● 世界が、崩壊していく。 外れてしまった世界の歯車。『完全世界』ラ・ル・カーナは、あの、強大な魔人の睥睨で、完全な終わりを迎えようとしていた。 見たこともない空の色。からからに乾いた風が、頬を撫でていく。罅割れた大地が、慄いている。 全てが狂っていく。壊れていく。異形は更なる進化を遂げ、『憤怒』の種族は、知性有るいきものとしての理性を失い、ただの『怪物』へと成り果ててゆく。 『寛容』の種族でさえ、このまま崩壊が進めば理性を保とうとも、結末は見えてしまっていた。 そんな、世界の危機に、『母』たる世界樹はなんら頓着していない。否。ソレこそが、世界を狂わせていくものと成り果てたのだ。 歯車を嵌め直す方法など、もう何処にも存在しない。在るのは絶望。諦め。 けれど。 たったひとつだけ。方法と言うにはあまりに不確定で。試す時間すらない。そんな、たったひとつの、『可能性』がこの世界、そして箱舟の手元にはあった。 『寛容』の種族との親交の証。神秘存在の構成をリセットし得る、『忘却の石』。 其の侭ではとても使えない。けれど、箱舟の技術力を。『寛容』の種族の長の力を合わせたなら。狂い行く世界樹から、狂気の残滓のみを救い取れるのではないだろうか。 ――賭けるに値する、可能性だった。 決断は直であり、苦渋の果てだった。箱舟の戦略司令と、『寛容』の種族の長は、世界を救うべくその力を合わせる。 「……でも、あんなのに太刀打ち出来んのかよ」 「やるしかないんでしょ! シェルンさん、直接中に届けるんだからね、しっかりしなさい!」 交わされる、リベリスタの声。目の前に広がる荒野には、あまりに危険な異形が満ちている。心無い、狂気の視線。そして、戦いを切望する、『憤怒』の種族の猛る瞳。 これを、全て切り抜けねばならぬのだ。この世界を、不完全でも、守る為には。 命懸け。戦いは、始まろうとしていた。 ● 「っ、こんなのも居るのかよ……!」 それは、魚と言うべき形をしていた。 逆立った鋼鉄の如き鱗に、その巨体、そして――宙を泳いでいる事を、除けば。 口が、パクパクと動く。その中にちらつく、刃物をめちゃくちゃに貼り付けたような舌。 アロアナにも似た長い身体。それが、一気に回転する。 悲鳴を上げる間もない。身構えたリベリスタを軽々と弾き飛ばしたそれが、まるで餌を求めるように舌をちらつかせる。 開いた口。 あっと言う間に、ぱくり。 一口に飲み込んで、響くのはぐちゅぶちゅ、ごきん。全てを砕き飲み込む音。 はみ出していた、腕が落ちる。それに群がるのは、その強大な魚よりも幾らか小さい、同じモノ。 食欲しかないそれが蠢く。世界の崩壊など気にも留めずに。 それは、狙いを定めていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月10日(水)23:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 砂塵が舞う。からからに乾いた憤怒の荒野。 生命の気配の消えたそこで、リベリスタは恐るべき異形の魚と相対していた。 誰より早く。夜明けの一振りが齎す煌く一撃。『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)の金髪が靡く。 「行くよ、三枚におろしてあげる!」 短い間だったけれど。長耳の少女達と過ごしたこの世界が、セラフィーナにはとても好ましい物に思えていて。 きっとあの憤怒の青年達とも、何時かは分かり合える気がして居て。 だから。今此処で世界が滅んでしまうなんて事は看過出来なかった。必ず止める。元の姿に、戻して見せるのだ。 そんな彼女より大分後方。唯一の回復手エリス・トワイニング(BNE002382)は周囲を漂う魔力をその身へと招き入れる。 世界中の狂気が伝播していく。それを元に戻す為に、自分は尽力するのだ。 仲間を信じて。只管に、自分がするのは癒す事だけ。 「……きっと……勝つ」 自分の力は、勝利を掴み取る為の重要な一手だ。そんな彼女へ、先手を取った稚魚が喰らい付く。溢れる鮮血に緊張が走る。 振り回され放られたエリスの前、滑り込むようにブロックに入ったのは『闘争アップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)。 軽やかな踏み切り。多角的なそれが稚魚と呼ぶには大きすぎるそれを叩きのめす。 「今日のメニューはピラルクの活造りです、なんて」 とても食べられそうにない。飄々と肩を竦めて見せた彼と同じく、稚魚のブロックを請け負う面々と、砂漠の主とも言うべき大魚と戦う面々。 二手に分かれた彼らの徹底的なブロック作戦は、確りと噛み合い回り始めていた。 引き上げるギア。砂塵と遊ぶコートは闇を切り抜いた様に漆黒。『chalybs』神城・涼(BNE001343)は楽しげに笑う。 自分より大きな敵? 最高だ。戦いとは相手が脅威であればある程、面白い。 「さあ、どっからでもかかって来いよ!」 同じ色の刃が鈍く煌く。それに応じるが如く、捕食の本能のまま、動き出す魚達。 しかし、範囲攻撃を避ける為きっちり距離を取って布陣したリベリスタにとって、その攻撃は脅威には遠い。重い一撃を確り受け止め、避け、攻勢に転じるのだ。 湧き出す闇が敵を喰らう。罪と罰。紅と黒。『罪ト罰』安羅上・廻斗(BNE003739)は翳る血色をすうと細めた。 狂った世界が狂わせた生物。悪循環。絶つ以外の選択肢の無いもの。見るに堪えない、と首を振った。けれど、憐れみはひとつもない。 「喰らえるものなら、喰らってみせろ」 大人しく喰われてやる気などさらさら無かった。こんな所で止まる訳には行かないのだから。身の内から裂いてやる。 負けられない。この戦いは、宣戦布告だ。 「狂った世界を立て直す。……手始めにこいつらを蹴散らすぞ!」 裂帛。彼の声に続くように、『鏡花水月』晴峰 志乃(BNE003612)が『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)が動き出す。 奇怪だ、と。目の前の敵を見つめて志乃は思う。けれどもし仮に、自分達がボトムを護れなかったとしたら。こんな生物が跋扈する世界になってしまうのだろうか。 過ぎるのは一抹の不安。振り払う。今すべきは、この世界を救うことだ。それが自分達の世界にかかわりが無くとも。 誰かが、助けを求めているのなら。 「……ここは通させて頂きます」 大槍が空気を裂く音がする。叩き付ける痛打。相対した稚魚に、シビリズは微かに笑う。 宙に浮くとは、随分と奇怪な生物もいたものだ。変異の影響なのだとしても見慣れぬ姿に肩を竦める。 「まぁ宜しい。如何なる相手であろうと打ち砕くのみだ」 戦場において、敵がどんなものであるか、などは瑣末な事だ。重要なのは、その勝敗。 そんな徹底的なブロックに支えられながら、大魚へと向かうのは『棘纏侍女』三島・五月(BNE002662)。砂嵐の気配が近いのを感じる。嗚呼、酷い状況だ。 母なる世界樹が狂うほどに、世界も狂っていっているのは誰の目にも明らかだった。 叩き込む手に纏うは鋼の荊棘。敵の装甲を無視する一撃に、大魚が煩わしげに身を捻る。嗚呼何て腹の立つ魚だろうか。 出来る事なら今すぐにでも、その鱗を全て剥がしてやりたかった。自分の纏う棘には到底及ばないのだ、と示してやりたい。 鋼鉄の鱗に傷付いた肌など気にも留めない。 「……そんなもの無意味です」 傷付いた以上に傷つけるのみ。そんな彼の攻撃を鬱陶しがるように、大魚がうねる。鋭利な鱗が皮膚を、体力を削ぎ取っていく。 大量の血液が、乾いた大地を湿らせた。 ● 風の唸る音。リベリスタを苛むのは、決して魚の攻撃のみではない。 巻き上がる乾いた砂が、目を、喉を、肌を傷つける。一つ一つは小さなものでも、積み重なれば脅威。 視界を奪うそれに、義衛郎は微かに眉を寄せる。防御に徹しながら、その瞳は敵から目を離さない。 「そこの長いの。お前の相手はオレだ……他所に行くなよ」 裂けた手から、血が滲む。対策を取る者と取らない者。その差は徐々に出始めていた。 ゴーグル越し。敵からすれば、獲物の行動が阻害されている絶好の機会。危険は高い、とセラフィーナは集中を高める。 そして、案の定。蠢く気配。本能が危険を囁くのを感じた。反射的に身体を捻る。すぐ横を通る、大魚の鱗。頬が切れて紅が舞う。五月の押し殺した声が聞こえた気がした。 鋭利なそれの、削り取る。 「自由にさせたりなんてしないっ」 滴る血を拭い取った。守り抜いて、分かり合う為に。少女の決意は、硬い。 鱗が砂を弾く音がする。近い、と思った時には既に遅い。目の前に現れる大きな口。志乃の、エリスの華奢な身体が渾身の体当たりに跳ね飛ばされる。 本能のままに蠢く敵は、その一撃に大した意味など持って居ない。只管に、食欲のままに喰らい付くだけの単調なそれ。 しかし。それが砂嵐の中では脅威になり得る。下手な鉄砲も数を撃てば当たる。それを体現するように、稚魚は猛攻を繰り広げるのだ。 エリスの齎す清らかな微風も、辛うじて見える仲間にしか届かない。歯噛みしかけた次の瞬間。 神秘の閃光弾を投げた『非才を知る者』アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)の横をすり抜けた稚魚が、牙を向く。 避ける間も無い。突き立てられた歯の隙間から、大量の血が零れ落ちる。それは、エリスの運命を飛ばすには十分過ぎる一撃で。 放られて地面に落ちる。けれど、彼女は諦めない。砂を掻いた。立ち上がる。 「皆が……癒しを……必要としているから」 倒れた侭ではいられない。戦いはまだ続くのだ。折れる訳には、いかなかった。 リベリスタも、やられてばかりでは無い。既に2体程の稚魚を片付けて。濡羽色の疾風。地を蹴り跳躍、音も無く叩き込まれる鋭角な一撃。 刃が鱗を削ぎ落とす。それでも涼は止まらない。着地とほぼ同時に踏み切って、もう一太刀。逃れる時間も隙も与えない多角的なそれは、稚魚の命を奪うには十分で。 「次行くぜ、次!」 残り半分。シビリズが狙いを定める敵へ、アルフォンソの、志乃の攻撃が重なる。 鮮血の舞踏。描き出す紅のライン。毒針に纏わり付く血液を振り払う志乃に続くように、シビリズが槍を引く。 全身の力をこの一撃に。驚異的なまでの威力を持ったそれが突き込まれる。怒り狂う様に蠢くのが見えた。口が開く。 凄まじい威力の突進。鮮血交じりの咳が漏れた。眩暈がして、意識が遠のく。それでも、シビリズは堪える。運命が燃える音がした。 「この程度で臆するものか。さぁ行くぞ、私の本気を知るが良いッ!」 金の瞳が爛々と煌く。滴る紅も気にならない。窮地こそ至高。闘争本能がざわつく。命と命の遣り取りに、血が滾る。 砂嵐の気配がした。一進一退。命を削り合う戦いは終らない。 ● 戦場に立つ以上。危険は常にすぐ傍に立っている。 癒しと鮮血が拮抗する中。五月の背を走ったのは何より正確な『予感』だった。生存本能の告げる危険。しかし、身を翻すには遅すぎた。 悲鳴を上げる間も無い。大魚の牙が体内にめり込む気配。それは、運命を対価にしてもまだ足りない程の一撃。 意識がブラックアウトする。漸く手に入れた餌。咀嚼でもしようと言いたげに、鰓が蠢く。 「五月さんはやらせないんだから!」 夜明けの光が零れる。下から切り上げるようなセラフィーナの一撃が、強引にその口を開かせた。意識を失った五月は同じくブロックに当たっていた『鋼鉄の戦巫女』村上 真琴(BNE002654)が素早く後方へ下げる。 歯に当たった刃が高い音を立てる。この程度、刃を折るには到底及ばない。これは、絆だ。もう居ない姉と自分を結ぶ。 世界を護ると決めた二人の少女の決意とも言うべきそれが、そんな簡単に折れる訳が無い。 餌を失い怒り狂うそれを見上げる。世界の為に。これは、絶対に倒さねばならぬ相手だ。 そんな彼女の後で。仕立ての良い靴が軽やかに地を踏み鳴らす。鮪の代わりにするには余りに詰まらない相手だけれど。だからこそ。 さっさと片付けるのが得策だろう。義衛郎の刃が稚魚の頭を骨ごと叩き落す。残りは一体。涼の目の前のそれが足掻く様に喰らい付く。 ぼたぼた、血が落ちる。遠くなる意識に眩暈がした。運命を燃やして、踏み止まる。こんな所で倒れていられない。 魚如きに手を裂き続ける暇など無いのだ。迅速に終わらせる。その為に。 「最後まで戦わなきゃ……だろ?」 漆黒の刃が動く。幻惑の剣舞が生んだ幻影が、力を得る。敵を翻弄し、弱点を突く一撃。鱗と鱗の隙間を突いたそれに、断末魔の絶叫が上がった。 残るは一体。大魚と相対するセラフィーナ、真琴の尽力で手傷を負ったらしいそれはしかし、未だその闘争心と食欲を失っては居なかった。 敵を弱らせる様に。隙間に入り込む大魚の鱗が容赦無く血肉を、体力を削り取る。 しかし、リベリスタも負けては居なかった。 志乃の放つ幾重もの呪詛は、その身を捕らえることは出来なくとも確かに、傷を増やしていく。 傷を負っても尚、楽しげに笑うシビリズが構えた槍が、破邪の煌きを纏う。跳ね返るダメージなど瑣末な事だった。 傷を負ったなら、それ以上に傷を負わせれば良い話。全力で叩き付けた。 「――朽ち果てて貰おうか」 割れた額の血は、気づけば固まっていた。吹き荒ぶ砂嵐。視界が塞がれた。目を、肌を傷つける痛みは、戦いが激化する程に重く圧し掛かる。 戦闘の終わりが見えてきた今になって、対策を行っていたか如何かの差が如実に現れてきたのだ。 白いスカーフが紅く染まる。砂嵐が止めば即座に。注意と防御を徹底していた義衛郎の身体が動く。 踏み切りさえ軽やかに。血で濡れた足跡が地面についた。戦いを止める日は来ない。戦って戦い続けて、倒れるのならば血の河の中で。 千年血戦。けれど、今血に沈むは自分ではない。目の前の、大魚だ。叩き込んだ刃で砕けた鱗が弾け飛ぶ。この程度、如何と言う事ではなかった。 「まあ、お前は前菜に過ぎないんだよね」 随分と不味そうな前菜だけれど。メインディッシュがある以上、こんな所で立ち止まってはいられない。 セラフィーナの刀が煌いた。溢れ出す光の飛沫は七色に。頭部に叩き込まれた華麗な剣戟に、苦しげに鰓が開閉する。 足掻きだろう。開いた口が偶然近くに立っていた涼と廻斗を喰らい付くさんとする。崩れ落ちる涼。大量の血は、彼だけのものではない。 肩の骨を噛み砕かん、と牙が当たるのが分かった。それでも廻斗の手は武器を離さない。これは象徴だ。自分と言うものの在り方の。 そして。まだ死ぬ訳には行かない自分を思い出させる為の。ばきん、と骨の砕ける音。即座に運命が燃えた。 「……まだまだ付き合って貰うぞ、ケダモノ」 何処かで戦う彼女を思う。癒しの手。彼女が戦っているのなら、自分が容易く負ける訳には行かないのだ。 エリスの齎した高位存在の息吹が吹き荒れる。辛うじて力を取り戻した指先が、きつく剣を握り直す。 嗚呼、丁度良い。腕の一本や二本惜しくは無い。 「言っただろう、内から引き裂いてやる、と」 武器が脈打つ。暗黒の魔力が刃を伝って、一気に拡散した。精神ごと全てを切り裂く闇の太刀。柔らかな内部を切り裂かれたそれが、断末魔の叫びに似た唸りを上げて、地に落ちた。 無理矢理引き抜いた腕からぼたぼた、赤黒い血が溢れ出した。酸化していくあかいいろ。同じ色の瞳を微かに細める。 前哨戦は、漸く終わりを迎えたのだ。 ● 吹き荒れる風が、血の臭いを攫って行く。 仲間の傷を癒すエリスの瞳が見る先には、狂い壊れた母なるもの。 早く、元に戻さなくてはいけない。疲れた身体は重いけれど、足は止められなかった。直に行かねばならない。 「……癒しが……必要なら、いかないと」 立ち上がる。その隣では廻斗が静かに未だ痛む肩を押さえた。遥か先。あの世界樹にきっと、彼女も居る。 ならば行かない理由はなかった。前哨戦を終えたなら、次は本番。 「行くぞ、あの狂った樹に」 準備を整える。解れた髪にピンを挿し直して、義衛郎もまた立ち上がる。 戦いは終わらない。少なくともこの戦いは、世界樹を倒すまでがお仕事だ。 「ここからが本番。もう一仕事しますか」 歩き出す。世界を救う為に、リベリスタは次の戦場へと向かっていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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