●少年忌憚 母を殺してしまう。 あの日から少しずつおかしくなっていった。 やがて狂気が僕を包み、僕はいつしか闇となった。 はじまりは、母が自分の手首を切ったことだった。 早くして父と死に別れ女手一つで僕を育ててくれた強い母親……だと思っていた人物は、どうやら強い人物ではなく、どころか母親ですら無かった。 幼い僕をどこかから浚い、子供として育て続けていたと言う。 涙ながらにそう白状した母は、もう自分に堪えられないのだと喚いて自分の腕をカッターナイフで滅多刺しにしていた。刃が最小限にしか出ていなかった所を見るに、死ぬつもりはなかったのかもしれない。 無論母は死なず、代わりに睡眠薬を乱暴に飲むようになった。 ふわふわするのが良いのだと、母は弛緩した表情で言ったのをよく覚えている。 僕はまだ若かったが、母が既に狂っていることを悟った。 無数の南京錠で頑丈に閉じられたドアも、最近では異常なのだと気付いた。限界だったのだろう。 次第に母は死にたいと言うようになり、殺してくれに変わるまでそう長くはかからなかった。 日に日に衰弱する母を、僕は縄で縛って部屋の隅へ置いた。 いつ自死ぬか分からない人間を自由にしておくのは恐怖だった…………と言えば、人間らしいだろうか。 だが本当は違う。 僕はいつからか、闇になっていたのだ。 母を殺してしまう。 ●リベリスタのつとめ 「ノーフェイスを殺して」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は今回の依頼を説明するに当たり、まず一言そう述べた。 これが事の全てであり、リベリスタが担う役目の全てであった。 都内住宅街。アパートの一室にノーフェイスが住んでいた。 否、住んでいたという表現ではおかしい。 潜んでいる。 存在している。 生息している。 そのレベルである。 ノーフェイスは中学生程度の少年と見られ、それなりに進行が進み、部屋には蟲型のエリューションビーストが数体湧き出ている。 母親らしき人間は奥の部屋に拘束され、衰弱状態にあるという。 少年の武装は主にカッターナイフのみ。 Eビーストは20~30センチ程の蠅型、昆虫型、蚯蚓型が多数。 戦闘の必要あり。 そして少年たちへは……。 「やり方はあなたに任せるわ。お願いね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 9人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月04日(木)22:34 |
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■メイン参加者 9人■ | |||||
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●たかがそれだけのことで 『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)。 その思考と記録。 数々の依頼を手掛けた上で、彼女が思っていたことがある。 自分の選択は正しかったのかどうかだ。 わかるだろうか? 勿論、成功したか失敗したかの違いは分かっている。 予知された未来を破壊して新たに作った現実が、間違っていたとしたら。 だがこうも考えられはしないか。 そもそもにして。 正しい選択など、現実のどこにも存在していないのではないか。 「対に間違いもまた、存在しないのかもしれんが」 ゆっくりと回る電気メーター。 遠くに無く蟲の声。 ドアベルの音が5回目に至った所で、アーベル・B・クラッセン(BNE003878)はスイッチから指を下した。 完全に居留守を使われている。 体験してみないと知らないことだが、閉鎖的な住民というのはこういうものだ。壁の外で起こることに関心を示さない。 児童の虐待は社会の壁に隔絶されいつの間にか入れ替わった近隣住民に会釈以外のものを返さない。そして外界から訪れた人間を恐ろしく冷淡に拒絶するのだ。 今回の様に。 「ま、それもそうか……攫われた子供が普通に育てられてたなんて、近所付き合いがあれば気付かないわけないよね」 「その子供がノーフェイスになっていたことまでは気づかないだろうが。何、そこはヤマの仕事だ。殺ろう」 表札の無いドアの前。 『必要悪』ヤマ・ヤガ(BNE003943)はドアノブを見下ろした。 その様子を横目にひっそりとたたずむ『プリムヴェール』二階堂 櫻子(BNE000438)。 「酷く哀れな少年ですね。選ぶべき道はいくらでもあった筈ですのに」 「ああ、そうだねえ、たとえばぁ」 茜日 暁(BNE004041)が少し声高に口を挟んだ。 「即刻警察に駆け込んでお母さんが偽物だから捕まえろって言うとか?」 「……」 「本当の両親を探してもらって見たこともない人の家で『今日からこの家の子です』って言うとか! いいね、面倒くさそうじゃない?」 「けれど、それもすべて手遅れですわ。時間切れ」 「でも、でもさ」 手をぱたぱたと振る『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)。 「母ちゃんがやったことは確かに犯罪だし裁かれるべきだと思うけど、母親だったことは事実だろ? その少年の中じゃ、本当のことを知っても母親は母親なんじゃないか?」 「どうだかな。護りたいから傍にいる訳でもなさそうだ。本当に殺したくないなら自ら立ち去ればいいものを」 黒く濁った曇りガラスを見上げる『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)。 『ヤクザの用心棒』藤倉 隆明(BNE003933)がヤマの手元を見た。 「同情はするさ。だがノーフェイスだ。俺たちの仕事に関係あるのは『そこ』だけだろ。ヤマ、どうだ」 「届いた。下がれ」 パカンと間の抜けた音がして、ドアノブが手前に落下した。 向う側でも同じことが起きたのだろう。ドアには数センチの穴が開いた状態になっていた。ピンを捻じ込んで閂を引き抜く。 『足らずの』晦 烏(BNE002858)が煙草を咥えたまま、指で引っかけるようにドアを開けた。 「『祈り信じよ、さらば救われん』か。その結果が……コレだ」 窓から明かりのさしこむ、アパートの部屋。 薄暗く、黴と汚物の充満したぐねりとした臭いが鼻をついた。 テーブルがひとつ。椅子が二つ。 部屋の奥の壁に背を付けた少年が、カッターナイフを手にカタカタと震えていた。 ガザガザと耳障りな音をたて、蠅やゴキブリのエリューションビーストが実物に混じって沸き出してくる。 「難儀な話だ」 烏は紫煙を吐き出して、煙草を足元へ捨てた。 ●『可哀想』を理由にして 数十センチの蚯蚓がビニール袋とプラスチック容器の山をかき分け、櫻霞へと迫ってくる。 櫻霞は文字通り蟲を見る目で足元を見やると、片手で軽く払う動きをした。 「失せろ蟲風情が。邪魔だ」 彼を中心に湧き出した瘴気が蚯蚓をとらえ、ぐじゅりと組織破壊を起こす。 汚らしく泡を吹き出して壊死する蚯蚓を踏みつけ、櫻霞は顎を上げた。 「去るタイミングはあった筈だ。だが貴様はそれをしなかった。時間の流れるまま放置した結果がこれだ。さあ選べ少年だったものよ、母であったものをこのまま死なせるのか?」 少年はカッターナイフを両手で握り、斜め下の床だけを見つめて言った。 「……帰ってください」 「会話の余地がないようだな」 耳障りな音と共に飛来する蠅の化物。 櫻霞がそれに対応しようとした所で、烏のショットガンが炸裂した。 体液が飛び散り、細脚と羽が身体にかかる。 少年はその音に驚いてか身体を丸めて頭を覆った。 「か、帰ってください! 帰ってくださいいいいい!」 泣き声のように、少年は枯れた喉で叫ぶ。 「だめだ。帰らん」 烏は再び足元を這うゴキブリの化物に発砲。 死骸と共に床板がめくれ上がり、大量の蟲が蜘蛛の子を散らすように湧き出した。 シェリーは顔をしかめ、指先から紫電を放出させた。 「育ての親を殺す気はないようだな。だがおぬしはここで殺す。母親は生かしておくと約束し様。妾がしてやれるのはそれだけだ」 あふれ出る電流。部屋中を飛び回り、有象無象の区別なく蟲や少年を焼いていく。 電流の網を掻い潜った大蠅がシェリーの腕に組みつき、肉を食いちぎる。 「死にぞこないが」 「どいて」 アーベルがテラーテロールの眼光で蟲をぶちりと破裂させた。 足元を五十センチはあろうかという百足が這っていたが、それは踵で踏み潰した。 身体を反らして脛に齧りつく百足。アーベルは顔を引き攣らせ、脚に強い力を籠めて踏みにじる。 聞いたこともないような奇怪な声を上げて絶命する百足。 「脛の肉、千切られちゃったな」 「大丈夫、今なおして差し上げますね」 櫻子が杖の先端をゆるやかに撫で、聖神の息吹を呼び出した。 やわやわと傷が治って行く。 そんな彼らを背に、暁がずかずかと部屋を進んだ。 飛び付いてくる蠅が腕に食いつくが、逆にその背を食いちぎって吸血する。 「君、ここの家の子だよね」 まずいなあと言って蟲の体液を吐き捨てる。 「もう自分が普通じゃないって分かってるんでしょ? 僕らはその普通じゃない君と状況を終わらせに来たんだ。どういうことか分かるよね? すぐにとは言わないからさ、蟲から駆除させてくれる? その間大人しく――」 ぐじゅり、と脇腹に何かが刺さった。 刃を半分まで露出させたオルファカッターだと気付いたが、だからどうという反応はない。 ああ、カッターか。程度のものだ。 酷く痛くて血が流れるが、それだけだ。 「痛いんだけど」 「帰ってください」 「抜いてくれる?」 「帰ってください! 関係ないでしょ。急に人の家に入ってくるなんて、非常識しょう!」 「ねえ気になってたんだけど、母親のこと殺したいか殺したくないかで言ったらどっち?」 「帰れ!!」 強い力で突き飛ばされる暁。 よろめいて食器棚にぶつかり、中にあった皿やグラスががらがらと落ちてけたたましく鳴った。 「あーあ、割っちゃった」 「……」 食器の破片が床に散らばる。 ヤマが仮面を手に、ゆっくりとその上を歩いた。 ばりばりと、がりがりと、物の砕ける音がする。 「ヌシは殺す。抵抗しても構わぬ。いずれにせよ殺す」 短い指を複雑に動かし大量の気糸を発射する。少年の腕や足に絡みつき、次々と肉を引き裂いて行った。 「づぅ、うう……!」 蹲る少年の髪の毛を掴んで引き上げるヤマ。 その額に、隆明がナックル状の隠し銃を突きつけた。 「母親に何か言いたいことがあんなら伝えてやる。お前は俺が送ってやるから」 「う、うううう!!」 隆明の手首にカッターナイフが突き刺さる。反射的に腕を退く。 少年は頭髪がぶちぶちと千切れるのも無視して転がり、食器の破片を手に取った。 「まて、逃げんな!」 「退け!」 食器の破片が木蓮の胸に刺さった。 血が湧き出る。肉の油がリアルにはみ出て、異物はあばら骨に当たって止まった。 「お前……っ」 「誰だよ、お前ら。関係ないだろ! 意味の分かんないこと言うな、気持ち悪いんだよ! 勝手に上がってきて、勝手に襲い掛かって来て、くそ、死ね! 死ね!」 手を血塗れにしながら、少年は木蓮の胸を何度も刺した。 何度も血が漏れ出し、肉が割けた。 幾度めかの所で、木蓮は彼の手首を掴む。 「お前は母ちゃんをどうしたいんだよ。聞かせてくれ!」 「お前に関係ないだろ! 死ね! 帰れ!」 「伝言もする! 血は繋がってなくても親子だったんだろ!?」 「だからなんだよ、なんとかしてくれるのかよ! 俺を幸せにしでもしてくれるのかよ!」 「それは、できないけど……」 少年は木蓮の腕に噛付いた。めぎりと手首の肉が千切れる音がして、筋肉組織が断絶する。木蓮は痛みに耐え、もう一方の手で少年を押さえつけた。 テーブルに頭を押し付けるようにして固定する。 「俺様の母親はもういない。言いたいことがあってももう言えない。そうなる前に自分の言葉で伝えようぜ、なあ!」 「…………そんなの、分かるわけないだろ」 涙ながらに、少年は言った。 「だよな」 隆明は彼の額に銃口を押し当て、トリガーを引いた。 ●他人 衰弱した女がみたものを、端的に三つだけ述べる。 テーブルの上で頭部を破裂させた子供。 大量の蟲の死骸。 見たこともない他人の群れ。 腕の縄を解かれても尚、女は放心状態のまま風景を眼球に映していた。 仮面をつけたヤマがくぐもった声で言う。 「この子供は殺した。理由は言えない。お前の息子に言うなと頼まれた」 「……ぇ……ぁ……?」 「あの子供はお前を憎んでいなかったよ」 「…………ぁ?」 「外の空気でも吸ってみると良い。拾って貰った命だ。呼吸一つ分くらいは有意義に活用してもバチはあたらんだろうよ」 「………………ぁ……ぁぁ……はい」 よろよろと起き上がり、女は散らかった蟲の死骸や脳味噌の破片を素手で掴み、ビニール袋に入れていく。 「すみ、ません。今、片付けますから」 「……聞いているのか?」 「はい、今……ぁ……ぁああっ!」 得体のしれない液体のついた手で頭を抱え、膝から崩れ落ちる。 それから先は、形容の出来ないことばかり叫んだ。 何を言っても泣き叫ぶばかりで、蹲って何も応えない。 何で殺した。返してくれ。いやだ。人殺し。ひどい。死ね。帰れ。死ね。そういうことを言っていたのだと思う。 「そこ、サイレントメモリーしたいんだけど。ちょっと退いてもらっていいかな」 女をどけて、足元のカッターナイフをとろうとする暁。 そんな彼をキッと睨みつけ、女はカッターナイフを振り上げた。 ぐじゅり、と脇腹に何かが刺さった。 刃を半分まで露出させたオルファカッターだと気付いたが、だからどうという反応はない。 ああ、カッターか。程度のものだ。 血もろくに出ない。痛みもない。 こんなものか。 こんな。 「行くぞ。もう、ここに用はない」 壊れたドアノブを蹴って、シェリーが玄関口に立った。 特に意味があるわけではないが、母親をちらりと見る。 そして、何も言わずに立ち去った。 彼女を追って戸口に立つ櫻霞。 振り返る。テーブルの上に、物言わぬ死体と化した少年があった。 「貴様はこの母親をどうしたい」 死体は、何も言わない。 ●現実にエンディングはない 遠く離れるまで、女が自分たちを罵る声が聞こえていた。 聞こえなくなってもまだ、耳の奥でぐるぐるとまわっているようだ。 「死にたかった……いえ、死ねなかった母親ですか。嫌になりますね」 それまで黙っていた櫻子がぽつりとつぶやいた。 「けれどこれで、全部お仕舞ですね」 「いや……」 木蓮はべっとりとした手を見下ろしした。 「これから、多分……」 「赤子を誘拐して育てた挙句惨殺した精神異常者として社会的に抹殺されるんじゃない?」 「っ――!」 のらりと言ってのけたアーベルを、木蓮はきつい目で睨んだ。 「事実だよ? この世界はエリューションなんてモノを理解できない。社会は社会の中にあるものだけでしか回れないよ。まあ、あの母親がエリューションの類じゃなかっただけでも、仕事が増えなくてよかったって所かな」 「そりゃあ、そうだろうけど……」 「アークにアフターケアを任せれば、まあ多少はマシになるだろ。一般人の中にも神秘を理解できる人間はいる」 隆明があたまをがりがりとかきながら付け加えた。 「そう言えば君、あの母親に何か聞こうとしてなかった?」 「……ああ」 アスファルトだけを見つめて、隆明は言う。 「『あんたはあいつを愛していたのか?』って……な」 肩をすくめるアーベル。 「それこそ――」 帰りの車に乗り込んで、エンジンをかける。 運転席のそばにある灰皿に煙草を捻じ込んで、烏はシートに後頭部を預けた。 助手席に身を沈めるシェリー。 「結局アーク預かりにするのか。まあ、アークだって鬼じゃない。その辺の理解あるカウンセラーを連れて来て懇切丁寧になんかしてくれるさ。どうしても不安なら魔眼だの記憶操作だのを繰り返して強制的に更正させればいい。どのみち警察に出頭して刑務所暮らしは確定してそうだがな」 「記憶操作なら、捨て子を拾って育てたことには……いや、できないか。効果範囲は直近一時間までだった」 「そうそう、カウンセリングの手間を省ける程度さ。神秘なんてのはそんなもの……」 アクセルを踏み込む。 「エリューションが崩界を招くとはいうがね、この世界はもう、所々壊れてるんじゃないか?」 暁が後部座席から声をかけてくる。 「人の心を守るのことの難しさよ。まあ、思想の保護は国の仕事だよね。自分たちできるようなことじゃない。なんなら日本征服でもする? 宗教を作ってメンタルヘルスを維持すればこんな悲劇も起きないよ?」 「馬鹿を言え。所で、最後に母親にテレパシーか何か送らなかったか?」 「……ああ」 シェリーは流れてゆく車窓の外を見つめながら言った。 「『悪夢は終わりだ。生きて息子の分まで幸せになれ』と」 首をかしげる暁。 「それこそ――」 アーベルと暁が、別の場所で、同じタイミングで、同じことを言った。 「「まやかしだ」」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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