●夢、または夢 うるさい。 おとうさんが何か怒鳴っている。 またつまらないことで怒ってるんだろう。 床に転がりながら、ぼんやりとした頭でその言葉を理解しようと試みる。 おとうさんはお酒を切らしたらしく、わたしに持って来いと怒鳴っているようだ。 おかあさんはまだ帰って来ていない。 でも、いてもいなくても同じだと思う。 いたらいたで、おとうさんと一緒になってわたしを詰るだろう。 おかあさんは優しかったのに。おとうさんが家にやって来てから変わってしまった。 わたしがそんなことを思っているうちに、おとうさんの声がどんどん大きくなっていく。 たぶん言うことを聞かないと収まらないだろう。 ……でも、全身に力を入れても起き上がれない。もうわたしにはそんな力すらも残っていないようだ。 わけのわからない言葉をわめきちらしながら、お父さんがずかずかとわたしの方へやって来る。 またたたかれるかな。いやだなあ。 そんなことを思っていると、突然目の前が真っ暗になった。 次に目を開けたのは、あたたかな日差しで満ちた中。 わたしを蝕む罵声と痛みは、もうそこには存在しなかった。 かわりに存在するのは、お酒のにおいとは違うくさったお肉みたいなにおい。 ある日から、おとうさんもおかあさんも静かになった。 かわりにどんどん腐っていって、形は少しずつ崩れていく。 でも、そんなものはどうだってよかった。 わたしをなぐるおとうさんや、ひどい言葉で怒鳴りつけるおかあさんも。 ここにはもう、存在しない。 わたしはおとうさんもおかあさんも好きでありたかった。二人と静かに過ごしたいと常にねがっていた。 その願望は、ようやく叶ったんだ。 ああ。なんて幸せ。 そんなことを思いつつ、わたしは再び目を閉じた。 ● 「……だけど、その幸せは偽りでしかない」 ブリーフィングルームの一室。『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は少し間を置き、閉じた目を開いて言った。 「佐伯みどり、10歳。恒常的に両親から暴力を受けていたみたい。食べ物も殆ど与えられず、相当衰弱していたの。このままだと……本来なら、死ぬのを待つしかなかった」 リベリスタは一瞬言葉に詰まる。 本来ならば消える筈の命。そこから導き出されるのは、一つしかない訳で。 「そこで革醒して、生き長らえたのか」 「そう。……でも、彼女は運命の加護を得ることが出来なかった。自らが化け物に突然変異したなんて知らないままで。最初は両親の虐待から逃れようと声を上げたんでしょうね」 しかし、人あらざる者と化した彼女の声は凶器になった。そして両親はE・アンデッドとなり、今も彼女の傍に居続けている。 「相手はノーフェイス、フェーズ2まで進行しているわ。主に麻痺や毒を伴う声を使っての全体攻撃と、他者回復を行うみたい。E・アンデッドの父親は酒瓶、母親は包丁を持っている。彼女を護ろうとして立ち回るみたいね」 今はまだ、少女は幸せに浸っているのみ。 しかしそれは彼女の住むアパートの一室に誰も訪れていないからであって、放っておけば異臭に気付いた人間が侵入する可能性は充分にある。 そして、少女は自らの築いた幸せを邪魔されることは……おそらく許さないだろう。 それ以前に、知らずとはいえ人を二人手にかけている。 「戦闘場所はアパートの一室、広さは八畳一間といったところ。散らかってるから足場には注意した方がいいかもね。みんなが侵入するのは、アパートには殆ど人気がない時間帯だから」 だから、その間に。 イヴは真摯な目でリベリスタの方をじっと見据えて、言った。 「どうか、彼女を止めて。偽物の楽園を、終わらせて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:裃うさ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月26日(金)23:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●届かない、戻れない 今日はおかあさんが夕方に帰ってきた。 いつもは夜遅くなんだけど、今日は早くに都合がついたみたい。 うれしいな。 わたしが夕ごはんのじゅんびをしていると、おかあさんはいい生活をさせられなくてごめんねって謝った。 でも、わたしは全然かまわないよ。 いつまでも一緒でいられたらいいのになあ。 それだけで、わたしは幸せなんだから。 ● 時刻は太陽がちょうど真ん中に差し掛かる頃。 肌寒くなってきたとはいえ、まだこの時間帯は暖かい。アパートの窓から漏れる陽光は、和やかに穏やかな日常を演出する一要素となった。 しかし、それにも拘わらず。 階段を昇る八人のリベリスタの足取りは重たく、不自然な程静まり返っていた。 「……酷い話だ」 静寂の中、先頭を歩く『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)が漏らす。表情こそ何時もと変わりはないが、絞り出すように呟いた一言は重い。 「うん、本当に」 うさぎの後を紡ぐようにぽつりと、『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)が口を開く。 「こんな事になる前に、助けてあげなきゃだったんだよ」 普段の明るい表情は鳴りを潜め。俯きがちに放った彼女の言葉に、数人が眉を顰める。 親が子供を死の直前まで虐め抜く。本来誰かに発見されたなら、即警察が出動する程の事件である。 しかし、今回は色々な面で運が悪かった。最悪にまで発展した出来事は、その最悪の先を越えてしまう。 「子供を可愛がれない奴なんて、最低でござる」 『自称・雷音の夫』鬼蔭・虎鐵(BNE000034)は、白き翼の少女を重ね合わせてか。もしかしたら自分も同じ道を辿るかもしれない、という考えを浮かばせつつもそれを打ち消す様にかぶりを振った。 「まあ、そんな事はいいでござる。今は、無慈悲に刃を振るうだけでござる」 「……そうだね。嘘で塗り固められた世界を、終わらせなきゃ」 そう、無慈悲に。運命は人を選ばない。だが、「そうなってしまった」者は塵に帰すしか道はない。 「いや、アイツにとっては本物だったんだろうよ」 『断魔剣』御堂・霧也(BNE003822)は自身の終焉が間近に迫る事を知らず、未だ幸せの中眠る少女を思う。慎ましくも長い時間をかけて作り上げた幸せを打ち壊され。漸くやっと手に入れた幸せを否定なんて、できない。 でも、そのかわりに。 「終わるなら幸せな夢のまま。俺があの世に送ってやる」 「まあ、そんな事はそれなりによくあるのよ。表社会でも裏社会でもね」 咥えていた煙草を口から離し、『モンマルトルの白猫』セシル・クロード・カミュ(BNE004055)は淡々と告げる。元は傭兵であったが故に多く経験を積んでいる彼女にとって、この様な話は珍しくない。 「ああ、確かによくある事だ」 こういった輩は世の中に溢れん限り存在する、と『住所不定』斎藤・和人(BNE004070)は途中でセシルに煙草の火を貰いつつも苦笑した。 「……ただ、嬢ちゃんには罪はねえ。罪はねえんだが……こうなった以上は、な」 もしもこれが生きた人間なら。すぐに保護し、両親を警察に突き出す事が出来ただろう。 しかし少女はもう、ヒトではない。 『必要悪』ヤマ・ヤガ(BNE003943)はその言葉に応えるか否か。 「こんな時にやらんとして何が必要悪か。ヤマは自分の仕事、果たさせて貰うで」 リベリスタとして成すべき事は一つだけ。 そのために、彼らはこのアパートに訪れたのだ。 「見つけた。佐伯さん、此処ですね」 一同は「佐伯」と書かれた表札のある部屋の前に立ち止まり、人払いの結界を辺り一面に貼り詰める。 そして、うさぎがインターフォンにに手をかけた。 ●おしまいのはじまり やわらかい日差しのもとで、わたしは目を開けた。 すぐそばには、おとうさんとおかあさんがいる。 にぶい声をあげてゆっくり動いているだけだけど。 わたしはたぶん、それが生きてるってことじゃないって気づいてるのかもしれない。 だけど、それでもよかった。 こんな日がずっと、続けばいい。 そう思って目を閉じようとしたその時。 ずっと鳴らなかった、ベルの音がした。 ● 「え……えっと、だれ……ですか」 「こんにちは、メーターの点検に来た者なんですが」 少女――佐伯・みどりは、訝しげにドアから顔を覗いた。その時開きかかったドアから見えたのは、うさぎの一点として自身を捕らえて離さない双眸だった。 「へ? メーター……え……?」 みどりはきょとんと目を丸くする。 一般的な女子小学生にメーターの点検といってもピンと来ない。そもそもあの両親だ。きちんと部屋のメンテナンスは施されていない様だったので、おそらく目にした事はなかっただろう。だから、突然の訪問者に対して一瞬だが隙を見せてしまった。 ……しかしリベリスタ達は、その一瞬の隙すら見逃さない。 「え!? ……な、なんですか!? 入って来ないでください!!」 「悪いな、点検し終わったらすぐ帰るから」 僅かに開いたドアはうさぎによって一気に開かれる。そしてみどりが怯んだ隙に、ぞろぞろとリベリスタ達が雪崩込む様に入室していった。 どうしよう。おとうさんとおかあさんが見られてしまったら。 「……うわ、やっぱりこの匂いには慣れねえな」 一面に漂う腐臭に和人は顔を顰める。誰かに発見される前に自分達が訪れた事は、正解だっただろう。 「まあ、なんてお気の毒」 がちゃり。 最後に入った六鳥・ゆき(BNE004056)が、後ろ手に部屋の鍵を閉めた。 部屋へと入室して来たのはバラバラの年齢差や服装に、武器らしき物を携えている者もいる。……ここまで来たら、「ガスメーターの点検」とは、流石の小学生でも思う訳にはいかないだろう。 「……い、いや」 急に部屋に押し入った異訪者に対し、みどりは警戒する様に後方へと退がる。 その動きと同時に、押入れの隅からは中身のない酒瓶を持った父親が。 キッチンからは包丁を抜き取った母親が。 じわりと間合いを詰め、近づいて来る。 この二体の屍は人間として生命を終えて一週間近く経過していたらしく、至る箇所で腐敗が進行している。 「人の身であれば、幸せなお人形遊びぐらいは許されたのでしょうが。……こうなってしまっては、仕方ありませんね」 ああ、なんて可哀想。ゆきはこの幸せな世界と住人を慈しむ様に、憐れむ様に。柔和な笑顔を更に咲かせた。 「すいません、一つ嘘をついてました」 そして追い打ちをかける様に。うさぎが壁に追い詰められたみどりの方へと歩みを進める。 「……本当は、あなたの幸せを壊しに来ました」 「え……それ、どういう」 「そのままの意味です」 みどりの言葉が終わらないうちに。うさぎはタンブリン状に連ねられた刃をちゃきりと鳴らすと、彼女に向かい突き出した。 「……おかあ、さん!」 悲痛な面持ちで叫ぶ少女の前で、かつて母親だったものが彼女を護る様に立ち塞がる。攻撃は僅かに逸れたが、少女はうさぎが自らの母親に刃を向けた事を確りと視認していた。 そして驚きに目を見開いた後、じわりじわりと恐怖や憎しみに変化していき。 みどりはやがて、大きく口を開いた。 「……気を付けて。初手から来るわ!」 「あっ……あ、……っぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!」 予兆を察したセシルが叫ぶと、直後に部屋全体に絶叫が響き渡る。それは、はっきりとした拒絶と怒りの意を示していた。まだあどけない少女から発するとは思えない壮絶な声は、リベリスタ勢の脅威となる事は充分で。 ずしん、と地面に足が縫い付かれたかの様に体が重くなる。その声で、ウェスティア、霧也、ヤマ、セシル、ゆきが身動きを封じられた。 「一気に半分以上が掛かったでござるか」 「これは……まずいですね」 辛うじて攻撃を避けられた虎鐵とうさぎが冷や汗を流す。このままだと、一気に形勢不利へと縺れ込んでしまうだろう。 「……クソ。本当なら両親纏めてぶん殴りたかった所だけどな」 本来ならば和人にも声の攻撃が及ぶ筈だった。しかしその分を霧也が全身を呈して受け止めたので、和人には尚己の持ち得る役目をこなす必要があって。 「こうなってしまった以上、仕方ねえ!」 すぐさまに邪気を払う光を呼び起こす。神々しい光の帯は仲間たちを包み込み、ウェスティア、霧也、ヤマ、セシルの身を軽くさせる事に成功した。 「本当は庇う相手がオッサンなんて気に乗らなかったがよ」 「うるせえ」 軽口を叩きつつもそこにあるのは信頼感。庇われた事に、再度自由を貰った事に感謝し、二人は迎撃の体勢をとる。するべき事は、やられた分以上を向こうに返すのみだ。 「みんな! 倒れないで頑張ってっ」 回復手の要であるゆきが未だ痺れから解放されない為、ウェスティアによって癒しの風が施される。これによってみどりの攻撃で負った傷が塞がれていく。 「そっちの方からは当たらないでござるよ?」 虎鐵は母親の攻撃が後ろの方へ及ばなくさせる為、母親の攻撃を引き付ける様に動く。包丁からの刺撃を後退して素早く避け、自身の電撃を帯びた大太刀を母親へと強かに叩きつけた。 「おかあさん、元気だして!」 対するみどりも自らの声を癒しに使い、母親の傷を癒す。が、リベリスタが予めから定めていた最初の討伐対象は彼女である。回避を試みるも母親はうさぎの突きを避けられず、更に和人とセシルの銃撃が襲う。蓄積された傷は、最早一度の回復程度では補い切れない。 そして、みどりがリベリスタに向かい攻撃を仕向ける為に口を開こうとする際に。 「お前の母が傷ついているぞ。応援せねば倒れてしまうではないか?」 「……!」 ヤマの一言にみどりがはっとした様に口を噤む。 そして、更に追い打ちをかける様にうさぎが畳み掛けた。 「ね、もうそろそろ死んじゃいそうですよ」 「や……そんなのいや! おかあさん、元気だして、おかあさん……っ!」 みどりの顔がみるみるうちに蒼白に変わる。そし呼びかけつつ回復を試みるも、母親の傷が塞がる兆しが一向に見えないままだ。 ノーフェイスと化してからはみどりは一度も家から出ていない。故に、癒しの力を無効化させる方法があるという事、且つそれを自らの母親が既に受けていた事を彼女は知らなかった。 ……要するに、みどりは知らずの内にリベリスタの仕掛けた罠に綺麗に嵌っていたという事だ。 「おかあさん! ……やだ、おかあさん……っ!」 元気出して、元気出してと何度も呼びかけるも傷は治らず、むしろ次々に蓄積されていく。そこに、ただみどりの悲痛な声の大きさが増すのみ。 そして。 和人の射撃が母親の頭を正確に打ち抜き、その衝撃で膝から崩れ落ちた。 「……おかあさん!? どうしたの、おかあさん! 立って、ねえ、動いてよ……!!」 必死に呼びかけを続けるが、母親はもう動かない。今度こそ確実に、やっと彼女は本当の死を迎えたのだ。 しかしリベリスタの攻撃は休まない。彼らの次の討伐対象は父親だ。高い体力と防御力で抑え込まれているとはいえ、霧也やヤマの攻撃に既に巻き込まれている為にその体に負った傷は軽くなかった。 「お、おとうさん! やだ、負けちゃいや!! 元気だして、ケガしないで!!」 しかし、母親を倒した一因である禁癒の呪いは彼にもまた付与しており。それが解けない限り、みどりの叫びには最早何の意味を成さない。 「あら、まだ気付かないなんて。……本当に、お可哀想」 全身を覆う痺れから回復したゆきの憐れむ言葉も、今のみどりには焦燥感を煽る一因にしかなくて。 少女は涙に濡れた顔で父を呼び、叫び続ける。何も知らないまま。 そして、嗚呼。 この父子が人間として在った時に叶っていれば良かったものを。 「おとう……さん」 ウェスティアによる血液の濁流からみどりを庇い、父親は地に倒れ伏した。母親と同様、一度在った事に二度目は存在しなく。彼の体もまた、もう起き上がる事はない。 「おとうさん、起きて。ねえ、起きてよ。おとうさん……おとう、さん」 「……気をつけろ、また来るぞ!」 みどりは立ち上がらない父親を必死に呼び続ける。しかし願いは叶わず、父親は倒れたままで。 幸せな世界は、終わった。 「…………ぁぁぁぁああああああああああああああ!!」 この、ただ一人だけが残された世界。絶望に溢れた声は、和人を庇う為に飛び出した霧也とウェスティアの身体を縛る。しかし両親が倒れた以上、標的はただ一つ。 リベリスタの猛勢はもう、止まらない。 「……く……ッ、一度喰らったとはいえ、やっぱキツいな……!」 「…………でも、耐えられない位じゃ、ないよっ!」 霧也とウェスティアは地面に足を踏ん張り、呪いを振り払う事に集中する。いつまでも仲間を助けられないまま、相手を放って置く訳にはいられない。己の力で痺れと毒を打ち消した二人はその手で黒き瘴気を、血液の鎖をみどりに流し込む。 「……どうして、なんで……っ。わた、しは、幸せに、なりたかっただけ、なのに…………!」 息も絶え絶えに苦痛の中、絞り出される様に発せられるのはやはり、潰えた幸せを想う言葉。その事に全く心が痛まない訳ではない。 だが、しかし。 「ああ、わかってる。こんなガキを泣かすなんて最低野郎だって事がよ」 「……なら、何でよ!? なんでこんな、ひどいことを」 リベリスタが休まず全身に傷を刻み付ける行為を、みどりは全く理解出来ない。ただ苦しげに、自身に起こる不条理を叫び訴える。 「だけど、悪いな。この剣を離す訳にはいかねーんだよ。俺の選んだ道だから、な」 「いたい、いたい、よ。……おとうさん、おかあさん…………おかあ、さん」 「おぬしは不幸だっただけでござる。その不幸、拙者が断ち切ってやるでござる」 虎鐡が振るった一閃は、みどりの命を確実に削る。少女は僅かな残力を振り絞り両親を呼ぶが、もう護ってくれる彼らはそこには存在しない。 終わりの瞬間は、すぐそこまで来ていた。 「せめて、恨んでください」 うさぎの刃は強かにみどりを貫き、刻印を残す。それは散り逝く少女への惜別の意だろうか。 「……ねえ、わたし、何がしたかったの、かな。……幸せって、なんで、思ったん、だろ」 少女の命が確実に薄らいでいく中、やっと自身の命を諦めたのか、それとも彼等の気持ちを汲む事が出来たのか。みどりは目の前のうさぎに力なく、しかし確実に微笑んで。 「…………もう、わからないよ」 そして目を閉じ、永遠の夢の中へ。 ――おやすみなさい。 ●世界の終わりの向こう側 「……どうか、良い夢を」 みどりは、傍目から見れば眠っている様な顔に見える。そんな彼女の姿を見て、ゆきはひと時目を閉じた。 「さ、終わった事ですし。さっさと撤退しましょうか」 少女を見届けたうさぎは周りに呼びかける。辺りに結界を張っているとはいえいつ効果が薄まるかはわからない。仕事を完遂すると早々にその場を後にする事に限る。 「ああ、そやな」 慰めの言葉は、他の人間が掛ければいい。そう思いヤマは先に部屋を後にする。 施錠されないまま放置されるこの部屋は、然程時間も掛からず何れ誰かに発見される筈だ。その時この家族は、不幸な殺人事件として処理されるだろう。 「居た堪れねえな、どうも」 「まあ、ワイドショーなんかに哀れな虐待児として報道されるよりはマシでしょう」 良かったわね。表向き幸せな家族として死ねて。 和人は心残りがある様に頭を掻き、セシルはポケットの煙草を探しつつ。三体の屍から背を向けると、ヤマの後を追う様に部屋を出た。 「……拙者も、娘も。下手をしたらあんな風になっていたのかもしれないでござるな」 せめて今在る姿を大切に。虎鐡は自身の養女の笑顔を頭に浮かばせつつも、思う。 「それじゃーな、ミドリ」 「……せめて、あっちでは幸せにね」 少女の物言わぬ屍体を一瞥し、去り際に霧也とウェスティアが声を掛ける。ただ幸せを求め続けた少女に次の世界があるのならば、きっと幸せになって欲しい。密やかに痛む心をぎゅっと抑えて、彼らもまた部屋を出て行った。 「静けさだけは、返します」 次々と仲間が部屋を後にする中、うさぎもまたドアに手をかけた。そして表情を変えぬまま、静けさを望んだ少女を思い。果てしなく吐き捨てに近い言葉で呟いた。 「……畜生め」 リベリスタ達がいなくなった部屋の中。 そこにはおとうさんと、おかあさんと、女の子の三人だけが寄り添う様に残される。 それは永久の存在ではないかも知れないが、仲の良い家族の様に……眠っていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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