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未必の故意⇔秘密の恋


 彼が好きだった。
 命を助けられた出会いから、その人柄を知る度にどんどん好きになっていった。
 ほんの少しずつだけど、勇気を出してその間を埋めて行った。彼の後ろで支えるのは、私の役目だった。――ひどい思い上がりだ。

 けれど。

「……なんで一人で来たの、亜麻音」
 困惑した様な声が耳障りだ。そこにあるのが確かな気遣いだから余計に。
 その存在が私にとっては邪魔臭いというのに、そんな想像をした事もないような声で呼ぶから。
 腕と半分同化した巨大なボウガンは、まだ上げられていない。――馬鹿が一人で来たのだから当然だ。

 射手の彼女は、いつかの私と同じ様に、仲間に助けられて一員に加わった。
 強気で物怖じしない性格だったけれど、嫌われるような自己中心的な言動は決してしないその姿は、すぐに皆に好かれた。私も、自分と違うその姿がとても格好良くて、好き、……だった。――過去形にしかならない。
 
 けれど。 
 
 彼と彼女が、喧嘩をしながら、ふざけながら、時に悪戯の算段をしながら笑い合うその距離が縮まる度に、知らず指の先が白くなる程に拳を握っていた。――意気地なし。
 付き合っていた、のではないのだろう。ただ、そんな二人を見る仲間の視線も、すでに馴染みのもののように温かくて。無言の歓迎がそこにあって。彼女は私が縮めた距離をあっという間に追い越して、いつしか、彼の隣に立つのは彼女になっていた。――ぐずぐずしてるから。
 私を蔑ろにされた訳じゃない。彼は彼のままだった。彼女も彼女のままだった。
 意識せずに距離を縮めた二人は、それを『特別』なんて思っていなかっただけだった。
 気付いたのは、周りだけ。――お前の時は誰も気付いてくれなかったのにね。

 だから。

 ……彼女の背中に、アザーバイドの爪が迫った時。
 出る前に、並んで笑い合っていた二人の姿に、掛けようとしていた声を飲み込んだ、それが、喉に詰まったままだったから。見ていたのは、私だけだったから。だから。――お前が見捨てた。
「醜い化け物を、殺しに来たの」
 歪な笑みが、唇に浮かんだ。
 そこに何を読み取ったのか、ほんの少しだけ、傷付いたような顔を、それでも諦めたような顔をした彼女。――お前が見捨てたのに気付いてないから。

 運命の加護を失った彼女は、もう、彼の隣には立てない。
 私が声を掛けるのが遅れたから、彼女は私達と違うものに成り果てた。

 後は、彼女だったものを殺すだけ。
 そうすれば、あの場所に戻るのは私だから。

「……ばいばい、時雨」

 ――まだ戻れると思ってるの。
 ――ふざけんな、お前が一番醜い化け物の癖に。



「愛という身を焼く情熱を苦痛と見るか何にも勝る動力とするか。そんなの人によるどころか、場所と状況にもよりますよね、あ、皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンです。ぼくは暖房程度の温もりで皆さんを愛してますよ!」
 気軽に寝言を吐いた『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は一度瞬いてから、さて、と手を叩いた。
「冗談はこの辺に。今回皆さんに向かって頂くのは、ノーフェイスの討伐です。……彼女の名は時雨。先日、仲間と共に敵性アザーバイドとの戦闘に向かい、そこで運命の加護を失いました」
 誰かの溜息。伏せられる目。極めて稀という程でもない、その事例。
「時雨はノーフェイスとなった後、付近の山へと潜伏。ですが、本来ならば、その仲間らが友人として、彼女を討伐しに行く予定でした。アークとしては関与しない筈の案件でした。けれど、そうも言っていられない。……彼女の友人である亜麻音という少女が、一人でその場に向かってしまいます」

 いつもと同じ、軽い声。
「亜麻音さんが向かうのは友情の為? そうかも知れません。そうではないかも知れません。ですが。少なくとも亜麻音さん自身はそうとは思っていません。彼女にとって、どうやら時雨は憎い恋敵――アザーバイドからの攻撃を、一瞬看過してしまう程に」
 唇が微妙な笑みを浮かべ、眉が苦笑とも付かぬ形に下がる。
「時雨、さんが気付いていたかいなかったか、ぼくには知りようがありません。ただ、亜麻音さんが彼女を『見捨てた』と思い、その事実を消す為か、あるいは時雨さんの存在の消失を確固とする為か、彼女の元へ向かっている事だけは間違いない」
 決して実力が低いという訳ではないが、亜麻音一人では時雨を殺せない。
 逆に殺される未来が見えたから、助けて欲しい、とフォーチュナは紡いだ。

「……死んでしまえ、と思って見過ごした訳ではないと思うんです。ほんの少しだけ魔が差した。……日常の悲劇なんて、割とそんな事で容易く起こるものですから。――亜麻音さんは、半ば錯乱状態です。皆さんにも攻撃を仕掛けてくるかも知れませんが、どうか、……これ以上は、もう」
 軽く頭を下げて、首を振る。
「……愛とか恋とかって、綺麗な事ばかりじゃないんですよね。残念ながら。知っていても、どうしようもないんですが。こればかりは」



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:黒歌鳥  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年10月21日(日)22:31
 あなたがずっと好きでした。黒歌鳥です。

●目標
 ノーフェイスの討伐、及びリベリスタ『亜麻音』の生存。

●状況
 夕暮れ。
 山を走る道路から横、やや奥に入った小さな展望公園。
 障害物はなし、道路を走る車やバイク以外、基本的に人は訪れません。
 最速でOP後、亜麻音が攻撃を仕掛ける辺りで皆さんは到着できます。


 ・ノーフェイス『時雨(しぐれ)』
 十八歳、スターサジタリーでした。フェーズ2、強力な部類です。
 今は腕とヘビーボウガンが半分同化した異形へと変貌しています。
 運命の加護を失った後で一旦逃亡したのは、傷付いた仲間が態勢を立て直す時間を与える為です。
 その後、フェーズが進み彼女が持ち合わせていた好戦的な性質が前面に押し出される形となりました。
 親しい友人であった亜麻音の前では多少自我を保っていましたが、皆さんに対しては遠慮なく攻撃を仕掛けてくるでしょう。
 WPと命中が大変高いです。
 半身となったボウガンを操り、遠2の効果を持つ複と、全攻撃を仕掛けてきます。
 また、これらの攻撃には弱点及び弱体が付いています。

 ・リベリスタ『亜麻音(あまね)』
 十七歳。フライエンジェのインヤンマスター。
 Rank2までのスキルが使用可能。非戦はペルソナ、ダブルキャスト。
 ペルソナで表面上落ち着きは見せていますが、安堵と自責を含めた諸々の感情によって自制や冷静な判断が不可能になっています。
 状況次第では時雨よりも皆さんに攻撃を仕掛けてくるかも知れません。

参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ホーリーメイガス
悠木 そあら(BNE000020)
スターサジタリー
不動峰 杏樹(BNE000062)
ナイトクリーク
犬束・うさぎ(BNE000189)
ソードミラージュ
神薙・綾兎(BNE000964)
デュランダル
楠神 風斗(BNE001434)
ソードミラージュ
山田・珍粘(BNE002078)
ソードミラージュ
エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)
スターサジタリー
ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)


 夕陽に照り映える木々。
 撫でる風は既にだいぶ冷たくなっているが、色だけは暖かい。
 小さく何もない公園だけれど、例えば誰か好きな人と来たのならば、この光景もまた違って見えるのだろう。
 ――今ここにいるのは、違うけれど。
 戸惑った顔が憎らしい。
 憎かった。きっとずっと前から憎かった。奥底に押し込んでも駄目。
 知らないで明るく話しかけてくるあなたが辛い。沈んでいるのを気遣うあなたが嫌い。
 思い悩んで話す事もなく勝手に嫌って、それを気付かれてあなたに嫌われ彼に嫌われるのが怖い。
 被った仮面は外せなくなった。
 あなたたちに見せるのは、綺麗な私でありたかったから。
 奥底には綺麗になりきれない私と、それを隠す私を責める声。
 でも、もういい。
 構えた符が、鴉に変わる。
 彼女を殺せば、それで終わり。
 私が死んでも、それで終わり。
「……ばいばい、時雨」
 鴉が攻撃箇所を見定めたその瞬間、足音が聞こえた。


 眉を寄せた亜麻音が何を思ったのかは分からない。
 訪れたのが仲間だと思ったのか、その中に想い人もいるのかと思ったのか。
 ただ、その逡巡を見逃す必要はない。
『蒙昧主義のケファ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)と『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)の体が、二人の間へと滑り込んだ。
「これ以上近付けはしませんよ」
 時雨の前に立ちはだかったうさぎが、細い腕を横に翳しそう告げる。
 きょろりと、不思議そうに向いた時雨の興味を己に引き付ける為に。
「恋する女の子って怖いわね」
 自身もその形容が似合う容貌をしながら、齢を重ねた男は薄っすら苦笑にも似た笑みを刻んだ。
 そう。彼らは知っている。これを引き起こした要因も、葛藤も、根底も、恋心も。
 きゅっと唇を結んだ『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)も思う。
 好きだからこそ、祝福できる事ばかりではない。幸せそうであろうが、愛する人の隣が自分でない事は厭わしい。
 だから、本当はこの悲劇を止められたはずなのに、口にしなかった。
 そうすれば、好きな人を得られると思ってしまったから。
 一途な思いは、時に光と成り闇と化す。
 自らも深く恋するが故に、その闇が存在し得るのをそあらは理解しているから、その手を伸ばさずにいられなかった。
「ほんと、馬鹿だね」
 溜息と共に吐き出した『淋しがり屋の三月兎』神薙・綾兎(BNE000964)の言葉は、その内容ほど尖ってはいない。それはこの状況を非難するものというよりは、招いてしまった事を憂う声音だったから。
 大切で、傍にいたい。それだけならば無害ではあるが、ままならない恋。
 亜麻音は優しすぎたのだ、と綾兎は思う。そうでなければ罪悪感など覚えるはずもない。恋心か嫉妬かに任せて、己の心を吐き出してしまえたならばこうはならなかっただろうに。
「……アーク?」
 居並ぶ顔を見渡して、亜麻音は訝しげに呟いた。
「アーク」
 鸚鵡返しの様に、時雨が同じ単語を返す。その視線は、魔銃バーニーを手にした『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)の方へ。
 同職である――あった彼女は、恐らくとりわけそちらの覚えが良かったのだろう。
「こうなる前に、一度お手合わせ願いたかったけどな」
 嫉妬が産んだ、よくある話。今回はただ、運が悪かった。
 腕に同化したヘビーボウガン。こうなってはもう、手合わせではなく殺し合いしか道はない。
 そあらの前にさり気なく体を移動させ、夕陽の目を細めた。
「はい、どうもこんにちは。その通り、私達はアークの者です」
 顔に曖昧な笑みを浮かべ、『残念な』山田・珍粘(BNE002078)が肯定する。
 ペルソナを被った彼女の内面が今は誰にも窺えないのと同様、本心など本人にすら分からないのだ。
 親しい人間ですら秘めている心に気付かないなど、それこそ有り触れた話。
 ならば初対面の自分達に、彼女らの何が分かろうか。結末がどうなろうと、己の行動は変わりはしないのだから。
 それでも表の友好は崩す事なく、彼女はくるりと亜麻音を向いた。
「こうやって話せる機会は今だけでしょう、如何でしょうか、お話をしませんか?」
「――要らない。余計なお世話」
「あっはー、無理ですか」
 半ば想定通りの答えに肩を竦める。だが、うさぎの隣に滑り込み時雨の進行方向を遮った『折れぬ剣《デュランダル》』楠神 風斗(BNE001434)が振り向かず叫んだ。
「アマネ! 時雨に言うべき事があるだろう!」
 秘めた思いを秘めたまま、奥底に閉じ込めてしまったならば。それは魔女の釜の如く黒々と煮詰められ、いつか持ち主の心さえ腐らせるかも知れない。
「ここでオレたちに殺されるか、生き延びて自我を失うか。どちらにしても、『時雨』は死ぬ。――手遅れになる前に吐き出しておかなければ、お前は一生後悔する事になるぞ!」
 ほんの少し掛け違ったボタンを正せるのは、今しかない、と風斗は思う。
 だって死者は何も語れないのだから。

 具体的な『何か』を想定したような風斗の言葉に、亜麻音は僅か目を開く。
「……何。何があるっていうのよ、あなた達が何を知って――」
「そうね。貴女が一人で来た理由は分からない。けれど要因たる事実は万華鏡が見たわ」
 棘を含む亜麻音の台詞を、エレオノーラの柔らかな声音が遮った。
「攻撃の時、時雨ちゃんの後ろで声を掛けなかった亜麻音ちゃんをね」
「――!」
 時雨の目が瞬いて、行き場を失っていた亜麻音の鴉がエレオノーラに向けて飛ぶ。
 が、白い翼は黒の翼を軽々避けて言葉を続けた。
「理由は想像でしかないから、理由は本人に聞かなきゃ分からないのよ」
「……煩い」
「……亜麻音?」
「……煩い! 化け物は黙って死んでてよ!」
 未だ彼女は、仮面を被ったまま。『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546) は無言でその傍らに立つ。
 想い人の幸せのために身を引ける彼には分からない。その隣に焦がれて心を染める悪意の存在を。けれど、自分以外の誰かと幸せそうにしている姿を見た時の胸の痛みは――何となく分かった。
 そして、その二人が、共に親しい相手だったら。胸を裂く思いは、どれだけのものか。
 ぼんやりとした目線の時雨が、腕を上げた。武器と化した腕を。
 裏切りへの怒りなのか、『とりあえず潰してから聞くか』という思考なのかは分からない。
 けれどその機械弓の先は、リベリスタへと向いていた。


 がきん、かしん。
 杏樹の耳にヘビーボウガンが立てる軋みは届くものの、攻撃をばら撒く事に特化した時雨の狙いは広範囲に及ぶ。
 前衛の誰かがその注意を引きつけたなら、同じく前に立つ者がまとめて攻撃を喰らった。
 後ろにいる者に攻撃が及ばなかったか、と言われればそうもいかない。
 これ以上言わせまいというつもりか、亜麻音はリベリスタをも巻き込んで氷の雨を降らせた。
「……っ、亜麻音さん、本当はどうなのです?」
 氷に足を取られた仲間を救うべく、高位存在に呼びかけたそあらはそのまま亜麻音に問いかける。
「仮面で自分の心を偽っても、何の解決にもならないのです。悔しかったなら、伝えなきゃいけないのです」
「自分まで騙して逃げるなよ。お前が謝るチャンスがあるとしたら、これが最後だ」
 胸を押さえて、感情豊かに変わる目を今は真剣に一つ所に定めて告げるそあらを、前に立った杏樹が肯定する。
 嘘は時に救いになる。だが、自分まで欺くような嘘は杏樹は嫌いだ。
「攻撃したきゃ受け止めてやる。だから、本当に言いたい事は言え」
 その言葉に偽りはない。そあらの代わりに氷の雨を受けた彼女の息は、この時期にも関わらず白く染まっていた。
 同じ様に、時雨の矢から亜麻音を庇い続けていたヴィンセントが口を開く。
「亜麻音さん。僕達は苦しみを止めてあげたいのです。どうか協力を」
「殺そうとしてたのを邪魔しに来たのはあなた達じゃない!」
「僕らは時雨さんの苦しみだけを止めに来た訳ではない。引き裂かれた貴女もだ」
 仮面の奥に秘めた二つの心。それを指してヴィンセントは告げる。
「何なの、いきなり来て押し付けの同情をして満足……!?」
「ええ。何も言わないのもありですよ」
 二刀を構えた珍粘――もとい那由他が虚ろなその目を亜麻音に向けた。
「悩み苦しんで言わないと決めたなら、結果に関わらず私は祝福します。それが亜麻音さんの選択ならね」
 だらりと下げた腕には矢が光る。回避に優れた彼女でも、射手から完全に逃れる事は敵わない。
 それでも彼女は、何事もないかの様に剣を構えた。後ろに通さない為に。
 亜麻音の唇が、わなないた。

「……ごめん、なんて言わない。世界の為なんて、下らない事もね」
 綾兎のナイフが煌いた。巨大な『腕』はそれを硬い音と共に弾き返したが、その向こうに存在する少女の顔を彼は見やる。
 彼女は悪であった訳ではない。唾棄すべき行いを働いた訳でもない。それでも運命は、容赦なく与えて奪う。アークのリベリスタとて変わらない。狩る者が明日には狩られる者になる事だって珍しくない。それでも、彼は手を止めるわけにはいかない。
 それこそ世界の為、なんて言うのは簡単だが、いつかは自分にも返ってくるであろうその言葉。
 忘れはしないと、ばら撒かれた矢に穿たれた腕を軽く押さえた。
「ほら、こっちよ。……貴女もリベリスタだったのなら、分かるでしょう?」
 綾兎から目を逸らそうと、エレオノーラが呼び掛ける。
 運命の加護を失った存在を、今の彼と同じ様に彼女も討ってきたのだろう。それを甘んじて受け入れろとまでは言わないが――どうあるのが『正しい』のかは分かるはずだ。
 細められた目と、薄く笑んだ唇。そこに再び自我を灯そうと、うさぎは声を張り上げる。
「彼女が貴女を裏切ったとして、もう許せないとして! それは貴女が貴女を手放す理由にはならないはずだ!」
 最後まで。そう、最期の時まで、彼女には『時雨』でいて欲しい。亜麻音の為にも、そうでなければならない。
「諦めるな! 貴女は最期まで貴女だったと、彼に伝えさせろ!」
 自分のせいで化け物へと成り果てて討たれたのではなく。
 例え加護を失おうが、最期のその瞬間まで皆から、亜麻音から好かれた時雨であれと。
 褐色の肌から穿たれた矢を引き抜いて、その痛みに一瞬だけ眉を寄せながらもそう叫んだ。
「時雨。今のお前にこんな事を頼むのは酷だとは理解している。だが、頼む。どうか彼女に、何か声をかけてやってくれ!」
 風斗が不滅の刃の名を持つ剣を振り上げて、願う。
 このままでは、亜麻音は口を噤んだまま、時雨の死を見るだけになってしまう。
 そうなってしまえば、恐らく彼が最初に告げたように、彼女は一生後悔と罪悪感を抱えたまま生きる事になるのだろう。告げた所で事実は変わりはしないとしても、その重さは異なる。
「慰めでも、罵倒でも構わない。彼女に、亜麻音に、明日への『道』を指し示してやってくれ!」
「……亜麻音……」
 未だ人の形をした腕で、風斗の刃を受け止めながら、その顔を額が当たるほどに近付けながら、時雨は呟いた。
 呼ばれた名に、亜麻音の体が強張ったのを、一番近くにいたヴィンセントは見る。
「亜麻音。私、あなたに嫌われてた?」
 わたしはあなたのこと、すきだったよ。
 風に乗って届いた言葉に、亜麻音が唇を噛む。
 最後のチャンスだと踏んだヴィンセントは、その肩をそっと叩いた。
 弾かれたように、亜麻音の口から言葉が迸る。
「だから。……だから嫌いなのよ! あなたが傍にいると私が惨めになるから!」
 言っても時雨は恨まない。恨まないのが尚苛む。他人のせいにはしないから、友人が本気で死ねと思うはずがないと信じるから。
 真っ直ぐだから愛された。綺麗だから彼の隣に何の隔たりもなく立てた。
「私が、私の方が、好きだったのに、なんであなただったの、なんで!」
 比べて、なんと自分は惨めな事か。なんと自分は汚い事か。
「いやだ。いやだ。こんなの嫌だ。私じゃない。彼の傍にも、時雨の傍にも行きたくない」
 愛とか恋とかって、綺麗な事ばかりじゃないんですよね。
 肩を竦めた青年が、恋をするそあらが知って飲み込んできた事実を、憧れる彼に近付きたい彼女は拒絶した。眩しい彼と彼女と、永遠に並べなくなる気がしたから。
「いなくなってって思う私が馬鹿みたいじゃない、汚いじゃない、醜いでしょう、化け物でしょう! それなら私だって、死んだ方が――!」
「……違いますよ」
 喉まで上がってきた血を咳き込んで吐き出しながら、うさぎが首を振った。
「化け物は悩みも惑いも苦しみもしません。それをする貴女は人間です」
「本当に醜かったら、ここに一人では来ないだろ?」
 綾兎が振り返って告げる。
 後悔が、罪悪感がないならば、何も知らないふりで仲間と一緒に討ちに来て、悲嘆にくれれば良かったのだ。誰も彼女を疑ってなどいなかったのだから。
「亜麻音」
 もう一度、時雨が口を開く。
「亜麻音。……私の事、嫌いだった?」
 黙りこんだ亜麻音に、杏樹が向いた。
 迷える子羊を救う神の僕の姿をした彼女は、手を伸べる。
「……悪い事したら?」
 あ、と亜麻音の唇が、震える。その瞳から、涙が零れ落ちた。
「……ご、め、……ごめんなさい、ごめんなさい。……嫌いだったけど、大好きだった、……ごめんなさい……!」
 そのままの姿勢で繰り返す亜麻音に、時雨は一度、微笑んだ。

 ――それなら、いいよ。

 笑顔に一度瞑目して風斗が、那由他が刃を振り上げた。
「……オレは謝罪はせんぞ、時雨」
「ノーフェイスは、討たれるべきですから」
「……!」
 走りかけた亜麻音を、ヴィンセントが押し留める。
 もはや彼女からの攻撃は叶わないと判断した彼は、息を吸って、一言。
「あなたの為した行いです。辛いかもしれませんが、どうか見届けて下さい」
「……あ」
 赤が散る。少女が、緩やかに倒れて行く。
 しぐれ。
 名を呼んだ少女に、時雨はほんの少し視線を向けて――笑んだ、気がした。


 呆然と座り込む亜麻音の傍に、そあらが屈みこむ。
 壊れたかのようにはたはたと涙を零し続ける彼女に、語り掛けた。
「最後には、仲直りをして欲しかったのです」
「私としては、そのまま嘘で塗り固めた方が時雨さんには良いと思っていました」
 けれど。とうさぎは目線で風斗を、仲間を見やる。
「貴女の為に真実を、と願う者がいた事も、心の隅にで構わないので置いておいて下さい」
 時雨の為に。亜麻音の為に。どちらも決して、その心を害する為にではなく、慮って。
 倒れた時雨の前で硬く唇を閉じた風斗は、悼むかの如く目を閉じた。
「……全く、愛情って厄介」
 既に暗くなってきた空を仰ぎ、綾兎が呟いた。
 愛して憎んで、その二つは相反しないから。
「ね、亜麻音ちゃん。嘘は許されても、事実は消えない。だから、けじめは自分でつけなきゃいけないのよ」
 生きていく事でね――。
 嘘吐きのエレオノーラが、そう囁く。

 ざわめく風が、亜麻音のすすり泣きの音を攫っていった。
 

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 冷静な判断が不可能な亜麻音と、既に自我を保つ事が困難な時雨。
 二人に掛けて貰った言葉が齎す結果に大変悩みました。沢山、ありがとうございます。

 お疲れ様でした。