● ソラを割って覗きこんだ、あの眼球。 数日しか経っていない今でも、それを見てしまった者の中には様々な感情が去来している。 ある者は恐怖を、ある者は絶望を、またある者は復讐心を胸に懐き――そして世界樹は、狂気に堕ちた。 ラ・ル・カーナは致命的な崩界の時を迎えようとしていた。 空は奇妙な色に染まり、世界樹の水源は干上がり、憤怒の荒野はひび割れた。 地を跋扈する危険な生物たちは更なる変化――進化、なのかもしれない。その生まれを思うなら――を遂げていた。それは、知性を持っていたバイデンたちでも例外ではなく。少なくない数のバイデンが理性を消失した、のみならず姿を変異させた者もいるという。 ラ・ル・カーナの造物主であり、ラ・ル・カーナそのものとも言える世界樹。それが狂ってしまった今、座して待つことはできない。フュリエたちに狂化、変貌は見られないが――ラ・ル・カーナを見回す限り、それは「今は未だ」なだけの可能性も少なくないだろう。 滅亡を待つだけの――しかし、ボトムチャンネルには大きな影響はない、この事態に。 「――『アークは世界樹と対決する』。そう沙織が決めたなら、あたしも出ないわけには行かないのだわ」 そう言って『深謀浅慮』梅子・エインズワース(nBNE000013)が、歪んだ世界樹を見据える。 リベリスタもその言葉に頷きを返す。最後の確認とばかり、梅子が人差し指を立てた。 「いいこと? 智親が言うには、この世界にある『忘却の石』のちからを使うことで、あの木をおかしくしてるもの、つまり『R-typeの残滓』を消すことができるかもしれないということなのだわ。 でもそのために、シェルン? だっけ? あの人を世界樹まで送り届けなきゃならないのだわ」 ――それは可能性でしかない。シェルンならできる「かもしれない」、消すことができる「かもしれない」。 だが、それがどうした。 できる「かもしれない」のなら、やってみるだけのことなのだ。 そのために今、梅子たちはこの荒野に立っている。 ● 「――で。あたしたちは、シェルンを世界樹に送り届けるための、ジャマモノ掃除部隊なのだわ。 あそこ、見える?」 梅子の指さした場所には、巨大な腕がある。バイデンの腕にも似た、赤黒く、筋肉質の―― 「……違う」 理解したリベリスタが、自分の認識を否定する。それは腕ではない。 赤黒い液体を滴らせた、細い何かが腕の形をなしているのだ。その腕の根本を見ると、小柄なバイデンの体が張り付いていた。おそらく、その体が、その腕自身のもとの体なのだろう。目は閉じている――というより、巨大すぎる右腕を構成する細いものの隙間から、数多の目がぎょろりと覗き、ひっきりなしに周囲を探っている。全体にすれば、おおよそ5mくらいだろうか。 やがてその目たちが、一点に集中し、元の体が腕の中へと隠れこむ。 しゅるり、と腕を構成する何かが解けて近くを通った、小型――と言っても、人間の子供程度――の獣を締め付けた。もがく獣だったが、幾本もの細い何かがぐるり、ぐると巻き付いていき――やがて腕の中に飲まれていった。 「――面倒そうな敵だな」 「そう? ただの大きい腕じゃない」 唸るリベリスタに、梅子が気楽な声を返す。おい。 「……じょ、冗談なのだわ、やーねもう!」 そう言って自分を睨むリベリスタの背をばしばしと叩く梅子の様に、数人が不安を抱く。大丈夫かこいつ。 「面倒な話だな、あの腕そのものが大きすぎる。近接距離を薙ぎ払うくらいは、余裕でやってきそうだ。 あの細いのをうまく使ってくるなら、20mくらいは攻撃の射程圏内になるかもしれない」 その腕を構成する一本一本が、すべてバラバラに動いている可能性も高い。 腕を相手にする限り、麻痺や石化などの相手を動けなくする方法は、大きな影響を与えないだろう。 「さらに、取り込んだ獣を自分と同じような、変なのにする能力?」 梅子の指さした先、腕の下部から、先ほど飲まれた獣が産み落とされるかのように出てくるのが見えた。その体が、赤黒い細い何かで形成されているのがわかる。腕の下部には、その獣の姿が彫像のように現れていた。動かない獣の像に、再び現れたバイデンの体が満足気な笑みを浮べているようにも見える。 「厄介な相手だ。だが――行くんだろ?」 「モチロンなのだわ!」 力強く頷く梅子の、羽が一度、ばさりと羽ばたいた。 今こうしている間にも、狂った世界樹は次々と『狂った変異体』を生み続けている。 ――ひび割れた憤怒の荒野に、危険な異形が満ちていく。 その中で、異形と化した『世界樹エクスィス』を目指して進軍するリベリスタとフュリエの連合軍。 『世界史上最大の敵』の出現に瞳をぎらつかせた、残る僅かなバイデン達の姿もある。 ラ・ル・カーナにおける、世界規模の総力戦が始まろうとしていた。 「だが、世界樹に到達しても、あの状態じゃ……どうする気なんだ?」 「ぶっ壊してでも中に入れば良いのだわ。壊せるかは知らないけどね!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月10日(水)23:34 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 己に向けて接近してきた姿に、『腕』の中の目たちが、ぎょろりと視線を寄せる。 その数、9。 それがリベリスタと呼ばれる者たちだと――そのバイデンは、理解するだけの知能を残していない。 ただわかるのは、向けられた瞳に燃える敵意と戦意。 本能はそこに歓喜を覚える。じわり、じわりと世界樹へと向かっていた体――腕の付け根が、尺取虫のようにじわじわと這っていた――を止め、戦いを求める相手へと向き直る。 その表情を幾らか曇らせた『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)が呟く。 「――バイデン達は確かに野蛮だったけど、話がわからない連中じゃなかった。 それがR-Typeの侵食に影響を受けて化物になってしまった……」 それがどうしようもなく悲しい、と続ける言葉を覆い隠すように、咆哮めいた音が響く。 るぉおおお。 その音は、バイデンだったものから発せられていた。体――よく見れば、その姿は腕と同じく繊維状のものでできている。針金細工の要領で以前の形をとどめていた――の中で、口だった場所を大きく、骨格があれば不可能なほどに大きく開き、意味をなさない音を発している。 彼がバイデンの群れの中で何と呼ばれていたのかを知る術は、リベリスタたちにない。 だが――だからこそ。 「それがどうした、か……そうだな。 そうだ、確かにあれはただの大きい腕だ! いい事を言うではないか、同志プラム!」 戦場となった荒野の一角で、『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)が歓喜にも似た声を上げて銃剣、один/дваを構える。防護を固めるためのその姿勢はこの戦場において最適な手本となるほどのもの。 その姿勢を維持したままに、彼女は角の生えた狗の前に立つ。その標的を前にして、狗は七本の脚で地を蹴り上げて跳びかかり、その脚で一斉に蹴りかかる。反動で離れるだろう一瞬のものだろう――そう考えるベルカの視界で、角が地に刺さっているのが見えた。 「な――」 幾度も蹴り回される脚の、その衝撃。一蹴りごとの衝撃は弱くとも、それが7本もあるのだ。 それは、悠里にも同じことが言えた。 「くっ……うおおおおおおおっ!!」 その蹴りに怯むことなく、悠里は腕へと吶喊する。制御した気に硬質化する肉体を、それでも自在に動かしながら、彼もまた咆える。 「バイデンの戦士! アークの戦士、設楽悠里が相手だ!」 もう意識などないかも知れなくとも、せめて死ぬ時は戦士としての誇りを胸に眠らせたい――悠里のその意思が届いたのかどうかはわからないが、『腕』はその名乗りが己に向けられたものだと、正しく理解した。 彼らの陣形は、大雑把に見ればV字に近い。その最後尾の一端を担い、活性化させた魔力が体を駆け巡るのを感じながら、『Gloria』霧島 俊介(BNE000082)は梅子を近くに捉えた位置に立つ。 「さあ行こか、明日を取り戻すために。 これまでの戦いとか全部忘れ、バイデンのためフュリエのため、ラ・ル・カーナのために戦おう」 どことなく楽しそうにすら謳う俊介の、その頬をピアスの羽根が撫でる。 もう一端の最後尾に立つのは『エターナル・ノービス』メイ・リィ・ルゥ(BNE003539)だ。 メイは視線を周囲の荒野に走らせ、僅かに目を伏せる。 「ボク、実はラ・ル・カーナに来るのは初めてなんだよね。 崩壊だか変化だか良くわからないけど、この世界が最初の頃とは違うって聞いてはいたけど、こんなおかしくてぐちゃぐちゃになっちゃうんだ。この原因ってアークが手を出した影響なのかな?」 異世界の影響で、リベリスタの住む世界(ボトム)は歪む。水が高いところから低いところへ流れるように。ラ・ル・カーナの崩界を目の当たりにして、メイはそれを連想したのだろう。 だが、ラ・ル・カーナは上層の世界であり、ボトム・チャンネルの影響が完全世界を崩すことはなく――この決定的な変化を引き起こしたのはあの巨大な眼球、つまり更に上位階層の影響だ。 「世界を脅かすのも守るのも、俺たちだから。元がなんであろうと、俺たちは選択し、切り捨ててきた。 ……それがバイデンであろうと同じことだ。――俺に出来ることを」 『red fang』レン・カークランド(BNE002194)もまた、あの眼球を目にしていない。 それでも、彼には自負がある。最下層でいつもやっていたことを、この世界でも行うだけなのだ、と。 「可能性があるなら、賭けるしかないだろう。 ミラーミスだろうが何だろうが。それがたった一つの方法なら、押し通すまで。 そのためにもまずは、邪魔者の大掃除と行こうか」 長大なボウガン、アストライアを手にした『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)もそれに頷く。 彼らの心境などまるで知る由もなく、『腕』は血のような赤黒い何かを落としながら、みぢ、と湿った音と共に細かく蠢きその掌を天に掲げ――その中指と人差し指が、不意に勢い良く振り下ろされた。 ふぅぉん! 甲高い風切り音と共に文字通り伸ばされる二本の指――否、細い何かが捩り合わされ先端を鋭く尖らせれたそれは最早槍と言う方が近い。その槍が、降るように突き刺したのは――レンと、メイ。 「ぐっ」 その痛みに耐えながらも、レンは自分の背後へと視線を走らせる。――ただ手数が多いだけだ。 「終わりを始めよう」 指から抜けだしたレンは足元の影を立ち上がらせて己に従わせると悠里を蹴った狗の前に立ちふさがった。すべての敵が目に入るその場所で、二冊の魔術書を手に、レンは不敵に呟く。 「ここまで届くんだね……!」 一方のメイは、槍の一撃が深手となっていた。魔力の循環を行いながらも、苦々しく呟く。目の前の敵から狙うものだと思っていた。そのまま指に、腕へと引き寄せられかけたのを、急いで抜け出す。――まさか、先に見かけた獣のように、手駒を増やす為に狙われるとは思いもしなかったのだ。 目の前の戦意と存分に戦うための手段を手に入れられず、『腕』はふぉおう、と不満そうな音を発した。 「できる「かもしれない」のなら、やってみるだけのこと。エインズワーズちゃんは実に面白いことを言う」 どこか満足げにも見える『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)が、悠里に続き腕への吶喊をかける。 「そうだね、そういう賭けは俺様ちゃんは好きだよ~。チップは世界、なんとも大仰☆」 ナイフと刀剣の鋏、逸脱者のススメに暗黒の魔力を宿して切りかかり――ばつん、と。『腕』を形作っていた細い何かが切り落とされた。僅かに目を見開いて、お、と葬識が声を漏らす。 切られた細いものが何か、葬識にはひと目で分かる。これは――筋繊維と、血管だ。 数多の筋繊維が、血液を内包することを諦めて滴らせた血管が、腕の形を為している。もしかしなくとも内部の目は、神経が己の存在意図を間違えたものなのだろう。切られた繊維の分形が歪んだのを、『腕』は形だけでも修復しようとする。ぬいぐるみから糸を数本引き出すように、『体』の一部を引き抜いて。 「――世界が勝つか異物が勝つか。その果を見れるのは贅沢だね☆」 形だけが名残を残す異形を前に葬識の言う異物とは、異世界の存在(リベリスタ)なのか、それとも。 葬識の背後を、鱗の魚が弧を描くように地表を泳ぐ。目指す先は、怪我の大きな――血の匂いを強く漂わせる、メイ。できるのならブロックしておきたかった魚の動きを見て、葬識がその行先を追おうとするが――腕に切りつけたばかりの状態ではすぐさま走れど間に合いそうになく、護るようにメイの前に立っていた杏樹も、その重装に咄嗟の動作は取れない。 ごり、と。 鱗がメイの体を、服の装飾のフリルごと、鬼おろしのように抉りとる。 立て続けに狙われたメイの体が地に落ち――ざり、とその手が荒野のひび割れをつかむ。運命の加護は、その身に力を与える。メイの負傷を見て杏樹は魚とメイとの間に割って入り、魚を睨む。 その様を見て、梅子がぎり、と歯を鳴らした。 「よくも、やってくれたのだわ!」 「プラム嬢!」 梅子の掌に魔力が凝縮され始め――『うめももの為なら死ねる』セリオ・ヴァイスハイト(BNE002266)の声に、冷静さを取り戻す。 ここに向かう前、俊介にフレアバースト――つまり、前線を巻き込むようなスキル――を控えて欲しいと言われていたのを思い出したのだ。 「何が「ですわあ」なのだわ、あたしの方が先なのだわ!!」 よくわからないことを喚く梅子の手元で4つの術式が組み上げられ、一気に『腕』へと叩きつけられる。 「プラム嬢には出来るだけ後ろでおとなしくしておいてもらいたいところだな……」 我儘な女性との付き合い方には慣れているのだろうセリオが、いざとなれば褒め殺しでなんとかするかと小さく呟き、前線の悠里に近づくと自然治癒の加護をかけながら声をかける。 「正直言って今の俺じゃ火力不足だ。下手に前に出ても役に立ちそうにない。 攻撃を任せてしまうことになるのは心苦しいが――」 自分にできることを精一杯やることがこの場での最善だと言うセリオに、悠里はひとつ頷いた。 ● 「同志ルゥ!」 「大丈夫だ」 ベルカの声に、己がメイの盾になることを示したのは杏樹。 仲間の苦境に歯噛みしたベルカは、付与よりも足止めを優先することにしたようだった。 己の他に狗が二匹。犬しかいないこの状況を好機と見ずして何が好機か。 「気持ちで負けてはいかんぞ! 我が教官も言っておられた。「敵わぬ敵にもひとまず当たれ」とな!」 メイを――そして己を鼓舞し、ベルカは目の前の狗の角に閃光弾を叩きつける。 痛みはなくとも激しい光と音に、狗どもが平衡を逸したか地に体を付けてのた打ち回る。 悠里が眼鏡の奥で眉を顰める。配置の先頭に立つ彼の視界には、『腕』の他に敵がいない。だが、この敵を倒すことに躊躇をする理由はない。 「壱式、迅、雷!!」 今の己に撃ち出せる、最大の技を。 白く輝くGauntlet of Borderline 参式に雷気を纏わせ、舞いを思わせる武威が『腕』へと叩きこまれていく。 「メイたん! レン! ……俺の親友傷つけやがってぇええ!」 怒りに燃えながらも、俊介のすることは高位存在の意思を読み取り、癒しの息吹を具現させること。 それが今、最も必要で、自分に求められていること、自分が彼らにできることなのだ。 それでも、『腕』が仲間を――リベリスタを――取り込もうとしたのは、俊介には予想の範疇だった。数多の目が、その視線がどこを狙っているのかを睨む。すべてが一箇所を向いているわけではないが――その多くは、レンとメイを見ている! 『腕』の肉の槍が、再びその二人を目指して振り下ろされ、レンが、メイを庇った杏樹が、槍に刺されて引き寄せられる。 「俺が倒れたら、誰がこの世界を、仲間を守るんだ。俺に倒れてる時間など、ない!」 運命を戦いの炎にくべて、レンは呪力を開放する。その力はラ・ル・カーナの月を増やして不吉を告げる。 「――俺の不運からは逃れられない」 地でもがく狗たちの体から滴っていた血液が一層吹き出し、魚が不快そうに身震いをする。『腕』の目が、槍から逃げたレン(獲物)を睨む数を増やした。 「怪我はないな?」 杏樹が、己を刺した槍を引き抜きメイの無事を確認する。こくりと頷き、メイは怪我人の数をさっと数えた。 「そーなるとボクのできることは……聖神様、お願い! 痛いの痛いのとんでけー」 錐状の陣形は、利点だけのものではない。ブロックや挑発で敵の位置を絞ることができなければ、それは後衛も狙われやすい配置ということになる。勿論リベリスタたちにもそのことはわかっていたから、杏樹もメイを庇っていたのだ。この状況で一人二人の怪我を癒すよりは、一気に何人も癒せたほうが良い。 息吹は先の俊介のぶんと相まって、リベリスタたちの状態を快癒とは言わぬまでも、かなり癒していく。 「あれ邪魔だねぇ~」 葬識が、後方の魚を見返して苦々しげに呟く。だが、杏樹がいるなら大丈夫だろうと思考を切り替え、目の前の『腕』へと意識を集中した。無数の闇が武具となって葬識を覆う。 一方の魚はぞわりと鱗を逆立てて、メイを再び抉り取ろうと、その針金細工のような体を擦り付けた。 「させるか――」 シスター服を削がれながら、杏樹が唸る。苦痛のにじむ声を聞きながら、梅子が涙目で術式を組んだ。 「いい加減に……っ! 魚なんて、あとで3枚におろしてやるのだわ!」 4色の魔光を『腕』に放ちつつ、悔しさに吠える梅子。気になるのだろう、そのわめき声にちらりと目をやりながらも、セリオは葬識へと駆け寄り、悠里と同様に自然治癒の加護をかける。 セリオの目線を追った葬識が、梅子に向けて軽く手を振った。 「大丈夫? エインズワーズちゃん、こわくなぁい? 怖かったら、泣いちゃってもいいんだよ~」 「だっ、誰も泣いてなんかないのだわ!」 「あれぇ? 俺様ちゃん、泣いてもいいよ、って言ったんだよ~?」 慌てて袖で目を拭った梅子に追い打ちをかけて、葬識は笑う。 「な、な……! 怖くないったら怖くないのだわ! 見てなさい、こんなのあたしの手にかかれば、ちょちょいのちょーいって倒してやるんだから!」 「それなら安心、じゃあ、しっかりと倒してね。わりと、頼りにしてるよ~☆」 調子が戻った梅子の様子にセリオが少しほっとした表情を浮かべ、葬識がもう一度手を振る。 その後方で、杏樹がメイの怪我の様子を確認し――もう大丈夫だろうと見て、矢をつがえる。 それは魔力の矢。燃え盛る炎を纏い、逃れられぬ烈火を撒き散らす天の火。 「攻撃の華は、梅子だけじゃないのを教えてやろう」 放たれた矢は、その戦場のすべてを覆い尽くし、焼きつくす。 倒れたままの狗が一体、その火に巻かれて動かなくなり――『腕』の目が、思わぬ痛みのためか一斉に杏樹を睨みつけた。 「右腕に誇りまで喰われて、それで強くなって満足したか? バイデンの戦士」 動じず、その目を睨み返すように目を細め、杏樹は吐き捨てた。 ● 炎や麻痺を振り払い、立ち上がろうとした狗にベルカは銃剣を突きつける。 「目の前の敵と言えど、銃撃してはダメと言う法はあるまい」 魔力で凝固させた呪弾が、その角ごと頭部――正確には、その部位を構成する繊維――を爆散させた。 背後に目をやり、残る雑魚が魚だけになったことを知ると悠里はバイデンに向き直る。 「眼の前にいるコイツも、乱暴で野蛮で、それでも戦士の誇りあるバイデンだったに違いない。 暴れるだけの怪物でなんていさせない――君はここで眠らせる!」 繰り返される、雷撃の武舞。 「クソッ、手が空かねえな!!」 癒しの息吹を具現させながら、俊介が叫ぶ。 「おい、取り込まれたバイデン! もう聞こえないかもしれないけど、せめて異形たる姿からは救ってやるから、待ってろよ!!」 その言葉に反応してか、 「――おぉぉおおおおお!」 『バイデン』が、雄叫びを――意味を持たない音でなく――上げた。 そして密度を高めた『体』を地に付けその脚で立つと、その腕全体を振り回して、周囲のものを薙ぎ払う。 「うわあッ!」 ごす、がすという鈍い音が響くほどの威力で払いのけられたのは、悠里と葬識、そしてセリオだ。 「っとぉ……! 俺の葬識を傷つけたな!? ぶち殺す!!」 押しのけられた葬識の背を押さえ、俊介が喚く。 「遠いこんな果てにくるとは思ってもいなかったが、俺に出来ることはまだまだあるようだな!」 レンも、兄貴分の負傷に鼻に皺を寄せ、魔力の月を再度空へ掲げる。 「吹き飛ばされるつもりはなかったんだけどねぇ~。ありがと、霧島ちゃん☆」 言うなり俊介の飛び出した葬識が、『腕』へとソウルバーンで斬りかかり、ばつん、と、今度は大きく繊維達を切り落とす。 「葬識、そこどくのだわ! 約束どおり、あたしが――!」 そう言って真正面へと飛び込んだ梅子が、4色の術式を切り落とした隙間に叩き込む。 おお、おおお――! 呻くような声をあげ、『腕』と化したバイデン変異体は文字通り『解けて』崩れ落ちた。 ● 残った魚を倒すのに、そう時間は必要なかった。 どさりと倒れた鱗がやはり解けて行くのを見て、メイがぶる、と体を震わせる。 本当に取り込むことができたかどうかは定かではないが――あの『腕』が自分を取り込もうとしたということは、最悪の場合、己もこの針金細工のような姿になっていたかもしれないのだから。 レンも同じようなことを思ったのか、一瞬不快そうな表情を浮かべたが――すぐに背を向ける。 「こんな所で立ち止まっていられない。 仲間を信じ、自分を信じ、戦う。それが俺にできる精一杯で――この手で掴めるものだから」 その目の見据える先にあるのは、世界樹エクスィス。 仲間たちが――たとえ言い出したレンに見えずとも――頷いて各々立ち上がり、歩みを進め出す。 「さてはて、世界を見る木は禍々しく、乾きの大地は血を吸い込んで。 残るはあの悪意の塊だけだ。あるがままの姿を変質させる、己に近づけたい寂しがり屋の悪意だけだ」 葬識は誰にともなく独りごちる。 最後まで残った杏樹がぽつりと呟いた。 「バイデンとして生まれたなら、戦士として死にたかったろうに」 ラ・ル・カーナの異変は、まだ終らない。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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