●forget me not かつてそこには、勿忘草が咲いていた。 春になればいつも、薄青の花がそこを彩っていた。 夏を越せない可憐な花のため、青年は季節がめぐるごとにこの場所を訪れていた。 勿忘草の種を植えに。 「——結婚するんだ」 墓碑に刻まれた名前を見つめて、青年はそう告げる。 運命が愛する者達を分かつのはいつも突然で、その悲しみは永遠に癒えることはないと、そう思っていたけれど。 あれから五度目の季節がめぐり、青年にも春が訪れていた。 その間も決して欠かすことのなかった、愛した人へのお墓参り。 式を一週間後に控えた青年は、かつての恋人のお墓へ結婚の知らせを伝えに来た。事故で唐突に裂かれたふたり。言葉ひとつ交わすこともないまま、彼女は彼の許を永遠に去ってしまった。永遠にも等しい悲嘆に暮れていた青年が、新たな人生を歩み出したのなら、それは喜ばしいことだろう。 しかし、一見して美談に見えたそれは、ひとつの悲劇を生んでいた―― 「エリューションフォースが現れました。フェーズは2」 こぢんまりとした墓地の場所を示しながら、『運命オペレーター』天原和泉(BNE000024)は歯切れ悪く説明する。 うら若き彼女にとってやや触れにくい話題であることは容易に窺い知れるものの、そこは自ら選んだ仕事というだけのことはあって、小さく息を吐くと再び説明を始めた。山を切り開いてつくられた小さな墓地。そのうちのひとつに、青年がお墓参りに訪れる。幸か不幸か、結婚式を控えて多忙を極める青年が墓地を訪れるのは夕刻。他に人気もないが、当然のことながら周囲を破壊しないよう留意しなければならない。 「真さんと仰る方がかつての恋人のお墓を訪れます。彼が今度結婚するんだ、と彼女に報告することで、そのエリューションフォースは目覚めてしまうんです」 いわば彼女の魂といったところだろうか。淡く綺麗に瞬く薄青い光。それが今回の討伐対象だという。 「彼女は真さんの言葉を契機に目覚めます。逆に言えば、その言葉がなければ目覚めることもありません。皆さんには、真さんを守りつつ、エリューションフォースを倒していただきたいんです」 一般人を守りながらの戦いが困難を極めることは、和泉とて承知の上だ。 「彼女にもう言葉は通じません。今となっては、その真意も何もわかることはありません……。倒してください。必ず、倒してください」 和泉はただそれを二度繰り返す。 二人の間に、何らやましいことはなかったのだろう。 ただ、彼女の時間は止まり、彼の時間は流れ続けた。それだけだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:綺麗 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月29日(土)23:16 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●訪れるもの 肌を撫でる風が、少し冷たくなってきたある日の黄昏のこと。つるべ落としの夕陽を背に、早足の足音が駆ける。梢から離れた葉が一枚、乾いた音を立てて落ちた。 (勿忘草の思念か、亡き奥方の思念か) 一行に先んじる『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)は、花に思念が宿った可能性も考えていた。いずれも大切にされてきたものであろうが、実体がそのどちらであろうと、青年を保護するためには退けるより他はないのだ。 「任務を開始する」 運命は、残酷だ。 (運命の悪戯は時に愛するもの同士ですら引きはがしてしまう) 大切な人を失い、嘆き、けれども。 (時は誰にでも平等に流れる) その流れの中で癒され、そして新しい出会いにまた癒されるのは、決して裏切りではない、と。『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は思う。残酷で、そして優しい時の流れ。そうして人は救われ、傷つきながらも前に進んでいくのだ。けれども。超常現象たる「彼女」は感じ取ってしまったのかも知れない。 (大切な人に忘れられてしまうかもしれない恐怖) 「勿忘草の君はただ寂しかっただけかもしれない」 誰にともなくつぶやいた雷音の純粋な思いを、秋風がすくっていく。 『私を忘れないで』そして、『真実の愛』。それが、勿忘草の花言葉。 「事故に裂かれ、伝えることのできなかった青年さんの言葉を、エリューションフォースさんに、届けたいですね」 花が伝えるその言葉の通り、きっと二人の間にはあたたかい想いが通っていると信じて。『Manque』スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)は手元の造花の花束を綺麗に直す。 亡き彼女の墓参りを欠かさなかった青年が、ついに結婚報告をしに訪れる。 「ええ。真さん、すぐには彼女がなくなった悲しみから立ち直れずにいたことでしょう」 小鳥遊・茉莉(BNE002647)も頷く。どんなに苦しかっただろう、どんなに悲しんだだろう。その想いははかり知れない。その彼が、ようやく新しい門出を迎えてそれを報告に来た。 「ただ、結婚の知らせに呼応するように現れたエリューションフォースは彼女の想いそのものなのでしょうか」 彼の亡き恋人が現れた理由については知る由もないが、と言いつつ、『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)は思いをめぐらせる。 「新たな幸せを得た彼への祝福なのか、自身を忘れられたという怨嗟の念なのか……」 「彼女そのものといえど、彼の新しい人生を阻むことは出来ないです」 「どちらにしても、はっきりしている事は倒すべき敵だということですね」 茉莉と彩花は互いに頷き合う。彩花にとって、彼女を止める理由はそれだけで十分だった。 (恋や愛を知らない私が何を言ったところで、彼や彼女を満足させられるとも思いませんし) まだ顔立ちにあどけなさを残す彩花だったが、その辺りはよく弁えていた。語る言葉を持たぬなら、なすべきことはひとつなのだ。 「結婚報告に来た男を襲うとなると、幸せを願う気持ちだなんだといったもののエリューションでもなさそうだな」 嫉妬に狂ったと決めつけるわけではないが、執拗に危害を加えようとする様はおよそ好意的とは見て取れない。今日もよれよれのコートをはためかせ、自称・人間嫌いの『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)は面倒くさい話だ、と内心でひとりごちた。 (こういうのを見る限り、当面一人でやる方が気楽だと思わされる) (結婚するって言ったら墓から出て襲ってくる……キツ。おも) 『息抜きの合間に人生を』文珠四郎 寿々貴(BNE003936)の感想も至極尤もだった。考えてみればこんなこと、冗談じゃない。 (五年も通える彼氏も大したもんだけど、その報いがこれとか、世の中ってステキ) 一途な想いも報われるどころか。彼女にしては見たくも見せたくもない類の光景だったが、皆を見るにそうでもないらしい。 「解せぬ」 すっと一行を離れ、適当な草影へと潜む。 (下手すりゃ事あるごとにフラッシュバックするトラウマで結婚生活に悪影響とか思ったけど) せめて当事者である青年が知らずに済めばまだ良かったのだろうが、今となってはそうもいかない。 (とはいえ、ぶっちゃけ他人事だし? すずきさん、自分の生活が第一) ふと山を見れば、紅葉が綺麗だ。余計な口出しはしないでおいて、景色でも楽しんで、お仕事して帰ろ、と、彼女は物陰を伝って動いていく。 「暑さ寒さも彼岸までと言うガ、本当に爽やかな季節になったのダ」 秋は様々な感傷をもたらす季節だったが、気持ち良さそうな『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)にとってはまた別の意味を持っていた。 「だガ、換羽が始まっテ、吾輩の頭は爽やかさから遠のいたのダ。季節の変わり目は頭トゲトゲになるのダ~」 あっけらかんとした物言いに、そこかしこから笑いが起こる。場が和んだその頃、彼らはひとつの人影を見つけていた。 ●想い出よ、眠れ 「こんにちは、お墓参りの方ですか?」 「今日は墓参りに来た者だ」 墓参りの風を装って、雷音、ウラジミール、そしてスペードが青年に声をかける。 「そちらは、勿忘草の種ですか?」 さりげなく青年の手元に目を落とし、スペードが尋ねる。わかる人がいるなんて、と青年は嬉しげだった。 「春にお参りにきたときに勿忘草がとても綺麗でしたが、貴方が種を蒔いていたのですね」 「ええ、私も。以前、春にきた時に。ここに咲く美しい勿忘草に、目を奪われまして」 雷音の和やかな雰囲気と、スペードの来年も見たくて植えに来たのだという言葉に青年の頬が緩む。私はスペードです、と簡単に自己紹介をすれば、彼も名を名乗ってくれた。そして、愛というそこに眠る人の名前も。世間話は自然、恋人の記憶へと移る。微笑ましい想い出の数々は、これからの惨劇に似つかわしくないほど美しかった。 「真さんにとって、大切な人なのですね」 少し照れくさそうで屈託のない笑顔が、守らなければ、と再認識させてくれた。結婚を告げる彼と一緒に、スペードも祈りを捧げる。このまま穏やかに、何事もなく終わるかのような。まるでそんな空気だった。 (邪魔は……来てないね) 寿々貴が陰から陰へ巡った限りでは、新たにやって来る参拝者もいないようだった。念のためと結界を張り、仲間達に小さな羽を与えた。 (山を切り拓いて作った墓地は管理が大変なのダ。墓参りの時は、草刈りのための鎌とかビニールとかデ重装備になるのダ。虫にも食われるしナ〜) 茂みに潜み、不謹慎かと思いつつもそんなことを考えていたカイの目に、青い光が映る。始まったのだ。 「大丈夫。仲間の側なら、安全ですから」 雷音とスペードが素早く目配せをし、青年の側につく。何が何だかわからないでいる青年を連れ、予め示し合わせていた通り遠くへ退避させていく。 「頼むぞ」 ひとまずかばい手は十分と判じたウラジミールが「彼女」に向き直る。 しかし、他の面々には見向きもせず、かばうような格好で逃げる三人に、エリューションはまっすぐ狙いを定めた。 (正直なところ、敵は一体、やる事は単純だな) いつどこに現れるかが分かっている相手に備えを怠る鉅ではない。夕陽がつくるにはあまりにも色濃い影が、鉅の足下で姿を変える。 「黙って攻撃させてやる義理もないさ」 かばい役がいようとも、決して手を緩めない。危険はすべて根底から断つ覚悟だった。その優れた速度に直感と読みも功を奏して、「彼女」が追いつくよりも鉅の全身から放たれた気糸が幾重にも「彼女」を締めつける方が早かった。 このことでリベリスタ達を自らの目的に仇為すものと認識したのだろう。一瞬、「彼女」の動きが止まる。その一瞬は、彩花にとって十分過ぎる一瞬だった。 「行かせません!」 夕陽を受けていっそう輝くガントレット『雷牙』を備えた彩花の拳に、青白い氷が宿る。ぶつかる拳の先、エリューションをじっと見据える。絶対に、行かせない。 「結婚に……この世に……余程未練があったのだろうナ〜」 急降下する鮮やかな鳥のように、全身の勢いを乗せたカイの一撃が、動きの止まったエリューションに叩きつけられる。背後の様子をちらと確認するも、カイは青年に声をかけることをしない。 (襲ってきたのがかつて愛した人の魂だなんテ、彼は知る必要ないのダ) 「我輩はただ戦イ、敵を倒すだけなのダ!」 入念な準備を重ねた初手は確かに効いていた。事実、足止めとしては十分だったろう。あともう少し逃げ延びれば、完全に守り切れるところまで三人を逃がせる。しかし、「彼女」は怯まない。拘束も氷結も振り払い、青い光がまっすぐ青年の許へ飛ぶ。 「大丈夫だ、安心してください、あなたはまもります」 堂々と青年をかばい、雷音はその攻撃を身に受ける。前に立つ幼い少女が血を流すのを見て、青年が躊躇いがちに何事かと問う。逃げ出した当初は驚きばかりだったその顔に、些か翳りが見える。恐怖故なのか、気づいてしまったのか。 「彼女は……ただ寂しかっただけかもしれない。あなたを傷つけたいワケじゃないと思う」 こわかっただけかもしれない。先程の青年との話が、雷音のその思いをますます強くさせていた。こんなに大切にされてきた人だ、きっと――。 「今は寂しくて混乱してるのだろう。怖がらないであげてほしい」 「簡単にはいかせぬよ」 独特のブレードラインを持ったウラジミールの『КАРАТЕЛЬ』が曇りなく輝けば、次の刹那には「彼女」を切り裂いていた。残像を残すかのような鮮やかで強烈な一閃だった。 茉莉の描いた魔法陣が展開していく。どうしても最前線に立つ者に人員を割けない今、何よりも「彼女」を止めなければならない。そのためにもこういった手立ては必要なのだ。 (勿忘草はその名のとおり、「私を忘れないで」という花言葉を持ちますが、それ以外にも) 「エリューションフォースの色はまるで勿忘草を髣髴させるような色ですね」 皮肉にも、供えられた花に似た青い色をした「彼女」。 「私を忘れないで、と彼女の想いが如実に表われているような……」 使い手たる青き乙女、スペードを象徴するような『Manque』の青い刀身が漆黒に染まっていく。欠けた切先から打ち出される一撃は、夜闇のごとく「彼女」を薙いだ。 (……さて、と) 戦場に舞い上がった寿々貴は仲間達を見渡せる位置についた。備えはできている。高い戦闘指揮能力を持つ雷音と連携が取れればより良かっただろう。 (いつでも手助けする用意はできてるよ、うん) この場において尚、彼女の飄々とした態度は変わらない。どこかつかみどころのないその姿もまた、今の状況下ではかえって冷静と言えるかも知れなかった。 ●さよなら、愛した人 思いの外戦線は拮抗していた。「彼女」の攻勢が執拗なまでに青年達に向けられていたことで、戦闘区域から逃れ出ることがなかなか叶わなかったのだ。 「感情移入をし過ぎるものではない」 ウラジミールの放つ神々しい光が邪気を退ける。各員の消耗具合を見るに、劣勢とまではいかないが、そろそろ片をつける必要がありそうだ。 「思い出に変わる前に終わらせよう」 寿々貴の詠唱に応え、清らかなる存在が福音を響かせていく。邪気を払う者や癒し手の存在が、盾となる者達をその場に立たせ続けていた。自らを阻む者にも、回復手にも相変わらず見向きもしないエリューションに、寿々貴は半ば呆れたようにつぶやいた。 「やれやれ。その情熱をどっか他に活かせないもんかねー」 嫉妬深い「彼女」のお蔭で、攻勢に回れやしない。彼氏もさぞ持て余したんだろうね、と、ゆるくぼやいた。 「青い色が好きだったのカ? 今も綺麗な青色なのダ」 ここは人々が眠る場所。その静かな眠りを妨げぬ様、そして後衛を守るようにカイは立ち回る。どっしり構えた全身から溢れんばかりのエネルギーは、生半可な攻撃は受けつけない。 立て続けに四つの魔術を組み上げ、茉莉はエリューションに語りかけた。 「亡くなった人をいつまでも縛ることは無いようにするべきではないでしょうか?」 それが本当に、「彼女」の望んだことなのだろうか。 「何故彼が結婚報告をわざわざ貴女の元に言いに来たことでしょうか?」 訴えかけるように、次手は収穫の呪いを刻んだ黒き大鎌を放つ。たとえ打ち倒すべき存在だとしても、もしかして、「彼女」が気づいてくれるなら。 「雷音さん、代わりましょう!」 「でも……!」 雷音の癒しの符を受けながらも、スペードの消耗とて小さくはなかった。 「さがって……さがりなさい!」 文武両道、才色兼備。欠けるところのない愛用者と同じく、あらゆる面で穴のない、バランスを持った装備。象牙色のガントレットが煌めき、彩花は駆ける。一気に詰められた間合い。 「さあ……今のうちに!」 さながら激しい雪崩のようだった。彩花の見た目に似合わぬ膂力をもってして、「彼女」は地面に叩きつけられる。それを見て取った彩花は深く息を吸い込む。まだだ。彩花は良い粘りを見せていた。 「ここは自分が代わろう」 彩花が作ってくれた隙を逃さず、ウラジミールが青年をかばうと申し出る。二人は素直にそれに従い、攻勢に転じた。攻撃の手が増えたことで、形勢は一気に傾きつつあった。様々な搦め手が効き、「彼女」の動きが次第に鈍っていく。 取り立てて思うところもない鉅の様子は淡白ではあったが、無慈悲ではなかった。防戦一方となった「彼女」に畳み掛けることはせず、敢えて気糸で拘束したまま仲間達に声をかけた。 「俺は特に感慨もないが、何か言いたいことがあるのがいるなら声をかけてやるといいさ」 どうせ最終的に倒すことに変わりはないのだ。それでも彼は、この時間を設けた。声をあげたのは、他の誰でもない、青年だった。 「愛」 怒りか、恐怖か、悲しみか。何がぶつけられるのだろうと身構えた一同の耳に届いたのは、意外な言葉だった。 「お前は昔から寂しがり屋だったよなぁ……まったく……」 何を言ったのか細部までは聞き取れなかったが、その口調は穏やかだった。 「確かに過去の出来事に1つのピリオドを打つためでしょうが、決して貴女を忘れるためでは無いと思います」 すっとその場を離れる青年に代わって、茉莉が続ける。 「勿忘草の花言葉には『誠の愛』という意味も。彼が毎年欠かさず勿忘草の種を蒔いていたのは貴女への愛を忘れずにいるからだと思います」 ですので、と言葉を区切り、茉莉は言った。 「貴女も彼の新しい旅立ちを見送って欲しいです」 「貴女が忘れられることはない。彼の中で思い出となり、貴女にとっての永遠となるだろう……」 そう語ったウラジミールが、黙したままの鉅が、引導を渡す。 「死者とは語る事がないからこそ良い思い出になるのだよ」 淡い青の光が泡のように立ち上り、暗くなりかけた空に吸い込まれるように消えていった。 「任務完了だ」 「やぁ よかったね。重労働もなさそうだし、無事解決したことだし」 寿々貴が散らかった周辺を片づけ始めると、皆もそれに倣った。 「騒がせた」 青年と共に墓石の周りを丁寧に片付け、ウラジミールは花を供える。その傍らに、カイが竜胆の花を手向けた。 「花言葉は『悲しい時のあなたを愛する』。でモもう悲しまないで欲しいのダ。彼はきっト、君と過ごした日々を忘れてなんかいないのダ」 そっと墓石を探っていた雷音が、すまなさそうに立ち上がった。今となってはそこに残された思念は少なく、ごく断片的にしかわからなかったのだ。それでも、ちゃんとここには彼女の残した言葉がある。 「彼女は……」 口を開きかけた雷音の言葉を、青年が遮る。 「どうせお祝いがしたかったなんて言ってたんだろ?」 読み取れた意志の断片との一致に、雷音はちいさく目を見開く。共に過ごした時間が、彼と彼女に通じ合うものをつちかってきたのだろうか。 「それから……私のことは忘れて、幸せになって欲しい、とも言っていた」 流れる沈黙に一瞬気圧されながらも、雷音は必死に願った。 「できればこのあとも怖がらずに彼女を悼んで上げて欲しい」 (ボクは少女だから、ただの感傷を押し付けているだけかもしれない) それでも、お願いすることしかできないから。雷音の言葉に、ありがとう、と言った青年は笑顔だった。 (きっと。私たちの言葉よりも、真さんからのメッセージのほうが、愛さんに届くのかもしれませんね) 「これは、貴方の手で贈るべきだと思うから」 スペードはブーケを手渡し、青年に促した。きっともう、どこかで通じ合っているのだろうけれど。 「あの光は、青年さんの大切な人の魂ではないかしら。結婚報告を聞いて、忘れられてしまうと、怖くなったのかもしれませんね。どうか、安心させてあげて?」 何よりの贈り物だと礼を言い、青年は向き直る。 「……ばーか。忘れるなんてできるわけないだろ。これからもずっと、来てやるからな!」 (どうやら、私達の心配は、杞憂だったようですね) よかった、と、スペードは優しく微笑む。あれほど幸せだった二人が、想い出の中でもずっと幸せでありますように……。 ウラジミールが、別れ際に帽子を整えながら青年に一言告げる。 「君と共に過ごした彼女の分も幸せになると良い」 リベリスタ達に頭を下げる彼の姿は、これからの幸福を予感させていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|