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【千葉炎上】九美上六代幹部、最終決戦!

●千葉炎上
 これは、ある事件に関する、主流七派トップそれぞれの反応である。

「松戸研究所が多派の連中と……大事だな。だがそれだけだ。トレーニング相手ができて丁度いい」
 ――六道羅刹
「風紀は元々難色を示してた連中だ。飼えない犬に小屋はいらない。放っておけ」
 ――逆凪黒覇
「縞島め……七派のいずれでもなく独立組織として蜂起したか。なら、最初に手を出した派閥が漁夫の利を狙われる。番犬(アーク)の出方を待つか」
 ――恐山斎翁
「全く勝手な連中だよ。けど、三尋木自体にダメージは出てないし……今しばらくは様子見かねぇ」
 ――三尋木凛子
「えー、七弦ちゃん勝手に出てっちゃったの? 俺様ちゃんも誘ってくれたらよかったのにーい。え、ダメ?」
 ――黄泉ヶ辻京介
「剣風の……ついに我儘を通しちまいやがったか。遣る方ねぇな。てめぇらの行く末、今は見届けてやるよ」
 ――剣林百虎
「ったァく弱小組織だと思ったらストーン教団、空気読んでくれんじゃねえの。楽しい楽しいデスマッチだ。暫くは高見の見物させてもらうぜ!」
 ――裏野部一二三

 その、ある事件とは――。
 『縞島組』『風紀委員会』『ストーン教団』『松戸研究所』『弦の民』『剣風組』。
 六つのフィクサード組織が互いの理想実現のために新生『九美上興和会』として協力合併し、巨大なフィクサード組織に生まれ変わろうとしているというものだ。
 彼等の秘密兵器、アーティファクト『モンタナコア』。
 組織を完全なものとすべく狙う『セカンドコア』。
 そして『新生九美上興和会』。
 このすべてが今、アークのリベリスタ達に託されようとしていた。

●新生九美上興和会、設立!
 幕張某所、九美上興和会ビル。幹部会議室。
 豪華絢爛な部屋の最上座後方には巨大な純金製の紋章が設置されていた。
 この紋をさし、知る者はこう呼ぶ。
「九美上興和会」
 上座に設置された一人がけのソファに、男が座っていた。
 会議室である。椅子くらいはあるだろう。
 だが彼の眼前には五台。そう、五台の立体投射機が設置されている。
 通信越しに並んだ光景は、それはそれはそうそうたるものであった。

 ――風紀委員会、委員長・風紀四条。
 ――ストーン教団、総帥・吾大醍五。
 ――松戸研究所、所長・鎌ヶ谷禍也。
 ――弦の民、教祖・琴乃琴七弦。
 ――剣風組、総元締・路六俵八。
 ――縞島組兼、九美上興和会、会長・縞島二浪。

 七派それぞれに所属していた傘下組織のトップが、今一同に会しているのだ。
 非常に異例なことである。
 眼帯をつけたひょろ長の男、縞島二浪。
 紫のスーツに高級革靴。いかにもヤクザ然とした恰好で、彼は脚を組んだ。
「ここに集まったンは端から端までみーんな、アークに叩き潰され、壊滅スレスレまでもってかれた組織や。そんなワシらが危険を冒してでも手を組んで、デカい組織になろうとする……そら、よくある話や。自然なことやでぇ」
「良く言うわね」
 水兵服を着た少女。おさげ髪に眼鏡をした、印象だけならば大人しげな少女、風紀四条。
 手にした資料束を足元にぶちまけ、顎を上げて見せた。
「『私達は負け犬だから傷を舐め合いましょう』? 気持ち悪いわ」
 映像にこそ映っていないものの、彼女の後ろには何十人と言う武装集団がいる。ボディースーツにヘルメット。そしてサブマシンガン。中にはどこかヒーローじみた格好をいした連中も混ざっている。
「私個人としてはあんたら全員ハチの巣にしたいけど……アークのドヤ顔に風穴あけられるなら、『私達』としては満足よ。合併を認めたのもそう言う理由。他の連中も、大体のところはそうなんでしょう?」
「うへぇ、恐い。さっすがは風紀委員会のヤドリギ! 鋭い眼光ですなぁー! よっ、女大将!」
 ひとり座布団にすわり、湯呑片手に合いの手を入れてくる猫背の男。
 ボロと言っても差し支えないような着物をきた、やや小柄な青年である。名は路六俵八。
 風紀四条から睨みつけられてもどこ吹く風で茶を啜っている。
 まるで小物の振舞いだが、全くと言っていいほど隙が無い。彼は達人であった。
「それだけが理由じゃあございませんて。あっしら一応、七派をそれぞれ蹴っ飛ばしてきたんですからねえ。リスクにはリターンちゅうもんがないといけませんや」
 そう言って、彼は胸元に煌めく水晶の欠片をつついた。
 彼だけではない。その場に居る全員の胸元に、それは下がっている。
「コレを使って組織をパワーアップするのが、個々に居並ぶあっしらのリターン、と」
「そういうこと! だーいせぇーかーい! まさか僕がこんなポジションから語れるなんてね、世の中何があるかわからないよねえ、あは」
 白衣の男がぱちぱちと手を叩いた。
 そう、白衣の男。そう表現するほか、印象と言うものが無い。
 彼こそが鎌ヶ谷禍也。フィクサードを機械で犯し、強制的に物想わぬ兵器と化す、狂気の研究者である。
「それは『モンタナコア』の欠片だよ。それを使えば、生命力や寿命を犠牲にフィクサードをパワーアップできる。抜け駆けは無しだ。現存するもの同士、せーので使わなきゃ意味がない。コレを破壊できる『セカンドコア』をアークが先日回収しちゃったっていうのが痛いけど、暫くは保つ筈だよ?」
「その『暫く』で七派も手が出せぬ程の力を蓄えようと言うのか。博打だな」
 重いプレッシャーが響いた。いや、響いたのは人の声だ。
 玉座にこしかけた巨漢が、頬杖をつきながら述べたのだ。
 熊の毛皮を被り、表情は読めない。
 だが彼のバックには人であることを辞めた怪人と呼ばれるビーストハーフ達がいる。そして、彼らの暴虐的到達点にして命を代償にした化物、怪獣がいる。
 巨漢、吾大醍五は威厳ある声で言った。
「いずれはこの世界に八派目を作るつもりか。まあ、それもよかろう。世界征服の踏み台としてくれる」
「まあ、世界征服だなんて。物騒ですわ」
 おっとりとした声が、吾大醍五の声をやんわりと退ける。
 それはそれは華麗な美女が、足を揃えて座っている。艶やかな和装。首や腰についた鈴。手折れそうなほどの身体に、白い肌。しかし顔は、それ以上に真白いメイクが施されていた。
 多くの信者を抱える宗教団体。その教祖、琴乃琴七弦である。
「わたくしはただ、救われぬ少女達に自由をあげたい。そのための虐殺、そのための消滅、そのための炎上。私達はただ――我儘であっただけでございましょう?」
 胸に、手を当てる。
 彼女に続くように、皆もまた、胸に手を当てた。
 笑う。
「新生九美上興和会、ここに設立や」
 胸の中に吸い込まれるように、結晶が潜り込んでゆく。
 青白い光をちらちらと漏らしながら、笑う。
 壮絶に。
 豪快に。
 優雅に。
 大胆に。
 陰湿に。
 凶悪に。
 笑い、笑い、そして彼らは、『力』となった。

●最終決戦!
 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は、そこまでの説明を一旦区切り、リベリスタ達の顔を見渡した。
「『縞島組』『風紀委員会』『ストーン教団』『松戸研究所』『弦の民』『剣風組』……どれも、アークがこれまで幾度となく戦ってきたフィクサード組織だ。これが今、生き残りと互いの理想実現のため協力合併しようとしている」
 した、ではなく。
 しようとしている、だ。
「まだ戦力は各拠点に分散している。これが一ヶ所に集まられれば非常に厄介な敵になるかもしれない。また一部だけを取り逃せば地下に潜られてまた厄介なことになるだろう。だから――」
 だん、とデスクを叩く。
「これより多くのリベリスタを各拠点へと分散。新生九美上興和会を構成する全ての組織を一気に壊滅させる。つまり、最終決戦だ!」

 ここで、一つの情報を読み開いておこう。
 『モンタナコア』と『セカンドコア』についてだ。
 これらはフィクサードを強化・革醒する効果を持つアーティファクトで、九美上興和会はこれを利用して一部フィクサードの強化を図っているという。
 そのため千葉県各地にいくつものフィクサード小隊が結成され、行動を開始している。彼等はアークに回収された『セカンドコア』を奪おうとしているらしいが……。
「そっちの方は、今も多くのリベリスタたちが対応に向かってくれている。俺達……いや皆の役割は、『セカンドコア』の運用だ」
 尚。このアーティファクトが強化できるのはフィクサードに限られる。リベリスタには適用されないものだ。
 ならなぜ、運用などと言う言葉を使うのか?
「それについては……この資料を見てくれ」
 リベリスタ達に配られた資料。
 『モンタナコア及びセカンドコアの性質と運用について』とタイトル付けされた紙資料には、こう記されていた。

 『セカンドコア』には二つの性質がある。
 ・モンタナコアの位置をおおまかに指し示す性質。
 ・所持者にトドメを刺す際モンタナコアと融合し消滅する性質。
 尚、この効果はモンタナコア所持者への強い思いや因縁の深さによって効果を増すものと思われる。

「このことから『コア所持者1:1』の割合で各エリアへ配分する必要があることが分かる。モンタナコア所持者は特殊に強化され死ににくくなっているが、ここにいる10人なら倒すことができるというわけだ」
 だがしかし。
「現在『セカンドコア』は初富初音邸に封印保管されている。協力者に封印解除をしてもらっているが、どのみちまずは邸へ取りに行く必要があるだろう」
 またも、だがしかし、だ。
「だが道中、このセカンドコアを狙ってフィクサードたちが襲い掛かってくるだろう。予知によれば、だいたい初富邸前で鉢合わせることになる筈だ」
 まずは初富邸前でフィクサード部隊を一部撃破、強行突破し、それぞれの担当するエリアへ分散するという作戦になる。
「この際、同作戦でフィクサード小隊の対応にあたってくれていたリベリスタたちが援軍に駆けつけてくれる筈だ。大人数対大人数。かなりの混戦になると思うが、敵のボスを倒すという目的だけはしっかり見据えておいてくれよ」
 そう言うと、彼は資料をデスクに並べた。
 それぞれのコア所持者のデータである。
 数にして、10名。

●10名のコア所持者
 ・縞島二浪
 もとの九美上興和会幹部連を次々と謀殺し、会長の座を獲得した男。
 汚い手をポンポン使い、そのくせ頭も回る。

 ・善三
 九美上興和会元若頭。通称『不殺(ころさず)の善三』。
 深い義理がある九美上興和会のため。組織に吸収された多くの部下達のため。二浪の下についた。
 九美上興和会ビルの途中階層で待ち構えている。

 ・風紀四条
 アークが心から大嫌い。
 主に大隊戦を得意とする。

 ・吾大醍五
 屈強な巨漢であり、非常に剛腕でタフ。

 ・怪獣ヴィッカース
 コアを自らに埋め込み、命を犠牲に怪獣化した。
 今はただのものいわぬ猛獣。
 前進を金属装甲で覆い、翼の生えた大蜥蜴の姿をしている。

 ・鎌ヶ谷禍也
 松戸研究所の全てを奪った男。
 狂気に満ちており、何を考えているのか全く不明。

 ・FMF-B七栄
 一時は善意あるリベリスタだったが、機械に犯され自我を喪失。
 全身に武器を搭載した人間兵器となった。

 ・琴乃琴七弦
 今まで多くの弱者を救ってきた反面、振る舞いは静かな狂気に包まれている。

 ・初富ノエル洗脳体
 巡り目模様の仮面をつけたフィクサード。
 瀕死状態の所に念入りな洗脳を施された模様。
 銃で武装し強力。彼女の場合コアは仮面に埋め込まれている。

 ・路六俵八
 通称八兵衛。多くの人間を暗殺しながら沢山の技を奪ってきた。
 怪盗とペルソナのスキルを持っている。

 目的は、彼等全員の撃破。そしてモンタナコアの全破壊である!
「こいつらを放っておけば、デカい組織が生まれてヤバいことが沢山起きる。俺たちはそいつを黙って見ているわけにはいかない。そうだろ? つまり……叩き潰してやれ!」







■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:八重紅友禅  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年11月06日(火)00:48
 これまで戦ってきたフィクサード達との因縁に最後の決着を付けましょう。最終決戦です!

【前提】
 成功条件:全てのモンタナコア所持者の撃破
 援軍も沢山駆けつけるので、スペック的な相性よりも因縁の深さで選んだ方が良いかもしれません。

【初富邸前】
 いわゆる前半戦にあたります。メイン参加者10人全員であたりましょう。
 雑魚も多く連れていますが、最低限倒さなければならない敵は一人だけです。
 怪獣化レヴィ:巨大な蛇に姿を変えた化物。EXスキル『迷宮結界』により、外からは入れるが彼女を倒さない限り出られないフィールドが邸を中心にはられている。彼女だけは撃破必須。

【九美上興和会ビル】 =闇金コブシシリーズ
 オフィスビルが大量に立ち並ぶエリア。
 高層ビルを駆け上がり、敵を次々薙ぎ倒しながら最上層へと突入する。
 敵はヤクザ集団。ドスやチャカといった武装が中心。

・縞島二浪(ボス)
 ソードミラージュ。
 浪人形(EX):ドスによる連続全体攻撃。

・善三(中ボス)
 デュランダル。
 勧善勧悪(EX):不死属性のついた超打撃技。

【大型改造コンテナ船『正義号』】 =風紀委員会シリーズ
 ボート等で襲撃する。
 敵は風紀委員会の隊員。基本的には雑魚の群。
 しかし、アークを初めとする多くの敵と戦い続けたことで高い戦闘力を得た闇ヒーローも混在している。

・風紀四条(ボス)
 イレイザータクト。
 条霊執行(EX):味方全員の命中・攻撃力が大幅上昇。ただし防御低下。制限時間1分。

【要塞メルボルン】 =HERO魂シリーズ
 山、谷、川の自然あふれるエリアに鉄の要塞が存在。
 多くの怪人たちが集結している。
 敵は全てビーストハーフ。中には怪獣化という技術で強化された者も。

・吾大醍五(ボス)
 覇界闘士。
 醍味生相(EX):動物を吸収して肉体を強化する。彼の場合はパッシブスキル。

・怪獣ヴィッカース(中ボス)
 フレアバーストと業炎撃、その他いくつかのスキルを取得。

【松戸研究所】 =フルメタルファイトシリーズ
 研究所周辺と巨大格納庫での乱戦となる模様。
 メタルフレームを強制改造した『兵器に呑まれた人間』ことFMF-Bが多数出現する。

・鎌ヶ谷禍也(中ボス)
 ジョブ不明。
 他殺幇助(EX):敵味方を無差別混乱。呪いつき。

・FMF-B七栄(中ボス)
 ジョブ不明。非常に凶悪な武装が多数。

【地下歓楽街『裏行川』】 =ギャル戦争シリーズ
 シロヌリと呼ばれるフィクサードが多数出現。非戦スキルを得意とする。

・琴乃琴七弦(ボス)
 ジョブ不明。
 桃弦郷(EX):味方全員に鉄心、痛覚遮断、絶対者を付与。

・初富ノエル洗脳体(中ボス)
 スターサジタリー。

【蘭下邸跡】 =剣風帳シリーズ
 数多くの武闘派が奪った達人技で迎え撃つ。数は少ないが強敵揃い。

・路六俵八(ボス)
 浪人行、勧善勧悪、醍味生相、他殺幇助、桃弦郷、条霊執行を劣化習得。
 その他いつくかスキルを取得。

【※総合的な補足】
 各戦闘区域では、協力リベリスタ組織やアークのモブリスタたちが人払いをかけてくれていますので、存分に戦いましょう。
 また、各エリアには【千葉炎上】シナリオに参加したリベリスタたちが援軍として駆けつけます。彼等は皆さんが敵のボスを倒すまでの戦線を切り開いたり、一緒にボスと戦ってくれたりします。関連するフラグを持っているPCが居た場合、NPC援軍もあるかもしれません。
 ちなみに、援軍たちは前の戦いで消耗しているので戦闘不能直前くらいで撤退します。そのためこの援軍行為による死亡・重傷は起こりません。

●Danger!
 このシナリオはフェイトの残量に拠らない死亡判定の可能性があります。
 参加の際はくれぐれもご注意下さい。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
デュランダル
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
ホーリーメイガス
七布施・三千(BNE000346)
インヤンマスター
依代 椿(BNE000728)
クロスイージス
ツァイン・ウォーレス(BNE001520)
ホーリーメイガス
アンナ・クロストン(BNE001816)
デュランダル
蜂須賀 冴(BNE002536)
覇界闘士
焔 優希(BNE002561)
覇界闘士
四辻 迷子(BNE003063)
インヤンマスター
高木・京一(BNE003179)
クリミナルスタア
禍原 福松(BNE003517)

●火種、類焼、大炎上
 九つの組織をめぐる壮大な戦いの歴史。
 その決着となる物語は……ある畳の間から始まる。
 初富初音邸。
 アーティファクト『第二の太陽(セカンドコア)』の保管所である。
 一時は九美上興和会現会長・縞島二浪によって土地ごと買収されたが土地そのものの重要性に気付いたアークによって武力制圧を行い、今現在アークの監視下に置かれているが……。
 その、中央広間、隠し階段。
「まさかこんな所にしまい込んでおったとはのう」
 白衣に瓶底のような眼鏡をかけた男が言った。
 松戸助六。元フィクサード、現リベリスタ。かつて松戸研究所所長としてフルメタルフレーム計画を進めていた張本人だが、助手に謀殺されかけた所をアークに助けられた経緯を持つ。
 生き延びる代わりに両手と両足を失い、車椅子生活を余儀なくされている。彼が自分で作成した万能車椅子を脳波コントロールで動かしている。
「灯台下暗し。ただ、縞島さんには感づかれていましたけれど……」
 しとやかな女性の声。
 外見年齢は明らかに老婆のそれだが、立ち振る舞いや声の美しさは舞台女優のそれであった。
 彼女の名を、初富初音。この邸本来の持ち主である。
 階段を下りてゆけば、やや広めの地下室へと通じていた。
 部屋の中心には青白い水晶片が浮かんでいる。
 アークが武力制圧をかけて手に入れたアーティファクト、セカンドコアである。
 封印保管されており、持ち出すことは勿論使用は不可能。そのため土地ごと買収した縞島組も手を出せなかったが……。
「しかし良いのか。封印を解くことは、ここを今現在包囲している連中に餌を見せるようなものだぞ」
「構いません」
 手を翳し、朗々と何かのコトダマを述べていく初富初音。
 周囲に張られていたしめ縄がはじけ飛び、ばちばちと、しゅるしゅると、封印が解けていく。
 最後のコトダマを、彼女はこう述べる。
「形あるものは、いずれ壊れるもの」
 途端、初富邸の床板と屋根を一気に突き破り、セカンドコアは天空へと浮きあがった。青白い光を煌々と放ち、天空と大地を照らす。
 まるでそれが決戦の合図であるかのように。

 松戸助六が述べたように、初富邸へはフィクサードの一団が近づいていた。
 本来ならば十数個の部隊が一斉に襲撃をしかける筈だったが、全ての部隊はアークのリベリスタ達による確固撃破作戦によって壊滅、もしくはそれに近い被害を受けた。全滅、もしくは撤退を図ったと聞く。
 辿りつけた部隊は、偶然この近くに『打ち捨てられて』いた彼女の一団だけだ。
「ハァ……ハァ……ァ……」
 襤褸切れをまとった……いや、布の切れ端をかろうじて身体にひっかけた女だった。
 手首から先が無く、下半身は大蛇のそれで、元は美しかったであろう髪はジグザグに汚れている。
 名をレヴィ。ストーン教、元幹部。
「コアがある……あるぅ……ハ、ハハハ……アハハハハハ……」
「レヴィ様……」
 狂気をまき散らす彼女の周りを、数名のビーストハーフが固めている。彼女の部下だった人間たちだ。
 もはや付き従うメリットもなかろうに、彼らはレヴィの部下で居続けた。
 律儀に。
 忠義に。
 空を見上げる。
 天空に跳ね上がった『セカンドコア』が元の位置にもどろうとゆっくり降下を始めていた。
 あれを手に入れれば、彼らは赦されるだろうか。
 再びあの場所へ戻れるだろうか。
 だが……簡単には行くまい。
 なぜならば。
「レヴィ様、奴らが来ました」
 部下の一人が重々しく述べる。
 レヴィは髪を振り乱して振り返り、そして笑った。
「あ……ア……アアァァアアアアッ!」
 目に浮かんだ歓喜と狂気が、コーヒーに落としたミルクの如く混ざって行く。
「アークううううううううううううううう!!」
 途端、彼女は光に包まれた。
 光が晴れた後に残ったのは、もはや美女ではなく、女でもなく、人でもなかった。
 金属の体表をもった巨大な蛇。
 怪獣、レヴィである。

「今度こそ……倒します」
 七布施・三千(BNE000346)はサイコロをぎゅっと握り、翼の加護を展開した。
「皆さん、行きましょう!」
「一気にな!」
 翼を借りて飛び立つ『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)。
 空を裂き、一直線に突撃する竜一。
 彼の剣がレヴィの身体へと突き刺さる。
「前哨戦かい。ま、景気よくぶつけていこか!」
 『レッドシグナル』依代 椿(BNE000728)は派手に擦ったマッチで煙草に火をつけると、炎の内から大量の子鬼を発生させた。
 投げ捨てたマッチは鴉に変じ、羽ばたきによって散った羽は鴉に変じ、その鴉の羽ばたきもまた鴉を生み、やがて生まれた五十三羽の鴉が一斉にレヴィへと殺到する。
「ひ、ぎ、ああああああああっ!」
 怪獣になっても痛みはあるのか。レヴィは発狂したような叫びをあげながら突撃。巨大な顎を開いて食いついてくる。
 それを、ツァイン・ウォーレス(BNE001520)は剣と盾で受け止めた。顎を上下につっかえるようにだ。
「ぐお、結構重いな……!」
「ツァインさん、そのまま抑えておいて下さい。迷子さん!」
 『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)はてきぱきと指示を出しながら守護結界を展開。
 彼の結界をうけて、『紫煙白影』四辻 迷子(BNE003063)はレヴィの頭頂部へと飛び乗った。
「大人しくしておれ、痛くは……するがの」
 頭部……つまり顎の上部を殴りつける。
 凄まじい衝撃が起き、レヴィはそのまま下あごごと地面に叩きつけられた。
 地面にヒビが奔り、粉塵が大量に浮きあがる。
「頭いいんなら、こんなことに付き合わずに逃げればよかったのに……この、馬鹿!」
 眉間にしわを寄せる『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)。
 胸の収納部分にて、正十二面体のマジェスティックコアが赤く輝いた。
 ビームが発射されレヴィの頭部を貫通。
「どうしても捨てられなかった……か。分からないでもない」
 同時に『糾える縄』禍原 福松(BNE003517)がレヴィの額に銃をつきつけ、トリガーを連続で引きまくった。
 びくびくとのたうつ大蛇の身体。
「……」
 『斬人斬魔』蜂須賀 冴(BNE002536)はそんな彼女の首。つまり頭と胴体を繋ぐ部分へと刀を叩き込んだ。
 ばっさりと切断される首。
 レヴィの首は、まるで食材を絞めるかのように淡々と、そしてあっけなく落ちて転がる。
「アハ、ハハハ……アーク……殺して、やる……ころし……て……」
 光の消える目。
 徐々に弱まる身体の震え。
 やがて金属の体表は崩壊をはじめ、内側に残ったレヴィの肉体だけがどさりと地面に放り出された。
 息は既にない。
 もともとひどく衰弱していたのだろう。怪獣化したとしても、実力の半分も出せていない……そんな様子だった。
「レヴィ……さま……」
 部下達は自らの武器を強く握りしめ、表情を硬くする。
「利用して、申し訳ありませんでした」
 途端、竜一たちの周囲から大勢のビーストハーフが姿を現した。
「これは!」
 素早く全体を見回す京一。フィクサードの軍団に、ぐるりと包囲された形である。
 前後左右は勿論空中まで含めてだ。
 逃げ場らしき箇所は無い。
 一人が歩み出て、銃を突きつけながら言った。
「言っておくが、今抵抗しても全員死ぬだけだ。今すぐ投降しろ。セカンドコアを、渡して貰おう」
「……ぐっ!」
 奥歯をかみしめる京一。
 そこへ。
「その言葉、そっくりそのまま返してやる」
 拡声器越しの声がした。
 フィクサードの一人が弾かれたように振り返る。
 振り返った途端、ワゴン車に撥ねられた。
「ぐおあ!?」
 車のルーフを転がって地面へぐしゃりと落ちるフィクサード。
 その直後、後部ドアが開いてウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)が顔を出した。
「みんなー、迎えに来たよ!」
 魔方陣展開済み。詠唱済み。発射準備済みの……葬操曲が発射された。
「なっ!?」
 大量の鎖がフィクサード達に巻き付く。
 廬原 碧衣(BNE002820)と藤倉 隆明(BNE003933)がそれぞれ運転席と助手席から飛び出し、手近なフィクサードを蹴倒していく。
「現場がかなり早く片付いてな。まあいわゆるボーナス描写というやつだ」
「おいどの次元の話してんだ、やめろ!」
「ちなみに零児は別の現場へ飛んだ」
「それは……まあそうだが」
「とにかくさ」
 いつの間にかフィクサード達の中へ紛れ込んでいたロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)が手近な男の首に糸を巻きつける。勢いよく絞めて失神させると、周囲からの銃撃に対する盾とした。
「ここは僕たちがなんとかするから、先に行きなよ」
「怪我人いるなら手当してやるぜ。つっても、現地につくまでに自然回復しそうだけどな」
 手近な敵を刀で切捨てつつ、霧島 俊介(BNE000082)はニヤニヤと笑った。
「私達はあとで追いつきます。ですから!」
 風見 七花(BNE003013)はチェインライトニングをまき散らすと、初富邸への道を切り開いて見せた。
「……すみません!」
 京一たちが邸へと駆けて行く。
 その様子を見送りつつ、明神 暖之介(BNE003353)はうっすらと笑った。
「リベリスタは助け合い……といった所ですか。皆は気づいているんですかねえ、こんな組織にいられることが、どれほど貴重なことなのか」
 ぱっと手を離すと、意識を失ったフィクサードが地面に転がった。
「組織とかじゃない。多分みんな、優しくなりたいだけなんだ」
 京一たちを追いかけようとするフィクサードを膝蹴りで薙ぎ倒しながら、滝沢 美虎(BNE003973)は言った。
「かもしれません」

●後衛救護キャンプ
「くそがあああああああああああっ!!!!」
 拉げたゴミ箱が壁にぶち当たり、跳ね返って床に転がる。
 それでも足りないとばかりに、ランディ・益母(BNE001403)はゴミ箱を踏みつけた。
「くそっ、くそっ! なんでもっと動けなかった、俺は、俺はァ――!」
「ちょっと落ち着くでござるよ! 傷口が開くでござ痛ぁ! 拙者も怪我人でござった痛い痛い!」
 彼を後ろから羽交い絞めにしたユイト・ウィン・オルランド(BNE003784)だが、顎に肘が激突。もんどりうって倒れた。
 床をごろごろ転がるユイトを見返って漸く落ち着くランディ。
 というより、彼がコミカルかつ派手に痛がったお陰で我に返ったのだが。
「……すまん」
「いや全然」
 むくりと起き上がるユイト。彼の頭には豪快に包帯が巻かれており、ランディも腕をギプスで吊っていた。
 お互い酷い傷である。バツが悪いなんてものではなかった。
 間に割り込……みはしないものの、離れたベンチから手を翳す衛守 凪沙(BNE001545)。
「でも気持ちは分かるよ。今はみんなが援軍に行ってる筈だし……できれば一緒に戦いたかったけど……」
「まあ、暗くなっても仕方なかろう」
 ランディたちと似たり寄ったりで包帯にまみれたレイライン・エレアニック(BNE002137)が壁に背をもたれた。
「激戦になれば重傷者も多く出る。と言うより、重傷状態のまま突っ込んで行った連中もおるくらいじゃ。こっちはこっちで、そういう連中の手当てに回るとしよう」
 そう言って振り返ると、氷雨・那雪(BNE000463)が毛布にくるまってすやすや眠っていた。
「ほれ、那雪を見習って」
「流石にそれは無理だと思うけど……」
 こきりと肩を回す源兵島 こじり(BNE000630)。
「できることをやって、できないことはやらない。そういう線引きは必要じゃない?」
「同感ですね」
 腕や足に包帯を巻きつけた烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)が静かに言った。
「幸いと言いますか、都合よくと言いますか、私の方は特にこれと言って『殴りたい相手』みたいなものは居ませんから」
 こういう状況で自分基準にものを考えるのが彼女がエーデルワイスたる所以である。
「いや、寧ろ足とか折れたままでも突っ込んで行くのがカッコイイと思う」
 そしてこの期に及んで諦めないがフランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)の彼女らしさ、である。
「ほら、飛べるし? 脚なんて飾りだし?」
「飾りでたまりますか……」
 ポットから入れたお茶を配り始める鳳 黎子(BNE003921)。
「それに、一応保護してきた一般人たちの護衛もありますからね」
「……一般人もいたのでござるな」
 それまで腕組みしながら聞いていた李 腕鍛(BNE002775)が言葉に詰まったように言った。
 彼は他のメンバーに比べて殆ど外傷というほどの外傷はない。
 援軍に行くよりも助けた人間たちの護衛を優先した(ある意味で)数少ないメンバーの一人である。
 頷く黎子。
「人払いをかけてもらっているとは言え、取り残されてしまっている人はいるわけですしね」
 彼女は後ろに設置されている『黒板』を振り返った。
 そう、ここは千葉市内某校舎。
 100人の一般人を人質に取られていたという場所である。
 ここには、これ以上戦闘が継続できなくなった仲間の避難場所であり、保護した一般人をかくまうための城であり、生きたまま捉えたフィクサードの隔離基地でもあった。色々詰め込み過ぎな気もするが、千葉県内がまるごと戦場と化している現状、限られた人員後衛キャンプを維持するにはリスクを一ヶ所に固めておいたほうが管理が楽なのだ。
 でもって、ここはその学校の空き教室を改造した簡易救護室である。
 がらりと扉が開き、高橋 禅次郎(BNE003527)が入ってきた。
「様子見終わったぞ。強力組織に魔眼使える連中がいて助かったな」
 彼も彼で随分な怪我だが、顔色自体は大したことが無い。
「『名もなきリベリスタの集い』……だったか」
「はい、色々な方がいらっしゃる組織です。私も一度お世話になりました」
 彼に続いて部屋に入ってくる三輪 大和(BNE002273)。
 それに続いて何人かの仲間も一緒に部屋へ入ってくる。
「志が高い方たちなので一般人の保護はしっかり行って下さいますが、フィクサードの保護はやはり嫌がりましたね」
「リベリスタとはいえ、アークとは微妙に違う組織だからな。そういうこともあるのだ」
 神葬 陸駆(BNE004022)が机に腰かけ、ぶらぶらと足を揺らす。
「この学校の周辺警戒をしてもらってるだけで充分だろう。いざとなったらここにいるメンバーだけでなんとか…………できるか? 僕は天才だからできるが」
「うん、まあ……」
 同じく机に腰掛けて足ぶらしているアリステア・ショーゼット(BNE000313)。
「でも、やっぱり一緒に戦いに行きたかったな。剣風組とか、九美上興和会とか、気になる組織があったりするし」
「…………そうね」
 それまで沈黙していたエレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)がぽつりとつぶやいた。
 あるフィクサードの事を思い出す。
 思えば小さな事件だった。あれがこんな大事に発展するとは。
「善三……」
「気になるかい?」
 淹れてきたコーヒーを紙コップで配るクルト・ノイン(BNE003299)。
「因縁っていうものがあるからね。現場には行けないまでも、無事を祈りたい相手もいる」
「助太刀したかった相手もな」
 槍を肩に立てかけるようにしてベッドに腰掛けている焦燥院 フツ(BNE001054)。
「ふがいないぜ。竜一ん所に颯爽と駆けつけてやるつもりだったんだが……」
「まあ、今は私達にできることをやりましょう」
 ぱんぱんと手を叩くエレオノーラ。
 そして彼らは、遠くて近い、千葉のどこかで今尚戦っているであろう仲間たちのことを想った。

●東京湾千葉県木更津側 風紀委員会
 千葉県の内海側。それも北側となると漁業は行われない。それは主に海岸を埋立地による工場地帯が占めていることと、海上輸送コンテナ船が頻繁に行き来することが理由に上げられる。
 幕張方面の高速道を走っていれば、そんなコンテナ船を一度は目にすることだろう。
 だがその一つがフィクサード組織の拠点になっているなどと知っている人間は居まい。
「けど、僕達は気付いちゃったんだよねぇ」
 海上を奔るモーターボート。
 その船頭に平等 愛(BNE003951)は立っていた。両腕を広げ金髪を髪になびかせ、その様子だけを見るなら一昔前に流行った一人タイタニック状態なのだが……。
「僕は愛。平等愛、いわゆる美の神だ。あまりの美しさに弾丸の方が避けていく筈!」
「そんなわけがあるか!」
「誰かこの人簀巻きにしておいてください」
「はいはいっと」
 愛の両足を掴んで引っ張るアルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)。
 みぎゃんと言ってオデコを床にぶつけたが、その直後に頭上をライフル弾が通過した。丁度愛の頭があった位置だ。
 虚空を穿った弾は誰にも当たらず海へ沈む……とはいかなかった。アルフォンソの後ろで小爆発。
 恐る恐る振り返ってみると、ボートのエンジンが火を噴いていた。
「愛さん……」
 同じように振り返った愛がフッと笑った。
「うん、美し過ぎたなら謝るよ」
「すみません黙っててください」
 むぎゅっと床に頭を押し付けると、撃ちこまれた二発目のライフル弾を魔力盾で打ち弾いた。
「アルフォンソ、伏せろ」
 片手で頭の位置を下げられるアルフォンソ。その肩にライフルが置かれた。
 劉・星龍(BNE002481)はエンジンの炎で煙草に火をつけた。口に咥えて息を吐く。
「なるほど、その辺か」
 トリガーを一度だけ引く。
 すると、30m先の船上から射撃を行っていた男がぐらりと傾き、柵を越えて海へと落下して行った。
「お見事」
「どうも」
 眉を上げるアルフォンソ。サングラスを中指で押す星龍。
 ややシンクロするようにサングラスを押し上げる御津代 鉅(BNE001657)。
「だがもう一人いるな。愛、翼くれ。あと星龍、火」
「今の見てなかったのか。ライターなら落としたぞ」
「男に言われちゃしょうがないね、貸しイチ……だよ」
 愛は指をパチンと鳴らし、鉅たちの背中に翼を授ける。
 星龍は自分の煙草を突出し、彼の煙草に着火した。
 煙草を咥え、船から飛び立つ鉅。
 頬を掠めるライフル弾。かるく回転をかけながら二発目を回避。懐からダガーを取り出した……ところで、額直撃コースのライフル弾を目視した。
「鉅さん!」
 アルフォンソは素早く感覚を共有。鉅の首を素早く傾けさせライフル弾を避けさせた。正確には掠らせただけだが。
「悪いな」
 鉅はダガーを投擲。スナイパーの額へ直撃。即死コースだろう。仰向けに倒れた彼を確認してから指でちょいちょいと手招きする合図を送った。
「銃座は片付けた。もう来ていいぞ」
 等と言ったその直後。コンテナのひとつが開かれ移動高射砲が姿を現した。
 人間が軽く血煙と化すであろう銃口が、まっすぐ鉅へ向く。
「オイ馬鹿か!」
 ひとつながりの射撃音とモーター音が、天空に響き渡った。

 目の前でボートが転覆。他の支給ボートをAFから出して即時撤退を測る愛たち。その後ろを凄まじいまでの勢いで弾幕が追いかけていく。
「おうおう手厚い歓迎してんなあ……正直、普通に攻めるだけじゃキツイぞ」
 新田・快(BNE000439)はボートの上で身を低くしながら呟いた。
 彼の足元でロープと口ガムテで拘束された羽柴 壱也(BNE002639)がもがもがしていた。
「羽柴ミサイルなら用意したんだが……もしかして出番かな」
「なんでやねんッ!」
 背後からハリセンでひっぱたく御厨 麻奈(BNE003642)。
 横ではラヴィアン・リファール(BNE002787)がうわーと言いながら壱也をつついていた。
「どうすんだ? 船周りの敵全部倒してたらラチがあかないぞ」
「そうだな……」
 顎をさする快。
 彼等のボートに横並びするように仲間が接近してきた。
 宮部乃宮 火車(BNE001845) と設楽 悠里(BNE001610)、そして御厨・夏栖斗(BNE000004)の三人が乗ったボートである。
「お、麻奈ちゃんじゃん! こっち来たんだ?」
「豚野……じゃなかった愚兄やん」
「ごめん、お兄ちゃん耳が悪くなったかもしれない。麻奈ちゃんにののしられた気がする」
「兄妹でいちゃつくのは後にしろ。快、ちょっと夏栖斗と場所代われ」
「了解」
 火車がボートの上から手招きをした。
 快は理由も聞かずに言われた通りにボートに飛び乗った。入れ違いに飛び移る夏栖斗。
「あれ、ナニコレいっちーが簀巻きにされてるんだけど。デジャビューなんだけど」
「羽柴ミサイルだ」
「ああ、三度目の?」
「三度もやっとるん!?」
 何なのこの人らと言いながら頭を抱える麻奈。
 その一方で、火車は快の肩を掴んで船頭に立たせていた。
「ん、どうするんだ?」
「いいから盾なれ……突っ込むぞ」
「はぁ!?」
「悠里、やれ」
「あいさー」
 エンジンを操作し、全速力を出すボート。
 転覆したボートを台にしてジャンプすると、コンテナ船の壁に向かって突っ込んだ。
「うおらああああああっ!」
「うおわあああああああ!」
 快を盾にして壁の衝撃を防ぎつつ、火車は船体に業炎撃を叩き込んだ。
 爆発、炎上。
 ぼっかりと船体に穴が開き、板を数枚ぶち抜いて何かの船室へと悠里たちは転がり込んだ。
「うおー派手だな! それならこっちもやりがいがあるってもんだぜ!」
 ちゃっかり乗り込んでいたラヴィアンが気絶した快を踏み台にして船内へと転がり込んで行く。
「っしゃ、俺は俺の正義を貫いてみせるぜ! 喰らえ――!」
 腕を振り上げると無数の魔方陣が発生。
 連動して生まれた大量の鎖が、突然のダイナミックピットインに驚いて武器をとることも忘れた風紀委員会の隊員達に襲い掛かった。
「からのー、麻奈スマッシュ!」
 せーので顔面にフルスイングをしかける麻奈。
 かろうじて鎖をかわした隊員が吹き飛ばされ、壁に激突して気絶した。
「何事だ!」
「侵入者だ、壁破ってきやがった!」
 どかどかと部屋に駆け込んでくる風紀委員会の隊員達。
 しかしそれを土砕掌で殴り倒し、悠里は叫んだ。
「夏栖斗、来てる!? 先行って!」
「ユーリは!?」
 穴から飛び込んできた夏栖斗が叫ぶが、悠里はにやりと笑った。
 隊員の襟首を掴み、部屋の外まで押し出す。壁に頭を叩きつけて気絶させ、少しばかり振り向いた。
「気にしない気にしない。会いたい人がいるんでしょ」
「でも」
「行って来い、ヒーロー!」
 夏栖斗は歯をぐっと食いしばり、ごめんと言って駆け出した。

 船体に激しい揺れが起こる。どこからか上がった煙の様子を見れば、コンテナ船が激しいダメージを受けたことは明らかだった。
 そんな光景を、上空から見つめる者たちがいる。
「皆頑張っているみたいですね」
 まさかそれが味方の特攻によるものとは知らず、エリス・トワイニング(BNE002382)は目を細める。
 船上に設置された高射砲が天を裂くかのように乱射される中、エリスは本を開く。ぱらぱらと風に捲られてゆくページ。
「ラジエルの書より抜粋――」
 エリスの周囲に清らかな空間が生まれ、はらはらと舞う白い羽根を幻視させた。
「それじゃあ、回復は任せたわね」
 日傘を手にふんわりと船へ降下していく宵咲 氷璃(BNE002401) 。
 彼女の身体を高射砲の弾が数発貫通していくが、その度に白い羽根が傷口へ覆いかぶさり新たな肉へと変化した。
 ――僕達の肉は畑を耕し小麦を育て、パンを焼き再び肉となるだろう。
 ――いつしか死ぬその日にはまた土へと還り、風となり雨となり、麦畑に振るだろう。
 ――そしてまた誰かの肉となるだろう。
 空気を……空間そのものを震わせ、てエリスの朗読が響く。ページのどこも見ていない彼女の朗読が。
「いつも思うけれど……大した技術よね」
 無表情のまま手を翳す氷璃。何処からともなく発現した氷の矢が発射される。
 弾丸の雨の中を逆行し、矢は砲撃手の男へ刺さった。
「ぐ、おお……?」
 ただそれだけで全身を氷に包まれる男。いや、それはもう氷の彫像と言って差し支えないものだった。
 その背後へ静かに着地し、氷璃は指を鳴らす。砕け散る氷の彫像。
 はらはらと舞い散る氷の破片の中、氷璃はやや乱れた自らの髪を手櫛で整えた。
「うわあ……これはまた、豪快な……」
 一旦遅れて甲板に着地した門真 螢衣(BNE001036)は散らばった氷の破片を見て顔を青くした。
「今更言うのもナンですけど、翼の加護借りての降下作戦って実は一番危険だったんじゃ」
「アークにはよくあることよ」
「そんなあ」
 顔を見合わせる二人。
 と、その途端、ブロックのように積み上がったコンテナのひとつを突き破って赤いライダースーツのフライエンジェが飛び出してきた。
 闇ヒーロー、ジャッジメントファイブ。そのリーダー、レッドである。
「見つけたぞ、アーク!」
 手にした軽機関銃を乱射。
 大きく飛び退く氷璃と螢衣。先刻まで立っていた床が派手にはじけ飛んだ。
 咄嗟に葬操曲と式神鴉を発射する二人だが、彼はそれをスタンロッドによって素早く打ち払った。
「この程度か。温い」
「うわあ、これが噂に聞く闇ヒーロー……また古典的な……」
「生憎と会話を楽しむつもりはない。死んでもらう」
 機関銃を向けるレッド。
 その指がトリガーを引く……そのコンマ一秒前。
「虚空ッ!」
 地面が吹き飛んだ。
 それも、床下からの虚空斬撃でだ。
 咄嗟に翼で自らを包み防御するレッド。
「この威力……間違いないな、御厨夏栖斗」
「そうだ!」
 床を突き破り、夏栖斗が飛び出してきた。握り込んだトンファーを盛大に叩き込む。ロッドで防御するレッド。
「俺を追って来たのか」
「言いたいことがあったからなっ」
 激しく互いを打ち合い、弾かれ合う。
「正義に完善はない。誰かの正義は誰かの悪だ!」
「……いいだろう。互いに善にして悪。立場は何も護ってはくれないというわけか」
 銃を向けるレッド。
「勝ったものが正義。残ったものが歴史というわけか、御厨夏栖斗!」
 発射される機関銃射撃。夏栖斗はそれを虚空斬撃で相殺した。
 能力は互角。
 と、いうことは……。
「螢衣、やれる?」
「言われずとも」
 螢衣は螢衣(二枚の紙垂を幣串に挟んだもの。世俗的に分かるよう乱暴に述べるならば『お祓いの時に振る飾り棒のようなもの』である)を頭上に掲げ、しゃらんと鳴らした。
「占じ給え、占じ給え、占じ給え――」
 神道には三回繰り返すことは実現するという概念がる。
 頭上にて三度御幣を振り、三度となえた言葉は実現する。少なくとも、彼女に関しては。
「不幸あれかしや!」
 しゃらんと御幣を鳴らす螢衣。
 その途端、レッドを不吉な影が覆う。撃とうとした軽機関銃がジャムを起こし、がぎゅんという不幸の音をたてた。
「何ッ!?」
 アイシールドの奥で目を見開くレッド。
 その胸に、夏栖斗の靴底が押し付けられた。
「虚空!」
 胸を貫通する虚空斬撃。
 レッドは血を吐き、ぐらりとよろめいた。
 前部分を閉じていたライダースーツ(この場合はジャケットも込みだ)が開いて行き、内側を露出させる。
 内側にあったのは。
「――ッ!」
「風紀委員会特製の神秘兵器だ。いや、最終兵器……かもな」
 それは、腰や胸に巻きつけた大量の爆弾だった。
 目を見開く夏栖斗。
「こんなの……こんなやり方……!」
 怒りに叫ぶ夏栖斗の声と、激しい爆音が同時に響く。
 コンテナ船の上で。
 虚しく響く。

 炎上するコンテナ船。
 あちこちで爆発を起こし、今にも沈みそうな船。
 情景こそ描いてこなかったものの、『名もなきリベリスタの集い』を初めとする協力組織と連携体制をとって風紀委員会と戦っていたアークリベリスタ達は次々に撤退を始めていた。
 無理からぬ。
 いくら世間のE能力者たちから『ゾンビの如く蘇り続ける』言わしめる程大量のフェイトを持ちあわせるアークリベリスタと言えど、そうそう連戦には耐えられない。
 移動時間中の休憩で気力体力共に回復していると言えど、だ。
 だがそんな彼らが徹底的に、それでいてギリギリまで戦ってくれたおかげで、生き残った人間も居た。
 焔優希である。
 爆発炎上を続けるコンテナ船の、甲板。
 それも、ブロック状に組み上げられたコンテナの内側に偽装するように作成された広い空間に、彼は立っていた。
 相対するように、風紀四条はパイプ椅子に腰かけている。
 おさげ髪に眼鏡をかけ、セーラー服をきた少女。
 冷静に考える限り、こんな場所には一番いるべきでない恰好をしていた。
 少女は深くため息をつく。
「この期に及んで残っているのは一人くらい……と思ってたけど、本当に残るとね、驚いたわ」
「俺はアークのリベリスタ、焔優希だ」
「知ってるわよ」
 互いを弾き合うかのような会話である。
 優希はゆっくりと身構え、四条は懐から銃を抜いた。リボルバー式の銃である。優希は知らないが、所謂『チーフスペシャル』と呼ばれる銃だった。
「特技は大隊戦ではなかったのか」
「指示は出してたわ。『条霊執行』は使えなかったけどね。人数が多すぎたのもあるけど、こういう時に戦えないのよ。不便なスキルだと思わない?」
「…………」
「技なんて、個人の力なんてその程度よ。やりたいことが沢山あっても、実現できるのはせいぜい一つか二つ。あなただって、そうやって生きてきたクチじゃない?」
「……かもしれんな」
 たん、と一歩踏み出す。
「それでお前は、俺にどんな罪状を下すつもりだ?」
「無いわ」
 四条は適当に狙いをつけて発砲。
 優希は六発中四発を紙一重でかわし、一発を素手で掴み取り、残り一発を腹に食らった。
「無罪よ」
「無罪……」
「正直、アークなんてどうでもいいの。邪魔なだけ。邪魔過ぎただけ。私達が生きていくために、あまりに邪魔だっただけ。でも人殺しなんて、その程度の理由でできるのよ」
 本当にイライラするわ、と言いながらリロード。
 その間に優希が距離を詰めにかかるが、瞬く間に装填を終えて足元に発砲された。ぴたりと止まる優希。
 澄んだ目で、彼のことを見ている。
「なら俺達は……道を違えなければ、共に戦えたのか?」
「勘違いしないでよね」
 棒読みで、四条は言った。
「アークはイイ奴揃いで正義の味方。世界の為に戦うヒーロー集団。だからいいことする人達はみんな味方でお友達。拳で語って仲直りできる気のいい奴等……なんて、本気で思ってるの? おめでたいなんてモノじゃないわ」
 じりじりと、優希は四条の間合いを確かめるようにすり足を続けている。
 互いに、攻撃のしやすい間合いをとろうとしているのだ。
 それは静かな戦いだった。
「日本に鉄砲技術が齎された頃、槍と弓で戦ってた連中は嫌がったものだわ。殺し過ぎる兵器だって。でもすぐに淘汰されて、戦場は変わったわ。文化も一斉に流れ込んで、世界が壊れて生まれ変わった。戦車の時もそう。戦闘飛行機の時もそう。核爆弾の時だって……そう。ずっとそうやって『いやだいやだ』ってダダを捏ねてた連中は潰れてきた。私はね、思うの。リベリスタってそういう連中なんじゃないのかって。世界が代わろうとしてるのを、ダダをこねて嫌がってる連中なんじゃないかって。今イニシアチブをとれば、後の世界を内輪揉めも弱い者イジメもない世界にできるかもしれないのよ。それを横から邪魔をして、正義だの大義だの……本当、イライラするわ」
「はき違えるな。それは『少数派のエゴ』だ。お前の言った悪だ。人が人を裁くことなどできん。殺して粛清するなど個人のエゴに過ぎん」
「貴方こそはき違えないで。社会が人を裁いてるのよ。その最小単位は人間。他の誰がやるって言うの」
「それでも……人の命を奪うのは、最大のエゴなのだ!」
「だから何!」
 四条が発砲。
 それを拳で叩き落とす優希。
「俺は、俺の信じる悪とやらを駆逐する。それが俺が存在する理由だからだ!」
「またそうやって『形のないもの』のせいにする!」
 床を盛大に蹴る優希。
 トリガーを引く四条。
 優希の肩を弾丸が貫通。優希は無視して突撃する。
「だったら俺を止めてみろ、風紀四条!」
 大きく開いた手を突出し、四条の首を掴む。
 勢いのあまり床から四条の足が離れた。
 防風の如く走った優希は、彼女の頭を壁へと叩きつける。
 頭蓋骨の割れる音がして、壁に血が飛び散る。
「うおおおおおおおお!」
 一度壁から引き剥がし、再び叩きつける優希。
 眼鏡が外れて飛び、四条の後頭部が完全に拉げた。
 腕から力が抜け、銃が落ちる。
 本来なら発生する筈の、モンタナコアによる『死ににくくなる能力』は発動しない。
 優希の腕に数珠状に巻かれたセカンドコアが融合し、打ち消したからだ。
 四条を壁に押し付けたまま、優希は手を離す。
「『ホワイトマン』様が理想の世界を作ってくれると思ったか」
「あの人は関係ないわ。私がやりたくて、やったことよ。何もわかってないんだから……」
 ずるずると壁を引きずるように崩れ落ち、座り込む四条。
 それを見下ろしたまま、優希は沈黙していた。
「本当……イライラするわ……」
 そしてやがて、彼らの立っていた場所もまた、爆発と炎に呑まれた。

 その日、改造コンテナ船『正義号』は立て続けの爆発を起こして東京湾に沈んだ。
 死者の数は、不明である。

●インターバルA
 海上で破壊され沈没した『正義号』。
 当たり前と言えば当たり前だが、戦闘不能になったフィクサードの実に十割が救出されることなく海の藻屑と化した。モンタナコアの効果を受けて寿命やフェイトを削っていた者も、そうでない者も全て。
 元風紀委員会として生き残ったのは、風紀委員会のやり方に疑問を感じて戦線を離脱した平城山光斗や、一般人保護の目的を追加した『名もなきリベリスタの集い』のみ。それは図らずも、都合の悪い人間全てを抹殺してきた人類史と同じ形となったのだった。
 そんな彼らを差して、羽柴 壱也(BNE002639)はこう考える。
「あの人達の考え方は、わからない。多分向こうも、そう思ってたんだよね」
 出合った時から。
 ぶつかった時から。
 アークと風紀委員会は分からない者同士だったのだと、思う。
「きっとみんな、誰かの為に生きてたんだよ。誰かの為に戦ってた。善い事も悪い事もして……どうしようもなくみんな、人間だったんだよ」
 分からないから。
 知らない人だから。
 わかる。
「あの人達はきっと、正義の味方だったんだよ」
 本来の、意味での。

●千葉県香取市某所 剣風組
 内海を北に、犬吠岬を東にもつこの土地は武芸の神として知ろしめすところの香取神宮が存在している。
 故に武芸十八般とは言わずとも一般的には良く知られる剣術柔術弓術薙刀術といった道場がちらほらとながら現代にまで残されている……が、それはあくまで表向きであって、裏向き潜り闇道場を含めれば数え切れぬほどの道場がある。中には無慙一心流、富船無双流、白田無動流、天道ファイトクラブ、路六書道教室、高木部屋などなど、名のある武闘派リベリスタやフィクサードが拠点としていた場所も多く、極々一部の者にとっては聖地に近い土地でもあった。
 そんな中にある、蘭下邸。道場でもジムでも相撲部屋でもないこの邸が今……血で血を洗う、血で血を流す、流血鮮血かけ流しの戦場と化していた。

「コウイウ所は心が躍るな」
 独特のイントネーションで、リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)は呟いた。地面に顎がつくのではないかと言う程の低姿勢で、呟いた音が耳についていかない程の速度で、板張りの廊下を三十三往復しながらでの、発言である。
 その間常人の目にはまず留まらぬ速さでナイフを繰り出し続け、相手が常人であれば今頃全身に1センチ間隔の切れ目を入れられている頃だが……その相手が常識を逸していた。非常識である。
 全身黒づくめの男。蘭下黒影衆補欠十四番改め一番影。モンタナコアの影響を受け格段に強化された彼は今、板張りの廊下を六十六往復しながらリュミエールに苦無を繰り出していた。およそ倍である。それこそ非常識だ。
「貴様、可変刀はどうした。かの路六剣八から渡ったというが」
「速さガ出ないカラ置いて来た」
「およそ武人の発言とは思えぬ!」
 リュミエールが二本のナイフを複雑に繰り出す間、一本の苦無を四回繰り出す一番影。本来無表情のリュミエールの顔に、焦りと疲労が浮かんだ。
「拙いナ」
「速度勝負なんてするからだヨ」
 ことらもまた独特なイントネーションで、葛葉・颯(BNE000843)はナイフを繰り出す。
 傍を高速で通過する一番影が地面を削らんばかりに転がり、首から激しく血を吹き上げる。
「ぬ、ぐお……」
「ふう」
 煙草を咥えたまま、煙を吐き出す颯。
「さっさと次に行くヨ」
「イヤ、私はここまでダナ。ダメージを受け過ぎた」
「そうかい」
 剣林派に所属する剣風組は元より個体戦力の高い組織である。それが更に強化されているとあらば、危険度はかなり高くなるだろう。
 元々颯たちは別作戦からの続投組である。気力体力は回復しても、戦闘不能による死亡率は非常に高い。そのため危なくなったら即撤退を条件としていた。
「まあ小生モ? もうそろそろ限界って気もしてきて……」
 ナイフをジャグリングでもするように弄びつつ、先へ進もうとした……その矢先。
 ずぶり、と首に刀が突き刺さった。
 前からか? 後ろからか?
 否、どちらでもない。天井に張り付いた黒ずくめの男が、忍者刀を突き出していたのである。無論、そんな人間の存在に予め気づけない颯ではない。見落としは無かった筈だし、警戒は怠っていなかった。だというのに、だ。
 それだけの手際の良さ。それほどの手練れさである。
「が……は……」
 その場に崩れ落ちる颯を、男は目を細めて見つめていた。
「剣風忍軍ももはやわし一人か」
 彼は下忍。名は無い。
 源兵島こじりを初めとする八人のリベリスタチームに対し、上忍・夜神楽祭蔵および下忍四頭のチームで戦い、唯一生き残った男である。
 厳密に言うならば、八人のリベリスタたちはフェイトを削っただけで死者は出ていない。安いと言えば安いのかもしれないが。
 対して元々少数精鋭であった剣風忍軍はほぼ全滅。唯一の生き残りである彼とて、仲間の墓を建てる暇も無く遁走してきた次第である。
 幸い、総元締めの路六俵八によってモンタナコアを適用され強化が図られたが……いやだからこそ、彼の余命は幾ばくも無い。剣風忍軍死滅まで後僅か、である。
「颯さん!」
 と、そこへ。
 大きく翼を羽ばたかせ、天風・亘(BNE001105)が真っ直ぐに突撃をかけてきた。
 逆手に持ったナイフを下忍の胸目がけて突きこもうとしてくる。
 それをギリギリ苦無でかわし、天井より反転。しかし身体は宙に浮いたまま、しかも彼の影まで宙に浮き、螺旋状に身を包んで行く。
 翼で制動をかけ、急激にターンする亘。
「自由闊達ということですか……ならばこちらも!」
 広い廊下とはいえあくまで屋内。飛行戦闘の有利さは少ない。どころか踏み込みや力点移動が難しく戦いづらさばかりが目立つはずだが……E能力者の戦闘においてそんな一般常識は通用しない。正しく非常識。非常戦場である。
 亘は急激に螺旋回転。下忍の脇をわざと掠り、それでいて削り取るようにナイフを繰り出す。
 対して下忍は忍者刀を無数に取り出し、一動作にも関わらずそのすべてを投擲した。
「つッ!」
 数本を打ち落とすも肩と腕に被弾。亘はバランスを崩して壁に激突し、跳ねまわるように床を転がった。
「うおっと、大丈夫か!?」
 その場に駆け付けた霧島 俊介(BNE000082)が彼をキャッチ。片手で抱きかかえるようにして抑えるが、衝撃が抑えきれずにそのまま壁に背を付ける形となった。
 忍者刀を水平に構えた下忍が高速で切りかかってくる。
「うお、ちょ、マジか!」
 逆手で刀を抜き、捻り、亘をそれこそ両手で抱きしめるかのように翳す。実際やっていることは、亘の顔面めがけて繰り出された刀への防御なのだが。
 鍔迫り。がちがちと鍔と鎬を鳴らしつつ、俊介は歯を食いしばった。
「しゅ、俊介さん……耐えられそうですか」
「むりゃ言うな、俺ホリメだぞ」
「それにしては立派な刀と言いますか……」
「貰いもんだ!」
 亘と俊介は同時に蹴りを繰り出し、下忍を反対側の壁まで蹴飛ばす。
「回復できるタイミングは一回だけだ、それで足りるか!?」
「……やってみます!」
 俊介は刀を逆手に持ち替えて聖神の息吹を発動。
 ギリギリのところまで回復した亘は翼を羽ばたかせ、下忍の心臓部めがけて突撃した。
 ほんの一瞬。そう一瞬だけの違いであった。
 忍者刀が亘のこめかみに突き刺さるのと、彼のナイフが下忍の胸に刺さるのは、一瞬の差しかなかった。
 だがその僅かな違いが、生き残る者とそうでないものを分けるのだ。
 この時も例に漏れず。
「祭蔵……様……」
 下忍はメンポの下から血を吐きだし、壁に貼り付けられたように仰向いて、そして、当たり前のように死んだ。

 同刻同屋敷内『慙の間』。畳み張り襖仕切の広い広い部屋だったが、それを部屋と呼ぶには些か荒れが酷過ぎた。
 襖はひとつ残らず圧し折れ破れ穴が開き、畳みも半数ほどがひっくり返され砕けるわ裂けるわ解れるわで殆ど用をなしていなかった。
 それと言うのも……。
「ワシは最強、剣風組最強の武術家、金剛棍の牛頭親分! 今こそ念願成就し勧善勧悪を会得したのだ!」
 頭全体が黒牛となったビーストハーフ。改造作務衣に所々メッキの剥がれた鉄棍棒を構え、血走った目で荒れ狂う巨漢。
 名乗りの通り牛頭親分。かつて勧善勧悪使いを偽り鉄棒に金メッキを塗りリベリスタに挑んだが文字通りメッキを剥がされ無惨に廃退した上殺すまでも無しと捨て置かれた、そういうフィクサードである。
「我が言は実った。嘘偽りは今やまこと。真に最強なるわワシである!」
 その辺の畳をひっつかみ、右へ左へ振り回す。
「うわあ……開き直ってるよ……痛い……痛々しい……」
 当時メッキを剥がした張本人でもある山田 茅根(BNE002977)が、ぷるぷると手を震わせながら彼の攻撃をよけた。
 避けたと言っても、コアによって強化された牛頭親分の打撃である。『致命傷を避ける』程度が限界なのだが。
「避けられない敵。力任せの敵。技頼りの敵。武器頼りの敵。そういう相手が……私は大好物です」
 がいん、と扉が閉まった。鉄の扉である。
 無論そんなものはこの古式ゆかしい日本家屋である蘭下邸には存在しない。
 なら何故か?
 わかるだろう。
 何もない所で鉄扉が閉まったならば、およそ『彼女』が現れたとみて間違いないのだ。
「私の身体を折れなければ、折れるのは貴方の心です。だから――」
 扉の間からちらりと片目を覗かせて、ヘクス・ピヨン(BNE002689)は微笑んだ。
「砕いて見せて下さい。ねじ伏せて見せて下さい。この絶対鉄壁を!」
「望む所よ、勧善勧悪!」
 牛頭親分は鉄棍棒を縦横無尽に振り回し、ヘクスの盾をがしがしと殴りつける。
 ヘクスはその場を微動だにせず、傍目には全く通用していないように見えるが。
「………………」
 瓶底の眼鏡の奥で、ヘクスは目を細めていた。
 手がしびれ、脚が震え、内臓が揺らされているのだ。
 振動。伝達衝撃である。打撃だからこそ伝わるダメージ……と言うより、純粋に牛頭親分のパワーがヘクスの頑丈さを上回っているのだ。
 このままでは押し切られるかと思われた時、彼女の背にふと温かい感触が伝わった。
「ヘクスさん、任せて下さい」
 シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)は書を左手に開き、護符を右手に握り、数珠を右手首に巻き、ヘクスの背を押すように構えた。
 古中国、切開手術すら幻想とされていた時代、土地も痩せがちで気候もゆるく、壊れがちな人身を最も多く救ってきたのは漢方学であった。針師呪術師整骨師の全てがこれに基づくとまで言われる薬学。中でも多くの人命を奪い国を傾かせたと言われる伝染病の治療に効果を出し、学を持たぬ民衆から神の如しと崇められた。この国において飢饉蟋害伝染病を治めた人間は往々にして神と同格のものとして扱われるが、これもまたその事例の一つである。
 などと……いうまでもなく。
「平脉法!」
 シエルは深く短く息を吐くと、天使の息を発動。ヘクスの身体に染みわたっていた振動や内臓ダメージ、筋肉疲労や骨格疲労を瞬時に回復してみせた。
 その結果として。
「勧善勧悪ッ、勧善勧悪、勧善勧悪、勧善勧悪、勧善勧悪勧善勧悪勧善勧悪ゥ! ――かん、ぐ、う?」
 牛頭親分は、エネルギー切れを起こしたのだった。
「そ、そんな……ばかな……」
 ひゅひゅん、と風を切る音がした。
 エルヴィン・シュレディンガー(BNE003922)が、牛頭親分の背後にいつの間にか立っている。
「悲しいものだな。偽物というのは」
「ち、ちがう、ワシはもう本物の……わ、技だって覚えたのだ、力だって……」
 牛頭親分の指が一本ずつ、切り取れ、堕ちていく。
 ぽろぽろと、ぼたぼたと、畳の上に転がる。
「最強になった筈だ、なった筈なのに……筈なのに……!」
 歯を食いしばり、見えない天を仰ぐ。
 エルヴィンは既にナイフを懐へしまっていた。
 もうこれ以上振る必要が無いからだ。
 もう十分に、牛頭親分を切り刻んでいたからだ。
「う、うおおおおおおおおおおおおお!!!!」
 喉が枯れんばかりに叫ぶ牛頭親分。彼の身体はバラバラに解体され、畳の上に積み上げられた。
 仮面を撫でるエルヴィン。
「奪った技で、借りた力で、強くなどなれん。お前はその象徴だ」
 悲しいものだな。

 同刻同邸内、中央広間へ続く廊下にて。
「その道、罷り通らせてもらう!」
 まっすぐに切りそろえられた短髪をゆらし、斬原 龍雨(BNE003879)は相手の拳を絡め取った。
 相手は剣風組武芸者。雑魚と称されながらも高い実力を持つフィクサードである。
 そんな彼をもってしても、龍雨の動きについては行けなかった。
 否、ついて行かされたのだ。
 龍雨は相手の手首を掴むと、瞬時に首根っこを押さえこみ、軸足を払って振り下ろす。柔道で言う所の払落しだが、彼女の場合は練度が違う。この場合は『用途が違う』と言うべきか。
 かつて人外の者を叩き潰すために用いられた業であり、退魔の業である。端から端まで殺人拳。この払落しすら、相手の首をてこの原理で圧し折る技なのだ。
「ごふっ……!」
 息などつく暇も無く、相手は息を引き取る。
「だがその体勢は丸腰も同然!」
 投げ終わり姿勢の龍雨に、男が三節棍で殴りかかる。
 だが彼は忘れていた。仲間の死を前にして動転していたのかもしれない。
 投げ終わりの姿勢とはつまり、半屈みの姿勢であり、要するには。
「う――りゃ!」
 後ろから別の仲間が飛び越えてくることも容易にあり得るということ。
 ヘキサ・ティリテス(BNE003891)は龍雨の頭上をギリギリで飛び越え旋風脚。三節棍を靴で撥ねると、もう一方の爪先からブレードを露出。ブレードは弧を描き、男の側頭部へと突き刺さった。
「ったく、振り込みが遅ぇんだよ。先手取っただけで調子乗ってんじゃねえ」
 とんとんとバランスをとりながら龍雨の眼前に着地するヘキサ。
 その左右を、紅涙・りりす(BNE001018と戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が追い抜いて行く。
「ボスがいるのってこの先?」
「んー、臭いはする、ぽい」
「間違いなかろう。コアも反応しておる」
 胸に手を当てる迷子。
 説明が重複するが、彼等に配られているセカンドコアにはモンタナコアの在処を指し示す能力がある。それは相手の所持者に抱く想いが強ければ強い程正確に働く。先述した風紀四条VS焔優希戦もそうした効果によって導かれた必然的なバトルだった。もっとも彼らの場合直接的な因縁や想いが無かったため、かなり行き当たりばったりな展開になったのだが。
 今回は違う。
「八兵衛……いや、俵八」
 四辻迷子と路六俵八。二人は同じ目標を目指した者たちであり、同じ人間を志した二人であり、同じ因縁を持つ人間だった。それ故正確に働く。強く、正確に。
「アークのリベリスタ。ここは通さぬ!」
 扉(木製の両扉だ)の前に二人の武芸者が立ち塞がる。
「通りたくば、斬り捨てよ!」
「言わずもがなッ!」
 武芸者二名、紅涙りりす、戦場ヶ原B舞姫。
 四者四本、同時抜刀。
「でやああああぁっ!」
 左右双方から太刀を叩き込む。
 武芸者たちはシンメトリーに動く鏡の如く同時に刀を翳し、二人の剣を受け止める。
 一瞬剣を引くりりすと舞姫。
 二人は左目同士でアイコンタクトをとると、剣をすぅっと交差させた。
「な――」
 紫電を帯びるリリスの刀。
 輝きを帯びる舞姫の刀。
 刀は二本。目は二つ。
 両者同時に、剣を突く。
 武芸者二人の腹を貫き、固定。
 更に、りりすと舞姫は刀を力任せに横裂きにした。
 両側の壁に血肉と臓物が飛び散り、武芸者はぐらりと地面に崩れ伏す。
 途端、一方の壁が向う側から粉砕。
 大穴をあけ、巨漢が廊下へと躍り出た。
「我が名は金剛剣の馬頭親分。この場を通りたくば」
「邪魔だー!」
 どげし、と馬頭親分の腹に蹴りが入った。
 小さな脚の蹴りである。無論馬頭親分の巨体はびくともしない……が。
 その足の主が肝心であった。
 いや、主の抱えたハルバートがと言い換えるべきか。
「そ、それはアンタレス……『お祭騒ぎ』の小崎岬ィ!?」
「ああもう五月蠅いなー、いくよアンタレス!」
 大上段、振りおろし。
 恐らく両手両足を備えた人類であれば、最悪物を握れる霊長類であればだれもが可能なその動作が、この小柄な娘によって伝説級の破壊力を生み出していた。
 それはさながら地球割りが如く。
 『吹き飛ぶ前に死ぬ』でお馴染み、小崎岬のメガクラッシュである。
「ぐ、うおおおおおおおお!?」
 馬頭親分は斬撃以上に強烈な衝撃に吹き飛び、背後の両扉を破壊し、畳み張りの広間へとまろび込み、地響きをたてて大の字に横たわり……まるであっけなく死んだ。
 報われぬ者の哀れなり。
 もはや巨大な台座とかした馬頭親分。その胸上に立ち、迷子は大煙管を突き出した。
 誰に。
「久しいのう」
「へ? ああ、確かあの時の……」
 広い広い大広間。その中心に四足折り畳み式の卓袱台を置き、ぺらぺらの座布団に正座をした、着流しの男。
 どうにもぱっとしない糸目をたらし、出がらしと言うよりもはや白湯となった茶を啜るこの男こそ……。
「剣風組総元締め……路六俵八」
「うへえ、その通りです」
 何の締まりも無く、彼は自らの額を叩いた。
「まあどうぞ、狭い所じゃあごぜえますが。ゆっくりと……死んで行ってくだせえな」

 戦場にありながら卓袱台について茶を啜っている大将がしたとあらば、これ幸いと殺しにかかるのがアークという組織の毛色である。
 罠があるのかもしれないとか、名乗る暇を与えようとか、様式美を弁えようとか、そんな思慮は一切挟まれない。その強欲さと強情さはこれまで多くの成功と失敗を生んできたが、今回に限って言うならば……失敗だった。
 トゥーブレードでムーンサルトキックを繰り出すヘキサと、飛びこむように業炎撃を繰り出した龍雨と、掬い上げるような斬撃を繰り出したりりすと、真っ直ぐ素早い突きを繰り出した舞姫と、大上段から斧を叩き込む岬と、ひらり跳躍して大煙管を振りかざした迷子を……瞬く間に、一瞬で、瞬間的に、全く同時と思える程の速度で打ち払ったのだった。
「浪人行。あいや、浪人形とも――言うんやったかのう」
 ぐにゃりと俵八の姿が変わり、縞島二浪のものとなる。本人が入れ替わったのではない。怪盗スキルによる変化である。
 ヘキサたちは放射状に飛び、其々六者六様畳の上に転がった。
「ほんまアークっちゅうもんは――イライラするわ」
 またもぐにゃりと風紀四条に姿を変える。指をパチンと鳴らして条霊執行。更にぐるんと一回転して和装の女、琴乃琴七弦に変化した。桃弦郷発動。
「弱い者ほど必死になる、ということでございましょう」
「ふん……弱い者、な」
 むくりと起き上がり、流水の構えをとる迷子。
 向けられた大煙管ににっこりとほほ笑んで見せる偽七弦。
「まあ、物騒ですわ。それをしまって下さいまし――どうなってるんだよ、本当さ」
 またもぐにゃり。鎌ヶ谷禍也に変じ、ぱたぱたと手を振る。
「はい、他殺幇助」
 気楽そうに言う偽禍也。するとどうしたことか、迷子の周囲で身構えていたはずの仲間たちが一斉に、まるで本人の意思など失ったかのように襲い掛かって来た。
「な――っ!」
 魔氷拳で敵の動きを封じようとした迷子は対応しそこねた。
 かなり計算され尽くされたタイミングだ。丁度迷子に攻撃が集中するようにするなど。
 龍雨の拳が腹にめり込み、ヘキサのブレードキックが背中を裂き、舞姫とりりすの刀が両腕と両足をそれぞれ切り裂き、最後に岬のアンタレスによって激しく吹き飛ばされる。
 天井に激突し、血のスタンプをつけながら畳を跳ね、数度バウンドして壁にぶち当たった。
 その瞬間――。
「それじゃあ、ま――余の手にかかり死ぬがよい!」
 全身を甲虫のような鎧に包んだ偽吾大醍五が突撃。迷子の腹に強烈な拳を叩き込んでくる。
「ぐぅぅ!?」
 内臓から上がった血が口から吐き出され、伝わった衝撃で壁にひびが入る。
「まだ生き足掻くか――それじゃあ義理も通せねえ!」
 更に善三に変じ、卓袱台を豪快に叩き込んでくる。
 迷子は必死に斬風脚を放とうとするが、威力は断然相手が上。背後の壁もろともぶち壊され、野外へと転がり出た。それでも止まらぬ衝撃は、樹木を三本薙ぎ倒し、全身を血塗れの血達磨とし、汚泥に塗れ、顔を土に漬け、目の光を……消した。
 心臓の音が、とくん、とくん。
 とくん、とくん……ぷつん。

●インターバルB
「くっそー、こりゃ譲るっきゃねえかー!」
 時は初富邸出発時にさかのぼる。
 ツァインは頭をがしがしと掻いて叫んでいた。
「達人とのバトル……やりたかったんだけどなぁ。でも相手が四辻の姉さんじゃ仕方ない」
 十人のリベリスタに合わせてアクセサリー型に加工されたセカンドコア。その一つであるややそっけない首飾りを手渡され、迷子は自らの首にかけた。
 ちなみに、作戦開始前から担当は決まっていたので、この期に及んでまだ言うツァインの様子に悔しがりようが分かろうというものである。
「気持ちじゃ負けてねえつもりだ。でも、姉さんにはできることがきっとある。多分『土俵合わせ』ってのは技ですらなく、一人の漢の……」

●千葉県香取市某所 剣風組-弐
 俵八は壊れた扉で壁の穴を塞ぐと、ちゃぶ台を部屋の真ん中に置いた。
 これだけ広い部屋においてわざわざ中心を選ぶのが、彼の人柄である。
 見回してみれば、他のリベリスタは撤退していた。混乱状態で潰し合い、ダメージが嵩んだのだろう。
 ひっくり返った茶釜を元に戻し、中の葉(もはや意味が無い)が零れていないことを確認してポットからお湯を注ぐ。
 湯呑に湯を淹れて、両手で包むように持った。
「いやあしかし。アークっちゅうもんも大した連中じゃあございやせんねえ。気概ばっかりあるくせして……あ、はて、そう言えばあの白髪さん、一体何をしようとしてたんでしょうなあ。付与には付与、攻撃には攻撃で対抗でもするつもりだったんでしょうかいねえ……見当外れと言うか、自己満足というか、正しく自殺行為も甚だしいですなあ」
 ずずず、と湯を啜る。
 すると背後で扉がばたんと倒れた。壁の穴を塞いでいた扉だ。
「おっと、風が強かったかな?」
 今度は釘でも打ちこんでおこうと立ち上がり、振り返った所で。
「……うへえ」
 糸目を、ほんの僅かに開いた。
 そこには立っていたのだ。
 誰が?
 言うまでも無かろう。
「見当外れの、自己満足か。はは……その通りじゃ」
 頭から血を流し、顔は汚泥にまみれ、両腕はだらんと垂れ下がり、しかし目は……目だけは、煌々と輝いていた。
 それを人は、魂の輝きと言う。
「路六剣八」
 名を言われて、俵八はぴくりと眉をあげる。
「彼の真似をするには、わしは弱い」
 言葉の割に、迷子は笑っていた。
 微笑んでいた。
 やんわりと。
「お主はどうだ。腹いせに盗んだ技で、何ができた」
 一歩、迷子が部屋の中に踏み込む。
 それだけで俵八の肩が震えた。
 部屋に、ではない。
 心に、踏み込んだのだ。
「戦いはどこから始まった? おぬしは土俵合わせを継ごうとして、継げなんだ。この世に残る彼の形見は、もはやお主のみじゃ」
 もう一歩、踏み込む。
「下らん小物では終わらせんぞ、八兵衛……路六俵八」
「な、なんのことで」
「お主自身を、見せろと言うのじゃ!」
 迷子は更に踏み込んだ。一歩ではない。一っ跳びだ。
 10m超という距離をゆうに飛び越え、回し蹴りを繰り出す。
 慌てて飛び退く俵八。
「か、勧善――」
「遅いわ!」
 退いた距離を更に詰めて顔面を殴る迷子。
 もんどりうって倒れ、ごろごろと畳みを転がる俵八。
「ひ、ひ……!」
 鼻から血を流し、俵八は慌てて立ち上がった。
 それを待って、ゆっくりと身構える迷子。
「素手と素手。精神の位も同じ。わしとお主に上下は無い。同じ土俵で戦おうではないか」
「同じ土俵……」
「そう」
 腕を広げ掌を天に向け、迷子は目を大きく見開いた。
「無敵に憧れ、最強を捨て――過去を捨て、無敵を志す者」
 だん、と足を踏み出した。
 大地が鳴り、空気が痺れ、枯れた喉から発する声が、天空を揺らす。
「『土俵合わせ』四辻迷子!」
「つ――九十九神いいいいいいいいい!!!!」
 途端、俵八が見知らぬ老人に変化。更に九人に分裂した。否、それどころの数ではない。大量の老人が実態を持つ影人として現れ、迷子目がけて飛び掛る。
 群衆を前にもう一歩を踏み出す迷子。叩いた大地が震撼し、生まれた虚空が海を割るかのごとく群を薙ぎ払う。
「技に頼るな。歯を食いしばれ路六俵八!」
「四辻……四辻迷子おおおおおおおお!」
 群衆がかき消え、俵八だけが残される。
 彼は拳を握り、地を駆けた。
 拳を握り、地を駆ける迷子。
 二人の拳が正面で激突し、ごきりばきりと骨を折る。
「もう一本!」
 逆の腕を繰り出し、両者の頬に拳が叩き込まれる。
 歯が折れ血に混じって飛ぶ。
「まだじゃ!」
 相手の襟首を掴み、迷子は大きく仰け反った。
 勢いをつけるためである。
 そう、頭突きの勢いをだ。
 額、激突。
 小柄な迷子と小柄な俵八、体格は変わらず重量も同じ。
 しかしてダメージの深い迷子が劣ると思いきや……。
「がはっ!?」
 額から血を吹き出し、俵八が仰向けに倒れた。
 畳の上。
 天井を見上げ。
 大の字で。
「あっしが……『あっし』が……負けた……」
「そうじゃ、『お主』が負けた。他の誰の皮も借りない、お主がな」
 仰向く彼の傍により、蹲る迷子。
 もはや立つ力すら、彼女には残っていなかった。
 ぱくぱくと口を動かして、掠れ行く声で俵八は言う。
「あっしは、憎かった。技が使える奴が憎かった。人生を賭けて編み出したなんていう、EX(とくべつ)な技使いが憎かった……」
 口以外は、もう動かないのだろう。
 大の字のまま、彼は言う。
「全部盗んで、ばら撒いて、二束三文のがらくたにして……ただ便利なだけの、強いだけの、道具にして……奴等の顔に、泥を塗って、やりたかった……」
 ほろり、ほろりと、涙がこぼれた。
「あっしが……間違ってたんですかねえ……」
「いや」
 うつ伏せに、俵八の隣に倒れ込む迷子。
「誰でも無敵に……特別に憧れるものじゃ。恥じることは無い」
「そう、ですかねえ」
 目を瞑る俵八。
「四辻、迷子さん」
「……」
「きっとこの先、辛いことばかりでしょうや。弱かろうと強かろうと、同じ土俵に立たなきゃあならない。名乗った名前を保障してくれるものなんざ、自分の中にしかない。それを破った途端、あんたはただの嘘つきになる。誰よりも強くなれず、誰よりも弱くなれず、生きていく。そりゃあなんとも……」
 人間が人生の内で吐く、最後の吐息だった。
 息を抜くように、彼は言う。
「うらやましい」

 ……かくして。
 路六俵八の死亡を境に剣風組は弱体化し、残党の全てが捕縛された。
 彼らの見た総元締めの死に顔は、どこか安らかなものだったと言う。

●インターバルC
「土俵合わせ? ソリャ、ただの呼び名ダロ」
 無表情に、リュミエールは言う。
「強い刀も持ってたし、技も豊富だった。私は刀目当てだったけどナ。でもそう言うのをフル活用されると……なんだか嫌な気分になったんだよナー。相手に会わせて、楽しそうに戦ってるアイツの方が、ずっと良かった」
 目を閉じて、言う。
「勝っても負けても、面白かった」

●千葉県勝浦市行川アイランド跡 弦の民
 少女の解体殺人死体が転がった。
「――ハッ!」
 左目に眼帯をした、赤い眼の少女が太刀を引き摺って天を仰ぐ。
 遊園地にありがちなコーヒーカップがばらばらに倒れ、転がる土地。雑草は好き放題に生え樹木は生い茂り蟲と小動物が闊歩する、これ以上ない程の廃墟遊園地の中心で、黄桜 魅零(BNE003845)は笑った。
「ぎゃは、ぎゃはは……ひははは、はははははは!」
 土を引き摺った太刀は人間の血と肉に汚れ、ぐねぐねと描かれた筋にそって肉片が転がっていた。
 金属バットを握ったまま解体された少女を踏みつけにして、魅零は眼帯のついたほうの目を覆った。額に指が沈むのではないかと言う程に爪を立てて笑う。
「ぎゃは、は、ぎひひ、ひ、ひ……」
 痙攣するように笑う。
 拒絶するように笑う。
「お待ちになって、くださいな」
 ざりり、ざりりと、土に何かを引きずる音がした。
 光の無い目を抑え、振り返る魅零。
 そこには、左目を包帯で覆った少女がいた。
 バールを二本両手に握り、首の骨が無くなっているのではという程に首を傾げ。
「ふふ、うふふ、うふふふふ」
 笑った。
 痙攣するように。
 拒絶するように。
 まるで同じもののように、魅零と少女は笑った。
「ねえ、ねえ……あそこ、何? 何なの、あそこ、おかしいよね、ひひ、きひひ」
「そうでしょう? おかしいでしょう? ふふ、うふふ」
 二人は同時に右目を見開き、得物を相手へ叩きつけた。
 魅零の腕が拉げ、少女の腕がぶった切られる。
「笑わないでよ、あんな場所、あんな場所――『わたし』だって見たことない!」
 片腕で太刀を振り回し、少女を滅多打ちにする。
 刃筋も打線も構いなく、殴って殴って殴り潰した。
 人間の頭部が頭部の形状を失った段階になって、膝をつく。
 そして、自分が『出てきた』場所を振り返った。
「なんなの、あそこ……地獄、みたい」

 地獄。
 そう表現された場所は地下にある。
 千葉は南房総、勝浦と鴨川の中ほどにある海岸沿い。その名も行川アイランド。かつては動植物園として大人から子供まで賑わい、古式ゆかしいコーヒーカップや回転木馬が稼働していた土地である。しかし日本各地における遊園地縮小化の例にもれず二十一世紀の頭二年で閉鎖。今は入り口に当たる大トンネルに鉄柵が敷かれ永久の『開発中地域』と化した……と、一般には記されている。
 その地下には経済社会に『買い取られた人間』や『巻き取られた人間』などが大量に押し込められ強制労働と言う名の虐殺遊戯が行われていた。
 またその最上層は裏行川歓楽街と呼ばれ、法的には到底許されぬであろうあらゆる狂気的快楽が味わえるとして裏社会の人間からとみに利用されていた。
 そんな文字通りの地獄だが、つい先日フィクサード宗教組織『弦の民』がこの歓楽街を武力制圧。管理していたフィクサードを一人残らず虐殺したことで一時の解放をみることとなる。
 しかし染みついた奴隷制や、地上に出た所で生きていく術も資格もない人間たちは支配者を失った今でも『今まで通りに』動き続け、現在は琴乃琴七弦という新支配者のもと、地獄を継続している。
 地獄の名は、『裏行川』。

 シャルロッテ・ニーチェ・アルバート(BNE003405)は自らの手首をカッターナイフで切り裂いた。
 ぼたぼたと、だくだくと流れる鮮血を頬にあて、うっとりとした顔をした。
「怪我なんていいの。あなたにもっと痛くするから、このくらいはしょうがないんだよ」
「そうだよね、しょうがないよね」
 同じようにうっとりと、注射器から流れた不安な色の液体を頬に塗って微笑む少女。名をメラ。この裏行川制圧作戦に加わっていたフィクサード(彼女達は『シロヌリ』と名乗っている)の一人である。
「でも一人でしたら、つまらないよ。私とシよう、いっぱい、いっぱいしよう!」
 白衣とは呼べぬ赤茶色い上着を広げ、内側から無数の注射器を抜き取るクダ。
 対してシャルロッテは弓を構え、自らの血をたっぷりと塗った矢を放った。
 肩に直撃。よろめきながらも注射器を投擲。数本の注射針がシャルロッテに刺さり、ただそれだけで彼女に膝をつかせた。
「ぁぅ……んっ」
「感じる、でしょう?」
 自らの肩に刺さった矢を、わざとぐりぐりと捻じってメラは身をよじった。
「あらまあ、ずいぶんと『お好き』なのですね」
 これ以上の戦闘は無理と判断して撤退するシャルロッテとすれ違いに、二階堂 杏子(BNE000447)は微笑んだ。
「はあ、誰もかれもが狂っているんだな、ここでは」
 ため息をついて、文珠四郎 寿々貴(BNE003936) は本を翳した。
 同じく白い本を翳す杏子。
 分厚いカバーの本に数本の注射針が刺さった。
「そうでもしなくちゃ生きて居られなかったかい? 痛々しくて、見て要らないよ」
 はあと再びため息をついて、寿々貴は聖神の息吹を展開した。
「でもそのお気持ちは、お察ししますわ。だって……ふふ」
 頬に手を当てる杏子。
 メラが大量に投擲する注射器にまるで正面から対抗するように、彼女は魔方陣を展開した。四重奏連続乱射。
 大量に交差する注射器と魔光が七色に混じり合い、いくつかは相殺し、いくつかはすれ違い、そして残りのすべてがお互いへと降り注いだ。
「あぁ……イイ……」
 恍惚に白目をむいて、血を吐きながら仰向けに倒れるメラ。
 そんな彼女の枕元に立って、燕尾服の少女が不敵に笑った。胸のプレートには『RIO』と掘られている。
「これで私が最後の一人か。一番マトモだった私が、結局は置いてかれちゃう、か」
 胸からトランプナイフを一枚取り出し、顔の前に翳す。
 そのトランプを二センチ程貫通して、矢が停まった。
「大丈夫、君もすぐに追いつくからさ」
 少年だった。
 と、表現するのはまずい。
 リィン・インベルグ(BNE003115)は確かに少年らしく小柄で幼い顔つきをしているが、目の奥にはどんよりとした何かが漂っている。
 ボウガンを片手で構えたまま、形の良い唇を左右非対称に歪めた。
「その子たちは逃がしてあげなよ。こんな所で死んだら可哀想だ」
 可哀想だ。
 などと。
 感情の欠片も無いトーンで言う。
 杏子たちはまだ戦闘不能にまで陥っていないからよしとして、メラが既に死亡していることは傍目にも明らかだった。
 矢の刺さったカードを捨て、まるで手品のように扇状にトランプナイフを広げる。翻すと、器用にロイヤルストレートフラッシュが出来上がっていた。
「じゃあ賭けよっか。今から好き放題撃って、死ななかった方が逃げる」
「いいよ? 死ななかった方が逃げる」
「オゥケェイ」
 顎を上げ、左右非対称に笑うリオ。
 顎を引き、サディスティックに笑うリィン。
「ゲーム――スタート!」
 大量のトランプナイフが飛ぶのと、無数の矢が放たれたのは、全く同時だった。

 時間をやや巻き戻し、場所をいくらか移す。
 裏行川歓楽街最奥VIPルーム。
 広い板張りの部屋に三種類のベッド。
 仏壇と祭壇がごちゃまぜになったような棚の上には何もなく、代わりに壇を遮るかのように一人の少女が立っていた。
 片手にミニミ。ベルギー製の軽機関銃。
 片手にモーゼル。ドイツのボルトアクション小銃。
 そして胸ポケットからは畳まれたバタフライナイフをちらりと見せて。
 仮面の少女が、立っていた。
 彼女の名前は初富ノエル。
 洗脳された少女。
 そして。
「ノエル……あんた……」
 曳馬野・涼子(BNE003471)の表情が複雑に歪んだ。
 悲しみと憎しみと悔やみとほんの僅かな喜びと絶望と希望と何より強い怒りである。
 そのすべてが浮かんでは消え、中折れ銃に指をかけた。
 仮面の模様を、彼女は知っている。
 こんな仮面をつけた少女を撃ったことがある。
 こんな仮面をつけた男を自殺させたことがある。
 こんな仮面をつけた人間たちを。
 その仮面は、『巡り目』と呼ばれていた。
「あの野郎……殺す!」
 仮面目がけてバウンティショット。
 それをノエルは俊敏に回避。薙ぎ払うようにミニミで横一文字の流し打ちをしかけてきた。
 転がって回避する涼子。その両脇から飛び出すようにして、百舌鳥 九十九(BNE001407)と犬吠埼 守(BNE003268)が銃を構えた。
 弾幕への対処は二者二様。九十九は弾と弾の間20cmというギリギリのラインをさも当然の様に半身になってすり抜けて見せ、守はライオットシールドで最大限弾を弾いて突撃。
 そして二人同時に銃を突出し、ノエル目がけて連射した。
 二人の射撃はそれぞれ命中。更に追撃として飛び込んだ晦 烏(BNE002858)と涼子が至近距離で単発銃とショットガンを発射。ノエルはそれをモロにくらって吹き飛んだ。背後の壇に激突し、崩壊させる。
 崩れた壇の下からは、更なる階下へと続く道が覗いていた。
「ボスはこの先みたいね」
「悪いけど先に行かせてもらうッスよ。七弦に逃げられたらコトっす!」
 仲間たちがノエルに牽制攻撃をしかけながら階下へと突入していく。
 当然の様に背中を撃とうとしたノエルだが、それをクリスティナ・スタッカート・ワイズマン(BNE003507)が押し止めた。
 具体的には、つき出したモーゼルライフルをサーベルで跳ねあげたのだ。
 ぱきんと額の角が二つに割れる。
「バルキリーシフトスタート……竜一、やっと見つけたぞ! こっちだ!」
「皆、遅れてすまん!」
 外から竜一と京一が駆け込んでくる。
 説明を重複させるようで悪いのだが、セカンドコアにはモンタナコア所持者の位置を把握する能力がある。
 しかしその性能は対象者に対する因縁や想い入れに依存しており、全く面識のない竜一たちはノエルを探して裏歓楽街を虱潰しに探す羽目になったのだった。それでも手遅れにならなかったのは、竜一が福松に彼女の救出を頼まれていたからで、彼が何かと義理堅い男だったからということに他ならない。 
 それぞれ剣と杖を構え、ノエルへと間合いをとる。
「竜一さん、私はいつも通り戦闘指揮と回復支援に当たります」
「分かった。モンタナコア所持者を破壊するのにセカンドコア所持者のトドメが必要なのは、覚えてるよな?」
「……もちろん」
 この先の話をするならば。
 竜一がノエルの相手をする以上、七弦の相手は京一が勤めることになる。
 はっきり言って、後方支援に特化した京一には荷が重かった。
 リスクを僅かにでも減らすなら、同じく後方支援型と思しき七弦に彼を当てるしかない。
 なので、今はこの布陣だ。
「初富ノエルだな?」
 竜一は剣を構えつつ問いかけた。
 問答無用でミニミとモーゼルによる全体射撃が襲ってくる。
 やみくもに弾をばらまいているようで、その実しっかりと狙っているのだ。
 竜一は防御を固め、京一はカウンターばりに天使の歌を連発した。
 弾を弾きながら、あるいは身体でうけながら竜一は叫ぶ。
「お前を大事に思う奴がいる。そうである限りお前は生きなければならない! 生きるということは、自分を持つということだ!」
「竜一さん、伏せて!」
 守に引っ張り倒される。額直撃コースだったライフル弾が背後の壁にめり込んだ。
「ノエルさんすみません……せめて死なない技で!」
 屈んだ態勢のまま守はジャスティスキャノンを発射。
 ノエルの腹を貫通し、どばりと血を流させた。
 だがあくまで不殺スキル。これで倒してしまったとしても死ぬことは無い。
 ……と。
 ここでもまた、説明を重複させてしまう必要があるだろう。
 『モンタナコア所持者は特殊に強化され死ににくくなっている』。
 それはつまり、肉体的に戦闘不能にさえすれば、生きたまま捕獲が可能ということだ。
 少し考えれば、その理屈には至るだろう。
 だがもう少しだけ。ほんの、もう少しだけ深く考えてみて欲しい。
 弦の民によって瀕死状態にまで追いやられ、更に寿命やフェイトを大幅に消費して特殊強化された初富ノエルに……今、どれだけのフェイトが残っているだろうか?
「おい、待て!」
 ノエルを庇うように立って、守のジャスティスキャノンを受け止める烏。
 その隙に、ノエルは守とその後ろにいたクリスティナを纏めて狙撃した。
「ぐあっ!」
「やべっ!」
 足と腹に直撃を食らって倒れる二人。
 クリスティナはぎりぎり残った体力をフル活用しすると、守を引っ張って外へと退避した。
「すまん、私らはここまでだ。後は頼む! というかオッサンどういうことだ!」
「俺はおじさ……それは今はどうでもいい」
 歯噛みして、烏は絞り出すように言った。
「今不殺スキルで殺せば、初富ノエルはフェイト完全喪失の可能性が大きい。よくて消滅……最悪ノーフェイス化するぞ」
「な――」
 ふと、竜一の中で何かが折れた。もしくは、割れた。

 尚も射撃を繰り返そうとするノエルにひとまず牽制射撃を加え、涼子たちは一時部屋を離脱。別の場所に身を潜めた。
「これは拙い事になりましたな。どういう手を打ったものか……」
 自らの仮面を撫で、九十九はそう切りだした。
 ショットガンに弾を込め直す烏。
「あの仮面を無理やりはぎ取るのはどうだ」
「やめときな。発狂して自殺するのが目に見えてる。あれはそういうものだよ」
 涼子はそういう現場を二度見てきた。だから。
 がちゃん、と銃に弾を込める。
「殺すしかない」
「待ってくれ!」
 竜一は、扉を開けて出て行こうとする涼子を手を広げて阻み、その場に両手をついた。
 額を地面に叩きつける。
「この通りだ。殺さないでくれ。どうにか……どうにかできないか!?」
「できない」
「もう少し、もう少し考えて」
「黙れ」
 ぐい、と竜一は髪を掴んで引き上げられた。
 そして、思い切り頬をひっぱたかれる。
 涼子がやったのかと思ったが、違った。
 聞き覚えのある声だ。
 触り覚えのある手だ。
 彼女はそう、最愛の。
「男が簡単に頭を地につけるな。女の立場が無くなるだろう」
 ユーヌ・プロメース(BNE001086)は冷たく竜一の顔を見下ろして、そう言った。
「ユーヌ……」
「殺すしかない人間は、殺すしかない人間だ。それ以上でもそれ以下でもない。お前はそんなことも忘れてここへ来たのか、竜一?」
「けれど」
「お前はこう思ってないか? 『とりあえず生かすだけ生かして、後は大きな組織が不思議な力で元通りにしてくれる。洗脳も解けて元気に野原を走り回ってお友達になれる』」
「…………」
「楽観的だな。希望的観測は人生を明るくしてくれる。だが無意味だ」
「…………俺は、どうしたらいい」
「初富ノエルを殺せ、竜一」
「福松との、約束は」
「破れ。後で謝れ。頭を地につけるのはその時にしろ」
 竜一はユーヌの目を見て。
 ユーヌは竜一の目を見て。
 暫く何も言わず。
 五秒の時が過ぎた。
「………………わかった」
 剣を握り、ドアノブに手をかける竜一。
「けど、俺一人でやらせてくれ。皆は外の連中の手助けを」
「分かった、あと竜一」
「何だ」
「お前は殺されるなよ」
「……できるだけな」
 ドアが開き。
 一人の男が出て行き、そしてまたドアが閉まった。
 三秒だけの沈黙を挟んで、烏は言う。
「女房ってのは、嫌われ役までやるのかい?」
「誰が女房か」

●インターバルD
「俺のせいだ。俺のせいでノエルが死んだ。いや、死にぞこなわされた。恐らく死ぬより辛い目に、死にたくなるほど酷い想いをしている筈だ。あの時ほんの少しだけ後ろを注意していれば、周りのことに気を配っていればよかったんだ。そのくらい想像できたはずだ。作戦段階で気付けたはずだ。ただその一言を言えば、あんなことにはならなかった筈だ」
「過去は過去でしょ。なにカッコつけちゃってんの?」
「……」
「『僕の所為だーうわーん』て言うの悲劇っぽくてカッコイイけどさ、それってもう少し後でもできるんじゃないの」
「なら、今は何をしたらいい」
「キャッシュからのパニッシュ!」
「黙れこの野郎」
「そう、そうやって元気出して、でもって祈れ」
「祈る……」
「祈ったら叶うって。信頼できるんでしょ、あいつ。神様よかずっとさ」

 穴だらけのドアを開き、竜一は部屋へと入った。
 ミニミに弾を装填し直したノエルが、仁王立ちで壇の前に控えていた。
 まるでここは通さないとでもいうようにだ。
「悪いな、ノエル。お前のこと……殺すぜ」
 弾かれたように銃口が上がり、竜一の身体に大量の弾丸を叩き込む。
 それを無視して、彼は剣を振りかざした。
 祈るように走る。
 祈るように叫ぶ。
 そして祈るように剣を叩きつけた。
「おおおおおおおおおおお!」
 ノエルの肩が拉げる。脇に挟むように構えたモーゼルライフルが火を噴き、竜一の背中から鮮血と共に弾が貫通した。
 それも無視だ。
 痛いからなんだ。
 苦しいからどうした。
 死ぬことに比べれば、ずっとマシだ。
 殺されることに比べれば、ずっとマシだ!
「おおおあああああああああああっ!!」
 顔面を殴りつけ、はり倒し、サブウェポンの剣を抜いて相手の腹に突き立てる。
 地面に縫い付けられたように動けないノエル。胸ポケットからバタフライナイフを抜き、刃を露出させた。
 竜一は剣を逆手に、両手で構え、高く高く振り上げる。
「すまん福松。あとで謝る。土下座でも何でもする。俺は、俺は――!」
 突き下ろされた剣は、仮面を砕き、ノエルの額に直撃した。
 手から、ナイフが落ちる。
 手の甲もまた、地におちる。
 地におちて。
 血にひたる。
 そしてもう。
 起き上がることは無い。

●千葉県勝浦市行川アイランド跡 弦の民-弐
 竜一が慟哭の声をあげた頃。
 京一は裏行川最下層へと訪れていた。
 涼子たちが一時的に身を引いた際、弾幕に邪魔されて上手く同じ方向に逃げられなかった彼は、単独でうろうろするよりはこちらの方がずっと役に立つだろうと言う判断で壇の裏(今思えば笑えないジョークだ)に隠された通路から最下層まで一気に駆け抜けたのだった。
 その際、いくらかのシロヌリが強化効果を失い、やみくもに襲い掛かってくることが何度かあった。どうやらノエルの撃破には成功したようだ、と京一は思った。どのような結果になったかは、聞いていないのだが。
 それを……それほど深くは考えない所に、京一の他者に知られざる一面があった。彼は元来、命というものに対してドライなのだ。
 サラリーマンのフリをして妻子を持ってマイホームを買って、まるで一般人の様に生きている彼が、命を尊ばないわけがない。誰もがそう思うはずだ。
 だが逆に考えてみれば、誰から恨まれるとも、誰から殺されるとも分からない仕事をしながら、脆弱な一般人を身内にもち、それを日常という脆弱な箱の中に置いてきているのだ。
 冷たいのでは、ない。乾いているのだ。
 勿論彼はいつでも全力で依頼にあたっているし、手を抜いたことなど一度たりともない。
 戦闘指揮レベル3、ブレイクイービルと天使の歌を使い分け、守護結界を併せ持つ、後衛サポートのエキスパート。
 実力はトップクラス。性能も高い。
 だが彼はどこか、『そういう機能をもった機械』のような側面も、併せ持っていた。
 それが今回の結末における、理由のひとつである。

「いくらなんでも、こりゃ多すぎるッスよ!」
 金属製の網天井を上下逆さのまま駆け抜け、フラウ・リード(BNE003909)はナイフを左右二本同時に振った。
 一度交差させ、再度開くようにもう一閃。
 丁度すれ違う形になる相手の首筋を正確に切るためだ。
 彼女の後ろにはいくつもの流血が零れ、鮮血が噴き、首から笛の音を鳴らす者が続出した。
 ……だというのに、彼女達は戦いをやめない。
 生命が完全に途切れるまで。
 全身の筋肉が全て稼働しなくなるまで。
 両腕を失って片足を吹き飛ばされても、咬みついてまで、襲い掛かって来た。
 これが桃弦郷。
 痛みも絶望も束縛もないバーサーカーか。
「以前E化一般人相手にやったのを見てたスけど……こりゃ、度合が違うっすね」
 相手はすべて、戦闘の心得をもったフィクサードである。
 それも、『この人の為なら死んでもいい』と言う程の狂信者ばかりだ。
 誰のものか?
 勿論……。
「まあ、まあ。あなたは仮面を奪いにいらした方ですわね。御機嫌よう、そんなに逆さにばかりなって、血が昇ってしまいますよ?」
 血飛沫が舞い肉片が散る戦場のさなかにあって、まるで十年来の友と道端で再開したかのようなテンションで語りかけてくる女。
 和装の美女。『弦の民』教祖、琴乃琴七弦。
 彼女は桃弦郷を常に発動し続け、展開し続け、にこにことしながら立っていた。
 かと思えば、目の前で倒れたシロヌリを抱き起こし、首がもげて血が噴射しているというのに固く抱きしめてわんわんと号泣するのだ。美しい着物がその色柄を保っていたのは戦いを初めてほんの30秒程度である。
 だというのに、突然すっくと立ち上がってにこやかに語りかけてくる。
 感情のつながりと言うものが無い。過去など存在していないかのように、記憶などしていないかのように、まるでその時その瞬間に自らが生まれたのだとでもいうように、全くのぶつ切りで行動していた。
 共通していることと言えば、『桃弦郷』を途切れることなく発動し続けていることだけだ。そのため、いくらブレイクを測ろうともすぐに元通りにされてしまう。
 それに多分、彼女がこうしているからこそ、この裏行川の強制労働者たちは喜んで彼女につき従っているのだろう。
 苦しくも痛くも無く、悲しくも辛くも無いのだ。
 やっていることは地獄でも、彼等にとっては天国だった。
 まさに桃源郷のごとく。
 魅零が狂笑するほどに怯えたのは、そんな彼らの振舞いだった。
 無理もない。
「困ったものだよね。狂信者っていうのは、いつの時代もさ」
 ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)は鋼糸をシロヌリの手首に巻きつけるとそのまま首と繋げて固定。ぐいとゆすって脇に翳し、自らを狙った銃撃の盾とした。無防備なままデスダンスを踊る彼女の首を更に絞めつけて殺し、完全に息の根を止めてから蹴り出す。
 まるで放り投げられたように倒れるシロヌリを受けて、追撃を図ろうとしていた別のシロヌリが押し倒される。
 そんな僅かな隙を狙い、リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)は跳躍。コンパクトに身体を丸めつつ敵の中心へ降り立つと、前後左右から突きつけられた銃口をツーステップで回避。その際に翼の如く広げた自らの二丁拳銃を目いっぱいに射撃。
 死ぬほど鉛玉をくれてやってからさらにツーステップ。今度は腕を左右に交差させて銃撃。
 その様はまるで、一人だけでワルツを踊っているかのようだった。
 踊るたびに銃声が響き、そのたびに人が死ぬ。
 死の舞踏とは、まさにこのことである。
「いくら倒しても奥から奥から湧いてくる。個体ごとは弱くても、狂信者のほぼ全てがフィクサード化を望んだのでしょう。キリがありませんね」
 手首を交差させたまま頭上に掲げるリリ。まるで伸びをするようにして、トリガーを二つ同時に轢いた。
 インドラの矢が放射状に発射される。放物線を描いてシロヌリ達に浴びせられる。
「体力が切れるより先にエネルギーが切れちゃいそう。どうしようか、『これ』?」
 アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)がロザリオを顔の位置に掲げ。
「竜一か京一のどちらかが来るまで粘るしかないな」
 廬原 碧衣(BNE002820)がハードカバーの本を顔の位置に掲げる。
 バッドムーンフォークロアと神気閃光が同時に放たれ、周囲のシロヌリ達が一斉に倒れて行った。
 それでも、七弦の後ろからいくらでも、いくらでもいくらでも湧いてくる。
 七弦自体はと言えば、シロヌリたちに庇われて全くダメージを受けていない。
「このサイクル……すごく厄介だね」
「二人のどちらかが、対抗策を持って来てくれれば助かるんだが」
「ん、ん……」
 小さく咳払いするリリ。
 何となくだが。
 ほんの直感なのだが。
 対抗策など、一つも持ってはいないのではないだろうかと、京一のことを少なからず知っているリリは思った。
 命に対して乾いている彼女だからこそ、シンパシーがあったのかもしれない。彼女はそこまで自覚してはいないだろうが。
「皆さん、ここですか!?」
 その時漸くにして、京一が現場へと駆けつけた。
 一応AFで連絡を受けてはいたが(ノエルの時もそれで駆けつけられた所がある)、見たことも無い巨大地下施設の道筋など検討がつくはずも無く、戦闘中の仲間からテレフォン道案内を受ける訳にもいかず、かといってセカンドコアの『モンタナコアサーチ』もろくに動かず(京一は七弦に何の思い入れも無いのだ。強いて言えば『敵』だと分かっているくらいなものだろう)、結局そこらじゅうを駆けまわって脚で調べる他なかったのだった。
 別部隊への支援に回った竜一や烏たちも、実はそんな理由でここへ合流できていない。
 配慮不足による、戦力不足である。因縁利用ができないならばそれはそれで代用の策を用意しておくべきだったろうかと、京一は思った。今更である。
「すみません、今回復に当たります! 全員私の指示に従って下さい、戦闘指揮を行います!」
「了解ッス! で、あの無限ポップバーサーカーみたいなのはどうしましょ!」
「…………え」
「やっぱり考えなかった!?」
 驚きのあまり振り返ったフラウが、下から引っこ抜かれるようにシロヌリにつかまった。
 面接着していた脚が抜かれ、地面に落ちる。
「わ、しま――っ!」
 慌てて離脱しようにも、前後左右上すべてから銃口を突きつけられてできることなど、身を丸くするくらいしかない。
 リンチ……ともとれぬ、まるで窯焼きの如き集中攻撃。
 あとに出来上がったのは、完全に戦闘力を失くしたフラウだった。
 奥歯を噛むリリ。
「竜一さん。この期に及んで回復で粘るのは無理です。確実にエネルギー切れが先に来ます。何とか私達で七弦のカバーを引き剥がしますから、その隙に七弦へ攻撃して下さい。いいですね?」
「……わかりました」
 胸を押さえ、京一は言った。
 その行為の意味を、あえてリリは考えないようにする。
「お兄様、それでいいですか?」
「いいよ。僕もこういう人達……すごく嫌だしね」
 リリとロアンの兄妹は、生命への冒涜を嫌う。
 その嫌悪は主に六道派組織に向けられることが多いが、だからと言って元黄泉ヶ辻派の彼女達に無関心というわけにはいかなかった。
 というより、積極的に殺したい。
「じゃ、行くよ」
 ロアンは影を纏って跳躍。深い闇の如き影の中から双眸をぎらりと光らせると、七弦を庇おうとしたシロヌリの首を一瞬で切断した。飛びあがる首。
 リリはそのタイミングで突入。
 カバーしようと寄って来たシロヌリの目に銃口を突き付け、屈みこんで子供のように泣いている七弦の後頭部にも突きつける。銃をオートにして引金を目いっぱい絞った。
「今です!」
「はい、鴉にしますね」
 振り向いたリリに応じて京一は式神鴉を発射。七弦の腹を貫くが……。
「ごめんなさい、ごめんなさい、わたしのせいで――あら、まあ? どうなさいましたか?」
 七弦は一向に、死ぬ様子は無かった。
 モンタナコアによる特殊強化の内容は死にづらい身体、らしい。
 死なないということはつまり、意思の続く限り立っていられるということである。
 無論、その度にめりめりとフェイトは減って行く筈だが、七弦は穏やかな表情を崩すそぶりも見せない。
 せめてモンタナコアさえ破壊できればいいのだが……。
「京一さんでは因縁不足――ぅ!」
 リリのこめかみにウージー(軽機関銃だ)の銃口が当てられ、フルオートで鉛玉た叩き込まれた。
 ぐらりと傾くリリの身体。振り向いて見れば、ロアンも胸と背中にそれぞれ大量の鉛玉をぶち込まれていた。
「どうするの、このままじゃ」
「成功するまで繰り返すしかないだろう!」
 全力でシロヌリたちを攻撃しにかかる碧衣。
 本を持った手で全てを薙ぎ払うかのように神気閃光を放つ。七弦のカバーが外れる。
 しかし京一による二度目のトライも失敗。
「ダメか……!」
 碧衣は大量の銃弾を受けて崩れ落ちた。
 彼女がこれ以上ダメージを受けないように立ち塞がるアンジェリカ。
 ライアークラウンを連射し、七弦のカバーを引き剥がす。
「今度失敗したら許さないからね」
「分かっています」
 ラストチャンスだ。
 京一は全力を籠めて式神鴉を発射。
 七弦の心臓部分を貫いた。
 パキン、という音が鳴って、モンタナコアが砕け散る。
 京一のセカンドコアもまた、一緒になって消滅した。
「やったか!」
 合流しそこねていた竜一たちが駆けつけてくる。
「はい、ですが」
「どうした」
「いえ……先に行ってください」
 京一はネクタイを締め直して、そう言った。
 怪訝に思いながらも、このまま突っ立っていても危険だと判断して怪我人を運び出していく竜一たち。
 そして京一は。
「それでは、皆さん」
 何も言わずに死んだ七弦を見下ろして、沈黙しているシロヌリ達へと、振り返る。
「ここは、足止めさせて頂きますので」
「「……殺してやる」」
 その声は、恐ろしい程ぴったりと、その場にいる二十八人のシロヌリから異口同音に、聞こえた。

 その後、一時現場を撤退していたリベリスタ達は京一を発見する。
 彼女達の怨嗟ゆえか、死の安らぎすら与えられず拷問のような嬲りを繰り返され、見るも無残な『瀕死状態』で、行川アイランド跡封鎖入口前に打ち捨てられていた。
 執行者であるシロヌリ達は忽然と姿を消し、行方は知れていない。
 それは勝利というにはあまりにも悲惨な、勝利であった。
 だが一つだけ、喜ぶべき事柄がある。
 竜一がトドメを刺した初富ノエル。
 彼女はフェイトをひとつだけ残して、生存していた。
 しかし肉体や脳、そして精神へのダメージは深刻で、E能力者としての戦闘能力は粗方失われた上、ほぼ寝たきりの生活が続くだろうことが松戸博士より告げられたが……生きていることだけは、確かなようだった。
 もしかしたら、誰かの祈りが通じた結果……なのかもしれない。

●インターバルE
「七弦ンンー? なんだ良く分かんないけど、嫌なカンジの奴だったな」
 腕をギプスで吊って、クリスティナは言う。
「最初は教祖様って言うくらいだから偉そうな奴だと思ったら……とんでもなく狂ったヤツだった。人間が人間のフリしてるような、そんな奴だった。でもだからこそ、狂っちまった少女たちを救えたのかもしれない。受け入れられたのかもしれない。まあ……死んじまったら何もかも終わりだけどな」

●千葉県夷隅郡養老渓谷ライン ストーン教
 養老渓谷。大多喜町から市原市に渡って流れる養老川とそれに伴った山と谷を差す総称であり、春には花が咲き秋には紅葉が実る千葉県きってのハイキングコースと言われているが、現在その周辺を歩く健康志願者は居ない。皆無である。
 無論、千葉各地で同時多発的に起きたフィクサードの特殊革醒や強化に伴った確固撃破作戦のために協力組織のリベリスタたちが人払いをかけているから……と言う理由は当然ながら存在しているが。
 それ以前に。
 弘文洞跡と呼ばれるそれはそれは古いトンネルの跡地。今は天井が丸ごと無くなって深い絶壁と化しているそこに、巨大な鉄の塊が鎮座しているから、である。
 それがただの鉄塊でないことは、ただ存在しているだけで人けがなくなるという時点で察することのできようものである。
 この世ならざるもの。
 神秘。
 更にいうなれば、この巨大で赤くごてごてとした爬虫類じみたフォルムの物体は上位チャンネルからの移送物であり、現在は動力源を失くして沈黙してこそいるが元は機械生命体機竜空母のひとつであり、アークによって実質上殺された巨大兵器であった。
 マジェスティックMARKⅡ。
 またの名を『メルボルン』。
 悪の秘密組織ストーン教団の現在のアジトにして。
 最終決戦の場である。

 君はこんな経験をしたことはあるか。
 全長3mもの巨大サソリが尾の毒槍と二本の鋏を振り上げ、正面から砂煙をあげて突撃してくるという、未曽有の経験をだ。
 村上 真琴(BNE002654)にはない。
 いや、度重なる戦いの中で似たような経験はあったかもしれないが、彼女の歴史として残っている資料には、そんなものは居なかった。
 ましてや。
「選ばせてやろう。切断されて圧死するか、毒に塗れて頓死するか。二つに一つだ」
 静かな殺意をばらまいて、人格を有した巨大怪獣など。
「どちらもお断りです!」
 真琴は二枚の盾を振りかざし、左右につっぱるように構えた。
 まるでその構えを待っていたかのように、サソリ怪獣は両サイドからの大鋏で真琴を挟み込んだ。
 いや、この場合彼の名前を呼んだ方がいいだろう。
 ストーン教団所属、サソリのザムザである。
 途端に身動きが取れなくなる真琴。
「捉えた。悪いが、拉げて貰うぞ」
「だから……お断りですってば!」
 力技で、と言うよりほぼ気合で大鋏を押しのける真琴。
 その途端、ザムザの頭に大きな影がかかった。
 広がった白衣によるものである。
「これが命を引き換えにした力か……もしかしてそれ、剥いたら中身は食べられるんじゃないのかい?」
「戯言を――」
 頭上を飛ぶなら尾の針で刺してやればよい。ザムザはそう考えて自らの尾を振り込んだのだが。
「ああ、でも、毒があったら無理か」
 詩人は空中で身を捻り、腕を軽く振った。
 手には煌めく刃物が握られており、それは医術用切開刀……通称するところのメスであった。
 そんな小さな刃物で何を切れたものかと思ったが。
「ぬ、ぐ……?」
 尾の動きがおかしい。
 何とか目を転回してみれば、尾の根元にメスが一本刺さっていた。
「貴様、投擲して――」
「隙あり、です!」
 短剣を逆手に握った風見 七花(BNE003013)が、横合いからフレアバーストを叩き込む勿論それだけであればただの火炎球。金属装甲に守られたザムザにとっては恐るるに足らなかったが、当たった場所が悪かった。
 詩人によって微妙に亀裂を入れられた尾の根元。そこへ直接叩き込まれたのである。
 内側から膨れ上がり、小爆発を起こして尾が吹き飛んでいく。
「ぐ、ぐおおおおおおおおお!」
「やった!」
 ぐっとガッツポーズをとる七花。彼女にとって魔法学は最近手を付けたばかりの分野である。そうそう思った通りに働くとまでは思ってなかったが。
「私、意外と才能あったかも……わっ!?」
 呟いたのもつかの間、横合いから掻っ攫われる。
 その瞬間、彼女は全力で恐怖した。
 多分こんな経験はしたことが無いだろう。
 巨大な口をもつ飛行サメが身体を90度ほど捻り、思い切り齧りついてくるという様だ。
 それもなんとメガマウス。名前からピンとこないのなら、目の前のインターネットで検索をしてみるといい。一瞬で彼女の恐怖が伝わる筈だ。
 このサメ怪獣。名をスキラという。
 サソリのザムザと、サメのスキラの二人兄妹。
 モンタナコアの影響を受けて強化されたフィクサードである。
 スキラは噛みちぎられまいとギリギリ顎を抑えていた七花を放り投げ、ザムザの頭上で泳ぐように旋回した。
「兄さん、生きてますか」
「妹よ、私を呼ぶときは兄上と」
「引き千切りますよクソ兄」
 兄弟仲は、良くないようである。
「待ってて、今回復するから」
 メイ・リィ・ルゥ(BNE003539)がえーとえーとと言いながら術式を紡いでいく。
 そんな彼女の肩を、誰かが後ろからぽんと叩いた。
 振り返れば奴がいる。
 いや、内薙・智夫(BNE001581) が居た。
 御存知ない方の為に説明するが、内薙智夫は男の娘である。
 厳密には『魔法看護婦ミラクルナイチンゲール』にコスプレしたまま革醒した18歳の青年である。本人が自分をどう認識しているか定かではないが、男の娘という安易なカテゴリーには大いに不満を持つことだろう。
 ともあれ。
「メイさん、君にはなんか素質を感じるんだよね。ねえ、一回でいいからタッグ組んでみない? ポーズとるだけでいいからさ」
「え……」
 齢10歳にして『何言ってんのこの人』の表情を会得しているメイである。
「こう、シンメトリー一歩手前な感じに立って」
「こんな感じ?」
「そうそう」
 メイと智夫は互いに背を付け合うように立つと、横向きにしたVサインを目の辺りに持ってくるという……古典的なのか近代的なのか反応に困るキラキラしたポーズをとった。
「と言うわけで本日二度目の」
「のー」
「「ナイチンゲールフラッシュ(エクストラスペシャル)!」」
 要するに、神気閃光と聖神の息吹の同時発射である。
「ぐおああああああああああ目がああああああああ!!」
 両目を手(鋏だ)で覆うザムザ。
 一連の動作が終わるまでちゃんと待っていたわけでは決してないが、邪魔をしなかった辺りに『悪の組織』の様式美を感じる。
 ザムザたちが怯んだタイミングを見計らってちょいちょいと指を動かす那須野・与市(BNE002759)。
「のう、そこの……」
「うん? 俺?」
 出来れば働かずに終わりたいという意思を全身から滲ませていた伊吹 マコト(BNE003900)が、若干のタイムラグをもって振り向いた。
 現代人特有の(というと誤解を招くが)真面目な顔して仕事をスルーするための態度だったのだが、その態度は名家生まれの与市には通じなかった。
「ちょっと手伝ってくれんかのう。わしの矢はどうせ当たらんじゃろうし」
「え、うん……いいよ」
 伊吹マコト24歳。やけに謙虚な11歳少女のお願いをむげにできる程枯れてはいない。
 ボウガンに呪矢を番える。その他影矢、式神矢が腰には刺さっている。彼はイレイザータクトというジョブにありながら、割と多彩な技を持っていた。
「とりあえず撃てばいいの?」
「うむ」
 それに対し、純正スターサジタリーの与市は木矢一択である。
 装填方法も至って簡単。
 突き出した義手を操作してぐぱりと展開。巨大な和弓へと変形した義手に糸を張らせ、携帯した矢を番えるだけである。
「って何それ凄!?」
「まあこれだけ大仰にしても当たらんじゃろうし」
 などと言いながら、不安げな表情で放つインドラの矢。
 命中力250。
「外す方がムズいわ! 何それ謙虚なの!? 謙虚ギャグなの!?」
「そう言われてものう……」
「あーもーいいや、俺やること無くなって来たなー。帰ろっかなー」
 等と言いながら、しっかりカースブリットは撃ってくれるのがマコトのマコトらしいところだった。
 それにどうやら、ここで戦っていれば『あの連中』の邪魔にだけはならない筈、だろうから。

 同刻。
 鋼鉄要塞メルボルン首ブロック。
 イメージとしては、地下電鉄が通る程の巨大なトンネルである。
 その途中、まるで道を塞ぐように立ちはだかった竜が居た。
 金属の装甲に身を包み、自身を怪獣化したフィクサード。
 元幹部、ヴィッカース。
 いや……怪獣化されたと言った方がいいか。彼はつい先日アークによって撃破され、瀕死の重傷を負ったのだ。そんな彼を戦力として使うための最終手段として、怪獣化がなされたのだった。
「これが……元人間だってのかよ……」
 対ヴィッカースの担当としてこの場に残ったツァインは、かの巨体に息をのんだ。
「命を犠牲に化物になっちまうとは……お約束に忠実だな、お前ら」
「グル……グルア……アアアア……」
 脳に物理的異常をきたしているのか、人語を全く解していない。
 こうした例は彼に限ったことではない。巨大カメ型怪獣となったあるフィクサードもまた、人語能力を多少喪失していた。
「グルア……ガアアアアアアア!!」
 竜と称して差し支えない、爬虫類じみた怪獣となったヴィッカースは、首を振り回して炎を吐き散らした。
 通路内を膨大な炎が覆う。
「っ……!」
 カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)はロッドを掲げ、炎を迎え撃った。ヘッド部分に十字架をつけた美しい杖である。
 まるで教会の鐘が鳴るように、清らかな光が波紋状に広がって行く。
 これはなにも、炎を防ぐための光ではない。
 守るためではなく、『取り戻すため』の光である。
 カルナが求めてやまない、願ってやまない力である。
 具体的には聖神の息吹。平均回復量約500強。
 錬気法とマナコントロールで省エネしているとはいえかなりの重労働だが……彼女はこの光を、開始から実に400秒間に渡って放ち続けていた。今もなお放っている。
 無論彼女一人でそこまでは保たない(それでも200秒は行けるが)。
 彼女を支えていた自分がいたのだ。
 それは。
「回復はなんとかなっているが……奴も大概タフだな」
 リアクティブシールドを振って炎を払い、カルナにインスタントチャージをかける酒呑 雷慈慟(BNE002371)。
 元から顰めたような彼の顔が、忌々しさで更に歪む。
 竜の怪獣と化したヴィッカースを見てだ。
「見れば見る程機竜そっくりだ。ロクな技術を使ってないのだろうな」
 彼は過去、大鳳、大和という二つの機竜を相手取ったことがある。その際も頑丈かつ優秀なエネルギータンクとして味方を支えていたのだが。
 現在のヴィッカースは、その時相手取った中型機竜にそっくりだったのだ。
「これはいよいよ、あの機竜とやらの正体が怪しくなってきたが……さて」
 ちらりと戦況を確認する。
 雑賀 龍治(BNE002797)と宵咲 瑠琵(BNE000129)が微妙に距離をとりながら発砲を続け、その間に蓬莱 惟(BNE003468) と飛鳥 零児(BNE003014)がヴィッカースの周囲を駆けまわって注意を反らすという状態がかなり続いている。トドメとして重要なツァインには(本人にとってはかなり不本意なことだが)ここぞというタイミングまでは下がって貰っている。
 流石に疲労がきているのか、皆の表情も曇り始めていた。雷慈慟のインスタントチャージのお陰でガス欠にだけはならないのが救いだ。
 だが、そろそろ決着をつけたい。
「ツァイン、そろそろ動いてもらうぞ」
「本当か? よっし、腕が鳴るぜ!」
「龍治、瑠琵もだ。まず敵に一斉放火。しかる後剣を三本叩き込む」
「了解した」
「これも同じく」
 こくんと頷く龍治と惟。
 龍治は素早く筒内の煤を落とすと、火薬と弾丸を指ではじいて筒内に放り込む。くるんと回して火蓋への点火薬挿入と火鋏への火縄設置を一瞬で処理。この一連の動作が瞬く間に行われる。
 瑠琵もまた、特殊なオートローダーで弾丸を装填、リボルバー弾倉をぐるりと回して照準した。
「おとぎ話の火器と侮るなかれ、身をもって思い知るがいい!」
 火縄銃、発砲。
 ちなみに現代にも火縄銃使いは実在し、弓道や薙刀道と同様鉄砲道の一流派として現存している。そんな火縄銃専門家いわく、通常雷管を叩いて弾を放つ現代銃器に比べて火薬の爆発で弾を飛ばす火筒はその柔軟性と汎用性に富み条件によっては現代銃器よりも戦闘能力が上回るとされている。最悪その辺の小石や豆でも弾になり、火薬の調達も(品質にこだわらなければ)容易であることを思えば、同じ型の銃弾製品を購入しなければならない現代火器よりもある意味優れていると言えなくもない。
 ……が、それはあくまで現実兵器での話である。
「ガッ!?」
 龍治の弾丸は空を裂き風を穿ちヴィッカースの金属装甲に穴を開けると内部で縦横無尽に跳ねまわり、彼の身体を文字通りかき乱した。
「ふむ、痛そうじゃ痛そうじゃ。じゃが暴れられても困るからのう……少し『じゃむ』っておいてくれ」
 瑠琵はヴィッカースの喉元めがけてトリガーを連続で引く。
 特殊に制作された銃と弾丸が術式として機能し、陰陽星儀を発動。炎を吐こうとしたヴィッカースの喉を内側から破裂させた。
「さて、いっちょドラゴン殺しでヒーローになりますかね!」
「これは騎士だ。龍殺しは望む所……」
「ておい、俺だけ仲間外れじゃないだろうな?」
 荒れ狂うヴィッカースを前に、それぞれの剣を構えるツァイン、惟、零児。
「まずはこれから行かせてもらう」
 鞘より抜き放った惟の剣は、黒い闇に覆われていた。
 惟は自らも闇を放ち、剣へと纏わせ、ヴィッカースの胸部目がけて突き立てる。
「――グガアア!?」
「おっと、大人しくしてろ!」
 それを踏みつけようと振り上げたヴィッカースの脚めがけ、零児は鉄塊の如き剣を構えて突撃。
 気合を込めてフルスイングし、ヴィッカースの足を根元からぶった切った。
 がくんとバランスを崩すヴィッカース。
「今だツァイン、決めろ!」
「サンキュ! 受けろ、正義の鉄槌――!」
 ツァインは高く跳躍し、片手剣を振り上げた。
 輝きを放ち、エネルギーを放出する剣。
「エクセリオンッ・ブレェェェェェドッ!」
 全力、切断。
 ヴィッカースの首はなかほどでぶった切られ、頭部が回転してごとりと落ちた。
「ガ……ガ、ガ……グア……」
 すたん、とヴィッカースの背後へ着地するツァイン。
 彼のうしろで、巨大な金属竜は爆発、炎上したのだった。

 鋼鉄要塞メルボルン中央格納庫。
 ヴィッカースの爆発に連動して首ブロックが崩壊し、要塞内に長い振動が伝わっていた。
「おや? 仲間が撃破に成功したみたいですね」
 ユウ・バスタード(BNE003137)は翼をぴこぴこと動かしながら走っていた。
 一応フライエンジェなのだが、彼女がちゃんと飛んでいることは少ない。
 対機竜作戦で幾度か行動を共にしたことがあるアンナも、日常的に飛べるのになんでこんなによたよた飛ぶのだろうと不思議に思ったものである。まあ、本気出してないだけと言えばそうなのだが、ユウのお仕事は精密射撃をすることなので、空中戦においてもホバリングがまともに出来ていればそれでよいのだった。と言うわけで現在も徒歩である。
 ぼうっと虚空を見上げる神埼・礼子(BNE003458)。
「見ものじゃったのう、ツァインの『ここは任せて先に行け』状態……」
「特別親しいというわけじゃないですが……あの人は自分にかけたフラグをよく折る人なんじゃないですか?」
 走りながらも会話に応じる祭雅・疾風(BNE001656)。
 対ヴィッカース戦時、相手が余りにも固いことと、そんなヴィッカースが撃破された途端総帥が脱出ポッド(あれにはお世話になった)で逃走してしまうのではないかという可能性を見て、アンナたち四名は要塞中枢へと先行したのだが。
「とにかく、行きましょ」
 アンナは短く答えて、中枢管理室への扉に手をかけた。
 恐らく非常用通路なのだろう。スチール製と思しきやけに地味な扉だった。
 ドアノブを握り、眉間にしわを寄せる。
 ――ノブを捻り。
 ――開く。
「よくぞここまでたどり着いた。褒めてやろう、アークのリベリスタよ」
 威圧感。
 最初に感じたのは純粋なプレッシャーだった。
 暗く、それでいて広そうで、冷たい空気が奇妙な風となって渦巻いているのが分かる部屋だ。
 その中心だけを照らすようにスポットライトが下り、煌びやかな玉座(玉座としか表現できない)に顎肘をついて男が座っている。
 記憶によれば彼は熊の毛皮を被っていた筈だが、今は素顔を晒している。驚くべきことに、というべきか。彼はジーニアスだった。
 その代わりなのか、獣の角をあしらった兜や毛皮でできた外套を纏っている。
 歳かさのあるややごつごつとした印象の顔。顎を覆う形に整えられた髭。そして金色の目。
 ストーン教団総帥、吾大醍五その人である。
 彼はどこか億劫そうに四人を見やると、これまた億劫そうに述べた。
「態々ここまで来たのだ。言いたいことがあるなら言っておくがいい。貴様の家族に遺言くらいは届けてやろう。生首を添えることにはなるがな」
「……チッ」
 嫌悪感を隠すことなく、強く舌打ちするアンナ。
「私は、アンタの野望に興味はない。コアの件も別にいいわ」
「ほう?」
 ほんの僅かに眉を上げる醍五。
 対抗するように、アンナはキッと睨みつける。
 内臓を素手で掴まれているような、どっしりとした、びりびりとした、そんな威圧感に潰されそうになるのだ。
「アンタ……何人の部下を使い捨てにすれば気が済むのよ」
 アンナがこれまで見てきた多くの事件。つまり、ストーン教団にまつわる怪人事件の多くは怪人の死によって終了していた。巨大組織を相手取る時は戦場での情報収集を欠かさないアークとしては、この手の連中は生かして捉えて吐き出させるというのが定石なのだが、彼らは悉く自爆、自死したのだった。挙句持ち出してきたのが命を犠牲に怪獣化する異邦技術だ。
 最後に残った幹部も人柱、捨て駒、生贄として文字通り消耗され、もはや彼以外には残っていない。
 戦うこととは死ぬことであり、争うことは殺すこと。
 それがストーン教団に一貫した行動原理だった。
「死人を減らすのが私の戦いよ。仲間は治療して、敵も生かして捕まえる。だっていうのに、アンタたちはいつもいつも……」
 アンナ・クロストンという『一般人』は、死を嫌う。
 アークに所属するヒーラーの多くがそうであるように、仲間が倒れないように戦線を維持することを使命としているのは当然のこととして、その上で敵の死を嫌う。嫌悪している。
 勿論、捕まえた敵が後でどのような非人道的扱いを受けるかは承知しているし、いわゆる『いいひと軍団』ではない組織の必要悪や必要犠牲を理解もしている。防げなかった被害を後悔することはあっても、然るべき害悪には躊躇しない。
 それがアンナ・クロストンと言う人間の、献身的かつ実直なパーソナリティであった。
 だからこそ。
「アンタが出てきた時点で、私は毎回負けてんのよ!」
 ややヒステリックなトーンでで、アンナは叫んだ。
 広い闇に声が吸い込まれていく。
 それに対して醍五はと言えば。
「そうか」
 と、ひどくぞんざいに応えた。
「その質問に答える義理は無いが……寛容さをもって述べるなら、そうだな」
 アンナたちから視線を外さないまま、しかし顎肘をついたまま。
 醍五は言う。
「『何とも思っておらぬ』」
「ちく……しょう!」
 腕を振り上げるアンナ。伴って浮きあがった正十二面浮遊体が発光。奇妙に回転し、十字の光体が発射される。
 醍五は椅子に腰かけたまま腕を振り、アンナが全力で放ったであろうジャスティスキャノンをまるで羽虫を殺すように打ち払った。
 その一動作で、胸に光る小さな水晶が輝きを漏らす。モンタナコアである。
「アンナさん下がって!」
 危機を察し取ったユウが二歩先んじて小銃を構える。まずは牽制の三点バースト射撃。
 醍五は雨粒にでも当たったかのように微動だにしない。
「か、固いっ」
「なら打ち砕くまでだ!」
 ユウを挟むように歩み出る疾風と礼子。
「そうじゃそうじゃ、ちっとはわしらにも出番を寄越せ」
「そう言う意味で言ったわけでは……まあ、ここはそう言うシチュエーションか。悪の総帥に立ち向かうとなれば――」
 長いステッキを垂直に突き立てる礼子。
「魔法少女の出番じゃ」
 専用AFを顔の横に掲げる疾風。
「ヒーローの出番だ」
 二人は同時に腕を振り、ステッキを振り、七色の閃光に包まれた。
「「変身!!」」
 光が晴れるより早く、醍五へ向かって飛び出す二人。
「ブラックレインとハヤテ・サイガ、か」
「顎門、ドライブモード――シュート!」
「いっくよ――ブラック★スター!」
 虚空と暗黒が互いにまじりあいながら醍五へと襲い掛かる。
 しかし醍五は、それを翳した掌で受け止めてしまった。その上、ぐしゃりと握り潰す。
 ついた顎肘から、一ミリたりとも顔を起こしていないのにも関わらずだ。
「龍牙、ドライブモード!」
「ブラック★カリパー!」
 二人は全く怯まずにそのまま突撃。左右から同時に攻撃を叩きこもうと壱式迅雷と奪命剣を同時に繰り出す。
 そこで漸く。そう漸く、醍五は顎肘の態勢を解いた。
 両腕を突き出すようにして疾風のナイフとブラックレインのデスサイズを掴み取る。素手にも関わらず刃を直接だ。
 途端、激しい電流が二人を襲う。
 武器こそ手放さなかったものの態勢を崩すには十分だった。
 そしてここで漸く、またも漸く、醍五は玉座から立ち上がる。
 疾風とブラックレインの顔面を素手で掴むと、高々と振り上げる。
 醍五の身長は2m半だ。そんな彼に持ち上げられればもはや地に足がつくわけがない。
 なんとか逃れようと足をばたつかせる二人をなおも掴んだまま、大きく腕を広げ、正面で叩き合わせた、まるでシンバルのように。
 当然人間の頭はシンバルとして機能するように出来てはいない。『ごぎゃ』という非情に生々しい音をたて、二人を痙攣させた。
 更に醍五は二人を振り回すように振り上げ、上下を逆さにすると地面に両者の頭部を叩きつけた。
 彼等の頭が無くなった……ようにすら見えた。実際には大きく拉げた地面(これでも金属製だ)に頭ごとめり込んだのだ。
「ッ――!」
 ユウが歯を食いしばって連射。
 全ての銃弾が命中しているにも関わらず、醍五は何の対応も取らなかった。
 それこそ雨粒に晒されているかのごとく。
 醍五は一歩だけ足を踏み出すと、大地を激しく踏み鳴らす。途端に生まれた虚空斬撃が離れたユウを一瞬で八つ裂きにした。
「皆――ッ!」
 回復をかけようとコアに触れたアンナへ、醍五が真っ直ぐに歩いてくる。
 悠然とした歩みであるにも関わらず、アンナは恐怖に手が震えた。
 逃げられぬ者の歩み。そうとしか思えなかった。
 気付けば醍五が正面で立ち止まり、アンナの首を掴む。
「すこし場所を変えて話そうではないか、エンジェル」
「誰、が……」
 言った途端、アンナは真上へと投げられた。
 広い部屋である。だというのに重力を完全無視してアンナは豪速で飛び、天井を突き破り、メルボルンの装甲を内側から破壊して屋外へと飛び出した。
 一足遅れて、別の場所から醍五が飛び出してくる。
「つ……う」
 顔をしかめて痛みをこらえるアンナ。
 吾大醍五は、普通に戦っただけでもアークのリベリスタを圧倒する戦闘力を有していた。その彼がモンタナコアで更に強化されたとなれば、もはや化物……いや、怪獣と呼んで差し支えなかった。
 だがアンナはそれが許せない。
 命を犠牲に、多くの人命を犠牲に得た力など、赦してはならない。
「畜生、畜生!」
 正壱弐面体を収納。レイラインにそって全身に力を渡らせ、拳を握って飛び掛った。
 その拳が、直立不動の醍五に直撃する。
 無論一発ではない。右ストレートからの左フック中段蹴りまでコンボを繋いで最後は拳に十字の光を集めて直接叩きつけた。
 ……が、微動だにしない!
 仁王立ちのまま、そういう形の銅像かのごとく、全く通用していないのだ。
 それでもあきらめず、アンナは連続で殴りつける。
「どいつも命を粗末にして! 命は大事なんだ! それは当たり前のことなんだ! 偉そうな理屈をどんなに捏ねようが、そんなもの――!」
「勘違いをしているようだな」
 アンナの手首を握り、そのまま骨ごと握り潰す。ぼきりと音がしてアンナは悲鳴をあげた。
「余は悪だ」
「……!」
「悪をしている」
「アンタ……!」
 人間は本来、自身の悪を許容できない。
 そのために正義や信仰、もしくは思考停止でフィルタリングし、正しい行いであるとして自分を納得させている。
 世界中に存在する犯罪者の多くがそうだ。
 己は社会のルールに当て嵌めた時犯罪者となってしまうが、本来的には何も間違っていない。法律(ルール)違反でペナルティをくらってしまっただけだ。そう考えているのだ。
 そうでなくては、後ろめたいのだ。
 風紀委員会しかり、弦の民しかり、松戸研究所しかり、剣風組しかり、縞島組しかり、誰もが『仕方なくやっているのだ』という理屈を最後には使う。
 だが彼は。
 いや、ストーン教団は常に『悪』だった。
「部下を次々に使い潰して邪魔なものを破壊し、世界を征服してゆくゆくは全人類を隷属させるつもりだ。その後は別チャンネルへ侵攻して制圧。それを繰り返して全てを手に入れる。その『過程』を……余は求めている」
 悪は目的ではない。
 悪は手段である。
 古典的な言い方になってしまうが彼は『手段のために目的を選ぶ』人間だった。裏野部的、とも言えよう。
「良いものを見せてやろう」
 そう言うと、拉げたアンナの腕を握ったまま跳躍。腕が引きちぎれんばかりの痛みに呻く彼女を無視して、メルボルン後部に当たる装甲にアンナを叩きつけて破壊。そのまま内部へと降り立った。
 先刻の部屋と違い、照明は充分についている。
 広さは、それまでの倍以上だろう。
 そして見渡すかぎりに……。
「スリープ状態の……小型機竜」
「並びに中型と大型用格納庫が他に五つある。これだけの戦力を使うことさえできれば、七派首領すら敵ではない」
「アンタ、こんなものを」
「どうだエンジェル。余の部下にならんか。この世界を制圧した暁にはその半分をやろう」
「そういって仲間にしたら、使い潰して殺すんでしょう」
 歯を食いしばるアンナ。
 殴ってやりたい。
 しかし、身体がもう、言うことを聞かなかった。
 脚が震え、跪き、辛うじて無事な片腕を地につけ、まるで醍五に忠誠を誓うかのような恰好を、させられていた。
「まあ良い。ここで死ね」
 拳を振り上げる醍五。
 その途端。
 横合いからミサイルが飛来した。
 FGM-148ジャベリン。米軍で使用される携行式ミサイルである。
 更にGAU-8アヴェンジャー独特のモーター音とひと繋ぎの銃声が響き醍五へ会浴びせられる。トドメとばかりにデザートイーグルによる射撃が加えられた。
 援軍か、と振り向いて……アンナは目を丸くした。
「あ、アンタたち……」
「合衆国竜軍所属第三部隊リチャード・スウィーニー少佐、及びボブとカニンガム。チーム『エンジェルガード』、ただいま参――ふごう!?」
 黒人スキンヘッドの巨漢と白人単発の巨漢、そしてスマートな米国風男性がアシンメトリーなポーズをとったその瞬間、醍五の虚空斬撃で纏めて吹き飛んだ。
「一体何しに来たんだお前ら!」
 口調が一発でブレるアンナである。
「レディを助けに……と言いたいが力不足だ。今は、道案内をしている。ここだミスター・クズカミ!」
「く・す・か・み、だ!」
 天井の穴(醍五たちが開けたもの)を抜けて、一人の男が自由降下してきた。
 仲間から借りたであろう翼の加護をうけ、上下逆さのまま大剣を構えての、フリーフォール・アンド・加速アタックである。
 為に溜めた……集中しに集中した一撃だったのだろう。翳した醍五の掌を彼の剣が貫通し、おまけとばかりに思い切り捻じった。
「なん、だと?」
 醍五から離れつつ、アンナを小脇に抱えて大きく飛び退く楠神 風斗(BNE001434)。
 目を見開くアンナ。
「アンナ、無事か!」
「え、まあ」
「腕、どうした」
「あいつに握り潰されたんだけど」
「……そうか」
 きょとんとしているアンナを床に下し、剣を担ぐ風斗。
「吾大醍五と言ったな。お前のことは知らないし恨みも無いが、友の代わりに殴らせてもらう」
「友……」
 アンナの目が糸のように細くなった。
 謎の冷や汗を流す風斗。
「と、友と言っても親友という意味だ」
「はよ行けクズカミ」
 アンナの声に殺意が混じった。理由は不明である。
「も、もう少し待ってくれ。2秒で良いから」
「何の2秒よ」
「『これ』のですよー」
 頭上より、天使の羽が散った。
 見上げればそこに、翼を広げたユウが小銃を構えている。
 狙いは勿論醍五。
 射撃モードはワンショット。
 ただし。
「集中十回分の、ですけどね!」
 タン、という音がしたかと思うと、弾丸が醍五の方から太腿までを貫通。
 それまで殆ど変らなかった醍五の表情が初めて歪む。
「時間稼ぎだと、小癪な真似を……!」
「その小癪な真似で、お前は倒されるんだよ!」
 風斗が落ちてきたのと同じ穴から、ツァインと疾風、礼子が同時に飛び降りてくる。
「必殺、エクセリオン・エクストラ・ブレード!」
 大上段からのフリーフォールリーガルブレード。醍五の腕が肘から切断された。
 更に。
「即席合体奥義☆」
「あれ本当にやるのか、くそっ」
 ブラックレインと疾風が同時に斬撃を繰り出す。
「「暗黒迅雷十字斬(ブラックサンダークロス)!」」
「ぐおあああああっ!」
 醍五からはじめて悲鳴が上がった。
 胸から血を噴き上げ、後じさりする醍五。
「こんな所で、終るのか……余は……」
 震える手で、自らの側頭部に掌を当てる。エネルギーが循環。
「ならば、悪の美学に沿うとしよう。さらばだ」
「自爆する気か!」
「そうだ。死に逃げをさせてもらう」
 血の流れた手を頭に当て、力を込める醍五。
 悪が滅びようというのだ。
 止める者はいない。
 ……いや。
 一人いた。
「逃がすかあああああああああああああああああああ!!!!」
 アンナの拳が、腕が、青白く輝いた。
 拉げていた腕が急激に再構築されていく。
 その輝きを、人によってはこう呼ぶことだろう。
 魂の輝き。
「アンタは生きろ。生きて、生き続けて詫びろ! 吾大醍五!」
 拳が、顔面に炸裂した。
 何度打ってもびくともしなかった拳が。
 立った一発で。
 醍五を思い切り吹き飛ばす。
 スリープした小型機竜に激突し、ずるずると崩れ落ちる醍五。
 胸に納められたコアが砕け散り、光を失った。
「これ……は……」
「私は殺さない」
 腕を振って、アンナは言った。
「アンタの呪いは、これで終わりよ」

 その後、戦闘力を完全に失った吾大醍五はアークへ投降。部下のストーン教怪人たちも次々と投降し、事件は収束した。
 鋼鉄要塞メルボルンは解体処理し、研究材料とする話が持ちあがったが、無人となった途端にメルボルンは自爆。重要そうな部分を全て灰と化し、何一つ残さなかったという。

●インターバルF
「暴力を奮いたい。喧嘩がしたい。そういうのは動物のもってる闘争本能みたいなもんだ。ただ人間である以上、人間社会に生きちまってる以上、そこに正義だの何だのと理由をつけなきゃ人を殴れない」
 ランディは壁によりかかり、仰向いて言った。
「逆に言えば、考えるだけの頭が無い奴は暴力を奮うことが許されないってことなんだよな。ゴロツキとか、チンピラとか、ヤンキーとかだ。そう言うのは纏めて悪党扱いされて、焼き殺されないまでも豚箱に突っ込んで反省させる。『お前らは悪い奴だからとにかく大人しくしろ』と何年もかけて言い聞かせるんだな。だからといって、本能が無くなるわけじゃねえ。腹も減れば眠くもなるのと一緒で、暴力は奮いたい。ストーン教団ってのは、もしかしたらそう言う連中の受け皿だったのかもしれねえな」
 まあ、どうでもいいけどなと、ランディはベッドに横たわった。

●京葉工業地帯千葉地区 松戸研究所
 千葉県北部東京湾沿いには工業地帯が広がっている。ほぼ埋立地で構成されたそれらの工場は、火力発電所や製鉄所、化学プラントを初めとする非常に重要な製造施設ばかりなのだが、内部に入ってみると用途の解らない巨大なだけの建造物や、とにかく広大で何にも使われていないフィールドがちらほらと存在する。それらは所謂工業機械格納建屋や機能を停止した火力発電施設の解体跡であって、決して彼らが土地を無駄遣いしているわけではない。
 などと、一般人の建設会社所長は説明しているが、実際の所そうではない。
 メタルフレームの強化改造……いや、狂気改造を目的とする元六道派研究機関、松戸研究所の隠れ拠点が存在しているのだ。
 そして今現在、多くのユニック(クレーン車の俗称である。大手メーカーの名前が由来)を駐車できる巨大駐車場が地下からせり上がり、広大な敷地面積をもつ松戸研究所が全貌を露わにしていた。
「秘密基地って、子供じゃあるまいし」
 富永・喜平(BNE000939)は苦笑しながら鈍器が如き巨銃を翳し、鉄球を受け止めた。それも凄まじい大きさの、家屋解体用に用いるハンマーである。
 よって受け止めた程度でダメージが抑えられる筈はない。喜平は背後のバラック建屋を破壊しながら鉄球共々突っ込んで行き、建屋の反対側から放り出される。
「ま、付き合ってやらんでもないけどぉ!?」
 近くの鉄塔に足を駆け、バネ仕掛けの如く反射。鉄球を掠るように飛ぶと、巨銃を解体重機めがけて思い切り叩き込んだ。やはり鈍器である。
 対して解体重機は大きくよろめき、ノイズ混じりのサイレン音を鳴らした。転倒と同時に何か大事な部位が破壊されたのか、完全に沈黙する。
「しっかし想像できねーな。コレが元々フィクサードとか……どう考えても巨大ロボとかの世界じゃねえか」
 ……そう、これこそが松戸研究所の最大狂気にして最終兵器。
 フルメタルフレーム・ブーステッドである。
 『接続したものを機械化浸食する』という微妙なアーティファクトを最大利用し、フィクサード自体に浸食させる技術をフルメタルフレームと言い、それを更に推し進めて機械そのものに呑みこませるというのが、FMF-Bである。
 これまでの調査によれば、FMF化は本人の意識と記憶をリセットする副作用があり、本人もそれを承諾し自発的に浸食をうける必要があったという。それは松戸博士の(倫理観こそないが)非験体への愛情の現れだと言われていた。
 だがFMF-Bはそれを全て奪い去り、承諾も自由意思も全て無視して犯すように飲込んでしまう技術である。
 元凶は、助手として研究所に潜り込んでいた鎌ヶ谷禍也。
 彼は今、松戸研究所を支配している。
「そっかー、あいつ……鎌ヶ谷って名前だったんだ」
 短剣を手の上で弄び、神薙・綾兎(BNE000964)は呟いた。
 遠い昔のように思うけれど。
 悲しい子たちを、見たことがある。
 彼らをまるで人形のように扱った男を、知っている。
「でもさ、キミまで一緒にくること無かったんじゃない、おにーさん?」
 後ろを見返る綾兎。その視線を受けて。宇賀神・遥紀(BNE003750)は小さく首を降った。
「君の隣は俺だけの居場所だ、そうだろう」
「うわっ、何それ愛の告白? はずかしー人だよねー、まったく」
 歯を見せて笑う綾兎。そんな彼めがけて、黒い戦闘ヘリが襲い掛かってくる。
 とはいっても操縦席には誰も居ない。代わりにぎっしりと闇が詰まっており、具現化された機関銃から闇の弾丸を大量に発射してきた。
 遥紀は綾兎を後ろから抱きかかえるように片腕で抑えると、肩越しに腕を突き出す。
「それ以上は、犯させない」
 放たれる神気閃光。ヘリのバランスが大きく傾く。しかしここはFMF-B。戦闘のための兵器人間。すぐさまバランスを立て直して機関銃を大量に具現化。遥紀たちめがけて発射しよう……として、異変に気付いた。
 綾兎がいない。
 すぐさま周辺警戒。前後左右、どこにも見当たらない。まさか先刻の機関銃射撃で消し飛んだのかと考えたその時。
「ふーん、完全な兵器っていうのも存外不便そうだね?」
 人のぬくもりとか、分からないだろうしさ。
 綾兎の声が頭上。
 つまり上空から聞こえた。
 ヘリの上にはプロペラがある。常識だ。それも戦闘ヘリの重量を支えるプロペラは非常に頑丈で、人間がちょっとでも触れただけでイチゴシェイクが出来上がるとさえ言われているが……。
 その、中心点に、短剣が一本刺さっていた。
「ごめんね」
 綾兎はそう言って、短剣を靴底で押し込む。
 物理的にはかなりありえない動きだが、一本だけで戦闘ヘリは破壊された。
 煙を噴き上げ、先刻倒れたばかりの解体重機へ突入。爆発した。
 ……同刻。
「ンウ……」
 艶蕗 伊丹(BNE003976)は爆風と鉄粉が吹き荒れる中を、がしゃがしゃと走っていた。
 鎖分道の巻き付いたT字ステッキという、ある意味かなりありえないワンドをがしゃがしゃと引き摺っている。
 T時の片側から釣り下がったボックスが明滅を起こし、断続的に天使の歌領域を生成しているのだ。伊丹的にはこれを担いで(たまに力場を集束させたり、別のボックスからチャージ剤を出したりはするが)怪我人の多そうな場所を追い続けていればよい。
 がしゃがしゃと。
 そんな足音が鳴るのは、彼女の足がひざ下から機械化しているからで、油圧だか空圧だかそれとも人工筋肉だかでやたらと重々しい動きをするのだ。おかげで攻撃は当てづらいし避けずらいし皆を追いかけるので精一杯だしと恨めしいまでの鈍足っぷりを発揮しているのだが……だが、しかし。
「それでも、全部機械にシヨウなんテ、思わないよ」
 しょんぼりとポニーテールを垂らす伊丹。常に一定以上のテンションを保っている彼女にとって、この状態はかなり珍しいものだった。
「全部機械じゃ……悲しい……」
 小声で、言う。
「悲しいのが分からないト、悲しいよ」
 そしてまたがしゃがしゃと、仲間の跡を追いかけていく。
 鈍足ながらも。
 人間らしく。

 電子レンジは悲しみが分からない。
 どこの小説の言葉だったろうかと、氷河・凛子(BNE003330)は思考する。
 手術手袋を嵌め、白衣を羽織る。
 パンツスーツにネクタイというサラリーマンじみた格好の上から、医者じみた服を着る。自覚の有無はともかく、それは凛子のパーソナリティを良く現したコスチュームであった。
 義務感で戦い、倫理観で殺す。
 もっとも彼女の専門は治療回復であり、殺人はメインではない。
 メインでないだけであって、サブではあるが。
「機械に感情は無い、筈ですが……」
 本当にそうだろうか。
 例えば脳の一部を機械化した伊丹はテンションがおかしいながらも感情豊かに生きているし、知り合いのやたらごてごてとしたメタルフレームもまた、味わい深い感情表現をしていた。
 もしかしたら電子レンジだって、卵を殻つきのまま入れられれば発狂したり、アルミホイルを入れられて怒り狂ったりするかもしれないではないか。ちなみに凛子は死んでもやらない。
 少なくとも電子レンジと密接な夫婦生活(この場合レンジが女房役である)を送りがちな凛子にとっては、奴らが無感情で融通の利かない連中だとは、到底思えなかった。ティファールだって、朝早くから文句も言わずにコーヒーのお湯を沸かしてくれるし……。
 だから、もしかしたら。
 もしかしたらだが。
「フルメタルフレーム7号・七栄……あなたにも、まだ感情はあるのですか?」
 言った途端、目の前のユニック車両が吹き飛んだ。
 いや、吹き飛んだという表現は適切ではない。
 無理矢理上下二等分に切断され爆発し、破片を飛び散らせたのだ。
 咄嗟に腕で顔を庇い、同時に聖神の息吹を展開。
 この場は戦場。どんな考え事をしていたとしても、訓練された凛子の身体はセミオートで動く。
 だが目の前の『これ』だけは、どうにもとらえようが無かった。
「七栄」
「――」
 無言のまま宙へ浮かぶ、人型の物体。
 脚は機械。
 腕は機械。
 腰は機械。
 腹は機械。
 胸は機械。
 目は、口は、鼻は、耳は、指は、髪は、皮膚は血管は赤血球は肉体細胞はミトコンドリアは微細胞核は全てが全て100%機械でできていた。
 その名もフルメタルフレーム・ブーステッド七栄。
 脚を揃えて腕を広げ、まるで片翼を失った天使の様に三日月型のエネルギーフィールドを背部に展開させると、無数のダガー状に分裂。それを、一斉に放つ。
「お姉さま、やめて下さい、お姉さま!」
 赤いヘルメットを押さえつつ、ミーシャ・レガート・ワイズマン(BNE002999)はエネルギの雨の中を駆けた。
 しかし脚がもつれ、その足にまでエネルギーの刃が刺さり、続いて膝や腹、胸へと次々に突き刺さる。
「きゃっ!!」
「下がってて、あなたのスペックじゃ近づくだけで自殺行為よ!」
「我々も大して違いはないがな」
 殆ど蹴飛ばす程の勢いでミーシャを射程圏外へ追い出すと、ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)とベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)は同時にライフルを構えた。
 モシン・ナガンM1891/30。第二次世界大戦中旧ソ連軍の主力だった木製ボルトアクション式の小銃である。
 もう一本は更に古くフランスは17世紀『三銃士時代』のマスケタラーズを彷彿とさせるマスケット銃であった。
 無論これらは神秘兵器。ベルカのモシンナガンはバイヨネットカスタムされ充分現用可能になっているし、ミュゼーヌのマスケットは弾倉をリボルバー式にするというある意味ちゃぶ台返し的な改造を施している。
 とはいえ彼女等が握った銃に、古くより宿った英霊の魂が消えるわけではない(仮にパーツすべてが換装され新品同然となってもだ)。
 龍治の火縄銃の例を再び持ちだすまでもなく、かの弾丸は鋼鉄をも貫くのだ。
「少し痛いけど、我慢しなさいよ!」
「ヤーハー!」
 1$シュートとカースブリットの連続射撃。その間も機敏な乱数機動で立ち位置を入れ替え七栄へと効率的に弾丸を叩き込んで行く。
「七栄、お前はイドという少女を覚えているか。お前に良く似ていた娘だ。見た目ではない、あの『よくわかっていなさ』がだ」
「イドさん……」
 ミーシャは凛子の後ろで支援行動を行いながら、赤いメガネを押した。
 遠い……遠い昔のことのようだ。
 幼子を抱きかかえ、どうしていいか分からずに硬直していた、あの少女。
 あのとき幼子は彼女を差して『七栄みたい』と言っていた。
「そうだよ、そう……」
 歪 ぐるぐ(BNE000001)は目いっぱい振りかぶり、七栄に向かって何かを投擲した。
 七栄は回避しない。何故ならそれが、黄色い色のクレヨンだったからだ。
 当たった所で危険はない。
「覚えてないよね。でも知ってる筈だよ。それが『どういうもの』か。知ってる筈だよね、七栄ちゃん!」
 フルメタルフレーム七栄には、奇妙な歴史がある。
 リベリスタ組織『ひまわり子供会』を襲撃すべく兄弟機初富~八柱までの八機そろって出撃し、その初戦でアークと衝突。このとき七栄は撤退を図る兄弟機を安全に逃がすべく自爆した。
 本来ならここで死亡している筈であったが、運命のいたずらか通常のメタルフレームとして再生(非蘇生)し、しかもあろうことかリベリスタ化していた。
 これはつまり、松戸研究所の指令下に無い限り世界崩壊のおそれが無いことを意味していた。
 彼女は暫くひまわり子供会で保母的活動をし、アークが再びこの件に関わる頃には立派な『お姉さん』になっていた。
 恐らくその辺りが、彼女達FMFに感情や自意識のようなものが芽生えた時期だったのだろう。様子見をしに来た六実や二和ともどことなく平和的に折り合いをつけていた。
 だがその後の、松戸研究所からの交渉戦。情報要求権と七栄の身柄を賭けてルール内戦闘を行った際、アーク側が敗北。七栄の身柄は再び松戸研究所へと戻った。
 恐らくはその直後なのだろう。鎌ヶ谷禍也が研究所を乗っ取り、非験体のFMFたちを悉く完全兵器へと改造していった。
 彼らは意思を剥奪され、人格を消去され、原形を破壊され、ただの兵器となった。
 リベリスタ化していた七栄は特にお気に入りの実験材料であったらしく、抵抗する彼女を力付くで押さえつけ、今の形へと変貌させてしまったのだと……言う。
「記憶も人格もリセットされたとしても、知識は残ってるよね。経験もある筈だよ。だったらあの時、子供達のことを守ろうとしたあの『気持ち』も、残ってる筈だよね!」
「――」
 七栄が、機械の目を細めた。まるで人間のようではあるが、機械だ。
 爆風に混じって飛ぶ鉄粉の混入を軽減するためのものでしかない。
 故に。
 汚れを払うための眼球洗浄液だって、そのためのものでしかない筈だ。
「――」
 七栄は腕を振り、三日月型のエネルギーフィールドを手に掴むと高速で飛んだ。
 二秒程度……だったと思う。
 目にもとまらぬ速さでミュゼーヌやぐるぐ達の間を飛び交い、そして地面を擦るようにブレーキを踏むまでの間は。
 そして、彼女達から一斉に血が噴きだし、地面に崩れ落ちるまでの間は。
「み、皆さん!」
 三千がその場に駆け付けた時には、そのすべてが終わっていた。

 七布施三千と禍原福松は脇役である。
 などと言えば、様々な所から議論や苦情が噴出することだろう。
 だが彼等本人の自己認識としては、その言葉が適切なのだ。
 例えば七布施三千。
 その雄大な名前とは裏腹に、彼のお仕事は戦闘において仲間のHPを0以上に保つことである。そして目標は1以上に保つことだ。
 さながら家計簿に赤字をつけぬようにやりくりをする主婦のように、三千はこれまでのあらゆる場面で脇役として活動してきた。大きな事件に関わってきた経験も何度もあるが(他人から見れば驚異的な存在率である)、そのどれもが『翼の加護をかける係』であったり『聖神の息吹を使う係』であった。稀に消去法的に御鉢が回ってくることはあったが、そういった事例を除けば彼は完全な脇役。補助役であったと言える。
 それは彼の根源的な自尊心の低さと、その反面に強固な自尊心によって固く守られてきた三千独自のルールであった。
 低くて、強くて、固い意思だ。
 そんな彼なら、FMFという技術やその非験体たちには強い憧れとシンパシーがあって当然かもしれない。
 人の役に立つ人間。そのハイエンドだ。
 何より低く、何より固く、何より強い意思だ。
 三千はできるなら、機械になりたかったのだ。
 だがそれは、厳密に言えば違う。
「僕は意思のある機械に、なりたかったんです」
 鉄粉の吹き荒れる工場地帯。
 半分まで解体された、まるで異形の塔が如き火力発電施設を背景に、三千は拳を握った。
 仲間たちは既に撤退している。七栄の強力な攻撃に耐えきれなかったのだ。
 三千もできればそうなる前に支えたかったが、ここに来るまでの間に邪魔が多すぎた。それ故の遅延である。
「今のあなたに、意思はない。完全を強要され、それ以外のすべてを失ったあなたに……僕は、なりたくない」
 三千もかつては、完全を要求されたことがあったのかもしれない。彼の生い立ちを考えれば、それは想像のつくことである。
 だからこそ。
 完全な人間がどうなってしまうのかを、彼は肌で知っていたのかもしれない。
 嫌悪をもって、拳を握る。
 七栄に……いや、その向こうにある鎌ヶ谷禍也の狂気に向けて、彼は言う。
「僕はあなたを、許さない!」
 手の中で、ダイスが奮えた。
 ある一部の業界で、この現象を『魂の震え』と呼ぶ。
 ここぞという大一番。
 六面ダイスの6を、二十面ダイスの20を出さなければならない、絶対にそうしなければならない時、運命が掌という極々狭い空間の中だけで動く、その震えである。
 曰く、魂が奮えた時に転がしたダイスは、必ずクリティカルする。
「七栄さんっ!」
「――!」
 光の如き速さで突撃してくる七栄。
 三千にそれを回避するだけの充分なスペックはない。ない筈だが、紙一重でかわして見せた。
 自らに翼の加護。更にクロスジハード。たった9%のダブルアクションが、この時だけ成功した。
 大きく振りかぶり、ジャスティスキャノンを発射。
 予測命中率12%の攻撃が、七栄の胸へ直撃する。エネルギー防壁を無理矢理ブレイクスルーし、輝くコアへと直撃する。
 これまでベルカやミュゼーヌが蓄積させていたダメージがあったのだろう。
 七栄は激しくきりもみ回転し、重機の残骸へと突っ込んだ。
 慌てて駆け寄る三千。
 瓦礫を一生懸命に押し退け、引き剥がし、そしてその中から、綺麗にまるまま残った七栄のボディを発見した。
「……良かった」
 膝から崩れ落ちる三千。
 彼にとってここまでの道のりは過酷なものだったのだ。
 疲労はピークを越え、今体力の全てが尽きた。
 聞くところによれば、FMF-Bをもとに戻すための方法は不明であるそうだ。唯一可能性があるのは、不殺スキルによる生かしたままの機能停止。しかしこれによって生き延びる、元通りになる確証はなかったし、それ以前にデリートされた記憶と人格はどうあがいても戻らないだろう。
 だが、三千の手の中では、ダイスが震えていた。
 彼以外の、どこかの誰かの意思によって。

●インターバルG
 二和:みなさんおはようございます。
 六実:はい、おはようございます。
 二和:皆さんの朝を明るくするヒューマノイドインターフェイスその名も
 初富:おい、誰か二和を黙らせろ。
 八柱:いや、無理なんとちゃう? テンション高すぎやもんこの子。
 豊四季:然様。
 五香:仕方あるまい。朝は二和の時間と決まったのだからな。
 豊四季:然様。
 八柱:いやそこがおかしいんやって。じゃんけんで表層人格の当番決めるってどう考えてもおかしいやろが。
 六実:何故です。確かにじゃんけんはその汎用性の割に勝敗確率が左右されやすいジャッジゲームですが、我々同士で行った場合はそれほど差異は出ない筈ですが。……あ、もしかしてじゃんけんの『じゃ』はジャッジの『じゃ』では!?
 初富:六実も黙らせろ。
 五香:できるならやっている。
 豊四季:然様。
 初富:あと豊四季、イエスマンも程々にしろ。
 豊四季:採用。
 八柱:ギャグ!? 豊四季ギャグ!?
 三咲:あーのさあ……アタシスリープモード入りたいんだけど、ちょっと静かにしてくれない? 昨日徹夜で銃の解体整備してたのよ?
 初富:使いもしない銃を何故解体整備する。
 三咲:それはアタシにガンマンの血が宿っているから……。
 五香:安心しろお前に血液はない。
 六実:しかし考えたものですね。ブレラヴァとダブルキャストをデュアルブートさせて七種の人格データを補完するだなんて。
 初富:全力で迷惑してるけどな。
 八柱:交渉戦の時誰ぞがバックアップ云々ゆーとらんかったら気付きもせんかったと思うねんけど。
 豊四季:然様。
 三咲:ふうん? でもアタシたちの身体木端微塵じゃん。今……何? どこにいんのアタシら? 6……613? ナンバリング?
 初富:物覚えが悪すぎるぞ、三咲。
 六実:記憶は共有しているのに不思議ですねえ。
 五香:FMFになじむボディがあればいいのだが……おっと、二和。そろそろ交代の時間だ。
 二和:えっ、もうですか? じゃあしかたないですね、スリープ入ってるみたいなので、起こしてきます。朝よぉー、おきてぇー、あ・な・たぁーん。
 初富:誰だ、二和にいかがわしいCDを聞かせた奴は。
 ??:ん、んん……もう時間ですか?
 二和:おはようございます。
 七栄:あ、はい、おはようございます! みなさん!

●京葉工業地帯千葉地区 松戸研究所-弐
 工業パイプ入り乱れる工場内特設道路。
 自転車程度ならば中を通れるのではないかという程の巨大なパイプの上で、エナーシア・ガトリング(BNE000422)は接続部プレートに身を隠していた。
 暗黒瘴気が波のように押し寄せるたび、頭をひっこめてやりすごす。と言っても神秘戦闘の常というやつで遮蔽物ごとぶっ壊されることも多く、今回もパイプ(恐らく修繕費に数百万が飛ぶであろう重要部分)を犠牲にして飛び降り、受身をとりつつ道路を転がる。
「んー、やりづわいわね……」
「そうかい? 僕は結構楽しいんだけど」
 飄々とした声がして、頭上から再び暗黒瘴気が降ってきた。身を隠す場所もないということで走って回避。
 軽く家屋の角に逃げ込みつつ、腕だけ出して銃を乱射した。
 耳で手応えを確かめるが、装甲に弾かれる音すらしない。恐る恐る顔を出してみると、エナーシアの撃った弾丸が黒い巨人にずぶずぶと吸収されていた。
「どうやって倒せっていうのよ……あれ」
「少なくとも殴って倒す感じじゃないですよね」
 後ろから声がして、エナーシアは背筋を伸ばした。
「あ、大丈夫です。私です」
 風宮 紫月(BNE003411)が彼女の肩を掴んで固定。慌てて逃げようとしたエナーシアを取り押さえた。
「私が矢で援護しますから、できるだけかき回して動きを乱しましょう」
「わかりました」
 更に後ろから声がして、エナーシアと紫月は背筋を伸ばした。
 慌てて逃げ出そうとする二人の髪の毛(酷い)を掴み、肩越しに顔を近づけてくるリンシード・フラックス(BNE002684)。
 彼女独特のにひゃっとした笑顔を浮かべた。
「大丈夫です、私です」
「だから怖いんですっ!」
「とにかく、話は聞きました。殴っていればいつかは倒せるの辺りから」
「聞いてないの丸わかりじゃないの」
「まあ、とにかく」
 言葉を二つに区切って、一呼吸。
 リンシードは剣を担いで建屋の角から身を乗り出した。
「私がとことんまで避け続けるので、その間に撃ちまくる方向で」
「あ、ちゃんと聞いてたんですね」
 うんと頷くや否や、リンシードは風の如く駆け出した。
 闇の巨人が拳を振り下ろす。暗黒瘴気に包まれた拳だ。
 リンシードはそれを全力で回避。地面にクレーターができるが、彼女はまるで瞬間移動でもするように巨人の背後へと移っていた。
 その隙に紫月とエナーシアは銃と矢を連射。
 巨人の顔面(顔は見えない)に降り注いだ射撃攻撃で、瘴気がざっと引いた。
「……て、えー……」
 瘴気が引き、巨人の全容が露わになった途端、エナーシアは物凄く嫌そうな顔をした。
 鋼鉄の脚。
 鋼鉄の腕。
 鋼鉄の胴体に、のっぺらぼうな頭部。
 できるだけわかりやすく、それでいて乱暴に表現するなら。
「巨大ロボですね」
「巨大ロボです本当にありがとうございました」
 リンシードが無表情のまま回れ右をして全力逃走。
 そのワンテンポ後に、周囲を魔閃光のビームが薙ぎ払った。
「普通に勝てるわけないでしょ、あれ! もっと一般的なの持ってきなさいよ!」
「言ってる場合ですか、逃げますよ!」
 ばちばちとダメージを受けながらも、紫月とエナーシアも撤退を開始。
「あ、逃げちゃうのかい? 残念だなあ……」
 ロボから飄々とした声が響いてくる。
 胸が観音開きになって、内側から男がひとり這い出てきた。
 ひょいと飛び降り、よたよたと着地。
「じゃ、もういいよ十倉くん。自爆自爆ー。ぽちっと」
 手の中にあるスイッチを押した途端、ロボが爆発した。
 頭上の巨大パイプが完全に消し飛び、成分不明の液体が滝のように流れ落ちる。修繕費が一千万を超えた瞬間である。
「あーあ、これでアークのリベリスタは粗方片付いたのかな? 十倉くんも限界だったし、丁度良かったかなあ……」
 などと言いながら、白衣のポケットに手を入れて砂利道を歩いていく。
 彼の名は鎌ヶ谷禍也。
 松戸研究所を乗っ取り、現在の状況を作り出した張本人である。
「……ん?」
 遠くからエンジン音が聞こえてきた。
 車の用だ。近づいてくる。
「まだ誰かいたのかな。しょーがないなあ。じゃあ僕が特別に相手し――」
 振り返った、その瞬間。
 禍也はワゴン車に撥ねられた。
 特殊カスタムされたバンパーに跳ね上げられ、フロントガラスを跳ね、ルーフを転がり、やがては砂利道に顔から落下した。
「ぎゃふ!」
 その様子を伺って……とは思えないが、悲鳴と同時にブレーキ音。
 開けっ放しの運転席側窓から、バックミラー越しに靖邦・Z・翔護(BNE003820)が顔を見せた。
「あ、ごめん。皆シートベルト絞めた?」
「あと10秒早く言ってくれ」
「むぎゅう……」
 三列シート構造の最後部座席では、福松と滝沢 美虎(BNE003973)が前列シートに顔を埋めていた。
 翔護はギアをパーキングに入れ、サイドブレーキを上げ、エンジンを切って(エコロジー精神)車から降りてくる。
 車に撥ねられたばかりだというのに平気な顔をして起き上がる禍也。
「酷いなあ、どうなってるんだよ最近の交通ルールは……ええと君、誰だっけ? たしかキャッシュ……」
「ジャンクロード・ヴァンダムです」
「誰かこいつ撥ねてくれないかな……」
 後部スライドドアからげっそりしながら下りてくる美虎。
 後に続いて、福松が車から降りた。
 手をぱちぱちと叩く禍也。
「あ、あーあーあー、君は知ってるよ。禍原福松くん! 613番の時といい七栄ちゃんの時と言い、君は他人事に首を突っ込むのが好きだねえ!」
「……」
「あれ、前みたいに『黙れ』って言わないの?」
「…………」
 福松は至近距離まで歩み寄り、禍也の襟首を掴んだ。
 背丈の差はあった筈だが、もともと猫背でふらふらしている禍也と靴底の厚い福松とでは、目線の高さが近かったのだろう。
「うん? どうしたの?」
 口角を上げ、片眉を上げる禍也。
 まるで内側に小さな宇宙人が居て、レバー操作で動かしているのではないかと言う程のわざとらしさだった。
「今のは十倉か」
「そうだよ。十倉クンはぼくのお手製でね。元々巡り目実験体だった子を」
 禍也の話が途中で遮られた。
 それも、頬を思い切り殴るという形でだ。
 禍也はうひゃあと言ってひっくり返り、脚をみっともなくばたつかせた。
 後ろ向きに移動して逃げようとしているが足腰がうまく動かなくて起き上がれない、といった様子だ。早くも足にきているらしい。
「ちょ、ちょっと待って。あやまるからさ! ほら、お墓作るよ! 十倉クンのお墓って書いて、この辺に立てておくからさ、ね、だからその銃しまって!」
 福松は無表情に、銃の弾倉を一旦確認。指ではじいて回転させ、セット。
 撃鉄を押し、安全装置を解除して、トリガーに指をかけた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなの向けないでよ! 死んじゃうじゃないか! そうだ、お金あげる! いくらがいい? 二億円くらいまでなら……あっ、分かった、三億、三億円あげる!」
 もはや逃げることも諦めたのか、両手を翳して顔の前でぶんぶんと振る。
 鼻をつくアンモニア臭に、福松は顔をしかめた。
 こんな奴が、不幸をばらまいていたのか。
 こんな奴のために必死になって、死んだ奴までいたというのに。
 軽い失望感と倦怠感。
「もう、いい」
 殺してしまおう。
 それで全てカタがつく。
 福松が引金に力を込めた、その瞬間。
 後頭部に、衝撃が走った。
 思わずつんのめる。
 後ろを振り返る暇はないが、なんとか地面に落ちたガラス片で確認すると……華麗な膝蹴りをきめた美虎が、宙で身を捻り、福松の側頭部に肘打ちを入れる光景が見えた。
「しまっ――」
 回避行動開始。その瞬間、福松の太腿を銃弾が貫通する。
 見なくても分かる。翔護だ。
 そしてこれは。
「他殺幇助……!」
「ふふ、くふふ」
 さっきまでの動きが嘘だったかのように(嘘だったのだろう)軽々と飛び退く禍也。福松たちから距離を話してへらへらと笑った。
 立て続けの銃撃と美虎の絶え間ないコンボで地面に叩きつけられる福松。
 うつ伏せになり、美虎にマウントをとられる。無理矢理引っ張り上げられた腕が曲がってはいけない方向に曲げられた。
「ぐ……ああああっ!?」
「いやー、良い光景だねえ。信頼関係を感じさせるねえ……くふふ」
 完全に外野に徹するつもりなのか、十数メートルむこうで腰を下し親指と人差し指で四角形をつくる。まるで写真の構図でも確かめるように。
「ごめん、福松! わたし、油断して……!」
「気にするな……があぁ!?」
 外れた肩関節に思い切り土砕掌を撃ちこまれた。腕がまだくっついているのが不思議なくらいの痛みが走る。
 更に足の太腿、脹脛に何発もの1$シュートが叩き込まれる。
「今まで黙ってたけど、SHOGOの避けるの下手なんだ」
「それは知ってた!」
「あとお腹にはフッくんの子が」
「それは嘘だ!」
 相している間にも、美虎に蹴飛ばされるように仰向かされる。
 背中を打つよりも心臓を踏み潰す方が殺しやすいからだ……ということは、美虎が一番良く知っていた。
 ムエタイ特有。問答無用のハートブレイクアタックである。よく鳩尾などの急所を狙いがちな格闘技において、実は一番殴っては行けない場所。それが心臓である。止まると死ぬ。死ぬほど痛いではなく、死ぬ。
 マウントは依然としてとられている。
「ごめん、福松……ごめ……」
 首を小刻みに振りながらも、美虎は拳を振り上げた。
「どんな気持ちだい、福松君。信頼してるお友達に殺されるのって。まあ安心していいよ。君達素体としては優秀だからさ、これから量産型計画の十余シリーズに加えてあげる。すっごいよー、冗談みたいな兵器が群れを成すんだから。無人兵器の時代は終わりだ。これからは有人兵器……んや、間をとって人間兵器の時代だよ!」
「クソ……野郎……っ」
 福松に動かせるのは左腕と顎だけだ。
 右手も両足もぼろぼろ。銃も先刻落としたばかりだった。
 美虎の拳が、じんわりと歪んで見える。
 ああ、ここまでか。
 そう思った。
 拳が頂点まで振り上がり、気たるべき最後の一撃が放たれようとした。
 その時。
「はいキャッシュ」
 福松と美虎の口にロッドキャンディーが突っ込まれた。いわゆる棒つきの飴玉である。
「今日の為に用意しました。トンカツ味」
「まずっ!」
「からのパニッシュ」
「「うわあああああああ!!」」
 何がどうなったのか。
 それは、SHOGOのアルバムページにヒントがあるぞ。
 思わず飴玉を噴出した美虎と福松。
「お前何す……混乱してなかったのか!?」
「今まで黙ってたけど……」
「そうか」
「お腹にフッくんの子が」
「そっちは嘘じゃなかったのか!?」
 慌てて跳ね起きる福松。というか、脚が無事だった。
 どうやら、全弾微妙に掠らせていたらしい。
 小粋な真似をする。
 美虎は美虎で、今ので自然回復を果たしたらしく、福松に肩を貸した。実はマジで外れたうえに関節砕けているので、美虎が抱きかかえる形になるが。
「えーっと、んー……」
 彼等の視線が、禍也へと集中する。
 禍也は地面に腰を下したまま、へらりと笑った。
 胸を、弾丸が貫通した。
 心臓部分。
 止まると死ぬ部分だ。
「……あーあ、まあ……しょーがないか」
 天を仰ぎ、ばたりと倒れる禍也。
 その様子を、福松は黙って見つめた。
 左手には、愛銃。
「終ったか?」
「ああ……あとは、七栄が無事なら……」
 目を伏せて、福松はつぶやいた。
「七栄のために千葉半立買っといたんだ。だからさ……」
「今見たけど、それ車んなかに散乱してるよ? 撥ねた時に破れたんだね」
「SHO-GOおおおおおおおおお!!」
 千葉某所に、福松の叫びがこだました。

 その後、松戸研究所は文字通り解体された。
 事件の首謀者であった鎌ヶ谷禍也も死亡し、彼の制作した(あるいは制作途中だった)FMF-Bは全て破壊、解体される運びとなった。
 一人の男によって引っ掻き回された様々な事件の決着が、この日、ついたことになる。

●インターバルH
「俺が知ってるFMFってのは……やけに礼儀正しくて、人のこと気遣えて、アークは好きじゃないけど嫌いってほどでもなくて、やろうと思えば友達くらいにはなれる連中……ってカンジだったな」
 フツは自らの頭をなでながらそんなことを言った。
「どういう理由であいつらができたのかは、俺自身まだ疑ってるとこではあるんだが、多分奴等にはリセットしたい何かがあったのかもしれない。全部忘れて、お土産持って挨拶しにくるような人間に、なりたかったのかもしれない」
 多分その願いは叶ったんだろうぜと言って、彼は盛大に急き込んだ。

●千葉市中央区中央九美上興和会ビル 闇金コブシ
 千葉県の中心地。山でも谷でもビル街でもなんでもござれのこの土地は、平日休日お構いなしで人が入り乱れている。
 観光的な側面はないので人種国籍こそアジア系日本人ばかりだが、その多様性は凄まじい。とりあえず一日ほど駅前に座っていれば大抵の人間は見れると言われる程である。
 が、そんな土地が今ばかりはがらんとしていた。
 元々この周辺は終末夜間になると非常に人が少なくなるし、リベリスタたちも人払いをかけてはいたが、そうするまでもなく、このビル群の中の一つが周辺企業に物理的精神的経済的な圧力をかけて派手な人払いを行ったから、という理由が大きい。
 そのビルというのが九美上興和会ビルである。
 若干裏手の、どことなくさびれた雰囲気のあるビル街の一角に聳え立つオフィスビルだ。
 その内部では現在、血で血を洗う大戦争が起きている。

「ヒャッハー! 縞島組は殺害じゃあああああああ!」
 メアリ・ラングストン(BNE000075)が世にも凶悪な天使の歌を歌いながら(厳密には歌ではない)ビルの中を闊歩している。
 誰に向けてのサービスか、チアリーダーのコスチュームを着ていた。
 日常的にモヒカンと棘肩パッドを着用する程のメアリがこの衣装を着た所で誰が喜ぶのか分からないが、少なくとも謎の気迫に相手のヤクザ達が怯んだのは間違いない。
「なーんかデジャビュ……篠田組潰した時以来だっけ、この感じ」
 ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)は廊下を駆けながら魔方陣を展開。道を塞ぐヤクザ達を飛び越えるように飛行すると、頭上から葬操曲を降り注がせた。
 身体を拘束されたヤクザ達の間を素早く駆け抜ける不動峰 杏樹(BNE000062)と瀬伊庭 玲(BNE000094)。
「あの時は酷かったな。ヤクザが無限に湧いていた」
「今も大して変わらんのじゃ」
 繰り出されるドスを次々とかわし、的確にゼロ距離射撃を続ける二人。
 ヤクザ屋さんの群とは言え暴力は専門外なのか、二人の射撃をかわせるほどの逸材はあまり現れない。
「まあよい、とにかくとにかく喰らえい!」
 ある程度群衆を突破してから、振り返りざまの二丁拳銃全力射撃。
 玲の射撃で後続の敵をあらかた排除し、前方を塞ごうとする敵にはウェスティアと杏樹の射撃と魔法で無理矢理制圧。
 そして脇の部屋から飛び出してくる敵には。
「面倒くさい……」
 遊佐・司朗(BNE004072)が開きかけの扉を蹴っ飛ばし、出てこようとしたヤクザを逆に弾き飛ばす。
 背後から殴りかかってくる敵がいたが、彼は世にも面倒くさそうな顔をしながらゆらりと回避。つんのめって前へ出てきた相手の頭部を、燃える拳でぶん殴った。
 もんどりうって倒れるヤクザ。
「ち、畜生……なんで俺らがこんな……!」
「知らないよ。お互い巡り合わせが悪かったんだろ」
 倒れた相手の顔を蹴っ飛ばし、司朗はさっさと先へ行く。
 敵の排除よりネクタイの位置を直す方が重要とばかりにぐいぐいと両手で首元をいじる司朗。
 更に前方のドアが開きかけたので。
「はい、次」
 ネクタイを直しながら前蹴り。
 ドアに頭をはさんだヤクザが引っ込んだ。

 同刻。
「今時こういうの、流行るのかしら」
「どうでしょうねえ、昔の任侠映画ならあったかもしれませんが……ああ、知っていますか? アカデミー賞を受賞したあの日本人監督、あの人って海外じゃヤクザだと思われているらしいですよ」
「あの人ね。無理もないわ、あんな演技ばかりしていたら」
 明神 暖之介(BNE003353)と高藤 奈々子(BNE003304)は会話をしていた。
 立ち話である。
 目を合わせてではなく、何かの作業をしながら片手間にという様子なのだが。
 これだけでは状況が分からない。
 故に、彼らの要るフロア全体の様子を見ることとしよう。
 そこは一面が全て窓に覆われた、とても日当たりのよさそうなフロアだった。
 スタッフの休憩用なのか、若干煤に汚れたテーブルが幾つか並び、壁際には自動販売機が置いてある。
 だが椅子はごろごろと床に倒れてばかりで、一つとしてマトモに置かれているものがない。
 それどころか。
 床一面が真っ赤に染まっていた。
 人の血で、である。
 所々に転がる死体、二十八体。
 かろうじて息のあった男が奈々子の足首を掴もうと手を伸ばすが、奈々子は見下ろすまでもなく銃を発砲。
 びちゃんという音と共に、完全に沈黙した。
 その様子を見下ろして、暖之介は掴み上げていた男の髪の毛から手を離す。同じく床に転がり、沈黙。
「このフロアは、これで全員かしら」
「のようですね。いやあ、それにしても見事な手際ですね。どこかでカチコミの経験が?」
「うふふ、どうかしら。そちらこそ暗殺の経験でも?」
「そう見えますか? 困ったなあ」
「ふふ」
「あははは」
 二人は周囲の状況から切り離されたかのように、まるでご近所さんとの立ち話のような調子で、そのフロアを後にした。
「じゃあ、次に行きましょうか」

 突然だが、ごちゃごちゃとした話をする。
 昨今、どんなビルにも電気というものは通っていて、場合によってはそれらがコンピューターネットワークで一括管理されている所もある。
 この九美上興和会ビルは外観の古ぼけた様子を裏切ることなく、ビルの様々な部分が手動で動いていた。雑なことに、監視カメラすら無いのである。
 よくそんなセキュリティで生きて来れたなと思いはするが、中の人間が低レベルとはいえ端から端までフィクサードである以上、それは詮なきことなのかもしれなかった。
 フィクサードは電子機器をあまり信用しない。
 監視カメラには移らないし、赤外線はスルーするし、電子ロックは物理破壊するような連中である。
 だから、組織内の様々な情報管理を行うパソコンが(少なくとも備え付けの分は)数台しかないというのもまた、詮なきことである。
「だからキサは仕事がしやすいわけだけど」
「非戦特化組大活躍の巻って感じだおー」
 ヤクザ数人が始末されたフロア内で、小雪・綺沙羅(BNE003284)とガッツリ・モウケール(BNE003224)がどっかりと椅子に腰かけた。
 アークに数パーセント存在するという、非戦スキル特化型リベリスタ。
 その内の二人が、この綺沙羅とガッツリである。
 彼女等はマスターテレパスと千里眼をデュアルブートしてビル内の配置関係をリアルタイム送信しつつ感情操作で逆索敵(こちらに気づいている敵を探すこと)をかけ、鼻歌混じりでこのパソコンルームへたどり着いたのだった。
「パソコンルーム……なんてヘボい名前……」
「IT推進室とか言われるよりよりマシだお」
「じゃ、早速情報丸浚いさせて貰いましょうか?」
 綺沙羅はオリジナルのボードを直接コンピューターに接続すると、電子の妖精を発動させた。
 脳内に流れるイメージ。
 機械語でものを喋りながら、0と1の海を泳ぐイメージ。
 手当たり次第必要そうなものを拾ってバスケットへ詰めていくイメージ。
 が、その途中。
『……何かしら、これ』
 やけに厳重にロックされたファイルを発見。
 イメージとしては、紙包みの箱だ。
 慎重に表面の包装を解いてみる。
 箱に書かれていた文字は『九兵衛、剣八、初音の■■■■■■』。
 文字が壊れている。と言うか、意図的に破壊したかのようだ。
 箱の中身は無事だろうかと思いつつ、知的好奇心から鍵を作成。南京錠に差し込……もうとした所で、手首を掴まれた。
『……!?』
『まあお嬢ちゃん、ちょっと待とうや』
 相手の顔のイメージは、ない。つまりかなり巧妙に偽装、隠蔽しつつこの場所に潜っているということである。
 ちなみに綺沙羅は素だ。いつものハンドルネームを堂々と晒している。
『K2か……こりゃ大物が潜って来たもんだな。でもま、その箱を開けるのはやめてやってくれ』
『どうして?』
 知的好奇心から、尋ねる。尋ねる信号を放つ。
『すげえ聞き方するな。まあ……そりゃ日記みたいなもんだからだ。三角関係がもつれていく様子が書かれてる』
『それは……ちょっと見たいわね』
『やめろって。俺はトキシマってもんだが、この辺の情報管理は俺の仕事なんだ。あんまり勝手されると困るんだ、おじさん。悪いがちょっと乱暴させて貰うぜ』
 などと言われても、綺沙羅的には知ったことではない。
 無視して探索を続けてやろうかと思った途端、接続を強制切断された。
 イメージ終了。
 パソコンルームの中、はっとしてコンピューターから手を離す綺沙羅。
「どうかしたお?」
「……ううん。取るだけ取ったから、引き上げましょ」
「賛成だお、できるだけ安全地帯でぬくぬくしてたいお」
 ガッツリは頭の後ろで手を組んで、部屋を出ていく。
 綺沙羅もそれに続いて部屋を出るが。
 ドアを閉める直前、振り返った。
「トキシマ……鴇嶋? 鴇嶋良治?」

●インターバルI
「善三の苗字? それは……そう言えば知らないわね」
 エレオノーラは缶コーヒーを片手にそんなことを言った。
「彼と知り合ったのはどこだったかしら。確か綺沙羅ちゃんやフツも居たと思うんだけど……とにかく義理堅い男だったわ。それは確実ね。だって考えても見てよ、自分の部下が危ないなって時、自分の指や今後の仕事まで犠牲にできる? あたしだったら無理ね。平気で切り捨てられると思う。今は分からないけど……」
 ことん、と缶を置く。
「だから彼に関しては、『裏切り』って行為だけはまずありえないわ。所属してるのが九美上興和会だったんなら、たとえ乗っ取りが行われようと離れないと思う。その組織から抜けるってことは、自分の部下だった人間たちをまるごと見捨てるってことだもの」

●千葉市中央区中央九美上興和会ビル 闇金コブシ-弐
 九美上興和会ビルは大きな建物だが、だからと言って何十階建というわけではない。
 リベリスタ達は最上階直前の、広い廊下へとたどり着いていた。
 ここに至るまで多くの仲間が戦闘続行不可能と判断して引き上げて行ったが、この三人がここまで残ったのは、やはりめぐり合わせと言うものかもしれない。
 雪白 桐(BNE000185)。
 阿野 弐升(BNE001158)。
 セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)。
 彼等はそれぞれ大剣、チェーンソー、刀を抜いて、廊下に横並びに立っていた。
 廊下と言っても幅15m奥行20mと言う意味の解らない広さをもった廊下である。もはや部屋といっていい。
「…………」
 そんな部屋の、最奥。
 エレベーター前。
 一人の男が、立っていた。
「幹部会議室は最上階だ。このエレベーターから行ける」
 赤いジャケット。
 黒い革靴。
 スーツに身を包んだ、オールバックの男。
 顔の半分は酷い火傷の跡が残っていたが、眼光の鋭さは以前のままだった。
「善三さん……生きて、らっしゃったんですね」
「あの状態で生きてなかったらちょっとダサいですけどね」
 刀を構えるセラフィーナ。
 弐枡も同じく、チェーンソーのエンジンをかける。
「そして今度はこうして、立ち塞がるんですね」
 桐は大剣をいつでも繰り出せるように身構えた。
 善三。
 敵対したこともあるし、共闘したこともある。
 思えばそれほど深い付き合いではなかった筈なのに、彼のことはよく覚えていた。
 彼の言葉を借りるならば、『忘れるなんて義理が立たねえ』である。
「ああ……九美上興和会は、俺にとっても大事な場所だ。大勢の仲間が生きて、死んでいった。良い悪い、強い弱いじゃねえ。苦しかろうと乗り越えて、辛かろうと踏み越えてきた。そういう連中の生きてきた場所だ。潰させるわけにはいかねえ」
「あなたがこの組のトップに成り代わろうとは、思わないんですか?」
「…………」
 フ、と。善三は微笑んだ。
 何かを懐かしむような。
 悲しむような。
 そんな顔だった。
「話をするのは、もうこのくらいで良いだろう。好きな奴から……」
 拳を握り、身構える。
「かかってきやがれ!」
「そうでなくっちゃなあ!」
 弐枡はジャンプ一発。空中で独楽のように回転すると、チェーンソーを善三めがけて叩きつける。
 善三は近くに転がっていた鉄パイプを足で跳ね上げると弐枡のチェーンソーに叩きつける。
 パイプはすっぱり切られたが、その僅かなラグで善三は弐枡の死角へとスウェーした。
 後頭部に拳を一発。コンビネーションで背中と脇に拳を入れ、強烈な蹴りをもって弐枡を吹き飛ばした。壁に叩きつけられる弐枡。
「善三さん!」
 大剣を、天井を抉らんばかりに掲げて突撃する桐。
 上段から叩き込まれた剣が、善三の背に直撃する。彼女の剣は斬るというより叩き壊すための武器だ。それは善三の屈強な肉体でも例外ではなく、流石の彼もよろめかざるを得なかった。
 善三は体勢をあえて維持せずに床を転がって距離をとり、壁にかけてあった額縁を掴み取る。
 桐はそれを追いかけ、横からのフルスイングを繰り出した。
 額縁を直接叩きつける善三。砕け散る額縁。しかし攻撃自体は相殺できた。
「う――おおおおおおっ!」
 脚を開き、腰の辺りで拳を溜める善三。充分に溜めたエネルギーを、桐の顔面へダイレクトに叩き込んだ。
 正拳突きである。だがその一発で、桐は激しく縦回転をかけながら吹き飛ぶはめになった。
「きゃ!」
 あやうく巻き込まれそうになったセラフィーナは素早く横に避け、しかし止まらず善三へ攻撃を放った。
「セブスンスレイ――シャンパーニュ!」
 七色の光を放ち、しかし真っ直ぐに繰り出されるセラフィーナの突き。
 それは善三の腹にしっかりと突き刺さった……が、それも一センチ程度である。
 驚くべきことに、善三はセラフィーナの刀を素手で掴み取り、腹筋を極限まで固めて突きを抑えたのだ。無論掌は無事では済まない。
 だというのに、セラフィーナを刀ごと振り上げ、天井へと叩きつける。蛍光灯に背中からぶつかり、激しいスパークを起こして地面に落ちるセラフィーナ。
 彼等の攻撃は確かに通じている。
 だがまだ足りない。
 もう一人分足りない。
 そう……その一人とは。
「やっと会えましたね、善三」
 奥の階段より、足音が近づく。
 ぐったりした弐枡たちにある程度警戒しつつも、善三は階段の方を見た。
 おかっぱの黒髪。
 鋭い目。
 白い首筋に。
 黒いセーラー服と。
 赤いスカーフ。
 刀を片手に携えた。
 ミニスカートの少女。
 その名を、蜂須賀冴。
「何日ぶり、でしょうか」
「……お前か」
 冴は立ち止まり、制服のポケットに手を入れた。
 善三との距離、20m。
 恋人でも、友人でも、家族でもない、敵対する者の距離である。
 ポケットから銃を取り出す。
 S&W・M49。通称ボディーガード。
 撃たないことに意味のある銃。
 冴はそれを握ると、善三に向け、トリガーに指をかけ、くるりと……回転させた。
 丁度銃の筒部分を握る持ち方である。
 そして軽く振りかぶり、善三へと投げた。
 放物線を描き、くるくると回転しながら飛んだそれは、善三の手の中に納まる。
 彼は冴と同じようにくるりと銃を回し、懐へとしまった。
「敵会った途端銃を渡すとは、どういうつもりだ」
「その銃を受け取った途端しまうのは、どういうつもりですか」
 善三は微笑以下の表情を浮かべ。
 冴は微笑以前の表情を浮かべた。
 刀の柄に手を駆ける冴。
「一つ教えて下さい。あなたは何故、不殺を貫くのですか」
 善三は壁に立てかけられた木刀を拾い上げ、腰の辺りで構える。
「俺に技を教えてくれた人の、意思だったからだ」
「……」
「勧善勧悪。不殺(ころさず)の超打撃。それを教えてくれた人は、人が人を殺すことを悲しんでいた。それでも殺さなきゃならなかった。できることなら、誰も殺さない世界を作りたいと……言っていた」
「その人は」
「死んだ」
 じりじりと、ゆっくりと、間合いを詰めあう。
「技を継ぐってことは、義理を継ぐってことだ。そいつが人生を賭けて編み出した技は、そいつが人生を賭けて成し遂げたかったことの手段なんだ。それを受け取ったからには、成し遂げてやる義理がある」
「貴方は、本当に……」
 互いの距離、10m。
 恋人でも、友人でも、家族でも、敵対する者でもない。
 斬り合う者の、距離である。
「蜂須賀示現流、蜂須賀冴――」
「路六自在流、九美上善三――」
 緊張の糸が。
 絡まり。
 結ばれ。
 繋がって。
 弾ける。
「「参る!!!!!」」
 大きく踏み込み抜刀する冴。その刀を木刀で打ち払う善三。
 金属と木材の違いこそあれエネルギーは拮抗。オーラの火花を散らし、二人はそのまま横向きに走る。
 前動作を予測させずに木刀を繰り出す善三。それを鞘で絡め取るように受け流し、冴は刀を突き出した。
 善三の肩に突き刺さり、貫く。
 しかし善三はそのまま前に踏み込んできた。刀が鍔の手前まで沈み込み、そしてがっちりと筋肉で固定されたのだ。
「――!?」
 刀を抜くことを諦め鞘を打ちつけようとする冴。しかし善三は彼女の首を掴み、地面へと押し倒した。
 押し倒したなどと言うと、これからマウントポジションをとるように思えるかもしれない。
 だが実際起きた現象を述べるとこうだ。
 床が崩壊し。
 階下へと落下。
 死体だらけの休憩フロアへ落ち、善三は更に冴を殴る。
 床がさらに崩壊し、パソコンルームへ落下。
 周囲のコンピューターを根こそぎ破壊しながらも善三は再び冴を殴りつける。
 またも床が崩壊し、階下へ、崩壊し、階下へ、崩壊し、階下へ、そして最後に地上一階、ただ広いだけのフロアの床へと冴を叩きつけた。
 無論意識は何度も飛んだ。
 ドラマ復活を可能としていなければ、恐らく死んでいたかもしれない。
 冴は善三の肩に刺さった刀を両手で掴み、両足を踏ん張るようにして善三を蹴飛ばした。引っこ抜ける刀。
 素早く立ち上がり、身構える直前の善三を切りつける。
 横一文字。絶対にはずさない間合いでだ。
「ぐっ!」
 善三はよろめき、仰向けに倒れる。
 冴はすかさず彼の上へ飛び乗り、マウントポジションをとった。
 刀を逆手に構え、振り上げる。
 二人の目が、合った。
「俺を殺すか」
「はい」
 柄を握りしめ、冴は一語一句区切って言う。
「殺さずの善三を、私が殺します」
「……」
「望みがあるなら、聞き届けます」
「敵の望みを叶えていいのか?」
「ふふ……」
 冴はそこへきて、初めて笑った。
 微笑程度の、笑みだったが。
「『それじゃあ義理が立たねえ』」
 善三の唇が動き。
 冴は目を細める。
「さようならです、善三」
 そして冴の剣は、殺さずの善三を殺した。

●インターバルJ
「あの人と私の関係は……そうですね、なんて言ったらいいんでしょう。言葉で表現するなら『知り合い』でしかないんです」
 房野道子は後衛キャンプで烏に包帯を巻きながらそんなことを語りだした。
「私の夫はバーを経営していて、そのお店によく来るお客さんでした。私はあの人が何だか怖くて、少し嫌いでした。夫とは、オーナーと常連客という間柄だったのか親しくしていたようですけれど」
 包帯を持ってきた少女の頭を撫でて、話を続ける。
「でもあの人と本当に『知り合い』になったのは、娘が攫われた時でした。身代金目当ての誘拐です。裏にはもっと大きな事情があったようですが、私には何が何だか分からなくて、どうすることもできなくて。そうして家に閉じこもって震えていたら、あの人が……」
「あの人が?」
「いつの間にか、終わらせていたんです。事情を聞いても、『ツケの払いをしただけだ』って」
 道子は、手を止めて顔を伏せた。
「そう言う人です。あの人は」

●千葉市中央区中央九美上興和会ビル最上階 最終決戦
 『卑怯者』縞島二浪。
 様々な事件の裏で、見えぬように暗躍し、様々な人間を分からぬように暗殺し、気づかぬうちに上り詰め、欲しい物を手に入れる。正しく卑怯者。
 そんな彼だからこそ、モンタナコアの反応を探る装置くらいはこっそり隠し持っていてもおかしくない。
 ――風紀委員会、壊滅。
 ――剣風組、壊滅。
 ――弦の民、壊滅。
 ――ストーン教、壊滅。
 ――松戸研究所、壊滅。
 ――九美上興和会、……。
「こりゃ、ちーと夢見過ぎたかのお……」
 一人がけのソファに腰掛け、背を預ける。
 眼帯を付けた、ひょろ長の男。
 先のとがった革靴を履き、紫色のスーツに身を包む。
 どこかわざとらしい関西弁(部下達はこれを縞島弁と呼ぶ)をぼやきながら、広い天井を見上げていた。
 背後には、九美上興和会の巨大な紋。
 正面のエレベーターが鳴り、扉が開く。
 不用意に侵入されぬよう、エレベーター以外の通路は固く閉ざされているのだ。
 この幹部会議室はいわば、二浪にとって最後の砦に等しかった。
 開かれたドアから、三人のリベリスタが乗り込んできた。
 草臥 木蓮(BNE002229)。
 シャルラッハ・グルート(BNE003971)。
 藤倉 隆明(BNE003933)。
 ここまでたどり着いたのは、いわば偶然の産物だった。リベリスタとフィクサードが幾度となくぶつかり合い、仲間の殆どは撤退して行った。
「や、まあさ……」
 木蓮が小銃の先を二浪に合わせ、語り始めた。
「俺様が言うべきことじゃねえし、多分他にもっと適役がいるんだろうけどさ、でもそう言う奴等の代わりに言わせてもらうわ」
 シャルラッハは鼻歌混じりにチェーンソーを起動し、隆明はナックルダスターを強く握りしめている。
 恐らく、言いたいことは同じなのだろう。
 そしてやろうとしていることも。
 この場にいる全員が共通している。
「観念しろ、縞島二浪!」
「お断りじゃ!」
 木蓮はフルオート射撃を開始。同時にシャルラッハが上から叩きつけるようにチェーンソーをぶち込んだ。
 が、彼女たちがズタズタにしたのは二浪ではない。彼の座っていたソファだけだ。
「上じゃボケェ!」
 はっとして顔を上げるも既に遅し。木蓮は首から肩にかけてを鋭いドスで切り裂かれ、シャルラッハは背中をばっさりと斬りつけられた。
「ちっ!」
 隆明は直感に任せて振り向き、拳を繰り出す。その拳が螺旋状に切り裂かれたのを見て流石に驚いた。
 素早いなどという問題ではない。とらえようがない程の縦横無尽さなのだ。
 だがこういう時こそ楽しくなるのがシャルラッハである。
「ハハッ、いいねいいねー殺し合いいいいいいいいっ!!」
 一瞬立ち止まった二浪目がけて飛び掛り、全力でチェーンソーアタック。
 ミニテーブルを真っ二つにするが二浪は既に背後に回っている。シャルラッハはしかし、それを予め読んでいたかのように軸足回転をかけると、二浪にメガクラッシュを叩き込んだ。
「うおっと!」
 思わず吹っ飛ばされる二浪。が、途中で身を捻って着地すると、シャルラッハめがけて高速で突っ込んできた。
 避けようは無い。早すぎるのだ。血を噴き上げて崩れ落ちるシャルラッハ。が、攻撃直後のタイミングを逃す隆明たちではない。同時に銃口を向けて連射。
 銃弾の何発かが二浪の身体に叩き込まれる。
 が、それだけだった。
「浪人――行!!」
「ぐお!?」
 虚空に大量の弧月が閃いた。
 たん、と二浪が動きを止めた時にはもう、木蓮と隆明は血を噴き上げて倒れていた。
 ギリギリ意識の残った隆明が、うつ伏せ状態で銃を構えるが。
「ちょい待ちぃや。そんなもんで撃たれたら死んでまうやろが」
 隆明の手を、踏み砕かんばかりに押さえつける。
「まぁでも、ヒヤヒヤさせてもろたわ。やっぱ強いわぁアークちゅうもんは」
 ゆっくりと、首を振る。
 そして懐に手を入れ。
 引き抜き。
 振り返り、銃を構え、発砲した。
 放たれた弾丸が回転しながら部屋の中を飛び、空気を螺旋状に穿ちながら進んで行く。
 スローモーション。
 正面から迫る別の弾丸と激突し、互いを抉らんばかりに拮抗すると、ぐにゃりと押し潰れた。
 変形しきった瓶の王冠のような塊が出来上がり、床に転がり落ちる。
「どぉもどぉも、お久しぶりやな」
「そぉか? この前会うたばかりやないかい」
 いつの間にか開いていたエレベータの扉の向こうで、依代椿が銃を構えていた。
 一歩ずつ踏みしめるように、部屋の中へと入って行く。
「正直な話な、うちはそこまで二浪さんの事嫌いやないんよ。目的のために手段を選ばんハングリー精神? うちも学ばんといかんなぁ思うし」
 銃を構えたまま、距離が縮まる。
 ラヴ&ピースメーカーという。実銃ではない。弾倉に直接力を込めることでエネルギー弾を放つタイプの銃である。先刻の弾も、カースブリットを具現化したものだった。
 対して二浪の銃は中国製トカレフ。ある意味彼に相応しい銃だと言えた。
「しかしまあ、前に言われたやん。『義理も理屈も通さず、プライドも守らん』て」
 さかのぼること数か月前。縞島二浪の土地買収を阻止しようとしたときの話である。
 椿にとっても苦い思い出だ。
「まぁ確かにその通りやった。けどうちは『はいそうですね』とは言えへん。不本意ながらうちも、組を預かるもんやから」
「ほぉ~……?」
 二浪が眼帯を付けた方の眉を吊り上げる。
「ほなアレか。あんさんがあの『悪いことしてると何処からともなく潰しに来る』っちゅう都市伝説の」
「それ絶対あんたが流した噂やろ。嫌がらせやろ?」
「事実やないのぉ」
 キシキシと笑う二浪。
 ニタニタと笑う椿。
「まあ、ほな……」
「組長同士ぃ言うことで……」
 互いの距離、20m。
 言うまでも無く、殺し合いの距離だ。
「紅椿組、十三代目紅椿、依代椿。真っ赤に染まった椿の如く、自分の命運摘み落したる!」
「縞島組、二代目組長、縞島二浪。浪花の魂この身に受けて、自分のそっ首切り落としたる!」
「「往生せぇやああああああああああ!!!!」」
 二人は同時に地を蹴った。
 椿は式神鴉を連続発砲。
 二浪は無数に実体ある幻影を生み出して突撃。鴉を切り裂いてさらに椿を囲い込む。
 対して椿は自らの周囲に大量の小鬼を生み出してドスによる刺突を全て受けさせた。
「ううううっりゃ!」
 椿は銃の引金を連続で引きながら一回転。大量の百闇鴉が生み出され二浪の幻影全てを貫いていく。
 残った実体こと二浪本体が椿の至近距離でトカレフを連続発砲。
 腕が交差する程の距離で椿も陰陽星儀を連続発砲。
 互いに大きく仰け反りつつも気合で踏ん張り、ドスと鉄扇を打ちあわせた。
 再び顔面を狙おうとする二浪の銃を椿は自らの銃で払いつつ狙いを定めそれをまた二浪に銃が払い除ける。こめかみや肩を掠った何発もの銃弾が豪奢な幹部会議室に無数の弾痕を刻み、豪華な調度品が片っ端から破壊されていく。
 互いにドスと鉄線を弾き合って一回転。4mと言う非情に微妙な距離を挟んで銃をつきつけあい連続発砲。二人の間で銃二発の弾丸がぶつかり合い拉げあい落下する。
 鉄扇を開いて呪印封縛を発動させる椿。
 二浪はそれを気合で跳ね除け、ソニックエッジを叩き込む。
 椿はそれまた気合で打ち破り、再び畳んだ鉄扇を握り込んだ。
「これはナメられた仲間の分!」
 拳が二浪の顔面に炸裂。
「これは巻き込まれて殺された連中の分!」
 腹に押し付けて発砲した銃弾が二浪の身体を貫通。
「でもってこれが――」
 大きく振りかぶり、力を溜める椿。
「組のことバラされた、うちの分っ!」
「ごぅはっ!」
 顔面をへこませんばかりに叩き込まれた拳で、二浪は数メートルを転がった。
 持っていたドスや銃が手から離れ、絨毯を滑って行く。
「……あー、こりゃ……アレやなー……」
 首を僅かに持ち上げて、二浪は目を細めた。
「大満足の、大往生や」
 ことん、と二浪の頭が床を叩いた。
 それきり。
 もう二度と、起きることは無かった。

 その後の話は簡単だ。
 千葉の地に生まれようとしていた巨大フィクサード組織は新生したその日に壊滅。
 居場所を失くして暴徒になりかけたヤクザ連中はどこぞの組がリベリスタ化を条件に吸収したという。
 しかしこの一件に関わって死亡した人数は三桁に及ぶとされ、多くの組織が畏怖を籠めてこう呼んだ。
 『千葉炎上事件』と。

●エンドロール
 ――ある日唐突に始まり、唐突に終わった大事件。

 【千葉炎上】怪獣魂 ~極彩竜進撃~
 御厨・夏栖斗(BNE000004)
 カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)
 葛葉・颯(BNE000843)
 設楽 悠里(BNE001610)
 雑賀 龍治(BNE002797)
 飛鳥 零児(BNE003014)
 犬吠埼 守(BNE003268)
 文珠四郎 寿々貴(BNE003936)

 ――それは沢山の人間たちが絡み合う、複雑な物語だった。

 【千葉炎上】刃傷/人情に踊れ亡霊
 二階堂 杏子(BNE000447)
 リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)
 神薙・綾兎(BNE000964)
 天風・亘(BNE001105)
 楠神 風斗(BNE001434)
 李 腕鍛(BNE002775)
 宇賀神・遥紀(BNE003750)
 斬原 龍雨(BNE003879)
 伊吹 マコト(BNE003900)
 平等 愛(BNE003951)

 ――ある者は死に、ある者は生き残り。

 【千葉炎上】怪獣・化け物・進撃
 雪白 桐(BNE000185)
 シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)
 百舌鳥 九十九(BNE001407)
 宮部乃宮 火車(BNE001845)
 焔 優希(BNE002561)
 村上 真琴(BNE002654)
 神埼・礼子(BNE003458)
 メイ・リィ・ルゥ(BNE003539)

 ――ある者は勝利し、ある者は敗北し。

 【千葉炎上】浦安荒野の無法者
 霧島 俊介(BNE000082)
 ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)
 廬原 碧衣(BNE002820)
 風見 七花(BNE003013)
 飛鳥 零児(BNE003014)
 明神 暖之介(BNE003353)
 藤倉 隆明(BNE003933)
 ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)
 滝沢 美虎(BNE003973)

 ――狂って喚く者、乱れて騒ぐ者。

 【千葉炎上】フルメタル・クルセイド
 リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)
 門真 螢衣(BNE001036)
 ミーシャ・レガート・ワイズマン(BNE002999)
 ユウ・バスタード(BNE003137)
 高藤 奈々子(BNE003304)
 朱鴉・詩人(BNE003814)
 靖邦・Z・翔護(BNE003820)
 フラウ・リード(BNE003909)

 ――全ての人間が思い思いに暴れ回り。

 【千葉炎上】抜き打ち持ち物検査をかいくぐれ!
 阿野 弐升(BNE001158)
 内薙・智夫(BNE001581)
 那須野・与市(BNE002759)
 ラヴィアン・リファール(BNE002787)
 シャルロッテ・ニーチェ・アルバート(BNE003405)
 蓬莱 惟(BNE003468)
 ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)
 艶蕗 伊丹(BNE003976)

 ――やがて半分は散りと化し。

 【千葉炎上】嵐の前の塵と知れ
 メアリ・ラングストン(BNE000075)
 ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)
 二階堂 櫻子(BNE000438)
 焔 優希(BNE002561)
 ヘクス・ピヨン(BNE002689)
 晦 烏(BNE002858)
 山田 茅根(BNE002977)
 平等 愛(BNE003951)

 ――もう半分は血を流し。

 【千葉炎上】Come Sweet Dead Desire.
 宵咲 瑠琵(BNE000129)
 雪白 桐(BNE000185)
 富永・喜平(BNE000939)
 紅涙・りりす(BNE001018)
 ユーヌ・プロメース(BNE001086)
 ランディ・益母(BNE001403)
 リィン・インベルグ(BNE003115)
 氷河・凛子(BNE003330)
 劉・星龍(BNE002481)
 村上 真琴(BNE002654)

 ――関わる全てが修羅となり。

 【千葉炎上】別離の友は修羅となり、我が身は生ける骸となりて
 不動峰 杏樹(BNE000062)
 リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)
 宵咲 氷璃(BNE002401)
 リンシード・フラックス(BNE002684)
 御厨 麻奈(BNE003642)
 アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)
 シャルラッハ・グルート(BNE003971)

 ――誰一人として忍びなく。

 【千葉炎上】剣風忍法帖
 氷雨・那雪(BNE000463)
 源兵島 こじり(BNE000630)
 焦燥院 フツ(BNE001054)
 烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)
 高橋 禅次郎(BNE003527)
 フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)すのみだね。
 ユイト・ウィン・オルランド(BNE003784)
 鳳 黎子(BNE003921)

 ――台風の様に巻き込まれ。

 【千葉炎上】彼の名は、風を詠む鶏
 エナーシア・ガトリング(BNE000422)
 新田・快(BNE000439)
 ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)
 戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)
 エリス・トワイニング(BNE002382)
 羽柴 壱也(BNE002639)
 小雪・綺沙羅(BNE003284)
 遊佐・司朗(BNE004072)

 ――炎のように魅了され。

 【千葉炎上】世界を魅了せよ
 アリステア・ショーゼット(BNE000313)
 ランディ・益母(BNE001403)
 衛守 凪沙(BNE001545)
 レイライン・エレアニック(BNE002137)
 エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)
 三輪 大和(BNE002273)
 クルト・ノイン(BNE003299)
 神葬 陸駆(BNE004022)

 ――幸せも不幸せも。

 【千葉炎上】しあわせな少女、ふしあわせな少女たち
 瀬伊庭 玲(BNE000094)
 アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)
 御津代 鉅(BNE001657)
 ガッツリ・モウケール(BNE003224)
 クリスティナ・スタッカート・ワイズマン(BNE003507)
 黄桜 魅零(BNE003845)
 ヘキサ・ティリテス(BNE003891)
 エルヴィン・シュレディンガー(BNE003922)

 ――全てが全て焼き尽くされる。

 【千葉炎上】工業地域を炎に染めろ
 祭雅・疾風(BNE001656)
 小崎・岬(BNE002119)
 草臥 木蓮(BNE002229)
 酒呑 雷慈慟(BNE002371)
 エリス・トワイニング(BNE002382)
 風宮 紫月(BNE003411)
 曳馬野・涼子(BNE003471)
 セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)

 ――そして全ては集束し。

 【千葉炎上】九美上六代幹部、最終決戦!
 結城 竜一(BNE000210)
 七布施・三千(BNE000346)
 依代 椿(BNE000728)
 ツァイン・ウォーレス(BNE001520)
 アンナ・クロストン(BNE001816)
 蜂須賀 冴(BNE002536)
 焔 優希(BNE002561)
 四辻 迷子(BNE003063)
 高木・京一(BNE003179)
 禍原 福松(BNE003517)

 ――ただの事件として終わりを告げる。
 
 以上、116名(重複除)。

 ――勇敢なる、リベリスタ達によって。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
もはや何も、語るべきことはない。