●小さな小さな勇気の欠片 お姉ちゃんは僕に会うといつも笑ってた。 お姉ちゃんはいつも顔に絆創膏とかを貼っていた。どんくさいから怪我しちゃうんだよね、って言ってたんだ。 でも僕は知ってる。隣の部屋のお姉ちゃん。優しいお姉ちゃんはいつも怖いお父さんに苛められてたんだって。 いつも壁越しに怒鳴り声と何かがぶつかったり壊れたりするような音がしてたんだ。次の日に会うお姉ちゃんは怪我が増えてて。あいつがお姉ちゃんを殴ったんだ。 お姉ちゃんに味方はいなかったんだ。お姉ちゃんのお母さんも、お父さんのやる事を見て見ぬふりしてて。 だから、僕は決めたんだ。お姉ちゃんの味方には僕がなるんだって。 誰がお姉ちゃんを苛めても、皆がお姉ちゃんに酷いことをしても。僕が必ず最後には味方になって、守ってあげるんだって。 今日もまた、隣の部屋から怒鳴り声が響いてる。お姉ちゃんがまた酷い目に遭ってるんだ。 僕が守ってあげなきゃ。お姉ちゃんのお父さんに、あいつにやめろ! って言ってやるんだ。 あの人が言ってた。僕の勇気があれば世界は変えていけるんだって。お守りもくれた。勇気を助けてくれるお守り。 今行くよ、お姉ちゃん。僕が守ってあげるから。 ――どんなものからも守ってあげるから。 ●ブリーフィングルーム 「大事な物ほど無くしてから気付くって言いますよね? でも大事なら最初から無くさないのが一番ですよねえ」 アークのブリーフィングルームにて『黒服』馳辺 四郎(nBNE000206)は集まったリベリスタ達の前でそう切り出した。 「大事なものを守る為の力、それを皆さんは持っていますが持っていない人は欲しがるものです。リベリスタの皆さんは当然のように、遠慮なくそれをふるっていますがね。はは」 ニヤニヤとしながら無駄話を続ける四郎はリベリスタへと資料の収められた封筒を渡す。同時にモニターへと映し出されたのは…… 「さて、これがその力を求めた人の結果です。彼は大切な人を守る為に力を求め、手に入れる機会に恵まれ……このような事となりました」 そこに映し出されていたのは、マンションの一室であった。リビングと思われる部屋には家財が散乱し――大量の蔦が蔓延っていた。 都会の最中、しかも住居内ではありえないその光景の大元……蔦を辿った先にあるのは、一株の巨大な植物であった。 大量の蔓を束ねたような形状の元株から少年の身体が生えている。いや、この場合は少年から蔓のような植物が生えたと考えるほうが正しいのだろう。 蔓延る蔓は部屋全体を苗床とし、棲家へと変質させている。通常でありえる光景ではない。どう見てもエリューションである。 「この少年の名は大木 誠也。大切なものを守る為の力を得た結果、力に飲み込まれた子です」 それ自体はよくある話。いや、この事件はよくある話なのだ。一歩間違えればリベリスタも辿っていたかもしれない出来事なのだから。 「それ自体はよくある事ですねえ。このケースの問題点は……こちらです」 そう言い四郎がモニターに写る映像を切り替えると……そこには複雑に絡み合った蔦で出来た檻のようなものが存在していた。 元株の根元にあたる部分が檻となっており、中に一人の少女が捕らわれている。蔦に絡みつかれ、覆われたその姿は虜囚か、それとも籠の鳥か。 「少年はこの少女を守る為に力を求め、運命を得る事が出来ませんでした。今もこのように彼女を守る為に捕らえ続けています、健気ですねえ」 だが、善意であろうとも。すでに理性も失われたそれは、執着以外の何物でもない。このまま放っておけば緩やかに少女は衰弱するか、少年と同様にエリューションと化してしまうかもしれない。 「この事件なのですが、黄泉ヶ辻所属のフィクサードに『庭師』と呼ばれる人物がいます。同様のパターンで過去に何度か事件をおこしており今回も彼の関与が疑われます」 他人にエリューションの種を与え、何かの切欠でそれが発芽し持ち主をエリューションと化す。そのような手口のフィクサード『庭師』。その手口故に本人の足取りや事件の発生を抑えにくい相手ではあるが――今回もまた、未然に阻止する事は出来なかった、という事なのだろう。 「基本的に彼は『発芽した』事件に関わることはありませんが、注意しておいてくださいね」 四郎が言葉を締めるとリベリスタ達はブリーフィングルームを後にする。 待っているのだ。救わなければならぬ少女が。……救えなかった少年が。 ●兆しの一幕 「そうか、大変なんだね」 少年は一人の人物と会話をしていた。 見知らぬ男ではあったが、彼は不思議と信用する事が出来た。妙な安心感があり、今も少女を心配するその気持ちを穏やかにさせてくれる。会話することで少女を助ける力がない無力感を抑えることが出来る。そんな不思議な相手だった。 「その勇気を大事にしなさい。いつも小さな勇気が大切な人を守る時に大事なものなのだから」 その言葉はテレビのヒーローが言うような言葉だった。憧れの目で見るだけだったその言葉は、男の口から紡がれることで少年の勇気をより強く揺さぶってくれた。 男はポケットから一つのアクセサリーを取り出す。植物の種子のようなものが入った結晶体。それは不思議な石、として少年の目を引く。 「この石を持って行きなさい。君の勇気を助けてくれるお守りさ。君のなけなしの勇気を力に変えて、大切なその人を守る元気を与えてくれるから」 その言葉に少年は頷き、結晶を受け取った。先ほどまで不安をありありと見せていた少年の瞳は勇気に溢れ、伸ばした背筋からは決意を感じさせる。 少年は男に一礼し、自宅への帰路につく。次に何かあったら少女を必ず守る、その意志と共に。 ――男はそれを見送る。慈愛に満ちた微笑で。 まるでそれは子供を導く父親のように。兄弟を守る兄のように。……我が子を慈しむ母親のように。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:都 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月21日(日)22:32 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●プリンセスケージ そこは外面上は至って変哲のないフロアであった。 ありふれたマンションのありふれた通路。ここに異質が存在するなどとは誰も想像だにしないであろう、日常感溢れるフロア。 今、その日常に奇妙な集団が乗り込んでいた。日常から乖離する個性の塊のようなその集団。彼らは奇妙なほどに警戒感を漂わせ、油断なくフロアの奥へと進んでいく。 「んー、こっち見てるね」 飄々とした風に同行する皆に告げるのは『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)。自らを殺人鬼と嘯く彼は、そのより多くを見通す目で何かを捉えている。 「そうね。以前の報告通りの高みの見物かしら」 同様に式たる白鴉を飛ばし『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)も同様のモノを確認している。 彼らが捉えているものは『庭師』と呼ばれるフィクサードである。 現在、彼らが向かっている場所におきている事件の切欠を作り出した当人であり、黄泉ヶ辻に所属するといわれる男。彼は過去の事件においても事件の始動を見届けるまでは現場の近くに存在していた。今回もまた、同様なのだ。 仲間達による確認報告を聞いた『紅玉の白鷲』蘭・羽音(BNE001477)がギリ、と奥歯を噛み締める。 「……行こう。誠也と、誠也の守りたかった人を助けなくちゃ……」 すぐにでも駆けつけ切り捨ててしまいたい。その気持ちを抑えて羽音は進む。以前、同様に『庭師』が事件を起こした際に彼女はいた。その時も知らぬとはいえ、みすみす逃してしまった事を彼女は悔やんではいる。だが、今はやるべきことが先にあるのだ。 同様に関わっていた『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)は視線を一点の目的地……マンションのある一室の入り口に向けられている。 決して看過出来る相手ではないのだが、解決するべき問題の優先度がある。今彼女がやらねばならないことは……エリューションの殲滅。 リベリスタ達は憎むべきフィクサードの影を感じながらも、それを無視してドアノブへと手をかけ、開いた。 ――その瞬間。内部から漏れ出してきたのは濃厚な酸素の匂いであった。 「これは……」 内部の様子を覗いた『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)が絶句する。そこは最早マンションの一室としての体裁を残してはいなかった。 玄関からリビングへ繋がる通路にはみっしりと植物が繁茂していた。蔦のような植物が通路を埋め尽くし、それらが周囲の大気を浄化しているのだ。室内に満ちる濃厚な酸素の匂い……森林というよりは、閉鎖空間で蒸れた空気を生み出すそれは温室の如き状況であった。 緊張した面持ちで茂る植物を踏みしめ、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が室内へと土足で入り込んでいく。このような状況でここを室内である、と判断するのはさすがに無理がある。抵抗なく皆も土足で内部へと踏み込んで行き……リビングへ伝わる扉の前へと辿りついた。 一同顔を見合わせ、その扉を開き……息を呑む。 「うーん、これはなかなか……」 ユーキ・R・ブランド(BNE003416)が言葉を漏らす。室内の状況は通路よりも凄まじい状況となっていた。 室内に繁茂する植物はさらに密度を増し、最早人の生活していた痕跡など存在しない。四方に生える柱状の植物は禍々しい雰囲気を作り出している。 床は絨毯の如く繁茂する植物に覆われ、至る所に本来あった家具の隆起を作り出しながら伸びている。所々、植物の隙間に見える家具ではない物体……肉のようなものは、恐らくここで命を落とした人物――この事件の焦点の一部である少女の家族であろう。 そして何より目を引くのは部屋の中央に存在するモノである。 部屋を埋め尽くす植物と同様のモノで形成された檻……鳥篭のようにも見えるソレが、今回リベリスタ達がこの場へとやってきた理由である。 守るべき者を守る為、力を求め……それに呑まれた少年。大木誠也の成れの果て。今は少年の残滓は鳥篭の頂点に存在し、植物に埋もれている少年の姿のみ。守る相手を守るのに適したその姿は彼の望みが叶った結果である。 それが少年の求めた最良の結果でなかったとしても。植物の鳥篭に守るべき少女を閉じ込めた状態であるとしても。 息を呑み、顔をしかめるリベリスタ達。様々な感情の入り混じったその間に、一人表情を動かさぬ少女がいる。『水底乃蒼石』汐崎・沙希(BNE001579)は、この光景に他のリベリスタ達とは違う感情を持っていた。 (歪んだ慈愛。これが彼の造園というわけですか) 表情が大きく動いたわけではないが、その瞳に映るのは……怒り、恐怖、哀れみ。それらのどれかではなく、僅かな喜悦ではないだろうか? 彼女の歪んだ性質はこの光景に退廃的な好感を感じているのだろう。そしてこの狂気の園芸と共に、少年の求めた救いを手折る事に対する悦楽もあるのだろうか? 奇異なものも含めたリベリスタ達の感情の動きはわずかな時である。彼らはエリューションと戦う訓練を受けた者達だ。例えどのような思いがあろうとも、植物が……誠也が侵入者を感知し、蠢き出すと同時に戦闘態勢へと思考が切り替わる。 「――始めますか、皆さん」 舞姫が漆黒の輝きを持つ『黒曜』を引き抜くと、皆が頷く。リベリスタとしての本来の職務が、今より始まる。 ――少年の求めた希望の一つの形。それを圧し折る処断の職務が。 ●プリンスガーデン 「行きます!」 戦端が開かれた時、誰よりも早く駆け出したのは舞姫であった。手にした短刀を構え、一目散に室内の奥を目指して駆け抜けていく。 自らの領域内に踏み込んできた存在に対し、植物達が俄かにざわめき、動き出す。近づくその存在に対し、囚われの少女を護る為に、一斉に蔦が襲い掛かった。 鋭く刺し貫く蔦の槍。激しく蠢き穿つその槍を舞姫はすれすれで見切り、かわし、切り払い。いくつかの槍は受けつつも致命的な一打は受けぬように潜り抜けていく。 囲みとなる四本の柱樹は屋内に入り込む相手を自動的に狙うギミックである。それは誠也の護る意志、外敵を拒絶する意志を具現化したかのような防衛機構だ。 その防衛機構を沈黙させんと次々とリベリスタ達は突入し、散開する。蠢くツリーに対し、羽音が猛進し、手にした『ラディカル・エンジン』を全力で叩きつけた。 「頑張ったね、貴方が勇気を出したから……彼女はもう大丈夫」 語りかける。自我が残っているかもどこか怪しい、誠也少年へと。彼女は少年の望んだ行為を肯定する。大切な者を護りたいという気持ちは理解出来るから。 「だからもう――こんな事しなくていいんだよ?」 ただ、歯車が狂ってしまっただけ。変形した歯車は正しく回るはずもなく、歪な結末を生んでしまう。だから、これ以上の悲劇は終わらせる。そう想いを込めて。 変形した運命の歯車と違い、規則正しくサイクルを刻む機械式の刃が木片を撒き散らし、凄まじい轟音を響かせる。戦場ではなく、伐採場の如きその音は室内を反響して騒音を生み出していた。 「あら、私は肯定しないわ。世間知らずで無知な子供らしい――安い正義感だもの」 氷璃は羽音とは真逆の価値観を口にする。力が無ければ護れない、力があれば誰かを護れる。そのような単純で思慮の足りない正義を彼女はばっさりと切り捨てる。 「声を挙げずに見てみぬふりをしていたのは貴方も同じ」 自分だけで彼女を護る事を決めたこと。回りに頼らず周囲に伝えもしない独りよがりの正義感。他に多数の筋書きもまた、存在しただろうに。 「いつか終わりが来るのなら、せめて最期は安らかに」 急激に魔力が練り上げられ、生み出された黒鎖が樹木を拘束し、蠢く蔓ごと絡めとって動きを封じていく。彼女なりの少年への敬意か優しさか。 せめて夢の中で。少女を護った英雄の幻想の中で彼が眠れるように。 「皆さん、まずは少女の確保を優先です! 守備を固めて進むのです!」 ミリィが手にした杖を指揮棒のように振り、皆に最適な指示を飛ばす。適切なポジショニングの指示はリベリスタ達の守りを強固とし、進軍の要を生み出す。 「私達は、貴方の優しい願いが大切な彼女を傷つけるのを防ぐ為にここにきました!」 精一杯に胸を張り、彼の優しさを無為にせぬように声をあげる。目的は二つ。誠也を倒すこと。そして最低ラインの作戦には存在しない、少女を無事に助けること。その二つの為に、彼女は持てる力を最初から振り絞る。 襲い掛かる蔦をミリィが放つ閃光が包み、焼く。その光は蔦の動きを鈍らせ、リベリスタ達がより深く切り込む為の切欠を作り上げる。 わずかな隙間を潜り抜けるように葬識が駆ける。手にしたハサミめいた刃、逸脱を指し示すその得物をキシリと響かせ、殺人鬼は切り込んでいく。 「さあ、お姫様を救う王子様の登場だよ? ――殺人鬼だけど!」 ある種の悪意や捻くれた脚本を感じるミスキャスト。人を殺す王子様、童話よりより残酷に相手を刻む異質な配役は真っ直ぐに、檻へと駆ける。 迫る悪意に敏感に誠也の遺志は反応する。鋭い殺意の接近を拒むように、残されたツリーより再び蔦槍が伸びて歪みの国の王子様を貫かんとする。 ――だが、その槍を打ち払うように別の槍がツリーへと襲い掛かった。信念を意味する『Convictio』。貫く意志を持ちてその槍は全力の加速を以って、ツリーを穿つ。 ノエルの渾身の一撃は樹木を軋ませ、激しく揺さぶる。突き立てられた槍が深く深くツリーを抉り、ヒビを広げて傷をより広げていく。 「少年よ、貴方の行為は一面では少女を救ったでしょう」 呟く言葉は酷薄に。ただ事実を少年の残滓へと告げる。 「が、貴方は害する側となった。己でそれを自覚出来ぬなら――」 より握り締めた腕に力が篭る。細身のその肉体に見合わぬ膂力が込められたその槍は、さらに傷を広げ…… 「――わたくしが貴方を滅しましょう」 槍がさらに深く突き込まれ、樹木を穿った。 皆のアシストを受けながら、植物の檻へと向かう者達。眼前に迫るソレに囚われる少女が肉眼で捉えられる距離までくるが、誠也の抵抗はより激しくなっていく。 蔦が振るわれ薙ぎ払い、槍となりて刺し貫き。蔓は絡み付こうとして接近する者を拘束しようとする。リベリスタ達はそれをいなし、切捨て、さらに迫る、迫る。 その中の一撃が急激に間合いを詰めた葬識を穿とうとした時。檻の上層にある株及び、誠也の残滓を漆黒が覆った。 「残念ながら、それは君の望んだ力ではないのです」 ユーキが刃を誠也だったものへと突きつけ、語りかける。漆黒は彼女の生み出した枷である。護るべき檻を閉じ込めるべき檻で上書きし、拘束する。 「……そのままでは、貴方の大事な人も――死ぬ」 伝わっているのか、理解しているのか。もはや定かではない誠也だったものではあるが、自らを縛りつける檻に対しては激しく抵抗する。自らが閉じ込められた場合は抵抗する。だが、自らが拘束する相手は手放そうとしない。その二律相反を自覚する理性は最早彼には、ない。 そしてその理解を待つ余裕もリベリスタにはない。拘束で鈍った瞬間を狙い、葬識が一気に肉薄し…… 「はいさ~い、ここ!」 ――『逸脱者のススメ』を一閃した。瘴気を纏うその刃は檻を深く深く刻み付けて残撃の傷跡を残す。 「はい! 狙っちゃってねぇ~☆」 軽い調子で言う葬識。だがその刃は的確に誠也だったものへと届いている。高い再生能力をもつその蔦が、沈黙している。傷口から染め上げられた瘴気が植物の再生を阻害し、傷を深く深く残しているのだ。 刻まれた傷は確かなマーキングとして残り、そこへリベリスタ達は一斉に攻撃を加える。氷の一撃が、真空の刃が、魔力の矢が。人質を傷つけないよう細心の注意を払いながら、刻みを深く抉っていき――やがて、それは檻を抉じ開けるに至る。 ――その傷があれば十分。すかさずその隙間へと舞姫が身を踊りこませ……少女へたどり着くに至った。 ●ガーデンエンド 「どんな攻撃からも……わたしが庇いきる!」 身を踊りこませた舞姫は内部に拘束された少女に絡みつく蔦の数々を、刃を振るい切り捨てていく。一本々々解けていく拘束。その全てを排除した後に、舞姫は少女を抱き抱えるかのようにして身構えた。 無理な攻撃は大きく少女を傷つける。だからこそ、彼女は飛び込み少女を護ることを決意した。リベリスタ達は彼女のその覚悟を理解している。だからこそ、躊躇いなく刃を振るう。 仲間達の強烈な一撃が檻すらも抜け、中へと抜ける。普段は敵に振るわれるその攻撃の数々は、植物を切り捨てた余波ですら深く舞姫を傷つける。 また、誠也だったものも護るべき少女へと触れる相手へ容赦はしない。かわす隙間無き内部へと容赦なく蔦を打ちつけ、蔦槍を降り注がせる。 「誠也くんが頑張ったから、お姉ちゃんは無事だよ。もう大丈夫だよ……」 傷つきながらも言葉を紡ぐ舞姫。だがその言葉は届かない。耳へは届いているのだろう。だがその言葉の意味を理解して聞き遂げれるほど、誠也はもはや人ではない。 「だから、これからは……」 それでも言葉は続ける。これは誠也に伝える言葉であると共に、彼女自身による決意の言葉なのだから。 「これからは、わたしがお姉ちゃんのことを誠也くんの代わりに護るから! もう……頑張らなくても、大丈夫だよ」 必ず護る。その意志が彼女を数々の暴威から支えている。増える傷が命を刈り取ろうと舞姫の意識を浸食していく。 ――その傷は、微かな風に吹き流されて急激に塞がる。 (慕情。……私的には理解しがたい感情ね) 万年筆を宙に滑らせ、癒しの息吹を紡ぎながら沙希は思う。他人の苦しみを見る事に対する自らの喜びの感情を受け入れた彼女は、それ故に好意的感情に対して斜に構える節がある。 (――でも君の勇気、見届けたわ。やり方は間違っていたかもしれないけれど……その勇気は認めてあげる) だが、決してそれらを否定することはない。少年が望んだ結末は歪んでしまったけれど、護ろうとした思いを、彼女は肯定する。 同様に、仲間が少女を救う為に身を挺する事も肯定する。それ故に、彼女は癒す。自ら苦しむ過酷な手段を選んだ仲間の傷を塞ぎ、命を繋ぐ為に。あるいは苦しみを続ける為に。 舞姫が庇い、沙希が癒す。少女の護りが万全であればリベリスタは全力を出すことを躊躇わない。躊躇うことは仲間の覚悟を汚すことである。 「陣形変え! 一気呵成に攻め立てるです!」 ミリィが指示を飛ばし、より攻撃的な布陣へと組み変えていく。 「貴方は彼女を檻の外に連れ出してあげたかったのではないのですか?」 ミリィの問い掛けも、最早彼には聞こえない。すでに意味などわからない。 だから、助けるべき者を助けたリベリスタがやる事は…… 「彼のニーチェは嘯く。勇気に勝る殺し屋なんていない。同情も、底のない深淵の苦悩も、死への恐怖全て打ち殺すってね」 葬識は哲学者の言葉を引用する。世界を変えず自分を変えた勇気。しかしそれは世界を壊す勇気になってしまった。ならば世界の前に壊れるべきは、彼だ。 漆黒の炎が魂すらも焼き尽くす。少年の思いも、力も。全てまとめて闇に還す。 「自分が味方であることを少女に伝える、それだけでも何か変わったかもしれないのにね」 殺人鬼は哲学する。そして至極真っ当な事を語る。少年を焼き尽くしながら。聞く者もいない、教訓を。 ●エンドロール 「――憤るべきだと思うのですがね」 少年だったものが存在を失った後。残された部屋を調査していたリベリスタ達は、あまりにも残りすぎているその生活感により事件の根深さを知る。 「どうにも不味い乾き方をしている様で。奴らの所業に心を動かされる事が少なくなってきた」 ユーキが肩を竦め、言う。 黄泉ヶ辻。七派の中でも一際狂気の色濃い集団。それ故に内包する狂気も大きく、広く。この歪んだ作庭もまた、その一つ。 少女は意識のないまま病院へと搬送された。庇われたその身は傷らしい傷もなく、リベリスタの身を挺した行為は十二分に効果があったと言える。この後、記憶に多少の処理が行われて彼女は再び日常に戻るだろう。 家族と隣人を失った彼女の日常は、決して元の物ではないけれど。 一度は捉えた『庭師』は戦闘の最中にすでに姿を消していた。自分の仕事は終わったとばかりに、彼は最後を見届けない。見るものはいつも発芽の時、だ。 「誰かを護りたいと願うことは、悪いことじゃない。悪いのは……あいつだ」 羽音の呟いたその言葉は、客観的に見ればその通りなのだろう。だが、捕捉した際に密かに思念を飛ばして問いかけた沙希。それをなんらかの手段で目視していた者達には微妙な違和感を残していた。 『――何故、力を得る際のリスクを子供に話さないの?』 沙希の飛ばした問い。その時に『庭師』が浮かべた表情が妙に記憶に残っていたのだ。 ――その表情は困惑だった。リスクがどこにあるのだろう? そう言わんばかりの表情だったのだ。 また『庭師』は奇怪な庭を作るのだろう。人の感情を苗床とし、人を素材として。それが目的なのか、手段なのかはわからないけれど。 ――氷璃の握りしめた拳の中で、発芽の残り香である樹脂がキチ、と音を立てた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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