●青い曼珠沙華 「おい、青い彼岸花なんてあったか?」 「さぁ……聞いた事がないな」 二人の若い男が興味本位で曼珠沙華に近付く。 曼珠沙華……様々な別称を持つこの花の一般的な名前は片方の男が口にしたように『彼岸花』だろう。 一般的に赤が有名だが白い曼珠沙華も見られないわけではない。 実際、この場所には赤と白、両方の曼珠沙華が群生していた。 しかし二人の前に咲いている一輪の曼珠沙華の色は鮮やかな青。 念のため辺りを見回しても赤と白の色だけ。 ――いや。 地面に近い場所に黄色い服が見えた。 「おい、人が倒れてるぞ」 「大丈夫か!?」 二人がかりで助け起こすとその体は奇妙に冷たい。 閉じられた目はいくら揺さぶっても開かれることがなく、顔は土気色に見える。 「まさか……死んでる、のか……?」 「ひ、ひぃぃぃっ!!」 死体に触れた恐怖から反射的に手を引っ込めて後ずさる。 本当は立ち上がって逃げたいのだが予想外の展開に腰が抜けていた。 二人の目に映ったのは二つの景色。 一つは青い曼珠沙華が光を帯びながら人の姿に変わった事。 青い髪、白い肌、青い目の美しい女だが生きている者が持つ生気がまったくない。 薄っすらと笑みが浮かんだがそれも作り物じみている。 美しいはずなのに花が変化したところを見たせいか二人には禍々しく思えた。 実際、その花は禍々しいものだった。 曼珠沙華に姿を変えたエリューションだったのだ。 花の化身と呼んでもいいのだろうか、女が白い手をつい、と死体に伸ばす。 それに呼応するように動かないはずの死体がむくりと起き上がって二人に襲い掛かった――……。 ●花の化身退治 「一寸時期外れだが北の方だからまだ咲いてるのかね」 何が、とは言わずに『黒い突風』天神・朔弥(nBNE000235)が植物図鑑を広げている。 「青森の農村の外れに曼珠沙華……彼岸花の別称だな。の群生地帯がある。 赤と白のコントラストが見事らしいんだが……青いやつが一輪混ざってるんだ。 それが今回の敵。 エリューションで見たものを魅了して空気中に毒を漂わせ、死に至らしめる。 死体はアンデッドになって他のやつを襲う。 そんな具合で増えていって今大本の曼珠沙華一輪の周りを五人のエリューション・アンデッドが普段は死体の状態で転がってるな。 元々あまり人が来ない場所らしいから五人で済んでるが…このままだと被害が増えかねない。 曼珠沙華とアンデッドの退治を頼みたいんだ。 曼珠沙華は人が近付くと女の姿を取るみたいだな。 魅了の効果を持つ歌とアンデッドたちを操るのが主な行動だ。 あぁ、後奴の爪に切り裂かれると猛毒の効果があるから注意してくれ。 アンデッドたちは呪いの効果のある攻撃を仕掛けてくる……噛み付いたりだとか、殴ったりだとか。 前者は呪いと失血だな。 首とかを狙ってくるから対策を取った方がいいだろう。 曼珠沙華の群生地帯だから足を花に取られないようにする余裕があるならそっちの対策もしておいたほうが楽かもしれないな。 ……彼岸は過ぎたがアンデッドには彼岸にお帰り願おうぜ」 よろしく頼む、と朔弥は頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:秋月雅哉 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月09日(火)23:16 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●彼岸と此岸を繋ぐ花 肌寒さを感じる十月半ば。 日本の中でも北のほうに位置する青森の農村は当然ながら南より秋風が冷たい。 もう一月ほどもすれば霜が降り、霜はやがて雪へと変わって人々を凍えさせるのだろうか。 だがそれには流石にまだ猶予があるらしく、秋の草花も見られる。 今回向かうのは曼珠沙華の群生地帯だ。 葉を持たない鮮やかな紅と清げな白のコントラスト。 死人花や手腐り花という異称は毒をもつ故か。 紅と白が一面に咲き乱れる中、異彩を放つのは透明感のある青。 植物図鑑には恐らく載っていないであろう、現実には存在しないはずの青い曼珠沙華はありえない存在であるがために異質で、けれど美しい。 まだ花がついているため他の曼珠沙華と同じく葉はない。 おそらく構造上は一般に知られる曼珠沙華と同じなのだろう。 枝も節もない花茎の先に放射状に花弁が開いている。 曼珠沙華の意味は「天上の花」で慶事が起こる前触れには赤い花が天から降ってくるという仏教の経典によるというがその赤とは対称の青い曼珠沙華は凶事を運ぶのだろうか。 その推測はあながち間違ってもいないだろう。 その毒で、歌声で五人もの村人を死に至らしめたエリューションが実体なのだから。 人の気配を察して青い曼珠沙華が人の姿を取る。 青い髪、白い肌、青い瞳の美しい女性だが生気のない作り物めいた美貌だった。 歌う声は死者を呼び起こし五体のエリューション・アンデッドが曼珠沙華の変化した女を守るようにゆらりゆらりと立ち上がる。 「青い曼珠沙華……青薔薇にも通じる、この世のモノならざる美しさなのでしょう。 だけどそれは、文字通りこの世界に存在してはならない冥府の華よ。 私も花を愛する者として……愛する者だからこそ、貴女を刈り取ってあげる。 さぁ、彼岸へと還りなさい!」 『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)が敵に向かって銃を構えながら叫ぶ。 エリューション・アンデッドは虚ろな目線を彼女に向け、彼らを操っている曼珠沙華の化身は口元に笑みを浮かべる。 陣地作成を行って一般人の侵入と花が踏み荒らされることを防いだ『下策士』門真 螢衣(BNE001036)は今回の討伐メンバー中唯一の回復手だ。 「これはシンプルなエリューションの形ですね。 エリューションプラントとでも呼べばいいのでしょうか。 人間を捕食するというなら、人間には抵抗する権利があります。 フェーズが進む前に早々に退治するべきでしょう」 淡々と事実だけを告げる言葉はエリューションたちに届いただろうか。 「曼珠沙華なあ。 彼岸に有名な花だったか……? まあ、綺麗な花ではあるけれども、なんだか物悲しい雰囲気ではあるよな。 ……しかし、青い曼珠沙華か。 こういうのじゃなければ綺麗だと思うけれども……まあ、なんだ。 エリューションをほうっておくわけにはいかんしな。 何にせよきっちりと片付けてやるぜ」 『chalybs』神城・涼(BNE001343)が間合いを計るようにエリューションとの距離を確認する。 「青い曼珠沙華か……赤や白は見たことあるけれど、青っていうのはそうそうないぜ。 珍しいもんだがその理由が神秘故なら倒すしかないな。 ……そんじゃいくか、龍治!」 『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)が傍らに立つ恋人に呼びかければ『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)が小さく頷く。 彼の記憶の中に一つの風景がある。 恐らくリベリスタとして覚醒する前の幼い日の記憶だ。 曼珠沙華が一面に咲き誇る、赤く美しい光景。 フォーチュナから今回の戦いが曼珠沙華の群生地帯だと聞いた時、その景色を再び見たいと気紛れに思って恋人を誘ったのだった。 「……勿論任務を片付けてからだが。 さあ、狩りを始めよう」 「すでに被害者が出ているので、一刻も早く倒さないとね。 彼岸花……不吉な花とされる事が多いけれど『天上の花』としてめでたい兆しをもつ花でもあるのだから、悲しみだけで埋まらせたくわないのよね」 『出来損ないの魔術師』シザンサス・スノウ・カレード(BNE003812)は曼珠沙華の意味とその花が持つ別名を知っていたのだろう、左右で色の違う目に憂いを乗せて呟く。 同じく『死人花』の別称を知っていた『リグレット・レイン』斬原 龍雨(BNE003879)は静かな目で外見は自分より少し年長に見える曼珠沙華の化身を見やった。 「死体を操る青い曼珠沙華……怪しく歪で、そして魅了する……。 だが華は華だ……そんな者に命を奪われるのはつまらない人生だ……。 害ある華なら摘んでしまえば良いだけの話……」 『論理破綻者』カルベロ・ヴィルチェーノは赤と白の色彩の中闇を落としたように凝る黒の出で立ちでサングラスの位置を直した。 「貴方たちも私の虜にしてあげる……それはとても素敵なことよ。 現世のしがらみも苦痛も嘆きも忘れてただ私に従えばいい……これ以上楽で幸福なことってないわ」 青い曼珠沙華が歌うように告げる。 それが戦いの火蓋を切って落とした。 木蓮の攻撃範囲に上手くアンデッドたちを追いやるため精密に狙い打つカルベロ。 それを待ってから木蓮が蜂の襲撃を思わせる連続射撃を仕掛ける。 前衛を担う龍治は素早い動きで複数のアンデッドに向かって光弾を放った。 光弾をかいくぐってアンデッドの一体が涼の首筋に牙を立てる。 「人間は食いもんじゃねぇんだよっ」 一声咆えると同時に突き飛ばすようにして幻惑の武技が炸裂し、刹那実体を得たそれはアンデッドを翻弄する。 「おん・きりきり・ばさら・ばさり・ぶりつ・まんだまんだ・うんぱった……」 螢衣の紡ぐ言葉が力を持って守護の結界を織り成す。 ミュゼーヌが極限まで集中を高めることで彼女の動体視力は異常なほどに強化され光景がコマ送りになる。 それによって完全な狙撃を可能にした上でアンデッドの一体を狙い打った。 シザンサスは高速で跳躍しミュゼーヌの攻撃したアンデッドに多角的な強襲攻撃を仕掛けた。 うめき声を上げてアンデッドが崩れ落ちる。 「何故歯向かうの? 安穏を与えてあげるのに……」 アンデッドたちを魅了し死に誘ったであろう声が僅かに翳る。 一体減ったが曼珠沙華への攻撃はまだ届かない。 「んなこと決まってるだろ。『自分の意思で』生きるためだ!」 木蓮の返答に柳眉が寄せられる。 「分からないのなら、分からぬまま、逝け」 燃え盛る炎を纏った拳でアンデッドを牽制しながら龍雨は前に進む。 カルベロの放ったピンポイントによって怒りを付与され、彼を集中攻撃しようとするアンデッドが群がるのを前衛陣が押し留める。 「自分の命を奪った花を守るとは、滑稽で切ないな……。 せめてその哀しみの呪縛から解き放ち、今楽にしてやろう」 龍雨の拳がアンデットを一体、灰に還した。 「奪われることで得られる幸せもあるわ。彼らはその幸せを享受しているのよ」 「詭弁だな」 魔弾で三体目のアンデッドを射抜いた龍治は次なる標的に静かに狙いを定めた。 「今楽にしてやるぞ……」 魔力の付与で貫通力を増した木蓮の一撃が螢衣に向かおうとしていたアンデットを射抜いた。 「おん・ころころせんだり・まとげいに・そわか」 符術を駆使して螢衣が仲間の傷を癒していく。 首筋を狙っての攻撃を警戒して飛行しながら攻撃を繰り出すのはシザンサス。 アンデッドが全て倒れると曼珠沙華が初めて咲いていた場所を動いた。 着物に隠されていたのは長く伸びる鋭い爪。 「綺麗な花には棘があるとはいうけれど、これは流石に嫌よね」 短い言葉にはいろいろな意味が込められていそうだ。 「まったくだな」 シザンサスの感想に涼が同意を示しラ・ミラージュで痛打を与える。 美しく整った無機的な顔に初めてはっきりと浮かんだのは苦痛の色。 カルベロの放ったピンポイントが足を狙い打つ。 その間に龍雨は特殊な呼吸法で自然に眠る力を体内に取り込み自身を回復させて最終決戦に臨む。 「花の蜜を喰らう蜂達の猛撃よ。耐えられるかしら?」 ミュゼーヌが不敵に笑う。 曼珠沙華の化身は逆らうように歌声を張り上げた。 散ることを自身で悟ったのか、自らがアンデッドに変えた村人の死を悼んでか、その歌声は悲哀を帯び、リベリスタたちを虜にしようとする。 ただ、咲いていたいだけ。 生まれる場所を間違ってしまっただけ。 狩られることを知っていた。 それでも――咲き続けたいと願った。 せめて彼岸と此岸が繋がるこの季節が終わるまで。 「なんか後味わりぃけど……放置するわけにもいかないんでな。 悪いが、散ってもらう」 涼のラ・ミラージュが実体を得て曼珠沙華を襲う。 「どうして……」 誰かに対する問いか、自分の生まれた理由に対する問いか、それとも他の意図があったのか――……。 小さな呟きと共に世に在らざる青い曼珠沙華はその花弁を散らした。 ●赤と白の中で 「花は、荒らさずに済んだようですね」 陣地作成を解いた螢衣が辺りを見渡す。 青い曼珠沙華が消えた他は戦闘前と変わらない景色が広がっていた。 「良かった。 怒られる、とかそう言うのよりも、きっと彼岸花を愛でに来る人もいるんだろう。 ……そんな人が折角ここまで来たのに荒れていたらがっかりするだろうしな。 しかし、ここに現れたアンデッド……。 曼珠沙華は彼岸花、とも言うみたいだしな。 あの世とこの世が通じやすい時期に咲くと言われてるし……。 曼珠沙華の妖しい魔力に引き寄せられて現れたのかもしれないな」 こういうとなんだか詩人みたいだが、と涼が肩をすくめた。 「これを見せたい、と気紛れに思っていたのだ。 柄でもない事だが、……たまには良い」 白が混ざっているせいか記憶の中のものよりは若干慎ましやかではあるが、と龍治は隣に立つ木蓮に告げる。 「改めて落ち着いて見ると凄いな、こんなに群生しているのはテレビや本の中でしか見たことないぜ……。 ……あっ。 龍治、これを見せたかったのか? ……へへー、ありがとな! お前と2人でいいものを見れたぜ。俺様、ずっと覚えとくぞ」 木蓮の言葉を受けて龍治は僅かに目を細める。 彼女にそう言ってもらえたことが、なんだか妙にうれしかった。 「……コレだけの花に見送られるのよ。せめて安らかな眠りを」 跡形も残らなかったアンデッドの冥福を願った後、戦いを終えた戦場に原因となった一輪の花が歌う悲哀のこもった旋律がまだ聞こえた気がしてシザンサスは目を閉じた。 場所が荒れたときのために、と持ってきた道具はどうやら使わずに済みそうだ。 「戦っている間は余裕が無かったが、こうして見るとやはり綺麗だな。 その鮮やかさに心だけでなく魂までも奪われてしまいそうだ。 花は自然に咲いているのが一番だな」 シザンサスと一緒に死者の冥福を祈っていた龍雨が瞳を開き一面に咲く曼珠沙華を眺める。 視界を埋める赤と白。 そこに咲いていた異端の青は散った。 「華を荒らす行為は心が痛む話だ……散らさずに済んだのなら、それに越したことはない」 花を荒らすことで叱責を受けることになるなら自身が引き受けよう、と密かに考えていたカルベロは被害が一輪で済んだことに吐息をつく。 叱責を受けることは苦痛ではない。 花に寄せる思いを踏み躙らずに済んだことに安堵したのだ。 「……せめて、この地で眠りなさい」 それは姿形を留めることすら許されなかったアンデッド化した村人への言葉だったのか、ただ咲き続けたいと願った一輪の花への手向けの言葉だったのか。 ミュゼーヌの表情からは推し量ることが出来ない。 八人は暫く無言で視界を埋め尽くす紅と白を眺めていた。 秋の日が暮れていく。 耳を済ませれば近くの農村から子供たちの声が聞こえた。 天上の花、と呼ばれると同時に忌まわしい別称も持つ二面性を抱く花はただ静かに咲き誇る。 燃えるような紅で。 雪のような白さで。 「綺麗だな……」 小さく呟かれた言葉。 たった一言だったが、それがその場にいた全員の気持ちを代弁していた。 花を美しいと思うのに理由は要らない。 美しいと感じる。 それだけで、十分なのかもしれない。 「帰ろうか。アンデッド化した村人は行方不明者扱いするなりアークにしかるべき措置をとってもらわなくては」 日常と非日常が表裏一体のこの世界においては彼岸と此岸もまた表裏一体なのかもしれない。 表向きは行方不明と処理されても彼らが還ってくることはない。 彼岸へと、渡ってしまったから。 「……今度は純粋に華を愛でに、きたいものだ」 誰もが頷き、踵を返す。 願わくば彼らの向かう先が天上の花が咲くこの場所同様美しく心安らかであれる場所であるように、と願って。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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