● 『ああ!? もういらねえだって!?』 電話の向こうの男がそう言うのを、義紀は軽く鼻で笑ってみせた。 「しゃーねーじゃねーか。興味失せちまったんだからよ」 ニヤニヤと笑う義紀を余所に、電話越しでもはっきりと分かる苛立をその低い声に隠しながら、男は呟くように言った。 『……こっちの目的は済んでるからな。お前が満足なら、こいつはもう必要ないだろう』 義紀には何かがかちゃかちゃと音を立てるのが聞こえる。恐らくは『それ』を男が手に持っているのだろうと義紀は思った。 「まあ待て。折角ぶっ壊された物をまた作ってもらったんだ。俺もお前の温情を無下にするのは野暮ってもんだ」 『……何が言いたい?』 男は悪態を吐くように言う。男と義紀は古くからの友人であり、現在ではよい取引相手となりつつあったが、そうは言っても義紀の気まぐれさには男もほとほと呆れて入るのだろう。 かつて彼らの間で行われるはずだったある取引があった。それはリベリスタの手によって一時的に中止に追い込まれはしたのだが、取引の材料にはそれほど影響は及びはしなかったのだ。今彼らが話しているのは、男が義紀に要請した仕事の報酬に関する話であった。だが男は、義紀の興味の矛先が想定とは異なる方向へと流れていくのを、電話越しであっても感じ取っていた。 「如月ビルって覚えてるか?」 『ああ、俺らが昔アジトに使っていた場所だな。それがどうした?』 「昔の仲間──与木っていったかねえ? 今はそいつがそこで『色々』やってるらしいんだがね」 『……知っている。だから、それがどうした?』 今度は苛立ではなく、不安を口調に含蓄させつつ、男は恐る恐る訊く。 「まあ焦るな。俺らが悪い噂立てまくったのもあって、あそこはもう全うな人間が好んで出入りするような場所じゃない。必然、集まるのは『そういう輩』、そしてそいつらの落としていく金」 『目的は金か?』 「それもある……が、なんにしてもでかくなりつつあるんでね。そろそろ邪魔なんだわ。金にもの言わせるようになる前に、潰しておこうってことさ」 ふむ、と電話越しに男は呟いた。だがその声にもはや迷いの欠片すらない。 『まあいいだろう。あれは使っていいんだよな』 「ああ」 『じゃあ、詳細は追って』 「ああ。待たな」 義紀は通話を止め、携帯電話を側のベッドに投げる。その目は、その口は、嫌らしい笑みで満ちていた。 ● 「黄泉ヶ辻と一緒なんだって?」 「別に言う事聞かねーでいいって言ってたし、誰と一緒でも構う事ねーだろ。殺らなきゃいいだけだ」 男はワインをジュースのようにグビグビと飲み干し、口を袖で吹いた。袖は血液よりも若干淡い赤に染まった。 「あのビルも多少利用価値は残ってるらしいしな」 「そこら辺も考えてるのかねえ、あの人は」 広げてあるスナックを口に放り込みつつ、疑問を述べる。 「楽しんでこいっつってたな、義紀さん」 「何を気にする事もねーからな。ただ暴れりゃいい」 「目的さえ果たせば、な」 割り込むように告げられた言葉に、男は軽く舌打ちする。 「面倒くせえ」 「だがキレられたらヤバいからな」 「だなあ」 男の目には軽い畏怖が浮かぶ。 「そういや、義紀さんはどうするって?」 「与木を捕まえたら迎えに来るってよ。近くにはいるらしい」 「あの人らしいな」 思わず呟いた男の表情はもはや、呆れさえも通り越した諦念で溢れている。 「裏野部と一緒なんだって?」 「どうせ言う事聞かねーだろうな」 「暴れさせとけばいいだろ。その方が事は楽に進む」 悪態とも取れるような言葉を男たちは次々と吐く。 「あいつらが暴れてる間に、俺たちは──」 「そうだ。二手に分かれよう」 「上と下、かな」 「その通り」 満足げに言うが、その目は笑っていない。 「片方がアーティファクトの設置、もう片方がアーティファクトの回収だ」 「来るかな、箱船は」 「まあ、来るだろ」 企てには必ず奴らが来る。恐れ、諦め、苛立、怪訝。どれとも取れる敵意をむき出しにする。 「目的が破綻した段階でもう片方に合流することにしよう。連絡は怠るなよ」 「それが一番出来ない大将はどうするって?」 やや刺のある口調で、男は問う。 「与木を殺すつもりらしい」 「あの人は勝手だな、やっぱり」 ● 「如月ビル、という建物がありましてね」 『運命オペレーター』天原・和泉(nBNE000024)は静かに説明を始める。広げた資料には六階建ての、所々外装の禿げたビルの写真が貼付されている。 「随分前からフィクサードの溜まり場だったみたいです。そもそも昔から悪い噂の絶えない場所だったらしく普通の人間は寄り付かず、『そういった者』が集まりやすくもあったのでしょう。危険なアーティファクトや薬物等の販売など、悪事が盛んに行われています」 詰まる所が悪の温床。ビルはもはや欲と金に塗れている。 「このビルを仕切っているのが与木喬一という男。かつてこの地域にのさばり、やがて散り散りになっていたというフィクサード集団の、元幹部だそうです。……関係のない話ですけどね。 ただ、欲という欲で溢れた結果少々大きくなりすぎたようで、現在裏野部・黄泉ヶ辻に所属しているかつての仲間に目をつけられたみたいです。我々が手を下さずとも、与木は彼らに捕縛されるか、あるいは殺されるかするでしょうね」 では、今回リベリスタが呼ばれた理由は、何だというのか。問われると、和泉は冷たい目をして話しだす。 「正直な話、フィクサード同士の抗争に手を出すつもりはありませんし、そのメリットもないのです。フィクサード全員から敵意を向けられるようなことは面倒なことこの上ないですからね。特別一般人が関わっているでもありませんし、どうせ潰し合ってくれるのだからこちらとしては好都合ですから。 今回の目的は如月ビルの地下にあるアーティファクトの破壊です。ビルの地下の最奥、厳重にしまわれているもので、与木が何よりも大切にしたアーティファクト。それゆえ回収に至るまでに壁を幾らか破壊するなど、困難を乗り越える必要があるでしょうね。 ちなみにアーティファクトの用途は主に拷問。効果は装備者に絶大なる幸福感を与え、外したときに死すら厭わない絶望感を残す。これを与えては外し、決して死ぬことを許さずに精神を弱らせ、重要な情報や人員、資材、あるいは資金を獲得しつつ、肥大化してきた。それが与木をトップとする『如月ビル』だそうです」 手を出すことのはばかられる醜悪を、それと同等以上の醜悪が叩き潰そうというのだから、願ってもない機会だろう。 「今回の依頼では裏野部、黄泉ヶ辻、如月ビルの三つの集団が関わってきます。 如月ビル側は基本的に防衛に回るでしょう。もちろん抵抗に足る手段を持ち合わせていないわけではありませんが、それよりも黄泉ヶ辻・裏野部の戦力の方が勝る。こちらが手を出せば別ですが、無闇にそうする必要はないでしょうね。 裏野部は基本的に暴れています。殺し、攪乱し、与木を捕らえることが彼らの目的です。どうするつもりかは分かりませんが、彼らに手を出すのも得策ではないかと。こちらを認識すれば、攻撃を仕掛けてくる可能性もありますし。 恐らく厄介なのが黄泉ヶ辻。彼らは二手に分かれて行動します。片方は地下にアーティファクトの奪取に向かうでしょう。彼らがアーティファクトを回収しかねないからこその今回の依頼です。もう片方は屋上に向かっています。屋上の組は、正確な効果は分かりませんがアーティファクトを所持しており、回収組の回収が済んだらビルの破壊を実行します。また与木の殺害に向かっている黄泉ヶ辻のフィクサードが一名いるようです。 与木がどのように動くかは定かではありませんが、こちらに被害の及ぶような行動をとることも考えられますし、十分に気をつけてください」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:天夜 薄 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月06日(土)23:40 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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● 「阿久津ちゃんと一緒なんだって~?」 「よろしくねー殺人鬼ちゃん」 作戦前、『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)と『大風呂敷』阿久津 甚内(BNE003567)の陽気な声が空気を震わせた。 「好き勝手やっていいんでしょ? 楽しみー」 「いつも好き勝手やられてる仕返しってね〜」 「コソコソバカやってた報いだよねー。僕ちゃんたち来たからって怖がることもないのに」 「俺様ちゃんだって理不尽ってわけじゃないのにね〜」 「ちゃんと言う事聞くのにねー?」 「言うことはちゃんと聞くよね~殺すけど」 キャハハと高笑う。目元はニヤリと緩んでいたが、瞳の奥では僅かな狂気が見え隠れしていた。 「暴れちゃっていいでしょ。その方が事は楽に進むよね☆」 「そーそー 僕ちゃんたちが暴れてる間に 皆が──」 ● 「な、何だ貴様ら──うおぁ!」 隙のない打撃が男を襲う。痛みに震えながら立ち上がる彼の目の捕らえたのは、今しがた自分に打撃を加えたとは思えない凛々しい立ち振る舞いの『Trompe-l'œil』歪 ぐるぐ(BNE000001)であった。 「はいはーい、ぐるぐさんのお通りですよ、危ないから退けてくださいね」 「ここは立ち入り禁止だ、退くのはそっちの方だ!」 男は素早くぐるぐと近接し、懐から取り出したナイフを彼女に振り下ろす。しかし彼女がそれを軽々と避けると、代わりに男の目に映るは『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)の得物の切っ先であった。男は彼女の一撃を成す術無く受け、そのまま仰向けに倒れた。まだ意識はあるようだったが、あまりの衝撃に混乱しているようであった。 「貴様らよくも──」 「おっと、お前の君はこっちだ」 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は光り輝くナイフを手にもう一人の男へと斬り掛かる。斬撃は見事に男の腹を抉るが、男は反撃とばかり下から上へ剣を振るう。快はそれを受けながら体を逸らすように後退した。代わりに、『鋼鉄の戦巫女』村上 真琴(BNE002654)が放った大上段からの一撃が、男を地へと叩き伏せた。何度か朦朧とする意識で男は動作をしようとしたが、果たしてそれは叶わなかった。 「如月ビルが所持するアーティファクト『ハピネス・アビューザー』は非人道的なものですので、是非ともこの機会に破壊をしなければ」 『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)が気を引き締めて言うと同時、ニヤリと笑うような口調で呟く声を、彼は聞いた。。 「今回の仕事は火事場泥棒ですかー」 『残念な』山田・珍粘(BNE002078)が誰に確認するでもなく口にする。フィクサードの抗争。その合間持ち去られようとしている一つのアーティファクト、『ハピネス・アビューザー』。持っているだけで幸せになれる、何ともうさん臭いアーティファクトだと珍粘は思う。 「私、そういうのも好きなんですよ」 独り言のように、彼女は楽し気に言った。 見張りの二人がその職務を為せなくなったことを確認すると、リベリスタたちは息つく間もなく裏口の扉を開ける。入り口では陽動に向かった葬識と甚内がうまくやってくれてはいるのだろうが、それとてどれほどの時間が稼げるのか、確かなことは分からない。早急に物事を進めるのが吉と言えた。 「おじゃましまーす」 ぐるぐを戦闘に、リベリスタたちが足早に如月ビルへと侵入する。 「まだ音は遠い。今のうちだ、急ごう」 『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が耳をそばだてつつ提言する。しかし向かい始めるより先、裏口に向かってくる数人の人影をユーヌは見た。彼らは、リベリスタと相対すると少し怯えるように身体を竦めたが、リベリスタが自分たちに興味がないことを察すると、素直に裏口から飛び出していった。どちらにとっても、戦う利点は無いに等しい。 「複雑な状況だ。やるべきことをしっかり見据え、流されないようにしないと」 快の言葉と共に、リベリスタは階段へと向かった。 ● 「おら邪魔だ、退きな!」 鋭い蹴撃が繰り出され、男は転がるようにそれを避けた。そして立ち上がると同時、鋭く突き出した槍を相手に突き刺した。だがそれは服を突き破るだけに終わった。 「退けと言われて、退くだけのバカはここにはいないぜ」 「てめえは退く必要はねえんだよ」 嘲るように男は言う。ズラリと並んだ男たちが対峙する。裏野部と黄泉ヶ辻の連合と、如月ビルの鋭兵が向き合って、神経を逆撫でし合っていた。 「俺らが退かすんだからよ」 弾けるように飛びかかった両軍が剣戟を交わした。ビルを守るか、奪われるか、或いは、壊されるかという様相を呈していた。その様子を遠目に見つつ、彼は静かに、アクセス・ファンタズムに語りかける。 「あーあー、こちら殺人鬼、殺人鬼」 真面目そうな言葉を吐きながら、声色は陽気そのものであった。けれどもその真面目さも、瞬時に消え失せた。 「抗争が始まったみたいだね〜。そっちはどう?」 『見張りが意外にしつこくてな。だが、もうすぐ片付きそうだ』 まだ闘いの途中であろうユーヌが、突入前の静けさを体現するように言った。 『そうしたら地下へと向かう。黄泉ヶ辻はまだ、外か?』 「そうだね〜だけど、人数的に不利みたいだし、突破は時間的な問題かな〜」 積極的に戦列に加わっている裏野部と対照的に、黄泉ヶ辻は遊撃的に動き回り、徐々に入り口へと近付きつつあった。与木の私兵も当然それなりの実力を持っているのだろうが、雪崩れ込む人の流れには対抗できそうもない。 最中、葬識は通信先からうめき声のような声を聞いた。 『……終わったようだ。これから地下へ向かう。準備は?』 「うん、いっぱい楽しんでくるよ〜」 『そう言えば、与木は?』 「まだ六階にいるね〜やっと気付いたみたい。まだ影響はなさそうかな〜」 『そうか、じゃあまたな』 はいは〜いと茶目気たっぷりに言って、通信を切る。そうして葬識は改めて、戦況を見通した。人数的に圧倒的な裏野部と黄泉ヶ辻の中には、幾らか暇そうにしている者もいる。 「じゃあ行こうか〜阿久津ちゃん」 「了解ー」 軽く言葉を交わして、二人同時に飛び出した。葬識と甚内はそれぞれに狙いをつけ、敵に斬撃を加えた。背後に幾らも注意を払っていなかった彼らは受け身の体勢を取ることもなく、無防備に吹っ飛んだ。その様子に、周囲にいたフィクサードは驚いて、二人を見た。 「六道だよ~☆ 最近宗旨変えしたの」 「逆凪が噛まないと思ってたー?残念★美味しい所は当然貰うよー?」 口々に、彼らは狂言を吐いた。けれども、目紛しく変化する状況は、二人の嘘を真と錯覚させる。 「くそ、他勢力の介入なんて聞いてねぇぞ!」 唇を噛みつつ、彼らはビルを突破せしめんとする勢力と、二人に対抗する勢力とに分断される。そしてそれの及ばない範囲で、一人が通信機を取り出した。 「義紀さん、六道と逆凪が噛んだみたいです! 応援を──」 『……あぁ、『奴ら』か』 向こう側で冷静に言う声がした。 『必要ねえだろう。とりあえず暴れたい奴らと与木捕まえにいく奴らとに分かれろ。それで十分だ』 「わかりました」 通信を切る。その最中も徐々に、ビルへの道は切り開かれつつあった。だが甚内はニヤリと笑み、自分たちに注意を引きつけようとした。 「はいはーいボコっちゃおーね」 甚内の狙い澄ました一撃が、戦場を駆ける。 ● ビル内は閑散としていた。もちろん、入り口付近から聞こえる闘いの音は煩く響き渡っているのだけれど、対照的にビル内には音がない。取引相手は先ほどリベリスタとすれ違って、逃走した。ビル内に留まっているのは既に与木だけなのであろう。少なくとも、黄泉ヶ辻や裏野部が突入するまでの間は。 階段にたどり着いても、その様子は変わりない。黄泉ヶ辻はまだビル内に侵入してはいないようだった。階段を急いで駆け下りてくるような音もない。 「幸運を」 誰ともなく呟いて、ぐるぐとノエル、そして『もぞもそ』荒苦那・まお(BNE003202)は地下へと向かった。残りは階段の前に留まり、その道を通らんとするフィクサードが来るのを、待った。 回収に向かう組が階段を駆け下りる音が鳴り止んだ、その数瞬の後、何かが壊れるような音がした。それは地下ではなく、一階で鳴った音のようだった。続いて大勢が駆け込んでくる足音が聞こえた。リベリスタには視認することが出来なかったが、それはどうやら入り口が破壊された音のようであった。 「来ましたか」 京一が静かに言った数秒後、リベリスタはフィクサードらをその視界に捉えた。 「まさか、ここにいるとはな!」 フィクサードはアークがいるということではなく、この場所で待っていたことに驚いているようだった。 「予想してたんだろう? お待ちかねだ」 「出来れば、即刻お帰り願いたいね!」 ユーヌの挑発に、男は彼女に急速に接近して斬り付ける。傷を負いながらも、ユーヌの背後には不吉な影が現れ始めていた。 「安心しろ、何時もの如く押し売りだ」 影が男を包み、弾けとんだ。男は影を引きづりながら後退し、他のフィクサードがリベリスタと交戦し始めるのを苦々し気に見ていた。 「屋上に行く奴はエスカレーターを上れ! 後の奴は、ここを突破するんだ!」 指示を受け、何人かは道を逆行し、彼らの目的を果たしに向かった。 「あれー、思ったより少ないみたいですねー」 剣を振るいつつ、珍粘は挑発するように言った。 「こっちも色々と、忙しいんだよ」 イライラした口調の男は、それを発散するかのごとく、目一杯の力で拳を振るった。だが、それを遮るかのごとく、剣戟が舞う。 「悲しいですね。どうして、私達の前に貴方は立っているんでしょう」 珍粘が静かに、しかし力強く口にする。 「これじゃあ、斬るしかないじゃないですかあ。ふふふふ……」 ● 「さーて、怪盗の本領発揮ですよ!」 地下へと降り立った三人は、慎重にその部屋へと歩を進めていた。そこまでの通路には幾つもの部屋があり、常日頃ここで取引が行われているのだろうと思われた。けれども通路自体には大層なセキュリティがあるようではない。そういうものがあるのは部屋に入ってからなのだろうと、ぐるぐは思った。 案の定、目的の部屋まではすんなりとたどり着くことが出来たが、部屋へと続く扉は堅牢そのものであった。 「どうですかぐるぐさん」 「うーん、万全ってのは、嘘じゃなかったみたいだね」 ぐるぐは念入りに壁と扉を調べていた。まず部屋の中と外両側に、侵入を知らせる警報装置がついていた。ぐるぐはそれらの機器を遮断しながら、即座にそれらを破壊した。 「まおさん、通れる?」 まおはそれを受けてペタペタと壁と扉を触るが、身体が壁を通り抜けることは、ない。 「駄目ですね。アーティファクトの効果か何かですかね」 「鍵もアーティファクト由来っぽいしなー」 そう言ってぐるぐは壁に付けられた三つの鍵をジッと見る。一つ目は物理的な鍵で開くもの、二つ目はダイヤル式の鍵であった。これらは、ぐるぐは物ともせず突破することが出来た。けれどももう一つはそれほど単純なものではない。まずドアノブが微動だにしないのだ。恐らくはアーティファクトを装備することで、ドアノブが動作するようになるものだとぐるぐは考えていた。 「仕方ないなあー」 セキュリティの本質は掴めておらず、また時間もそれほど猶予があるとは思えなかった。半ば諦め口調でぐるぐは呟く。 「ノエルさん、超ピッキング(物理)お願い」 「分かりました」 ノエルは承諾し、渾身の力を込めて得物を叩き付けた。凄まじい轟音が壁に反響して鳴り響いた。壁に多少のヒビが入る。二度、三度と、叩き付けるが、丈夫な壁にヒビが入れども、壊れるにはまだ時間がかかりそうだとノエルは思う。 何度目かの音が消えていった頃、三人の背後で音が鳴った。同時、エリス・トワイニング(BNE002382)からの通信が入った。 『ごめん……なさい……二人、そっちに行っちゃった……』 「仕方ないよ」 ぐるぐが伝えると同時、ノエルが得物を叩き付ける。壁の全体がひび割れていた。後一息と言った所であった。 「こっち何とかする。そっちは何とか食い止めて」 通信を切り、ノエルに背中を向ける。 「ノエルさんは壁を壊すことに集中して。まおさんと食い止めるよ」 「お願いします」 男が接近するのが見える。ぐるぐはその動きを注視しつつ、迎え撃った。 ● 「これ以上は通さねえよ!」 地下へと駆けていく仲間の姿を追いかけようとするフィクサードの道を、快が阻む。舌打ちしながら男はそのままの勢いで拳を振り下ろす。真琴共々、守りに徹していたのだが、全てを防ぎきれる程フィクサードの勢いも甘くはなかった。 「通った時点で、こっちの勝ちみてえなもんだ!」 「十分だといいですね」 京一は皮肉りつつ、福音を鳴らす。 「皆さんが思ってる程、甘くないと思いますよ」 「うるせえ!」 閃光が飛び、リベリスタたちを突き刺した。それをすり抜け、珍粘が幻影と共に斬り付ける。 「遠吠えでもしているがいい。お似合いだ」 ユーヌの背後から影が伸びてくる。それが男に襲いかかると同時、何かが崩れ落ちるような音が聞こえた。それはビルが崩れる音ではなく、地下から響いてきているようだった。 「フィナーレ間近ですねー」 ふふふ、と笑いながら珍粘は言った。 「アローアロー?逆凪一派 漁夫の利を得たり!ぎゃははは!ザマーあ★」 取り上げた通信機に向け、甚内は笑いながら言った。裏野部と黄泉ヶ辻がビル内に入り、大分外は閑散とし始めていた。残った者も、葬識と甚内が粗方倒してしまっていた。葬識が、自分の倒した男の首を鋏で切る。 まだ生きているフィクサードたちが、俄にざわめき始めていた。それは二人が闘いを優位に進めている故でなく、もっと核心的な事由のためであると思われた。恐らくは、黄泉ヶ辻と交戦中であろう『彼ら』が何かを起こしたか、裏野部と黄泉ヶ辻の間に何かがあったのだろう。 葬識はその様子をニヤニヤと見ている。全てのことはもはや、彼らを楽しませる理由にしかなっていなかった。 「今夜は楽しいパーリナーイ★」 甚内はただ、無邪気に言った。 ガラガラと音を立てて壁が豪快に崩れ落ちた。もはやセキュリティは何の意味も為していない。ぐるぐはフィクサードの攻撃を丁寧に捌くと、すぐさま反転してアーティファクトの方へ向かう。彼女に対しては如何なる機器も反応しなかった。フィクサードが声を出す間もなく、彼女はアーティファクトの元にたどり着き、慎重に、素早く手に取った。 幸いなことに、アーティファクトを管理していたセキュリティは『電子機器』であった。 障害もなくそれを手に取ったぐるぐは、カチャリとそれを開けて素早く手を振ってアーティファクトを宙に投げ出した。猛スピードでぐるぐに接近する男の姿があったが、ぐるぐは真っすぐにアーティファクトだけを見つめていた。 ぐるぐは得物を即座に振り上げて、それに思いきり叩き付けた。同時、フィクサードの手がアーティファクトをかすめるが、それを掴むには至らなかった。 瞬間ぐるぐの頭に幸福感が流れ込んできた。それはたった一瞬の感情であったけれども、それが過ぎ去るとそれは圧倒的な絶望感となって彼女の中に留まった。ぐるぐの息があがり、彼女は膝をついた。男がその様子を、見下すように見ている。 「ざまあねえな。……ずらかるか」 そう言って、フィクサードらは身を翻して脱出を始める。フィクサードは皆、既に通信機を壊されているようで、ビルの崩壊までにはまだ時間があるだろうと思われた。そして彼らにはリベリスタをビル内に留めておく理由もなかった。フィクサードが、リベリスタを阻むことはない。 「大丈夫ですか!?」 ノエルは素早くぐるぐに駆け寄り、急いで腕を肩に回して立たせた。 「ちょっと、キツいかもね」 苦く笑いながら、ぐるぐは引きずられるようにその場を後にした。 ビルは、崩れない。 ● 「与木は、裏野部に連れて行かれたみたいだね〜」 葬識は与木について聞かれるとそう答えた。裏野部に取り囲まれて車に乗せられ、どこかへ去っていったという。葬識と甚内は何とか与木と関わろうとしたが、壁を突破するには至らなかったそうだ。 結局は、黄泉ヶ辻の試みは全て砕かれ、裏野部の目的はほぼ果たされたようであった。たった一つ、黄泉ヶ辻と裏野部双方の思惑が合致したことがあるとすれば、彼らはどうやら如月ビルを双方のものとすることを決めたようだった。与木は何処かへと連れて行かれたが、それは『如月ビル』という存在を破壊するには至らなかったのだ。 「与木はいずれ殺さねばならぬでしょう」 ノエルは静かに言い、快は応えるように、言う。 「あのビルも、いずれは」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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