● お父様が動かなくなくなってから、どれだけ経っただろう。 最近は妹の数も増えない。 お父様は以前の私達と違って、あんなに動いていたのに。 どうしてしまったのだろう? 心配だ。 そうだ、思い出した。 「おいしゃさん」という人に、身体の調子が悪いと言われていたんだ。 なるほど、だからお父様は動かないんだ。 でも、困ったな。お父様の部品はここには無い。 それじゃあ、私が取りに行こう。 ● 次第に冷え込んできた10月のある日。リベリスタ達はアークのブリーフィングルームに集められる。そして、リベリスタ達に対して、『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)は事件の説明を始めた。 「これで全員だな。それじゃ、説明を始めるか。あんたらにお願いしたいのは、エリューション・ゴーレムの討伐だ」 守生が端末を 操作すると、スクリーンには日本人形が姿を現わす。いわゆる市松人形の類だ。 「現れたのはフェイズ2、戦士級のエリューション・ゴーレム。郊外に住んでいるとある人形師の作った人形がエリューション化したらしい」 当の人形師は既に死亡しているのだとか。元々、人付き合いの悪い偏屈な人間らしく、家族もいなかったのが災いしたらしい。こうして、アークの調査が行われるまで、誰も気が付かなかったのだという。 「それでEゴーレム、識別名『紅紫(こうし)』は、人間を襲って、被害者の手足を奪い去っている。かなり危険度の高いエリューションだ。気を付けてくれ」 さらに、守生は端末を操作すると、スクリーンに地図を表示させる。人形師の家の近辺のものだ。 「Eゴーレムは、人形師の家を拠点にしている。夜中になると街中に出掛けて、人を襲いに行く。あんた達にはそこを迎え撃って欲しい」 既に増殖性革醒現象によって、他の人形も部下として従えているのだという。確実に倒して行きたい相手である。 ちなみに、安全が確保され次第、アークの処理班が向かう手はずになっている。現場の後片付けや、人形師の遺体の後始末について悩む必要は無い。 「説明はこんな所だ」 説明を終えた少年は、その鋭い瞳で睨むように、リベリスタ達に送り出しの声をかける。 「あんた達に任せる。無事に帰って来いよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月28日(日)22:39 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 月の光が部屋の中を照らす。 時刻は草木も眠る丑三つ時。 部屋の中には多くの日本人形が並べられている。なにやら太い棒のようなものも転がっているが、暗くてそれが何なのか判別することは難しい。どうやら、水のようなもので濡れているようではある。 人形達は木で作られた顔の造形は細やかで、いずれも人形とは思えない出来だ。 実際、この部屋を訪れたものがいれば、これらを人形とは思うまい。 何故なら、この人形達は蠢き、家を出ようとしているのだから。 夜の鬼にでも惑わされたか。あるいは、己を人と思い込んだか。 これは神秘のもたらした、狂った奇跡。 しかし、その光景は幻想的で、美しくすらあった。 ● 「うふふふふ、日本人形の怪談話ですねぇ」 やって来た館の前で『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)は楽しげな笑みを、人形のように整った口元に浮かべた。この度受けた依頼は、エリューション化した日本人形の討伐。まるでよくある怪談話ではないか。 「人の愛着や執念が覚醒現象を引き起して生まれたタイプのエリューションね。日本では確かツクモガミなどと呼ばれる類だったかしら?」 「大事にされたものに魂は宿る。彼らは製作者に相当大事にされたようだ」 『モンマルトルの白猫』セシル・クロード・カミュ(BNE004055)は、口元に指を当てて、自分の語彙の中から日本の妖怪の名前を引っ張り出す。たしかに、今回の敵を評するのに「付喪神」程ふさわしい表現はあるまい。 だが、『灼熱ビーチサイドバニーマニア』如月・達哉(BNE001662)は、応えた後で肩を竦める。 「付喪神の一種と考えることはできるが、製作者を大事に思うあまり祟り神と化したか……何ともやりきれない話だな」 「ふむ。亡き人形師……奴らにとっては父たる存在の為に動く人形か。健気な物だ」 返す言葉はロマンチストである『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)らしい言葉だ。しかし、それは彼の側面。 「いや、ただ単に父を理由にして殺戮をしたいだけなのかな? まぁいずれでも構わん。我らの役目は唯一つ」 この言葉と、その時浮かんだように見えた笑みは間違いなく、シビリズが戦闘を求めている戦闘狂であることの証明だろう。 その横で、ぽそっと零す『親不知』秋月・仁身(BNE004092)。 「日本人形ですかオヤジの家にも飾ってましたけど、あんまり好きじゃなかったですね。優しいんだか冷たいんだか、良く分からない顔をしてるのがどうも気に入らなくて」 彼の心中は若干複雑だ。アークに所属するリベリスタの息子でありながら、諸々の経緯でフィクサード組織に属していた少年としては、エリューションとその製作者の関係について思う所もあるのだろう。 一方、同じ年若いリベリスタでありながら、『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)の感想は真逆だ。その眼帯に覆われていない瞳から、館に向けられる視線は優しい。 「何処までも真っ直ぐだ。真っ直ぐだから、危うい。アイツの優しい想いがこれ以上誰かを傷つけるその前に、うち等で止めるっすよ」 その時、その瞳が細められる。 気配を察知したのだ。 それから程無くして、気配の主達はリベリスタ達の前に姿を現わす。 並ぶのは日本人形の群れ。しかし、その整った造形は、父のために健気に働く幼子のように見える。 リベリスタ達はほんの少しの間、目を奪われてしまった。 しかし、それもほんのわずかのこと。 『イエローナイト』百舌鳥・付喪(BNE002443)はグリモワールを開くと、金色の鎧がほのかに輝く。 「人形共、あんた達が好き勝手出来るのも今日で終わりだよ。せいぜい派手に華々しく、主人の下に送ってやるから覚悟しな」 付喪の言葉に対して、人形達に臆する様子は無い。むしろ、わざわざ獲物を探す手間が省けて喜んでいるようにも見える。 『赤錆烏』岩境・小烏(BNE002782)は悲しげにため息を漏らす。 (このままほっときゃ増殖性覚醒現象で死体が起き上がり、見事娘の念願は叶ったりしたのかもな) おそらく、小烏の推測する通りだろう。遠からず、歪に優しい「人形の家」は作られていたはずだ。しかし、その機会は失われてしまった。 『神の目』がその姿を捉えたから。 箱舟のリベリスタが、今日、ここに現れたから。 心によぎったわずかな迷いを打ち払い結界を展開すると、小烏はエリューションに向かって声を掛けた。 「よう、嬢ちゃん方。子どもの出歩く時間じゃねぇぞ、家に帰ったらどうだい」 ● 小烏の言葉に対して返ってきたのは、明白な敵意だった。 エリューション達はその髪を伸ばし、リベリスタ達から『部品』を奪うべく攻撃を開始してきたのだ。 しかし、その鋭い攻撃の中を掻い潜り――否、リベリスタ達に到達するよりも速く――二振りのナイフを手にフラウがエリューションの前に立つ。 「人形ってーのは、ホントに真っ直ぐっすね。うちも何度か連中と関わっているから、よく分かる。愛して欲しくて、愛したくて。ただ、主人を助けてあげたくて」 一瞬、時間が止まったかのように錯覚させる。 それは、直後の動きがあまりに速かったためだ。ものにもよるが、人間の神経伝達速度は毎秒70m。その値を超えれば、ヒトは反応出来なくなる。 常識を超えた速度で迫り来る髪の毛を切り払うフラウ。 実際、それなりに成長したエリューション。そう簡単にやらせてはくれない相手だと分かった。だからこそ、フラウは笑う。 「……で、食い止めておくのはイイっすけど、倒してしまってもイイっすよね?」 「それで良いさ。その方が他の嬢ちゃん達も、納得出来るだろ」 小烏は言葉を返しながら素早く印を結ぶと、周囲に更なる結界を構築する。 神秘の力から仲間を護る、守護の結界だ。 そして、その結界の中でエーデルワイスは銃を抜き放つ。 「撃って撃って撃ちまくりですねぇ、あははははははははは!」 抜き撃ちにも関わらず、正確な射撃で人形達を打ち抜いていくエーデルワイス。 これらの攻勢は、エリューションが先に攻撃を仕掛けたと言うのに、先手を取ったリベリスタが行ったものだ。それに数瞬遅れ、エリューションの攻撃がリベリスタ達を襲う。 精密さで言えば、リベリスタ達には劣る。だが、狙いは正確にリベリスタ達の四肢だ。 (人形が人の手足なんて集めて、一体どうするんだろうねえ。……まあ、主人が死んでるらしいから、大体想像は付くけどね) エリューションの髪の毛に切り裂かれながら、付喪は内心思う。さすがに、これ程相手の数が勝っているとあっては、こちらも無傷と言う訳に行くまい。だったら、一刻も早く戦いを終わらせる。 「これ以上無駄な犠牲が出る前に、この人形共を止めるよ」 付喪の言葉と共に、召喚された炎がエリューションめがけて降り注ぐ。 そして、炎に捲かれたエリューション達がその場を去ろうとした所へ、達哉の放った気糸が襲い来る。 しかし、その攻撃は苛烈な一方でどこか優しい。 人形達を作った者への敬意を示しているのだろう。気糸は余計な個所を破壊しないような動きをしている。この優しさは、彼の悪い所であるが、美点でもある。アークがロボットのような兵士だけを求める組織であったなら、ただの欠点である。しかし、仲間同士で補い合えれば、美点へと変わる。 「達哉さんが相手の動きを抑えています。今の内に!」 『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)の言葉は極めて的確だ。家に帰れば子煩悩な父親でしかないが、いざ戦いの場ともなればアークでも屈指の指揮官となるのが京一である。 その言葉に従って、セシルは小型の魔力銃で的確にエリューションを撃ち落していく。 動かなくなるエリューションを見ながら、彼女の頭を過去にいた戦場の景色が過る。 (至れり尽くせりな環境よね。向こうにいた頃は考えられなかったわ) セシルがフランスで戦っていた頃には、このような戦いは考えられなかった。安全な本拠地、装備の強化や自己鍛錬に事欠かない充実した施設、フォーチュナによるサポート、事後の処理班、エトセトラ、エトセトラ。お陰で彼女としてはリラックスして戦うことが出来る。 「お父さんはもう壊れてるんですよ? 人形なら人形らしくじっと大人しくしてくださいよ」 一方、似たような経緯を辿って来ながら、仁身の表情に余裕は無い。 戦闘経験も1つの理由に数えることは出来るかも知れない。しかし、弓矢で人形を攻め立てながら、彼自身が何かに攻め立てられている、そんな印象を受ける。 (それにしても人形ですら親孝行するとか、そんなに大切なもんですかね?) 世話してくれた「オヤジ」はいたが、実際の肉親との関係に恵まれなかった少年。だからこそ、めくらめっぽう無茶苦茶に矢を放ち、滅茶苦茶に壊そうとする。 しかし、そんな戦い方が災いしたのか、隙を突かれエリューションの呪殺の髪に切り裂かれる。 そして、仁身を攻撃したエリューションはシビリズの力任せに振り回された槍で、無残に叩き潰される。 「厄介だな、数が多いというのは」 前線で相手と切り結ぶのに向いたリベリスタよりも、支援を得意とするリベリスタが多い戦場だ。シビリズ1人で守り切れるものではない。 しかし、だからこそシビリズはエリューション達に向かって、雄々しく槍を向ける。 「人形よ。案ずるが良い、我が槍にてしかと撃ち砕こう」 ● 戦局は大勢を見ると、リベリスタ優勢で進んだ。 戦闘のセンスが高い訳でも無く、自分よりも強い相手と戦った経験の無いエリューションである。連携した戦術を取ることも無く、大人数を行動不能に陥れる乱れ髪はフラウによって封じられてしまったからだ。 しかし、決して楽を出来る相手でもない。個々の攻撃力は決して低いものではなく、それが有利不利を深く考えず、勝手気ままに攻撃を仕掛けてくるのだ。リベリスタ側の被害をコントロールするのは、困難と言えよう。 ズバッ 派手に血が飛ぶ。 呪殺の髪によって、エーデルワイスが切り裂かれたのだ。 そのまま、大地に倒れ伏し、エリューションは四肢を切り落とそうと距離を詰める。 しかし、それはエリューションの油断だった。 「あははははははははは!」 嗤い声と共にエーデルワイスは立ち上がると、ノコノコ近づいてきたエリューションに向けて銃を構える。 「貴方達のやり方では人形師さんは治りませんよー。直すにはE・アンデッドとかにしなきゃダメですよねー、うふふふふ」 ぱんっ 乾いた音が響くと、今度倒れたのはエリューションの方だった。しかし、運命の加護を持たないエリューションが立ち上がることは無かった。 「こういった手合いの相手の気持ちはよくわからないわね」 セシルは淡々と引き金を引く。物欲が強い彼女ではあるが、特定の何かに対して執着することは、基本無い。と、その時、彼女の表情にどこか自嘲的な微笑みが浮かんだ。 (こんな骨董品じみたガラクタを、私はいつまで未練がましく後生大事に持っているのでしょうね) 一瞬、彼女が目をやったのは手の中にあるもう1つの武器。亡くなった恋人の形見だ。 自分も人形の主と同じなのかもしれない。と言うことは、自分が死んだら、これも動き出してくれるのだろうか。その姿は、あまりにもあり得なくて、魅惑的なものだ。 次第に数を減らしていくエリューション。 地面には壊された人形の残骸が転がって行く。最低限の破壊で済まされているものから、完膚なきまでに破壊されているものまで様々だ。 そんな「姉妹」達の姿に怒り狂ったのだろうか。 「紅紫」と名付けられたエリューションの髪が大きく広がる。人形の本体にそぐわない量の髪の毛は、戦場を覆うようにしてリベリスタ達に襲い掛かる。 「お父さんが大好きってのはよく分かりましたから!」 吐き捨てるように仁身が叫ぶ。 仲間を庇って、彼の身体は傷だらけだ。 「棺桶はお父さんと同じものに入れてあげるから、それで何とか手を打ってもらえませんかね?」 不機嫌そうに自分を縛る糸を振りほどく仁身。こんなもので縛られていられるか。 「親孝行なのは結構な事さ、だが嬢ちゃん達の親父さんはそれじゃ治らんぞ」 それと対照的に、小烏は柔らかく語りかける。 優しく、それでいて厳しく。 「あの親父さんは抜け殻なんだよ。中身は他所へ行っちまった、連れ戻す方法は無ぇ」 だが、一緒にいることは出来る。自分に出来ることは送り出してやることだ。 その強い意志の光が戦場を駆け廻ると、リベリスタ達を束縛する糸は消え失せていた。 代わりに気糸がエリューションへと襲い掛かる。『無何有』ジョン・ドー(BNE002836)のものだ。 「人形師の死を理解できなかったばかりにこのようなことになったのでしょう。破壊はやむ得ないところ」 気糸に貫かれて、倒れて行くエリューション達。残すは最初のエリューションである「紅紫」だけだ。 「人形よ。貴様らは化物と成り果てたのだ……土に還るが良い」 シビリズの手の中の槍が清冽な光を放つ。 シビリズ自身の傷は深い。しかし、彼の顔に恐怖は無い。むしろ、目の前の相手が自分の力を引き出してくれた喜びだけがある。 エリューションはと言うと、その圧倒的な闘気に恐怖を感じて後ずさる。しかし、何かを決意したように髪で縛り上げようとする。 しかし、それは叶わない。 「大体、幾らパーツを集めたって人間が生き返ったりはしないんだよ。どうせ失敗したって、このパーツは合わなかったとしか思ってないんだろう? 人間と人形は違うんだよ、この馬鹿人形共が!」 付喪の手から放たれた魔力の弾丸が、エリューションの身体を穿つ。 「そんな事も分からない、疑問にも思わないあんた等の……その無知さが私には許せないね」 声を荒げる付喪。しかし、どこかに幼子を叱るような優しさがある。 「形あるもの、いつかは壊れる。君らは壊れた部品を取り換えれば終わりだが人間はそうはいかないんだよ。会いたい気持ちは分かる。だが君らを作った人はそれを望んだかい?」 達哉は既にエリューションの攻撃パターンを解析し切っていた。その分析の元、攻撃を繰り出し、防御を行う。そこに感情を込める必要は無い。 そんな彼の胸に去来するのは、失った恋人の姿。 エリューション達の気持ちは痛いほどよく分かる。だが、負けられない理由があるのだ。 「どうしたっすか? アンタの望む部品ならココにあるっすよ」 エリューションの前で、挑発的な言葉を吐きながら舞うようにして跳ね回るフラウ。 最速から繰り出される刃は既に真っ当に見切れるものではない。 「まっ、うちを絡め取れないようなら、大事なお父様を直すのは夢のまた夢っすけどね?」 エリューションの腕が飛ぶ。 だが、エリューションの動きには支障は無い。最後にせめて、目の前にいるものの「部品」を奪おうとエリューションは髪を伸ばす。しかし、フラウの動きは止まることは無かった。 「残念、まだ終わらないんすよね、コレが。バイバイっすよ、紅紫」 二振りのナイフが綺麗にバツの字を描く。 そして、エリューションは、動かぬ人形へと戻るのであった。 ● リベリスタ達の戦いから数日後、ニュースではとある人形師の死が報じられた。 「老人の孤独死」と言う扱いだ。 実際、葬儀もわずかな関係者だけが集まり、簡素に執り行われた。 しかし、その墓標は決して孤独なものではなく、横に小さな人形を供養するための壇が置かれていた。 多くの人はその意味を知らないだろう。人形師を知るわずかな人間も、「あぁ、人形師だからか」と思い、いつの日かそのことすら忘れてしまうだろう。 しかし、リベリスタだけは、その意味を知っている。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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