● 画面に映し出されていたのは、動き回る巨大なモップであった。 「これが、今回発見されたアザーバイド、名前はレアドール」 長い毛の隙間から、宝石のような瞳が覗く。ふわふわとした尻尾がパタパタと揺れる。 木々の合間をすり抜けて跳ね回る巨大なその姿。 「ものすごく毛の長い、犬のようなアザーバイド」 その光景に、ブリーフィングルームの一部の人間は黄色い声をあげる。 「皆にお願いしたいのは、このアザーバイドを送還する事。ただ、問題はこの巨体」 5メートルを超えるその巨体、それは抱きついたりよじ登ったりするには適していても、それを動かす難しさは並大抵ではないだろう。 「どうやらこの子、遊び足りてないみたいなの。もしその気力が尽きるまでたっぷり遊んであげたら、きっと皆に懐いていう事を聞いてくれると思う」 元々レアドールの気質は非常に穏やかで従順、その溢れんばかりの元気を存分に発散させてあげれば、近くにあるDホールまで送り届けるのも簡単だろうとイヴは告げる。 「撫でられるのが大好きで、犬と同じでいろんな遊びも大好き。ただ、あまりにも大きいから、舐めたり甘噛みでも怪我したりする可能性があるよ」 逆にレアドールはその凄い毛の量のおかげか、非常に高い防御力を誇る。攻撃力を高めて相手を殺すつもりで攻撃しなければ、たいていの攻撃はダメージを与えられないだろう。 少しくらい遊びに攻撃を混ぜてもいいかも、と少女は言う。 「Dホールの空いてる時間はそこまで長くないから、名残惜しいかもしれないけれど、全力で遊んであげないと間に合わなくなっちゃうかもしれないよ」 Dホールが閉じてしまえば、アークが運命の加護を得ていない異物に取る行動は殺害のみとなる。それは可能ならば避けたい事態である。 「それともう一つ問題があるの。実は六道のフィクサードがレアドールを求めてやってきている」 その言葉に、リベリスタの間に緊張が走る。 「きっと、皆がついた頃にはフィクサードはレアドールに既に接触して……」 ● 「キャー、可愛いー! 痛いー! 気持ちいいー……ぽっ」 人間だったら肋骨全部折れてもおかしくないような体当たりを受け止めて、和服の女はその表情を緩ませる。 少々トウのたった印象ながらも、美しい、という印象を与える女性……なのだが、そのだらしない表情はさすがに頂けない。 とはいえ、それも無理からぬこと。その体が受け止めているのはふっわふわでもっふもふの巨大な愛らしい犬なのだから。 「姉御、それじゃ駄目ですぜ!」 「犬にいう事聞かせたいなら、まずは目を見て躾けなきゃぁ」 そこでずいっと、横から現れたのは強面の部下たち。 彼らはじっとその鋭い眼光で犬のつぶらな瞳を睨み付け……。 「クーン」 「「あぁもう可愛いなぁぁぁ!」」 二人そろって瞳からハートマークを飛ばしながらその体をワシャワシャと撫ではじめる。嬉しそうに目を細めるアザーバイド。 「ねぇー、もっと私を苛めて、遊んで」 その後ろでヤギの尾を軽く揺らしながら、女は笑む。屈託のない笑みを。 「それから、一緒に帰りましょう、ね?」 ● 「既に接触して……遊びはじめていると思う」 「「えっ」」 予想外の言葉に目を丸くするリベリスタ。 「彼らの目的は、レアドールの生け捕り。彼らはレアドールと遊ぶことで、あの子の心をつかんでしまおうとしてるの」 六道のフィクサードの行動はリベリスタとほぼ同じ、仲良くなって、自分の言う通りに行動してもらおう、という物だ。 「もし、六道の方に懐いちゃったら、私達にはレアドールが行くのを止められないよ」 六道のフィクサード達を倒してしまえばいいのではないか、という意見にイヴはそっと首を振る。 「確かに倒せるとは思う。敵は弱い。でも、面倒な相手」 六道の三柴紗奈恵と、その部下。ビーストハーフのこのフィクサードは耐久力の非常に高い相手なのだとイヴは告げる。 Dホールが閉じるまでの時間を考えると、敵を全滅させてからレアドールと遊びはじめるのでは間に合わない可能性が非常に高い。 「敵は……いわゆる変態。自分が攻撃されるのが大好きな人。彼氏いない歴=年齢、あとレイザータクト」 資料に目を通し、どんよりした口調で告げるイヴ。なんでも、アークの情報網で調べた所、いらない情報ばっかり集まって来たらしい。 「性格が強烈な分、他の印象が薄れちゃってたのかもしれないね。うん」 似たような感じで知れ渡ってるアークの人間もいる事だし、と一部のリベリスタは納得の表情を浮かべる。 「敵は、レアドールを懐かせるのに適した能力を持ってる。おまけに、怒りの状態異常でこっちの遊びを妨害してくる」 全くもって油断ならない相手である。ゆえに、イヴは真剣な表情になると、リベリスタ達にお願いした。 「だから、急いで行って、全力投球で勝負に勝ってきて。どちらの方がレアドールに気に入られるかの勝負に」 全力のモフモフバトルが今、幕を開ける。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:商館獣 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月23日(金)22:56 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「もふもふだ! おっきい犬だ!」 鬱蒼とした森の中、メガネの下でキラキラ輝く少年の瞳。無理もない。彼らの眼前には家ほどの大きさの巨大な犬の姿があったのだから。 柔らかな毛に覆われたアザーバイド、レアドールの姿は実に愛らしい。『ジーニアス』神葬陸駆(BNE004022)が目を輝かせるのも無理はないだろう。その横では『redfang』レン・カークランド(BNE002194)もまた、頬を上気させている。 (依頼だから仕方ない……よな) 動物が好きだけどそれを人前に晒したくない微妙なお年頃。言い訳を心の中で並べる少年だが、その表情は気を抜く度に緩んでしまう。 その横で対称的に瞳を鋭く細めるのは見た目最年長のアーサー・レオンハート(BNE004077)と本当に最年長の『陰陽狂』宵咲瑠琵(BNE000129)である。 「このバトル、絶対に負けるわけにはいかない。もし、レアドールが六道の方に懐いてしまったら……」 「キマイラの素体にされて、ふわもこがでろでろのぐちゃぐちゃにされてしまうかもしれんのぅ」 彼らの見つめるのはレアドールを連れ帰るべく懐柔するフィクサード達の姿。 和服の女、三柴紗奈恵が森を駆けるのに合わせて、レアドールの巨体も跳ねる。 「そう言えば彼女、相当な変態のようじゃが……似たような感じで知れ渡ってるアークの人間って誰かのぅ?」 意地悪い口調で瑠琵が横を見れば、その視線は自然とレアドールを激写していた『覇界闘士-アンブレイカブル-』御厨・夏栖斗(BNE000004)へと。 「へっ!? あー、あー、僕知らなーい、聞こえなーい」 何やら色々思うところのある彼は耳を塞ぐ大仰なジェスチャーを返した後、アクセスファンタズムを仕舞う。 「よし、それじゃ気合入れていくか!」 そして宣言と共に武器を構え、一気に駆け出していく。 夏栖斗に続いてレアドールへと駆けていくリベリスタ達。その中でアーサーは拳を振り上げ、宣言する。 「うむ、いざいかん! 全力の……モフモフバトルに!」 かくして、戦いは始まり。 「わぉーん!」 森を引き裂くような、少女の遠吠えが響き渡った。 「ま、何事ぉ?」 唐突な遠吠えにその動きをとめるフィクサード達。 「姉御、気を付け……」 その瞬間、木々の合間を突っ切って一つの影がレアドールへと躍り掛かる。 ボフッ。 フィクサード達の目の前で、肌色の塊がモップの中へとめり込んでいた。 「えっ……」 目を点にするフィクサード達。 肌色の正体は全裸に近い服装のルー・ガルー(BNE003931)、彼女は全力の遠吠えと共にレアドールへと突っ込んだのだ。 弾力あるふわもこに受け止められるその体。野生の中で生きてきた少女は懐かしく暖かな感触に頬を思わず緩ませる。 「はぁい、紗奈恵ちゃんご機嫌麗しゅう、アークだよ」 フィクサード達が呆然としている隙に、夏栖斗と共に鳳珠郡志雄(BNE003917)がレアドールとフィクサード達の間へと割って入る。 「なっ、アークだとっ!?」 フレンドリーな夏栖斗の言葉に、六道の男達の間に緊張が走る。 「悪ィね、姉さん。大人は大人で遊ぼうじゃねえか」 時代錯誤な雰囲気を纏うリーゼントの男は和服の女を見据える。無邪気な顔のあの犬を相手するには、アンタはひねくれ過ぎてるだろう? とでも言いたげに。 だが、紗奈恵はサングラスの奥の鋭き眼光を意に介さぬかのように、笑顔でモップの方へと手を差し出す。 「でもあのワンちゃんは私と遊びたいそうだもの。皆で一緒に私をいじめて、ねー?」 モフモフの中からようやく脱出し、レアドールの瞳を見上げるルー。 だが、アザーバイドの視線は彼女ではなくフィクサードへと注がれている。 強制的に意識を引き付ける紗奈恵の技に、フィクサードを意に介さぬルーと違って、遊びたい盛りの大きな犬は抵抗できない。 途中に立つ夏栖斗と志雄を無視して紗奈恵へと駆け寄ろうとするレアドール……だが。 「ちょーっと待つのダー!」 その時、再び森に雄叫びが響き渡る。 「モフモフさんは吾輩が頂くのだ!」 去年のハロウィン衣装たる南瓜頭を被って雄々しく立つのは『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)であった。くり抜かれた瞳の穴より、邪気を払う光が森の中へと照射される。 その光を受けて紗奈恵への興味を失ったレアドールの動きが止まる。 カボチャさんのタネだヨ~、と言いながらカイが南瓜の種をばらまけば、自然とその視線はリベリスタ達の方へと向く。 「あっ!? 私のワンちゃーん」 目を丸くする紗奈恵。その隙に、陸駆とレン、アーサーがレアドールの前へと回り込む。 「六道よ、天才の作戦をとくと見るがいい!」 そう宣言する陸駆の傷だらけの手に握られているのは犬用のガム。それにレアドールは目を輝かせる。 「ふふふ、このガムはうちの飼い犬のタマから取って来た物だ! 他の犬の匂いがついていれば少しは気になるだろう!」 瞳を閉じ、満面のドヤ顔で語る陸駆。レアドールは迷うことなくガムへと食いつき。 「取る時に少し噛まれたが、これもアークのためなのだ。IQ53万の天才の作戦にぬかりはぬわーっ!?」 5メートルの巨体は伊達ではない。 レアドールは一口で少年の手ごとパクンと口にする。 「う、うむ! 計算通りなのだ……泣いてないぞ」 手の噛み痕が酷くなったのは気のせいではないだろう。 アーサーの鋭い視線に円らな視線を返すその家の如き巨体を前にレンは思案する。この大きな相手に小さすぎる物で気を引く事はかなうまい。食事も普通の物ならば一口でペロリ、であろう。 ならば。 「ほら、こっちだ!」 少年は骨を取出し、それを揺らし、走る。 素早く左右に飛び跳ねて動く骨……というより、少年へとアザーバイドの瞳は自然と吸いつけられていく。 「ほら、取って来い!」 骨が明後日の方向へと投げられれば、もうアザーバイドはそちらへと飛んでゆく。 「むきー! 私だって、私だって遊びたいのにー!」 「よ、よくも……俺達も遊びたいのに!」 その姿を見て地団太を踏む紗奈恵達に、志雄が手を差し伸べる。 「二度は言わねえぞ」 その手はそっとではなく、殺意を持った速度で動く。女の腹部を穿つ拳。 「痛くて気持ちいいー! そう、大人は大人で遊ぼう、っていうのね?」 それにフィクサードは嬉しそうに満面の笑みを零す。 「よくも姉御を……」 「オイタをするなら、大人も子供もゲンコツで聞かせなきゃいけないのは当然じゃねぇか」 表情を険しくする志雄と紗奈恵の部下達。その横で夏栖斗も不敵に笑う。 「ドMがなんだっつーの。こちとら悪魔の腹パンにも彼女の監禁にも耐え忍んできてるっつーの!」 「……っ!」 その言葉に、紗奈恵は目を見張り。 「あなたがあの3DT1のド変態の……」 あ、いらん事言った。 「師匠と呼ばせて、総受け様!」 ハイライトが消える夏栖斗の後ろで、瑠琵は苦笑を漏らすのであった。 ● 「苛めて、遊んで……って言ってるのに」 暫く後、瞳からハイライトが消えていたのは紗奈恵の方であった。 「近寄れないなんて、やだぁー!?」 彼女の周囲を埋め尽くすのは黒き影、その後ろで笑うのは紫髪の陰陽師。 「たっぷり遊んでやるぞ……わらわ一人で!」 召喚に手番のほとんどを費やしていた瑠琵。彼女の呼び出した影人達によって紗奈恵達の足は完全に封じられることとなる。 おまけに、余った影人達はわしゃわしゃとレアドールの身体をよじ登っている。それがくすぐったいのか、レアドールは嬉しそうに駆け回る。文字通り、彼女は一人で全ての相手と遊び尽くしていた。 「「わぉーん!」」 喜びのあまり吠えるレアドール。それに頭の上によじ登ったルーの声が重なる。 がぶがぶとルーが耳の根元にかじりつけば、レアドールの尻尾がぱたぱたと左右に振られる。 サイズと世界が違えど野生同士らしいコミュニケーションは大きく作用するようで、アザーバイドは彼女を振り落すことなく頭上に迎え入れていた。 レンも一緒になって巨大な体を全身を使ってモフモフと撫でてやれば、アザーバイドは気持ちよさげにクーンと一声。 この部分がかゆいのかと判断した少年が全力でそこだけを撫でれば、レアドールは動きを止めて目を細める。 が、その瞳が突如大きく開かれ、暴れはじめる。紗奈恵の挑発にかかったのだ。 「うぅ……私を苛めて、構ってよー」 その挑発のほとんどをカイの光によって無効化されていた紗奈恵。だが、偶然攻撃が来ようとも、彼女は一度として攻撃を受けられない。 「うぉー、やらかっ!?」 何故なら、紗奈恵の傍らの夏栖斗は冷静そのもの。ドエムを極めた……ではなく、技巧に優れた彼にとって、紗奈恵程度の挑発を無視すことは容易かったのだ。 飛び込んできたレアドールの凄まじい体当たりを、彼は紗奈恵を庇って受け止める。 「うぅー、私、可愛い子と遊びたいだけなのに……」 「なあ、紗奈恵ちゃん、あんたこの子が可愛いって喜んでたけどさ。六道に連れて行かれたらお姫様の玩具だぜ?」 怒りを解かれて再びリベリスタ達の元へと駆けていくレアドール。それを恨めしげに見る紗奈恵に少年は問う。 「キマイラにするとは決まってないし、まずは死ぬほど遊ぶから大丈夫よー」 死ぬほど、は『紗奈恵が死ぬほど』という意味であろうか。何が『大丈夫』だ、と志雄は吐き捨てる。 「歪みまくった『好き』だな。そういうのは男に向けな……それとも、六道っていうのはお前程度の個性も受け入れられねぇ男ばっかりなのか?」 「ひぎっ……あぁ、素敵ー、気持ちいい―」 志雄の拳は紗奈恵の気を乱し内部からその体をズタボロにする。陶然とする紗奈恵。そこへ瑠琵は追い打ちとばかりに声をかける。 「のう、リベる気があるなら見合い話くらい用意しても……」 「すいやせん……姉御っ! 俺達に度量が無くて!」 それを遮るのは意外にも、紗奈恵の部下達であった。 「でも、朝チュンじゃなくて朝パン、腕枕じゃなくて腕ひしぎしてほしいとか、チョークスリーパーでオとして寝かしつけてくれる彼氏がほしいって言われても……俺達には、俺達には無理でさぁ、姉御!」 「あー……」 これは人材豊富なアークでも見合い話は難しそうである。 「……」 そして、何故そこで目を背ける。彼女のつけてくれた首輪(錠前付き)の似合う御厨夏栖斗。 どーん! 強烈な体当たりで吹き飛ぶのはカイであった。彼はくるくると空中で回転して華麗に着地。そのまま甲高い声で泣き叫ぶ。 「ほ~ラ、インコさんだヨ~! 光って唸って回って楽しいのダ~」 仮装を脱ぎ捨て十字の光を放ってレアドールを引き付ける彼の両手にはペットフード。 匂いと光に惹かれてカイを追いかけ回す巨大モップ。 カイは仲間たちの方へとペットフードをばらまき、自分の服の中にも一つポイっと放り込む。 「さぁ。こっちなのダ~、たんと舐めまわすと……」 「カイ、避けるのだ!」 直前で直観的に危険に気付いた天才の声が響くも、時すでに遅し。レアドールはペットフードを服に押し込んだカイの上半身をぱくりと一口でくわえ込む。 「オー、カイ、ヒトミタイ、ナッタ!」 喝采を上げるルー。そうだね、上半身消えたらカイって普通の人に見えるよね。 「ノオオオオー! インコは美味しくないのダー!」 無論、当人はそれどころではない。甘噛みとはいえ、咥えこまれた上に口の中でベッロンベロン舐めまわされるカイ。 尻尾をブンブンと振るレアドール。口からはみ出てぶら下がっているカイの下半身を伝って、涎がボトボト地面へ落ちてゆく。 その窮地を救わんと、少年は弁当を取り出す。 「待てだぞ、いいか、待てだぞ……」 レンが取り出したのは、呆れるほどに特盛のトンカツ弁当。割烹着の似合うおっかさんの作った超ボリュームのそれを前に、レアドールに我慢などできようはずがない。 待てと言っても聞くことなくアザーバイドはトンカツ弁当へとまっしぐらで走り寄る。カイを口にくわえたまま。 「もう、しょうがな……って、ダメだよレアドール。汚いからペッするんだ。ほら、ぺっ」 「汚い扱いナの……ダ……」 ある意味満身創痍のカイ。 「待て、だ」 そこで一際大きな声で制したのは、アーサーである。 三日月を背負った着流しの上で鋭き瞳が犬を射抜く。威風堂々とした彼の言葉に、レアドールは動きを止め、お尻を大地へとつける。 「いい子だな……」 心の中でずっとモフモフしたい衝動に駆られ続けていたアーサー。 だが、彼はその心を押し殺し、ずっとレアドールの瞳を魔力の籠った瞳で逸らすことなく見続けていた。 その成果が、ここで現れた。アザーバイドはここで初めて、従順の意を示す。 「これは……そろそろだな」 その様子を見ていた陸駆は相手の体を精査するように見つめ……もう間もなくレアドールの気力は尽きるだろうと判断する。 カイを咥えたまま、小首を傾げるレアドール。陸駆の言葉を聞いて、もはや睨む必要が無いと悟ったアーサーのタガが外れる。 「く……俺はもう!」 アーサーへと近づけてきた顔を優しく撫でる。差し出した腕が柔らかな毛の弾力に包まれる。 それを目を細めてそれを受け入れるレアドール。 その表情が、トドメであった。 「うぉぉぉぉぉ!」 男、五十歳。アーサー・レオンハート。 巨漢は頬ずりどころか、全身で犬を堪能する。 その胴体へと抱き着けば、筋骨隆々とした体は毛の中へと消え、羽しか外に残らない。 「それじゃ改めて、よし、だ」 レンがそう言えば、アザーバイドは巨大なお弁当をムシャムシャと食べ始める。 どれだけ大きくても、愛情を注げば伝わる。その事実に少年の心は自然と温かくなる。 「アオーン、ルーモ、ヤル!」 アーサーの真似をして毛の中へと潜り込むルー。そして、それを遠巻きに見つめる少年が一人。 「……」 「ほれ、お主も行くのじゃ」 傍らで自分の守りについていた陸駆に、永くを生きた幼女は笑顔を向ける。 幾度か彼女を庇ってモフモフを受け止めたことがあったものの、瑠琵の隣に居続けた少年は他の人間に比べてレアドールと戯れることが出来ないでいた。 「天才は六道の野望を潰すために全力を尽くす、それだけなのだ」 少年は胸を張る。 されど、彼女にはその心の底など推測せずともわかる。伊達に8倍は生きてはいない。 「そうか……ならフィナーレと参ろうか、来るのじゃ!」 少年の手を取り、駆けだす瑠琵。その手にあるのは小さな骨。 それに惹かれて、巨大な犬は駆けだす。その毛の中に、リベリスタを抱えたまま。 「……」 繋がれた手を握る事すら忘れ、瑠琵に合わせて走りながらも、駆け寄ってくる犬だけを見つめる少年。 それを確認した瑠琵は。 「あはは、取ってこーい!」 少年を突き放し、その手の中に骨を投げ渡す。 「えっ?」 突然の事にバランスを崩しながら骨を受け止める陸駆。その体に。 どーん。 「う、うわぁ!?」 カイを口にくわえたままのレアドールの巨体がのしかかる。満足げに動きを止めるアザーバイド。 ふわふわの大きな体を受け止めた少年の顔は、苦痛でも、驚きでもなく。 柔らかさに包まれた事への喜びに満ちていた。 ● 「もー、酷いわ。結局ワンちゃんとは遊べなかったじゃないのぉ……」 かくして、モフモフバトルはリベリスタの勝利で幕を閉じる。満足げにアーサーに従うレアドールを見て、紗奈恵は唇を尖らせる。 「今日の所は店仕舞いだ。またな」 「またね、紗奈恵ちゃん」 去っていくフィクサードの背へ、志雄と夏栖斗は一言だけ、そう告げる。 「また……って」 ガバッと振り向く紗奈恵。その目からハートマークが飛んでいるのは気のせいか。 「また、また殴ってくれるの!? やったー!」 あ、またいらん事いった。 「ちょ、ちがっ!?」 思わず否定する夏栖斗の後ろ、志雄は何も言うことなく背を向けて歩き出す。 「男は背中と拳で語る……ね。貴方の気持ち、伝わったわ」 「姉御に言わせたら、敵全員が愛を囁いてる事になっちまいやすぜ……」 アホなやり取りをしながら逃げていくフィクサード達。その様子に、陸駆もついつい呆れ顔。 「お疲れ様なのだ、あの相手は大変だったろう」 「何、この先端で空気の流れを滑らかにして受け流せば何てことはないぜ」 ピン、と髪の先端を弾き、今日初めての笑顔と冗談をこぼす志雄。その言葉に、陸駆は目を丸くする。 「それは捨て置けない情報だ!」 「コウすればリクもモフモフ頭なのダ!」 何故かリーゼントをモフモフしはじめる陸駆。その頭にカイはレアドールの大きなモフモフの毛を纏めて、まるでリーゼントのように載せる。 その後ろで、別れの時は着実に迫っていた。 「さ、お別れだ……達者でな」 アーサーが告げると悲しげに尻尾を振るレアドール。その後ろで、異界へと通じる大穴は今にも閉じそうになっている。 「何、生きていればまた会う事もあるじゃろう」 二人の最年長がその大きな体を再び撫でる。 「「わぉーん」」 野生の二人が交わす最後の遠吠え。 その声の直後、大きなモップは穴の中へと姿を消す。 「任務完了、っと」 閉じられる異界への穴。その前で、金髪の少年は呟く。 「また、おいで……次も」 俺達が、もふもふしてやるよ。 恥ずかしさで、最後まで言い切れなかったけれど。 その思いが異世界への壁を越えて伝わると信じて……少年達はその場を後にした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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