●変異する世界 『ソラに浮かぶ眼球』との遭遇から数日―― ラ・ル・カーナは変貌していた。空は奇妙な色に染まり、世界樹の水源は干上がり、憤怒の荒野はひび割れた。跋扈する危険な生物達は更なる進化を遂げ、多くのバイデンは理性を消失し、暴れ回る怪物へと姿を変えつつある。 それらは全て、この世界の母である『世界樹』により生み出されていることは明白だった。変異した世界樹が、狂った『変異体』を生み続けている。 この世界において変化しない『完全生物』であるバイデンの中にも『変異体』に成ったものがいる。今のところフュリエに変異の兆候はないが、未来においてそうならないという保証はどこにもなかった。 この状況を打破するためにアークは『世界樹に忘却の石を使うことで、R-TYPEの残滓を打ち消す』という作戦を決行する。フュリエの長シェルンもこの作戦に同意し、異形と化した『世界樹エクスィス』を目指して進軍する。 行く手を阻むは変異したラ・ル・カーナそのもの―― ●フュリエとバイデンと リベリスタとフュリエの部隊が世界樹に向かうと同時期、バイデンたちもまた世界樹に向けて進軍していた。 プリンス・バイデンの号令の元、バイデンは母なる世界樹を目指す。リベリスタのように世界樹を元に戻す為ではなく、完全な敵と認識してつぶすために。 故に彼らと轡を並べるつもりはない。目的が異なることもあるがかつて敵だったもの同士、信頼を得るには時間が足りなかった。 アムデと呼ばれるバイデンもまた同じ考えだった。巨獣エルスマシャの肩甲骨を削って作った大型の剣で変異体を伏しながら、少しずつ進軍していく。彼を慕っていたバイデンたちは全て変異し、あるいは変異体に命を奪われていた。乗っていた巨獣も今力尽きる。 「……ム、あの音は……?」 荒野を進むアムデの耳に聞こえてくるのは、雷鳴に似た咆哮。否、それは咆哮に似た雷鳴であった。 荒れ狂う超自然体。変異した世界樹が生み出した嵐の化身。フュリエが使う精霊術を何百倍にも拡大したかのような稲妻が、巨人の姿を得て具現していた。 超自然体はアムデの進行を妨げることなく、別の方向を向いていた。ならば相手をするまでもない。先は長いのだ。余計な消耗は控えよう。そう思ったアムデの目の端に写るのは、超自然体の進行方向にある小さな影。 「……あ、ああ……」 「シェルン様、ごめんなさい」 二人のフュリエ。なるほど、彼らもこの戦いに身を投じていたのか。おそらく斥候か何かだろう。雷鳴を聞き様子を見にきたら予想外の相手に出会い、見つかってしまったというところか。弱きものは死ぬ。それは戦場において当然の摂理。先を急ごう―― 「私たち、ここで死ぬかもしれません」 「少しでも傷をつければ、リベリスタさんも楽になるよね」 二人のフュリエは震える足で立ち上がり、フィアキィを集わせる。稲妻で痺れて傷ついた身体では逃げ切れないと悟って、なけなしの『勇気』を振り絞りせめて一太刀入れようと、涙を流しながら超自然体に立ち向かう。 「愚かだな」 思わず言葉が口に出る。己の実力をわきまえずに立ち向かうなど、愚行。そして、 「ウォオオオオオオオオ!」 肩甲骨の大剣が一閃する。超自然体の肉体が血に染まった。 「バイデン!?」 「……え? 何でバイデンが……?」 余計な消耗をするなどもっと愚行。彼らを見捨てて世界樹の方に向かうのが、バイデンとして正しい行為なのに。 「退くがいい。勇あるフュリエ。それともここでこの巨人と一緒に斬り伏されたいか!」 アムデの言葉に我を取り戻すフュリエの二人。稲妻に痺れた身体では満足に動くこともできず、その動きは遅々としている。 「何でよ……姉妹たちを殺したバイデンが、どうして私たちを助けるのよ!」 「おまえ達なんか、嫌いだ! こんなことしても許してなんか、やらないんだからぁ!」 バイデン達に姉妹を虐殺されたフュリエからすれば、それは当然の罵り。それでもこのバイデンが自分達を助けるような動きをしているのは理解できる。 それでも許せるわけがない。今その背中に精霊をぶつけてやりたくなるほど、あの赤肌の巨人が憎い。一言フィアキィに命ずればすむ動作。それだけの動作が、なぜかできない。涙を流しながら、ただ言葉だけを叩き付ける。 「ああ、それでいい。だから早く立ち去れ。我が姿など見たくもなかろう」 言葉と共に剣を振るうアムデ。何故このような行動に出たのか、アムデ自身にも不思議だった。 フュリエが得たのが『勇気』なら、バイデンが得たのは『寛容』。寛容とは他者の意見を受け入れる広い心。 『護るべきモノの為……ここから一歩も引きません!』 『本物の戦士というのは、殺戮者から命を差し出してでも守った人達のことを言うんだ』 脳裏に浮かぶのは、かつて戦ったリベリスタ達の言葉。その言葉を受け入れるだけの心がバイデンにも生まれたということなのだろうか? ただ剣を振るう動きに迷いはない。ここで力尽きたとしても、志半ばで倒れたとしても。 「クハハハハハ! いい、実にいい気分だ」 おそらく悔いることはないだろう。アムデは超自然体の雷をその身に受けながら、それだけは理解していた。 ●あなたは誰を――? 橋頭堡から駆けつけたリベリスタは、異様な光景を目にする。 稲妻の巨人と、その前に膝をつくバイデン。 「バイデンは……敵なのに……姉妹達の仇なのに……!」 そして涙を流しながら、傷ついたバイデンの背中を罵倒する二人のフュリエ。 相容れぬ二種族の姿は、どこかの騎士物語を彷彿させる。 「助けて……リベリスタさん」 誰を? 誰を助ける? 「あいつを倒して……リベリスタさん」 誰を? 誰を倒す? フュリエの願いに、リベリスタはどう答える? |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月08日(月)23:11 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●絶望の世界の中で 忘れるものか。バイデンに虐殺された姉妹達の悲鳴を。助けてと叫ぶ姉妹たちに振るわれた刃を。許してと懇願する姉妹たちに武器を振り下ろしたあの顔を。 忘れるものか。セリーナとマーニェはバイデンに見つからないように逃げながら、その光景を忘れぬように自らの心に刻む。 バイデンは、敵だ。『不完全』となったフュリエ。恐怖の対象が憎悪に変わり、そしてそれを攻撃できる機会が今生まれた。 なのにそのバイデンは、私達の命を守ろうとしている。 忘れるものか。バイデンに虐殺された姉妹達の悲鳴を。助けてと叫ぶ姉妹たちに振るわれた刃を。許してと懇願する姉妹たちに武器を振り下ろしたあの顔を。 アムデはバイデンである。 フュリエを殺したことがあるか、と問われると「ある」と答える。荒野に迷い込んだフュリエを、他の巨獣同様に命を奪った。 だがアムデにとってフュリエは『弱い存在』でしかなかった。戦場では弱ければ死ぬ。逃げ遅れたフュリエを斬ることはあっても、逃げたフュリエを追う事はしなかった。それよりはもっと強い巨獣を狩りたい、という程度の理由だが。 フュリエは、獲物だ。『不完全』となったバイデン。取るに足らないフュリエに『勇気』が生まれ、それを認める程度に心が広くなる。 稲妻の超自然体を前に膝を屈する。このまま朽ちるか、と覚悟を決めながら剣を握り締める。結局フュリエたちは逃げなかったか。恨み言をぶつけられながら、それだけは残念に思う。だがそれも滅び行く世界の運命か。 『不完全』な存在と、崩れ行く世界。ならば滅びの運命は必定。 運命に従えば、このまま小さな命は稲妻の嵐の中朽ちるだろう。 だが、忘れる事なかれ。おのれの運命を武器に、運命に逆らう者達の存在を。 その名はアーク。そしてその戦士の名は―― 「…・…リベリスタ……さん?」 セリーナとマーニェが口を開く。 さぁ、滅びの運命に抗おう。 ●運命に抗うもの 「呼ばれて飛び出て終君でっす。義によって助太刀致す……なんちゃってね」 二本のナイフを手に『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)が疾駆する。崩壊する大地に足をとられながら、しかし速度を維持しつつナイフを振るう。高速で繰り出されるナイフが、ガルナトスの体を傷つける。稲妻の残滓が終を襲い、顔を歪ませる。 反撃、とばかりに巨人の両腕が終に振り下ろされた。貫くような左腕が終のわき腹を掠り、セリーナの体を殴り飛ばす。そして右腕がアムデを掴み、その動きを封じていく。 「コイツ、速っ!」 左腕を避けた終がその動きに驚く。稲妻の速度は伊達ではないということか。、巨人の顔から放たれた稲妻が近くにいる終とアムデを襲った。 「大丈夫。今癒すから!」 戦場全てを癒すように『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)が神秘の光を放つ。リベリスタと、フュリエと、そしてバイデンも含めて全てを癒す。 「この間は名乗る暇も無かったわね。アンナ・クロストン。貴方と真逆の戦い方をしてる者よ」 「覚えているぞ、その癒し。アンナ・クロストン、何故バイデンである我まで癒す?」 「あなたは何故フュリエを守ったの? 答えは同じよ」 口元がほころぶのを、アンナは止められなかった。以前は殴り合うしかなかった相手が、変わっていく。それがたまらなく嬉しい。 「戦士アムデよ! 我らの流儀を以て、貴方の戦場に伍する事を嬉しく思います!」 銃と盾を手に『俺は人のために死ねるか』犬吠埼 守(BNE003268)がフュリエの前に立つ。かつてアムデの大剣を塞いだ盾。それは装備の意味ではなく、心意気の意味で。守の不屈の精神はアムデの心にしっかりと残っていた。 「この上は全力で参りましょう!」 「言われずともバイデンは常に全力! 我が剣に耐えた盾が易々と崩れてくれるなよ!」 「まさか、バイデンがフュリエを守ってる光景を目にするとはね……」 サングラス越しに見る光景を疑いながら、しかしその光景に微笑みを浮かべる『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)。手甲を神経にリンクさせ、狙い済まして気の糸を放つ。糸は稲妻の左腕に突き刺さる。腕の向きがこちらに向き直った。 「精神的な攻撃は効く様ね。これなら」 自分には稲妻の耐性はある。彩歌は戦場を思考しながら戦術を練り直す。思考は深く、そして想いは強く。皆を生きて帰らせるために。 「例えば、世界が狂ったとしても美しいものは存在するのね」 白髪に手櫛を通しながら『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)が目の前の光景に息を吐く。勇気を持つフュリエ。寛容を持つバイデン。その光景に。 糾華は揚羽蝶の形状をしたスローイングダガーを扇のように広げ、稲妻の巨人に向かって投擲する。体の動く限り、何度も、何度も。大気を通じて稲妻が糾華を襲うが、気にせずに。 「多くは言わないけれど、あのバイデン族に何か言うべき事があるならば、戦闘が終わった後に直接言いなさい。私達は、彼も、貴女達も、無事にこの戦いを終わらせるから」 忘我しているセリーナとマーニェに糾華が言葉を告げる。この戦闘を終わらせる。フュリエも、バイデンも、リベリスタも全員生き残らせる。 「そうでござるな。3人とも助けてあげたいでござる」 『真打・鬼影兼久』を抜刀し、『自称・雷音の夫』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)が突撃する。稲妻の超自然体をブロックしながら左腕に切りかかった。自らのオーラを刃に乗せて、呼気と同時に横なぎに払う。刃鳴りの音と同時に稲妻の左腕に傷が入る。 「アムデ! テメェ……こんな所で変異なんかしてみろよ。俺は一生テメェを戦士だって認めねぇからな!」 かつて相対したものとして、虎鐵はアムデに声をかける。変化したフュリエとバイデン。それが変異という歪な形になるなど許せない。変異などに負けてほしくなかった。 「つまらぬ心配だな! エルスマシャの右肩、易々と世界に飲み込まれるような鍛え方はしておらぬ!」 「変異すれば斬る。それだけです」 『斬人斬魔』蜂須賀 冴(BNE002536)が『鬼丸』とその鞘を手にガルナトスに迫る。示現流を源流とする独特の歩方。その歩方のまま自らの気を爆発させる。ここでアムデを生かしておけば、変異した世界樹に向かい結果としてアークの手助けになる。その強さは、刃を交えた冴はよく知っている。 「蜂須賀示現流、蜂須賀 冴。参ります」 「バイデンも、温かい気持ち、もってるのね……」 胸に湧き上がる熱い思いを抑えることなく『みにくいあひるのこ』翡翠 あひる(BNE002166)が拳を握る。胸元にもっていった拳を開けば、皆に与えられる飛行の加護。 「アムデも、セリーナとマーニェの2人も、絶対に死なせない!」 バイデンとフュリエの間にある確執は、あひるも知らないわけではない。だがあひるにとっては目の前にいるフュリエもバイデンも味方だった。故に皆を支える。命の灯火を絶対に消させない。 「そりゃわしやって憎いぜよ」 『人生博徒』坂東・仁太(BNE002354)は複雑な気持ちでアムデを見る。先のバイデンとの大戦で失った仲間のことを思い出す。仲間をまもるために散っていった仲間。それを思えば、バイデンに憎しみをもってしまう。 その銃口は静かにアムデのほうに動く。傷ついたバイデン。背中からこの大火力で貫けば、命は奪えるだろう。ゆっくりと銃口が動き、 「けどな、それでも……お前の優しさを踏み潰せるほどわしは非情にはなれん」 アムデを狙っていた巨人の左腕を打ち貫く。自分でも馬鹿なことだとは思うが、助けられるもんはすべて助ける。散っていった仲間のためにそうすると誓ったのだ。 「戦う理由はここにあります」 漆黒の翼を広げ、『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)がショットガンを構える。一軒クールに見えるヴィンセントだが、その胸に燃える炎は熱く、銃に誓った誇りは高い。銃弾は巨人の左腕を穿ち、爆ぜる稲妻がヴィンセントの肌を裂く。その痛みに耐えながら、フュリエのほうに問い開けた。 「あのバイデンの言う通り逃げるのが最善の策でしょう。死んでしまえば姉妹達にもう会えなくなるのですよ」 セリーナとマーニェはヴィンセントの言葉に体を震わせる。ここは戦場。自分たちよりも次元の高い戦闘に、非力な自分たちが役に立つとは彼女たちも思えなかった。だが、 「――あのバイデンは貴女方が守るに値する存在ですか?」 その問いかけに足が止まる。 ●三つの種族 バイデンを守る? 問われるまでもない。フュリエにとってバイデンは敵だ。守るなんてありえない。そんなつもりはないと踵を反すのが。フュリエとしての当然の選択だ。 「後方の橋頭堡で敵を引き寄せて戦っています。ここに残るよりはそちらの方が役に立てるでしょう」 「今取れる本当に必要な行動を考えとくれ。仲間を信じて任せるんもまた、勇気やで」 冴や仁太もフュリエたちを心配して言葉を重ねる。純粋に足手まといと思っているところもあるが、彼女達の命を考えるならそれが最善だ。 「あなた達の勇気は、あひるの胸にも届いたよ。ただ……この場所はとても危険な場所。ヘタしたら、死んじゃうかもしれない……。 それでもこの場に残るか、橋頭堡に居る仲間の元で戦うか……どうする?」 「ここはオレ達だけでも大丈夫。大切なのは君達が今、何を優先させたいかだと思う」 あひると終がガルナトスから視線を外さずに問いかける。大丈夫、と安心させるように微笑みながら、しかしその体に緊張を走らせていた。 リベリスタ達は後退を示唆しながら、しかしこうしろと言う命令をしなかった。 ここにいればきっと無事では済まされない。下がるのもまた勇気。フュリエとしてバイデンは許せない。だけど、だけど――! 「シェルン様、ごめんなさい! 私たちは……!」 答えの代わりにフィアキィを集わせ、氷と炎を打ち放つ。 だけど、助けてもらった。 バイデンがどのような思いで剣を振るっているかなど知らないが、助けてもらったのだ。その事実を、忘れてはいけない。 この気持ちを。戦う勇気をフュリエに教えてくれたのは、ほかならぬリベリスタなのだから。 「私たちは戦います! 何をすればいいですか!?」 二人のフュリエは、戦うことを選んだ。死の恐怖を理解しながら、それでも足を戦場に向ける。 涙を流し、足を震わせ、狙いも甘く、その火力も充分とはいえない。歴戦のリベリスタから見ればそれはなんとも頼りない様であっただろう。それでもその姿は、紛れもなく戦士だった。 「遊撃の手が足りてない所結構あるから、そっちに合流してくれると助かったんだけどね」 アンナは頭を掻きながら、フュリエの選択を受け入れる。構うものか。全てを癒すのが自分の仕事だ。いつもどおり、変わらない。 (その選ぶという勇気こそが、尊いと思う) 世界に振り回されるのではなくリベリスタの指示されるでもなく、自らの意思で戦うことを選ぶ。どれだけか弱くとも、彩歌はその光景を滑稽と笑い飛ばすことはしない。その選択を後悔させないように、全力で策を練るまでだ。 否、それは彩歌だけではない。この場にいるリベリスタがその勇気を受け入れ、そして誇りに胸を打たれる。 「戦いとはただ生きるか死ぬかだけではなく、誇りを賭けて戦うものです。あのバイデンが貴女方を守った理由もおそらくは、きっと」 ヴィンセントの言葉に、バイデンは答えない。ただ粛々とフュリエの前に立ち剣を振るう態度が、全てを示していた。 リベリスタ、フュリエ、バイデン。三種類の瞳が稲妻の巨人を射抜く。 暴虐の巨人はそれら全てを吹き飛ばすとばかりに、稲妻を放った。 ●攻勢 ガルナトスは両腕を使って一定の周期で稲妻の嵐を起こす。それを防ぐ為にリベリスタの火力は左腕に集中した。攻撃を仕掛ければその分反撃の稲妻が飛んでくるのだが、 「ふん、そんなもん……痛くもかゆくもないでござる!」 「イアアアアアア!」 体の痺れに耐えながら虎鐵が吼える。冴も裂帛と共に刀を振り下ろし、ガルナトスの左腕を傷つける。このパーティにおける近接火力の2トップが交互に叩き付けられた。冴の刀が大上段から縦に。虎鐵の刀が一文字に横に。交差する剣戟が十字の傷を与える。 「先の戦いでは、私の妹が世話になったみたいね」 糾華がアムデに向かって声をかける。アムデは糾華が守護する仲間をバイデンの里に連れ帰ったバイデン。その『妹』はもうアークの元に戻ってきているが、行方不明の間、糾華は身を切るような思いをしていた。 「あの娘の知り合いか」 「別に戦いを挑みに来たわけじゃないわ。護るべき戦いに興じた貴方と共に戦いたいというだけの事」 ふわり、と黒のドレスを翻して回転するようにダガーを投擲する。蝶を模したダガーが稲妻の巨人に突き刺さる。右腕、左腕、そして本体。三倍の稲妻の残滓が糾華を襲う。厄介と思いながら、しかし戦いたいという意志の元に糾華は刃を握る。 「フュリエさんの勇気とバイデンさんの男気に惚れて――」 終のナイフが煌く。自らの速度を落とすことなく、むしろ限界まで加速しながらナイフを振るう。手数の多さが終の強み。一の斬戟のまま止まることなく、二と三と体制を整えながらナイフを繰り出していく。 「――粉骨砕身超頑張る!」 ネガティブに、自らの身を省みない終。それゆえにできる前のめりな動き。傷つけた場所が凍りつき、巨人の動きを封じていく。 ガルナトスの腕が動く。まずは左腕が氷を振り払い、アムデとそして精神を刺激された彩歌に迫る。 「大丈夫。私は電撃では止まらない」 彩歌は纏わりつく稲妻を払うようにして電撃を逃がす。巨人に殴られた一撃自体は痛むが、副次的な稲妻は通じない。そのまま彩歌は巨人の挙動を見続ける。その右腕が振り上げられ、アンナを掴んで動きを封じる。 「きゃああ!」 「……こいつ、回復役を狙う程度の知恵がある!?」 「それだけじゃない。貫通攻撃はこの中で一番弱ってるアムデも巻き込んでる」 稲妻の檻でアンナを閉じ込めるようなガルナトスの掌握。それは電流による苦痛による拘束。 「アンナ!」 「大、丈夫……!」 その稲妻を意思の力で撥ね退けるアンナ。肩で息をしながら、回復の光を戦場に放つ。しかし稲妻を毎回跳ね除けられるものでもない事実を理解していた。跳ね除けられなければ動きを止められ、回復が遅れることになる。 そしてガルナトス本体の顔の紋様が淡く光り、地面を凪ぐように稲妻が放たれる。超自然体に接近していた者たちがその稲妻に巻き込まれた。直撃を受けて痺れるリベリスタ達。 「わ、あわ、あ、危ない……!」 あひるが慌てたように上位存在の加護を使って皆を癒していく。稲妻の痺れも抜け、傷の痛みもひいていくが完全ではない。 「う……え? 何、今の……?」 あひるはガルナトスの視線を感じた。眼球などなく見たということが判らない相手だが、確かに視線を感じたのだ。 「拙いですね。ホーリーメイガスたちに狙いを定めたようです」 守は警察官だった者の経験から巨人の狙いを察する。悪意と呼ばれる犯罪者が持つ何かを察したのか。ともあれその盾はアンナかあひるを守る必要がある、が―― (どっちを、守る?) ホーリーメイガスは二人いる。ガルナトスがどちらを狙うか、その判断がつかない。確率は二分の一。 「……多分あひるのほうよ。あの巨人の『視線』があひるに向いたわ」 彩歌はサングラスの奥にある硝子の眼球で稲妻の超自然体を見ながら守に助言する。言葉と同時にはなった気の糸が左腕とガルナトスの頭に突き刺さる。紋様部分に当たるが、ひるんだ様子はない。 「わかるのですか?」 「ええ、『熱い』視線を感じるわ」 熱感知。彩歌が感じているのは文字通りの熱。ガルナトスは微熱の光線を周りに放射して、その反射を感じることで敵の居場所を察しているようだ。最も彩歌が気付いたのは偶然なのだが。 (狙え。狙え、狙え、狙え!) ヴィンセントは弾丸に魔力を込めながら、神経を集中させていた。体は銃を支える為の土台。皮膚は風の流れを感じる為のセンサー。視線は巨人の動きを見るための情報源。肉体全てを駆使して、相手の動きを捉える。 捉えた。思った瞬間には既に引き金は引かれ、巨人の左腕を弾丸が穿っていた。ヴィンセントの命中精度は高く、その腕に深い傷を残す。 「ホラホラホラァ! こいつで、どないやぁ!」 『パンツァーテュラン』と呼ばれる巨銃を手に、仁太が弾丸を撃ち放つ。彼の戦い方はまさにギャンブル。調子がよければ今のように弾丸のシャワーが放たれるが、時に銃がジャムって不発になるときもある。しかし連続して放たれる弾丸の威力は確実に左腕を傷つけていた。 「……しかしこれはキツイわい……!」 攻撃を当てれば当てるほど、稲妻が飛んで仁太を傷つける。それを理解しながらしかし銃を止めるつもりはなかった。 フュリエの二人が精霊で左腕を傷つける。しかし―― 左腕の打破には届かない。ガルナトスは両腕を空高く掲げて稲妻を集める。 「無理か……!」 「アムデさん、強力なのが来るよ!」 「二人は向こうに走って!」 バイデン、フュリエに指示を出すリベリスタ達。リベリスタより先に巨人と戦っていた三人はこの動きを知っている。バイデンは逃げず、フュリエは慌てて距離をとる。 激しい豪雷。天から叩き付ける様な衝撃と共に走る激しい電荷。逃げなかったリベリスタの悲鳴すらかき消すほどの轟音が荒野に響き渡る。 ●稲妻の嵐 「きいたでござる……!」 防御の構えを解いて虎鐵が刀を構えなおす。衝撃と稲妻の影響で足が震えていた。防御に徹したからこそ何とか耐えれたが、それでも傷は深い。 「か、回復……っ、冴、大丈夫?」 「……何とか。しかしこれは――」 「冗談じゃないわよ、なにこの威力は!?」 「さすがに二度目は耐えられそうにありませんな、これは」 あひるは冴に、アンナは守に庇ってもらった為、ノーダメージである。 しかし他のメンバーの被害は大きかった。ホーリーメイガス二人を庇った冴と守は、今までのダメージ蓄積もあって運命を燃やしてなんとか破界器を握り締める。 「こりゃ、きついわ。はよ腕を折らへんと死んでまうで」 「そうね。余裕はなさそうかしら」 「『世界』を相手する前に躓いている場合じゃないのよ」 巨人から多くの反撃を受けていた仁太、糾華、彩歌が運命を燃やして立ち上がる。身体が痺れるような感覚に眩暈を起こしながら、しかし戦略を変えるつもりはない。 そしてアムデは、 「……さすがに、堪えますね」 ヴィンセントが散弾銃を杖の代わりにして立ち上がる。ワタリガラスの漆黒の翼が、気合を入れるように一羽ばたきした。目には見えないヴィンセントの運命の欠片が、ラ・ル・カーナの空気に消える。 「酔狂だな、リベリスタ。他の者と同じく変異して、敵になるかもしれないバイデンを庇うとは」 アムデは、ヴィンセントに庇われていた。確かに今の一撃を受けていればアムデは力尽きていただろう。彼を生かすならそれしかない。だが、何故? そのニュアンスを含めたアムデの問いかけにヴィンセントは笑みを浮かべて言葉を返す。 「皆で決めたんです。フュリエも、バイデンも全て生かすと」 おのれの運命を使い、他者の死の運命を回避する。それがリベリスタの本懐。 しかし―― (次の大攻撃までに、左腕が折れなければ――崩壊する) それは火を見るより明らかだった。アンナとあひるという優秀なホーリーメイガスが健在であることが、希望の一つか。 足を止める理由はない。雄たけびと共にリベリスタは攻撃を再開する。戦線に戻ったフュリエの精霊と、バイデンの大剣が稲妻の巨人を果敢に攻めた。 ガルナトスの両腕がリベリスタ達を襲い、落雷が何度も叩き込まれる。リベリスタ達も各々の破界器を巨人に叩きつける。が、 「……攻め切れないか……!?」 稲妻の嵐の刻限が迫るならか、誰かが歯を噛み締めながら呟く。 アンナとあひるは回復に専念し、守はその護衛にかかりっぱなしである。この三人がいるからこその戦線維持であり、むしろこの戦いの要といってもいい。巨人の右腕が執拗に回復役を沈めようとするが、守の盾と厚い回復層がそれを許さない。 仁太と糾華の射撃はハイリスクだ。時折連続で攻め立てることもあるが、時に予期せぬ不運が二人を襲い、攻撃が途絶えてしまう。何よりも攻撃した時に散る稲妻の残滓に身を切られ、攻撃すればするほど自らを追い込む。 「庇いに行くよ!」 そして危機に陥った糾華を庇う終。結果として糾華は巨人の稲妻から守られるが、庇った分だけ火力が減ってしまう。 「はああああ!」 虎鐵がオーラを乗せた刀を振るう。連続攻撃を狙っての構えだが、虎鐵の鍛え方は一撃を重視した鍛え方であり連続攻撃を期待してのそれではない。それでも一撃は重たいのだが、期待通りの動きはできなかった。 「チェストォォオオオオ!」 冴はガルナトス打破後の戦いを意識してか、スキル攻撃を控えていた。蜂須賀示現流の刀技だけで攻めるが、セーブした状態では自然と火力が落ちてしまう。 セリーナとマーニェの二人は純粋に地力不足。アムデはリベリスタの指示に従わず本体に刃を向けている。 巨人の左腕を攻め落とすには、火力がわずかに不足だった。 刻限が迫る。巨人の腕が、再度高々と持ち上げられた。 「分の悪い賭けやが!」 防御しても耐えられない。そう判断した仁太が重火器を構えて引き金を引く。数度の衝撃に左腕が揺れるが、それでも稲妻が集まるのを止められない―― 「フュリエたちは下がって!」 「だめ……っ、あひるを庇ったら倒れちゃう……!」 「来るわよ!」 そして世界が白く染まる―― ●絶望の稲妻 なんだこれは。 終は目の前の惨状に、言葉がなかった。 立っているのは運命を燃やした虎鐵と自分が庇った糾華。アムデを庇ったヴィンセントは地に伏している。終自身も運命を燃やしたからこそ立っているに過ぎない。 背中から感じる気配はアンナとあひるか。仁太と彩歌は倒れたのだろうか? 動きが感じられない。冴と守が倒れたということはホーリーメイガスを守る盾がなくなったことだ。 巨人の動きは止まらない。傷ついた左腕はこのまま攻めれば力尽きるだろう。だが巨人本体へ与えたダメージ蓄積は少なくないがそれでもこの戦力で攻め切れるとは思えない。 そして右腕はほぼ無傷。その右手が守り手のなくなったあひるを掴み、その動きを稲妻の陣で封じる。パーティを支えていた回復層が、一枚薄くなる。 「これで決めるでござる!」 虎鐵が刀を振るう。ようやく力尽きる左腕。力なく垂れ下がる、巨人の腕。 何で今なんだよ。後もう少し早く力尽きていたら、こんなことにはならなかったのに。 「……ここまで、か」 「アムデ! くそテメェ! もう少し根性みせやがれ! ここで死んだら笑い種にしてやるぞ!」 「そうよ。仮にも私の妹を捕らえたのだから、もう少し頑張れないのかしら」 ガルナトス本体から撃ち放たれる稲妻に、赤肌の巨人が力尽きる。虎鐵と糾華が叱咤するが、そのままラ・ル・カーナの大地に横たわった。 「シェルン様、シェルン様……!」 戦闘経験が浅くとも、現状が絶望的であることはフュリエたちも理解している。それでもセリーナとマーニェは逃げなかった。弱弱しい精霊の一撃が、ガルナトスの肌に突き刺さり、弾けて消える。 『無駄、無意味、無価値。ラ・ル・カーナの滅びを前になんと小さな抵抗か』 上から見下ろす巨人の顔が、そう告げているように見える。 (無価値がどれだけ足掻いてもハッピーエンドに届かないか……) 諦念。 終は目の前にある死を理解する。このまま戦ったら、死ぬ。それはどうでもよかった。もとより終は死を渇望していた。ここで足止めをしたことがアークの作戦において意味があるのなら、それでよかった。 だけど―― 「負けない……! 今度は私たちがリベリスタさんを助ける番です!」 『勇気』を振り絞るフュリエはここで死んでいい存在ではない。 「退け、リベリスタ……! 誰かを守る戦いというのも、悪くはなかった。バイデンとして戦いの中で死ねるなら……本望」 『寛容』に己と違う価値観を受け入れたバイデンも、ここで死んでいい存在ではない。 なのに現実は残酷で。 荒れ狂う稲妻は全てを飲み込むように激しく皆を襲う。 ●運命に抗うもの 『不完全』な存在と、崩れ行く世界。ならば滅びの運命は必定。 運命に従えば、このまま小さな命は稲妻の嵐の中朽ちるだろう。 だが、忘れる事なかれ。おのれの運命を武器に、運命に逆らう者達の存在を。 その名はアーク。そしてその戦士の名は―― 「…・…リベリスタ……さん?」 セリーナとマーニェが口を開く。 さぁ、滅びの運命に抗おう。 ●No Effort,No MIRACLE 終の持つ二本のナイフが舞う。 一閃、二閃、三閃。 雪の結晶を撒き散らし、高速でナイフが振るわれる。 四閃五閃、六閃七閃、八、九、一〇。 身体は自然に動いていた。繰り返されるナイフの斬撃。次にどう動けば無理なく一撃が繰り出せるのか。それが一瞬で頭の中に浮かび、その通りに身体を動かす。 十一、十二十三十四、一五一六一七一八十九―― 手に武器を馴染ませるために習熟した日々。馴染んだ武器を二本扱う為の訓練の日々。二連撃を繰り返す為の訓練の日々。 二〇二一二二二三二四、二五二六二七二八二九―― その努力が積み重なった先に見える究極の一。このまま成長すれば未来に得るかもしれない結果が、時間を越えて繰り出される。 なるほどそれは奇跡なのだろう。少なくともフュリエは氷剣の乱舞を、そう表現するしかなかった。 三〇三一三二三三三四三五、三六三七三八三九―― だがあるものは言う。これは努力の結果なのだ。鴉魔終という男が培った努力の結果。 努力したが故に結果が生まれる。それが今現れているだけなのだと。 四〇四一四二四三四四―― 故にその奇跡の名は『奇跡は努力の果てに(ノーエフォート ノーミラクル)』。 絶望の中、尽きることなく繰り返される氷のナイフ。 その煌きは、希望の光。 四五四六四七四八四九―― 光はハッピーエンドを目指して。 誰かを守るために絶望の闇を切り裂く―― ――五〇! 低温のナイフの軌跡のままに、ガルナトスが分割された。 空気中に帯電していた稲妻が氷の結晶に反応して爆ぜて消える。絶命の悲鳴なく、ただ自然のままに稲妻の超自然体は消え去った。 終はそれを見届けると、ゆっくりと意識を闇に埋没させた。 ●そして戦いの終り 「――歪曲運命黙示録」 誰かが告げたその単語。それはリベリスタが充分な覚悟と信念を発揮した時に発揮される強力な奇跡。 無論無償ではない。代価として己の運命を差し出すのだ。 「終は? 終は大丈夫なのか!?」 運命を全て使い切った革醒者は、世界を滅ぼす因子となる。もちろん終とてそれを覚悟の上で奇跡を願ったのだろうが。 「……どうだ?」 リベリスタはフェイトの有無を確認できる。 終の胸にかすかに燃える運命の灯火。それはまだ、彼の運命が尽きていないことを示していた。 肩甲骨の剣を荒野に突き立てる。その下には、一人のバイデンが埋まっていた。 「アムデ……安らかに眠るでござるよ」 「結局、たすけられんかったか」 虎鐵が戦友の為に酒をかけ、仁太が静かに息を吐く。 「……さよなら」 糾華が静かに別れを告げる。妹をさらった憎むべき存在。フュリエを助けた存在。肩を並べて同じ敵と相対した存在。そんなバイデンに様々な思いを込めて、別離の言葉を告げる。 「分かり合えたと思ってたのに」 うつむいて拳を強く握り、突き立てた剣にその拳を当てるアンナ。その口から言葉を聞くことは叶わなかったけど、最後は分かり合えたのだと信じたい。 「その誇りは、確かに受け取りました」 「戦士アムデ。その魂に、敬礼!」 ヴィンセントと守はそれぞれのポーズで敬意を抱き、破界器を握り締める。種族は違えども、その誇りは共通するものだ。 「皆さん、行きましょう。決戦のときは近いです」 冴の言葉に促されるように、リベリスタが足を動かした。 「セリーナ、マーニェ……行こう……っ。こ……ここで、泣いてたら……アムデも眠れない、よ……っ」 「泣いてなんか、いません……!」 あひるがフュリエの二人の背中を撫でる。二人のフュリエは瞳に涙をためながら、その言葉に促されるように橋頭堡に足を向けた。 (願わくばその変質が、祝福たりえますように) バイデンの為に涙を流すフュリエを見て、彩歌は静かに祈った。思いを胸に秘め、前に進む。かのバイデンが眠るラ・ル・カーナを守るために。 世界は変わる。滅びの方向に。 崩れ行く世界に風が吹く。その風の向こう側に見えるのは世界樹エクスィス。 世界の命運をかけて、リベリスタ達は破界器を手にする。あるものは橋頭堡へ。あるものは世界樹へ。仲間と合流し、それぞれの戦いに足を向ける。 ラ・ル・カーナに落とされた戦士の名前は、リベリスタ。 おのれの運命を武器に、運命に逆らう者達。 さぁ、滅びの運命に抗おう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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