幻影。E・フォースを呼び出したのは怪物の記憶と想いにすぎない」 資料に視線を落としたまま、彼女は言葉を続ける。 「すでに犠牲者は2人出ている」 このままではどんどん被害が拡大していくのだ。 だから 「少女と血のE・フォースも一緒に倒して」 一瞬だけの間の後、イヴは感情の無い瞳をリベリスタに向けて 「……これ以上、犠牲者を増やさないで」 きっと、少女もそれを望んではいないだろうから――その言葉を飲み込みこんで彼女は彼らを送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:もみじ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月28日(日)22:40 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●目の見えないものに、空の綺麗さを伝えるにはどうすれば良いだろう 「急に灯った世界の色はどのように見えたのかしら?」 太陽の光に反射してルミホワイトの髪がふわりと揺れる。 『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)が澄み渡るアジュール・ブルーの空を見上げた。 森の中。切り取られたかの様に現れる、花の草原。 種類も分からない花々が、近づいてくる冬の気配を前に身を寄せ合って咲いている。 草原に咲く小さな花を踏まないよう、小さい足を一歩踏み出すのは『刃の猫』梶・リュクターン・五月(BNE000267)と『節制なる癒し手』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)だ。 懸命に咲いている小さな存在を無闇に踏み潰すことは彼女達にはできなかったから。 蒼穹の空から撫で付ける様に吹く風が『ジーニアス』神葬 陸駆(BNE004022)のマントを揺らす。 エリューションと人との間に結ばれた友情。もし、運命に愛されていたのならば成し得たかもしれない未来。 天才少年は死という概念が分からない二人を悲しいと嘆く。 血の赤と同じ色をした真紅のマントが突風を受け翻った瞬間、 「シエル・ハルモニア・若月、回復は頼む」 仲間に背を任せ走り出した。 戦場において一人だけ仲間の陣形より外れるのが危ないという事は、IQ53万の彼にとって息をするのと変わらない程度の労力で理解できる。 けれど、彼は天才だから。仲間の為ならば多少の危険など厭わない。 これは彼にしか出来ない誘導作戦。――血のかたまり一体を、正確に打ち抜いた。 血のかたまりが緩慢な動きで少しずつ陸駆に寄っていくのを見ながらシエルは静かに決意する。 庇って貰わなければその天使の羽は容易く折れてしまう。癒すことしか取り柄がない彼女はそれでも戦場に立つ。 「せめて……皆様を支える『癒しの杖』となりましょう……」 彼女の家を守って来た絶海の孤島に佇む御神木と同じように。自身も仲間を支えることが出来るように。 少女の幻影はブリーフィングルームのモニターで見た時よりどこか暗く見えた。 スカートの裾は汚れ、髪の毛が顔にかかり目は、色を映していないようだった。 その眦から一筋の涙が少女の頬を伝う。赤い血の涙が地面に黒い染みを作る前にバラバラと血色の鎖が空を覆った。 まるですみれが鎖に捕らわれているかの様に。 「もう亡くなったとは言え、少女の相手は辛い。が、これも弔いだ。」 『酔いどれ獣戦車』ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)が胴を打つ血色の鎖を捕らえる。 死して尚、自分の友達だった犬のために戦う。そうとも取れるように見えるが、実際はそうでは無いんだな。 ベルの作り出した幻影は生きていた頃と比べ物にならないぐらい、凶悪で禍々しい姿をしていた。 「すみれはいい友達をもったのだな。君をこんなにも好きで居てくれる友達がいて幸せだ」 ベルの願いによって繋ぎ止められている少女に五月は幸せだなと言った。 「でも願いで此処にいる事は辛い? 何か言いたい事は君にはない?」 すみれ。なあ、君は如何したいんだ。 少女からの重い攻撃を受けてもなお、五月はすみれに語りかける。白いワンピースが呼応する様にふわりと揺れた。 想いが集まって少女が作られたとしたなら。 「生み出した者が居なくなっても、少女の幻影は消えないんでしょうか?」 すみれの攻撃を大きな盾で軽く受け流した『残念な』山田・珍粘(BNE002078)が首をゆるく傾けて小さく笑う。 消えないなら、それはそれでロマンチックに思いますけれど、と付け足して、くすくすと。 「二度と現れないよう、念入りにけしさらないといけないですね」 珍ね……那由他はつかみどころの無い所作で、口元に少女の様な指を置いた。 ●空の青さも、木々の緑も、そして血の赤も、どうすれば彼に伝えることが出来たのだろう アジュール・ブルーの空色を吸い込む様にして広がった、黒蝶の大群が常夜の狭間から敵を死へと誘う。 紫黒に彩られた糾華の白雪の様な細い指から、次々と羽ばたいて行く蝶の群れ。 降り注ぐ揚羽蝶の投刃が血のかたまりを分断して消滅させた。リン……とヴァイオレットの燐粉が薄まり残るのは空の青。 「うああああああああああああああああああああ!?」 響き渡る声は蝶の強襲にあったベルのもの。 「いたいよお! いたいよお!」 痛みというものを初めて味わった真っ黒な怪獣。恐怖に怯えて訳も分からずにディートリッヒを長い腕で叩き潰す。 身構えていたとはいえ、巨体からの凄絶な一撃はNaglerinを持ってしても彼に痛手を負わせた。 だけど、生まれながらの喧嘩屋、ゲルマンの虎ディートリッヒ。体力十分、気力十二分。顔の十文字は伊達じゃない。 ベルの攻撃を食らってなお、その身体が折れることはないのだ。 「はじめまして、ベルさん。私達は何色に見える?」 銀の中にドーンミストが混ざる髪を揺らして『敬虔なる学徒』イーゼリット・イシュター(BNE001996)はベルに話しかけた。 毛むくじゃらの巨体の上部に一際大きく、ぎょろりとした目がベルにはあった。 その目で小さく詠唱を始めたイーゼリットを凝視する。紫色の魔力回路が練り上げられて行くのが見えた。 ベルにはそれが何なのか理解できない。でも『あかいろ』をかければ『すみれ』になるのだと信じていた。 「私達も赤く染めてみたい?」 「あかいろ、ほしい。すみれおきる!」 くすくす……。 「そう簡単には許さないけど」と、小さな口が意地悪げに微笑む。 その声に重ねて響いて来るのは那由他の声。 くすくす……。 もう一度遊びたい。そのためだけに、無駄な行為を続ける元野良犬……。 「馬鹿な子ほど可愛いって本当ですねー」 友達を殺したのが自分だと分からないのだから、とっても微笑ましい。馬鹿でお幸せな犬。 本当の友達と遊ぶ事だけは、もう絶対に不可能だというのに。 うふ、うふふふ……。 那由他の身体がグラファイトの黒に染まっていく。 エメラルドの目はうつろなまま、くすくすという声を響かせて、彼女は漆黒の闇を纏った。 足元から這い寄る赤色の血はドロドロと陸駆の身体を這い上がる。一体は振り払えても、背後から来るもう一体に気を取られた。 首に絡みつく血液は天才少年をギリギリと締め上げる。 「ぐっ……!」 息苦しさに小さく声が漏れる。けれど、少年は血のかたまりを自分へと誘うのだ。 「赤はたくさん僕の中にあるぞ、さあ、吸い尽くすがいい」 皮膚が裂け鮮血がエリューションに取り込まれていく。同時に陸駆の中に流れ込む痛みと叫びの思念。 エリューションは血を吸い上げ、確実に天才少年の小さい身体を蝕んでいった。 貧血によりふらつく足を叱咤して褐色の少年は、シアンの空に手を掲げる。そこに生み出した無数の見えない、観測できない刃を躊躇い無く 「苦痛の思念くらい受け取れずに何が天才か……!」 ――『自分目掛けて』打ち放った。 白いシャツは敵と自分の血に染まり、赤いマントはボロ切れの様になって黒く変色していく。 それでも、少年は自分が倒れることを恐れない。IQをフル活用しなくても計算は得意だから、仲間の力量は頭の中に入っている。 「たとえここで倒れても仲間があとはなしてくれる。天才は計算が得意なのだ」 陸駆は美しい色彩の中で唯一、赤だけが禍々しいと言った。不可視の刃で己を、その禍々しい色に染め上げても攻撃の手を止めることは無かった。 血のかたまりが切り刻まれ弾け飛び、調和の取れた色彩に異質をぶちまけた。 不可視の先に見えるものは、誰の色だっただろうか。――確かめる事など出来はしないけれど。 すみれの悲しみの色は、血の楔となって後衛に居たシエル目掛けて飛んできた。 けれど、一歩たりともその場から動くことはない。若月家が代々守護してきたあの御神木の様に微動だにしない。 彼女の目の前には『0』氏名 姓(BNE002967)がいるのだから。 赤黒くくすんだ悲しみの楔が姓の背を容赦無く抉る。飛び散る鮮血が腕の中のシエルにかからぬように注意した。 「君のおかげで皆立っていられるんだ」 傷を負いながらもシエルを庇い続けていた姓が、菖蒲色の髪をした大和撫子に笑ってみせる。 目の前で仲間が傷ついて行くのを防ぐ事が出来ないシエルは、何も出来ない自分に焦燥感を覚える。 けれど、彼女は戦線の要。誰よりも仲間を影から支える事のできる和装の癒し手。 優しげなラセットブラウンの瞳の奥、強い覚悟と賢慮な思考は仲間の士気を高め、暖かな癒しで傷を包み込むのだ。 「姓様、ありがとうございます、このご恩は……」 「うん。頼りにしてるよ」 血色の楔によって増えていく傷を痛がりもせずに、グーズグレイの衣装を纏った姓は戦場の天使を守り続ける。 守られながら和装の天使は戦場で歌を響かせる。癒しの音色を空に花に歌い、仲間に届けるのだ。 「癒しの息吹よ……」 シエルの呼びかけに応じるのは、御神木に止まった聖なる存在。歌と祈りを捧げて、仲間を癒す力を世界の旋律に乗せる。 そっと着物の帯に忍ばせてある仔猫のしっぽの様な栞から感じる温もりを、この気持ちを、歌に乗せて優しげに仲間を包み込むのだ。 何も出来ない存在などではない、こんなにも戦線を支え、温もりを与えることの出来る彼女が居るからこそ、天才少年はその背を預けた。 だからこそ、姓はその身を挺して彼女を守り続ける。 聖なる存在が草原に咲き誇る花々を通して、リベリスタの傷を急速に癒していった。 ●もし叶うなら 血のかたまりは跡形も無く消え、その色を草花の上に散らしていた。 すみれの血色とイーゼリットの黒色。茨の城のごとく、鳥かごの様に、天空の青と色彩の草原を切り離す。 血の色をした悲しみの曲と黒の月を思わせる葬操曲。交錯する鎖はギリギリと嫌な音を立てて、絡み合うのだ。 「これってあなたの血色にに良く似てない? でもね、それはあなたに相応しい色ではないの」 あなたは幻影であって、本物じゃない。ブリーフィングルームのモニターに映っていた少女は楽しげだったから。 イーゼリットの妹の様に楽しげであったから。太陽の様に眩しかったのだから。 自分と同じ様な鈍い色で悲しみに染まっている事など、許してあげない。 「受けてみなさい………葬操の調べ!」 すみれの幻影がイーゼリットの魔曲に苛まれ、もだえ苦しむ。 「う、あぁ……、ァア……うう」 空に掛かっていた血色の楔がバラバラと音を立てて崩れていく。 ひとつ一つ、まるで呪縛から開放されていくように。赤錆色の檻が草原の花々を押しつぶす前に、色を失って消滅した。 オレは君の想いに応えるよ 五月はすみれを抱きしめる。捕らわれの少女をそっと抱きしめる。 「すみれは優しい子だ。想いに応えて此処にいる」 薄汚れていた少女の白いスカートが、端から綻んで透明になって行く。目からあふれていた涙も赤から、透明になって行く。 「お疲れ様、もう、いいんだよ?」 五月に抱きしめられた腕の中、少女の表情は悲しみから安堵に変わっていた。 「……もう、ベルに悲しい想いをさせなくていい?」 「嗚呼。もう大丈夫だよ」 殆ど消えかかっている少女を、それでも五月は抱きしめ続ける。 「そっか、良かったぁ……」 少女は笑顔だった。ぽろぽろと流れ落ちる涙は止まっていなかったけれど、自分が開放されることより親友が罪を重ねる方が辛かったから。 親友が悲しむ方が辛かったから。これは、ベルが作り出した幻影ではなく、わずかに残っていたすみれの想いだった。 「ごめんね、ベル……ありがと、ネコの、おねえ、ちゃ……」 消える寸前に少女の頬を伝った涙が、ぽたりと花に落ちた。秋に返り咲いた、すみれの花の上に、一滴。 ――君が笑ってくれるなら、オレは其れで良いんだ ごめんね、ベル…… 「すみれ? すみれなの!? どこ!? すみれ!!!」 黒の巨体が少女の声に反応した。きょろきょろとあたりを見回し、もう存在しないものを探す。 「すみれは、もう居ませんよ。もちろん、君が生み出した幻影もです」 那由他はベルに現実を突きつける。すみれはどこにも居ないのだと。 「血が欲しいんでしょう、ベル?」 居ないと言われても『あかいろ』を集めればまた遊べるようになると、ベルは信じている。 「あかいろ、ほしい!」 「良いよ。ただし……、私は君の精神を切り裂いて食べるけどね」 グラファイトの黒を纏った彼女の剣はベルの体力と精神を切り裂いた。巨体が草原をゴロゴロと転がっていく。 あは。那由他の笑いが小さく漏れた。 「ベル、痛いかい? その赤色は『血』っていうんだよ」 いつのまにか、目の前にいたグーズグレイの色をした姓が立っている。 「ち? わかんない。いたいよ!」 ベルは痛みと混乱で目の前の姓に襲い掛かった。強大な力をその身に受けてもベルに語りかける。 「血の赤は、痛い色。だから、むやみに奪っちゃ駄目なんだよ?」 君は私と同じで真っ黒だね、私も沢山殺した、沢山赤い血を奪ったけど。失っただけで、誰も帰って来なかった……。 すみれが帰ってこないように、一度失えば二度と帰らないのだと。 死ぬという事は、全ての色を失うことなのかもしれない。黒は死の色、虚無の色。 「死を理解しろとは言わない、ただ、喪失だけを想いなさい」 糾華はカテドラルの蝶を青空へと羽ばたかせた。吸い込まれるように巨体へと飛んで行く蝶達。 大事な友人のぬけがらを抱えて、命宿らぬ血のかたまりを従え、その様なものでは失われた命は戻ってこないのよ? 「戻ってこないのよ?」 あなたの大事な親友は戻ってこない。 「ちがう! すみれはねてるだけ! あかいろかけたら、おきる!」 いいえ、起きない。戻ってこない。戻ってくるならば、彼女の両親は家で帰りを待ってくれているはずなのだから。 糾華の背中にある消えない傷が、それがありえない事だと証明している。だから…… 「改めて言うわ。すみれは貴方の元には絶対に戻らない」 重ねるようにディートリッヒとイーゼリットが言葉を紡いだ。 「そうだ! もう、戻ってこないんだぜ!」 「ベルさん、血が生み出したのはただの幻影。言っても分からないでしょうけれど、今のあなたがあなたらしく振舞おうとすればするほどあなたの想いから遠ざかっていくの」 だから、ホンモノとずっと一緒に居させてあげる それが、ベルが幸せな事なのかはイーゼリットには分からなかったけれど、せめてそうであるように。 リベリスタの攻撃と強い想いがベルに突き刺さる。今まで知らなかった、失うということ。一度無くなったものは、戻らないということ。 だったら、すみれはなぜ居なくなってしまったのだろうか。黒い怪獣には、死と眠りの区別すらもついていなかった。 混乱の中で攻撃したのは「すみれ」ではなく「ぐにゃぐにゃ」だったから。自分で殺した事が分からない。色が理解できないのと同じ様に。 ●次は色彩のうちのどれかに 『貴方は喪失を知ってしまった。もう先は永くないけれど、この色とりどりの世界において貴方は一体最後に、何を求めるの?』 ベルの巨体が、ズスンと地に伏した。 流れ出る血は止めることなど出来ない。失い行くものをとめることは出来ないのだ。 「うう……ぐにゃぐにゃ、こわい!」 「ああ、ぐにゃぐにゃは怖いな。オレだって怖い。知らないは怖いんだ」 恐怖に駆られ最期の力を振り絞り、怪獣は五月を傷つける。けれど、彼女は怯まない。伸ばした手でベルの巨体を抱きしめた。 「君の知らない物のうちに世界には綺麗な色がある。君の眼に映らないものでも,沢山輝いているんだ」 分かるかい?嗚呼、オレには君の黒い身体が綺麗に見える。なんて素敵な黒色だろう。 「ほら、目を閉じて」 五月の短い両手ではベルの背には届かない。 けれど、彼女は願うのだ。ベルがすみれを大好きだったという、その優しい気持ちをどうぞ護れます様にと。 次に目を開けたらこの場所に在る花も空も全て君の眼に色をつけて魅せてあげれる。 ベルが目を閉じる寸前、蒼穹の空の青さの中にすみれが居た。 「す、みれ……」 「ベル、心配させちゃってごめんね…もう大丈夫」 それは、仲間にとってはシエルだったけれど、ベルにとってはすみれだった。 だってベルには彼女の髪が『すみれ』色だと分かったから。 大きな怪獣ベルが大好きだったすみれと同じ色。 「おか、えり……」 「ただいま」 大きなぎょろりとした目が満足そうにそっと閉じていった。 リベリスタ達は、大好きなすみれとの思い出の草原にベルを埋めてあげた。 その周りには、秋に咲くはずのないすみれの花が寄り添うようにして咲いている。 イーゼリットは一詰のすみれの花をお墓の上に添えた。 「さようなら。Tra"um was Scho"nes(良い夢を)」 陸駆は雲ひとつ無いアジュール・ブルーの空を見上げる。 「貴様は空の蒼さも理解できたのだろうか?」 どこまでも広がっていく青と咲き誇る花を眺めて、いつかこの色彩のうちのどれかに、 生まれ変わることができればいいと天才少年は願った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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