● 突如割れた空。罅割れた雲を割って、彼の目が姿を見せてから、数日が経った。 あれから世界は、崩壊の一途を辿っていた。 『目』の正体である巨人『R-Type』との遭遇は、その世界の創造主であり中心であり、礎である世界樹を狂わせ、世界の存在そのものに致命傷を負わせるのに足る災いを齎したのだ。 最早完全でない、『不完全』に満ちた世界。狂っていくのは、世界樹。すなわち、世界の姿。 誇りを胸に闊歩していたバイデン達も、只自然のの中に生きた獣たちも、いつしか凶悪な『生物のようなもの』に姿を変えていく。 彼らに残ったのは、闘争本能と捕食欲。呆気なく消えた知能は、その凶暴性を加速させた。 高い知能と理性を持つフュリエ達も、いつこの狂気に蝕まれるかも解らない。 ――崩れていく世界。絶望に満ちていく中で、『箱舟』は一つの可能性に辿りつく。 世界樹とリンクできる能力を持つフュリエの長、シェルンと『忘却の石』の力により、『R-Type』の残した淀みのみを消失出来るのではないか。 あくまでも、推論。絶対的ではない、危険な選択。それでも、その可能性に賭けるしか道は残されていなかった。 さらに、世界樹が異形へと変わり果てた今では、シェルンが世界樹の外部からは繋がることが出来ないという。よって、リベリスタ達の手で物理的にその中心へと送り届けるというステップを踏まなければならない。 それでも、零でない世界の復活の可能性に、リベリスタ達の士気は大きく上がった。 未だ、やれることがある。その事実が、皆の心を強く強く絡め、強い綱とした。 「これ、世界守るとかめっちゃすげー規模の話じゃね? 伝説になっちまうかも」 戦いの前の、僅かな休息。食事の席で、リベリスタの一人が笑う。その目に迷いなど、恐れなど、存在しなかった。 この戦いに明確な成功が約束されているわけでも、絶対の可能性も、ない。『別のチャンネルの話だ』と、見捨てることも出来た。それでも手を差し伸べるという、箱舟の選択。 「守れたら、の話な。果たしてどうなる事やら」 「やってみりゃ嫌でも解るさ。その瞬間までに俺達が化物にでもなっていなきゃな」 「それもそうか。まぁお互い、生き残ろうぜ」 がしゃりと、互いのグラスをぶつけて告げる。 乾いたパンを、もう温くなった水を、一気に飲み干す。こんなまずい飯を、最期の晩餐になんかしてやるものか。 それぞれの武器を手に、誇りを胸に、リベリスタ達は駐屯地を後にする。目の前に広がる光景に、自然と漏れる溜め息。 罅割れ、淀んだ雲も、干上がった水源の畔で枯れる木々も、その遥か向こうで壊れていく世界樹も、かつての安らぎを与えてくれるものではない。 皆で要塞を作り上げた日々が、脳裏を掠める。恵みと優しさに満ちたあの大自然を、あの透き通る空を、取り戻さなければ。 ぎちりと、剣を握る手に力が籠る。そして紡ぐ、勝利を誓う言葉。 「さぁ、行こう」 危険に満ちた荒野へ、彼らは駆け出した。 ● 山が、動いていた。そう形容せざるを得ない巨体が、世界樹へ向かうリベリスタ達の眼前に立ちはだかった。 その正体は、先の大戦でも姿を現した、バイデン達の駆る獣の変異体だった。犀の様な形状に、“三股槍”を思わせる巨大な角を三つ備える。 瞼を横切る様な古傷は、バイデン達の闘いの歴史の中で刻まれたものだろうか。 かつては『誇り』を胸に戦いを共にしたのだろう。リベリスタ達へ同行するバイデンの一人が、呼び掛ける。 「―――――。」 名前だろうか、何処か切なげに言葉を紡いで、ゆっくりとその距離を詰める。 一瞬、獣の眼が緩んだ気がした。ふしゅりと、大きな鼻が息を漏らす。それはまるで、挨拶をしているようで――そう考えた次の瞬間、バイデンの巨体は只の肉塊となって宙を舞っていた。 轟音が響く。大地が揺れる。迫るのは、何の変哲もない突進。大地を深く深く抉って、進む巨体。 誰かが何かを喋る。回避の命令か、鬨の声か。けれど、それは轟音に呑みこまれて仲間へは届かない。 一度通り過ぎるその間で、リベリスタの幾人かが重症を蒙り、吹き飛ぶ。この巨体から繰り出される突進を止める手立ては、無い。 獣が地を抉り駆けた先。止まる背中にバイデン達が駆け出した。剛の者と対峙するのは、彼らの存在理由であり、彼らが彼らで或る理由なのだ。 突如、走る巨人達の足が、止まる。 相手は獣が一体、の筈だった。駆ける巨人の眼前でぐらりと立ち上がったのは、先程獣に殺められた巨人の一人『だったもの』。 その目に理性の光は無く、引き裂かれた傷口は其の儘に、恐ろしい唸り声を上げる。 そして迷いなく、眼前のバイデンへ切りかかり、袈裟懸けに振り抜く。 ――強い理性が、誇りが、バイデン達の憤怒に滾る精神を異形の淵から繋ぎ止めていたのだ。 絶命したことで、或いは瀕死となったことで薄れる意識。容易くこの世の異形の沼へ引き摺り込まれていく。 「っがぁあああ!!」 また一人、理性を飛ばす巨人。言葉にならない雄叫びを上げて、バイデン達へと切りかかる。その背後で、此方へ向き直る獣。 此処で、食い止めなければならない。シェルンと、『忘却の石』という希望を、磨り潰させる訳にはいかない。 それに未だ、此処で力尽きる訳にはいかない。彼女らを、世界樹の内部へ送り届けなければならないのだ。 緊張に凛と張る戦場の空気。流れる汗も其の儘に、リベリスタの一人が叫んだ。 それは鬨の声か、突撃の命令か。響く轟音に、またその声は掻き消える。 淀んだ空の下、彼らは剣を振るう。皆の勝利の為に。世界の、平穏の為に。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ぐれん | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月13日(土)23:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● さぁ、この瞬間に言わせて貰おう。 時よ加速しろ 私は誰よりも速いのだから―― 轟々と山が、蠢いていた。 その眼前を突如、遮る様に駆ける閃光。過ぎ去る風に一瞬遅れて、巨獣の四肢に深々と傷が刻まれる。 「我が名は司馬鷲祐、アークの神速」 一寸の血糊さえ刃に残らぬ程の剣速。変異体と化した蛮族の眼前に姿を現したのは、『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)。 理性を未だ保つバイデン達に目線をゆらりと向けて、闘志に滾る瞳を携え、告げる。 「……言葉はいらんな。奴を討つぞ!」 「敵の敵は味方 昨日の敵は今日の友とか言うことわざシッテルカ?」 疾風は一陣に留まらない。『光狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)。呪力と魔力。長年込められたそれが力を持つ。 光と血の飛沫が飛び散った。いつも通りの無表情で飄々と、首を傾げて蛮族を見遣る。此方は勝手にやる、だからそちらも、戦士らしくやればいい。 そんな言葉に勝手にしろと視線を逸らした蛮族を横目に、 「ハハッ、悪くない、悪くないっすよ」 嗚呼何と潰しがいのある事か。湧き上がる笑みを抑えずに『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)は駆け出す。 自分の役目? 鉄砲玉だよ、言わせんな恥ずかしい。ギアを上げ切った身体が一気に、目の前の巨体を駆け昇る。そこから更に加速。 完全に敵の視界を外れて。突き立てられたナイフは、如何に強大な巨獣でも痛みを感じずには居られない。 嫌がるように身体が揺れた。けれど、フラウの身体は微動だにしない。完全なバランスと、どんな地形すら道にするその力。 速度は力だ。常に最速で手を伸ばし続ける為の力だ。この手に掴めないものなんて、存在しない。 圧倒的な速力で先手を取った仲間に続くのは、前衛から少し下がった位置に立つ『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)。 刻み込む違えぬ掟の強さが、運命を引き寄せる。楽しげに笑って両手を広げて見せた。 「相手にとって不足無し。一狩り逝こうよ!」 冗談とも本気ともつかない声音。そんな声に少しだけ笑って『chalybs』神城・涼(BNE001343)は全身の反応速度を高めていく。ギアが上がる音がした。 変幻自在の戦闘技術を見せてやろう。そう意気込む彼の目の前で、仲間だったものと切り結ぶバイデンが傷付いていくのが見えた。 変異体が牙を向く。屈強なバイデンを一撃で斬り伏せる程の余力を持っているそれを、彼らは辛うじて受け流しているようだった。 「クレインなのにイーグルアイ……軽口叩いている暇はありませんね」 銀の瞳が行う戦況解析。『絹嵐天女』銀咲 嶺(BNE002104)は素早く傷の深さを確認し、その指先を伸ばす。 幻想纏いを通して聞こえる彼女の報告は、戦場を支える癒し手『おとなこども』石動 麻衣(BNE003692)の判断基準になりうるものだ。 至極冷静に。けれど、少しばかりそのかんばせに滲んだ感情は、過去を振り返る様でもあった。 自分達が戦わなければ、兄姉を喪って泣く子らが出るのだ。そう、遠いあの日に母を失った、自分の様に。やらねばならなかった。 指示を元に判断、麻衣が齎すのは癒しの音色。未だ正気を保つ蛮族さえ巻き込み癒すそれに、瞳が此方を向く。 「貴様らに情けをかけられるほど、我らは腐っていない!」 其処に有るのは自負とプライド。それは重々理解していた麻衣は、静かに呼び掛ける。死した長がそうであったように、強者と競い、その中で死す事を恐れぬ者よ。 「更なる強者が居るこの世界で道半ばで死すことは如何なものでしょう?」 前髪に隠された瞳が、先を示す。狂える母。世界樹。世界そのものとも言うべきそれと戦いたいのなら、今は自分の癒しを受け入れて欲しい。 そのプライドに触れるか触れないかぎりぎりの言葉は、辛うじて蛮族が受け入れるに足るものであったのだろう。無言でその瞳が逸らされる。 僅かに緩んだ緊張の糸を、再度張らせる様に。突然の攻撃に呻くばかりだった巨獣がその身を怒りで振るわせる。振り上げられた足が地に突くだけで巻き上がる粉塵と、戦き震える大地。 誰もが足を止めかけた中で、『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)は前に出る。抑えきれない笑みが漏れた。 やれやれ、と肩を竦めて首を振る。身に纏うのは煌めく堅牢な鎧。知能が低いとは言え、これ程の膂力を持つだなんて。 「面倒だが、……嗚呼だからこそ、闘争が楽しく成るとも言える」 勝ちを狙おう。その為に、自分がするのは己の背に庇う癒し手を守り抜く事。その身を文字通り盾として、騎士の闘争は始まろうとしていた。 ● 交差する火線。 変異した蛮族を抑えながらの巨獣の討伐。攻撃にも防御にも手を伸ばすリベリスタ達の個々の負担は、彼らの想定を遥かに超えていた。 そして。変異体と理性を保つ蛮族の力量差もまた、想定外。 一刀の元に同胞を斬り伏せる程の膂力と、理性という名の留め金を失くした変異体が蛮族を上回るのは至極当然のことだった。 麻衣の、そして蛮族自身の回復を上回る攻撃力に、気付けば狂気の変異体の数は此方を上回っていた。 狂えるものが迫り来る。狙う先に居るのは、宙を舞い戦場を解析し続ける嶺だった。 巨獣を相手取る班の中で唯一、後衛に立ち宙を舞う彼女は恰好の的。全力で振り切られた刀が嶺の運命を容赦無く削り取る。回復を求める暇もなかった。 続け様、違う変異体の刃が蠢く。脇腹にめり込む灼熱。美しい羽が、紅く汚れていく。意識が飛んで、羽を折られた鶴は地へと叩き落される。 状況は良くない。増えていく敵を横目に、リュミエールは機を窺っていた。それまで幾度も幾度も、巨獣の死角と言うべき場所から重ねていた攻撃は、少なからず敵の苛立ちを募らせている。 しかし、その代償は少なくなかった。巨体の死角を突き続ける事は、同時に仲間からの視認も甘くなる事を意味している。 現に、幾度か攻撃の煽りを受けていたその身体は、傷が目立ち始めていた。唸り声がする。巨獣の怒りが此方を探し当てたのを、本能が察知する。 「……んじゃ、代わってモラウカ」 とん、と軽い音を残して走り出す。およそ反対側、仲間が戦うはずの場所に向かおうとして、一度動きを止めた。仲間の攻撃が飛ぶのが見える。変異体の唸りが聞こえる。 寒気がしたのは、その時だった。続いて襲う、横からの凄まじい圧力。苛立ちのまま、ぶつかって来たのは巨獣自身だった。 致命傷を避けるには、運命を削っても未だ足りない。意識を失い地面に叩き付けられた彼女の姿に、鷲祐の背に冷たいものが流れた。 もし、リュミエールが完全に此方側に戻って来ていたら。恐らく、あの怒りの突進は蛮族を、そしてブロックを行う自分たちをも軽々とひき潰したのだろう。 極力囲む様に展開していた事が、功を奏していた。小さく息をつく。 けれど、最悪を避けただけでは状況は好転しない。また一人、蛮族が変異していく様に涼は焦った様に眉を寄せた。蛮族が倒した変異体は、結局最初の2体のみ。其処から増えた6体のそれは、そのままになっていた。 望むのは強者。此方の思惑通りは動かない蛮族の一部は、巨獣へとその矛先を向けている。数を減らせない、それは何より、状況を厳しくしていた。 多くを望めば望むだけ、欲しいものは指先から零れ落ちていく。想定外と、少しの不運が重なっただけだったのだろう。 変異体のブロックに当たる涼、鷲祐の攻撃さえも巨獣に集中する状況。肝心の巨獣は未だその膂力を保ち、 「っ……無理ゲー、だけどやるしかねえか……!」 増えたそれの攻撃は、必然的にブロッカーへと向けられる。交代も叶わなかった。既に二人を失った戦線は、ぎりぎりの均衡を保っているのだから。 振り被って叩き下ろされた刃が見えた。血が溢れだす。力が抜けかかった手が、黒曜ノ翼をきつく握り直す。運命を燃やして、瞳に光を取り戻した。こんな所で、倒れる訳にはいかない。 「バイデン? 獣? 全部ぶっ飛ばしてやるさ!」 速攻で倒すための一助となろう。踏み切って、叩き込むのは変幻自在の鋭角な斬撃。硬い巨獣の皮を、容赦なく削り取る。 力ある言葉が、囁くように紡がれていく。麻衣のグリモアールが光を帯びて、呼び寄せられたのは遥か高位存在の癒しの一端。 涼やかな風が吹き荒れる。守られる分、仲間を支えねばならない。己の限界との駆け引きを常に迫られながらも、麻衣は只管に仲間を癒す。 しかし。そんな彼女自身にも、危険は迫ろうとしていた。 ● わらわらと、それは迫っていた。数に勝る変異体は、ふらふらと、麻衣の元へと近寄ってくる。 「――小さな弾丸でも積もればお前を殺すよ」 だから、近寄らない方が身のためだ。底冷えする様な声とともに、エーデルワイスの銃が目にも留まらぬ速度で抜かれ、弾丸をぶちまける。 バウンティショットスペシャル。つまりバウンティダブルエス。正確無比な抜き打ち連射に、一体の変異体が崩れ落ちる。しかし、止まらない。 麻衣は死守する。そう決めていた。だからこそ、エーデルワイスも、シビリズも、其処を意地でも動かない。 それが彼らの役目だった。癒し手を徹底的に守る。エーデルワイス的に言わせれば、『石動ファンクラブ』。 不意に、轟音が聞こえた。それは、不運と言うべき偶然。巨獣が迫り来るのが見えた。その射線には、麻衣。 判断は一瞬だった。半ば突き飛ばされた麻衣の目の前。たった一人で、その身を以て突進を受け止めたシビリズが、立っていた。 通さないと言ったら通さない。そう決めた。運命が燃え立つ音がする。嗚呼、やっと楽しくなってきた。此処からが、本番だ。 「――血反吐吐く如きで済めば、ああ上々だろう」 金の瞳が燃える様に煌めいた。武器が纏うのは破邪の閃光。躊躇いも無く叩き付けたそれが、目前に迫る変異体を文字通り叩き斬る。 逆境こそ、彼が本領を発揮する場所だった。纏わりつく血を振り落す様に武器を構え直して、彼は笑う。 「では――闘争の時間だ」 此処からは彼もまた前衛。そんな彼に代わる形で麻衣を守り抜くエーデルワイスは、未だ続く斬撃に耐え忍んでいた。 しかし、そう長くは持たない。叩き付けられた刃に、意識が飛びかける。駄目だ、と思った。死守するのだ。麻衣を。だから、此処で倒れてしまう訳にはいかない。 思いが運命の足を止める。血の掟。刻み込んだそれが、運命を引き寄せる。この傷を無かったことに。エーデルワイスは立っていた。 「くっ……、まだ負けじゃないですよ」 自分は倒れ伏していない。麻衣に触れる事は、自分が立っている限り許さない。長い翠の髪が血塗れていくのも気に留めず、彼女は笑った。 戦況は、好転しなかった。 「堪えろ、闘士共! でなければこの世界、闘争、全て俺達がもらうぞ! 今こそ滾れ!!」 誇りを見せつけよう。奮い立たせよう。それがきっと、彼らが同胞に出来る、手向けとなるはずだから。 鷲祐の集中が高められる。必中の一撃を。神速の一撃を。 此処は、フュリエの、そして、この蛮族達の世界だ。ならば、異邦者の仕事は只一つ。その誇りを全て捧げ奉る事のみ。 そして。全ての後始末は自分たちが請け負えばいい。その為に来た。 「故に、共に今を超えるッ!!」 動き出す。ナイフが閃いた。淀み無き、まさに神速の連撃が巨獣の足を深々と斬りつける。忌々しげな声が聞こえた。 生き残った蛮族が、笑う。嗚呼それは負けられない。戦わなくては。抗わなくては。 奮い立ったのだろう、武器が振り回されるのが見えた。鷲祐は満足げに笑って、ナイフを構え直す。 好機は見えない。けれど、戦い続けるしかなかった。 ● 滴る血が視界を紅く染める。張り付く髪を無造作に払って、フラウは巨獣へと取り付いていた。 しかし、それは上手く行くばかりではなかった。怒り狂う其れの闇雲な動きで、何度も叩き落された。 それでも諦めず、何度でもしがみ付き、離さない。そんなフラウの行いは被害を減少させたものの、代償もまた大きく。 その運命はすでに、一度燃え立っていた。それでも、離さない。諦めない。下を見れば、奮戦しながらも押される蛮族の姿。 手を貸そう、とは思わなかった。貸せる余裕があるなし以前に、あれは彼らがやるべき仕事だと、思っていた。 戦士としての誇りを、矜持を、共に分かち合った彼らだからこそ。狂ってしまった『同胞』を弔うのは、彼らであるべきだ。 この戦況で、それはもう叶わないのかもしれない。でも、難しいなんて言わせない。出来ないとも言わせない。 「……応えて魅せろ、"戦友"!」 張り上げた声。それは確かに、地上で戦う仲間まで届いたのだろう。 咆哮が上がった。満身創痍の蛮族の一人が、その剣を振るう。変異体の首が飛んで、力を失ったのが見えた。 けれど、その蛮族もまた、力を失い倒れ伏す。命がけの一撃だったのだろう。その命を文字通り賭した彼は、その姿を異形へと変えない。 それはきっと意志と誇りの強さ。強固なそれが、彼の死と尊厳を守ったのだろう。最高だ、と笑った。 「戦士の誇り、確かに魅せて貰った。……負けてらんないっすね」 目にも留まらぬ神速の一撃。速力全てを力に変えたそれが、唯一皮膚の脆いであろう首筋へと突き立てられる。膝が崩れたのを感じた。 大きく怯むそれに、加えられる攻撃。けれど、巨獣も黙っていなかった。 咆哮と共に、滅茶苦茶に暴れまわる。伏した死体が、ぐちゃぐちゃに踏み砕かれるのが見えて。次の瞬間、フラウの身体は宙を舞っていた。 叩き付けられる。意識が途切れていく。 リベリスタの猛攻は届いていた。確かに、巨獣を追い詰めていた。けれど、あと一歩が足りない。届かない。 半数が既に戦闘を行えず、その身を地に伏せていた。そして、立っている面々も、麻衣と鷲祐以外は己を愛する運命を燃やしてしまっている。 これ以上は無理だ、と理性が訴えていた。鷲祐の手の中で、ナイフが軋む。此処で引くのか。引かなくては、ならないのか。 目の前で、紅の身体が血に濡れていく。命が散っていく。狂気に食い尽くされていく。 「……撤退するぞ」 押し殺した、声だった。鷲祐の言葉に、悔しげに首を振る者が居た。即座に仲間を抱え上げる者がいた。 獲物を食い尽くした変異体が、怒れる巨獣が此方を見ている。 この先があるのだ。まだ、食われてやる訳にはいかなかった。麻衣の最後の聖神の息吹が、仲間を癒す。ここからは決死の撤退戦。 駆け出した。悔しさが、やりきれなさが胸を満たす。けれど、今は下がるより他ない。 追い縋る敵を迎撃する。仲間の為、殿を務める鷲祐の背を、変異体の刃が切り裂く。意識を失いそうになって、それでも運命を燃やしてでも、走るのを止めなかった。 戦場が、遠ざかっていく。 世界を救う戦いはまだ終わらない。勝敗に関わらず、狂った世界の母は延々と狂気を吐き続ける。 禍々しく染まった空を見た。枯れ果てた水源を、そして、狂い腐った世界樹を見た。 向かわねば、ならない。敗北の悔しさを噛み締めて。リベリスタは只管に、決戦の地へと駆け抜けていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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