●惨劇の始まりは手術 「シャムロック、早くよくなってね」 「有り難う、ガブリエル」 「帰ってきたらまたお話聞かせてね」 「分かっているよ。ヨハネは本が好きなんだね。本は心を豊かにしてくれるよ」 「待ってるからね、ちゃんと元気になって帰ってきてね」 「ほら、ガキ共、いつまでも引き止めてるんじゃないよ。シャムロックが困っているだろう」 「シスター、そんなことは……」 「全く、お人よしだね、あんたも。早くしないとバスに遅れるよ」 「じゃあみんな、行ってくるよ」 「行ってらっしゃい……」 「気をつけてね」 「手術、頑張ってね」 小さな教会は孤児院を兼ねていた。 シャムロックはその教会に拾われた記憶喪失の青年だ。 記憶を戻せるかもしれない、と言われたのは数ヶ月前。 脳に微弱な電流を流して活性化を図ることを話を持ちかけた彼らは『手術』と言っていた。 もしかすると他に専門用語で言い方があるのかもしれない、とシャムロックは思う。 けれど一番分かりやすい言葉を彼らなりに選んだのだろう。 小さいけれど人を思いやれる孤児院の子供たち。 言葉遣いが少し荒いけれど信心深く面倒見と気風のいいシスター。 時折訪れる礼拝者。 子供たちには洗礼名が与えられ、記憶を失い自分の本名を忘れていたシャムロックにも三位一体の象徴である三つ葉のクローバーを意味する名前が与えられた。 居心地のいい、温かな家。 記憶が戻ったらもっとたくさん教会のことを手伝おう。 探しにきてくれない家族の元へ帰るより紙の御心を広める手伝いをしよう。 それがきっと自分が拾われた意味なのだ、とシャムロックは考える。 バスを乗り継ぎ、やってきた病院。 「すみません、あの……」 「あぁ、シャムロックさんですね。病室へご案内いたします。此方へどうぞ」 正気のシャムロックが見た景色はそれが最後になった。 数日後教会に戻ったシャムロックは温かく迎えてくれたシスター達を、家族を惨殺する。 その血肉は地面にしみこんだ分を除いては全て彼の腹に収まったのだった……。 ●仲間喰らい 「小さな教会が山間部にあるんだが……其処に一人のノーフェイスがいる。 記憶喪失だったその男の記憶を取り戻せるとある病院が話をつけたらしい。 ……ところがそれは真っ赤な嘘で研究開発したアーティファクト……人をノーフェイスにする上食人衝動を引き起こすって代物の実験台にされたらしいな。 教会に戻ったシャムロック――あぁ、ノーフェイスの洗礼名だ。そのシャムロックは教会兼孤児院だからシスターと子供が何人か。神父とか牧師の類は留守にしているらしい。 そいつらを全員惨殺した上に食っちまうんだよな。 アーティファクトにはもう一つ効果があって自分に害を加える連中には襲い掛かる。 武器は多分病院のやつがこっそり持たせたんだろうな、レイピアと西洋剣の中間くらいの太さをした細身の剣だ。 家族と呼んだ連中を食らった上お前達を食らおうとするがシャムロックの意思ではない。 ……だがノーフェイスになった以上殲滅はしなきゃならん。 やりきれない依頼だが……頼まれてくれるか?」 『黒い突風』天神・朔弥(nBNE000235)はやりきれなそうに天井を見上げた。 「病院も何とかしなきゃならないが今回はシャムロックに専念してくれ」 頼む、と頭を下げた朔弥がどんな顔をしていたのかは誰も知らない。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:秋月雅哉 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月10日(水)22:33 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●血染めのクローバー 「お帰り、シャムロック」 「お帰りなさい、手術は上手くいったの?」 無邪気に近寄ってくる子供たちを見ているとこみ上げてくる衝動。 ――タベタイ。 嘘だ。 ――食べたい、食べたい、たべたいタベタイ。 そんなことはありえない。許されない。 ――その生き血をすすり、肉を食み、断末魔の悲鳴を聞いて。 「シャムロック、手に持っているのはなんだい?」 「シスター……」 「顔色悪いよ、大丈夫?」 「――うわぁぁぁぁっ!」 湧き上がる衝動、身体が勝手に動く。 子供たちの悲鳴。赤く染まる視界。 首筋にかぶりつくと鉄分を帯びて苦いはずの血はこの上なく甘く。 生きたまま咀嚼されやがて息絶える子供の肉は何より美味で。 気付けば全員、地面に吸われた、あるいは服にしみ込んだ血以外は肉のいっぺんも残さず白い骨に。 「あ、ああ……あぁぁ……」 その日、山間部にある教会に響く子供たちの声は絶え、自身を呪い神に救いを求める青年の嘆きだけが残った。 ●惨劇に終止符を 数日後、教会の中。 ステンドグラス越しに注ぐ光にも気づかず、自らの頭を抱えてうずくまるのはかつて『三位一体』の象徴である三つ葉のクローバーの名で呼ばれた青年。 彼に名をくれたシスターも、彼を慕って笑顔を振りまいた子供たちも今はいない。 全ての人が、シャムロックに食い尽くされた。 「神よ、罪深い私をどうかお救い下さい……終わりにしたいのです、全て。 地獄に堕ちることになってもまた人を食らってしまうよりはよほどいい……どうか、どうか御慈悲を……」 正気と狂気の狭間で願い続ける。 目覚めれば全て悪い夢であるように。 自分はまだ手術の麻酔から目覚めていなくて不安のあまりこんな悪夢を見ているのだと。 帰ればシスターや子供たちが出迎えてくれて、自分には記憶が戻っていて。 けれど自分は教会に残る事を選ぶだろう。 男手はあったほうがいい。 子供たちの遊び相手にもなれるし、教会の設備の修繕も出来る。 シスターに神の教えをもっと聞いて。 聖書を読みながら子供たちと穏やかな時を過ごして。 そう、全て夢だ。 自分が人を食すなど、生きたままの人間をむさぼるなど悪夢でしかないに決まっている。 『ならば、どうして』 頭に響く、声。 『お前は目覚めない?』 誰の、声? 『お前は仲間喰らいのシャムロック。血染めのクローバー』 目を開けば衣服は血で汚れていて。 昼なのに子供の声はしない。 彼らを殺したのみならずその血を、肉を食らい、それなのに自分は生きている。 「……この世は残酷だ…」 シャムロックが呟く。 鋭利になった耳に複数の足音が聞こえてきた。 駄目だ、来ないでくれ。 私はもう罪を犯したくない。 願いと裏腹に足音は近くなる。 教会の扉がノックされる。 「あたし達は貴方の食人行動を止めに来たです。 そして貴方のような人を増やさない為にも誰に手術の話を教えてもらったのか教えてほしいのです。 また、何処の病院でどんな人が手術をしたのか覚えてる限り詳しく教えて下さいです」 『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)が扉越しに声をかける。 「はじめまして、シャムロックさんですね?私達は貴方の『これ以上の罪を犯したくない』という願いを叶えにきました。残念ながら私達では貴方を元に戻せません。少しの間、じっとしていてもらえると助かります」 (不在の神父、身寄りのない子供達。 タイミング良く持ちかけられる話。 「誰かにとって」都合が良過ぎる状況のようにも思える……) 『不機嫌な振り子時計』柚木 キリエ(BNE002649)はそあらの言葉を引き継ぎ、シャムロックの出方をうかがいながら本音を胸中で呟き、目を伏せる。 「……手術の話を伝えに来てくださったのは……」 扉越しであれば辛うじて食人衝動は抑えられるらしい。 『止めに来た』という言葉に縋ってかシャムロックは口を開き、病院に関する情報を告げようとして言葉が途切れる。 「どうしたの?」 『モンマルトルの白猫』セシル・クロード・カミュ(BNE004055)が短く問う。 「……覚えているはずなのに……言葉にしようとすると逃げていくんです。病院の名前も、医師の特徴も、全部」 「アーティファクトの影響か、他にも脳を弄られたか……手がかりはなし、か」 『ヤクザの用心棒』藤倉 隆明(BNE003933)が眉根を寄せる。 「そう……。 これ以上誰かを傷つける前に、殺してあげる」 もう、シャムロックがそうなってしまったことを悔いても仕方ない。 悲しい事件だし、不憫に思うけれど、もう、貴方に優しさはあげられない。 そう告げた『吸血婦人』フランツィスカ・フォン・シャーラッハ(BNE000025)に応じるシャムロックの言葉は同意。 「神の教えをこれ以上犯したくなくて自殺は出来ませんでした。 貴方たちが止めてくれるというなら――それが神のお導きなのでしょう」 「もし、これが神とやらのご意思なのでしたら……随分なものですよね……」 『虎人』セシウム・ロベルト・デュルクハイム(BNE002854)が扉を開けることで狩る者と狩られる者は対峙を果たす。 「それでも私は、僕を此処に導いてくれた主を信じます」 「申し訳ないけど、手術に関しては同情はしないよ」 『大人な子供』リィン・インベルグ(BNE003115)は冷淡にも取れる言葉を突きつけながら『引っ掛かった方が間抜け』とは言わずにおいた。 手土産にと持参していたビスケットを床に滑らせてシャムロックに渡したのは『カゲキに、イタい』街多米 生佐目(BNE004013)だ。 「知っているか。ビスケットとクッキーの差異は、外見でしかない。 私たちも知っている。お前の体がどうなろうと、お前は、人間だ」 生佐目の言葉にシャムロックは淡く微笑んだ。 「お願いを、してもいいでしょうか」 そろそろ衝動が湧き上がっているのだろう、息を乱し、苦しげに眉間に皺を寄せながら続けられたのは最後の懸案事項。 「子供たちとシスターを、弔ってあげて欲しいんです。神父様にも……謝罪、を……」 言葉が途切れ、シャムロックが膝をつく。 長椅子からケースが落ち、弾みでロックが外れて細身の剣がシャムロックの近くに落ちる。 「すみません……力ずくで、止めて頂くことになりそうです」 「分かっちゃいたが後味の悪い仕事になるな」 「それが僕たちの仕事だから仕方がないだろう」 隆明の言葉に十歳程度の外見をした、けれど実際は四十年以上の時を生きてきたリィンが応じる。 ゆらり、とシャムロックが剣を持って立ち上がる。 「タベ、タイ」 「終わらせてあげるわ」 この惨劇を。 貴方の人生を。 そあらが魔方陣を詠唱で展開させ小さな魔力の矢を放つ。 苦しい時間は出来るだけ短い方がいい。 そんな願いを込めて。 脳内に埋め込まれたアーティファクトの破壊を試みて1$シュートを打ち込むフランツィスカ。 その間にキリエは教会の扉の鍵をかける。 後ろに距離を取って早撃ちで接近を阻むのはセシウムだ。 リィンの作り出した魔力と意思を凝固させた呪いの弾が自在に教会を駆け抜けその攻撃もまたシャムロックを阻む。 「食人衝動、か……」 前衛として前に出ていた隆明は武器を持っている腕を狙って射撃。 苦悶の声を響かせながらシャムロックが剣を振りかざす。 「喰らえ――我が刃! 我が鮮血! 我が一撃!」 生佐目が赤い魔具でシャムロックの血を啜る。 セシルが後方からバウンティショットを放つ。 「食べたい、たべたい、食べたいたべたいタベタイ」 傷のついたレコードのようにただそれだけを繰り返す青年。 共に暮らしたシスターと子供たちの血で染まっていた服が自身の血で更に赤く染まる。 「……非道なことをする病院もあったものですね」 食べたいと叫びながら、剣を振りかざしながら。 シャムロックの両目からは涙がこぼれていた。 『食べたくない』 『傷つけたくない』 『殺したくない』 『もう終わりにして欲しい』 『――還りたい』 そんな声なき声が聞こえてくるようだ。 闇雲に振るわれた剣先が何度か生佐目の肌を切り裂き、赤い血が舞う。 「……褒めてやろう……楽には仕留めぬぞ」 そあらが詠唱で清らかな存在に呼びかけ仲間たちの傷を癒す福音を教会内に響かせた。 「お眠りなさい、シャムロック。 いずれこの仇はとってあげる」 フランツィスカの声が聞こえたのか、度重なる頭部への攻撃が効いたのか、それとも単なる偶然か。 シャムロックの動きが一瞬止まる。 アーティファクトの一部が壊れたのだろうか。 自我とのせめぎあいが再び彼をさいなんでいるようだった。 「ワタシは……化け物だから……」 「いいえ、貴方の名は『シャムロック』でしょう?」 「シャム、ロック……」 「そう。君の名はシャムロック。教会ですごした温もりを抱いて眠りなよ、幸せなままにね」 「シスター。ガブリエル。ヨハネ……」 子供たちの名前を順番に不明瞭な発音でたどたどしく呼んでいく。 「……私は、死ねますか?」 ボロボロになった身体で問いかけた青年にリベリスタたちは頷きで、或いは行動で肯定を返した。 「我が身、地獄に堕ちようとも……貴方たちは天へ昇り、主の福音を授かりますように」 『シャムロック』 まだ幼さの抜け切らない声がする。 『シャムロック、早くよくなってね』 『有り難う、ガブリエル』 『帰ってきたらまたお話聞かせてね』 『分かっているよ。ヨハネは本が好きなんだね。本は心を豊かにしてくれるよ』 『待ってるからね、ちゃんと元気になって帰ってきてね』 『ほら、ガキ共、いつまでも引き止めてるんじゃないよ。シャムロックが困っているだろう』 『シスター、そんなことは……』 『全く、お人よしだね、あんたも。早くしないとバスに遅れるよ』 『じゃあみんな、行ってくるよ』 『行ってらっしゃい……』 『気をつけてね』 『手術、頑張ってね』 あの日の光景が蘇る。 一時の別れだと思っても名残惜しくて何度も振り返った。 その度心配そうな視線と目が合った。 あぁ。あの優しさを、温もりを。感じることはもう二度とない。 「……ビスケット……子供たちの……お墓に……」 ビスケットを自分に向かって滑らせてきた女性に向かって途切れ途切れに頼む。 生佐目が頷き、ヘビースピアでその人生に幕を引いた。 「助けられるなら助けてやりたかったぜ。……チクショウ」 隆明が拳を握ってやりきれなさを壁に打ち付ける。 「どうして記憶を失ったかは、流石に神のみぞ知るって感じかな」 思いの外安らかな死に顔を見てリィンは呟く。 「死とは命ある者に唯一等しく与えられるモノ。 そして我々に命を与えたのが本当に神様とやらだったとするなら、エリューションとして永久の亡者と化す前にこうして死ねたことは、ひょっとすると神様のご慈悲だったかもしれないわね。 なぁんて詩人じみた事を言っても私には似合わないわね。 さようなら。シャムロック」 「アーティファクトの破壊のために頭部は砕いておく方が良いのでしょうか……。 正直遺体を貶める行為はしたくないのですが……」 セシウムの問いにキリエが首を振る。 「破壊の前にアークが解析するかもしれません」 「あたしもキリエさんに賛成です。解析してもらって……何か分かれば。 彼と同じような人を作らない為にも」 そあらがシャムロックのもう二度と開かれることのない瞼に触れる。 「それじゃあ遺体と外の骨はアーク経由で葬儀に回してもらいましょう」 「埋葬が済んだら約束どおりビスケットを供えるとしよう」 「神父にも何がしかの説明はしないといけないでしょうね」 「私は少し電子の妖精で情報が得られないか探ってみます」 「ここは神様が来る教会ですから……シャムロックさんも天国へいけると信じたいです」 「まぁ、諸悪の根源は病院だし、彼は最終的に自我を取り戻したからね。 天国が実在するのかどうか、いったことのない僕には分からないけれど。 せめて会いたいと願った人のところに生けたのなら、良いね」 「……おやすみなさい、シャムロック」 フランツィスカが彼の両腕を胸の上で組ませる。 血塗れた剣は傍らに置かれた。 暫し無言で犠牲になった命に黙祷を捧げる。 笑い声の絶えた教会。青年の苦悶を抱いた教会。 かつてそこにあった笑顔と温もり。 それらは永久に喪われてしまった。 故意ではなかったにせよ惨劇を引き起こした青年の命も。 「……君よどうか幸せに」 動くことのない唇が、微かに微笑んだようにみえた。 罪の意識にさいなまされ、生きることが苦痛となった血染めのクローバーにとっては死が唯一の救いだったのかもしれない。 倒れる間際、シャムロックの残した最期の言葉は声にならなかったけれど八人に届いていた。 たった一言。 『有難う』と。 父と子と精霊に願うなら。 彼らの眠りが安らかであるように――……だろうか。 キリエが調査を終え、八人は一度教会を後にする。 惨劇の後でさえ、教会は荘厳さを保ったままその背中を見送ったのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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