● 彼が好きだった。 命を助けられた出会いから、その人柄を知る度にどんどん好きになっていった。 ほんの少しずつだけど、勇気を出してその間を埋めて行った。彼の後ろで支えるのは、私の役目だった。――ひどい思い上がりだ。 けれど。 「……なんで一人で来たの、亜麻音」 困惑した様な声が耳障りだ。そこにあるのが確かな気遣いだから余計に。 その存在が私にとっては邪魔臭いというのに、そんな想像をした事もないような声で呼ぶから。 腕と半分同化した巨大なボウガンは、まだ上げられていない。――馬鹿が一人で来たのだから当然だ。 射手の彼女は、いつかの私と同じ様に、仲間に助けられて一員に加わった。 強気で物怖じしない性格だったけれど、嫌われるような自己中心的な言動は決してしないその姿は、すぐに皆に好かれた。私も、自分と違うその姿がとても格好良くて、好き、……だった。――過去形にしかならない。 けれど。 彼と彼女が、喧嘩をしながら、ふざけながら、時に悪戯の算段をしながら笑い合うその距離が縮まる度に、知らず指の先が白くなる程に拳を握っていた。――意気地なし。 付き合っていた、のではないのだろう。ただ、そんな二人を見る仲間の視線も、すでに馴染みのもののように温かくて。無言の歓迎がそこにあって。彼女は私が縮めた距離をあっという間に追い越して、いつしか、彼の隣に立つのは彼女になっていた。――ぐずぐずしてるから。 私を蔑ろにされた訳じゃない。彼は彼のままだった。彼女も彼女のままだった。 意識せずに距離を縮めた二人は、それを『特別』なんて思っていなかっただけだった。 気付いたのは、周りだけ。――お前の時は誰も気付いてくれなかったのにね。 だから。 ……彼女の背中に、アザーバイドの爪が迫った時。 出る前に、並んで笑い合っていた二人の姿に、掛けようとしていた声を飲み込んだ、それが、喉に詰まったままだったから。見ていたのは、私だけだったから。だから。――お前が見捨てた。 「醜い化け物を、殺しに来たの」 歪な笑みが、唇に浮かんだ。 そこに何を読み取ったのか、ほんの少しだけ、傷付いたような顔を、それでも諦めたような顔をした彼女。――お前が見捨てたのに気付いてないから。 運命の加護を失った彼女は、もう、彼の隣には立てない。 私が声を掛けるのが遅れたから、彼女は私達と違うものに成り果てた。 後は、彼女だったものを殺すだけ。 そうすれば、あの場所に戻るのは私だから。 「……ばいばい、時雨」 ――まだ戻れると思ってるの。 ――ふざけんな、お前が一番醜い化け物の癖に。 ● 「愛という身を焼く情熱を苦痛と見るか何にも勝る動力とするか。そんなの人によるどころか、場所と状況にもよりますよね、あ、皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンです。ぼくは暖房程度の温もりで皆さんを愛してますよ!」 気軽に寝言を吐いた『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は一度瞬いてから、さて、と手を叩いた。 「冗談はこの辺に。今回皆さんに向かって頂くのは、ノーフェイスの討伐です。……彼女の名は時雨。先日、仲間と共に敵性アザーバイドとの戦闘に向かい、そこで運命の加護を失いました」 誰かの溜息。伏せられる目。極めて稀という程でもない、その事例。 「時雨はノーフェイスとなった後、付近の山へと潜伏。ですが、本来ならば、その仲間らが友人として、彼女を討伐しに行く予定でした。アークとしては関与しない筈の案件でした。けれど、そうも言っていられない。……彼女の友人である亜麻音という少女が、一人でその場に向かってしまいます」 いつもと同じ、軽い声。 「亜麻音さんが向かうのは友情の為? そうかも知れません。そうではないかも知れません。ですが。少なくとも亜麻音さん自身はそうとは思っていません。彼女にとって、どうやら時雨は憎い恋敵――アザーバイドからの攻撃を、一瞬看過してしまう程に」 唇が微妙な笑みを浮かべ、眉が苦笑とも付かぬ形に下がる。 「時雨、さんが気付いていたかいなかったか、ぼくには知りようがありません。ただ、亜麻音さんが彼女を『見捨てた』と思い、その事実を消す為か、あるいは時雨さんの存在の消失を確固とする為か、彼女の元へ向かっている事だけは間違いない」 決して実力が低いという訳ではないが、亜麻音一人では時雨を殺せない。 逆に殺される未来が見えたから、助けて欲しい、とフォーチュナは紡いだ。 「……死んでしまえ、と思って見過ごした訳ではないと思うんです。ほんの少しだけ魔が差した。……日常の悲劇なんて、割とそんな事で容易く起こるものですから。――亜麻音さんは、半ば錯乱状態です。皆さんにも攻撃を仕掛けてくるかも知れませんが、どうか、……これ以上は、もう」 軽く頭を下げて、首を振る。 「……愛とか恋とかって、綺麗な事ばかりじゃないんですよね。残念ながら。知っていても、どうしようもないんですが。こればかりは」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月21日(日)22:31 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 夕陽に照り映える木々。 撫でる風は既にだいぶ冷たくなっているが、色だけは暖かい。 小さく何もない公園だけれど、例えば誰か好きな人と来たのならば、この光景もまた違って見えるのだろう。 ――今ここにいるのは、違うけれど。 戸惑った顔が憎らしい。 憎かった。きっとずっと前から憎かった。奥底に押し込んでも駄目。 知らないで明るく話しかけてくるあなたが辛い。沈んでいるのを気遣うあなたが嫌い。 思い悩んで話す事もなく勝手に嫌って、それを気付かれてあなたに嫌われ彼に嫌われるのが怖い。 被った仮面は外せなくなった。 あなたたちに見せるのは、綺麗な私でありたかったから。 奥底には綺麗になりきれない私と、それを隠す私を責める声。 でも、もういい。 構えた符が、鴉に変わる。 彼女を殺せば、それで終わり。 私が死んでも、それで終わり。 「……ばいばい、時雨」 鴉が攻撃箇所を見定めたその瞬間、足音が聞こえた。 ● 眉を寄せた亜麻音が何を思ったのかは分からない。 訪れたのが仲間だと思ったのか、その中に想い人もいるのかと思ったのか。 ただ、その逡巡を見逃す必要はない。 『蒙昧主義のケファ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)と『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)の体が、二人の間へと滑り込んだ。 「これ以上近付けはしませんよ」 時雨の前に立ちはだかったうさぎが、細い腕を横に翳しそう告げる。 きょろりと、不思議そうに向いた時雨の興味を己に引き付ける為に。 「恋する女の子って怖いわね」 自身もその形容が似合う容貌をしながら、齢を重ねた男は薄っすら苦笑にも似た笑みを刻んだ。 そう。彼らは知っている。これを引き起こした要因も、葛藤も、根底も、恋心も。 きゅっと唇を結んだ『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)も思う。 好きだからこそ、祝福できる事ばかりではない。幸せそうであろうが、愛する人の隣が自分でない事は厭わしい。 だから、本当はこの悲劇を止められたはずなのに、口にしなかった。 そうすれば、好きな人を得られると思ってしまったから。 一途な思いは、時に光と成り闇と化す。 自らも深く恋するが故に、その闇が存在し得るのをそあらは理解しているから、その手を伸ばさずにいられなかった。 「ほんと、馬鹿だね」 溜息と共に吐き出した『淋しがり屋の三月兎』神薙・綾兎(BNE000964)の言葉は、その内容ほど尖ってはいない。それはこの状況を非難するものというよりは、招いてしまった事を憂う声音だったから。 大切で、傍にいたい。それだけならば無害ではあるが、ままならない恋。 亜麻音は優しすぎたのだ、と綾兎は思う。そうでなければ罪悪感など覚えるはずもない。恋心か嫉妬かに任せて、己の心を吐き出してしまえたならばこうはならなかっただろうに。 「……アーク?」 居並ぶ顔を見渡して、亜麻音は訝しげに呟いた。 「アーク」 鸚鵡返しの様に、時雨が同じ単語を返す。その視線は、魔銃バーニーを手にした『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)の方へ。 同職である――あった彼女は、恐らくとりわけそちらの覚えが良かったのだろう。 「こうなる前に、一度お手合わせ願いたかったけどな」 嫉妬が産んだ、よくある話。今回はただ、運が悪かった。 腕に同化したヘビーボウガン。こうなってはもう、手合わせではなく殺し合いしか道はない。 そあらの前にさり気なく体を移動させ、夕陽の目を細めた。 「はい、どうもこんにちは。その通り、私達はアークの者です」 顔に曖昧な笑みを浮かべ、『残念な』山田・珍粘(BNE002078)が肯定する。 ペルソナを被った彼女の内面が今は誰にも窺えないのと同様、本心など本人にすら分からないのだ。 親しい人間ですら秘めている心に気付かないなど、それこそ有り触れた話。 ならば初対面の自分達に、彼女らの何が分かろうか。結末がどうなろうと、己の行動は変わりはしないのだから。 それでも表の友好は崩す事なく、彼女はくるりと亜麻音を向いた。 「こうやって話せる機会は今だけでしょう、如何でしょうか、お話をしませんか?」 「――要らない。余計なお世話」 「あっはー、無理ですか」 半ば想定通りの答えに肩を竦める。だが、うさぎの隣に滑り込み時雨の進行方向を遮った『折れぬ剣《デュランダル》』楠神 風斗(BNE001434)が振り向かず叫んだ。 「アマネ! 時雨に言うべき事があるだろう!」 秘めた思いを秘めたまま、奥底に閉じ込めてしまったならば。それは魔女の釜の如く黒々と煮詰められ、いつか持ち主の心さえ腐らせるかも知れない。 「ここでオレたちに殺されるか、生き延びて自我を失うか。どちらにしても、『時雨』は死ぬ。――手遅れになる前に吐き出しておかなければ、お前は一生後悔する事になるぞ!」 ほんの少し掛け違ったボタンを正せるのは、今しかない、と風斗は思う。 だって死者は何も語れないのだから。 具体的な『何か』を想定したような風斗の言葉に、亜麻音は僅か目を開く。 「……何。何があるっていうのよ、あなた達が何を知って――」 「そうね。貴女が一人で来た理由は分からない。けれど要因たる事実は万華鏡が見たわ」 棘を含む亜麻音の台詞を、エレオノーラの柔らかな声音が遮った。 「攻撃の時、時雨ちゃんの後ろで声を掛けなかった亜麻音ちゃんをね」 「――!」 時雨の目が瞬いて、行き場を失っていた亜麻音の鴉がエレオノーラに向けて飛ぶ。 が、白い翼は黒の翼を軽々避けて言葉を続けた。 「理由は想像でしかないから、理由は本人に聞かなきゃ分からないのよ」 「……煩い」 「……亜麻音?」 「……煩い! 化け物は黙って死んでてよ!」 未だ彼女は、仮面を被ったまま。『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546) は無言でその傍らに立つ。 想い人の幸せのために身を引ける彼には分からない。その隣に焦がれて心を染める悪意の存在を。けれど、自分以外の誰かと幸せそうにしている姿を見た時の胸の痛みは――何となく分かった。 そして、その二人が、共に親しい相手だったら。胸を裂く思いは、どれだけのものか。 ぼんやりとした目線の時雨が、腕を上げた。武器と化した腕を。 裏切りへの怒りなのか、『とりあえず潰してから聞くか』という思考なのかは分からない。 けれどその機械弓の先は、リベリスタへと向いていた。 ● がきん、かしん。 杏樹の耳にヘビーボウガンが立てる軋みは届くものの、攻撃をばら撒く事に特化した時雨の狙いは広範囲に及ぶ。 前衛の誰かがその注意を引きつけたなら、同じく前に立つ者がまとめて攻撃を喰らった。 後ろにいる者に攻撃が及ばなかったか、と言われればそうもいかない。 これ以上言わせまいというつもりか、亜麻音はリベリスタをも巻き込んで氷の雨を降らせた。 「……っ、亜麻音さん、本当はどうなのです?」 氷に足を取られた仲間を救うべく、高位存在に呼びかけたそあらはそのまま亜麻音に問いかける。 「仮面で自分の心を偽っても、何の解決にもならないのです。悔しかったなら、伝えなきゃいけないのです」 「自分まで騙して逃げるなよ。お前が謝るチャンスがあるとしたら、これが最後だ」 胸を押さえて、感情豊かに変わる目を今は真剣に一つ所に定めて告げるそあらを、前に立った杏樹が肯定する。 嘘は時に救いになる。だが、自分まで欺くような嘘は杏樹は嫌いだ。 「攻撃したきゃ受け止めてやる。だから、本当に言いたい事は言え」 その言葉に偽りはない。そあらの代わりに氷の雨を受けた彼女の息は、この時期にも関わらず白く染まっていた。 同じ様に、時雨の矢から亜麻音を庇い続けていたヴィンセントが口を開く。 「亜麻音さん。僕達は苦しみを止めてあげたいのです。どうか協力を」 「殺そうとしてたのを邪魔しに来たのはあなた達じゃない!」 「僕らは時雨さんの苦しみだけを止めに来た訳ではない。引き裂かれた貴女もだ」 仮面の奥に秘めた二つの心。それを指してヴィンセントは告げる。 「何なの、いきなり来て押し付けの同情をして満足……!?」 「ええ。何も言わないのもありですよ」 二刀を構えた珍粘――もとい那由他が虚ろなその目を亜麻音に向けた。 「悩み苦しんで言わないと決めたなら、結果に関わらず私は祝福します。それが亜麻音さんの選択ならね」 だらりと下げた腕には矢が光る。回避に優れた彼女でも、射手から完全に逃れる事は敵わない。 それでも彼女は、何事もないかの様に剣を構えた。後ろに通さない為に。 亜麻音の唇が、わなないた。 「……ごめん、なんて言わない。世界の為なんて、下らない事もね」 綾兎のナイフが煌いた。巨大な『腕』はそれを硬い音と共に弾き返したが、その向こうに存在する少女の顔を彼は見やる。 彼女は悪であった訳ではない。唾棄すべき行いを働いた訳でもない。それでも運命は、容赦なく与えて奪う。アークのリベリスタとて変わらない。狩る者が明日には狩られる者になる事だって珍しくない。それでも、彼は手を止めるわけにはいかない。 それこそ世界の為、なんて言うのは簡単だが、いつかは自分にも返ってくるであろうその言葉。 忘れはしないと、ばら撒かれた矢に穿たれた腕を軽く押さえた。 「ほら、こっちよ。……貴女もリベリスタだったのなら、分かるでしょう?」 綾兎から目を逸らそうと、エレオノーラが呼び掛ける。 運命の加護を失った存在を、今の彼と同じ様に彼女も討ってきたのだろう。それを甘んじて受け入れろとまでは言わないが――どうあるのが『正しい』のかは分かるはずだ。 細められた目と、薄く笑んだ唇。そこに再び自我を灯そうと、うさぎは声を張り上げる。 「彼女が貴女を裏切ったとして、もう許せないとして! それは貴女が貴女を手放す理由にはならないはずだ!」 最後まで。そう、最期の時まで、彼女には『時雨』でいて欲しい。亜麻音の為にも、そうでなければならない。 「諦めるな! 貴女は最期まで貴女だったと、彼に伝えさせろ!」 自分のせいで化け物へと成り果てて討たれたのではなく。 例え加護を失おうが、最期のその瞬間まで皆から、亜麻音から好かれた時雨であれと。 褐色の肌から穿たれた矢を引き抜いて、その痛みに一瞬だけ眉を寄せながらもそう叫んだ。 「時雨。今のお前にこんな事を頼むのは酷だとは理解している。だが、頼む。どうか彼女に、何か声をかけてやってくれ!」 風斗が不滅の刃の名を持つ剣を振り上げて、願う。 このままでは、亜麻音は口を噤んだまま、時雨の死を見るだけになってしまう。 そうなってしまえば、恐らく彼が最初に告げたように、彼女は一生後悔と罪悪感を抱えたまま生きる事になるのだろう。告げた所で事実は変わりはしないとしても、その重さは異なる。 「慰めでも、罵倒でも構わない。彼女に、亜麻音に、明日への『道』を指し示してやってくれ!」 「……亜麻音……」 未だ人の形をした腕で、風斗の刃を受け止めながら、その顔を額が当たるほどに近付けながら、時雨は呟いた。 呼ばれた名に、亜麻音の体が強張ったのを、一番近くにいたヴィンセントは見る。 「亜麻音。私、あなたに嫌われてた?」 わたしはあなたのこと、すきだったよ。 風に乗って届いた言葉に、亜麻音が唇を噛む。 最後のチャンスだと踏んだヴィンセントは、その肩をそっと叩いた。 弾かれたように、亜麻音の口から言葉が迸る。 「だから。……だから嫌いなのよ! あなたが傍にいると私が惨めになるから!」 言っても時雨は恨まない。恨まないのが尚苛む。他人のせいにはしないから、友人が本気で死ねと思うはずがないと信じるから。 真っ直ぐだから愛された。綺麗だから彼の隣に何の隔たりもなく立てた。 「私が、私の方が、好きだったのに、なんであなただったの、なんで!」 比べて、なんと自分は惨めな事か。なんと自分は汚い事か。 「いやだ。いやだ。こんなの嫌だ。私じゃない。彼の傍にも、時雨の傍にも行きたくない」 愛とか恋とかって、綺麗な事ばかりじゃないんですよね。 肩を竦めた青年が、恋をするそあらが知って飲み込んできた事実を、憧れる彼に近付きたい彼女は拒絶した。眩しい彼と彼女と、永遠に並べなくなる気がしたから。 「いなくなってって思う私が馬鹿みたいじゃない、汚いじゃない、醜いでしょう、化け物でしょう! それなら私だって、死んだ方が――!」 「……違いますよ」 喉まで上がってきた血を咳き込んで吐き出しながら、うさぎが首を振った。 「化け物は悩みも惑いも苦しみもしません。それをする貴女は人間です」 「本当に醜かったら、ここに一人では来ないだろ?」 綾兎が振り返って告げる。 後悔が、罪悪感がないならば、何も知らないふりで仲間と一緒に討ちに来て、悲嘆にくれれば良かったのだ。誰も彼女を疑ってなどいなかったのだから。 「亜麻音」 もう一度、時雨が口を開く。 「亜麻音。……私の事、嫌いだった?」 黙りこんだ亜麻音に、杏樹が向いた。 迷える子羊を救う神の僕の姿をした彼女は、手を伸べる。 「……悪い事したら?」 あ、と亜麻音の唇が、震える。その瞳から、涙が零れ落ちた。 「……ご、め、……ごめんなさい、ごめんなさい。……嫌いだったけど、大好きだった、……ごめんなさい……!」 そのままの姿勢で繰り返す亜麻音に、時雨は一度、微笑んだ。 ――それなら、いいよ。 笑顔に一度瞑目して風斗が、那由他が刃を振り上げた。 「……オレは謝罪はせんぞ、時雨」 「ノーフェイスは、討たれるべきですから」 「……!」 走りかけた亜麻音を、ヴィンセントが押し留める。 もはや彼女からの攻撃は叶わないと判断した彼は、息を吸って、一言。 「あなたの為した行いです。辛いかもしれませんが、どうか見届けて下さい」 「……あ」 赤が散る。少女が、緩やかに倒れて行く。 しぐれ。 名を呼んだ少女に、時雨はほんの少し視線を向けて――笑んだ、気がした。 ● 呆然と座り込む亜麻音の傍に、そあらが屈みこむ。 壊れたかのようにはたはたと涙を零し続ける彼女に、語り掛けた。 「最後には、仲直りをして欲しかったのです」 「私としては、そのまま嘘で塗り固めた方が時雨さんには良いと思っていました」 けれど。とうさぎは目線で風斗を、仲間を見やる。 「貴女の為に真実を、と願う者がいた事も、心の隅にで構わないので置いておいて下さい」 時雨の為に。亜麻音の為に。どちらも決して、その心を害する為にではなく、慮って。 倒れた時雨の前で硬く唇を閉じた風斗は、悼むかの如く目を閉じた。 「……全く、愛情って厄介」 既に暗くなってきた空を仰ぎ、綾兎が呟いた。 愛して憎んで、その二つは相反しないから。 「ね、亜麻音ちゃん。嘘は許されても、事実は消えない。だから、けじめは自分でつけなきゃいけないのよ」 生きていく事でね――。 嘘吐きのエレオノーラが、そう囁く。 ざわめく風が、亜麻音のすすり泣きの音を攫っていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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