● ダンディドーナツという店がある――と、改めて言うほどのこともないかもしれない。 つまりはそれだけ知られたドーナッツの店である。 いいことありそうなお店なのだ。 全国展開するチェーン店ではあるが、近年の不景気もあってか、新たな事業展開を計画していた。ところでそのチェーンの中で、今年のホワイトデーに一日でその店の全グッズが交換されるほどの驚異的な売上を叩きだした店があり――新展開のモデル店舗にその店が選ばれたことに、何の疑問があるだろうか? ● 「ドッグカフェよ!」 ああもう出落ちだ。 本当に出落ちだと頭を抱えるリベリスタの前で、『深謀浅慮』梅子・エインズワース(nBNE000013)がチラシ片手にどや顔している。 「ダンディドーナツが、いままでの店の向かいにドッグカフェをオープンしたのだわ。 ドッグ、って言ってはいるけど、他のお客の迷惑にならないのであれば、動物の種類は問わないみたい」 無理やり押し付けられたチラシに載っているは、木の柱の茶色と、土壁に似たオレンジ色が穏やかさを醸し出すオサレ感溢れる写真である。こういった店の常で、動物用のメニューの他に、人間用のメニューもちゃんとあるらしい。ドーナツチェーンだからドーナツだけかとおもいきやこちらは喫茶的な展開をする気らしく、ケーキの類も用意されているようだ。もっとも、一番豊富なのはやはりドーナツなのだが。 「で。梅子はそれをどうする気なんだ」 「プラム。ドッグカフェよ? 犬や猫と触れ合うに決まってるじゃない!」 さらりと訂正(?)しつつ、楽しそうにそう言う梅子。 一方のリベリスタはというと、動物と戯れる梅子という微妙に想像しづらい絵面に考えこむ。 「この間オープンしたばかりだって桃子に教えてもらったのだわ。さあて、行くのだわ!」 鼻歌まじりに歩き出す梅子の、その背を見送ったリベリスタが、あ、と小さく声を上げる。 背中に、『うめこもうすぐ誕生日!』と書かれた紙が貼り付けてあったのだ。 紙の端に桃のマークが書かれたそのイタズラが誰の仕業なのかは――まあ、深くは考えるまい。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月27日(土)20:05 |
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● 広く取られた店内のそこかしこに、長めのリードにつながれた犬や、来客の姿に目を向ける猫の姿がある。それを見渡し、那雪が呟く。 「ドッグカフェ……もふもふ可愛いの。小さな子も大きい子も可愛い……」 腰をかがめ、手を伸ばすと興味深そうな表情で犬たちが数匹、その指先を嗅ぎに来る。 顎の辺りを撫でてやると、嬉しそうに目を細め、その手に擦り寄るように体重をかけてくる犬。 何やらうずうず、とした表情を浮かべたベルカが、そのあたりにあった犬用の、ゴム製の骨を手にとった。 「よし! そこな黒柴! 取ってこーい……じゃない、「取りにいくぞー!」遊びだ!」 呼んだ? と首を傾げた黒柴が、うりゃ、と軽く投げられた骨を急いで取りに走る――横で、ベルカが一緒にその骨に飛びつき、驚いた顔をした後、何か楽しそうだと思ったのか、ベルカに飛びついた。 「わーいわーい! いい子だぞー! ふふふふ……この精悍なんだかすっとぼけてるんだかって顔がたまらんな……」 やたら嬉しそうに黒柴をわしゃわしゃする、ベルカ。 「あ! 同志プラムだ! おたんじょうびおめでとー♪」 「……犬同士がじゃれあっているのだわ」 ベルカが抱え上げた黒柴の片手を捕まえて振らせる。その様子を見ていた梅子がしみじみと頷いた。 エリスが、そのさまをぱちりとデジカメで撮影している。 「梅子は……犬と……遊ぶ……より……犬に……遊ばれて……いそう……」 エリスの予想は概ね正解である。 ひどく上機嫌で電波っぽい鼻歌を歌っていた――元がわかる替え歌なので詳細は省かせていただきたい――瞑が、梅子を発見して目を輝かせた。 「かわいいわー梅子ちゃん、ほらもふもふしてもいい? いいねえ梅子ちゃん綺麗だよ一日一回は梅子ちゃんを撫でないと気がすまないわ」 「ちょ、許可してないのだわ、やめ、やぁんっ!?」 「梅子ちゃん素敵だよ梅子ちゃん梅子ちゃん梅子ちゃん梅子ちゃーーーーーん!」 「ひゃあぁあ!! そこダメー!!?」 悶える梅子と、ハスハスしている瞑。 数時間後、誰かさんの制裁により腹を抱えてうずくまる瞑の未来を我々はまだ知らないのであった、まる。 「ドッグカフェか。前に猫まみれにならなった事あるが、犬まみれにはまだなってねぇな」 葛木 猛のその呟きが、周囲から羨望の眼差しを誘い出す。 「上沢も焔も、二人とも結構動物好きっぽいよな」 「こういう場所って楽しくて良いんだよな。あぁ、俺は基本的に動物は好きだぜ」 「犬を集めたカフェ等酔狂な。まぁ和まなくないわけではないがな」 そう言って猛が話しかけた二人――翔太と優希――の反応は、ある程度予想通り。 学生服の3人の、ひとりは満面の笑み、ひとりはいつもと同じ顔で、もうひとりは犬を直視せずに、しかしよく見ればチラ見しつつ口元がちょっと綻びている。 「二人はどんな犬が好きなんだ? 俺はどちらかと言うと大きいほうかな、昔雑種だが実家に居たというのもあるけど、散歩を良くしていたよ」 足元に挨拶に来たパグ――パグは実に人間好きな犬種なのだ。空気を読まない傾向が強いが――を見て、翔太がそんなことを言い出す。 「大型犬とじゃれ合うのは楽しいものよな。 しかし小型犬が強がる姿を見るのも捨てがたい。なかなか好きな犬を選ぶのは難しいものであるな」 即答した優希に、猛と翔太の温かい目が注がれる。――生暖かく見えなくもないが、きっと気のせいだ。 「そうだ。全員で犬とかだっこして写真とって貰わねえ? 記念にもなるしさ。駄目か?」 「お、いいなそれ。頼んでみようぜ、俺はコイツにするかな」 パグを抱え上げ、翔太が猛の提案に賛同した。 「し、写真を撮る? 犬とかだっこして、だと? 錯乱したか猛!! 翔太、お前もだ!」 優希の声が裏返るも、二人は勿論その言葉の真意をわかっている。 「よーしよし、来い来い来い、チワーワ」 手近なところにいたチワワに声をかけて、猛も犬を抱え上げる。 プライドと愛情の間で揺れていた優希の正面に、柴がおすわりした。――プライド高い犬種である。 さあ、俺を抱き上げろ。 その目はまっすぐに、優希にそう語りかけていた。 「ん……写真は……任せて……」 エリスがデジカメを構える。フレームの中に制服姿の3人が収まった。 パグの頭を撫でて、本人に聞いても気のせいさ、とか答えそうな笑顔を浮かべる翔太。 真ん中には複雑な、強張った笑みを浮かべながらもどや顔柴の脇の下に手を回して抱える優希。 チワワを抱えて、優希の表情に笑いをこらえる猛。 うん、と虚空に頷いたそあらの犬耳が、ぴく、とはねあがる。 「将来さおりんとペットとして飼うならどういうわんこがいいかリサーチなのです。 けして楽しんでもふもふしに来たわけではないのです。……あ、ゴールデン!」 のそっと近づいてきた犬世界のもふもふ代表的な存在、ブラウン種のゴールデンレトリバーが、そあらのお腹に鼻を押し付けてくる。その耳の後ろをわしわしするそあらに、犬はさらに機嫌を良くしたようだった。 「よしよし、かわいいのです。かわい……はぅ! 襲いかかってきたです!」 ゴキゲンの犬がそあらの顔を舐めようと伸び上がり、突然のことにそあらは体勢を崩したのだ。 「……ゴールデンは危険なのです。ここは安全に小型犬にするのです。 あ、Mダックスなのです。可愛いくて耳があたしにそっくりなのです」 楽しそうだと思ったのかてちてちと走り寄ってきた小さくも長い犬を抱えて、そあらは想像に浸る。 「さおりんもきっとあたしに似てるって喜んで可愛がって…………。 ……なんだかむぅっとするのでMダックスも却下なのです。将来の為に色々考えるのは難しいのです」 わんこにさえ嫉妬するおとめごころ。 「うちのフトアゴを連れて来ようかとも思いましたけれど、矢張り爬虫類は好き好きが御座いますものね」 爬虫類と言ってもピンきりですが、フトアゴて名前、一体いかような種族なんですか、ゆきさん。ゆきの近くには、綺麗なモップのように毛を広げてヨークシャテリアが伏せている。 「小型の子はほんとうにぬいぐるみのよう。可愛らしいわ」 手近なボールを投げてやると、テリアは慌てた様子で立ち上がりそれを追いかけると、ゆきの手元にボールを置いて、期待した表情で見上げている。 「まあ……とっても御上手」 投げてやるたび、長い毛をなびかせて犬が走り回る。 ● 毛がつくのを気にして少しラフな私服姿のヘクスの視線の先では、美虎がエキゾチックショートヘアという種類の猫とにらめっこしている。ブリーダーたちが、ペルシャ猫の、猫自身で毛づくろいのできないほどの長毛を短くできないものかと苦心した結果うまれた猫で――つまり、顔は割りとペルシャなのである。鼻がぺちゃいのである。ぺちゃい。 つまり、ブサカワ。 「ヘクスは猫好きですけど……なんですかこのぶさ可愛いのは。少し見ていましょう」 「うぉおお……なんじゃこりゃあ……なんじゃこりゃあ……!」 興奮のあまり、往年の刑事ドラマのような悲鳴を上げた美虎が恐る恐る鼻先に指をちかづけると、猫はその指先の臭いを嗅ぎ――ネコ科の反射的な行動だと、昼番組司会のサングラスが言っていた気がする――気に入ったのか、そのままごちんと頭を押し付けてくる。 目をうるうるさせてヘクスを見る美虎。 「……みとらが面白い事になってますね。みとらは確か猫派でしたっけ?」 誕生日が一年と一日違うふたり、まだ小学生である。なお、美虎が年上。 (学校の人と仲良くするのは新鮮ですが……一般的にはこれが普通なんですよね) ヘクスはなんとなく、そんなことを考えたりもする。 「エキゾチックショートヘアーはやば過ぎる……! ちょっと飼いたいなって思ったけど、うちではちょっとむつかしいからなー」 美虎の腕の中で、エキゾチックがすこし首を傾げてヘクスを見た。営業スマイル(猫)。 クリーム色の半そでワンピースに栗色の上着、そしてベレー帽。 ゴスロリが毛まみれになっては大変だろうと腕鍛が差し出した服に着替えたリンシードが、着心地を確かめるように上体を軽く捻る。 「ビックリするほどサイズがピッタリです……ありがとうございます。 でもなんの記念日でもないのに、プレゼント……?」 「にははは、いつもと違った格好もかわいいでござるよ? リンシード殿」 一緒に出かけるのは久しぶりのふたりだ。リンシードの疑問に、腕鍛は軽いウインクだけで返す。その間に、近寄ってきた猫が一匹、リンシードの足元にすり、と体を擦りつけて来た。 「……こういう所の猫は人懐こくていいですね……。 いつもは、気配を消して、背後からノラを捕獲するんですが……暴れるので……」 そりゃノラだってびっくりするだろう、なんてツッコミの声はこの場にはない。 「暑かったら上着脱いでもいいでござるよ? カメラの準備はオッケーでござる」 お店で貸し出されていたカメラを手に、腕鍛がそう声をかけた。 「写真……撮るんですか……? あんまり、私撮っても、面白く……ないですよ?」 きょとんとした表情を浮かべつつも先の猫を抱き上げると、リンシードはその猫の顔をまじまじと見た。 「あ……この子、ちょっと腕鍛に似てないですか……? ちょっとお茶目そうで……優しそうな所なんか……ふふ……可愛いです」 笑顔がこぼれるリンシードの表情。そのチャンスをすかさずシャッターで捉え、腕鍛がにははは、と笑う。 「今の拙者にはこれぐらいしか思いつかないでござるから。にははは」 その笑い声に、猫が、にゃ? と怪訝そうな声を上げた。 「野郎独りでは無限獄の如き入店難易度の高さだが、相方が居れば心強い! いざモフリングタイム!!」 逆境に燃える男、喜平だが、ドッグカフェにおひとりさまで入るという逆境は立ち向かいにくいらしい。 「犬も猫も好きだけど……あたしは犬派だな。特にでっかいの。白くてフワフワしたやつとか。いるかな?」 店内を見渡すプレインフェザーに店員が、グレートピレニーズがいますよ、と返事をする。「呼んだ?」とばかりに近寄り伏せる、でかくてしろいの。 喜んでその犬をもふる彼女に、犬もされるがままである。 その様子を喜平がじっと見ていることに気がつくと、プレインフェザーは照れた様子で表情を直した。 「富永って犬猫ならどっち派なんだ? あんま動物にはしゃいでる所とか想像できねーけど……」 「俺は大型犬が好きだ。ハスキーとか特に好きだ。 奴等のけしからん毛並みをしこたま……もふもふもふもふ愛い奴よ……」 「あ、なんか想像できそうだ。犬猫よりカワイイもん見れたりして……なんて」 ハスキーを想像してエア撫でする喜平にプレインフェザーはなんとなくうなずき、その動きに合わせてパーマがかった髪が揺れる。 「――む、だが待てよ、フェザーの髪の方が一際……気持ちよさそうだよね」 言うなり目標を変更する喜平。新目標、目の前の灰色の毛並み。 「って、おい? 折角こんな所来てんのに……あたしなんか撫でてどうすんだよ」 「ふむ。之が一番好きだな」 彼女の困惑する表情さえも愉しみながら、喜平はプレインフェザーの髪を撫で、梳き、もふる。 「……そんなの、これからだって、いつでもやれんじゃん?」 そっと、髪をいじる喜平の手に、自分の手を添えるプレインフェザー。 後ろで店員さんがギリィしているのは、彼らには見えていない。 「わたしドッグカフェ初めてきましたっ! いっぱいいるんですね~これもふり放題……幸せですっ」 きらきらした表情で、壱也が猫の背を撫でる。 「犬も猫もどっちも好きなんだけど、ね、猫! 猫さわ……」 「うおー! もふもふ! もふもふ!」 テンション高いモノマ、彼もまた初ドッグカフェである。「もふもふがいるならもふらざるおえないね」と呟くやいなや、彼はもふり魔と化した。 壱也のもふる猫をもふり、壱也をもふる。 「ひょわあ、び、びっくりです、先輩?」 「猫! なんかでぶっちい猫! そして、壱也!」 もふもふもふ。 「犬! なんかもじゃもじゃな犬! そして、壱也!」 「犬寄ってきたーっ、はわ、せ、先輩……?」 もふもふもふ。 「犬? 猫? まぁ、いいや。そして、壱也!」 「わわ、あ、あれ? 先輩でした」 もふもふもふ。 最終的に、モノマは猫をもふる壱也を膝の上でもふりつつ空いた手で更に犬をもふるという荒行に出た。 「かんぺき!」 「わたしもいっぱいもふもふしてもらおうーえへへ」 後ろで店員さんが壁殴り代行求む、とか携帯で打ち込んでるのも彼らには見えやしない。 ● 店内をさっと見回した舞姫が哄笑をあげる。 「おーっほっほっほ! どれもこれも、うちの子の足下にも及びませんね!! はにゃーんな猫のトップブリーダー、戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・MAIH†IMEの名を世に知らしめる時が来たようです……」 その横で、何かを既に予測したらしい京子がもう先に進めてしまおうとばかり自分の掌を打ち合わせる。 「猫は私も飼ってますよ! ……いやいや私じゃないです、しかもチーターです! なんですかその吃驚した顔は! 私が吃驚ですよ!」 自分で猫ビスハ疑惑を持ちだして否定し始めた京子である。不憫な。 「にゃ、にゃんと! とにかく以前は捨て猫だった猫飼ってます。ちょっと落ちつきの無い子ですが、とってもかわいいんですよ! 寝てる時に布団の中に入ってきたりするんです」 京子のうちの子自慢を完ッ全に右から左へ聞き流し、舞姫は取り出した鞭で床を打ち付ける。 「キョーコ!」 どぎゃーん。 ←謎の効果音 「三高平に住む凶暴な猫サクラダを、わたしが愛玩用に訓練したのだッ!」 「なんですか! 戦場ヶ原先輩っ! 予想していたとはいえ、その全力で私を猫に仕立てたプレイングは!」 京子のツッコミが、メタに走る。 「肉球無いですし! じゃれつかないですし!」 えっ。 「なんか隣で舞りゅんと京ちゃんが予想通りの応酬を繰り広げてるけど――」 子猫の肉球をぷにぷにしてた終は横の争いを黙殺し、じゃれあう二匹の猫玉に目を留めて笑う。 「あ、見て見てこの子! 右目の部分にぶちがあって、眼帯してるみたい! 独眼流舞にゃん惨状☆」 ←not誤字 その『舞にゃん』にじゃれていた一匹を抱え上げ、片手を掴んで上げさせる。 「舞にゃんと仲良しのこの子はきっと京にゃん枠☆ もう! 舞にゃん先輩ってばいい加減にして下さいにゃー☆」 猫じゃない方の言い争いは続く。 「大体戦場ヶ原先輩に育てられた覚えもありませんよ! なんでドヤるなんですか!」 「――ふっ」 「ふっ、じゃありませんよ!」 「イヴちゃーん! みてみてぇ! ウチのペットのウサギだよぉ!」 御龍がケージから出したのは、小さめの耳と丸っこい顔が特徴のネザーランド・ドワーフ。これ以上大きくならないんだよぉ、と御龍は笑う。 「名前は?」 御龍とウサギの顔を交互に見て、イヴが浮かべた質問はそこだった。 「名前はねぇうさ美っていうのだぁ。そうだイヴちゃんちょっとうさ美さんだっこしてみるぅ?」 イヴの膝の上に乗せられた小さなウサギは、鼻をひくひくさせながらじっとしている。 耳の間を指でそっと撫でてやると、うさ美はイヴの顔を見つめながらいくらか目を細めた。 「ウサギと言えど結構やんちゃでねぇ。元気もいっぱいなんだぁ。癒されるよねぇ」 「……癒されたくて飼った?」 うさ美を撫でながら、視線を御龍に向けるイヴ。 「なんであたしがウサギ飼ってるからってぇ? そりゃ狼だもん非常しょ……うそうそうそぉ。この前ペットショップで見つけてかわいかったからぁ」 一瞬ものすごく悲しそうな表情を浮かべたように見えたイヴに、御龍は冗談だ、と笑ってみせる。 「見よ! この目に入れても痛くない可愛らしさを誇るアタシの愛猫チャチャを~♪」 猫を掲げるように突き出した陽菜の手の下で、茶々の後ろ足がゆーんと伸び、尻尾がぱたと揺れる。ろんぐきゃっといずろんぐ。 薄茶色の、そのスマートな元野良は、陽菜が任務中に拾って連れ帰った子、らしい。 「特技は、寝てる間にアタシの髪に絡みつくことよ」 寝ている陽菜の頭の上あたりが定位置、ということらしい。 陽菜が猫を膝の上に下ろすと、チャチャはもういい? とか言いたげな様子で香箱を組んだ。 「こうやって膝の上に乗せてもふもふしてるだけで日頃の厳しい戦いや、辛い学校の宿題なんかも忘れて幸せな気分になれるんだよね~」 「いや宿題は忘れちゃダメなのだわ」 梅子がさくっと突っ込んでみるも、猫をびっくりさせないようにと抑えた声ではあまり意味が無い。 「元野良猫だったから正確な歳が分からないんだけど、せっかくのこの場を使って告知しとこっと~! 只今チャチャのお婿さん募集中~」 よろしくねー、と、陽菜はカメラ目線(?)でウインクした。 ところで、店の外では。 「ふふ、ペット自慢に参りましたのでございますわ。ねえ、オーク様?」 「ブッヒヒヒ! ペット自慢だってよ! つーことであっしも参加する事にしたンだ。 みンな奇異の目で見やがるな……まあこいつはその方が喜ぶンだけどよ」 コートにスカーフ姿のモニカと、オークの二人が、怪しい笑みを浮かべていた。 ふたりの周囲には、どこをどう見回しても動物の姿などない。 「ペットならちゃンといるぜ? ……おりこうさンな雌豚がよ!」 「うふふ、それは勿論……」 オークがモニカの尻を、促すように叩こうとし――その時、二人の背後から声が響いた。 「BaroqueNightEclipseは――全年齢(オールエイジ)、だ。 その所業、子供の視界からはアウト・オブ・ワールドしないといけないな」 そこに佇むのは、アークが誇る言語崩壊イケメンフォーチュナ。 またの名を黒猫のNOBU。 彼はオークとモニカを眺めると顎に手を当て、にやりと笑い、ぱちりと指を鳴らす。 あたりからわらわらと出てくる、研究開発室所属のスタッフやジョン、そしてアーク非公式真白イヴファンクラブの面々。伸暁がぽつりと呟く。 「うーん……淑女と戦火で、ポークがダブってしまった」 意味がわからないのは通常運行です。 店内からただ一人その光景に気付いた宵子が、梅子に渡すつもりだった首輪(犬用)を鞄に仕舞った。 ● 犬をもふもふし倒して満面の笑みを浮かべていた梅子のもとに店員が、ワゴンを押してきた。 「あれ? 紅茶ならさっき注文したのだわ」 「はい、こちらはまた別となります」 そう言って笑顔を浮かべた店員が、ワゴンに乗せられていたカバーをどける。 そこには、『うめこ 19 Happy Birthday』と書かれたホールケーキが乗っていたのだ。 ゆきが、拍手とともに声をかける。 「御誕生日、おめでとう御座います」 「梅子は誕生日をおめでとう」 「そういや誕生日だっけ? 梅は誕生日おめでとう、プレゼント用意してないけど」 「誕生日おめでとうな、ドーナツの一つくらいは奢るぜ!」 「梅子さんはぴばすでーです」 優希、翔太、猛も続けて口々に祝いの言葉をかけ、そあらもそれに続く。 「おめでと、ね」 「うm……プラムちゃんお誕生日おめでとー☆ はぶあないすでーにゃー☆」 那雪が猫をもふる手を止め、終が梅子、と言いかけながらも祝辞を述べる(子猫のお手振り付き)。 「――!!」 びっくりし、あたりを見回し、それに驚いているのが自分一人であることを理解して。 そこでようやく梅子は、これがサプライズパーティーというものに属しているのだと気がついた。 「……誰よ、もう! こんなの、わざわざ用意しなくったって……」 むくれ、照れて、真っ赤になって。梅子の羽がせわしなくぱたぱたと揺れる。 「…………ありがと」 だいぶ時間をかけて、ようやく、梅子はそれだけ口にし、すぐに「でも梅子って書かせたの誰!!」と騒ぎ始めたのだった。 「誰の仕業か知らないっすけど、知らないっすけど! 堂々と祝えとばかりにケーキ出てきたら、祝わないわけにはいかないっすよね?」 自分ではない、と言外に強く主張しながらフラウが梅子の肩をたたいて、ケーキに近寄らせる。見覚えのない顔に梅子が首を傾げ 「お誕生日おめでとうっすよ(もぐ)うちはフラウ(もぐ)偶に遊びに来ると思うっすから、その時は適当に宜しくっすよ(ごっくん)」 祝いつつ自己紹介しつつ、フラウは食べるのとしゃべるのとで忙しい。 「桃子様が用意したケーキ……それが普通であるはずがないと思っていたんですのに!」 ふつうに美味しいケーキ。それを堪能しつつエーデルワイスが唸る。 思えば、今回の桃子は何かと遠まわしなのである。直接祝うわけでもなく、パーティーの告知さえ梅子本人には気が付かれないように行なっている。桃子が梅子に対して「優しい妹」ではないことなど周知の事実だが――同時に、桃子の姉への愛情も、(姉以外には)よくよく知られたものである。 妹の音頭で祝われても、意地っ張りな梅子はきっと無邪気に喜ばない。 いつかはそうある日が来て欲しいと桃子が思っていたとしても、それは『今』ではない。 ただ喜ばせたい、となるとこうも迂遠になってしまうのだろう――そんなことを珍粘もとい那由他は考える。自分が最近、顔を見ていない人のことを思い出しつつ。 (やっぱり、部屋に閉じ込めて私をもっと構って下さいと愛を囁き続けるしかないのかしら……) 「プラムさん、お誕生日おめでとうございます。一つの年を巡り、より素敵な大人へと成長されましたね。 そんな貴女の姿を見れた今日は、私にとっても記念すべき日となりました。 おめでとー、プラムさんおめでとー、ぱちぱちぱち」 拍手の効果音を口にする那由多に、梅子が複雑な顔をする。その顔に、あら、と那由多は首を傾げた。 「嘘っぽく見えるかもしれませんけれど、梅子さんの事を好きなのは本当ですよ? 私、可愛い子が大好物なんです」 「……こうぶつ?」 「ほら、馬鹿な子ほど可愛いって言うじゃないですか~? まさに梅子さんは、ばかわいい方で素敵ですよね。うふふふ」 何かしらの身の危険を感じて身構えるも、あまりに普通に続く言葉に、聞き間違えたかな、と考えこむ梅子。ばかわいい、にも気が付かない梅子に、那由多は微笑む。 「お好きな飲物を持ってきましょう。何がいいですか?」 「まだ未成年だからノンアルコールですね」 からかわれていることに気付いていない梅子に凛子が助け舟を出し、アルコールの載っているページを開きかけたアルフォンソが柔らかく笑う。 「あ、紅茶! 紅茶がいいのだわ! 頼んでもいいの?」 「お誕生日なのですから、このぐらいはして差し上げます」 そう言って微笑む凛子。 (可憐なる乙女な友人プラム嬢の誕生日を祝わないなんて選択肢があるでしょうか? いや、ない!) 「プラム嬢19歳の誕生日おめでとうございます。 ふふ、貴方は今でも可憐ですが、これからもっと素敵な女性になると思うと胸が熱くなり楽しみですね」 15歳にしてその生き様でいいのか。いや、15歳だからこそ良いのか。亘が梅子に、ガラス瓶を手渡す。 「細やかですがプレゼントに手製の苺ジャムをどうぞ。 前に不覚を取りましたからね……今回はいつでも美味しい苺を食べれる様にと思いまして。 きっとドーナツに付けても美味しいですし色々と試して一緒に食べませんか?」 「ジャム!? きゃー、嬉しい!」 女子の喜ぶツボを的確についてくる亘のプレゼントに、梅子が大喜びしていた時。 「おめでとうプラムさん。ハッピーバースデー。 この薔薇の花束を君に送るよ。情熱的な赤い薔薇。君にぴったりだと思うんだ」 ドアを開けると、ハンサムだった――。 「いつも素敵だよ。桃子さんよりずっと素敵だと前から思っていたんだ。 艶やかな黒髪。しっとりしてキメの細かい浅黒い肌。今日は一段と魅力的だね」 唐突なイケメンの登場に、え、え、と店内がざわつく。数人、既に笑いをこらえている。 「引き締まった胸と豊満な太ももも最高だよ。吸い付きたいくらいだね。ああもふもふしたいくらいだよ。 そうだ今日は僕の歌を聴いて欲しい。君のために作った歌だ」 梅子は薔薇の花に驚き、目を白黒させた。誰だっけ、誰だっけ。オレンジの髪、オレンジの目。喉まで名前が出かかってるのに、思い出せない、というか今だけ思い出したくない。 「ピ~ヨコロピ~ヨコロピ~なのダ~♪ みんなのアイドルぷらむさン~いじられ役だようめこさン~♪ でもそれはみんなに愛されているからなのダ~なのだナ~♪ ……どうだい疲れが回復しただろう?」 梅子が机に突っ伏す。歌う時だけ超幻視を解いたカイのインコボイスが、店内に爆笑を召喚した。 ● 「よし、気を取り直して! NOBUと一緒に梅子のハッピーバースデーを歌おう!」 快が声を張り上げ、いつの間にか戻っていた伸暁がアコースティックギターを爪弾く。 伸暁の前に3人並んだ、いわゆる3DTの図。 「ハッピーバースデープラムー、ハッピーバースデープラムー。 ハッピーバースデー ディア うめこー「うめこー」「うめこー」「うめこー」。 ハッピーバスデートゥーユー! おめでとう! おめでとう!」 「待って今『梅子』だけ4人でハモったうえにエコーかかったのだわ!!」 「気のせいだよ。ついでに桃子もおめでとう!」 「? 天井に桃子はいないのだわ。快どうしちゃったの? 風邪ひいた?」 突っ込みよりも困惑が先に立つ状況に、快の体調を心配する梅子。 ちなみに快は『さくせん:ふぇいとだいじに』なだけである。 「気のせい気のせい! 梅子がこのみそうなドーナツにハロウィンデコレって持ってくるよ」 「梅子はないがしろにして遊ぶのが俺なりの愛情表現ではあるが、一日ぐらい素直に祝ってあげる日があってもいい」 にっと笑って一時的逃走を図る夏栖斗。妙に真剣に腕を組んで唸る竜一。 「竜一がそういうこと言い出すとこう、裏を勘ぐってしまうのだけれど……」 怪訝そうな表情の梅子に、竜一がファンシーな袋を渡す。おっかなびっくり中を覗いた梅子は、次の瞬間には袋を(汚れないよう位置を選びつつ)床に投げつけた。 「ピンクと白の横ストライプな下着セット。 これで一つ上の女性に成長してくれ、ハッピーバースデイ梅子。……ってことで! んじゃ!」 「竜一ぃぃいい!!!!!!」 きしゃー! と唸る梅子を抑えるリベリスタたちを尻目に、竜一はイヴのいたテーブルに飛び込んでいく。 なお、伸暁の協力を取り付け万華鏡でイヴにかかる不安要素をすべて排除すべく万策を講じた研究開発室長の手により、イヴはこの時間、向かいのダンディドーナツにお使いを頼まれていたりする。 椅子と机の隙間に頭から突っ込んだ竜一――犬が数匹、その姿を心配そうに見上げている――をスルーした夏栖斗が、ジャック・オ・ランタンっぽい顔を書いたドーナツを持ってきた。 「えっと、梅子いくつだっけ」 「ハッピーバースデー梅子ちゃん! 19歳の誕生日おめでとう! 19歳かー」 夏栖斗が呟く声を聞いてかそれとも偶然にか。悠里が梅子に声をかけ――はたと。その動きが止まる。 (大学生……? ボクの彼女より年上……? そういえば普段何してるんだろう……?) 三高平大学のキャンパスで梅子の姿を見かけたことのある人は、多分少ない。 「じゅ、じゅうきゅう……そ、そうかあ。来年はエインズワース姉妹もお酒が飲める歳になるんだねえ」 快にも一瞬の思考停止が訪れたが、軽く咳払いして酒屋の息子らしいコメントを返す。 「え? うそ? 年上だったの?! お前来年二十? ……そっか、もうアークにきて2年でもあるんだよな」 一番衝撃を受けたらしいのは、夏栖斗だった。 自分の言葉に思うことがあったのか、夏栖斗は僅かな間真面目な顔を浮かべ――いつもの笑顔に戻る。 「どう? 僕も大人になった? かっこよくなった?」 「まだまだなのだわ」 軽くあっかんべ、で返す梅子の全身を上から下まで見回して、夏栖斗はしみじみと呟く。 「梅子は……なんでおっぱい成長しないの? いや! 冗談! 冗談だからここで! 焼くな!」 無言の梅子の両手に魔力が集まりだすのを見て、夏栖斗が慌てて両手を振る。 「桃子さ~ん! 今のはいつもの冗談ですからね~」 「夏栖斗まで天井と話しだしたのだわ……風邪はやってるの?」 「あはは……。それにしてもこんなパーティーを企画しておいて――」 悠里はそこまで考えて、口をつぐむ。目の前の烏に言っても、きっとむきになって否定するだけだから。 (企画しておいて桃子ちゃんはここにいないなんて本当に素直じゃないっていうかなんていうか……。 そういうとこ、姉妹で結構似てるよね。微笑ましいなぁ) 「木蓮より、年上……?」 「梅子、お前俺様より一個先輩だったのか……!」 ありえない話を聞いたような声を上げる龍治の横で、木蓮が驚いた様子で首を振る。 「何、どうかした?」 疑問符を浮かべて二人を見る梅子に、ふたり揃って咳払いをひとつ。 「何でもない、気にするな」 「ハッピーバースデー、プラム!」 木蓮の引いた音無しクラッカー(犬猫のために、音がするものは使えないのだ)が撒き散らす紙吹雪は、ちょっと気の抜けたモルモットの顔が印刷されている。 「真正面から祝うのは少々気恥ずかしいが……。誕生日おめでとう、だ」 言いながら軽く木蓮の腕を突く龍治に木蓮は笑って頷き返す。 「お祝いだけでなくもちろんプレゼントもあるんだぜ♪」 そして梅子に差し出されたのは、黒い地に梅の花がグラスアートで描かれた手鏡。 「お前が雑貨店で手鏡を見ていたのを思い出して、木蓮に良さそうなものを選ばせたのだ。 気に入ると良いが」 「てことで、龍治と共同でプレゼントだ。髪が長いと整えるのも大変だろうし……と思ってこれにしたんだ。 なるべく大人っぽく見えるものにしたんだが……どうかな?」 「すごい、素敵! 使わせてもらうのだわ!」 「へへー、改めておめっとさん!」 「……今年一年が、良いものになると良いな」 梅子は手鏡の装飾をまじまじと見つめると、ものすごく嬉しそうに抱え込んだ。 「では、私からも」 そう言って凛子は、青梅と赤梅の二つの実が飾られた髪留めを梅子に渡した。 「プラムの歳なら誕生日も嬉しいだろうな。おっさんにとっちゃ只の節目でしかねえんだが」 「お誕生日おめでとうございまーす♪ もぐもぐもg……」 ジェイドは梅子に薄めの紙包みを渡しながら、少しだけ困った顔をした。 「あー、ほら。わざわざここに来るって事は、好きなんだよな?」 歯切れの悪いジェイドの言葉に、梅子はラッピングをあけていいか、ジェスチャーで尋ねる。ああ、と短く返したジェイドの、その近くではユウがドーナツを食べている。 「……いえ、決してドーナッツが目当てとかそう言う事はまったく。 だってほら、ジェイドさんの御指導で体重計もやっつけましたし? ねえ。 ――うん……やっぱり誘惑には勝てませんでしたよ……」 何故かスムーズに自白するユウ。またダイエットがんばりましょう。 梅子が開封した包みの中には、仔犬と子猫の写真集が。 もう、梅子の目が丸い。ジェイドの顔と写真集とを何度も見比べ、顔を赤くしてあわあわと、挙動不審。 「いいの!? これいいの!?」 正解だったか、とジェイドは胸裏で胸を撫で下ろす。 「――そんで、な。そいつに写真を追加しようと思ってね」 言いながらジェイドは持参した一眼レフを示す。 「ほれ、誕生日の記念も兼ねて大人しく撮られとけ。犬も皆も一緒にな?」 ● 閉店した店内を掃除しながら、騒々しい一日だったな、なんてことを店員は思う。 サプライズパーティーそのものは、たまにあることだが――アークの職員も、そういうことをするのだな、などと。当たり前のようでいて実感のなかったことを考える。 三高平支店、ということは、店員もみな神秘の存在を知るものたちだ。 今日のことについて、他店にも見せる日報をどうやって誤魔化しつつ書こうか、店員は頭を悩ませ始める。 この街にはこういう平和な日も、あっていいのだ。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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