●不機嫌な黒猫 「あれだな。これは神が俺に与えた試練なのだろう。きっとそうに違いない」 ブリーフィングルームで『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は、ようやく結論に至った。集められたリベリスタ達の表情が目に見えて緩む。 数十分の愚痴を経て伸暁は一同に強い視線を向けた。 「今回は山深い湖が舞台だ。美しい紅葉を目にすることができるだろう。帰りにキノコ狩りもいいかもしれないな」 話が脱線しそうな雰囲気を察知して、一人が話の先を促した。すぐさま伸暁は指を差して、にやりと笑った。 「その美しいロケーションに相応しくない相手が敵だ。いや、味方になるかも。しかし、敵でも構わない。とにかく、そいつがターゲットだ」 はっきりとしない物言いに遠慮がちに手を上げた者が万華鏡の映像を希望した。賛同する声は多かった。 「いいや、俺は認めない。あのような存在は一度で十分だ。あれで人魚と言えるのか。ギリギリでもアウトだろ。俺の美意識が絶対に許さない」 伸暁は握る拳を激しく震わせて言い切った。何か口にしたそうな者には遮るように手のひらを見せた。伸暁は近くのオペレーターに指示して資料を持って来させた。 「相手の容姿や事情は書いてある通りだ。十分に目を通して煮るなり焼くなり、気紛れに捕獲するなりしてくれ。ちなみに俺は鯉は嫌いじゃないが嫌いになった。男はワイルドに肉を食らえばいいのだ」 よく分からない話に適した締めの言葉であった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒羽カラス | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月18日(木)23:00 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●素晴らしい景観 山道は朽ちて久しい。辛うじて原形をとどめていた木の階段は容易に足で踏み抜かれた。枯れ枝と枯葉の音が絶えず耳にまとわりつく。不審者を告げるかのように野鳥がけたたましい鳴き声で飛び立った。その方向には目的地の湖がある。一同は顔を上げることなく、ただ斜面を見つめる姿勢に徹した。真昼とは思えない薄暗い中を黙々と歩を進めるのだった。 やがて前方から光が射し込み、火照った身体に等しく癒しの風が吹く。全員の足が自然に速まった。陽光が降り注ぐ世界へと踏み出した。 静かでいて深い感動の声が沸き起こる。湖の周囲の木々は色とりどりに燃えていた。穏やかな湖面は鏡面と化して紅葉を神秘的に映し出す。視界の全てが華やかに彩られた。 大きくて黒い瞳は深い沼を思わせる。表情に乏しい『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)が湖のほとりに立った。 「城山美和子、いる? 人魚姫、に話がある」 側の人に話しかけるくらいの声量で、直後に押し黙る。僅かな反応も見逃さない。五感を研ぎ澄ましているかのようだった。 リベリスタを除いて、周囲に人気はない。ただし無音ではなかった。湖には少なからず水鳥がいた。視力の優れた者ならば鳥の種類まで見分けることができるだろう。山の急斜面には大小の鹿の姿を見て取れる。風が吹けば山全体が囁く。一帯は生気に満ち満ちていた。 天乃は軽く唇を結んで湖に片足を入れた。濡れることを厭わずに前に出ようとした。その時、勢い込んで並ぶ者がいた。 「おーい、美和子! お前の捜索依頼を受けて助けに来たぞ!」 小さい身なりに不釣り合いな大音声、『美和子探索隊』滝沢 美虎(BNE003973)であった。周囲の視線を受けて本人は屈託のない笑顔を浮かべた。 ――チャプン。 それは常人の耳には絶対に聞こえない音であった。『モンマルトルの白猫』セシル・クロード・カミュ(BNE004055)は紅葉を思わせる赤茶けた目を湖面に向けた。気づいた何人かが、それに倣う。 湖の中程にパグが顔だけを出していた。美しい眺めに不思議な物体が収まって一同の口元が緩む。 「あたしが美和子だけど、あんた達はなんなのよ!」 犬のパグに似た城山美和子から野太い声が返ってきた。自ら近づいてくる様子は見られない。天乃は近くにいた『碧海の忍』瀬戸崎 沙霧(BNE004044)に視線を放った。相手の意図を汲み取ったのか。沙霧は微かに頷いた。 「いきなりこんな人数できたんだもの、警戒するのも分かるわ。私達は、あなたに話があってきたの」 そこで言葉を区切って行動に移す。沙霧は平然と湖面を歩いて見せたのだ。美和子の注意を引き付けている間に天乃は速やかに湖中へと身を沈めた。 「私達もあなたと同じ。変な力があるのよ」 「なによそれぇ。どうなってるわけ? 変な力どころじゃ済まないわよ。何者なのよ、あんたは!」 黒目勝ちな瞳を更に丸くして美和子が叫んだ。沙霧は堂々と忍者を名乗った。 「ないない、絶対にないって。あんたは付けてないじゃないの。靴に丸い物を付けないで、どうやって水面に浮くのよ。あ、あ、あんたはひょっとして」 美和子は溺れたかのように口をパクパクさせた。そして震える指先を向ける。 「こ、この湖で溺死したんでしょ。ちゃ、ちゃんと成仏しなさいよね」 一同の制止の声を無視して美和子は顔を引っ込めた。沙霧は視線を落とし、間もなく踵を返して戻ってきた。 表面的には穏やかな湖となった。 ●説得の果てに 一時間弱が経過して最初に美和子が現れた。疲れ切った表情で一同のいるところに近づいていく。小太りの上半身は中年男性のままであった。 「あ、あのねぇ、いい加減にしなさいよね」 美和子は半身浴の状態で後ろを振り返る。天乃がひょいと湖面に顔を出した。 「真顔で追いかけられたら怖いじゃないのよ」 「ああ、うん。そう、だね」 やはり表情は無いに等しい。美和子は荒い鼻息で前に向き直った。 「まあ、いいわ。それより、なんか助けにきたとか言ってたわよね」 「わたし、わたしだよ。さ、一緒に町に帰ろう」 美虎は笑顔で手を差し出した。美和子は胡散臭いものを見るような目付きになる。 「あんたのような子供になにができるの。こっちは真剣に悩んでるのよ」 もっともな言い分に美虎も言い淀み、周囲に助けを求めるような視線を送った。すると一人の人物が、すっと前に歩み出た。 「さて、美和子嬢。これからの話に耳を傾けて冷静に考えて頂きたい。今後、その姿を含む諸々への対処法を知らねば多くの問題に直面することでしょう」 騎士然とした態度で『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)が言った。相手の容姿を目にして美和子の表情が和らぐ。 「まあ、実際に困ってはいたわ。あたしのように愛らしい者は幸が薄いものなのよね。人魚になるのは運命だったのよ」 頻りに頷く美和子に『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)は凄みのある笑みを作った。銀色に輝く両手は誰かの首を絞めるかのようにギリギリと音を立てて窄まる。 「とりあえずアークに来れば就職できるわよ、きっと。私でも一応、組長の運送会社に籍を置かせてもらってるもの。こんな山奥で生活するよりは暖かいし~……はぁ」 明るい声とは裏腹にエーデルワイスは溜息を洩らした。 「そのアークとかがあんた達の所属先なのよね?」 話を止めて美和子は一同を見回した。 「個性的な格好でも受け入れられるみたいだけど、あたしは人魚。あまりにも姿が違いすぎるわ」 「……鯉よね」 「なにか言いました?」 「そうですね、と」 エーデルワイスは取り繕うように笑って控え目に息を吐いた。 「姿のことなら、だいじょうぶだよ。幻視っていう簡単に覚えられる技を使えばいいし、わたし達にも通用する超幻視もあるんだよ」 美虎は『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)を呼んだ。頑強な肉体を誇るカイは進み出て片膝を付いた。 「孤独な境遇のマーメイドプリンセスよ。どうか怖がらないで」 「あら、渋いお方。膝が濡れてしまいますわよ」 「落ち着いて話ができる場所まで来て欲しい。どうか、プリンセスを抱いて運ぶ行為を許していただけないだろうか」 「そんな急に言われても……優しく運んでくださいね」 美和子は少し息を荒くして目を伏せた。カイは軽々と持ち上げて座り易そうな岩に下した。続いて自分の顔を注目するように言った。 「これで、いいのかしら」 「そう、そのまま見て」 美和子はうっとりとした目でカイを見つめた。 「実は我輩はインコなのダ~」 美和子は固まった。仰天のあまり、一時的に思考が止まってしまったのかもしれない。カイが繰り返しインコの顔を見せることで落ち着きを取り戻していった。 「こんなこともできるのね。じゃあ、あたしもアークに行けばやっていけるのかしら」 「もちろんなのダ。彼を見て欲しい」 カイは『骸喰らい』遊佐・司朗(BNE004072)を手招きした。 「美和子さん、初めまして。ボクもあなたと同じだよ」 自らのジャッカルの耳を指差した。そのあとで学生証を見せた。 「ちゃんと日常生活を送れているよ。だから、一緒に来てくんない? 後悔はしないと思うし、同じ境遇の人もたくさんいるから、きっと楽しいと思う」 「そうね。ここでは一人なのよね。でも、あたしになにができるのかしら」 「人魚らしく歌でも歌ってみたら?」 セシルは事も無げに言った。 「あたしが歌を? それって舞台に立つってことよね」 「こう見えて聴覚には自信があるから試しに歌ってみてよ。私が判定してあげる」 「本当に。じゃあ、あたしの得意な歌で」 少し喉を鳴らしてから美和子は大きく息を吸い込んだ。胸に手を当てて一気に声を解放した。音階を無視した地鳴りが辺りに響く。湖の水鳥が一斉に騒ぎ出し、群れを成して空に旅立っていった。 歪めた表情でセシルは大きく手を振った。美和子の歌を止めて言い放つ。 「耳がおかしくなるからやめて」 直感的な言葉に悪意はない。ただ相手の心には届かなかった。 「あんた達さ。あたしを散々持ち上げておいて、この仕打ちなのね。ふざけてんじゃないわよ!」 積み上げてきた信頼は崩れ、殺伐とした雰囲気に包まれた。 ●生臭い戦い 怒りが全身を巡って沸騰したかの如く、美和子は噴き出す霧に包まれた。瞬く間に一同の視界を白く染める。 沙霧とエーデルワイスは迅速に自己の強化を図った。 白い世界に否応なく引き込まれた。自分の足元がはっきりとしない。条件は同じでも苦にならない者もいた。 「問題、ない」 天乃は聴覚と嗅覚を駆使して相手の位置を割り出し、全身から無数の気の糸を飛ばした。悲痛な声は攻撃の有効性を物語る。同時に困惑した声を聞き取った。 「な、どういうこと? 身体の自由が効かない、なんて」 「もう、やめろ! こんな山奥で、ずっと一人なんて寂しいじゃないか!」 美虎は構えたまま、声を張り上げる。動揺するような反応は得られなかった。 カイは沈痛な面持ちで自己修復の技を施し、殺さずの大技に託す。 攻撃の精度を落とす霧には防御で備える。アラストールは自己を強固な盾と化した。 視界の不利を構わずに司朗は突っ込んだ。炎を纏った拳は周囲を煌々と照らすことなく、虚しく空を切った。 「私の祈りは届かないことが多いのよね」 聴覚を活かしたセシルは銃撃を見事に命中させた。体力を削られて美和子の声が絶え絶えになる。 その様子に沙霧は攻撃を躊躇った。相手を斃してしまうことを危惧したのだ。反対にエーデルワイスは嬉々とした笑い声を上げて銃を構えた。逃走を封じる為に下方に定めて狙い撃つ。激しく転ぶような音のあと、か細い呻き声は人外の獣を思わせた。 天乃は霧深い中を迷いのない足取りで歩いていく。 「もう、終わりで、いいよね」 天乃は倒れている美和子の側に立った。横倒しの状態でぎこちなく頷いた直後に動かなくなった。浅いが呼吸はしていた。不幸な結果は免れた。 瞬く間に霧は解消されて一同が美和子を囲むように集まった。 「これで美和子殿はアークで様々な対処法を学ぶことができるでしょう」 アラストールは凛とした声で言った。そうだね、と美虎は呟いて少し悲しそうな顔で美和子に視線を落とす。 「革醒しちゃった以上、もう元には戻れないんだ……」 その声は本人に届いてはいないだろう。自分自身に言い聞かせているようでもあった。沙霧もまた、同じ気持ちに至ったのかもしれない。 「私も、革醒したのは最近なのよ。最初は不安だったけど、なんとかやっていけてるわ」 「困った時には連絡してよ。これ、僕の電話番号だから」 司朗はしゃがんで美和子の手に小さく折り畳んだ紙を握らせた。 アークの搬送用のヘリが到着したのは、それから四十分後のことだった。去り際の湖の景観は美しいながらも、どこか憂いを帯びて見えた。 ●各々の顛末 将門伸暁は無事に任務を果たした一同をブリーフィングルームで迎えた。個々に労いの言葉を掛けた。 「それにしてもブサイクな生ものを相手によく捕獲の道を選んだな。煮ても焼いても捌いても良かったのに、心が広いと言わざるを得ない」 強張った笑顔で力説する伸暁に周囲の目は泳いだ。 「本当によくやってくれた。宇宙くらいに広大な心に万歳だ」 万歳三唱を強要されそうな強い口調であった。どうも、と一同は頭を下げて早々と退室した。 回復が見込まれる頃に一同は美和子の病室を訪ねてみた。閉め切った個室の中は湿気のせいなのか、魚特有の生臭さが感じられた。 「あんた達、よく来れたわね。もう少しで天上を優雅に泳ぐ人魚になるところだったわよ。まあ、結果的には全く感謝していない、なんてことはないんだけどさ」 美和子はベッドを座椅子のようにして煮干しをポリポリと食べていた。安易に共食いの言葉を口にする者はいなかった。冗談のような顔の割に、その手のブラックユーモアが通用しないことは身をもって体験していた。 「これだけは言っとくけど。あたしは水中で今回のような無様な姿を晒すことなんて、絶対にないんだからね。水中ショーのように華麗な泳ぎで相手を魅了して、狩人の一撃で『あなたのハートをいただきます』なんだから!」 美和子の鼻息は無駄に荒い。ベッド脇の架台に置かれたバスケットからリンゴを取り出して丸かじりした。 各々が胸に秘めた思いを表情にして病室から出た。一同は新鮮な空気を求めるかのように矢継ぎ早に深呼吸をした。合わせた視線が雄弁に語る。 とても生臭い、と。 ほんの一時、伸暁の気持ちに寄り添う日であった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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