● それは『偶然』であった。忌々しくも、呪わしい接近。空に浮かぶ瞳はじっとこちらを見ていた。 ――『完全』は終わった。其れは水嵩を増し、危険水域まで達している。ダムは崩壊寸前だった。 空は奇怪な色に染まり、水源は干上がる。憤怒の荒野は罅割れて、世界樹は暴走していた。生物たちはその矜持と自我を失い、只、己が想いのままに暴れ回る。狂気に冒される世界の中で姿を変える事がなかったのは憤怒と相対する感情を持っていたフュリエ達。嗚呼、それでも彼女の身にいつしか『狂気』が襲い来るだろう。保持できない、その姿を、その想いを。この、世界を―― 箱舟の決断は『忘却の石を使用する』と言う事だった。特効薬など存在していない、可能性に賭けようと思う。自身らの世界ではない以上見捨てても良い、記憶から抹消してしまっても良いと。しかし箱舟はそうは決断しない。世界の『すくい』方は其処に定義されていないけれど、箱舟は判断を下した。 彼曰く――アークは世界樹と対決する。 遣る事は只一つだった、世界樹とリンクする事の出来るシェルンと忘却の石の力を合わせ無形の巨人の残滓を打ち払う。 「――できるの?」 ふと、誰かが問うた。その声にリベリスタは何時もこう答えるのだろう。 『やってみなければ、分からない』 彼らの後ろにはフュリエが居た。共に、この世界を救うために『勇気』を得た長耳の種族。そして目の前には彼らと同じく世界樹を見上げる『寛容』を知る赤き蛮族の姿。強敵との戦いを望む彼らの目は、ギラギラと輝いていた。 ● 世界樹を一望できる荒野。嗚呼、空の色は何と奇怪なのだろう。干上がった水源も、今まで見てきた『完全世界』の姿を失っていた。 ずしり、足音がする、重たい足音が、ゆっくりと近づいてくる。 「――何か、来た」 囁くように、言う。彼らの眼前に近寄るのは下半身が牛、上半身にはバイデンであった名残を残した変異した『バケモノ』。動くたびにぼちゃり、と肉片が飛び散った。背後で長耳の少女が息を飲む。 「嗚呼、友よ」 ふと、彼らの目の前で赤き蛮族が囁く。寂しげな色を灯したのは一瞬、誇りを失った化け物――友人の姿にバイデンは笑う。唯、其処に在った筈の戦士の誇り。其処にはもはや存在しない戦士の想い。 大きな『バケモノ』の後ろからゆらりと顔を出すのは何なのか。ただ、戦だけを求めた赤き蛮族の『成れの果て』――変異体。がふらり、ふらりと顔を出す。成れの果て。この世界の『異変』を体現したその姿。 「リベリスタ、行こうか」 まだ戦を知らぬ少女の目に湛えられたのは欠片の恐怖と、其れをも塗りつぶす勇気の色。 ――戦士のなれの果て、少女の胸に抱いた誇り。元から合った誇りを潰された『バケモノ』。全てが擦りあわされる。 すくわれない――救われないし、掬われない。 すくう――巣食うし、掬う、けれど救われない。 嗚呼、其処に在るのは、誰の誇りか。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月07日(日)23:23 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 『完全』を失った『不完全』世界で『灼熱ビーチサイドバニーマニア』如月・達哉(BNE001662)は溜め息をつく。 「正直、この世界に滅びられると、困るんだよなぁ……」 サングラスの奥の赤い瞳はこの世界の破滅をしっかりと映している。破滅に向かう世界を救うことこそが『箱舟』の決断であるが、その中でも彼は別の気持ちを抱いてこの戦場に望んでいた。 「復興利権が欲しい訳だよ」 「復興利権?」 達哉の言葉に『初めてのダークナイト』シャルロッテ・ニーチェ・アルバート(BNE003405)が首を傾げる。不思議な物言いに、彼らと行動を共にしていた長耳の少女、ゼリルも首を傾げた。 「料理をはじめとする文化交流、未知の食材……。ああ、あと、バニーコートを普及させる。重要」 「へえー……」 指折り数えて希望を語る達哉に浅い反応を返すシャルロッテは魔力の宿る弓を握りしめる。 生きるために戦う、戦う為に生きる。両の意味の差は大きい。一度死の淵に瀕した彼女だからこそ解る事なのだろうか。卑怯でも卑屈でもなく只、戦う事で次のステージに進めるならば、進むしかない。 「ゼリル。俺達がついてる。心配するな、必ず、生きて帰させるさ」 ぽん、と少女の頭を撫でる手袋に包まれた『あるかも知れなかった可能性』エルヴィン・シュレディンガー(BNE003922)の掌のぬくもりにゼリルは視線を揺れ動かせる。 「リベリスタも、一緒にね」 一緒に、生きて帰ろう、ね。きゅ、っとショートパンツの裾を握りしめる。揺れる瞳にエルヴィンは頷いた。嗚呼、共に帰ろう。 ぼたぼたと肉片がこぼれ落ちる。酷い血の匂いが、悪臭が鼻をついた。『食堂の看板娘』衛守 凪沙(BNE001545)は統合格闘支援装備 四式“角行”で包まれた掌に力を込める。 「バイデンって、戦いこそが人生なんだって」 生を受ける意味、戦闘こそが命。『勇気』を得たゼリルとは対の憤怒にその身を焦がされる赤き種。ぼとり、肉片が飛び散る。凪沙の目の前に現れたのは彼女らが『完全世界』ラ・ル・カーナで見た事がある赤き蛮族の姿ではない。この狂いゆく『不完全』にその身をのまれた変異体である。 「それがさ、あんな姿になっちゃうなんて……」 可哀想、という言葉は出ない。失礼だと思う。戦にその身を捧げる彼らは戦いの中で散るべし。鮮やかな紫色の瞳が、細められる。 「世界樹に身体を捕られた侭じゃなくて、私達――リベリスタ――との正々堂々の戦いの中でね」 ● 戦友。戦場を共にした者をさすのだと『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)は認識している。彼がリベリスタとして歩んできた中で戦友たちは増え続ける。 「ある意味、オレ達も君達の戦友だよね」 赤い瞳を細め悪戯っ子の様に終は笑う。彼らの目の前――変異体を挟んだそこに存在する赤き戦士達。肉片を撒き散らし、無様な姿を晒すバイデンの戦士・ハーキュリーズの戦友たちだ。 ナイフを構えて彼はハーキュリーズの前に踊りです。脳の伝達処理を向上させた終の瞳は細められる。 「オレは戦友だよ。だから、眠らせてあげなきゃ、ね」 赤き月が、眩む。揺れる。呪術で作りだされる擬似的な赤い月は、大地に卑しくも蔓延る巨体の鼠へとその輝きを降り注がせる。 「ボクは以前の彼を知らない。バイデンは友を想い、誇りには誇りで応えるんでしょう」 昇る月の如く赤い瞳で『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)は目の前の変異体を睨みつける。ふわり、アンジェリカのドレスが揺れる。 戦場に風が吹いたのだろうか。その風が勝敗を知らすような気がして長い青い髪を揺らしながら『第14代目』涼羽・ライコウ(BNE002867)は練気刀を構える。自身の系譜の中で学んだ呪術をその切っ先へと込める。 「援護せよ、アマノサクガミ」 その言葉に応える様に小鬼がライコウの目の前へと現れる。守護する小鬼――アマノサクガミはライコウの目の前で只、赤き蛮族を睨みつけていた。 「意志も今日字も捻じ曲げられて、世界の敵になる。――まるでノーフェイスじゃな」 ボトムで彼女が討ちとった事のある敵。その身に神秘分子を得、運命の寵愛を受けられなかった人間。『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)の鮮やかな瞳は細められる。いとも容易く世界が存在を淘汰する。ノーフェイス。存在を、『顔』を失った存在と同義であると。彼女は戦場を駆ける。終の抑える巨大な赤き『戦士』の元へ。 「のう、最早あの中には誇りの欠片も残されておらぬよ」 ハーキュリーズの背後に迫るバイデンへと瑠琵は告げる。天元・七星公主で魔力の弾丸を地面へと打ち込む。影が、躍り出る。 「お主等の中には残されて居るじゃろ。こやつの誇りがッ」 戦士として振るったその太刀は彼の腕となり、誇りを削りながらもリベリスタを削る。影が瑠琵を庇う。彼の往く手を遮るように存在した終を巻き込んだその衝撃波の威力は強大だ。誇りを削る。 「私の弓はいちげきひっさつー」 謳う様に、軽やかに。構えた弓から放たれる暗き瘴気。鼠を巻き込む様に、シャルロッテは己の生命力を削りながらも鼠を暗闇に引きづり込む 「意固地になって死を選ぶ方が、よっぽど無様だと思わない?」 弓を構えて、黒き瘴気を放つ。何度だって、その暗黒に包み込むように。シャルロッテは色違いの瞳を細める。ひゅん、と紫の煙がまるで刃の様に彼女の元へと放たれる。腕に刺さる其れが、その身を毒で蝕んでいく。 ずきり、と痛んだ。 呼び掛ける、戦場全てを癒す達哉の福音はその戦場に存在するフュリエやバイデンを巻き込んで、癒しを与え続ける。 「ねえ、リベリスタ、何故、野蛮なアイツらを癒すの?」 「知らん。其処にあいつらが居るからだろ」 サングラスの向こうの瞳は只、真っ直ぐに世界樹へと向けられている。この『世界』の創造主たる世界樹。メインディッシュを前に此処で死ねるのか、此処で『ハイ、ごちそうさまでした』なんて言えるのか。 ――答えは否だ。 「祭りや戦いは全員参加の派手な方が楽しくて良いと思うぜ?」 ゼリルは丸い瞳を達哉に向けて、リベリスタって変、と小さく呟く。彼女らの驚異は目の前で武器を振るう。唯、真っ直ぐに『この戦場で一番強い者』の元へと。 ここでリベリスタが実力を表して居たら、狙われるのは確かに彼らだっただろう。だが、最初の時点で彼らはバイデンを攻撃する事を選んでいない。唯、言葉で誇りと尊厳について言い表したからだ。 ――だが、其れが驕りだと言われてしまえばそれまでだ。戦場において、何を強さだと思えるか、だ。 例えば、雷撃を纏う武舞を踊り、毒に其の体を蝕まれながらもその動きを止めない凪沙の事を言うのだろうか。 それとも、フュリエ達を気遣いながらもその身に風を纏い、澱み無き連撃を繰り出すエルヴィンの事を言うのだろうか。 バイデン達のいう強さは『純粋』なものだ。 この場で一番強いのはハーキュリーズであるが、バイデン達の目の前には変異体が立っている。届かない其れに歯軋りしてるのだ。嗚呼、早く、『強き者』の元へ行きたいのに―― 「勇気と無謀は違う、危険を感じたら無理せず後ろに引くんだ」 こくりと頷くフュリエ達は自然の力を味方にする。共に居る妖精に目線を送り、彼女らは背負う弓を放つ。リベリスタらと違い大きなダメージにならず命中率も良くない、けれどそれが彼女らの『勇気』である事はエルヴィンには良く分かっていた。 彼の体を毒は蝕まない。紫の煙の範囲でだって彼は素早くナイフを振るう。 「目の前の壁をぶっ潰して世界樹まで一直線! 解りやすくて良いだろ? なあ、提案何だが、お前らと僕ら、どっちが先にゴチソウをぶっ潰すか競争しないか?」 強気な達哉の発言に、其処に飛んでくるのはバイデンが放った衝撃波。擬似的な共闘関係を結ぼうとするなれば、『競争』と言わずに直接的に言うべきだったのだろうか――ボトムの人間と、アザーバイドは違う。どちらが先に潰すか、なれば、この乱戦で『潰したら勝ち』ではないか。嗚呼、そう思われても仕方がない。 傷つきながらも癒しを謳う。バイデンらの目的は『強者との戦い』――すなわちこの戦場で強き者と戦う事だ。難を逃れたのか、浅く息を吐く。自身を癒しながらもその余力に限界が来ることにも達哉は気付いていた。 彼の体をも巻き込む様にバイデン達の攻撃は降り注ぐ。癒す唄が紡がれなくなっていく。理解し合いたいと思う。けれど、まだ『遠い』―― 「ねえ、今はあたしたちと争ってる暇はないよ。名誉ある戦いの中で死なせてやるんでしょ」 凪沙の髪でリボンが揺れる。長い金色のツインテールがその動きに合わせて激しく躍動する。蹴りあげた鼠が醜い悲鳴を上げる。 「より多くの敵と一度に戦って死ぬなら、尚更立派な戦士だと思わない?」 リベリスタ、フュリエ、チュリス、バイデンと変異体達。困惑する戦場の中でさえも、世界に狂わせられながら、戦場へと向かうその姿は、立派であると彼女は思う。 凪沙の体にぶつかるチュリス。鋭き牙が、肉体を抉る。血が溢れだす、それさえも彼女は気にとめない。 走り寄り、癒しの符術を施すライコウの体をも毒が蝕む。耐久力が低いライコウの体を鼠が抉る。唇を噛み締める。鼠が全て地面に伏せたと同時にライコウの運命も燃えがある。 ――生きているんだ。 「誇りなど、どうでもいいのです……」 挫けそうになる足を無理やりに立たせる。生物は生きてさえいれば其れで良い。けれど、目の前のバイデンはどうなのか。生死等ではない、自我も意識も塗りつぶして、其れを果たして『生』と言えるのか。 その姿は『生きて』居ない。 ライコウは練気刀を構える。肉片を零す変異体バイデンへと放たれるのは鴉。 「飛べッ、ヘレブ!」 忍びない、その姿も、その存在も。故に、その手にかける。運命を歪めたいと思う――けれど其れに手は届かない。変異体の眼が、ライコウと克ち合った。 ● 影人がむくりと起き上がり、赤き蛮族の補佐を始めた事に、彼らは眼を見開く。 『寛容』を手に入れた赤き戦士に瑠琵は小さく笑みを浮かべて天元・七星公主に手を添えた。 「何のつもりだ」 「邪魔はせぬ。生憎とわらわは火力が低くての」 低く、這う様な声に瑠琵は幼い少女の様に笑う。お主らに頼った方が、都合が良いと告げた言葉にバイデンは疑いの眼差しを向ける。影が、彼女を守る様に揺れ動く。 「我等より、お主等の方が喜ばれるじゃろう、あやつに」 あやつ、という言葉にバイデンらはハッと顔をあげる大太刀を振るう惨めな戦友の姿が眼前にはあった。バイデンらとて自身の手で彼を――ハーキュリーズを討ちたいという願望がないわけではない。 彼は強いのだろうか、あの様な醜く無様な姿を晒しても。我が友は、強いのだろうか? 氷の雨が戦場を削る。嗚呼、なんて綺麗なのだろうとフュリエは想う。リベリスタの扱う技は呪力を伴う者も多い。此れを『神秘』だとでも言うのだろうか。 「ね、偶然だよ、きっと」 邪魔はしないからね、と傷つきながらもシャルロッテは笑う。バイデンは脳筋だから気にならないと。寛容を手に入れた彼らは其れでも頭の端にリベリスタの姿を残している様でもあった。 「私達と戦うなら、この後で。異変が終わったらが良いと思う」 「其れほど、強いのか?」 「さあ? あなたがわたしの運命を変えてくれるなら」 ――強いのかもしれないね。シャルロッテはその身に受けた攻撃全てを変異体へと叩きこむ。その巨体がずん、と音を立てて地面へと転がった。傷つき膝をついた赤き蛮族と彼女の色違いの瞳が交差する。 「偶然だよ、きっと」 お互いしたい事があるから、巻き込まれちゃっただけだよ。支援なんて、そんなもの。 シャルロッテは笑って、その身を削る。幾度も、幾度も。与えられる攻撃、唇の端から流れる血など気に止めない。 放たれた衝撃波に達哉が目を見開く。謳い続けた彼の目の前に放たれた衝撃波は隣に居るフュリエをも巻き込もうとする。膝をついている少女を庇い、エルヴィンは銃を握りしめる。ぐらりと達哉の体が崩れる。 バイデンの雄叫びがやけに鼓膜に貼りついている。 肉片を飛び散らせる変異体達へと矜持を抱くバイデン達は刃を振るう。アンジェリカはブラックコードを振るう。死の刻印を刻みながら、傷だらけの体を引き摺った。 死を刻み倒れる変異体を見つめて彼女は視線を彷徨わせる。今彼女の手が倒した変異体だって誇りと矜持を失った。無理やり、奪われるだなんて、何て残酷なのだろう。 「ねえ、そんなこと、赦されて良い筈ないよッ」 仲間達が運命を削る。傷だらけで、癒し手を失った戦場。アンジェリカは刻む、蝕む、刻む――繰り返しながら呟く。 頬に伝うのは何か。彼女だって自覚のない涙。泣かない彼らの為に涙を流す。 彼らの為に。唇をゆっくりと動かした。 誓うよ、君達の為に、君達から全てを理不尽に奪った奴に、この拳を叩きこむから。 「ここから先は行き止まりだから。通りたいなら、あたしに挨拶してよ」 氷を纏った拳を叩きつける。血を流しながらも、震える足を支えて。彼女の背後には力尽きた仲間と、仲間達を開放するフュリエが居る。通すわけにはいかない。 遠距離攻撃も、範囲攻撃も全てが全て、乱戦状態では防ぎきれなかった。倒れたフュリエもバイデンもいる。頑丈なリベリスタと違い、簡単に命を失ったものだっている。 唇をかみしめた。 「あたしの、一撃を、刻めっ!!」 振るう拳を喰い込ませて。燃やす。凪沙を補佐するように降り注ぐ瑠琵の氷の雨も段々と弱まった。運命を燃やしながら、ふらついてたつ瑠琵は両手を広げる。 「友を悼むなれば、その指針をしめすがよいっ」 ハーキュリーズを想うなれば、其れで――。別の場所で彼らの友人が、ヴァレリーが、同じく矜持を奪われた事を耳にしていたエルヴィンはナイフを握りしめる。鼠達は全て居なくなった、残るは変異体のバイデン達だけだ。 矜持に生きて、矜持に従ったのであれば、その意志を越える。 貫けなくなった思いなど、無に等しいのだから。 「人は、二度死ぬって言う」 終は頬から垂れる血を拭う。人は二度死ぬ――一度目の死は肉体的に訪れる。 よく言う『死』の概念が其処には当てはまるのだろう。ならば二度目は何か。 二度目は、遺された者の心の中で生きる人が忘れ去られた時に訪れる。其れこそが『永遠の死』なのだ。誰の心に残る事もなく、只、死に行くだけ。 両手で握りしめたナイフ。掌からも血が滲みだしていた。刀身は、只、赤く染まっている。 「オレは……」 震える声を、絞り出す。膝が震えた。腕が、もう上がらなくなってくる。其れでも、彼の死に様をその目に焼きつけたい。終は唇を噛み締め、その足で荒野を踏みしめる。一歩一歩、近寄り、ナイフを振り翳す。 「誇り高きバイデンの戦士、ハーキュリーズ。オレは君のその名を刻むよ」 一度目の死が安穏であれば、二度目の死は只、苦痛でしかない。心の中に残らないだなんて、どれほどつらく悲しい事なのだろうか。 穿つ。 終の氷がハーキュリーズへ叩きこまれる。其れと同時に彼の身体に衝撃が入る。 「――っ」 大きな太刀がその腰を刺す。全体攻撃等によって削られてはいたが、未だに体力は十分であるハーキュリーズの腕が終の身を吹き飛ばした。視界が赤く染まる。 ――止めなきゃ。 ハーキュリーズは『三度』死ぬ。一度目はバイデンとして、二度目は無様な変異体として、三度目こそが終が防ぐ死でないと、いけないのに。 「わらわは……」 影人を召喚しながらもふら付きながら立っていた瑠琵も攻撃に巻き込まれる。頬にこびりついた砂を拭う。嗚呼、ハーキュリーズの窪んだ眼球から流れ落ちる血が、泣いている様にも見えた。 視界が霞む。嗚呼、もう少しだというのに。 「逃げよ……?」 ぽそり、知恵ある『勇気』を得た者がエルヴィンの袖を引いた。ゼリルが涙を浮かべて呟く。これ以上は、駄目だ、と。 未だ勢いを失わぬ変異体との戦いに傷つく赤き蛮族を癒す手は最早ない。荒野が赤く染まっていく。 「生きて、帰らなくちゃ」 エルヴィンが最初に言った言葉をフュリエは告げる。 戦場に立っているのアンジェリカとエルヴィン、凪沙だけとなっていた。回復手を早々に失ってしまった事もあったのだろう。数は減ったが最期まで戦うというバイデン達の背を見つめ、リベリスタ達は仲間を抱えて、後退する。 唸り声をあげるのは誰か。 何を『すくい』あげるか。其処に在ったのは『何』なのか。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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