● 少女が床に臥したのは、春だった。最初は軽い風邪のような症状で、本人も特に気にはとめず、普通の生活を送っていた。しかし、咳は止むことをしらずやがて彼女は臥せってしまった。 しかしこの時点ではまだ彼女は自分の運命を知らない。これからの未来に思いを馳せていた。また学校へ行って、恋をして、大人になって。そんな当たり前のこれから訪れるであろう日を想像する。しかしいつまでも気楽ではいられなかった。 すぐによくなるという両親の言葉を鵜呑みにしていたものの次第に自分の身体がもう手遅れであるということが分かった。かわいた咳は止む気配を見せず、少女の身体を蝕む。少女は胸の病だった。やがて気は滅入り、食は細くなり、肌も青白くなる。少女が回復する見込みがないのは誰の目にも明らかだった。そしてそのことは少女が一番分かっていた。 「どうして私だけこうなるの? まだ、早いよ……。早すぎるよ」 もう外を目にすることも出来ない彼女は最後に母親にそう尋ねた。季節は彼女を追いて進んでいく。 ● 「人間にはやりたいことっていっぱいあるわよね。けれどもそれが叶わなかったらどうする? もしも当たり前だと思っていた未来を奪われたらどうするかしら。それも自分のせいではなく」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は集まったリベリスタ達にそんな疑問を投げかける。 「よくある話ではあるけれどやっぱり悲しいわよね。だから彼女を救ってほしいの」 今回不幸にも覚醒してしまったのは病死した女の子の念。その未練が不幸にも形を残してしまったのだという。彼女は高校生で、学園生活を謳歌していたが突然病を発症した。そう、直る病気ではあったのだ。しかし気付くのが遅すぎた。手遅れだったのだ。 「彼女の名前は駿河美樹。生前の姿をしているわ。今はおとなしくしているけれど羨望が憎しみに変わったらかつての同級生達に不幸をもたらしはじめる。だからその前に」 未練はやがて憎しみになる。そうして人を襲う前に助けてあげて欲しい。普通の女の子として終わらせてあげて。イヴはそう言った。 「場所は彼女の通っていた高校。そこで彼女はもう手の届かない日々を夢みている」 おおよその事情は掴めたが具体的には何をすればいいのかと問いかけると、イヴは悲しげに笑った。 「友達として話を聞いてあげたり、優しくしてあげたり、簡単なことでいいのよ。そう、ごく当たり前のことよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:あじさい | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月17日(水)22:09 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●心残り 臨終の間際、彼女は自分の短すぎる生涯を思った。談笑の輪に加わっているはずの自分がいつの間にかそこから外れている。そしてもうその輪に加わることは出来ない。当たり前の日常。それが遠退いていく。いや、遠退いているのは自分なのだ。少女はそれを思い苦笑した。悟っていたはずの悲しみが容赦なく襲ってくる。浅い決意はすでに崩れてしまった。堪え切れない涙が溢れた。すべてが早すぎる。けれどもこれが終焉だ。 少女はそっと目を閉じた。彼女の人生はそこで終わるはずだったのだ。 息絶えたはずの彼女の肉体は、すでに生命としての機能を停止した。しかし彼女の意思は残った。覚醒因子と結びつき、彼女は彼女としてのアイデンティティを保ったまま空に浮いていた。 「あれ、私死んだはずなのに」 上空から自分が先ほどまで横たわっていたベッドを見詰める。彼女の意思を尊重し、最期を娘の部屋で看取った両親が自分の身体に縋りついて泣いている。 自分のことなのに、自分のことではない。誰とも関われないということを一瞬にして悟った。 彼女は世界から取り残されていた。けれどもそれを認められるには、未練が多すぎた。それを認められるほど大人ではなかった。彼女はそれを認めることが出来ないまま、日常を送り始めた。 ●潜入 リベリスタ達は今回のターゲットが通っていたという高校の前に集まっていた。『食堂の看板娘』衛守 凪沙(BNE001545)はどこからか調達してきた制服を揃えて身につけている。凪沙曰く「この方が連帯感も出るし、ミキちゃんもからみやすいと思うんだ~」とのことだった。 「みんなの分も用意しとこうかと思ったんだけど、サイズとか分からないからやめといた」 「うーん、もし持ってきてもらっても着こなせないだろうからな。俺は卒業してから随分たつから」 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は頭をかきながら笑う。爽やかな彼でも高校生の制服を着こなすのは無理だろう。不自然さで余計妖しく見える。大人達は彼女が人数分の制服を持ってこなかったことに少し安堵した。 「そうかなー。新田さんならいける気がするけどね」 衛守はそうやって笑う。人懐っこい笑顔を浮かべるその様はいかにも年頃の少女らしい。この人当たりのよさならば友達になるもの簡単かも知れない。 イヴからもらった資料を見詰めながら、『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)が学校を見上げる。そこには彼女の学校での生活が機械的に記されてあった。 『二年三組、文化委員。明るく友達が多かった。将来は教師になるために教育学部のある大学へ進学しようとしていた』 その文字から彼女の人生の一端を感じつつ、そあらはそれを閉じた。 「ここが美樹さんの通っていた学校ですか」 懐中電燈を照らしながらしみじみとする。ここには彼女が置き忘れたものがいっぱいあるのだろう。人がよく感受性が強いそあらとしては彼女に同情しているらしい。そんなそあらの肩を閏橋 雫(BNE000535)が軽く叩く。 「そうね、あなたの感じている通りかわいそうな女の子だわ。けれどもしんみりするのは、彼女を救ってからにしましょう」 その言葉にそあらは頷き、パーティは潜入の為の準備を始めた。雫はそれなりに住宅が建物が並ぶ立地にある学校に侵入するために、幻視を用いて目くらましする。近隣住人への対策をする。そこで『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)が結界を張る。 「おお、本当に人がいなくなった」 わざとらしく大げさに驚いてみせるあばたは雫に目配せする。 「さあ、あとは閏橋様に鍵を当てて貰うだけです」 校門を閉ざしているのはいかにも頑丈そうな錠前だ。しかしそれは雫がてこずるようなものではなく簡単に外れ、コンクリートの地面に音を立てて落ちる。『紺碧』月野木・晴(BNE003873)が感嘆の声を上げる。 「おお、すげえ! ぱねえ!」 声を抑えていても興奮は抑えられないようで、尊敬のまなざしを晴は雫に送っていた。それを照れ臭そうに受けながら、一行は校門の中へ足を踏み入れた。 電気をつけると警備会社がやってくるかも知れないので、懐中電燈を使いながら進む。『くまびすはこぶしけいっ!!』テテロ ミミルノ(BNE003881)は駆けだすと興味深々といった様子であたりを見渡す。 「よるのがっこうってなんかふしぎなかんじがするー」 声を弾ませながら走るテテロを『必殺特殊清掃人』鹿毛・E・ロウ(BNE004035)が穏やかな声で止める。 「ほらミミルノさん、廊下は走っては行けませんよ」 「はーい」 注意されて少ししょんぼりしながらも頭はすでに遊ぶことでいっぱいのようで、すぐにニコニコ顔になる。 「えーっと、えーっと。なにしてあそぼうかなー。やっぱりおいしいものたべるのがいいよね! ミミルノはおいしいものすき! みんなもおいしいものたべたらしあわせだよね!」 頭の中でいろいろな計画を立てるテテロは楽しくして仕方ないらしい。その様子に一行はなごみつつ、まずは彼女の教室へと向かった。 ●交流 美樹のために、学校のあちこちを散策しなければならないだろうというリベリスタ達の危惧ははずれ、彼女はあまりにもあっさりと見つかった。美樹は窓際の前の席に座って、ぼんやりと黒板を眺めていた。こちらにはまだ気付いてないようで、どのよう に声をかければいいかとタイミングを図っているなか、最初に動いたのは晴だった。 「こんばんは! 俺、月野木晴っていいます。お姉さんはー名前なんていうの?」 人好きのする笑みでにこにこと話しかける。アクセスファンダムからナガミヒナゲシを取り出して差しだしながら。そんな彼の態度に警戒心が緩んだのか、彼女は微笑み花を受け取った。 「私が、見えるのね? 驚いたわ。私は駿河美樹。よろしく」 それに次いで、それぞれが自己紹介をする。そしてあばたが直球に告げた。 「自分たちは貴方の様な方に対処する専門の機関からやってきました。つまり貴方の未練を晴らしに来たのです。なにか心残りはございませんか。何なりとお申し付けください」 美樹はいろいろな感情の交じった顔をして考え込んだ。 「なんでもいいの?」 まだ幼さが残る顔を上げてリベリスタ達を見渡した。 「じゃあ私とお話してくれますか?」 各々適当な席に座り、彼女のために話を聞く。凪沙が腕をふるった人数分のお弁当を広げた。 「はい、作ってきたの。料理には自信があるんだ!」 弁当のふたが開けられた瞬間地面に届かない足をプラプラとさせていたテテロが駆け寄ってきた。 「わーい! ごはん! ごはん!」 「おいしいものを食べながらだと、うちとけられるよね」 快が穏やかに微笑み、弁当を美樹に差しだしてやる。色とりどりのおかずはどれもおいしそうだ。 「わあ、すごい。どれから食べようか迷うなあ」 迷った末にソーセージを口に運ぶと顔を綻ばせた。 「わあー、おいしい!」 「ミキちゃんは洋食すき?」 まるで十年来の友人の様に自然な口調で凪沙が尋ねる。それに美樹が微笑みながら応える。そこだけ聞くとまるで高校の穏やかな昼休みのようだ。女子同志、話ははずむ。うちとけるのに時間はあまり必要なかった。少し距離の開いたところであばたとロウが囁き合う。 「どうやら大丈夫そうだ」 「ええ、当たり前のことで満足してくるなら言うことありませんからね。わが主」 二人が見守る中でたわいのない話は続いていく。 「美樹さんは好きな人はいたのですか」 小首を傾げながらそあらが質問すると少し美樹は顔を赤らめた。 「あ、やっぱりいるんですね! じゃあ恋バナしましょう!」 いろめきながらそあらは自分の想い人について語り始める。そして後ろを向いて手招きした。 「どうせならみんなで話しましょうよ! 鳩目さんも鹿毛さんもこっちに来て下さい」 ロウは困惑しつつも近づく。 「えー、僕男子校出身なんで女の子に免疫ないんですよー」 「大丈夫です!」 何が大丈夫なのか悠木は力強く宣言する。そうして美樹を中心として円を組み、恋バナが始まった。 「あたしの好きな人はですねものすごくかっこいい人なんですよ。とっても頭もいいんですよ。けれども他の女の人に声を掛けて、どうしようもない人なのです。でもその仕方ないところも好きなのです」 駿河も目を細めながら話し始めた。時々呆れがまじりながらもその人のことを思っている穏やかな口調で語る。それにつられたのか、美樹も自分のことを話し始めた。 「私も好きな人がいたの。彼は野球部員だったんだけど、いつも一生懸命で、かっこよかったな……。クラスメイトでね、試合の応援にもいったよ」 どこか遠い目をしてもう実ることのない恋を語る。切ないけれどあたたかい思い出を思い出しながら。 「彼、ちょっと新田さんに似てるかもしれない。新田さんは何かスポーツとかしてたんですか?」 悲しみを感じさせない笑顔で、美樹は快に尋ねた。 「俺?高校はラグビー部だったよ。毎日ヘトヘトになるまでボールを持って走り回って、タックルやスクラムで生傷が絶えなくてさ。でも楽しかった。何かに熱中することの大切さを教えて貰った気がするよ。もちろん、チームメイトともいい関係を作れた」 美樹は頷きながら聞いていた。 「応援されて悪い気のする男はいないよ。その男の子は幸せだね。ま、俺は全然女っ気なかったけどな」 そう加えて言うと、駿河は笑った。 「そっか、迷惑じゃないならよかった。嫌われてはなかったんだね。あんまりお話できなかったけど」 それ以上を望めない恋を、美樹は押し込んだ。 「閏橋さんはどうなの?」 突如として美樹から話を振られたしずくは慌ててしどろもどろになる。 「わ、私って今まで勉強一筋でやってきたから、同世代の男の子になんて興味持てなくて、その……」 「夢があるんだね」 「美樹さんにも、夢があるのでしょう?」 任務に来る前にイヴから渡された資料。教師志望で教育学部を目指していたということ。 「なんだ、知ってるの? そう、小学校の先生になりたかったの。憧れていた先生がいたから。勉強の教え方は下手だったけど、勉強より大切なことを教えてくれたとてもやさしい先生がね。……私の夢もいいけど、みんなの夢も聞きたいな」 雫はまっすぐな瞳をして語る。 「そうね、夢と言うには大げさかもしれないけれど、両親に恥じない人間になりたいわ。私、小さいころに両親がある事件に巻き込まれて亡くなったの。とても辛かったし、悲しかったわ。その後は祖父母に引き取られて、とても優しい人たちだったけど、学校行事の度どうして自分だけがと思うとやるせなかった。けれども、それじゃ両親が心配すると思ったわ。だから、両親に誇れる人間になろうとそう決めたの」 淀みなく語られる決意を聞き届けて美樹は「素敵な夢だね」と言った。 「私も、夢があったよ。……叶えられなかったけどね」 そういって美樹は瞳を伏せた。その様子を見た晴は痛ましそうに眉を寄せた。 「叶えればいいよ。また、叶えればいい。でも、そのためには……」 歯切れ悪く切り出す晴の言わんとすることを理解したのか、美樹は頷く。 「うん、分かってた。きっと認めたくなかったんだと思う。だからずっと学校で、みんなの姿を見てたの。私が途中で取り上げられた学園生活を、送ってるみんながうらやましくて。だってもう私は何もできないから」 「そんな悲しいこと言うなよ」 晴は美樹のその言葉を遮る。まるで自分には何も残っていないような投げやりな言い方は、悲しかった。 「もう一回やり直すんだ。また出発するんだよ」 そう訴える晴の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。そこであばたが歩み寄る。 「決心がつきましたか? 生きているわたしがいうのもあれですがわたしはあなたの幸せを祈っています。わたしだって、死ぬ時ぐらいは幸せでありたい。だからあなたが幸せだったと思えるうちにあなたを終わらせてあげたいのです」 真摯な言葉に頷く。その決意を察したテテロが美樹に駆け寄る。 「みきちゃん、いっちゃうの?」 美樹は慈愛に満ちた眼差しでテテロを見詰めた。それは確かに生徒をいたわる教師のようだった。 「そっか、またあそぼうね! やくそく! ゆーびきりげーんまん……、ゆびきった!」 指を離した瞬間、駿河はもういなくなっていた。彼女が持っていたナガミヒナゲシは机の上の静寂に取り残されていた。 ナガミヒナゲシの花言葉は慰め。この花が彼女の慰めになるように、そして彼女が今度生まれてきた時に夢をかなえられるように。一行はいつまでも祈っていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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