●そんなものに萌えたくはない きっとあれは逆立ちして歩く少女なのだろう、と思いたかった。 ところどころおかしな造形が見えたが、見ないふりをしようとした。 何せそれがあったら人間じゃないだろう。 彼女の周辺、そのアスファルトが波打っているように見えるのは気のせいだろう。 かしゃん、と眼鏡が音を立てて落ちた。 矯正された視力が必ずしも正しいとは限らないが、しかし肉眼で確認した『それ』が人であるなどと考えたくもなかった。 なぜなら、それは。 大凡人間としての造形を無視した――眼から、根を生やすという醜悪極まりない、異形。 気付いてしまったからには狂うしか無く。 狂気に呑まれた人間の末路など大抵ふたつ、と相場が決まっているので。 「気付いてしまった」青年は、最後まで不遇だったりするのだ。 ●あんまり笑えないので 「……ノーフェイスですね。フェーズ2。被害者もそれなりに出ていますし路面破壊も甚だしいので、早急な撃滅が望まれます」 「なんだこれ」 「眼窩から木の根のような物体、まあ恐らくは変異した視神経が露出しているのでしょう。それを足代わりに移動、ないし路面の破壊に用いている、と」 そんなハナススリ・ハナアルキみたいな。 余りに人の領域を超えた造形を前に、いつもどおり説明を挟む『無謀の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)へ向けられるリベリスタの眼は厳しい。 「で、こいつの行動原理って?」 「『樹になりたかった』、です。人という器が嫌だったのでしょうかねえ。それとも、何かあったのでしょうか。ともあれ、樹木に対して愛を注いでいた結果こうなった、と考えるのが妥当なのでしょうか」 「特性は?」 「地面に根を張り巡らせているので、移動自体は緩慢です。ですが、根の範囲が広がればそれだけ射程が延び、『射程外へ移動』という芸当が困難になる可能性も示唆されています。 尤も、張り巡らせただけの根が行動する可能性は余り高くないので、通常通りの要領で間違いないはずなのですが、警戒は怠らない方が。 それと、樹木とヒト、両方の特性を考えて戦闘すべきかな、とも。……それにしても」 「それにしても?」 「『目が根っこ』って萌えませんね、同音異字にしては」 「どうでもいいよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月23日(火)23:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●呪的大樹 ぎちり、ぎちりとアスファルトが軋む。 少女だったものから放射状に伸びる『それ』は、命を燃やした燃えカスの如きだ。 さすれば、斯様な異物は人の目から隠されてしかるべきものである。 故に、人はそれを『見なかった』ことにする。 ことにしたいのだ。 ……『見てしまったこと』にするのが、リベリスタであり、アークである。 「鼻行類……。いや、なんでもない」 エリューションについて聞き及んだ時、真っ先にその生物分類が脳裏を過ぎった『闘争アップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)ではあったが、彼の懸念は杞憂に終わる。 逆立ちになった状態の『それ』の脚部は、ぴっちりとしたワークパンツが覆っていたことを見れば明らかだ。 樹になりたかった、などと一世代前の信念を叩きつける存在に、めかしこむなんて思考があるだろうか。否。 「ウム、聞くと見るとじゃ大違いだな」 緋色の槍、その石突を半壊したアスファルトに突き立て、『てるてる坊主』焦燥院 フツ(ID:BNE001054)は目の前の相手から視線を切らず、意識を唯一つの事象に纏め上げる。 幹線道路を車列が行き交い、ライトが世界を照らしだすその状況も、数十秒を置いてどうでもいいようになるのだろうか。 分からないが、彼に分かることだって一つならずある……目の前の相手は、倒されるべきであり、自らは恨まれたって構わないという矜持のようなもの。 ――だが。 こんな相手、その馬鹿げた特性を鑑みれば、リベリスタ達の思考に去来するのは本当にどうでもいい、冗談めいた思考なのは違いない。 「目が根っこは流石にちょっと……つぶらな瞳とかも眼窩にありませんしね」 冗談めいた状況に、冗談めいた返しを呟くのは、馬鹿げた状況に懲りずに立ち向かう雪白 桐(BNE000185)だ。 馬鹿げている、とは思う。だが、常にこんなもんであると考えればそんなものだろう。 今更、何を思うまでもない。いつものように、勝利するだけなのだと。 「樹になりたいって、どうしてなんだろね」 『食堂の看板娘』衛守 凪沙(BNE001545)の口から、自然に疑問が溢れる。 なにか深い理由があってそうなったのか。単純な成り行きなのか。 どちらに転んだとしても、そんなものになりたいと思ったことはない。 何かに成り代わるくらいなら、自信を到達させようと――それが、実際のところだろう。 彼女にとっての目標はあれど、代わりにはなれないのだから。 「いや、歪な摺よりもあった物だ」 ……どちらにせよ。 『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)にとって、それが何であったのか、何を目的としてその姿に至ったのかなど、実のところどうでもいいのだ。 所詮はエリューションであり、結局は消える運命にあり、きっと感慨など無駄なのだろうと。 然るに、彼女は今宵も歪みなく、淀みなく、相手を封殺するだけでいい。それが、自信の為すことなれば。 「眼鏡っ子はイイっすけど目が根っこ、テメーはダメだ」 「特殊な嗜好がわからないというわけではないがな……しかし」 目の前に蔓延る根、そして破砕された路面を踏みしめ、『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)はゆるりと構え、眼前の異形に唾を吐く。 何を思ってそうなったのか、はどうでもいい。 多少の聞き間違いからここまで至るような異形がよろしくない。 露出(視神経)など、誰も望んでいないし喜ばない……これはもう、最悪以外のなにものでもなかった。 同時に、書物を片手に踏み出し、間合いをとって構えたのは『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)。 フラウの言葉に呼応するように、『特殊な趣味』に対しては寛容に構える彼だが、本質的な彼はそれ以上に寛容だ。 女性は須らく慈しみ愛でるべし。貴賎無く、美しいのだからと力強く拳を構えるが、すいませんそういう話じゃないんです。 「……そうだったな」 ともあれ。 「俺の名は! レンズの彼方より来たるもの! シャドウブレイダー!」 すべての中二病の味方、『シャドウブレイダー』斜堂・影継(BNE000955)の姿があったりなかったり。 眼鏡に魂を囚われているのはこの男ではなかろうか。メンバー的に、一番。 目から根っこ生やしたら眼鏡どころの話ではない。 これは根っことか切るしか無い。視神経だけど。 切ったら眼鏡どころか眼帯になりそうだけど。それはさておき。 時間は猶予を許さない。 世界は躊躇を許さない。 襲い来る根の勢いは、秘匿を完全にするより疾く、リベリスタ達へ襲いかかった。 「『ノーフェイス』と『めがねっこ(眼鏡っ子)』って、アクセント似てない?」 だいたい皆そう言って、絶望するんだよ義衛郎。 ●悪根憎去 求められるのは、常に最高速。目指すのは、全てを於いて台無しにする最速の初撃。 フラウの踏み込みから放たれたソニックエッジは、少女だったものの胴部を強かに切り裂いた。 速度も、威力も、手応えも。相応のものを放ったという自負がある。 踏み込みから、更に一撃。斬撃が胴部にじわりと刻み込まれ、会心と言っていいものを叩きこむ。 だが、指先に響く痺れは重々しい。切った感触はあった。だが、まるで大木の様な密度を感じたそれは、緩やかな痺れをもって彼女を迎え入れた。 手折れるほどに細いはずの胴の密度が、限りなく。 「冗談みたいなナリしててこんなに硬いとか、どこのチートキャラっすか……」 なんとも言えないのは、造形ではなく寧ろその肉体の本質にこそあったということか。 そして、斬撃を受け止めた胴を覆った根が、傷口を狙った次の一撃を容易く受け止める体勢になり、その抵抗力が未だ衰えないことを告げることも、事実ではある。 「この部分は、あんまり太くなれないんだよね。遠慮なくいくよ」 根と首の接続部――脆いであろうと狙いを定めたそこへ、凪沙の拳がたたきつけられる。一拍を置いて燃え上がる幹は、砕かれたそれを軸にして燃え上がり、本体が身を捩る。 だが、殴り込んだ拳は強かにめり込まれたせいか、動かない。 それでも、いいのかもしれない。ただ正面から殴り続けるだけならば、それでも躊躇する必要はない。 「ふん、無益なものを兼ね備えた割に案外と知恵が回るか。人の姿を捨てたほうがよかったか?」 「これで……根、切れないか、なっ、っと!」 接近した二人の状態を一言で表せば、危険という他無い。 そして、彼女たちが身を切って突きつけた先制攻撃は、確かに少女の胴に強かなダメージを与えた。 故に。 彼女の『拒絶』より先にユーヌが護りを確固とし、義衛郎が広がった根の一本を深々と貫いたのは、無駄ではない。 「物理は効いてるみたいだね」 「眼窩につぶらな瞳がないのは、さすがにちょっと」 「アンタは全国5478万9472人(全日本眼鏡っ娘連盟調べ)の眼鏡好きを愚弄した!! 判決――」 左がだめなら右を撃て。それでもだめなら蹴り砕け。 凪沙の拳には、それが出来る。それをやれる。 だから、感触が確かなものであることは理解できる。 それならば――桐と影継の二人のデュランダルが放つ渾身の一撃が、少女の根を、壁を、胴を砕くために向けられても、それを防ぐすべを持ち得ないことに等しい。 硬いなら砕け。 強いならば打ち倒せ。 そして――危機があらば、それを排除せよ。 リベリスタは経験を糧にそれを行い、少女は直感を糧にそれを行う。 然らば、少女は行動を最適化させ、内側から幹を炸裂させる。 断続して、連続して、蹂躙する。 最大効率で叩きこまれたリベリスタ達の連続攻撃と、少女の決死の『決意』が交錯する。 爆発と瞬間と狂乱と錯綜。 少女に与えられた臨死はそのまま、リベリスタ達の死への近似でもある。 「――離れろ! それ以上の威力は決して看過できるものではない!」 被害が起きてからでは遅く、また、リスクを犯してまでその被害を受け入れる必要はない。 警句を向けると同時に、雷慈慟は書を向け、気糸を叩きこむ。 だが、『徹った』ことは理解できても、『与えた』ようにはとても思えない。 そして。 その衝突とほぼ同時に、世界は「もともと」から断絶された。 そして、世界は隔絶の果てで踊る。 ●死の波、駆け引く 呪念が動き出す気配がする。桐と影継が次いで後退し、踏み込んだフツとユーヌが癒しと猶予を与える。 引いた拳を叩きつけ、炎を炸裂させた凪沙の拳がはじき出される。 硬い。だが、貫けないほどではない。 そして受け止めた力は重い。 (貝になりたいって思った人の気持ちはわかる気がしたっけ。それは) こんなに、硬い感触をした殻だったのだろうか。 だったなら、自分が求めるものは『こんなもの』ではない、と思う。 雷慈慟の身を、呪いの波が押し寄せ、叩きつける。 リアクティブアーマーが絶え間なく反射角を計算し、余波を最大限削りに行くが、それでも防ぎきれない部分は存在する。 だが、耐えられない攻撃ではない。受け止められぬものではない。 自らが責め苦の謗りを受け続けることで猶予を作れるなら、この男は躊躇なくその身を投げ出すだろう。 ただの歯車に、我が身可愛やの道理などあるものか。 「自分は歯車だ。それを回し、勝利を呼び込むのは――君達の決意だろう!」 叫ぶ。 高らかに凱歌を。勝利へひた走る歯車を回せと、猛る。 びきり、とアスファルトが罅割れる。 新たに顔を出したそれが新たな悪意を飲み込み生み出し、暴れ狂い呪詛を散らす。 この悪意が続く限りはその範囲を絶えず広げる。 この敵意は――まるで悲鳴のようだ、とフツは思う。 その声に耳を傾けてはいけない。そんな理屈は彼には通用しなかった。 その悲鳴を理解してはいけない。覗きこんだ途端にそれを知ってしまうから。 そして、その願いに応えてはいけない。 こころを砕いたが故に彼女は砕けない『モノ』になった。 「――っ」 呪いを受けたわけでもない。接近していたわけでもない。 だが、感受性の高さこそがフツにそれを見せたというのならば、その存在はきっと悲鳴を上げている。 「神経が飾りに成り果てるほど自分が見えなかった、ということか。図太くなったのか? いや、元からか」 深く、深くと地面へ根ざす少女の根は、嘗て何を見たのだろうか。 否、元より見ることに頓着などしなかったのか。だからこそ、自らが『見ている』ことに気付けないのか。 そんな夢想がユーヌを笑わせる。下らない話であると。 自分が頓着しないことが、他者にとってもそうだという保証はない。 だから、少女が地下深くに根を張っても、察知出来ない程でもない。罠にすらならないだろう。 「これが最後っ屁といったところか。頭も悪い。おっと、頭すらわからないのだったか?」 「堅い……これがアンタの心を覆う外殻(フレーム)なのか?」 手応えが一層の硬さを返したのは、影継にも理解できた。外部の幹が少しずつ、確実に砕けてきていることを鑑みれば、それが本来の少女の殻か。 その真理に指先を届けるには遠い。 決意――フェティシズムから来るものか義務感から来るものかはさて置き、それが少女に叩き込まれる度に、短い悲鳴は連鎖する。 もう、声など響かないというのに。 「うわぁ、もう原型とどめてないな」 樹になりたかったんなら当然か。 義衛郎の一撃が根の壁を破砕し、本体へ届けようとするが……遠い。受け止めた根の硬さか、はたまた心の硬さか。 それが果たして少女が望んだものなのかはわからないけれど。 「ぼちぼち、って感じっすかね」 「だろうな。足元が忙しないことだ」 「攻撃のパターンが変わりますね。次が勝負というところでしょうか」 最高速を維持したまま、フラウは空気の違いを肌で読み、足元の気配と音響からユーヌはその予兆を読み取った。 桐がそれに気付いたのは、勘と意地によるところが大きいのだろう。 だから、それを理解した瞬間にそれぞれが取る行動は明確だった。 「決定打は君達に託す」 小さく零す雷慈慟が、カバーに入る。 或いは護りを固め、或いはそれを好機と最後のダメ押しに入り、リベリスタ達の各々の選択が振り下ろされ、炸裂する。 炸裂したアスファルトが炸薬の如く降り注ぐ。 少女のつま先だった部位すらも樹木としての体を成し、無限に狂い続ける世界の体現がそこに産まれ堕ちていく。 根が、逆しまの雨のように持ち上がり貫く。 呪詛と破壊のコントラストが陣地の中を荒れ狂い、殺戮の暴風を撒き散らす。 ぱち、ぱちと火が爆ぜる音がする。 全身を貫かれて尚も貫き通した業炎撃(いじ)が、少女の熱情を萌え散らす。 赤く染まる世界の果てに残されるであろう事実はたったふたつ。 リベリスタ達の勝利と、少女だったものの余りに果敢無い存在の終わり。 この灰は、何れ弔いを迎えるだろうか。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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