●滅びてなお 憎い。 呪禁道に取って代わって繁栄を極めた陰陽師が。 我々は陥れられたのだ。 我々は立ち上がらなくてはならない。 呪禁道の復活のために。 再びの繁栄を手に入れるために。 そのためにはまず、呪禁の素晴らしさ、恐ろしさを知らしめてやろう――……。 「呪禁って知ってるか? 呪いを禁ずるって書く。もとは道教の一種だったかな。 今で言う言葉……言霊、かな。 それに特化した職種らしいな。 その呪禁師に酷似していると思われるエリューションフォースがでた。 どの程度似ているかは今となっては比較の仕様がないが」 『黒い突風』天神・朔弥(nBNE000235)が熱いミルクティーを飲みながら資料を開く。 「『呪禁師っぽいエリューション』だとややこしいから呪禁師、と呼んでおくか。 なんでも昔は官位があって出産やら祈祷やらに参加できるほどには地位があったらしいが……厭魅蠱毒事件とかいうのの続発と陰陽師の台頭で禁止になったらしいな。 ……陰陽師といえばこの間はお疲れさん。」 恐らく巻物の影響でノーフェイスとなってしまった陰陽師とその巻物に引き寄せられて百鬼夜行になったエリューションの群れを退治した時のことを言っているのだろう。 「で、呪禁師だが。昔の呪禁師がどんな仕事をしてたのかは分からん。オレは歴史の専門家でもないし資料を纏めるには曖昧な場所が多すぎた。 ただ、今回の呪禁師はどうやらエリューションフォースらしいな。 『汝、行動を禁ず』って言われれば動けなくなるし『汝、息をすることを禁ず』って言われちまえば呪禁師が解くまで息はできない。 元々の呪禁とどれだけ違うかは分からないが厄介な相手だ。 どちらかと言うと耳より脳に働きかける作用が強いみたいだから強い意志と事前に『こういわれたらこうなるとしても自分はならない』っていう一種の思い込みが必要だろう。 喋らせなきゃ一番いいのかな? 後はインヤンマスターに似た技を使うらしい。 陰陽師は憎んでいるらしいがインヤンマスターは別ってことかね? 何人か原因不明の死体がでてるが外傷も毒物を使った形跡もなく、呪禁師の仕業とアークはみているらしいな。 逆に『出血を禁ず』ってな具合に傷を治してもらった奴もいるらしい。 奴の狙いは呪禁道の復活なんだと思うが……今のご時勢余程のことじゃなけりゃ特殊技能は使いこなせないしな。 どの道エリューションだ。滅んでもらわにゃならんだろうよ。 ……行ってもらえるか?」 一口飲んだだけで説明に入っていた朔弥はそこでミルクティーを一気に煽った。 「……なんかそれぞれの思惑ってめんどくせぇなぁ……。 あぁ、エリューションが出るのは京都の近くの山だ。どうも其処にある祠から呪禁師にまつわる思念が実体化したみたいだな。 山歩きになるだろうから体力配分に気をつけて。 ……呪禁師にしろ陰陽師にしろ覚醒した古代の異能者だったのかもしれないな」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:秋月雅哉 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月14日(日)23:47 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●我、此処に在り 京都の近くにある、特に有名ではない山。 そこに祠がある。 その祠から思念体が実体化しようとしていた。 「……我、呪禁師なり。呪禁師の無念を晴らさんと欲す。 陰陽道の滅亡を、呪禁の再興を。 満ちた月が欠けゆくように、ゆるりとその力を殺いでやろうぞ……」 朧な光を放つ光球が徐々に人の姿を形作っていく。 小さな冠を被り、手には勺、古来中国の胞に似た着物を纏う恐らく二十代半ばの青年。 着物は淡い青、花の図案が薄っすらと全体に散らされている。 「何度見ても奇怪な世界よ。平城の世から幾年がすぎたのか……」 青年は山の頂上から京都の町並みを眺め目を眇める。 「病魔を退けるは我ら。気を禁じて怨気・鬼神の侵害を防ぎ、身体を固めて各種の災害を防止する。その我らが何故滅びねばならなかったのか……小ざかしい陰陽師め。 我らの栄光を奪いし宿敵よ……今なおこの世にあるのならば、我は呪禁師の無念を晴らさねばなるまい……」 エリューション・フォースが山頂で呟いていたころ、同じ山の登山道に人影があった。 「安倍晴明という陰陽師のライバルに道摩法師こと芦屋道満という人物が居ましたが、彼との関連が有るか興味が有りますね。 それは兎も角、歴史の闇に消えた呪禁道、資料が少ない敵ですので戦い方に工夫しないといけなさそうですね」 『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(BNE000933)はあまり良いとはいえない道のりにもさほど苦労はしていない様子で敵の手の内を読もうと思考をめぐらせる。 「歴史の波に埋もれた術体系。実のところ、興味深く思います。 怨霊染みた憎悪の権化でなければ、師事して想いを受け継ぐのも吝かではないのですが。 既に被害も出ている以上、相応の対処をせざるを得ません」 『Trapezohedron』蘭堂・かるた(BNE001675)もまたこれから戦うことになる呪禁師へと思いを馳せる。 「呪禁師……言霊の使い手か……いいね。 インヤンとして興味あるけど、今は殆ど失われたか陰陽道に吸収されちゃってるのが残念」 『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)はインヤンマスターという立場から呪禁に興味を見出す。 「精神的なものなら平気だけど、やはり言葉を媒介にした呪いの一種よね。 他人を誘導するってのは馴染みの手法だし、ちょっとメカニズムには興味があるわ」 自分の役割は敵の自信を失わせることと呪禁を邪魔すること。 そう割り切った『鉄火打』不知火 有紗(BNE003805)は武器を携帯していない。 「呪禁師、万物を言葉で操る者。 どれほどの力か、この目で確かめさせてもらうぞ。 しかし……食料がやはり乏しいな、現地調達……というわけにはいかないか」 長袖、長ズボン、安全靴に携帯食料にペットボトルに詰めた飲み物。 道は悪いがそれほど標高が高い山に対してかなり万全な準備をしつつ食料の少なさを心配しているのは『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)だ。 「過去に追いやられた呪禁師達の無念が形を成したのか、それとも、単に、そういう記憶を持っているだけの何でもない存在なのか、いずれにしろ、現代に怨み言を持ってこられるのはお門違いだな」 『あるかも知れなかった可能性』エルヴィン・シュレディンガー(BNE003922)の白い仮面によって隠された素顔は何を思っているのだろう。 「なーんか実家の事を思い出しちまうな。 ウチも代々伝わる云々って家だからさ。 しかし呪禁師にまつわる思念の塊って。 そんなに深々と根に持ってたわけ? 確かに事件やら陰謀やらあったんかも知れんがな。 卑屈っつーか何つーか。 そんなんに囚われてねーで開き直った方がもう少しマシな事になったと思うがねぇ。 まーいーや、兎に角そいつをぶっ潰すのみだ。 その執念、終わらせてやんよ」 『住所不定』斎藤・和人(BNE004070)が実家に思いを馳せたのと同時に木々に遮られていた視界に光が差す。 「どうやら日中に着くことはできたようだね。戦闘後も日が出ていてくれれば帰りが楽なんだが」 気が早いかな、と僅かに苦笑した『闇狩人』四門 零二(BNE001044)の視界の先に呪禁師が佇んでいた。 「……強い気を感じるな。何者だ?」 「あんたが呪禁師? 呪禁なんて掛かる気がしない、今すぐやってみなさいよ」 「ほう……?」 青年の姿をしたエリューション・フォースは剣呑に目を眇めるが有紗は気にする素振りも見せない。 「ためしに喋ることを禁じてみたら? どうせ効かないだろうけど」 「いい度胸だ、小娘。汝、言の葉を発することを禁ず」 あらかじめ後ろ手に持っていたICレコーダーに録音していた声を流す。 「やはり私には通じないようね。喋れるわよ」 「小ざかしい。声の質が先ほどとは微妙に違うな。我に仕組みは分からぬが――街に降りた時に声を留めおく技術があることは知った。その応用なのだろう? 汝、声を発することを禁ぜず。己が言葉で立ち向かうがいい」 あっさりと録音された声だと見抜き呪禁師が呪禁を解く。 『おぬしは弱い』 シェリーがハイテレパスで呪禁師に言葉を投げかける。 続けざまに『呪禁など無意味』『妾は無敵』『呪禁道に未来なし』と声なき声で語りかけられても呪禁師の表情は揺るがない。 「思念を乗せて我に届けるか。だが言葉が安いな」 それでもシェリーは一方的に相手を否定する言葉を送り続ける。 精神に干渉するために。 ひいては平静さを喪失させ、その威力を十分に発揮できないようにするのがリベリスタたちの立てた作戦の一つだ。 「汝、思念を送ることを禁ず」 「我、思念を送ることを禁じず」 示された呪禁に対して即座に反対の意味を唱え、強く思い込む。 「悪くない手だ……だが」 呪禁師が符を構える。 「我の武器は言葉だけではない」 符に息を吹きかけると紙だったそれは子供の背丈ほどの鬼へと姿を変える。 「初めに光あれという言葉ありき。 言葉は神であった……!」 言霊には言霊を、と符で出来た子鬼と呪禁師に向かって叫びながら綺沙羅がフラッシュバンを投げつける。 「何者であれ、他者に一方的な強制をする権利など、無いのです」 かるたが長い髪を風になびかせ凛とした口調で告げる。 「栄光も、名声も、一時の夢幻。 そんなものよりも、掛け替えのないもの……何時までも色褪せず滅する事のないものもある。 呪禁道に救われた者、助けられた者。 ……彼らの笑顔、彼らの感謝の言葉を想いだせ……!!! 怨念、妄執を討ち祓い、禁じよ!呪禁師!」 「感謝などされたことはない」 呪禁師が薄く笑う。 「失敗は即ち死。成功するのが当然とされた世界で、誰が感謝をする?」 「貴方が気付かなかっただけで感謝は身近にあったのでは?」 孝平が止まることを忘れたかのような澱みのない連続攻撃で呪禁師を追うが全て子鬼が防ぐ。 「呪禁師を名乗りながら呪禁の本質を忘れたあんたの術等無意味!」 呪禁が無意味と確信して言の葉に力を乗せる綺沙羅。 「かつて栄えた陰陽師達も衰退した。 何故か分かる? 私欲の為に人を呪う下法に手を染めたからだよ。 呪禁も陰陽道もその本質は他者を救う事にある。 それを忘れて他者を呪った時から衰退するは必定。 呪禁で他者を呪った瞬間からあんたは呪禁師の誇りを捨てた。 呪禁師を名乗る資格を無くしたという事だよ」 「綺麗ごとだけでは世界は回らぬ。祝いがあれば呪いがあり、呪いは更に呪いを呼ぶ。 表があれば裏があり、光が差すところには影がある。 雅事をたしなみながら血生臭い争いを繰り広げた貴族の駒。 それが我ら呪禁師よ」 「呪禁師だろうと陰陽師だろうと、行き過ぎた力は恐れられるのが世の常だ、そして、恐れから来る物の結末は、滅びだ。 陥れられたから滅びただと? 違うな、お前達は、ただ、自分達の力に酔いしれ、時代の流れとヒトの心の変革についていけなくなってしまっただけだ。 その力の素晴らしさだけを追求していけばよかったのだ! それが出来なかったお前達は、滅ぶべくして滅びたんだ!!」 気迫で呪禁師を圧倒しようとするような、力強いエルヴィンの叫び。 「汝、殺戮を禁ず」 「効かん!」 大声で自分に渇を入れ、脳を活性化させることで対抗するが一瞬攻撃のスピードが落ちた。 「てか俺、そーいう強制とか大っ嫌いなんで。 んなもんに縛られるとか有り得ねーし。 思い込みっつーかマジで」 へらりと口元だけで笑って和人は喉元めがけて落ちる硬貨さえ打ち抜ける精密射撃。 その銃弾を呪禁師は指先一つで止めた。 弾が指に触れる寸前で静止し、地に落ちる。 「要は、意志の強いほうが勝つ。単純明快だな。 こと、頑固さに置いては誰にも負ける気はせん」 その隙を縫ってシェリーが周囲に魔方陣を展開し魔力で出来たミサイルを放つ。 「無理に抵抗することは難しくても敢えて受け入れて呪禁を流すことは出来そうね。自分の意思で行ったことにすれば止めるのは容易いわ」 動くなといわれれば休む、立つなといわれれば座る、座るなといわれれば仕事をする、というようにね。 有紗は煙草をくわえた口元に笑みを刻んだ。 「仏に会えば仏を殺せ。 祖に会えば祖を殺せ。 何者のも我が魂を縛る事あたわず!」 「……」 呪禁師が言葉と己が技を使って挑んでくる八人を見て唇を動かす。 『甘さは目立つが、いい目をしている』 読み取った者は果たしていただろうか。 「我に害をなすことを禁ぜず」 「汝に害をなすことを……え?」 「全力でかかってくるがよい。攻撃を、我は禁ぜず」 零二が一歩足を踏み出す。 両の腕に闘志を、前へ踏み出す一歩に意志を。 心に覚悟を。 心を刃に伝え、敵を断つ。 殺意に非ず、唯、人の業を、負の縛鎖を断つ為に。 剣の切っ先が闇を裂き、光を繋げると信じて。 鋭い剣先が子鬼を符に帰す。 返す刃で狙うは呪禁師の心臓。 「汝、何を望んで戦うか?」 「……汝らの苦悶と怨念を禁ず」 「苦悶も怨念も背負うが我らの業よ」 「ならばその業が昇華されることを欲す」 零二の返答にかるたが言葉を引き継ぐ。 「否定のみを繰り返す、非建設的な相手に屈するなど、私の志が認めない」 「泡沫の今生、無限の冥府。血塗られた道を歩むは鬼人か羅刹か。浄土は見えず、無限の輪は閉ざされた」 詠うように呪禁師は言葉を紡ぐ。 「呪い在りし世に打ち捨てられししゃれこうべ。拾うは誰か。祝い在りし世に弔われししゃれこうべ。起こすは誰か」 その一撃を、避けることも禁じることもせず。 「何が目的だ」 エルヴィンが鋭く詰問する。 「何も」 先刻までとは違う笑みが呪禁師の口元を飾る。 「深淵より覗きし昏き眼に囚われし汝は我か、我は汝か」 「我は我なり」 「それが答えだ」 「わけわかんねぇし……」 和人の言葉に呪禁師の笑みが深まる。 「光は光を知らず、ならばこそ貴い」 冠が突如吹き上がった突風に飛ばされ、掻き消える。 手にした勺は半ばほどで折れていた。 「意志の強いものが勝つ、そう言ったな?」 呪禁師の問いにシェリーが頷く。 「ならば汝より意志が強い者と出会った時、何時は膝を屈するか?」 「妾はこうも言ったはずだ、呪禁師。『こと、頑固さに置いては誰にも負ける気はせん!』と」 「それは時として諸刃の剣となろう。 ……我は、呪禁を否定しない。 呪禁を陥れた全てのものに対する憎しみを否定しない。 ――なれど」 青年の身体が淡く光る。 「煉獄の炎に灼かれる身に、真摯に向き合った汝らの言葉も否定はすまい」 陰陽道への憎さも、我らを利用して成り上がり、やがて捨てた貴族への恨みも忘れない。 「朽ちた者は黙るが道理。我は口を閉ざそう」 負の念に正を問いただしたその姿に、光を見出した。 光は収束した後急激に拡散する。 「逃げたのか……?」 「受け入れたんじゃない?」 「勝手に憎んで実体化して、勝手に受け入れて昇華したってこと?」 『汝らの――……』 最後の言葉は形にならず淡雪のように消えていく。 呪禁師が立っていた場所にはただ朽ちかけた小さな祠が在るばかり。 「どんな力でも、それを扱うのは、俺達ヒトなんだ、正しい知恵と行使する覚悟が無ければ、それは、ただの暴力でしかない、俺は、正しい道を歩めてるのだろうか……」 「少なくとも呪禁師は、妾たちが正しいと認めたから道を譲ったのではないか?」 エルヴィンの問いにシェリーが答える。 「邪道も正道も大して差はないのかもしれんな」 ●我、此処に在ることを欲さず 祠を掃き清める。 誰かが盗んでいったのか、祠の中には何も残っていない。 「……思念が実体化するほど、無念だったのかしら。あの呪禁師」 有紗の呟きに明確な答えを出せる存在はこの世にいない。 「奴は奴なりに道を歩んで、オレたちに出会い、何かを見出した……のだと思う」 逝き場をなくした想いは凝って沈み、時に神秘に導かれこの世に顕現する。 その想いが逝きつく場所を見つけたなら、せめて願う。 ただ安らかに眠れ、と。 「自分の行いに自分で縛られてりゃざまぁねーぜ。 まー良いや、ゆっくり休めや」 何もない場所が一瞬笑うように揺らいだ気がした。 「……さて、日が暮れる前に下山しましょう」 吹っ切るように孝平が立ち上がり、各々がそれに続く。 人々に必要とされていた呪禁道が陰陽道の台頭によって廃れ、その陰陽道もやがて廃れた。 全ては時の流れと共に移りゆく。 いつか自分たちが必要とされなくなる世界が訪れても。 最後の一人になっても。 人の幸せを担うこともあったのだと誇れるなら。 滅ぶ苦さも、或いは和らぐのかもしれない。 無念が実体化し、現代に甦った呪禁師を名乗った青年がそうであったように。 『汝らの志が折れんことを我は欲す』 想いは、願いは。 知らぬところで託されていくものだから――……。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|