● 空が罅割れていた。その隙間からじっと見据えるモノがあった。それを見たのはもう数日も前になる。千切れそうな糸を懸命に結び合わせていただけのちぐはぐな世界は徐々に崩壊を迎えていた。 仰ぎ見る世界樹の姿がその崩壊を物語る。 奇怪な空の色も、干上がった水源も、罅割れた大地も――其処に存在している生物も狂っていく。壊れていく。それは明確だった。一度は戦士だと誇りを交し合った赤き蛮族らの理性をも蝕み彼らを『化け物』へと変えていく。 この世界はもはや『完全』ではなかった。二つの不完全は無形の巨人を仰ぎ見た時から世界の造物主であり世界そのものである世界樹は暴走を始めてた。争いと憤怒の種であるバイデンと違いフュリエは未だその姿を保持していた。それが何時までその姿で在るかなど、誰も解らない。近いうちには、明日には壊れてしまうかもしれない。そんな危機が種を苛めていた。 ――このような危機に常に手を差し伸べてきた『箱舟』は可能性を一つ掴む。 『忘却の石』の可能性。世界樹とリンクすることのできるフュリエの長・シェルンと石の能力を合わせ、『R-typeの残滓』のみを消失できるのでは――それは推論であり、絶対ではない。このまま崩壊を見つめている事も、別のチャンネルだと見捨てることだってできた。ただ、手を差し伸べる。それが箱舟であった。彼らが13年前に得た無形の巨人への強い感情。其れが、どのような形を得て、言葉で当て嵌められるかなど関係はない。その提案を苦渋の決断で受け入れたフュリエ達とともに彼らは一つの場所を目指す。 ――『世界樹エクスィス』 罅割れた大地も、澱みきった空の色も、干上がった水源も、安穏を与えることはない。其処にあるのは危険のみだった。その歩みが向かう先、見上げた空にのぞいた『世界史上最大の敵』にその性質故、滅亡を目の前にしても手を伸ばそうとする赤い蛮族らの姿がそこにはあった。 ● ぐらぐらと、大地が揺れている気がした。ぐらぐら、ぐらぐら。まるで煮だった鍋の様にも思えた。大地が鼓動を刻む様に。生を象徴するように揺れている様な、そんな気にもなる。ずる、ずると何かを引き摺る音がする。踏みしめた場所が異様に窪んで見せた事に足を引いた。 ――ぱくり、大地が口を開く。大きな口を開いて全てを咀嚼しようとする澱んだ瞳をした『ナニか』。土竜の様な体躯はドロドロに溶け上がり、其の体に周囲に存在したであろう巨獣やバイデンらを取り込んでいる。その姿はもはや化け物だ。可愛らしさの欠片などなかった。 その穴を、ボトムの言葉で言い表すなら『まるで蟻地獄』であった。 「世界樹に如何しても行かなくちゃならないんだ……」 「シェルン様が、きっと、どうにかしてくださる」 リベリスタの言葉にフュリエは小さく呟いた。彼らの目前に広がる蟻地獄。ぐわりと伸びあがる触手が餌を探す様に探る様に大きく空に向かって伸ばされる。グロテスクな光景であった、伸ばされた腕からぼとぼとと落ちる肉片。その穴から這い出す様に出てくるのは半身が爛れ他の生物を取りこんだ『餌』であった成れの果て――バイデンの変異体。ぼとぼとと肉片を撒き散らしながら彼らはリベリスタ達を目掛け武器を振り上げた。 そう、此れが成れの果てだ。此れが、この世界の『異変』なのだ。変異した生物たちを目にして雄叫びをあげる滅亡を前にした赤い蛮族。 「世界樹エクスィス……」 眼前に迫る大きな『世界其の物』の呼応が聞こえる気がする。 足元が掬われそうになる、中心で醜い触手を伸ばしながら嬉しそうに口を開いた『イキモノ』は未だ他の餌を狙う様にゆっくりとその口を開いていく。 戦わねば、捕食されるしかない武器を構えたフュリエがリベリスタに声をかけた。穴を挟んだ向こう側、笑みを浮かべる紅き蛮族の姿。三つ巴ではない、それ以上。乱戦となる事が予測される戦場。唯、其処で立ち止まる訳には行かなかった。 「――行こう」 危機は直ぐそこに迫っていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月08日(月)23:11 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 完全と不完全が交差する。『下』から来たリベリスタ達が目にしたのは崩落する世界。奇怪な空の色を映すには『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)の瞳は向かなかった。 澄み切った聖女の瞳が見据える『傷ついた世界』。嗚呼、なんて傷だらけなのか。奇怪な空、干上がった水源、罅割れた大地、自我をも飲み込まれて行く生物。傷だらけになって、ちぐはぐに継ぎ接ぎだらけの世界。 「空に目が、現れたの」 ルージュを引いた様に赤い唇が、紡ぐ。その唇よりより赤い瞳を伏せて『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)は数日前に目にした巨大な眼球を想い浮かべる。 空に亀裂が入った。その隙間から『偶然』にも覗いた無形の巨人の瞳。まるで空に浮かぶ様なその目は多くの物を攫って行った。この世界の安穏を、平和を、『完全』を――そして、辛うじて保たれていた均衡を。辛うじて保っていた均衡は、一気に崩壊した。次第に水嵩を増していく中で、支えきれなくなったダムはいとも容易く崩壊する。漏れ出る水も何れかはその全てを勢い良く放出し、世界を呑み込んでしまうのだろう。 「世界は確かに終りを迎えようとしているのでしょうね……」 魔力杖を握りしめた『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)の目は寂しげに伏せられる。崩壊を迎えようとしているのだ。其れは、誰が見たって解る。この空の色も、この大地も、この世界を構成する全てが死んでいく。世界を構成する細胞が死んでいく。アポトーシス――多細胞生物の体を構成する細胞の死に方の一種だ。細胞の自殺とも言える其れはまるで木からこぼれ落ちる枯れ葉の様にも思えた。外傷として与えられた劣悪な環境によって引き起こされるネクローシス、果たしてどちらがこの世界に似合う言葉なのか。 戦場を奏でる少女の鮮やかな金色の瞳が見据えるのはそのどちらでもない。世界の死など、望まない。 「私は、抗うの」 抗って、抗って、死に物狂いで何かを掴む。手を伸ばして、必死になって、涙がその頬に伝ったって、間違いなくつかみたい物がある。其れが何か、なんて言わなくたって、聞かなくたって分かっていた。 掴み取りたいのだ。明日を、希望を、未来を。明るく照らされたその先を。 「だから、始めましょう」 真っ直ぐに湛えたその眸は、希望を映す。抗うその手は自分たちの戦いを始める事を決めていた。 「なあ、ルリィーア。俺はプリンスバイデンに敗北した。その借りは、返さなきゃならない」 じゃり、と砂を踏みしめる。明るく透き通った宝石の様な瞳をした少女は『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)へとちらりと視線を送った。 ルリィーア。深い海の如きコバルトの瞳が湛える色は不安。竜一の呼び掛けに応えたフュリエの少女は桃色の唇をゆっくりと動かした。 「でも、プリンスバイデンは死んだとお前らの仲間が」 「ああ、そうだな。だから――俺が打倒したいバイデンはこんな変異体じゃねぇんだ」 握りしめたブロードソード。彼の右腕で揺れる布にルリィーアは嗚呼、彼は戦士なのだろうか、と一人思う。実際の所は幾星霜ノ星辰ヲ越エシ輝キヲ以ッシテ原初ノ混沌ヲ内に封ジ留メシ骸布と言う何とも形容し難い名のついた脳内設定が多大につけられた布で有り、断じて彼が過ごした戦闘の中で、得た古傷を隠す物等では決してない。 「だから、だから――戦士ならば、戦士らしく、戦死しろ!」 ぶふ、と一人で噴き出したのを見てフュリエの少女は首を傾げた。嗚呼、なんだろう、リベリスタは愉快だ。この世界において完全な生物であり、不完全な生物である彼女らには竜一の渾身のギャグも伝わらなかったのだろうか、只、笑みを見せた彼に安心する様に戦場になれない少女は笑う。 「ま、『そういうの』は俺らしくないので、フュリエたん達の為に戦うよ」 彼の手首でJe t'aime a la folieが揺れる。銀細工に赤スグリをあしらった其れは彼を狂おしいほどに愛する者の加護を与えている様にも思えた。竜一の黒い瞳が常の悪戯っ子の様に細められる。 「ルリィーアたんたちを身体を張って守る! それが俺のジャスティス!」 「……全く」 肩を竦める『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)の瞳はその名の通り、冷たく褪めている。薄氷の瞳が射るのはフュリエの少女達だ。箱庭を騙る檻を差して、影を被った彼女の表情は暗く見える。 「ねえ、『シェルンなら如何にかしてくれる』――?」 フュリエの少女が口にした言葉を氷璃は囁く様に言う。フェータリスト――運命論者たる彼女はその運命に従順に従う事を是とはしない。運命に抗い、求めることこそが『無慈悲』で『残酷』な運命が人に科す試練なのだ。届かぬ果てを懸命に求めることこそが運命を愛すること、抗わず、只、じっと前を見るフュリエなど―― 「この期に及んでまだ彼女に甘え続ける心算?」 ぐ、と言葉を呑み込んだ。『勇気』を得たフュリエの少女達は、其れでもまだ踏み出せずにいた。リベリスタ達と同じステージへ。血や涙で塗れた汚らしくも素晴らしい『運命』の舞台へと。 「シェルンだって気丈に振舞っていても貴女達と同じフュリエよ。心を押し殺しているの」 「シェルン様、が?」 震える声で氷璃へと問う。其れでも長である彼女は『完全』であったから、信じて来れたというのに。下界の住民はそうではないというのだ。このままでは世界樹『エクスィス』のコアに触れる事で負の感情に飲まれてしまう、と。 「でも、今の貴女達なら彼女を励ます事も、不安に押し潰されそうな彼女を支えることだって出来る」 温厚な長耳の種が得たのは『勇気』。 得るだけではない、得た武器は振るわねば、何の役にも立たない、只の玩具だ。 「貴女達が勇気を振り絞れば、世界だって救えるわ」 そうじゃなくて、と蒼銀の髪を靡かせて、逆十字を飾るゴシックロリータのドレスを揺らす。 ――運命は、抗うからこそ幸福へと変わる。 俯くルリィーアの肩を『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)がぽん、と叩く。この世界の住民たる『フュリエ』――リリの云う所の『良き隣人』の一人であるルリィーアを始めとした五人のフュリエ。喜平の掌を肩に感じてルリィーアは顔をあげる。 「他人様の家の事情に勢いで首を突っ込んだ感じだが……」 「すまない……」 唇をかみしめた少女の肩から手を離し、打撃系散弾銃「SUICIDAL/echo」を構える。但し意味での武器。散弾銃『らしきもの』を構えて、喜平は真っ直ぐに前を見据えた。 「折角だ。最期までお邪魔させて頂くとしよう」 ● ぐちゅり、耳障りな音が『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)の鼓膜を擽った。幾度か足を踏み入れたことのある『完全世界』ラ・ル・カーナの面影を残さぬこの場所に鮮やかな青の瞳を彷徨わす。 嗚呼、あの美しかった世界は何処に失われたのか―― そんな物、醜く変形した世界樹を前にして言葉にする事はしなかった、生と死の狭間。これは世界の生死をかけた戦いなのだ。常と同じ、清潔に保たれる手術用手袋で包まれた指先を構える。その掌が掴むのは患者の生。 為す事は只一つ、この世界の息を吹き返させること。 「変異体と戦う他ありません。解っています、戦いからは何も生まれない事も、戦わなければ何も守れない事も」 痛いほど、解っている。歴戦の記憶と、勇気がその胸に刻まれているから。仲間達へと与えた小さき翼。白衣を揺らめかせ、赤い唇は紡ぐ。 「全力で、参ります」 背に得た翼で身軽になった『銀の盾』ユーニア・ヘイスティングズ(BNE003499)の瞳に映るのは気色の悪い元は土竜の様な生物だ。まるで蟻地獄。足を掴まれてはその侭引き摺りこまれるだろう。 ずらした視線の先に居る、一度はその棘を突き刺した相手。憤怒に飲まれながらも『寛容』を手に入れた赤き蛮勇『隔夜の剣』エートス。そして、凶器に飲まれ、その肉体から欠片を零しながらもふら付く足取りで只、敵を見据えて嗤う『弔いの斧』シェヘラザード――だったモノ。 「変異した奴としてない奴の違いって、何だろうな?」 一度戦った時、共に戦場を駆けていたエートスとシェヘラザードの姿がユーニアの記憶の中ではまだ新しい。理不尽だった。戦友を理不尽に奪われたのだろう。 「……よくわかんねーな、俺、ガキだし」 生家は名門であるユーニア。『箱舟』の中では運命に愛されないまま逃げ惑ったリベリスタもいる。突然その身に起こる異変はボトムと同じ様なものに思えた。氷璃の云う『無慈悲で残酷』な運命はユーニアたちの世界でも理不尽だ。 ボトム・チャンネルで起こる神秘の因子をその身に宿す現象。その時に『無慈悲で残酷』な運命が気まぐれで愛さなかったら――? ただ、倒すしかない。ユーニアだって、何度か倒してきた。あの時倒したのは少女だっただろうか? 記憶を辿るのをやめて、吐き捨てる。 「……俺らの世界と、一緒だな」 常に世界は理不尽だ。運命は無慈悲だ。その中でも、変わらず生きなければならないなんて何て残酷なのだろう。 「後ろは、お任せします」 魔力杖を握りしめて『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)は前衛へと駆ける。常なれば最後列で癒しを行う彼だが、本職(いしゃ)の凛子に回復を任せ、杖を握りしめ変異体バイデンの目の前に立つ。動力を纏った剣が周囲に浮遊する。展開される人の中央で京一は真っ直ぐにバイデンを見つめた。 脳裏に浮かぶのは自身の愛しい子供姿。平穏無事にこの作戦を終わらせたい。その決意は固い。 「任務開始、戦場を奏でましょう」 常の言葉を口にしたミリィの胸元で揺れるのは致死量の愛。品種は恋心。あるアザーバイドが生み出した薔薇は彼女の世界を愛する心に感化される様にその花弁を揺らした。 とん、と地面を踏みしめて杖を握りしめる。小さな少女の体へと影を落とすバイデンの目の前に怯むことなく彼女は指揮官として攻撃の効率動作を仲間達と共有する。全てに伝える、フュリエにもバイデンにも。 「私たちの戦いを、意地をッ! 見せて、魅せましょう?」 何時か予見者が彼女に伝えた言葉。運命に愛された、その寵愛を得たリベリスタは力を振るう。誇りを其処に抱いて。ミリィの動作を確認したリオン・リーベン(BNE003779)は防御の効率動作を仲間と共有する。 背後から望む景色はグロテスクだ。唇を噛み締める。――変異体というのはこれ程のものか、と。 「あ、あの」 おずおずと彼へと指示を仰ぐフュリエも居たが、リオンとミリィの間で指示の統一がとれてはいない。やや、陣形が崩れかける友軍たるフュリエに視線を送りながらもユーニアはじっと目を凝らす。その目が射るのは触手を持って蠢く土竜獄。 ぐわ、と伸ばされる触手はバイデンへと絡み付き、その巨体を引き摺りこもうとしている。 ――ひゅ。 小さな翼を揺らし、地面をけり上げて打撃系散弾銃「SUICIDAL/echo」は討つ。多角的な強襲攻撃は触手を分断する。 「大丈夫か」 「……あ、ああ」 何故助けたとバイデンの瞳は喜平を射る。幾度となく戦い、刃を向けたリベリスタとバイデン。バイデンがこの場でリベリスタにその切っ先を向けぬ理由は『リベリスタよりも強き者』――世界樹という相手が居るからだ。単純にして明快な理由のあるバイデン達と比べ、組織として作戦はまとまりがあるが、個々の性質の強いリベリスタは明確な理由を示さない。 「まあ、世界に喧嘩を吹っ掛ける機会なんて、滅多にないよね」 未だ、世界には手が届いてない、その世界の片隅。眺めているだけでは勿体ない。喜平とバイデンを避ける様に舞う蝶々――投擲されるダガーが変異体達を切り裂く。視線を揺れ動かす。 嗚呼、何て事だろうか。 戦いに対する誇りが、強さに対する渇望が、歪められて狂乱と化す。 「私は、認めないわ」 その姿が、在り方が憤怒と有り余る戦への欲求を暴飲し生み出された赤き蛮勇達の行く末になるなんて、侮辱でしかない。蝶々が舞い踊る。波打つ白髪を揺らし、蝶々の瞳は歪められた。 「それに、つぶらな瞳の土竜まで醜くすることないじゃない」 「その通りッ! チンタラ戦いやがって!」 走り込み、雷切(偽)を竜一は振るう。その目が湛えたのは余裕。剣を交えるバイデンと変異体の元へと一気に踏み込み、一閃する。 巨体であるシェヘラザードの腰にぐちゅり、と気色悪い感覚を与えながら刃が入る。飛び散る肉片が竜一の頬に、肩に当たり汚す。だが、彼は止まらない。 「こいつらはお前らの仲間だったんだろ? バイデンってのは、自分のケツも拭けねえってか!」 エートスの瞳が見開かれる。地を這う様な声で「なんだと」と彼は問うた。その問いは純粋な質問ではない、もう一度言葉を口にしろと言う確認。ルリィーアの瞳が歪められる。 「じゃあよぉ、あげた首級の数でも競おうじゃん!」 嗤う、竜一に似合わぬなれない挑発はバイデンの闘争本能を刺激するには容易い。焚きつけるのは構わない、但し『あげた首級』にリベリスタを含まないかどうかは別として――。 「エートスとやら。提案する、この場は我々の作戦指示に入らないか」 利点をあげる。取引において必要となるのはリスクとリターン。メリットは彼らの作戦補助を得れることを挙げた。リオンがあげるデメリットは心情的なものだ、とあくまで選択権を相手に与えている。 ――だが、分かっている、断る事を。前提的に『断ること』を想定した言葉にはバイデンであったとしても受け入れ難くもある。 この場におけるリベリスタとフュリエは友軍と言っても良い。協力体制が『ラ・ル・カーナ』に突入した時点で敷かれていた様なものだからだ。但し、バイデンとは『倒す対象が同じだけ』と言う事だ。その目が、戦闘の対象をリベリスタに映した事に超直観を持つユーニアは直ぐに気付く。 「なあ、もっと強い敵と戦いたいんだよな? 俺達と目的は同じだ。なら、あんた達は俺達を利用すればいい」 襲い来る赤き戦士の攻撃を彼は棘で受け流しながら云う。利用しろ、と。 「利用しろ? 可笑しいな、フュリエに味方し我等の仲間を殺してきた貴様らを」 「一時休戦しよう。急がなきゃ『イザーク』達に世界樹を喰われちまうぜ?」 その言葉にエートスは叫ぶ。ユーニアの言葉は確かに彼に届いたのだろうか。 ――なれば、この場は醜い友人を倒す事にしよう、と。 討ち続けるは氷の矢。嘗ては他者の技であった其れを氷璃は耐えず与え続けた。蠢きながらもその触手を伸ばさない土竜獄に攻撃は確かに聞いているのだろう。凍てつく其れは滅びを忘れた銀瑠璃の星々に彩られた永遠に続く夜の帳が紡ぎ出す。 無能な創造主(せかいじゅ)によって崩れ去る世界から持ち主を庇う様に、凄然と輝き続けるその星の凍てつきが土竜を苦しめた。 「生き残りなさい」 紡ぐ、箱庭(せかい)を壊す強き者の世界を見据えながら。 「一瞥で世界を狂わせたあの瞳は何れかは訪れる。アレこそが最強よ」 この世界の創造主よりも強く、創造主を狂わせる無形の巨人を想う。一睨みで世界を竦みあげさせる無形の巨人。其れと刃を交えるなんて―― 「ちょっとした、浪漫だわ」 祈りを捧げるシスターは「十戒」からその祈りを撃ちだした。その弾丸は尽きる事はない、信仰の結果、祈りの数だけ討ち出される弾丸は彼女の想いを得て蒼く軌跡を描く。 バイデン達に視線を送る。 「さあ、お祈りを始めましょう」 彼女の両の手に握られし「十戒」と 「Dies irae」――教義と、その胸に抱かれし信仰。願わくば全てに救いを。研ぎ澄ます、コマ送りの視界で、更に全てを撃ち抜かんとする。 「全て攻め滅ぼさんッ!」 蒼い軌跡を抱き、より熱くその色さえも青く染めて燃え上る業火が彼女の祈りと共により深く焼き尽くす。 ● 一度、戦場を共にしたシェヘラザードの姿に心が痛む。同時に、その彼と共に駆けたエートスの姿に情けを掛けそうになる事をリオンは制した。 前衛を抜けて駆けてくる変異体をその盾で止める。受け止めた攻撃にそのかんばせが歪んだ。苦しげに細められた色違いの瞳。両の腕で突っ撥ねる。 「悪いが通すわけにはいかない」 彼の背後では高位の存在へと耐えず語りかける凛子の姿がある。回復の要たる彼女を支える事が指揮官の役割でもあった。 避けきれぬ攻撃に少女の晒された肌が傷つく。肩口に深く切り込まれた刃。ぐり、と鎖骨を抉らんばかりに深々と突き刺さる切っ先に泣き出しそうな程に歪めた瞳でぎっと睨みつける。 「世界は何時だって、最期まで足掻き続けた者の味方ですッ!」 その胸に宿した希望の灯火は色褪せない。ただ、凛然と輝き続ける。戦場で意地を見せて魅せながらも、彼女は舞う様に攻撃を避ける。其れでも、避けきれぬ刃が彼女を抉る。前線に立つ指揮官は声を張り上げた。 「他に強き存在は居るでしょう? それでも、彼らの誇りを守るべきは、貴方達ではありませんかッ!」 その声は呼び寄せる、変異体達がミリィへと襲いかかる。神秘の閃光が全てを焼き払う。嗚呼、傷つけられたって、運命を削って抗う、奇跡を掴みとる為に。叫ぶ。 「ルリィーアさん! お願いしますっ!」 「――ミリィ!」 指揮官は叫ぶ、戦場慣れせず、簡単なことでも傷を負うフュリエの少女達へと。庇い手のない彼女らは次々に脱落してしまっている。其れでも、少女は一人で指揮を送った。 指揮官の声に応える様にバイデンへと与えられる攻撃。其れが掠り傷程度になっても彼女達には上出来だった。 全身の力込めて、叩きつける。其れでも抑えきれぬ巨体に竜一の体は他の者の血でびっしょりだった。自分の血なのか、他人の血なのか分からない。襲いかかるシェヘラザードの攻撃を全力で耐えきる。 切り裂き、咲き誇る鮮血。シェヘラザードの攻撃に切り裂かれた腕を、足を引き摺りながら、流れる血も気にせずに刀を振るう。左手の薬指でVœux perpétuelsがきらりと光る。負けないし、死なない。決まっている。 ――死が二人を別つまでか、竜一が『私』を見限るまで共に。 黒髪を揺らして、小さな恋人が其処で笑った気がする。見限るわけなんてない。唇で紡ぐ五文字。 シェヘラザードの体が、揺らぐ。同時に竜一も膝をついた。一人で抑え切るなんて分が悪いことは解っていた。仰ぎ見る。フュリエ達の数は確かに減ってはいるが凛子の癒しによって運命を燃やしながらもリベリスタ達は立っていた。 「信条と言う情熱を持って私は戦場を支えます」 彼女の頬を切り裂くのは木の葉。起き上った土竜獄が遠距離に放ちだした攻撃だ。だが、其れを全て喰らう前にリオンが彼女を庇う。要たる医師をここで失う訳にはいかないと。 信じている、数で負けて居ようが、精鋭だと。未来を勝ちとらねばならないと。 バイデンらの想いも交錯するのだろう。リベリスタらに刃を向けかけた彼らを鼓舞するようにミリィは祈る。 「ねえ、随分勝手なこと言ったわよね、私たち」 ごめんなさいね、と糾華は紡ぐ。蝶々をその周囲に舞わせて、彼女が放つ。蝶の翅の如く見える弾丸を――刃は深く切り裂く。強く、強く、抉る。 「でも、癪なのよ。貴方達が、闘争に酔い、強さと誇りとする貴方達が、いとも簡単に狂わされるだなんて赦せない」 彼女の体に叩きつけられる刃が、真白い髪を汚していく。へばり付く血に目を細める。ふわりと揺れるワンピースの裾を払う。砂に塗れ、血に汚れるだなんてその純白の蝶には似合わない。 「怒りから生まれたならば、護るべき誇りを踏み躙る者に怒りなさいッ!」 未だ、其処に存在する変異体たちへと彼女は耐えず打ち込んだ。蝶を追う様に蒼い軌跡が重なる。 「誇り高き戦士たちよッ! どうか目の前の敵を滅する前に飲まれる事のありませんよう」 リリの言葉にエートスがその目を向ける。浄化の炎が不浄たる変異体達を蝕みながら彼女は本心を告げた。唯、其れに何も応えない。「原罪」が彼女の動きと共に揺れる。 放たれる衝撃波に、喜平の運命が、京一の運命が削り取られる。癒しを謳う凛子でさえもその対象に入っていた。リオンが両手を広げる。 この戦場におけるもう一人の司令官はただ、護ることに必死だった。指示を一人で行いながらも聖なる光で周囲を焼き払うミリィにもはや余裕はなかった。ばら付きを感じながらも、シェヘラザードを一人で抑える竜一にも余力がない。 ユーニアが棘を振るう。赤く染まる武器を何度も何度も付き立てる。触手が彼の体を絡め取るたびに、其れを防ぐ。目線はバイデンに贈られる。共同戦線と言う訳ではない、只、攻撃する目標が一緒だというだけ。 共生とか、共闘とか、優しい事は言わないし考えない。喜平は跳ね上がる、戦いが自分らしく、バイデンらしくあれば其れで良い。 「突き進んでくれ――!」 その想いの果てへ、歪みのなく滾る憤怒が、終局を砕く一端になればいい。そう叫ぶ、けれど、その身を襲う攻撃からは逃れられない。全てを避けながらも喜平は光を纏った攻撃で土竜獄へと打ち入れた。引き摺りこまれそうになるのをかろうじで避ける。 ――ただ、引き摺り捕食する事だけがコレではない。背筋を撃ちつける触手が背骨を折らんとする。息を吸い込む、咳き込んだ其の侭に地面に伏せる。 背を狙った攻撃を避けて、転がるように彼は打撃系散弾銃「SUICIDAL/echo」を構える。 「ッ、決戦の大舞台に乗り込んでやるしかないだろ!」 澱みなく切り裂く、その芸術的な一撃が変異体を傷つける。リリが目を細め、ユーニアが目を見開く。二人は同時に何かを感じた。背筋を伝う嫌な汗。 「取り込まれんなよ? あんたらの強さはあんたらに嫌ってほど思い知らされている」 その取り込まれるな、がどちらの事なのか――両方だ。異変はゆっくりと近づく。 「ッ、お、おい!?」 ユーニアが慌てた様に声をあげる。氷璃の放つ矢でその動きを止めた土竜獄から視線を逸らす。彼の超直観は気付いたのだ。 ――崩落の時を。 ● 嗚呼、誇り高くも鮮烈なる蛮勇を誇ったバイデン達が狂っていく。 痛ましげに赤い瞳が細められた。嗚呼、此処までか――。 「ねえ、貴方――」 糾華の瞳がエートスへと向けられる。習慣や特性を意味する古代ギリシア語のその名前。その『いつも』すら失われてしまうと言うなれば、名が表していた存在意義すらも消え失せるだろう。予期していた、時間の経過と共に友軍として存在しているバイデンすらも狂気に飲まれてしまう事を。 「ッ、本当に理不尽なのは、俺らの世界と一緒だな……」 ユーニアの手がペインキングの棘を握りしめる。拳が、震える。シェヘラザードは勿論、エートスにだって借りがあった。其れを返しに来たというのに、世界が喰ってしまったのだ、その存在を。怒りが新緑を模す瞳に滲む。唇を噛む。その怒りが向く先はエートスでもシェヘラザードでもない、膨大な驚異――世界樹だ。 先に発言した時よりも、より深く、その想いを湛えて、地を這う様な声を漏らした。 「殺す……」 荒れた荒野を踏みしめる、背に得た翼を羽ばたかせ、一気に踏み込んだその先、存在するエートスへと棘を突き刺した。赤く染まったソレは血を啜る。彼の闇を恐れることなく立ち向かってきた戦士の姿が、脳裏に甦る。胸に浮かぶのは虚無。失ったのだ、彼らとの戦いの時間を、決着をつけることなく。 口癖となった『殺す』の言葉さえもその咽喉からは出なかった。解らない、誇りも、戦も、何もかも。戦場に咲かせた血色の花の色が五感全てで思い出されて、悔しさが滲みだす。解らないのだ、だって、『ガキ』だから。 それでも『ガキ』であれど、彼は一つだけ解るものがあった。借りものの棘を振るう。赤く染まった手に馴染む武器。踏み込んだ其の侭に真っ直ぐにエートスへと飛び込む。 「バイデンは恐れるものなんてないよな? ひょっとして、臆病者のフュリエかよ」 何時しか言った言葉を、口にした。その言葉が、届かない事など、分かっているけれど――それでも、少しでも届くなら。黒き瘴気が包み込む。彼を鼓舞するように具現化する息吹。後衛に及ぼされる攻撃にも彼女は負ける事はない。 目の前が眩む。ユーニアは舌打ちを小さくした。嗚呼、悔しい。その視界がブレを生じる。 「ッ、くそ……」 眼帯が吹き飛ばされる。歯車の柄をしたネクタイが揺れた。機械化した右目がじっと見据える。撃ちだしたゼロ距離射撃がバイデンらを抉る。だが、其れも長くは持たない。 前線で土竜獄の相手をしていた喜平はより多くの『元は共に戦ったモノ』達に囲まれてしまったのだ。 「トンデモない展開になってきたもんだ」 やれるからやる。それだけだった、けれど、これ以上は―― 庇い手は倒れてしまった、変異していく赤き戦士達に傷つきながらも、彼女は癒しを奏でた。此処で負けるわけにはいかない。少しでも長く、この戦線の維持を尽くさねば。 「私の我儘は――ッ」 運命を捻じ曲げる事には叶わない。届かない思いの果てへ、手を伸ばしても、運命は知らぬ顔をして笑っている。 「戦いは、これからなんです……!」 氷璃の真白い手首からこぼれ落ちる血が、鎖となる。全ての動きを阻害せんとばかりに振りまいていく。 彼女の手も届かなかった。一人では、庇いきれない。フュリエもバイデンも、どうしようもない無力感が、無慈悲な運命が、彼女の胸を穿つ。目を見開く。狂化した彼らが笑みを浮かべる。 「ッ、まだ終わらないわ」 いつか、終りが来るなら、せめて最期は安らかであればいい。 けれど、まだ終りではないから。くてん、と身体が落ちる。 「氷璃さん……ッ!」 数では、此方が負けている。けれど、凛子は言ったのだ、精鋭ばかりだと。 崩れた指揮、一人では支えきれなかった回復、狂って落ちて行くバイデン達への対応も万全ではなかったのだろうか――嗚呼、それでもギリギリのところまでは支えきれていた。 庇い手を失った凛子の目の前に襲い来るバイデン。魔力の矢を撃ちこみながらも、彼女の視界が霞む。嗚呼、あと少し、あと少し―― 変異していくバイデン達に竜一はその身全ての力を振り絞って打刀を振るった。渾身の力を込めたデッドオアアライブ。 死か生か。彼の渾身の一撃が与えるのは只、死のみ。 倒れたシェヘラザードを見て、笑みを浮かべる。 「ルリィーアたん!」 やったよ、と言わんばかりに竜一は振り向く。嬉しそうに笑った彼に傷を押さえながらもフュリエの少女は笑った。竜一の体がぐらりと揺れる。気を失った彼のその背の向こう、変異バイデンがその腕を振るう。 「貴方は確かに戦士でした、このような形で見える事になろうとは複雑で堪りません。 貴方達の矜持を全て私はこの胸に遺します。 この祈りの魔弾を以って――Amen!」 凝固した魔力が彼女の意志を乗せて、変異体を穿つ。 襲い来る変異体達にその身を削りながらも糾華は舞う。変異したエートスの胸に刻み込む死の刻印。誘う様に、黄泉へ連れて行くように何度も何度も刻み込む。 「私は、R-typeと呼ばれる物を知らない。でも、私はこの世界にへばりつき歪みを生み出すあの存在を否定している」 貴方だってそうでしょう、と紡ぐ。 その声が届かないと、知っていても。紡ぎ、紡いで手を伸ばす。常夜蝶が刻み込む悲しみがその胸に何かを伝えるのか――一握りの矜持を。 ぐらり、エートスの体が揺れた。其の体が、随分と弱ってはいたが未だ暴食を望む土竜獄へと自ら飛び込む。 リリが手を伸ばす。声が、でない。 「ッ――!」 だめ、と叫んだのだろうか、その咽喉が裂けてしまいそうになるまでに、その声が枯れてしまいそうになるまでに。 脳裏に浮かんだ愛しい人の顔を想いだしながら彼女が手を伸ばす。 もはや誇り(じが)を失った変異体の体を掬い、救いあげることなんてできないのに。ぽっかりと心に穴が開いた気持ちになる。あの時、この銃が蒼い軌跡を残して打ち抜いたのは確かに『誇り』を持った戦士だったのに。 『お祈り』を口にしてはいない。目を見開く、は、と息を呑み込んだ。 吐き出す言葉はない。 「リリさんッ!」 ミリィが彼女の掌を握りしめる。小さな少女の手であるというのに重い鎖の様に感じた。 司令官たる彼女から『これ以上は、駄目』――そう、伝えられた気がした。 落ちる身体が勢い失いつつあった土竜獄へと呑み込まれて、短く咀嚼する音がする。咀嚼する音が響くうちに、その片翅を失い地に伏せる蝶々の様に膝をついていた糾華がふらりと立ちあがる。 「今のうちよ――」 ぐちゃり。 咀嚼する音が、やけに鼓膜につく。 最期に放った蒼き軌跡は獲物に夢中になる土竜獄に呑み込まれていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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