● それの背中には美しき羽が生えていた。ボトム・チャンネルにおける昆虫のようにしきりに羽ばたくものではなかったが、代わりに羽ばたきは、その風を受けたものに傷をつける程の激しさを以て辺りを吹き抜けた。 しかしながら羽はそれが完全に飛ぶことを許すものではない。それのサイズや重量故に、限られた時間しか飛行状態にあることは叶わなかった。それは決して優雅であることを許されたわけではない。同時にそれは羽の豪華さに相応な身体を持ち合わせてはいなかった。全身に紫色の鎧をまとったそれは吐き気を催すどす黒さを身体に宿している。夜の闇の中にあれば銀色に光るその目が不気味に空中を彷徨うだけであろうが、太陽の下にあればそれは確かな不快さを以て我々の視界を侵略してくるだろう。優美な羽はもはや、それを一層引き立てる装飾品と化していた。 それは木の枝に座していた。何かを待つように、何かを思うように、音もなく佇んでいる。虚空を見つめている。それを取り巻く音色は風の流れる音と、木々が擦れる音、あとはそれの『仲間』が発している音だけであった。 それを取り囲むように、数多の巨大な蜂が飛んでいた。ボトム・チャンネルのそれと同じ、警告を告げるような不快な音が鼓膜を破りかねない程の轟きを生み出している。嘆くように、怒るように、静寂を取り囲んでひたすら鳴いていた。 その状況に驚愕する一人の青年がいた。名前も顔も定かではない、通りがかっただけの一般の人間であった。彼はこの世のものとは思えぬ生物とその光景に、目を奪われていた。否、恐怖のあまり目を逸らすことが出来なかったが最も正しい。哀れなことに、その恐怖故彼は動くこともままならなかった。故に、『それ』が立ち上がったことに戦くこともせず、ともすれば気付くこともせずに、ただ固まっていた。 それは、彼の目には瞬時に自分の元へ降り立ったように見えていた。実際は、十秒余りの間隔があったのだが、彼は既にそれを認識できる領域になかった。彼が理解する間もなく、それは彼に向けそっと手を差し出すと、男が女にやるような丁重さで、その顎をクイと持ち上げた。 彼とそれの目が交錯しようとして、けれども合った。それは彼を壊れ物を見るような目で見つめていた。彼は本能的な恐怖から、目を離すことが出来ない。彼はその刹那、彼が行う全ての行動が、自分を死に導くものだと思えてならなかった。動くことがすなわち、それに歯向かうこと、敵意を向けることだという予想が、絶対の真実であると疑うことはなかった。 待つことすら、一つの行動だということを、彼は忘れていたのだけれど。 僅かの後、それは彼の首に指を突き立てた。その先から鋭い針が伸びて、瞬時に彼の首を貫いた。針は数秒もせずに抜かれ、彼は自分の身体の僅かな異常も感じることなく地に伏した。身体は僅かの制御する術も持たず、叩き付けられる音が響いただけであった。 だが幾らかの時間が経過した後、彼の身体に変化が起き始める。即死と思われた身体が僅かに震え始める。そしてポンという愉快な破裂音がしたかと思うと彼の身体は煙に包まれ、やがて姿が露になった時、彼は既に人であることを放棄していた。その姿は、それの周りを飛び回っていた蜂そのものであった。 それは憮然として、自身が先ほどまで座っていた木へと戻っていく。彼はただ、それの周りをひたすらに飛び回っていた。 ● 「蜂の群れを倒して欲しい」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は簡潔かつ適切に、依頼の内容を述べる。言葉にすれば至極簡単なことだ。だが言葉は、その内容全てを体現するものでは決してない。 「蜂の群れは女王蜂と、その配下で構成されている。まずは女王蜂、『インセクト・クイーン』について説明する。蜂の羽が煌びやかになり、加えて巨大化したものに紫色の人型がくっついてる。蜂というからにはお尻から針を出すことが出来るし、十本の指全てから針を突き出し、さらに射出することが出来る。もちろん飛ぶことも出来るのだけど大きさ故か、構造故かはわからないけど、あんまり長くは飛べないみたいだね。 周りの蜂はボトム・チャンネルの蜂をそのまま巨大化させたようなもの。刺されたら痛いし、毒とか色々キツいから、気をつけてね」 「こいつは、エリューションなのか?」 リベリスタの一人がイヴに尋ねると、彼女は静かに首を振った。 「予測だけれど、恐らくはアザーバイドの僕、あるいは傀儡っていうのが近いと思う。あるアザーバイドがいるらしいんだけど、そいつがある家族を襲った。そしてフェイトを持たぬ一般人を、自分と同じ姿に変えていったというの」 「その内の一人が、『インセクト・クイーン』?」 「多分。でも、今回そのことはそんなに重要じゃない。『インセクト・クイーン』は、少なくとも今は、無差別に人を襲っているだけ。危害を加えているだけ。それならば、まずは現状悪影響しかもたらさないこいつを倒さなければならない。予知によれば、『インセクト・クイーン』は殺したものを蜂の姿に変え、自分の配下にしている可能性が高いしね」 それと、と一拍おいて、イヴは続ける。 「今回、君原隆二というリベリスタが皆と同行する。『インセクト・クイーン』と深く関わりがあるみたいだし、本人にも強い希望があるから」 「関わり、というのは」 「異形に変えられた者たちの家族。傀儡化から逃れた者。自分の手でも誰の手でもいいから、異形になった家族を殺してあげたいんだって。今までも、そうしてきたみたいだから、ね。 じゃあよろしく、皆」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:天夜 薄 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月19日(金)22:35 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「ナイト、プリンセス、プリンスと来て、今度はクイーンか……」 『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)は、今まで倒して来たインセクトを想い、口にする。同じように、全てと相対してきた『足らずの』晦 烏(BNE002858)は憂鬱そうに煙を吐いて、口にした。 「『インセクト・クイーン』を倒せば残りはアザーバイドのみか」 「だがそもそも、こいつらを生み出したアザーバイドってなんなんだ」 気難しそうに疑問を述べたのは『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)。ある日君原隆二とその家族を襲ったというアザーバイド。怪物と化した家族を倒せども、本命たるアザーバイドの正体は見えてこない。あるいは此度倒さんとするのがクイーンであるならば、アザーバイドはキングであるというのだろうか。 自身をキングだなんて、バカバカしい。 「ともかく、これ以上の犠牲をふせぐためにも、大元を断つ必要があるよな」 「出現してから、そこそこに時間が経過しているのがちと、気がかりだわな」 竜一の言葉に、烏は懸念を口にする。彼らはもちろんクイーンとその配下を倒す気概であった。ただ同時に、それだけではいけないとも考えている。この先にいるであろう『キング』であるかもしれないアザーバイド、それに対しチェックメイトをかける布石が必要だろう。 その布石足り得るものは、何だろうか。賭けるとするならば、クイーンの自我よりは、隆二の家族への想い、絆であるべきだろう。竜一はそう考えている。 だがそこに至るまでに多くの時間をかけている。 「他に同じような目にあっている人がいなければだけど……」 『薄明』東雲 未明(BNE000340)の憂いは当然だ。アザーバイドの傀儡と化したインセクトたちは、『仲間』を増やす行動を見せている。ならばアザーバイドもそうだろうというのが自然な考えだ。別の場所で、同じ悲劇が起きていないことを、祈るしかない。 だがここは、アザーバイドの世界ではない。たとえ彼らの仲間を増やす行動が、決して過ちではないとしても、ここはそれの世界ではなく、自分たちの世界なのだ。『高校生イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)は気合いを入れる。世界の護手として、全力で抵抗する覚悟だった。 「んじゃま、虫退治いきますか。麻奈ちゃん、大丈夫?」 「……ま、悪かないな」 夏栖斗に問われ、『他力本願』御厨 麻奈(BNE003642)は顔をゴシゴシと擦ってからそう答えた。それから夏栖斗は隆二の方を向き、問うた。 「君原君も覚悟は、OK?」 「覚悟なら、家族を殺すと決めたときからついているさ」 隆二の表情は固い。そこから読み取れる感情に、発破をかけた夏栖斗自身も気が引き締まる想いになった。 「自分の手で、家族と決着をつけるんだよな?」 竜一が隆二の顔を真っすぐに見て、問う。隆二は、決心を改めるかのごとく一瞬間をおいて、答えた。 「これ以上、家族を異形のままでいさせる方が、自分の手であいつらを殺すよりよっぽど心苦しいからな。決着はつけるさ、この手で」 「それにしても……嫌な音ですわね」 ナターリャ・ヴェジェルニコフ(BNE003972)がそう口にし、リベリスタは耳を澄ます。蜂の羽が奏でる、恐怖をかき立てるような低音が耳を突いた。やがて空を飛ぶ黄色と黒の縞模様が目に入る。 それを見ながら、影継は隆二のことを想う。彼の悪夢は、家族を喪った日から続いていたんだろうと。家族が異形となったことだけではない。彼が自ら決めたことだとしても、彼らを自らの手で殺していく戦いは、きっと最悪なものであるに違いない。 「……兄ちゃんの手前やしヘマはしたくないもんや」 今まさに飛び立とうとするクイーンを見、麻奈は呟いた。出来るなら彼女の言葉が聞きたかった。異形と成り果てた彼女の想いを、知りたかった。 「あんじょうよろしゅうしたってや!」 言葉と共に、リベリスタは一斉に駆け出した。 ● 「この蜂たちも被害者か。全く胸糞悪いったらありゃしねぇ」 影継が愚痴るように呟きつつ、拳銃から数多の鉛玉を放出した。炸裂する銃弾の嵐が蜂たちを飲み込むが、それを突っ切ってクイーンが前線へと繰り出してきた。耳を劈く轟音を響かせて接近したクイーンは、空中で旋回すると一直線に竜一の所へと降下し、指先の針を彼の首筋に突きつけた。両の手から繰り出されたそれを、竜一は一撃こそ避けたものの、二撃目を綺麗に肩に受けた。じんわりと広がる痛みが身体を支配する。 「容赦のない女王様だ、おしおき!」 竜一は片手を突き出してクイーンを牽制し、次の瞬間もう片方の手に持った雷切(偽)を盛大に振り回した。その切っ先の描いた軌跡からは猛烈な烈風が生まれ、蜂たちとクイーンを余す所なく傷つけた。 だが怯まず、猛進する蜂が猛毒を含有した針でリベリスタを突いた。毒の鼻を突くツンとした匂いが周囲に充満し始める。 蜂に針を刺されながらも、未明は攻撃の反動を利用して一旦距離を置き、呼吸合わせると、蜂との距離を一気に詰めた。 「折角増やした仲間でしょうけど、思いっきりやらせてもらうわよ!」 勢いを付けた高速の攻撃は、敵の眼に残像を映しながら目にもともらぬ速さで敵を切り裂いた。続いて夏栖斗が未明の前に出て、勢い良く地を蹴った。振り上がる拳には全てを燃やし尽くしかねぬ程の業火が燃え盛っていた。 「ほーら。逃げないと燃やしちゃうぜ!」 そのまま振り下ろされた拳は、夏栖斗が狙いをつけた蜂を狂いなく叩いた。爆発したかのような衝撃が、蜂を襲い、その身には僅かではあるが焼け焦げの跡が残った。傷からは微かに、煙が立ち上っていた。 その蜂が苦しそうに後退すると、代わりに前に出てきたのはクイーンであった。素早く接近するその動きを阻もうと、未明がクイーンの前に立ちはだかる。 「間近で見ると、蜂一匹でも中々すごい迫力じゃない」 しみじみと言いながらも、突き出された尻尾の針を彼女はよく見てかわす。かすめた部分から僅か痛みが走るが、気にせず次手に備え剣に力を込める。 「女王を名乗るだけあって見た目は美しいですわね」 麻奈に庇われながら、クイーンの姿を見、ナターリャは思わず呟いた。名乗ったにせよ、誰かが名付けたにせよ、醜い身体を美しく見せるには十分な程、その羽の貌は眉目麗しく想われた。 けれどもそれは偽りの存在なのだ。最悪の不幸から創り出されてしまった悲劇。この世界に存在すべきではないもの。そうであれば、還る場所など限られている。そこにいくために、彼女は力を振るうだけだ。 「隆二もそれを願っていますもの」 「……ま、何でもいいさ」 ナターリャから緩やかに放たれた気が、リベリスタ全体に翼を与えるのを横目に見つつ、『孤独嬢』プレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラック(BNE003341)は隆二に目を遣った。クイーンを初めとしたインセクトに、ブレインフェザーたちは会ったことはおろか、その生前の姿を目にしたことすらない。そんな者を想う程、自分は人間が出来ていないと、彼女は自覚している。 「あたしは仲間の──君原の力になりたいと想っているだけ」 鋭く、伸ばされた気糸が蜂の身体に亀裂を入れる。戦場の様子に気をやりながらも、その攻撃はすこぶる正確に急所を突いた。 ● 「羽虫に、蟷螂に、甲虫、そして蜂か。結局、昆虫以外の共通点は見いだせないか」 静かに呟く烏の周囲から光が溢れ始める。初めは優しかった光が、徐々に激しさを表して、やがて鋭く飛んだ。炸裂した光線が激烈に蜂の身体を焼いた。背後で飛び上がる音を聞きつつ、烏は一歩身を引いた。 「おっさん、準備はいいか?」 「ああ、飛ぶのは初めてだが問題ない!」 影継と隆二が互いに声をかけて、それぞれの銃口を眼下へと向ける。上空へと飛び立った彼らを追いかけて、何匹かの蜂が飛翔しているが、それよりも彼らが引き金を引く速度の方が、速い。 「さあ、蜂の巣にしてやるぜ! ……蜂だけに!!」 雨のように降り注いだ銃撃が、渦のような軌道で蜂たちを巻き込んだ。狙いは決して確かなものではなかったが、その無差別性を案じたか、一体の蜂がクイーンを守りに飛んだ。 「オラオラ! 守ってばかりじゃ倒せねえぜ!」 再び巻き起こった烈風が、激烈にに蜂を痛めつける。しかし烈風が止んだ頃、その衝撃の一切を遮られたクイーンが、指先や尻尾から何十もの針を射出した。掃射されたそれらが、クイーンの羽の巻き起こした暴風もあって激しい勢いを生み出した。 風に押されながらも、ブレインフェザーはクイーンを注視する。インセクトを生み出したというアザーバイド。それがインセクトを生み出した効果が、自身の性質を彼らに宿すことだとするならば、アザーバイドも同じ姿なのではないだろうか。あるいは、インセクトがやっている仲間を増やすという行動、ひいては自分と同じものを増やしていくということが、つまるところアザーバイドの本質なのだろうか。またあるいは──だが全ては直感による推察だ。ここには誰も、正解を出してくれる者など、ない。 風を切り裂いた夏栖斗の攻撃が、一体の蜂の身体を完全に引き裂いた。蜂の針が引き起こす毒や出血がリベリスタの体力をジワジワと、確実に削ってもいたが、同時に蜂の耐久力も、十分とは言えない程になっていた。 「こんにちはっと」 やや手薄となったクイーンの前に、麻奈がゆっくりと姿を現した。戦況は決し余裕とまではいかないまでも、彼女が彼女が会話を挟む予知程度は、出来始めていた。 「ちょいとお話ええかな? 同意してくれると助かる。 攻撃やめてくれるともっと助かるわ」 その時麻奈は、クイーンが柔らかく微笑んだような気がした。異形となったそれからはほとんど表情を読むことは出来ない。しかしながら、その感情の動きを、僅かに彼女は感じていた。 『────やめるのは、無理ね』 「……!」 確かに、麻奈は言葉を聞いた。クイーンが自身の意思を示すのを、確かに。 彼女は続けていくつかの問いを投げかける。しかしクイーンの声は、影を潜めてしまった。喋りたがらない、というよりは、クイーンが自身の様子を見て楽しんでいるのではないかとさえ、麻奈は思った。麻奈はリーディングをも駆使し、クイーンの心を探った。 「しゃあない、ごめんな、ちょっと堪忍したってや」 覗き込む。その深淵は決して浅いものではない。けれどもその中から確かなものを掴めると信じて、麻奈はクイーンの心を、探った。 ● 吐き出された銃弾が蜂の身体を、羽を綺麗に貫いた。蜂の羽音は止み、身体が地を叩く鈍い音が聞こえた。空を飛ぶ蜂の数よりも、地に落ちた蜂の方が既に多い。回復の福音が響くも、リベリスタも倒れるには十分な位に消耗していた。 息をあげた影継が、なお放った銃弾の嵐をすり抜けて、羽が千切れかけた蜂が未明に飛び込んだ。突き出した針が突き刺さる感触を未明は感じるが、痛みを堪えて繰り出した一撃は、蜂の命の全てを刈取った。血が流れる傷を抑え、未明は息を荒げる。しかしその目はクイーンの様子を確りとうかがっていた。 麻奈はクイーンと対峙し続ける。クイーンの攻撃を身に受けながらも、ナターリャを庇いつつクイーンの心を探った。時間が経つにつれ、クイーンの心の壁は次第に溶けていく。麻奈は心を読めるようになるにつれて、クイーンとの会話が成立するようになっていくのがわかった。 「あんたの親玉、どこにおるんや?」 『親玉? 私をこの身体にしてくれたあれのことかしら?』 「……そうや」 若干の違和感を覚えながら、麻奈は同意する。クイーンは針を掃射し、それに合わせるように影継と隆二が銃弾をまき散らす。 『さあ? あの日からあれには会ってないからねえ。別に会ってもどうにもならないし』 「じゃああんたらどっから来てるん? 穴とか開けて来てるんか?」 『うーん、気付いたらここにいたってだけ』 麻奈は訝し気に見るが、嘘を吐いている様子でもなかった。諦めて、彼女は続ける。 「じゃあ最後に一つだけ」 『何?』 「あんた、君原はんの奥さんか?」 問うた時、クイーンの感情が揺らぐのを麻奈は感じ取った。 「やったら、伝えたいことあれば伝えんで」 クイーンの動きが一瞬だけ鈍った。ややあって、クイーンはフワリと浮かびつつ答えた。 『バイバイって言っといて。またねだと、期待させちゃうかもしれないし、ね』 お喋りはここまで、とクイーンは麻奈に告げた。徐々に、麻奈に聞こえる声は小さくなっていく。 『油断しないでね。死んじゃうよ』 吐き出した針が急速にリベリスタを包んでいく。毒と血が飛び散り、地面を汚した。けれど未明がクイーンを見据え、強かに言う。 「来なさい。想う所がないわけじゃないけど、相容れなさすぎるわ」 夏栖斗の炎の拳が蜂を焼き払うと、残りはクイーンが立ちはだかるのみとなった。クイーンの針がナターシャを狙うが、麻奈が即座にそれを遮る。 「助かりましたわ」 礼を言うナターリャの横から烏が放った銃弾が戦場を駆け、クイーンの羽を撃った。苦しそうに移動するクイーンの背後から、思いきり振りかぶった全力で、影継が一撃を加える。攻撃が続き、クイーンの身体には大きな傷がつき始めた。 クイーンは自身の全力を持って尻の針を夏栖斗に突き出した。だが、それは最後の僅かばかりの抵抗のように、戦況に大きな効果を生み出すものではなかった。クイーンが攻撃すれども、その何倍もの攻撃を、リベリスタは繰り出してきた。 竜一が全力の一撃を叩き付けると、クイーンはもはや人のそれではあり得ない嘆きの声を、甲高くあげた。無差別に放った針は、当たれどもそれほど大きな傷を生み出すにはいたらなかった。 クイーンの様子を注視していたブレインフェザーは、クイーンが徐々に弱々しくなっているのを理解していた。もう何発かも攻撃すれば、十分であろうと思っていた。 「君原、最後の一刀は君がやれ!」 敵の身を焦がす炎を纏った殴打を放ちつつ、夏栖斗は叫んだ。 「家族の最後は自分がやらないと、きっと、後悔する!」 「……ああ!」 ブレインフェザーの気糸がクイーンの急所を抉る。投げ出されたクイーンの身体が、隆二と対峙した。ゆるやかに交錯した視線は、もう真の意味で交わることはないと双方が分かっていた。 「じゃあな、もう会うことはないだろう」 拳銃が鳴き、クイーンの脳天を貫いた。無防備に投げ出された身体はもはやボロボロになり、あれほど美しかった羽はもう、その全てを失っていた。動きを失くしたその身体を、隆二はただ黙って、見つめていた。 ● 「おつかれ、怪我はない? 通訳お疲れ様」 夏栖斗は麻奈の頭をポンポンと叩いた。麻奈は手を合わせて、やがて兄を見ないで問うた。 「なあ、兄ちゃん……家族ってなんやろね?」 静かに、しんみりとした口調で問われた夏栖斗は、優しく微笑みながらそっと撫でた。 「そういや、ウッカリしていたな、件のアザーバイドの姿形ってのはどんな感じだったわけだい?」 烏はハッとした様子で、隆二に訊いた。ブレインフェザーが隆二の答えを待たず、口を挟んだ。 「インセクトがアザーバイドに影響されたんなら、アザーバイドだってああいう形なんじゃない?」 「……ああ、その通りだ」 隆二はブレインフェザーに同意する。 「だがあれよりももっと……なんと言うか禍々しかったな。そして強力そうでもあった。いつか対峙するんなら……覚悟は決めるべきかもな」 「そういや、今訊くのもなんだけど、さ」 ブレインフェザーは続いて、隆二に問うた。 「全部終わったら、君原、どうすんだ?」 「考えてねえが……リベリスタの仕事するのもいいかな。ま、先のことだがな」 「そっか」 「だがまずはアザーバイドは必ず倒す。なんとしてもな」 隆二の言葉に、ブレインフェザーはざわついた心で、しかし何とか、そう、と一言だけ口にした。彼女は自分のムカついているのだと思っている。アザーバイドは気に食わない。君原の家族の人生をメチャクチャにした仕返しは、必ずする。彼女はそう決めている。 けれども、と彼女は静かに呟いた。 「ただ……仲間のアタシの願いは、あんたが死なないこと、それだけ」 「しっかし、ならはじまりの蟲はどこにいやがるんだ? 犯人は最初に現れた場所に再び現れるってのがお約束だが」 影継が頭をかきながら言う。隆二は少し考えてから、言った。 「案外、そんな感じで単純なことかもしれないな」 「なんかきな臭いことにならないといいけどなあ」 夏栖斗は未来を憂いつつ、言った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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