●水底の少女 薄暗い山道。頼りになるのは、ぼんやりとした月明かりのみ。 そんな中、少女を背負って歩く女性が1人。その顔は、汗と血に濡れ、引きつっていた。 泣き笑いのような表情を浮かべ、女性は急ぎ足で山道を昇る。 女性の背に背負われた少女は、ピクリとも動かない。時折地面に垂れているのは、彼女の流した血だろうか。ガクンと、力なく少女の首が倒れる。 鼻と口から大量の血を流す少女。鼻は曲がり、顔中に広がる紫の痣。服に隠され見えないが、きっとその身体も、痣だらけだろう。きっとそれは、虐待の痕。 少女を背負うこの女性は、彼女の母親なのだろう。 元来、気の短い女性であった。その日も、離婚した元夫と親権を巡って言い争いの喧嘩をしてきたばかりだった。気が立っていたのだ。そこに付けて、少女は外で遊んで服を泥だらけにして帰って来た。 お仕置きと称した、ストレス発散。少女に加えられる日常的な暴力。 その日もまた、いつもと同じ暴力が少女に降りかかった。 ただ1つ違ったことは、その日の母親はいつにもまして、気が立っていたということだけ。 行き過ぎた暴力は、少女の頭に致命的な傷を負わせてしまう。血を吐き、倒れた少女はピクリとも動かない。救急車を呼ぼうとした母親は、そこでふと、その手を止めた。 彼女が考えたのは、娘の身より自身の身の安全。 幸い、女性は死体を隠すのに丁度いい場所を知っていた。 近くの山の、更に奥。人が滅多に立ち入らない、廃棄されたダムの跡。水が溜まり、深い。 そこならば、死体を遺棄しても、ばれないのではないか。 そう考えた彼女は、少女をそこへ捨てる決心をした。 まだ、少しだけ息があることにも気付かないまま……。 「あなたが悪いの。私は悪くないから」 そう言って、女性は少女の体をダムに放り投げた。石を括り付け、浮いてこないようにすることも忘れない。完全に少女の体が沈んだのを確認すると、女性はダムを後にする。 泣きながら、狂ったような笑い声をあげて、その場から立ち去っていったのだ……。 けれど……。 彼女は、予想していなった。否、予想のしようなど、なかっただろう。 まだかろうじて息のあった少女が、偶然にもノーフェイスと化すことなど、ちっとも……。 ダムに溜まった水の中を、何かが高速で泳いでいる。それは、先ほど捨てられた少女だ。 感情の無い魚のような瞳。頬には鱗。 スカートの下から伸びるのは、イルカのような尾ヒレ。神話に出てくる人魚のような少女は、しかし、一切の物事を考えることはできない。 打ちどころが悪かったのだ。 頭を怪我した少女からは、まともな思考能力が既に失われていた。 母親への恨みも、虐待された苦しみも、全て忘れ。 彼女はただ、汚れた水の中を泳ぎ続けるだけだ。 ただ1つ……。 自身の身を守るという、強い想いだけを残して、少女は全てを失った。 ●悲しみに沈む……。 「痛ましい事件……。けれど、こんなことよくあること。それが悲しい」 目を伏せ『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)がそう呟いた。 けれどすぐに視線を上げ、モニターを操作する。映し出されたのは、早朝のダム。薄く汚れた水の中を、12、3歳ほどの少女が泳ぎ回る。 「これが今回のターゲット。名前はもう、ない。ノーフェイスと化して、記憶もなにもかも、失ってしまったから」 もちろん、家族も。 なんて、寂しそうに囁く。 映像が拡大され、映し出されたのは少女の顔。魚のようない瞳に、青空が反射している。 けれど、彼女の目はなにも見ていない。 イルカのような足で水を掻き、ただ泳ぐだけ。生きるだけ。 それだけのことしか、彼女はしない。 たったそれだけが、彼女の生きる理由。 「だけど、このままにはしておけない」 世界のバランスを崩す要因となるだけだからだ。このまま、彼女を野放しには出来ない。 「辛いだろうけど、彼女を討伐してきて。一応の呼び名として彼女のことを(マーメイド)と呼ぶことにするから」 いつの間にか、モニターの中から、マーメイドの姿が消えていた。水底へ潜っていったのだろう。 「見ての通り、泳ぐのが早い。戦場は恐らく、この半径30メートル程度のダム内になると思う。こちらはボートかなにかでの移動になるのだろうけど、向こうは自由自在に水中を移動することが可能」 それだけでも、だいぶ厄介。 と、イヴは告げる。 「水を操る能力を備えている。素早いのと、攻撃の射程が長い。反面、撃たれ弱いし、近接戦闘は得意じゃないものと思われる」 元がまだ幼い少女なのだ、それも仕方のないことだろう。 「可哀そうだけど、救うことはできない。終わらせてあげることしか出来ない」 そう言って、イヴは寂しそうに目を伏せるのだった……。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:病み月 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月05日(金)23:56 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●悲しみに沈む……。 ダムに溜まった水の中を、なにか巨大な影が横切る。魚にしてはそれは大きく、そして速い。 下半身のフォルムは明らかに魚。しかし、上半身はどう見ても、まだあどけない少女のそれであった。人魚、という言い方が一番しっくりくる。 元々は普通の少女でしかなかった彼女だが、しかし既にその身は人ではなくなっている。ノーフェイス(マーメイド)というのが、今の彼女の呼び名だ。 「同情、しないわけでもない、けど……」 水中に潜り込んだ『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)が、そう呟く。天乃は水を蹴って、マーメイドの目の前に移動する。 「もう人間とは体の作りが違う……さすがに泳ぎは早いわね」 天乃と同様に、マーメイドの背後には『碧海の忍』瀬戸崎 沙霧(BNE004044)が立っていた。スキルにより水中でも呼吸の心配がない2人である。水に潜ったままこちらの様子を窺うマーメイドを、水上に追い出す為、ここまで潜って来たのだ。 『……………………………』 じっとりした不信感丸出しの眼差しを2人に向けるマーメイド。 次の瞬間、マーメイドの周囲の水が、ごぼごぼと泡立ちはじめる。泡が集まり、魚の形を取り始めた。泡、というか水で出来た魚の群れが、2人に襲い掛かる。 「出来るなら、捕まえて浮上といきたいけれど」 革紐を巻きつけた拳を振り抜き、魚を迎撃する沙霧。 「哀れな、人魚姫……」 天乃が、全身から伸ばした気糸で魚たちを絡め取る。しかし、一瞬の隙をついてマーメイドは、2人の眼前から姿を消した。泡と魚群に紛れ、その場から逃げ出したのである。 視界の隅にマーメイドを捕らえながらも、魚に襲われる2人はそれを終えないでいた。 これは、水底に沈んだ少女の、終わりの話……。 ●水底の少女……。 「今回は心が納得しきれないですね……。バランスを崩したのは、彼女ではないはずなのに」 ボートの縁に顎を乗せ『シトラス・ヴァンピール』日野宮 ななせ(BNE001084)が悲しげな顔で水面を覗きこむ。水中では、天乃と沙霧が魚相手に戦闘を行っているのが見てとれる。 「ま、やるしかないな」 と、マーメイドの境遇を思ってか、浮かない顔をしている『chalybs』神城・涼(BNE001343)がそれに答えた。腰の刀に手をかけて、いつでも戦闘行為に移れるようにしている。 「憎しみは常に悲劇を孕む。例え辛かろうが、目を逸らしたかろうが、ここで止めなければいけないよ」 木刀を手に『猛る熱風』土器 朋彦(BNE002029)が渋面を作る。船上からのサポートが、彼らの役割である。とはいえ、敵の姿も捕らえられていない現状では、出来ることも少ない。 ななせ、涼、朋彦を乗せたボートの他に、もう一隻、ボートが水面に浮いている。そちらでも同様に、3人の仲間が待機している。 「見つけた……。こうなった以上、倒すしかないのですが」 気が進みません、なんてぼやきながら水中目がけ魔弾を撃ちこむのは『おとなこども』石動 麻衣(BNE003692)である。水面付近まで上昇してきたマーメイドの姿をその目に捕らえ、彼女は展開させていた魔弾を放ったのだ。 「結局、誰かがコイツをやらなきゃならねーのがツラいトコだぜ」 忌々しげに口元を歪める『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)。しなやかな脚を振り抜き、真空の刃を放つ。できるだけ苦しめることのないよう、一気に片を付ける為の容赦ない一撃である。 しかし、2人の攻撃はマーメイドに届かない。否、水中を自在に高速で移動するマーメイドにとっては、水中で敵の攻撃を回避することなど、造作もないことなのである。 魔弾と真空の刃が着水する。蒸気が巻きあがり、周囲に白い霧が立ち込めた。同時に、水面が大きく波打ち、ボートが揺れる。 「水上戦とはな、何ともやり難いものだ……」 小さく舌打ちをするのは『あるかも知れなかった可能性』エルヴィン・シュレディンガ―(BNE003922)である。仮面の奥の瞳を細め、見失ったマーメイドの姿を探す。片手に魔力銃を握り締めて、ボートから身を乗り出した。 その時……。 ドン、と何かが爆発したような大音と共に、噴水みたいな勢いで水柱が空にむかって立ち上がる。水面が大きく揺れて、エルヴィンはバランスを崩し、危うく水中に落下しそうになってしまう。 「あっぶねぇ」 エルヴィン同様、咄嗟にボートの縁を掴んで落下を防ぐヘキサ。 「うわわ! ちょ、水が!」 引きつった表情を浮かべ、麻衣が叫ぶ。彼女の見ている目の前では、空中で散開した水柱が矢を形作り、今まさに降ってこようとしている所であった。 3人は、それぞれの攻撃でもって弾幕を作り、矢を防ぐ。 「やはり、地の利は向こうが有利か」 エルヴィンが呻くようにそう言った。すでにマーメイドの姿は完全に見失っている。 「怒らせちゃったみたいですね」 ハンマーを肩に担ぎ、ななせが言う。視線の先では、水の矢に襲われるもう一隻のボートと仲間達の姿。 そして……。 「こっちもか」 と、呟く涼の眼前には巨大な水の竜が水中から顔を出している。鋭い牙の並んだ顎を大きく開き、声にならぬ声で吠える。 竜を作りだしたらしいマーメイドが、水底に潜っていくのを涼の目が捕らえる。けれど、水竜を目の前にしたこの状態では、そちらに意識を向けている暇などないだろう。涼は、腰の刀を引き抜き、構える。 一瞬、涼の体が二重にぶれて見えた。音もなくボートから飛び出した涼の幻影が竜の体を切り裂く。ラ・ミラージュと呼ばれる、幻惑の武技によるものである。 「遠慮や手加減はしない。それが役目だ」 朋彦の言葉と共に、水面に魔炎が広がる。炎は竜の体とその周辺を包み込み、じりじりとその身体を蒸発させていく。 竜が吠え、水中に潜りこんだ。水しぶきが飛び散り、ボートが大きく揺れる。竜は水中で大きく旋回すると、ボートの真下に回り込む。 「下だよ! 気を付けて!」 なんて、朋彦が仲間に注意を促す。しかし、間に合わない。否、対処のしようがないと言ったほうが正しいだろうか。ボートを突き上げるように水中から飛び出す竜。ボートが大きく揺れ、宙に浮かびあがる。 浮遊感ののち、数メートル上空までボートは跳ねあげられる。宙に投げ出される3人と、3人に向かって襲い掛かる水竜。水を撒き散らし、竜が口を大きく開く。 「牙に気をつけて!」 叫ぶ朋彦。逆さになった視界に竜の牙が飛び込んでくる。木刀を突き出し、竜の牙を受け止めるものの、受け切れない。牙が彼の胴に突き刺さった。 「得意な所で決めてくぜ」 涼も迎撃に加わるものの、それでもまだ足りない。そもそも3人は空中に投げ出された状態で、足場もないのだ。水中と空中を自在に泳ぎ回る竜相手では、力不足。 ただ、一瞬、その動きを止めることしか出来ないでいた。しかし、それで十分。一時とはいえ、動きを止め、牙を防いでしまえば良かった。 「思いっきりいきますっ!」 宙に投げ出され、落下する勢いに乗ってハンマーを振り下ろすななせ。固定された竜の頭部に、ななせのハンマーが叩きこまれる。竜の頭部が弾けて、水しぶきと化す。 頭を失った竜の体が水へと戻り、水面に降り注いでいった。 「よし!」 拳を握りしめ、笑みを浮かべるななせ。 水竜を退けることに成功したものの、3人の体は真っ逆さまにボートごとダムへと落ちていった。 「追い詰めて、あげる」 くい、とハンドサインで沙霧に指示を飛ばす天乃。魚群を退け、視線を巡らす。たった今、仲間が3人水中に落下してきた所だ。恐らく、自力で陸なりボートなりに戻ることは可能であろう。 厄介だった水竜は、ななせが叩きつぶした。次に魚や竜を作られる前になんとかしてマーメイドを発見し、追い詰めたいところである。 「一応、ボートはもとに戻して、おくけど」 転覆したボートを再び引っ繰り返す天乃。 それを手伝っていた沙希霧が、あ、と声を上げた。指さした先には、水底からこちらの様子を窺うマーメイドの姿がある。両手をこちらに向けて、不機嫌そうな顔をしている。 感情も、記憶も失っているマーメイドだが、人間に対する不信感は強く感じているようだ。ましてや、自由に泳いでいる所を襲われたのである。たまったものではないのだろう。 腕を振るマーメイド。何か、半透明の槍のようなものが水中を突き進んでいくのが見える……気がする。ひどく視認し辛い水の槍だ。 「容赦はしない」 と、沙霧が呟いた。紙一重で水の槍を回避し、水中を泳いでいく。しかし完全に回避することは出来なかったのだろう。剥き出しの肩から血が流れる。 何度も、マーメイドは水の槍を撃ち出す。それを回避しながら、沙霧が近づいていく。体を掠め、時には回避しきれず水の槍に体を貫かれる沙霧。痛みに顔を歪めながらも、潜り続ける。 マーメイドが攻撃を止め、くるりと体を反転させる。再びどこかへ逃げ出すつもりだろう。 しかし……。 『………?』 ガクン、とマーメイドの体が動きを止める。キョロキョロと視線を泳がすマーメイド。その手足には、細い気糸が巻き付いている。じわり、と糸に触れている部分が裂け、血が滲みだす。 「上手く、いったね。連携」 糸の先には、天乃の姿がある。一度水面に上がって、マーメイドの背後に周りこんでいたのだ。沙霧がマーメイドを引き付けている間に、気糸を伸ばし、その身を糸で絡め取ったのである。 「思い切り殴るし、思い切り蹴るわ」 水底を蹴って、飛び上がる沙霧。革紐の巻きついた拳を握りしめ、振り抜いた。 幻影を生み出す、素早い打撃。沙霧の拳を胴に受け、マーメイドの体がふわり、と浮かび上がった。口の端から血が零れる。ノーフェイスと化したとは言え、元はただの少女。頑丈とは、とてもいえない体しか持っていない。 気糸で絡め取ったマーメイドを、そのまま水上へと引っ張り上げる天乃。糸から逃れようと少女がもがく。けれど、糸が解けることはなかった。 ごぼごぼと、少女の周りに泡が立つ。泡は集まり、何かの姿を形作る。それは、水の竜であった。竜は少女の周りを泳ぎ回る。気糸が切断され、少女の体が解放される。竜はまっすぐ、天乃に襲い掛かった。 「そっち、任せる」 竜の攻撃をギリギリ回避した天乃がマーメイドを指さす。頷いて、沙霧がマーメイドへ向かって迫る。マーメイドは、先ほど沙霧の拳を受けた胴を抑え、水上へ向かう。 沙霧がマーメイドに追いついた。マーメイドは、恐怖の滲んだ表情で沙霧を見つめる。 それから……。 腕を水面に向けて、巨大な水の柱を巻き上げた。 「出来ることなら、捕まえて浮上といきたいけれど……」 水柱に巻き込まれ、水上へと運ばれる沙霧。マーメイドの細腕に向けて、目一杯その手を伸ばす。水竜と水柱が渦を巻いて、彼女の視界が泡で包まれた。 ゴウ、と水面が爆発した。 少なくとも、ボートから様子を窺っていた麻衣の目にはそのように見えていた。爆発の後、現れたのは水で出来た竜巻だ。その中に、水中へと潜っていたはずの沙霧の姿が見える。 「あれは、マーメイド……か?」 ボートに復帰した涼が呟く。視線の先には、竜巻と、その中にいるマーメイドの姿。竜巻に巻き込まれた沙霧が宙に投げ出され、水面に落ちる。 「カウンターを叩き込むには、遠いですね」 ハンマーを手に、ななせが呻く。彼女の視線の先、マーメイドが腕をこちらに向けるのが見える。直後、水しぶきが矢と化し、ボートへと降り注ぐ。 「さばききれないぞ……」 頬を引きつらせる涼とななせ。それぞれの武器を眼前に構え、防御に回る。そんな彼ら目がけ、容赦なく矢の雨が降り注ぐ。衝撃に備え、ななせはきつく目を閉じた。 しかし……。 予想していた痛みはいつまでたっても、襲ってこない。 「かわいそうな人魚。そんな感想は君に失礼だね。君は生きようとした……」 目を開けたななせと涼が見たのは、全身を水の矢で貫かれ、唇から血の流す朋彦の姿だった。2人を庇って、矢を受けたらしい。 「だから僕らも、真摯に君を殺しにいくよ」 ふら、と朋彦の体が倒れる。意識を失ったのだ。 それを涼が受け止めたのと、同時に……。 「あなたの死は、せめて私達が覚えていてあげますから」 水柱の中のマーメイドに、麻衣が放ったいくつもの魔弾が撃ちこまれた。 魔弾を撃ちこまれた水柱が崩れていく。バシャバシャと飛沫が飛び散っていく。マーメイドの体が、宙に放りだされた。 それでもなお、水の中へ戻ろうともがく。魚の下半身をバタつかせ、水へと手を伸ばす。 水の中だけが、唯一残った、マーメイドの帰る場所なのだ。感情もなにも失った筈のマーメイドの顔に、悲しげな色が浮かぶ。 「苦しいだろうな……すまない、すぐに終わらせてやるからな」 マーメイドの目の前に、ナイフを構えたエルヴィンが躍り出る。ボートを蹴って、宙へと飛び上がったのだろう。高速でナイフを振り回し、マーメイドを斬りつける。 無数の刃に襲われたマーメイドが牙を向くが、水を失った彼女は最早何も出来ない。それでも、振りまわすマーメイドの腕がエルヴィンの首に届く。 爪がエルヴィンの首を切り裂き、そこから血が流れる。ダメージなどほとんどないだろうが、それでもエルヴィンは顔をしかめて悲しげな目をマーメイドに向ける。 首に食い込む爪をそのままに、そっと手を伸ばし、マーメイドの頭を撫でた。 それから……。 「生まれ変わることがあるのなら、家族の温もりのある優しい世界に生まれてくることを願っているよ」 頭を撫で、そっと手を離す。 ゆっくりとマーメイドから離れていくエルヴィン。それと入れ替わるように、ヘキサが宙へと舞い踊る。体を捻って、マーメイドの真上へと移動した。 「恨みも恐怖もナシで逝けたのがせめてもの救いだろーぜ」 鋭い足刀をマーメイドの背に叩きこむヘキサ。そのまま、止まることのない流れるような動きで、マーメイドの体に蹴りを叩き込んでいく。 ギリ、と悔しそうに唇を噛みしめながら、攻撃を続けていく。 「……納得は、できねーけどな」 この場にいないマーメイドの母親へ向けた恨みに近い感情。 そして、まだ幼い少女を倒す以外に救い道がないことが、悔しいのだろう。 噛み締めた唇から、血が零れる。 最後に、一撃。 マーメイドの胸に、ヘキサの脚が突き刺さる。 マーメイドの体は水面へと落下していきながら、崩れていく。ボロボロと、鱗がはがれおちるように、体の端から泡へと変わって。 やがて……。 泡と化したマーメイドは、水に溶けて消えていった。 ●静かな水面……。 「願わくば、次は良き生を……。そして、楽しい闘争、をくれたことに感謝、を……」 ダムを見降ろし、天乃が目を瞑る。すでに消えてしまったマーメイドに、僅かながらも黙祷を捧げているのだ。 「せめて、祈らせてもらうよ」 「あぁ、願うことは罪ではないはずだ」 涼とエルヴィンが水面を見つめながら、そう呟いた。 「えぇ、彼女の死を悼む人がいないのは悲しいことですから」 重症を負い、気を失ったままの朋彦を介抱しながら麻衣が言う。彼女の浮かべる悲しそうな表情は、しばらく晴れることはないだろう。 「なんか、持ち物とか落ちてねーのか?」 悔しげな表情で、水面を見つめるヘキサ。視線を巡らせ、マーメイドの持ち物が落ちていないか探すものの、それらしいものは見つからない。彼女の物は、彼女と共に泡となって消えていったのだろう。 「こんな助け方しかできなくて、ごめんね」 ダムに花束を投げ込んで、ななせが呟く。その声は小さく、誰の元にも届かない。けれど、それでいい。その想いを伝えるべき相手は、すでにいないのだから。 「帰りましょ。出来ることは、したもの」 花束が沈んでしまうのを見届けて、沙霧がダムに背を向ける。 そんな彼女の後ろで、小さな魚が1匹、楽しそうに水面を跳ねた……。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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