●産院の惨事 もうすぐ『外』に出られる。 僕を生んでくれた人に会える。 胎内の外はどんな世界だろう。 お母さんのお腹越しに聞こえてくる人の声が僕に話しかけてくる。 あぁ、早く会いたいな。 おかあさん……。 「胸糞の悪くなる依頼だ」 その言葉通り『黒い突風』天神・朔弥(nBNE000235)は目一杯顔をしかめている。 「産院で事故を装った死産と人工中絶を無理に進めているフィクサードの医者一人と看護師二人がいる。アーティファクトで死んだ赤ん坊をエリューション・アンデッドにする実験台にするために……な」 本気でいき踊りを感じているのか口調に苛立ちがはっきりと感じられる。 「アーティファクトの影響でエリューションになっちまったのは十人中四人。 本来なら無事生まれるはずだった赤ん坊達だ。 母親を薬で眠らせて……その薬も記憶を曖昧にする非合法のものなんだが、その薬の影響で両親は泣く泣く死産を認めざるを得ない状況だ。 しかも最悪なことに実験台に使ったことを隠すために赤ん坊とは全く関係ない動物の骨を骨壷に入れて『弔っておいた』といって渡す始末だ。 エリューションは赤ん坊の姿だが泣き声に致命と呪いのバッドステータス効果がある。 フィクサードの武器はメスだな。 こっちは出血の効果がある。 看護師は注射器を改造した飛び道具で毒を付与してくる。 場所はうらびれた病院。 実験は夜に行われてる。 ……其処を通りかかると、声が聞こえるんだそうだ。 『おかあさん』ってな。 失われた命はもう戻らない。 けど祝福されて生まれてくるはずだった子供たちをエリューションにしたまま放っておけねぇだろう? これ以上の惨劇を防ぐためにもフィクサードは倒さなきゃなんねぇだろうしな。 説得は無駄だと考えた方がいい。 倫理観がまるでない連中だからな。 アーティファクトの性能を試すのに夢中で悲劇を生んでる自覚なんてこれっぽっちもない。 アーティファクトは手術道具の一種だったと思う。 それだけ厳重に保管されてるから金庫の鍵を見つけて破壊なり持ち帰るなりしてくれ。 産院には今不幸中の幸いで出産を控えた妊婦はいない。 表向きは普通の産院だから潜入するなら夜の方がいいかも知れないな。 ……こういう言い方は気が進まないが『実験』のために夜もその連中は病院にいるみたいだし。 エリューションを作る可能性のあるアーティファクトなんて……なんで存在するんだろうな。 ここ最近始めた実験じゃなく、数年前から計画は立ってたらしい。 最初に殺された赤ん坊は……生きてれば六歳になってたそうだ」 怒りが過ぎて悲しみに変わったのか朔弥は静かに目を伏せて。 「……頼む。こんな悲劇、終わらせてくれ……。赤ん坊たちも両親も不憫すぎるだろう?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:秋月雅哉 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月07日(日)22:58 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●せめて一度その腕に抱かれる夢を おかあさん。 おかあさん。 此処は暗くて、此処は寒くて。 あなたの腕を求めて、でもあなたは何処にもいなくて。 いるのは僕をあなたから引き離した人たちと、僕と同じように生まれてすぐ『なかったこと』にされた子供たちばかりで。 おかあさん。 おかあさん。 せめて一度。 たった一度でもいい。 二度は望まない、望めない。 一度だけでいい、あなたのその腕に抱かれたかった。 慈しまれるはずだった。 愛されるはずだった。 あなたのお腹の中で育った日々、母体越しに聞いたあなたとお父さんの声。 『早く生まれておいで』 『元気に生まれておいで』 『早く見せてあげたい。この美しい世界を』 『早く抱きたい、早く聞きたい。命を寿ぐあなたの声を』 毎日そう語りかけてくれた。 まだ見ぬ世界が大好きになった。 まだ声しか知らない両親に早く会いたかった。 誰より愛されるはずだった。 「先生、出産の疲れで気絶したようです。初産でしたからね」 「そうか。では遺骨の用意を。私は実験室へ向かう」 「はい。記憶を曖昧にする薬を打っておきます」 「頼んだよ」 助けて、助けて、助けて。 嫌な予感がする。 何処へ行くの。 何処へ連れて行くの。 おかあさん、おかあさん、おかあさん――っ! ぐさり、とメスが生まれたばかりの小さな命を切り裂く。 つい先ほど産声を上げた赤ん坊は目を開く時間すら与えられずその命を奪われた。 「経過はどうだね」 「順調です」 白衣を身にまとった壮年の男性が声をかけると女性看護師のうち一人が顔を上げた。 「あれから六年で成功作は四体か。まぁあまり死産が続いても客足が遠のくからな」 「悪くない成果かと」 彼らの視線の先にいる四人の赤子。 両親から引き離され弔われることもなく実験体にされているエリューション・アンデッドたちだ。 「使い方によっては非情に高性能な生物兵器だな。戦場に産み捨てられた赤子がいても誰も気に留めまい」 ひひっと医者が歪んだ笑声を上げる。 看護師二人が追従するようにくすくすと笑った。 夜の産院。聞かれているとは思っていない非人道的な会話を扉越しに聞いていた八人がいる。 「この、腐れ外道め!! 人の命を何だと思っている!! お前らのような輩は、骨一つ残さず、この世から消し去ってやるわ!!」 声を押し殺しながら怒りの叫びを迸らせるという器用な真似をしたのは『森羅万象爆裂魔人』レナ・フォルトゥス(BNE000991)だった。 赤い瞳が抑えきれない怒りで煌く。 「嫌悪感で吐き気がするよ」 「別段正義の味方を気取るつもりもないしそんな資格も持っていないが……こっちがせっせと崩界を防ごうと日々仕事をこなしているんだ、余計な仕事を増やすような真似はやめてもらいたいもんだ。 迷惑な病院はとっとと廃院にせんとな」 『闇狩人』四門 零二(BNE001044)が眉間に皺を寄せて言葉通り嫌悪の表情を示し、その傍らで『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)はサングラスの奥の双眸を細める。 「本当ならフィクサードってあんまりどうこうするつもりは無かったんだよねー。 私みたいに助けられたって人もいるだろうしさ。 でもこいつらは駄目。 見た瞬間、目の前が真っ赤になるぐらい怒っちゃった。 ……殺すよ、容赦なく」 かつてフィクサードに救われたことのある山川 夏海(BNE002852)だが今回は話が別。 怒りのメーターが振り切れ逆に平坦な声で決意を呟く。 「お母さん、か。母親も父親もエリューション化してしまった子供もさぞ無念だろうね」 『不機嫌な振り子時計』柚木 キリエ(BNE002649)は哀悼の意を示すように一度目を閉じた。 「ただ殺すだけで終わらせるのも腹立たしい。 ひとつでも、一秒でも多く、苦痛と絶望を味わわせて終わらせてやりたい。 今回の件、子供だけで10人だ。両親や家族を含めればもっと多い。 それだけの人数の悲哀と理不尽を、3人で同等に受けるべきだ。 償いの効かない罪には、ただ罰あるのみ。そうだろう?」 『逆襲者』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)は夏海とは逆にフィクサードに対する憎しみが強い。 理不尽な惨劇の情報は彼にどれほどの怒りを抱かせただろう。 「愛を持って世に導かれし命を弄ぶ外道。 断じて許されないものでございまする。 愛の一文字を掲げるこの一万吉。 けれど、下郎に向ける愛はないのでございまするよ」 守護結界を展開させた後、参りましょう、と他のメンバーを促したのは『愛の一文字』一万吉・愛音(BNE003975)で『モンマルトルの白猫』セシル・クロード・カミュ(BNE004055)がドアノブに手をかける。 怒りをみせる七人と違って彼女はどちらかというと事件に対してドライな反応を見せた。 外道故にフィクサードなのだ、と。 ドアの開閉音に室内にいた三人が振り返る。 「誰だ!?」 「貴方達の人生に幕を下ろしに来たわ」 セシルが淡々と告げる。 「リベリスタか、ちょうどいい。戦闘データが欲しかったところだ」 医者が引き攣れた笑い声を響かせる。 「さぁ、泣け、喚け、出来上がった死体はお前達のお父さんとお母さんだ!」 「下郎……」 吐き捨てるように呟いたのは誰だっただろうか。 幾重にも重なる赤子の泣き声。 「躊躇は……この子らの苦界を長引かせるだけ」 零二が赤子に向かって多重残幻剣を繰り出す。 それが戦闘開始の合図だった。 看護師が注射器を改造した武器を構えると同時に鉅が全身から放つ気糸で相手を何重にも締め付ける。 もう一人の看護師を迎え撃つのは愛音、医者を抑えるのはカルラだ。 甲冑越しに向けられた殺意の籠もった視線に医者が笑うのをやめる。 「邪魔をするな!」 「遺言はそれだけか」 メスを振りかざす医者の動きを冷静に分析してかわし、まずは足を狙って一撃。 赤子の泣き声に聞き苦しい悲鳴が重なった。 「院長!」 愛音に阻まれた看護師が医師の無事を確認するように呼びかける。 「子供たちや親御さんを苦しめておいて自分たちは傷つかないと思ったのでございますか?」 敢えて攻撃を受け続ける愛音の気迫に看護師は息を呑む。 「覚悟が足りなかったようでございますね。 愛は、心を受けると書くのでございまする。 心なき下郎に、愛を受ける資格なし。 外道必罰、代わりに裁きの鉄槌を受けるのでございます!」 たじろぎながらターゲットを変えようとした看護師に愛音が初めて攻勢に転じる。 符術で作られた式神の鴉が看護師を射抜いた。 おぎゃあ、おぎゃあ、と赤子たちは泣き続ける。 セシルが援護射撃する中夏海が唇をかみ締めて拳を振るう。 「ぎゃっ」 赤子の一人が短い悲鳴を上げて動きを止めた。 肉体が腐れ落ちていき小さな骨だけが残る。 一瞬場を支配した腐臭も赤子の存在を否定するように薄れていく。 レナが放った一条の雷が拡散して激しく荒れ狂い、その一撃を受けた赤子たちが悲鳴をあげる。 「この子らの嘆き、貴様らも聞いてみろ……!」 嘆きの声を止めるために零二が剣を振るう。 医者達は命を弄ぶためにメスを振るった。 リベリスタたちは弄ばれた命を救うために武器を取った。 最初から立つ場所が違う。覚悟が違う。 赤子の泣き声は徐々に力のないものに変わっていく。 「逃げられると思うなよ」 一瞬出口との距離を測った看護師の視線に気付き鉅が気糸の締め付けを強める。 操り人形のようになった看護師は気糸が解かれると床に倒れ、動きを止めた。 医者が振りかざすメスを甲冑で弾き、今度は腕を狙うカルラ。 その間に愛音がもう一人の看護師を符術で無力化する。 セシルの放ったバウンティショットが赤子の口元で炸裂する。 他の赤子同様一瞬の腐臭と哀しくなるほど小さな骨を残して最後の赤子が呪縛から解放された。 「お前らみたいなのはいらない! 消えちゃえ!」 夏海が叫びながら医者に向かって走る。 それを留めたのはキリエだ。 「ちょっと待って。聞きたいことがあるんだよ」 泣き声の消えた室内はそれまでの反動かとても静かに感じられる。 「ねえ、先生。お聞きしたいのだけれど、貴方が実験初期に手にかけた子やご両親の事、何でもいい、覚えている事があったら教えてくださいません? 答えて頂けるなら、助けてあげてもいいかも」 医者がごくりとつばを飲む。 この期に及んでまだ保身に走ろうとするその顔つきに問いかけたキリエ以外が大なり小なり顔をしかめた。 「実験には初産の妊婦を選んだ……初めての出産で体力を消耗して出産を終えた後意識が朦朧としやすいから……中絶した赤ん坊はエリューション化しなかったのでそのまま返した」 「もう一つ。この実験は誰かの差し金ですか?」 医者は首を振る。 「い、命は助けてくれるんだろう? 知っていることは話す、だから……」 「もうこいつら殺しちゃって良いよね?」 夏海が医者の言葉を遮って空恐ろしいほど静かな口調で仲間に問いかける。 「命を弄んだ挙句自分だけ助かろうとする奴にかける情けなんてないよね?」 問いかけているようで実際は断定しているその言葉に他のメンバーは肯定も否定も返さない。 「アーティファクトは何処だ?」 「…………」 「言わないなら手当たり次第に試すぜ?」 「……金庫の、中だ」 「鍵は?」 白衣のポケットから小さな鍵が取り出される。 「パソコンや通話記録を拝見するよ」 助命を考えるそぶりを見せたキリエが何事もなかったように背を向ける。 少しでも情報を得るために嘘をついたのだった。 愚かな医者はその嘘に縋りリベリスタたちの怒りに火を注ぐ結果となった。 「葬儀屋のデータからお墓の場所を割り出して納骨されている偽物と本物の遺骨をすりかえよう。 このままじゃあまりにも報われないからね」 泣き声は言葉にならない言葉になってこだましていた。 子供たちは何度も何度も叫んでいたのだ。 『おかあさん』と。 「赤ん坊は全員天国へいけただろうけどあんたたちは間違いなく地獄いきね」 レナの言葉に医者がだらだらと冷や汗を流す。 気絶した看護師二人は動かず、実験体にしていた最大の武器である赤子は骨になった今、助けはない。 「生きていたことを後悔しながらもがき苦しめばいいよ」 「同感だ」 「許しがたい悪行だな。死ですら生ぬるい」 完全に血の気の失せた顔を見ながら鉅は因果応報だ、と呟く。 「余罪も有りそうだしまだ情報を引き出せるかもしれないから一応アークに連れて行ったら?」 「でも……」 「感情に任せて殺すのは簡単。でも死人に口なし。引き出せる情報がゼロになったと確定してからでも殺すのは遅くないわ」 セシルが淡々と告げる。 「気に入らないなら死なない程度に痛めつけたら?」 セシルの言葉に医者は今度こそがっくりと頭をたれた。 ●解き放たれて昇った天(そら)から願うはあなたたちの幸福 病院内のデータを残らずアークに届け、遺骨をすりかえる。 「犠牲になった子らに愛が届くと良いのですが……」 「……届くよ、きっと。これからは偽物じゃなくて本当の遺骨を弔うんだから」 夏海が愛音の言葉に応えるというよりは自分に言い聞かせるように言葉をつむいだ。 「……あそこで犠牲になった赤ん坊達、太陽を見ることもなくずっと閉じ込められてたんだな……」 「天の国はきっといつだって晴れているさ」 「じゃあこの雨は?」 ぽつり、ぽつりと水滴が墓地の砂利に落ち始める。 「涙、じゃないかな。開放された喜びか生きて親と過ごせなかった無念かは知らないけど」 「推し量るしかないのなら自分が納得できるほうを選ぶべきね」 遺骨の取替え作業は夜中に人目を忍んで行ったため八人は後日改めて犠牲になった赤子たちの墓参りに来ていた。 最後に訪れたのは生きていれば六歳になっていた子供の墓だ。 夜には気付かなかったが花はまだ新しい。 「この雨がどんな涙にせよもうあの子たちが人を傷つけるために泣くことはない。それだけが……救いなんだろうか」 おかあさん、と。 声にならない声で、言葉にならない言葉で。 何度も何度も繰り返し呼んでいた。 目を閉じれば小さな子供の幻影が見える気がする。 「……六年ぶりの再会のようです。私たちはお暇しましょう」 キリエの言葉に顔を上げれば夫婦と思われる男女の姿。 此方には気づいていないようだが死産したと思っている我が子の墓の前に八人も見知らぬ人間がいれば不審に思うだろう。 夫婦とは逆の方向に向かって歩き出す。 『おかあさん』 風に乗って声が聞こえた気がした。 それは母に救いを求める今までの悲鳴ではなく、例えるなら迷子が自分を守ってくれる絶対の存在を見つけたときのような、安堵と喜びに満ちた声だった。 八人は歩きを止めないまま視線を交し合う。 全員に届いた、声。 その声に悲痛な響きがなかったことで少しは救われる気がした。 六年迷い続けた子供は、漸く母の御胸に還ったのだった。 おかあさん おかあさん。 やっと会えた。 あなたの目に僕は映らないけれど、あなたに僕は触れられないけれど。 天(そら)から願う、あなたの幸せを。 もう一度地に降りられるなら。 今度こそその手の中へ。 きっと、その腕の中へ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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