● 破れた障子の隙間から、灰白色の錫杖がちらちらと見える。 彼は息を殺して、それを眺めていた。 怯えて震える妹を抱き、逡巡する。 このまま黙っていれば凌げるか。 或いは妹を背負い隙を見て飛び出して、後ろも見ずに駆け続けるべきか。 どうするか。 どうするべきか。 流れる汗が、首筋を伝った時。 閉じられた石の瞳が、穴を覗き込んだ。 ● 「こんにちは、あなたのお口の恋人断頭台ギロチンです。ねえ、皆さんは革醒して幸せですか?」 薄っすらと笑いながら、『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)が問う。 が、答えを待たずに彼は続きを話し始めた。 「今回皆さんに向かって貰いたいのは、一人の少年と妹の救出です。彼らは週末、祖父の家に遊びに来て、裏手の山で遊んでいる所をE・ゴーレムに襲われます」 起こってしまえば悲劇以外の何物でもないそれ。 ギロチンは手に持った赤ペンで、地図の一部に丸を描く。 「E・ゴーレムは全部で六体。どうやら付近に祀ってあった地蔵像が纏めて革醒した様子です。子供を守る信仰に縁るものが、その子供を襲うというのも嫌なもので」 これらの細かい説明は文書に纏めてありますので、と告げてから、フォーチュナは向き直った。 「で、今回はそれに加えて重要な事があります。このE・ゴーレムとの邂逅により、少年……湯野・良哉も革醒する未来が見えました」 ああ、でも心配なさらず。 眉を寄せたリベリスタに、ギロチンは手を振った。 「彼は革醒と同時にフェイトを得ます。運命の恩寵。ぼくらと同じです、討伐の必要はありません。おまけにどうやら、彼の性質は善良。きちんと説明すれば、能力の使い方も弁えてくれます」 くるりと赤ペンを指先で回す。 「いえ、それどころか、説明すれば間違いなく世界を守る側に立ってくれるでしょう。己の為に力を悪用しようとは考えず、自分と妹を救ってくれたヒーロー……リベリスタに憧れて」 何時ものように、特に起伏もない声で。 「皆さんよくご存知の通り、リベリスタは完全なる正義の味方ではありません。ですが、時に奪う側に回り、恐怖や理不尽と戦いながら命を危険に晒すという事実を包み隠さず伝えた所で、恐らく彼の覚悟は変わらない」 助けてくれた相手に感謝し、自分もその力を得た彼は、きっと迷わない。 蓋を開けては、閉める。 「だけど、もし」 一度開いて、閉じて、また開いた口。 「……彼を『革醒させる必要もない』と言ったらどうします? 少々苦労する上に幾ばくかの危険も伴う手段ではありますが、不可能ではない」 ギロチンはペンをくるりと回す。 E・ゴーレムと触れ合う時間が短ければ、彼は革醒せずに済む、と。 「革醒して良かったも悪かったも人それぞれでしょう。ぼくも長らく目か頭を潰したいと思ってましたが、今はこれのお陰で皆さんのお役に立てるのだから悪くないですし」 青年の瞳が中空を向いた。 「革醒させるのが良しとは言いません。理由は皆さんご存知でしょう。革醒させるなとも言いません。また今度、彼が神秘と関わった場合、彼は力がなかったが故に死ぬかも知れない。誰かを失うかも知れない。次は革醒しても運命を得られないかも知れない。分かりませんよ。何も」 ギロチンは見る。 どこを見ているのか分からない曖昧な視線で、リベリスタを見る。 「彼は何も知らなければ、妹と自分を助けてくれた人として皆さんに感謝するでしょう。彼は神秘を知ったなら、人知れず世界に害を為すものを倒す人として皆さんに感銘を受けるでしょう。どちらにしても皆さんは、彼にとってのヒーローになります」 どちらが良いとも言いません。 静かに、彼は呟いた。 「ぼくが嘘にして欲しいのは、彼と妹がE・ゴーレムに殺される未来です。それ以外は、ぼく一人でどうと言うものではありません。だから、現地へ向かう皆さんにお任せします。……ね、『ヒーロー』」 つい、と地図を差し出して。 フォーチュナはいつも通り、笑った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月21日(日)22:31 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ざわざわと枝が、葉が鳴る。 崩れた社、並ぶ地蔵像。何気ない風景、どこか牧歌的ですらあるその風景。 けれど、その地蔵が動いて社を包囲しているとなれば穏当ではない。 社に子供らはいるのだろう。怯えて抱き合いながら、どうするか悩んでいる事だろう。 地蔵が包囲を狭めようとする中飛び込んだのは、『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)だった。 良哉とそう変わりない、『子供』と言える外見に地蔵達の動きが揺らぐ。 彼女の刃、霊刀東雲。夜明けの剣は零れる日の光の如く鮮やかな飛沫で木陰を照らし出しながら、社の前に陣取っていた地蔵を貫いた。 「良哉君達は絶対に守ってみせます!」 きり、と引き結んだ唇に決意を込めて、告げる。 年は確かに良哉と変わりはないが、その小さな身には溢れんばかりの決意と覚悟が詰まっていた。 セラフィーナは望んで革醒した訳ではない。かといって、革醒自体を疎む訳でもない。 リベリスタとして生きる事を貫いた姉の背を追って訪れたアークで、彼女の世界は格段に広がった。 戦闘自体を好むわけではないが、この手で救えた人が、切り開けた運命が幾つもある。 既に姉は記憶を遺すのみではあったが、その記憶と共に歩いていける。 けれど。とも思う。 もし自分が革醒しなかったら、姉は自分の傍らにいて、今も一緒だったかも知れない、と。 夢物語。叶わなかった、IFの世界。それでも時々思わずにはいられないのだ。 続いて『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が、飛び込んだ。 「こっちに来いよ、石頭!」 言葉が通じるかどうかは分からないが、その声自体に力が宿っている。不敵に笑って手招く彼に、三体の地蔵が振り返った。 快とて、望んで力を得た訳ではない。命を繋いだ結果、運命を得た。それだけの話だ。 彼は日常とかけ離れて生きている訳ではない。戦闘を好み殺し合いに焦がれる性格ではない。 それでも、数多の人と触れ合い、『普通』の彼が選んだのは、人々を護る盾。 「どんな選択であれ、決断は尊ばれるべきだ」 抜き放ち、盾と共に構えたナイフはフィクサードのもの。恐らく、それはかつて無辜の人々にまで牙を剥いたのだろう。けれど快が持てば、それは人を救い未来を切り開く為の道具となる。 在り方も、力も一緒だ。己の決断によって、色を変える。 「助けに来たぞ、すぐ行くからじっとして待ってろ!」 一時その場に留まった『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)が声を張り上げた。 彼もまた護りたいと願い、それを叶える為に力を求める一人。 子供を人を愛する彼は、前に出て自分の身で護りながら、他者を癒す事を選択した前衛回復タイプだ。攻撃に晒されても倒れない強靭さを。仲間が凶刃に倒れる事のない厚い援護を。 その分攻撃は限られても、エルヴィンの存在は戦線を維持するのに充分な手段を兼ね備えていた。 「いやぁ、私が前に出るってのはどういうこった。ペーパーアーマーなのにねっ」 そんな軽口を叩きながら、『バトルアジテーター』朱鴉・詩人(BNE003814)が躍り出た。 普段ならばどちらかと言えば後方での援護が主な彼だが、今回はそんな事を言っていられない。 謎の染みが付いた白衣を翻し手の中で使い込んだメスを回すその姿は割と結構いやかなり危ない感じだったりするが、これでも子供にはそれなりに優しいのだ。 神秘に魅入られた彼は革醒を厭う事はないが、強要をする事はない。彼もまた、決断を尊ぶ。 ひゅう、と鳴らした口笛。戦場の司令塔となりえる彼の見定めた防御行動は、直ちに仲間へと伝達された。 一撃でも二撃でも、凌げる数が多いに越した事はない。 目前の地蔵が構えた錫杖の間合いを計りながら、詩人は速やかな回避の為に半歩足をずらした。 「子供襲うなんて、おじぞーさんの風上にもおけないよ!」 軽く頬を膨らませながら、『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015) が滑り込む。 彼女は選択を押し付けるのを良しとしない。少しばかり子供っぽくはあるけれど、責任を取れるならばそうありたい、と思う程度には大人である。 だからこそ、選択は良哉に任せたい。人生の決断は、本人に。 例え選択自体ができなかったとしても、旭が彼を守るのだけは変わらないのだ。 キャンパスグリーンの瞳に固めた意志を映し、彼女は真空の刃を蹴り放った。 「亘くん、ウラジミールさん、頼んだよ!」 後ろに残した『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)と『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)に声を掛け、『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)が駆け抜ける。 彼はリベリスタではあるが、『ヒーロー』であるとは思わない。世の為、人の為、その身を危険に晒す世間一般のヒーローになろうとは思わない。ただ自分の届く範囲、守りたいものを守れればいい。 だからこそ、妹を守り庇う子供が、戦いに身を投じ傷付くのは余り好ましくない。 そう考えても、例えば神秘へと歩むのが本人の決断ならば致し方ない。……だとしても、絶対に戦う必要があるとは思わないが。 守りたい何かの、誰かの為の、ほんの一握りのヒーローであれば、それでいい、と。 神は何も救ってはくれないから、自分の救えるものだけに手を伸ばせれば、それで。 石であるはずの蓮華が七色に光る。 それは天上の輝きのようで、目を眩ませ身を守る術を奪う混濁の色。 一、二、三。連続しての光は、全てセラフィーナへと向けられた。 小柄な体で地を蹴って飛んで直撃を免れたが、回避と速度の為に防御を軽く留めた彼女がこれをマトモに食らった上で攻撃を食らえば、ほぼそのままのダメージを受ける事になる。 が、食らわなければどうという事はないのだ。 「来なさい。通しません!」 残る三体は、己を引き付けた快へと錫杖を振り上げた。 石のはずなのに、快の刃をも容易く弾き返すその強度は、革醒した存在であればこそ。 穏やかな笑みは今ばかりは底が知れず、空恐ろしさだけを感じさせる。 夜道に向けた懐中電灯、突然苔むした地蔵に見詰められれば、この虚ろな恐怖の何分の一かを知れるだろうか。 盾が錫杖を受け止める横合いから、側頭部を殴り付けた別の地蔵を快は押し返す。 滲む血も気に留めず、『守護神』と称され、またそうあろうとする彼は、進路を塞ぐべく両足を軽く広げ立ちはだかった。 仲間の開けた道を駆け、亘は社に走る。 地蔵の攻撃の手が止み、仲間が塞いでくれているこの瞬間。 社の障子を蹴破る勢いで開き、恐怖に強張った兄妹を見た。 地蔵ではない、という事実に瞬いた良哉と、彼に抱き付いて離れようとしない香良に向けて微笑んで、亘はそっとその肩に腕を回す。 彼の後に続いたウラジミールも、後に続き兄妹と目線を合わせる為にその膝を折った。 「二人とも、よく頑張りましたね。もう大丈夫。後はヒーロー達に任せて下さい!」 「助けに来た」 「……あ」 亘の穏やかな声音と、ウラジミールが落ち着いて告げた内容に腕の中の良哉が軽く力を抜いたのが分かった。 が、ここで安心させておく訳にもいかない。彼にはまだ、やるべき事がある。 抱く腕を解いて亘は良哉の肩を持ち、正面から告げる。 「ただ、ここはちょっと危険です。自分が良哉くん、隣の彼が香良ちゃんを一緒に安全な所に運びます。協力して貰えないでしょうか?」 「あ、……は、い。香良」 「――……!」 だが、香良は首を振って良哉から離れようとしない。ある程度分別の付く良哉は、頼りになりそうな一種強面のウラジミールという『大人』を頼りに思ったようだが、恐怖で泣く幼子には少々人見知りの気でもあるらしい。 だからウラジミールは兄の服を握る手を乱暴にではなく丁寧に取り、その掌に自分の温度を伝えた。 「自分を信じて欲しい。君たちを必ず無事に連れて帰る」 泣き喚く子を前に、苛立ちも取り繕いの慰めもせず真摯に宣言する彼と兄の間を、涙に濡れた瞳が行き来する。時間にすればほんの数秒、良哉は妹に軽く頷き、その背を押した。 ● 社の先では、地蔵の攻撃を受け止め、反撃に転ずる仲間がいる。 戦闘の様子に再び足を止めた良哉の肩を軽く叩き、亘は話し掛けた。 「良哉くん。見て下さい、戦っているヒーロー達を」 「……?」 「貴方が望めば、今は小さいですが同じ力を得られます」 良哉が、瞬く。冗談だと思ったのかも知れない。 「その力は貴方の大切な人を守れるかも知れない。けれど、同時にもっと残酷な現実と出会うかも知れません」 告げる亘を見て、ウラジミールは思う。彼は革醒には余り肯定的ではない。 正確には、戦わず済む者はそのままであるのが一番良い、と考えている。 リベリスタは世界の守護者。それが多くいるという事は、それだけ危機が多いと言う事も考え得る。神秘を得れば、結果として神秘界隈の事件に巻き込まれる事は多くなるはずだ。 それがリベリスタとしての生き方を選ぶのならば、尚更に。 けれど彼は仲間の選択を否定はせず、黙して腕に抱いた香良の目を、戦闘を見せない様に掌で覆った。 「……オレが?」 「ええ。その機会はこれきりかも知れない。ですが、力を得てもこんな風に危険に身を投じる必要もない。だから全て、自分の為に選んで下さい」 選択肢。 肩を抱いた亘の言葉に、良哉は酷く狼狽したように瞬きもせず戦場を見詰めている。 フォーチュナは『説明すれば』彼は理解すると言った。それは恐らく、終わってからの説明を想定したのだろう。自らが救われた後ならば、体を張って助けてくれた人たちの言葉ならば、彼の性質であれば受け入れるであろう、と。 けれど現状は、あまりにせわしい。 地蔵像よりはよっぽど人間的であり、悪い情報を打ち破ってくれた相手には間違いないが、助けに来てくれた、という安堵がある反面、彼にとって未だリベリスタは『見知らぬ不思議な集団』であるのも事実だ。 笑んで頭を撫でた亘を悪人とは思わないものの、『戦える』という選択肢は余りにも良哉本人の認識はかけ離れている。 その力が得られるのか。 誰が与えてくれるのか。 代償はなんなのか。 何の為に? 怯える妹と違い、彼はそれなりに考える事のできる年齢だ。だからこそ、突然の問いに戸惑うばかり。 「――突然で困るだろうけれど、選択肢は二つなんだ」 快が、惑う様子を見て語り掛ける。 その刃が、盾が、地蔵の錫杖を弾き、蓮華の光を舞い散らかした。 飛んだ七色が、その横顔を照らし出す。 「日常を日常として、その在り方を守り続けるか。戦う為の力と代償に、非日常の世界へと踏み出すか」 「少しの時間しかあげられないけれど、いつでもたっぷり考えられる決断ばかりじゃないから」 踏み込んだ旭が、地蔵の首の取っ掛かりを捕まえ、細い腕でその頭を地面へと叩き付けた。 柔らかい髪が、風にふわりと揺れる。 「ね。私の時は選べなかったから、もし選べるのなら、選んで欲しいな」 刃を持ったセラフィーナが、軽く微笑んだ。 身に錫杖を叩き込まれても、咳き込んですぐに体勢を立て直しながら、そう告げる。 進路上に立ったが故に錫杖で横っ面を殴られた詩人が、ぼやきながらも良哉を窺い見る。 彼の選択はどうなるのか。選ぶ事ができるのか。 決断を邪魔させない為に、自分は今こんな前で壁となっているのだ。 「邪魔させねぇよ?」 ああ全く、自分の苦労を無駄にするんじゃない。頬を一度擦り血を吐き捨て、詩人はにいっと笑った。 だから、あなたが選んで。 この力を得るかどうか。 「……オレは……」 だが、良哉の唇はそこから動かない。 彼は上演中の舞台に突然押し上げられた観客の如く、酷く惑った様子で首を左右に振るだけだった。 時間がない。彼を『そのまま』でいさせる為には余りにも時間がない。 軽い会話は叶ったとして、疑問に丁寧に答えている時間はないのだ。 ロアンの指先が、地蔵に触れる。 埋め込まれた死のタイムリミットが、弾けた。 「――では、離脱する」 爆音に怯えた様に己の服を握る香良に、ウラジミールが囲みを抜け走り出す。 「通さねぇって言ってんだろ!」 そこを塞ごうとした地蔵に、エルヴィンが立ちはだかる。 目だけで合図し、ウラジミールは駆け抜けた。もし攻撃が襲ってきても、彼女の身だけは守ると決意しながら。 息を吐いて、亘も良哉を抱え直し走る。安全圏ギリギリで、まだ余裕はあるだろうか。 けれど、ともまた思う。彼は戸惑っていた。迷いがあるならば、これ以上の問いは蛇足だろうか。 背後で、エルヴィンの歌が響いた。 力強い、歌が。 ● セラフィーナの刃に魅了され、攻撃の行き先を見失っていた地蔵の最後の一体が、旭によって打ち砕かれた。 弾け飛び石の欠片と化した地蔵に、彼女は息を吐く。 「大丈夫? セラフィーナさん」 「お陰様で」 「っあー……血が足りなくなるね」 「今治すから動くなって」 自分を庇い傷を増やした旭に頷いたセラフィーナの横で、詩人が頭を抑える。 ふらつくその襟首を掴んだエルヴィンは、遠くで自分達を見詰める目へと視線を送った。 傍らにはずっと、ウラジミールが得物を構えて待機している。 妹を抱き締め、微動だにしない良哉は――運命の輝きも、神秘の力も、持ってはいない。 視線に気付いたセラフィーナが、歩み寄る。 そして自分と変わらぬ年頃の彼に向けて、軽く笑った。 「今日のことは全部夢だったと思って忘れて欲しいな」 「……え?」 「貴方達が普通に過ごしてくれる事が、助けた私たちにとっては一番嬉しいことなんだ」 「でも」 「僕らはね、戦えるけど、それだけがヒーローになる道じゃない」 ロアンがその傍らに立つ。穏やかな目で、子供に語る。 「もし君が、いつか『ヒーロー』になりたいと願うなら、憧れるならば、君は君の思う『ヒーロー』になればいい」 それは偽りでも慰めでもない。数を多く救う事だけを求めないロアンなりの考えだ。 全てを救う必要はない。特定の誰かにとってのヒーローであっても構わない。 詩人を癒したエルヴィンがそっと、その頭を撫でる。 「そう。それで充分だ、よく頑張ったな。……もう大丈夫だから」 「……あの、……あの!」 弾かれた様に、良哉は顔を上げる。 「ありがとう、ございました。……ごめんなさい……!」 「謝る事はありませんよ」 自分にその選択肢を提示してくれた亘に、快に、謝る良哉に、彼らは小さく笑って首を振った。 ギリギリまで待つ、と決めた彼らにとっては、答えられない事もまた想定の内。 だからこれも、一つの選択。 「それでは、さよならです。小さなヒーロー。君らに幸ある未来が開かん事を」 その手を握って、亘はそう、笑った。 ● 未だしゃくりあげる妹を抱きかかえて家路に着きながら、良哉は考える。 現れた彼らが告げた言葉を。 消えて行った背を。 抱く力は緩めないまま、掌を見た。 本当に良かったのか。 あれで正しかったのか。 自分達を助けてくれたヒーローは、好きに選べと言ってくれたけれど、助けて貰ったばかりで本当に良かったのか。泣きじゃくる妹を抱えて縮まっているだけで良かったのか。 ――本当に? 頷きも否定もしないで、そのままでいるのが? 『そちらにも行けた』事を『知ってしまった』彼に生まれた迷いの種。 いつか、芽吹き育って、知らず『そちら』を求める彼は、新たな神秘を呼び寄せるのかも知れないが――それはあったとして、恐らくはずっと先の事。 良哉はもう一度、振り返った。 そこにはもう、誰もいない。 自分達を救ってくれたヒーローは、行ってしまった。お話のように、風のように。 けれど。 忘れられない事を許して欲しい、と、心の中のその姿に、良哉はそっと詫びた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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