● 恋人が冷たいのです。 話しかけても、応えてくれないのです。 名前を呼んでも、ぴくりともしないのです。 酷い人でしょう? 嫌われたのでしょうか、捨てられたのでしょうか。 涙が、止まらないのです。 彼は冷たい手で首を掴んできます。絞めてきます。息ができません。 どうして――こんな事になったのでしょうか。 片割れのカップルが命を絶たれたその場――沖縄、那覇空港。 穏やかなフルートの音色と、間隔を刻むオルゴールの音が響いていた。それは空港内のスピーカーというスピーカーから音を出し、まるで眠りに誘われる様にして音を聴いた人々が眠っている。 「なんですかねこれ、不愉快な音楽……」 だが疎らに立ち上がり、足を動かす者も居た。それこそE能力者か――アンデット。 「邪魔ですよ」 切り裂く、乾いた肉。何体斬っても、何体潰しても。 「……増えてるんですか。これが楽団ですか?」 「みたいです」 「趣味悪いのね」 三尋木の紅い男、『Crimson magician』クリム・メイディルは溜息を吐いた。その隣には部下をおいて。 何故フィクサードが其処に居るのか。理由はなんであれ、空港内全域に渡って眠る人の群れに、神秘臭い音楽と、起き上る死体達。これを『今をときめく侵入者の仕業』として、それ以外に何が有るか。 「凜子ちゃんが楽団を見つけたらしばけって言ってましたっけか」 彼女が――首領が言うなら、笑顔で殺そう。 彼女のためなら、火の中、水の中――例え死ねと言われても、喜んで首を掻き切るだろう。 ● 「救済、救済、救済。このわたくしの救済!!」 嗚呼、なんて楽しいのだろうか。『透明ノイズ』は如何? 夢のなかでずっと、死からの脱却をプレゼント。 尤も、死なないのは身体の話だが。 「この街全ての身体をわたくしのものに……考えただけでぞくぞくします、ええ」 「じゃあ、命令通りにやるんだなぁー、オナカスイタ」 夢からの目覚ましに『轟音クラッシュベル』は如何? ノイズとベルは、二人で動く。一つの島を壊すために。 「「全てはケイオス様のために」なんだなー」 そして。 「……」 一体のアンデットの口が笑っていた。 ぼさぼさの髪に、大きすぎる白衣を身にまとったアンデットが。 「……………そ」 何か、大切なものを忘れた時のように言葉に詰まる。 今や楽団の楽器の一部。人の心なんてとっくに忘れたさ。 「では、手始めにあそこから壊しましょうか。愛しのクラッシュベル?」 「わかったんだなぁー、あー、死体ちょっと食べても大丈夫なくらい集めるんだなぁー」 「わたくしは三階に」 「おらは二階にいくんだなー」 「で、貴方は一階ですよ、白衣さん」 フルートの音色の響く中、銀髪のアンデットが率いる軍は――死の行進を始めていた。空への玄関が血塗れになる、次に狙うは――那覇市街。 ● 「た……た」 『未来日記』牧野 杏里(nBNE000211)は血相を変えて資料を配った。 「大変なんです!! ついに、楽団が動きを見せたのです!!」 しばらく姿を見ていなかった彼等だが、此処に来て厄介極まり無い行動を起こしてきた。隠密行動に長ける彼等が万華鏡に映る程大きな行動だ。 少し話は変わるが、今まで楽団員は死体という『いくらでも補充が効く』材料を生成、溜めていたのだ。同時に死体が徘徊する等の噂話が絶えない。その作業がほぼ滞り無く終えたのだろう――次の手に打って出た。 それはあのジャックでも行わなかった事。 『日本への壊滅的攻撃』である。 まるでポーランドの『白い鎧盾』が辿った軌跡を同じように歩んでいる様だ。 だがしかし、これを国内主流七派を初めとしたフィクサードは快く思っていない。勿論、日本国中のリベリスタは言うまでもないだろう。 『裏野部』と『黄泉ヶ辻』以外は、アークと遭遇した場合でもこれを当座の敵としないという統制を纏めたらしい。仲間や、同盟では無いが今はフィクサードの手も借りたい程に切羽詰まった状況だ。 長引く戦闘、死者の出る戦闘は、楽団を更に潤すのみ――これまでで最悪の敵と言えよう。日本の命運がかかっていると言っても過言では無いのだ。 「どうか、ここで死者の行進を食い止めて下さい。これ以上――彼等に好きにはさせないように」 ● 「皆さんが向かっていただくのは、一番遠いのでしょうか?」 沖縄、那覇。 「舞台は空港です。 ここに居る人をアンデットに仕上げた後、市街に乗り込む……と言った所でしょうか。どうにかして此処で食い止めて下さい……!!」 空港とはだだっ広い場所だ。人もそれなりに居るだろう。 リベリスタはアークが用意した専用機からパラシュートで空港の外に降り立ち、その瞬間から戦闘は始まる。何故専用機が着陸しないのかと言うと。 「空港内に居た人達は全て音楽を聞かされているのです。それはE能力者では無い方達を強制的に眠らすもの。 ですので、滑走路やその近くに眠っている人が居る可能性が否定しきれません。申し訳ございませんが、パラシュートで空港に降り立ち、一階の到着ロビーに侵入して下さい」 なお、二階は出発ロビー、三階はチケットロビー、四階はレストランとなっている。 「楽団は二階に一人、グレゴリアという楽団。三階に一人、エルヴィーノというのがいます。グレゴリアは眠った人々を殺し、かつアンデットたちの司令塔。エルヴィーノは三階にて放送設備を使って、アーティファクトの音色を空港内にばらまいています」 つまり空港内では同時進行で一般人殺害と、アンデット化が行われているという訳だ。なおかつ、空港内の放送設備を使うことで全ての階層にてエルヴィーノの死者の革醒を行うことが可能になっている。 そのアンデットを造るエルヴィーノだが、二つのアーティファクトを同時に扱っているため、ほぼ身動きがとれずにアーティファクトの維持に全力を注いでいるという。 そのため、楽団を護る死者の群れは上層階に行くほどに厚くなるであろう。 また、一階には。 「六道フィクサード、奇堂みめめという方がいらっしゃいました。 恐らく、先日の三ツ池で亡くなったのでしょう……アンデットとなって今や楽団の手足です。 彼が一番、アンデットの中でも危険です。お気をつけて」 四階を除き、全ての階層で問題が大きいようだ。 「エルヴィーノを叩けば、演奏は終わるので死者は増えませんが、そこまでいくのに骨が折れそうですね。エレベーター、階段、非戦、手段はなんでも結構です。楽団にたどり着いて止めてください。 一階、二階、もちろん放っておけば死者は増えます。増えたら増えただけ厄介なことになります。 その軍隊を市街送らないためにも、敵を撤退させてください。 難しいことを言っていますが……やってもらわないと……」 沖縄が死者で溢れるから。 そんな大軍をリベリスタ十人でやるのか。 否。 「三尋木のフィクサードの『Crimson Magician』をご存知ですか? アークによく、厄介事を持ってくるフィクサードです。 彼が運良く……?部下と沖縄に居て、この現場に来ます。今、三尋木とは停戦中であり、楽団という敵を同じにしているので、彼方からは仕掛けてきません。 上手く戦力分散すれば、戦闘は長けてますので良い駒になるかと思います」 話はこれで全てだ。リベリスタが急ぎ足で出口に向かう。その姿を見ながら杏里は言った。 「杏里は……皆さんに無事で帰ってきて欲しいのです。 もし……危ないと解れば……撤退を………お願いですから、楽団に囚われる事無き様……。 それでは、いってらっしゃいませ――アークの誇る、戦士達よ!!!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕影 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月12日(火)00:01 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●夜明け前が一番暗いという 上空。 沖縄に派遣されたリベリスタ十人は足場の無い宙へと舞う――これから死地へと赴くために。 『巻き戻りし残像』レイライン・エレアニック(BNE002137)は降下中に思う。できるならば、命は全て救ってやりたいと。それができるかはさておき、それでも優しい彼女の心は軋むばかり。 (ええい、やる前から悩んでも仕方ないのじゃ!!) 「全速で、全力で、やれる限りのこ」 「わーーーい☆ 沖縄旅行だーー☆ 海、綺麗だね! 空が高いねー!」 「もうちょっと緊張感を持つんじゃああ!!!!」 『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)の軽妙な物言いに、老功されたキレのあるツッコミが空を裂いた。 今回のレジャー、ドキドキ★殺伐楽団の演奏妨害大会! ポロリもあるかもしれない。なんて心躍らない旅行に、彼はドキがムネムネしているかというと……それはまた内緒の話。 「やる気でなーい、楽団めんどーい」 「カレー!!!!!」 「やります」 『もう本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)は今日もやる気が出ない。勘付いていた『なのなのお嬢様なの』ルーメリア・ブラン・リュミエール(BNE001611)は、覚醒の呪文を唱えた。 そんなルーメリアが見つめる中、小梢の口は弓月の様に横に広がる。おそらく、それでルーメリアが見ていなくてもきちんとやってくれるはず、らしい。 さて、地上が近づいてきた。地に伏せる一般人の合間を掻き分け、着地点を探し。 「みんなーいくよー!!」 『おかしけいさぽーとにょてい!』テテロ ミーノ(BNE000011)は両手を天に仰がせた。 どうか、このいのりが、すべてのりべりすたのちからになりますように。 ――地上に足が着く。息をつく暇さえ無く、リベリスタは再びその足を地上から離したのだった。 「……オーライ、愚痴るより急げって話だろ?」 ウチナー(沖縄)は好きだ。だからこそ、汚されるのが気に入らない。 『SHOGO』靖邦・Z・翔護(BNE003820)はすぐ背後で『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)の小脇に抱えられている葬識を見た。 「いや、俺もね、抱えるならね、女の子がいいんだけどね? ほら、千里眼中に遅れたらロスタイムじゃん?」 「うんうん、俺様ちゃんも楽だよ♪」 瞳孔が開く勢いで眼を見開く彼は見通せぬ先の物体を探す。 探すのは楽団の配置、三尋木の配置、ついでにお目当てのあの子の位置。 「発表するよ☆ 三階、総合カウンター奥。放送器具のお花畑の中に眠れるナルシストが一人♪」 「わっかりやすーい! じゃあそこにキャッシュ&パニーッシュ!!」 「緊張感皆無なのじゃ……」 翔護と葬識のマイペースにレイラインは思わず頭を抑え。くすくす、『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)は小さく笑った。 ズキリ。 痛んだのは、何のせいか。 「た……龍治? 大丈夫か?」 「ああ、なんでもない……なんでも無いんだ」 無いはずの右眼が痛む。眼帯を抑えた『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)。その異変を婚約者である『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)は気づかないはずが無い。 ズキリ、ズキリ、近いのが解る。 まるでその右眼は『彼』の存在が近い事を伝えているように―― ――なんか、楽しいのが来てるかも。 「……はぁ、楽しい事?」 「そうですね、楽しい事です。例えば、こんな地獄の一丁目に飛び込んでくる生者が居るとかですよ」 「……そんなのが居るんですか?」 「そりゃー居ますよ。俺の知ってる限りはね。たった一つの組織の存在を」 俺達は、敬意と皮肉を混めて彼等のこう呼ぶんだ。 『箱舟』とね。 ●Please kill me.../1 一階へ侵入を果たしたのは、予想外にもたった一人のリベリスタ。 「みめめちゃん」 「……」 葬識、独りだ。 彼の目の前、一体のアンデットを主力に四体のアンデットがゆらりと蠢いた。 数々の歴戦の中、キマイラと共に何度も立ちふさがった彼――奇堂みめめのアンデット。 「みめめちゃん……殺し直してあげるからね」 「……」 君が消える前に。愛が消える前に。この手でその命を断ち直す。息をするよりも当たり前に、心臓を動かす事よりも平然に。 ハイリーディングでもなんでもいい。この声が聞こえたら、応えてよ。例え君が壊れていても、諦めはしない。 愛して、殺して、繋ぎ止める。 それが葬るを識る者の務めなのだ。 逸脱者ノススメの口を開く。 一斉に動き出した四体のアンデットを相手に、そしてその奥の彼へ手を伸ばすために。 ……自殺行為だ、戦力差は解りきっていた。それでも彼はその場から離れる素振りさえ見せなかった。たった一つの契りのために。 銀髪のアンデットは笑った様な気がした。その瞬間、彼の目の前には無数のメスが弾幕の如く飛び交った。 ――しかし、誤算だったか。 共闘しうる三尋木は一階にはいない。 彼が居るのは。 「はぁ、は、ああ、はっ!!」 飛んだ。それだけじゃ遅いって、地を足で蹴った。少しでも早く、一階で一人戦う彼を思ってルーメリアは二階へ上っていた。千里眼で見えた三尋木は二階のグレゴリオと交戦中だ。 そういえばブリーフィングルームで誰かが言っていた気がする。 彼――クリムは凜子の命令を優先するのでは無いかと。それは的を得ていた。だからこそ彼は一階にいく事はあり得ない。 「はぁ、はぁ、待ってて、待っててね、死んだら、駄目なのおおおお!!!」 『……っ、ぁ、……はーい☆』 一階から異音ばかりが響いていた。 おそらくAFが、肉を切り裂く生々しい音を拾っているのだろう。 心が痛い、吐きそうだ、ルーメリアは早くと思いばかりが急ぐ。 無い体力を振り絞って、水に溺れた蟻の様に両手をバタつかせて空中を奔走し続け――見えた、泣きそうになる、助けて、助けて。 「クリムさん!!!」 「え? ええー」 軽い口調の彼に手を伸ばし、その背中にを抱きしめた。 直後、クリムに抱えられて後退させられる。目の前にはクラッシュシンバルを撃つ楽団が首を傾げて此方を見ていたのだ。 轟音が一つ、衝撃波と地割れと共に鮮血が舞った。それを見せないようにルーメリアの顔を手で覆ったクリムが「今日はなんの用ですか?」と優しく耳打ちする。 「ま……また逢ったのクリムさん!! 楽団をなんとかしたいの!!!」 「は、はぁ、ええ、まあ、そうでしょうねえ」 「ルメ達に敵意はないの!!!」 「不戦条約ですもんねぇ、此方もありませんよ、あはは」 「目的は、一緒だよね……!!?」 「そうですねぇ、楽団はお帰り願いたいですもんねぇ、もうこの騒音0点ですよねーあはははー」 「一緒に戦ってくれないかな……クリムさんの力、少しの間だけ貸してほしいの……!!!」 「すいませんね。例え貴方の頼みでも」 すいません、その言葉を聞いた瞬間、ルーメリアは凍りついた。 嫌な予感がする。全身の血の気が引いていく音が聞こえるようだ――AFからゴシャリと鈍い音が聞こえた。 「断りますね」 「……え? どうして?!」 ルーメリアはクリムの服を掴んで叫んだ。 「どうして、一緒に戦ってくれないの!!?」 「俺は、凜子ちゃんの犬なので。ですから、楽団本体を殺したいんです。そのつもりで此処に居ます。 那覇市民? 沖縄? 超どうでもいいんですよ。そこはリベリスタ、貴方達のお仕事、務め、義務でしょう?」 交渉は、短く言えば決裂していた。 けれど、ルーメリアは此処で引く訳にはいかない。AFから絶えず漏れる『鈍い音』が重なる度に、尚更引く事なんかできない。ルーメリアは更に声を荒げた。 「クリムさんの、馬鹿ァ!!」 そう言われましてもと、クリムはグレゴリオの攻撃範囲から抜け出しながら千里眼を放つ。 下階を見れば、嗚呼、あの子……本当に馬鹿だと、ため息が出た。あのまま放っておけば確実に――死ぬだろう。 「……別の班が三階に行ってるけど……ルメ達は一階担当なの。じゃないとこのままアンデットが増え続けて手に負えなくなるから、その前に」 「ふむ」 彼等は本来敵だ。 それでもルーメリアを始め、龍治や木蓮は彼のキチガイ染みた実力を知っている。 それに、彼が気まぐれであることも、だ。 その気まぐれが今回向いてくれるかは正直、不安定な所だっただろう。しかし彼は評価した、これまでの逢瀬を、これまでのアークのリベリスタを。 「あの子、面白いんですよ」 クリムが指をさしたのは一階。ルーメリアにはその先には床しか見えなかったが。 「死なれちゃうと、俺の楽しみ消えちゃいますしね」 「ちょっと、クリムさんまさか……」 にこっと笑って、歩き出したクリム。その背中を冷や汗を垂らしながら見ていた部下だが、そのまさか。 「はい! また後でも楽団とは会えそうですが、命を落とすというのは一回こっきりですからね!」 それに、とクリムはルーメリアを見た。 「可愛い女の子が助けを請うんです。ほっとけませんよね、俺としては」 全くこの男、Crimson Magicianとは。気まぐれにも程があるかもしれない。 ●An unrelieved tragedy/1 みなさん、まずはダブルピースをします。そこで親指も一緒にたてます。両腕をクロスさせ。 「キャッシュかーらーのー……」 急行せしは空港の三階。翔護の声が響く中、竜一は片腕のブロードソードを振り上げた。 では、先ほどの腕を前に解き放ち。 「パニーーーーーーーッシュ!!!!」 再び翔護の声が響いたと同時に竜一はそれを打ち落とす。高く、そしてバギバギと音をたてて入口はできた。 そこから雪崩れるようにリベリスタは空港内へと侵入していく。そこは一面、一般人が甘い夢の中に誘われている園。誰しもが、これから死が待っている等とけして思えていないほどに穏やかだ。 そして心地の良い、オルゴールの音は響く。 「……クンクン……そこっ!!」 ミーノはよく効く五感を全て活性化かせながら楽団――エルヴィーノの位置を特定した。そこへ投げるカラーボール、しかし、それは。 「出やがったな、アンデット……」 木蓮はMuemosyune Breakをそちらの方向へ向けた。 一体のアンデットがそのカラーボールを身体で受け止め、ピンク色が弾ける。もはや、それが何よりの証拠となろう。 今にも突っ込もうとする竜一を抑えつつ、 「毛先のドリル乱れてるわよ」 と、わざと聞こえる声で、ニニギアが言えば。 「えっ、どっちです?!」 ガタっと音を立ててカウンター下から飛び出してきたのは、今をときめく楽団員の一人である。ていうかええー、それで出てくるんですか。 ――そして、オルゴールの音が消えた。一言で言えば彼はアホであるのかもしれない。それはおいておき。 「……ハッ、このわたくしを誘き出すとは流石アークといった所でしょうか」 「いや、こっちがびっくりしたわい」 レイラインが死んだ魚の目でツッコミを返せざるおえなかった。おかしい、この依頼ハードEXなんだが、前にもこんな風景を見た気がする。 「なんと女々しく口喧しい男だ」 龍治はため息を吐いた。こんな奴の口、さっさと打ち抜いて顎でも吹き飛ばすに限る。 フッと意味有り気で、意味の無い笑いをしたエルヴィーノ。その長い金髪の毛先、ドリル状になっているそれを弄りながら再び、オルゴール型のそれに触れた。 そしてまた、心地良い音楽は鳴り始める。鳴っていなかった合間はせいぜい二十秒も無いから、一般人は未だ夢の中だ。 その間にも、レイラインと竜一は走り出していた。早々に葬送するべき相手へ、一直線に――!! 「また会ったな!!」 「ああ!! わたくし、覚えてますよ。貴方たしかえっちな水着の……!!」 「忘れろ!!」 前回そんな格好をしていた竜一。だが今回はお遊びでは無い。前もお遊びではなかっただろうが、今回ばかりは本気に本気だ。 「その音、止めさせて貰うのじゃ!!!」 レイラインは叫ぶ。その声にエルヴィーノはにやっと笑い、アンデットの群れの奥へと消えた。 彼の笑顔には細やかにも憤りを感じるレイライン。まるで嘲笑われているかのように、見えたために――まるで余裕だと言われたかのように!! 「絶対、楽団は許さないのじゃ」 救うんだ、人を。そのために来た。歌聖万華鏡を握りしめたレイラインの拳から溢れ出る闘志が冷気となりて漏れ出す。 「氷りつけ、アンデットも、音楽も、お前もじゃ、エルヴィーノ!!!」 咆哮と共に絶対零度の舞いは艶やかさを増す――パキパキと音を立ててアンデットが凍った。だが、まだだ、まだ十体の壁は完全に突き抜けることはできない。 「あ……っ」 木蓮が苦い顔をした。全体を見渡せる後衛位置に居たからこそ彼女はレイラインのグラスフォッグを見て焦った。 竜一も気づく。だが、もはや手遅れだ。 「?」 ふと、振り返ったレイライン。そして気づくのだ。その軌跡に眠る、一般人の存在を。範囲攻撃とは時として、扱いづらいものである。 レイラインの瞳が揺れた。吐き気が襲った。手が震えた。武器を、からんと、床に落とした。 そう、彼女の範囲攻撃は一般人をも巻き込んでしまっていたのだ。 しかしそれで止まることはできない。レイラインに続いたのは、竜一。寝そべる一般人がために範囲の攻撃は抑えるしかないのがネックだが、振り落としたのはその場の誰よりも威力を誇る一撃。 「殺す。エルヴィーノ、てめえをだ!!」 一体のアンデットに縦一閃。頭が二つに割れ、胸まで裂いたがまだそれは動く――動くぞ。 刹那だった。 ――せーの、なんだなぁ―― ガォンッ!!! 「な、なんだ!!?」 照準を合わせていた木蓮が思わず叫ぶ。 リベリスタ。否、その建物全てを襲ったのはとてつもなく強い衝撃だ。まるで直下型の地震がすぐそこで起きたかのように、強力な衝撃であった。 おそらく、下階のグレゴリオだ。奴以外に誰がこの衝撃を作り出せよう。 「……っんの!!」 竜一が唇を噛みしめ血の味が口内に充満した。おそらく彼のクラッシュシンバルが―――いや、その先は言うまい。それを止めるために、抑えるために、今、此処に居るのだから。 「汚い音だな、最低の音楽だ。今日の狩りの獲物は大きな。なぁ、木蓮?」 龍治は火縄銃に力を込める。古い武器だと侮るな。魔弾の威力はアークの中でも最高クラスであるのだ。 前方すぐ近くに位置を取っていた木蓮もその魔弾が通過するのを見て、再び武器の照準を合わせた。こんなに敵が多いのだ、そっちを先に殲滅するのが木蓮の役目。 「ああ。エルヴィーノ!! 狩ってやるから、覚悟しとくんだぜ!!」 打ち出したその弾丸は複数――それはアンデットを射抜き――龍治の魔弾とあわさってエルヴィーノへ。 「「いっけえええええええ!!!」」 弾けるアンデットの肉片。手が、胸が、首が弾けようとも動くのがアンデットであった。 「やはり、そう簡単には壊れてくれないか」 「まだ始まったばかりだぜ、龍治」 二人は再び銃口で同じものを狙う。その壁が崩れて消え去るまで、何回でも、何回だろうと撃つのだろう。 「なんでこうげきしてこないんだろう」 不穏な静けさがあった。それは戦闘中であっても敵は全く攻撃をしてこなかったのだ。それどころかアンデット達は皆、エルヴィーノを守る形で動いている。その中には勿論、エルヴィーノを庇う者も居た。 ミーノはもしかして、と気づく。ふるふると、アンデットのグロさに足を震わす少女は声を大に叫ぶ。 「ぼうせん、ここは、ぼうせんなの! ……あんでっとたちはみんな、えるヴぃーのとあーてふぁくとをまもることをしいられているの!!」 「つまり、元々防御の高いアンデットが守りに徹してて超ブロック邪魔! って事かな?!」 「そうなの!!」 翔護のパニッシュの銃口はまっすぐにアンデットへと向いた。本当ならアーティファクトを狙いたいが、それまでの壁を壊さない限りはどうしようもない。 「ヒュー! 隠れてるって聞いてたけど、その用意周到には嫌気がさすね」 翔護の撃ちだした弾丸。ひとつ、アンデットの首を吹き飛ばした。ごろごろ転がる頭は龍治の足元へ、それを彼は踏み潰す。 「何発後の弾丸をその身体にプレゼントできるか楽しみだ」 龍治は再びその銃の力を解放する。そしてレイラインと竜一はほぼ同時に敵陣へと突っ込んだ――エルヴィーノの下へ行く為に。 「邪魔じゃああ!!!」 「どけええええ!!!」 腐った腕が二人を止めた。それは二本の腕だけでは無く、三本、四本と多く。レイラインが増やしてしまったアンデットも交えて楽団の楽器は増えるばかり。 だが諦めない。まだ終わらない。 「しつこい程治そうって思ってたけれど、今はしつこいまでに攻撃するのみね」 ニニギアは魔力杖を巧みに振る。より効率良く行われている魔力の流れを一点へと集中させた。 突如、竜一を抑えていたアンデットが白い光に包まれて果てる。 おやすみなさい、どうか、この破邪たる光が天国への道しるべになる事を願って。 ニニギアも加わり、アンデットの一掃は続く。そして。 ガォン!!!! 再び、下階で命を摘み取る音が響いた――。 嫌な音だと龍治は大きくため息を吐いた。そういえば、一階の状況が気になる。先から聞こえてくるのは戦闘音だが……。 「おい」 『……』 「おい」 『………はいはい、何~?』 「大丈夫か?」 『まずまず☆』 そんな会話を一瞬だけ行った。 ●Please kill me.../2 パチリ。AFから声が聞こえた。 「はいはい、何~?」 血溜りの床に転がる葬識はその声を目覚ましに目を開いた。 嗚呼、なんてことだ。霞む視界には常人で言う『惨劇』とやらが繰り広げられているではないか。 眠った一般人をただ殺す、ただの殺戮劇。命って重いんだよ。命って一つしかないんだよ。それなのにこんなのって無い。 嗚呼、何か思い出す。 これは、確か、『怒り』。長らく忘れていた感情だ、なんで忘れていたのかはさておいて。 再度、霞む視界で彼は『上』を見て彼女(ルーメリア)と彼(クリム)の姿を探した――けど、見当たらない。 「いないなー」 『ルメ子と一緒とかそわそわします、なにしてるんですか、確かめに行っていいですか』 「興味無いな~……」 AFから響いた小梢の声と、それに反応しながら迫ってきたアンデットの腕を鋏の刃で突き刺しながら、そして引きちぎる。だがすぐ背後から蹴りが飛んできた、更には無数のメスがその身体に突き刺さっては再び床に倒れ伏した。 早くも身体が言うことを聞かない。それもそうだ、増えるアンデットのリンチを受ければ誰だって。 死ぬのだろうか? それも良いかもしれない。 死んだらきっと『あの子』は笑いながら迎えてくれるに違いな―― ――違う。そんな事、考えている時じゃあ無い。 パァン!!! 葬識は拳を床に叩きつける。血溜りが弾けて、それが顔にかかったが真紅の瞳が煌々と光り続けている。 汚い、汚い、血は汚い。服だって血だらけじゃないか。 軋む身体で立ち上がろうと歯を食い縛って、立とうとして、またアンデットの足が腹部を蹴り飛ばして身体が吹き飛ぶ。 それでもだ、それでも尚、立ち上がろうと足掻いた。 何故だ、何故殺しに来ない。例え偽りのあの子であっても殺されるならこの場には――みめめちゃん、君だけしかいない。 (楽しみ、してたんだよ? 殺し愛) 遠くに見える、大量殺戮を行う君の姿。ただの人形だね、ただの滑稽な人形だね。 「こんなのじゃ、愛し合えない」 もう、時は戻せないけれど。 それでも良い。 傍に居てよと、伸ばした手。 何処の誰に殺されたの。 何故知らない奴に浮気したの。 「俺様ちゃんを置いて逝かないでよ」 そしてまた立ち上がった。何故だろうか、今まで受けてきた傷がほんの少しだが回復しているように見える。 まだ死ねない。まだ倒れられない。まだ君を殺し直してない!! 投げだしそうになった鋏を再度握った。飛んできた知らない奴の足にそれを突き刺して、横へと放り投げ、葬識はアンデットの波へとその身を投じた。紛れも無い、彼の所へと進むために。 「こう見えて、寂しいんだよ」 笑っていた。自分を皮肉気に笑うように。と、そのとき。 「ハイサーイ! 楽しそうですね、鳥の籠のど真ん中! プークスクス」 イラッ。 突然だった。アンデットの壁の暗闇から、光が漏れた。 見えた真っ赤な姿は、嗚呼、なんか久しぶり? 「超遅刻……だね、メイディルちゃん」 「趣味は女の子を傷物にする事。特技は社長出勤でぇす☆ なんちゃって、大丈夫じゃなさそうですね?」 寝ていていいんですよ、と嘲笑ったクリムは大鎌を振りかぶり――機嫌悪そうにガン無視を決め込んだ葬識を見て笑った。 刹那、振り回した大鎌から轟々と嵐が生まれ、アンデットの四肢を簡単に吹き飛ばしていく。 「遅くなってごめんなさいなのおおおおおお!!!」 「おかえり、リュミエールちゃん」 半泣きで帰ってきたルーメリアが葬識の身体を支え、その瞬間、清らかな風が彼を包んだ。 まだまだこれからよ、そう言いたげな目線を向けて。 「知ってるの? 野球はね、九回まで諦めちゃ駄目なの!! そして九回からが本番なの!!」 ルーメリアの周囲に上位の大天使のものと思われる光る羽が舞う。彼を鼓舞するように、労わるように。 「だからね、今はまだ八回裏!! 反撃のチャンスはこれからなのっっ!!!」 ビシっとルーメリアの指先はみめめの死体へと一直線に向いた。さあ、これからが本番であると。 「みめめちゃん、君が43になったのかな。うん四三(黄泉)へ導いてあげる」 いつの間にか遠い場所へ消えた君へ。聞こえているんだろう? 「……ん」 首を傾げたみめめが、笑ってくれた気がした。 と、その前にだ。 「リュミエール家のお嬢様、あんまり舐めないで頂きたいなの!!」 三階が檻に囲まれた頃、一階にあるネット回線にルーメリアは侵入していた。 彼女を囲むようにして葬識と三尋木は背中を合わせてアンデットと応戦する。 だが、やはりその数は多いか、クリティカル無双していくクリム以外は息が上がってしまっている。 「早くなのおおっ」 回線を辿って、断ち切るのは全音響機器の接続。見つけたと声を出したルーメリアはその全てを断ち―― ――ブッ という音を最後にオルゴールの音楽が止んだのだ。 「音楽!! 止んだの!! やったーなの!!」 回線から手を離したルーメリアは即座に回復の詠唱を紡ぐ。けれど、やはり、そう上手くはいかないらしい。 ――~♪ 再び音楽は鳴り始めた。此方の電子の妖精がOFFにできるのなら、あちらの電子の妖精がONにできないはずは無い。 すぐに復旧したその音楽にルーメリアは地団駄を踏んだ。だが、回復を怠る事はできない。もう、音楽を止める方法は、三階頼みなのだが――。 「三階も、三階で大変みたいだねぇ」 「まだサヨナラホームランするかもなのー!」 葬識が上を見上げながら、その後ろでルーメリアは頬を膨らました。 一階は一階で追い込まれつつある状況だ。この階の命という命はほぼ刈り取られたに違いない。ルーメリアが見回しても、夢を見る命は全て起き上がっていると見える。やりきれない思いが、心を埋めた。 「メイディルちゃん」 「はい、なんでしょう?」 せめてもの足掻きだ。葬識は指を指した――複数のメスを飛ばしてくるみめめのアンデットを。 「あそこまで行きたいんだ☆」 「えー」 三尋木の一人が大蛇が如く突っ込んでいく後、クリムが再び嵐を起こす。それで細やかながら痺れで動けないアンデットを押しのけて葬識は進んだ。 逸脱者ノススメを最大限まで開ききって、狙うはその首。 「俺様ちゃんの愛してる届いてよ」 みめめの首――は逸れてしまうがその静脈を食いちぎる。 「……っ」 ぷつり。 まるで糸が切れたかのようにみめめの身体が一瞬だけ崩れ、そして足で踏ん張って倒れるのを止めた。 今までの行動とは明らかに違う行動を起こしたみめめの死体。 「――みめめ、ちゃん?」 殺人鬼は願う。今更どの面下げて何に願うかはさておき。 ハイリーディングでもいい。声でもいい。伝われば手段なんて選びやしない。今こそペルソナは捨てたのだ。何も隔ての無い自身の心を持ってきたのだ。 言葉で通じ合えなくても――きっと幾戦を重ねた君なら応えてくれると信じているから。 殺し愛の約束は、果たされるまで永久に続くから。 だから―― 『うるさいなぁ』 ――そう口が動いた。声帯が壊れている彼には音を出す手段は無いけれど。 髪を掻き上げるみめめの仕草。除いた切れ目は一人だけをじっと見ていた。もはやそれがアンデットの行動なのか、奇堂みめめという人物の行動なのかは、傍から見ればわからぬものを。 「おかえり」 二人にしか解らない事実は其処に。 嗚呼、その眼、その言葉。どれほど焦がれた事か彼は解っているのだろうか、伝えてあげよう。 楽しみにしていたんだ、その時を。 待ち望んでいたんだ、この時を。 誰とも知らない外界の屑に邪魔をされて、もう二度と巡って来ないだろうと思っていた、今この瞬間を!! 葬識は再び鋏を持ち上げる。その刃の先――しっかりとみめめの姿を挟んでいる。 「『殺してあげる」』 始めよう、殺伐を。 始めよう、殺し愛を。 生き残るまでのハードゲーム。 ●An unrelieved tragedy/2 三階。 二一体へと増やしてしまった死体、それを対処するには時間がかかりすぎている。 レイラインは唇を噛んで時を刻み続けた結果、その総合カウンター周辺の一般人は全滅をしてしまったのは汚点だ。だがまだいくらでも返上の余地はあるのだ。 「諦めちゃ、駄目なのです」 そう、諦めない限り。 ニニギアが声を張り上げて、手を前に出す。精神を削って生み出す光――燃えるアンデット。 「解って、いるのじゃ……」 レイラインは応え、その肩を竜一が一度、叩いた。まだ全てが終わった訳では無い。 「ま、俺の本気ってここからだし?」 竜一が痺れを切らして麻痺の嵐を放る中。小梢はその身体でニニギアを守っていた。 (絶対に、負けてたまるものですか!!) ニニギアは奥歯を噛みしめて、一番よれよれと動く一体へと破邪の光で包んで葬送する。 前回こそ、この楽団達の目の前で、かつ短い時間で落ちてしまった記憶が心残りだった。どうしても仲間を護りたくて来た。だから、今回こそ過失を起こす訳にはいかない。 相手が仕掛けてこない、防戦されているからこそ、今は攻撃へとシフトする回復手――その威力は例え前衛にも劣らぬ威力を発揮しているではないか。 そして例え、何も救えなくても。例え、全てが零れ落ちても。ウチナーのために翔護もそれに続いた。 ガォン!!!! 今こそ、下階から響く轟音のそれは、死の行進を増やすメトロノーム(時刻み)。そしてそれはリベリスタ達にとっての窮地のカウントダウンであったかもしれない。 「くんくん、なんだかふえてきているの、したからなんかくるの!!」 「下……? まさか!!」 ミーノの言葉に龍治は振り返った。それまで総合カウンターを見ていたからこそ気にしていなかったが。 階段から溢れる、死者、死者、死者!!! 総合カウンターとは、三階の中央に位置している。それを囲むようにして下階から上ってくる手段は配置されていた。 翔護は嗚呼と嫌気がさした。これ全部相手にするのか、心が折れそうになっちゃうぜ。でもがんばるんだぜ。 「囲まれたぜ……アンデットの檻に閉じ込められたって事か。そうだろ、ミーノちゃん?」 「んーっと……そうなるの!!」 ――本来ならば、楽団は『何にも妨害されずに静かな救済』を行うはずだった。 そこに未来視で介入するリベリスタは言わば、楽団から見れば異常事態。 先程の『流れ続けるはずの音楽が止む』と言う事は、三階で何か異常事態が起こったという布石になる。それを司令塔たるグレゴリオが感知しないはずは無いのだ。 「三階、異物は殺すに限るんだなぁ~」 そう言ってグレゴリオは、二階で生成したアンデットを仕向けたのだ―― 「あんでっと、たくさんなの!! あしおといっぱいなの!!」 「その前に、エルヴィーノを……いや、放送器具をどうにかすれば!!」 焦るミーノ。見えない敵を壊したい木蓮。さあ、どうする、どうするのだ。その時には既に足が動いていた。 放送器具……ならばそのマイクを破壊する!! 器具が見える位置、いや、弾丸が当たる直線さえ確保できれば良い。木蓮は探した、その好位置を。 だがやはりアンデットが邪魔だ。数は着実に減ってきてるが、まだエルヴィーノには届かない。 「……あとは」 三階の放送が止められない。なら、残す手はあと一つだった。龍治は諦めずに火縄銃でアンデットの処理に走る、続く竜一の烈風陣と合わさって――。 アンデットの手足が吹き飛んだ、頭が宙を舞っていた。それでも、それでもアンデットはしつこく、蠢く。 「電子の、妖精……か」 龍治は『頼んだぞ』と、心の中で呟いた。その時だった。 ――ブッ その音を最後に演奏が止んだのだ。 おそらく下階の彼女がやってくれたのだろう、ならばもはやアンデットは増えない。 「今居るアンデットさえ、倒しきれば……なんとか」 総合カウンターを背に、リベリスタは向かってくるアンデットの群れを見た。 倒しきれるのか? いや、やらなくてはならない。最悪を乗り切るために、最悪を起こさないために。 しかし。 ――~♪ 音楽は再び鳴り出したのだ。 「なんで、ルメ子さんが消したんじゃ……」 「ちがうの、おそらくえるヴぃーのがつけなおしたの!!」 アンデットの一体を突き飛ばしながら小梢は苦い顔をした。ミーノの言葉に「ああ」と言いながら、めんどくささが苛立ちを覚える。 つまり、消しても着けられてのいたちごっこが始まるのだ。 だが、それからというもの『音楽を消す方の電子の妖精』は働いてはくれなかった。下階に居るであろう二人もそれ所では無いという事か。 「楽団、本当に、めんどくさい」 背にニニギアを控えさせ、小梢はまさかのカレーの皿を構えた。帰ったらカレーを特大の鍋で作ってくれないと、ストライキしてやるぞ。 (カレー作る約束、忘れませんからね) それよりも。下階の彼女が心配で仕方ない小梢であった。 迫る、その腐臭や血臭混じりの彼等。 眠りながら死んだ彼等は、自分が死んでいる事を理解しているのだろうか? この階にどれほど一般人が寝ていたのかはさておき、レイラインの手は震える。凍らせ、時を凍らせ、もしかしたらまた誰かを、罪無き誰かを殺してしまうかもしれない恐怖が襲っていた。 そして向かってくるアンデットの数。数百人規模が寝ているはずだったその戦場だ。手放した二階の生命はもはや絶望的だとリベリスタは確信した。 だからこそ、だ。 「これで終わってたまるか」 竜一が狙ったのはエルヴィーノを守っているアンデット――放つ烈風、砕ける肉片。その横からレイラインが駆けて来ては、氷の領域を刻む。 「せめて、この、目の前のこやつだけは!!!」 「オッケー☆ もう少しで壁壊せるところだったもんな、トゥギャザーしようぜ☆」 翔護のパニッシュもまた、皆と同じアンデットへ向けられた。そして、木蓮も、龍治も、ニニギアも。 「は……なんですか、リベリスタ風情が」 ふ、と。音楽が止んだ。フルートを口から離し、定まらない焦点を遊ばせるエルヴィーノは嘆いた。 一心になって遅い来るリベリスタ達だ。それが今のエルヴィーノの眼に脅威に見えた事はこれが初めてだったであろう。 「これ以上、悲しみはいらないのじゃあ!!」 氷像が。 「倒れないわ、絶対に皆で帰るって決めたのです!!」 破邪の光が。 「覚悟しな☆ ウチナーを狙ったのが運の尽き」 「その自慢の顔、狙ってやるぜ!!」 「ついでにその自慢のフルートもだ」 魔弾が。 攻撃が。 諦めない意志が。 止まらない!!! リベリスタの息をつかせぬラッシュは止まる事を知らない。例え後方から魔の手が来ていても。 「なんですか、なんなんですか……このわたくしが、ケイオス様の楽団のこのわたくしが!!!!」 エルヴィーノは一歩引く。恐い、と震えているだと? 「違う、わたくしはは震えてなんか!!!」 「俺はな――」 「ひ!?」 細切れか、それまでアンデットに与えてきたダメージがここで一気に幸となったか。 「てめえら殺すまでは、死ねないんだよ。それが、俺の背負った、責任だ!!!」 ――今までで一番大きい小さな台風が爆発した。これまで楽団のせいで死んだ命の分、負ける訳にはいかないのだ。 竜一の剣の切っ先がエルヴィーノの髪を揺らす――やっと、その楽団員とやらを。 「このわたくしが!! この、エルヴィーノ様があああ!!!!!!」 「うっせえ、黙って歯ァ食い縛れ!!!」 「う、うぎゃあああああああああ!!!!」 集中を続けたエルヴィーノは楽団お得意の自付が間に合わない――そして、彼が二度と音楽を奏でることは無い。 ●Please kill me.../3 クリムこそ、周囲のアンデットを蹴散らしながら応戦している中、意識あるみめめの攻撃は全て葬識へと向いていた。運命さえ利用して傷を治し、背後からルーメリアは祈り続けた。 殺しがこんなに楽しいことは無い。歪んだ表情のみめめはメスを葬識の首に、その背後からクリムがみめめにデッドオアアライブを叩き込んでいた。 「なかなか倒れませんね……五回はぶちあたってる気がするんですけどねぇ」 クリムがアンデットって面倒だねと笑う最中。 『慈悲なんだ、ボクがボクでいられる内に殺し愛たいんだ』 みめめの乾いた瞳から、たった一滴だけ苦しみが落ち、これで最後の戦いを惜しんだ。好きだからこそ破壊したいこの衝動。受け止めてくれるだろう? 「なんかまずいの、二階からアンデットが来てるの」 「みたいだね」 クリムに狙われ、刺され、叩かれ、みめめは手足が千切れそうになっている。逆に葬識も軋む身体に鞭打って立っていた。そしてその背後からはアンデットの群れ。殺し愛の終わりのときは近いのだろう。 楽団のアンデットに中断されるよりは、決着を望む。 『次で、最後』 「そうしようか☆」 ほぼ同時に地面を蹴る。弱点を貫き抉るメスが――溢れて止まらない漆黒を飼う鋏が――。 普通の愛なんてつまらない。 吐息交えて、口を塞いで、体温を分け合うだけの愛なんて在り来たりで。 刺激的だったんだ、命をチップに愛してみた事が。首を賭けて、愛されたことが。 割と良い最期だったと思うよ。空っぽだったボクが君に殺される事を望んだのだから。 『ありがとう、ボクを見つけてくれて』 「おやすみ、みめめちゃん」 ――メスは確かに葬識の胸を貫いていた。が。 ごと。 静かに落ちたのは、紛れも無くみめめの頭部だった。 貴方の中で、永遠に生きるのを夢見て。魂は闇(葬識)に溶けたのだろう。 その時。 チンッ。エレベーターが間抜けな音を出しながら、中からグレゴリオが出てきたのだ。 「楽しい楽しい、涙の再会は終わったんだなぁ~?」 楽団員が一人。おそらくポーランドの大事件の頃からケイオスの下に着いていた一人なのだろう。 クリムは大鎌を楽団――グレゴリオへと振った。 しかし、壁に阻まれる。二階へ通じる階段から降りてきたのは大量のアンデットだ。もはや一階二階の戦況はリベリスタ達にとっては『壊滅』という文字がお似合いか。 残念だが、一般人への被害は紛れも無く甚大であった。 ●An unrelieved tragedy/Last 「どこだ、皆!!?」 二階で死した死人の群れの中でも竜一は抗った。どんなに打撃を受けようがその剣を離す事はしない。 確かにエルヴィーノが消えた瞬間、音楽は鳴り止み一般人も何事かと置きだした。だがその場は二階のアンデットが三階を侵食し、おそらく三階の一般人はもう、ほぼ――混乱と絶望の渦。 「おい!!」 ちらり、竜一の眼に見えたのは黄色の耳。 「……邪魔だ!!!」 咆哮し、解き放し、振り絞った精神力でかました烈風陣。それで吹き飛ばし、麻痺させた所でアンデットの群れを止まる事を知らないが。 痣だらけのひしゃげた腕で、アンデットに埋もれかけたレイラインを引きずり出す竜一。 「おい、死ぬのは早いぜ、ばーちゃん」 「解ってるのじゃ、テリーが……待っておる」 「俺も宇宙一可愛い彼女が居るから!!」 二人とも精神力は底を尽き始めていた。もはや烈風陣も、グラスフォッグも撃つ事は叶わない。 「木蓮!!」 「た、ちゅ!!」 恋人を引き寄せ、その身体を抱いた。一人は片手に火縄銃を、一人は片手にMuemosyune Breakを。 見える限りの敵に弾丸を撃ち続けた。背中合わせにし、少しでも死角というものを失くすために。 背中で感じる彼、彼女の鼓動。これさえあれば例え視界で捕えていなくても大丈夫。 (怖くない、怖くないよ、たちゅ……) 大丈夫、こんな所で死んだりしないから。キッと目線をアンデットへ向けた木蓮は咆哮混じりに連弾を止める事をしない。 その距離、遠距離の技に在らぬほどに近い敵達へと、撃って、撃って、撃ちまくる。 子供が弾けた。その親らしいのが血の涙を流していた。悲惨な演奏の犠牲者達が消える所を間近で見ていた。 「龍治……」 「なんだ?」 「楽団は、全部狩るんだ……!!!」 こんな光景、願うならばこの場所だけで終わらせたい。 小さく、それでいて穏やかに笑った龍治は、一体のアンデットの口内に火縄銃の先を突っ込んだ。 「……ああ!!!」 そしてその人差し指でトリガーを引く。グレゴリオの衝撃波にも劣らぬ轟音が響く。 例えその場所が死地であったとしても、いつまでも傍に――それこそこの二人の最強の絆。 「小梢、さん……!!」 「大丈夫、カレーのためならこんなの、掠り傷です」 傷だらけの彼女にニニギアはその名前を呼んだ。だが小梢は振り向いて、いつも通りのぼうっとした表情でサムズアップした。 未だ無傷である、チームの要を落とす事はできない。それはこの戦場に足を降ろしているその時から決めていた。 「今度、カレー作ってください」 「私は食べる担当なので、私の大切な人に頼んでみるのです」 ニニギアは両手を伸ばす。小梢の身体を包んで、その白き羽が美しく発光しているように、誇り高く君臨している。 アンデットを掻き分け、視界を巡らす。見つけた翔護とミーノの姿を小梢と交えながら、気まぐれの上位の存在の力を借りる。 仲間は絶対に死なせない。 それがニニギアの務めであり、ホーリーメイガスという者の使命。 白色の光がアンデットの隙間から溢れて消えた――それは仲間を大事に思うからこそ、鼓舞する礎。 「せーしん!!」 ミーノもニニギアの聖神の後に癒しの光を放った。 その顔は笑顔だった。何度地面に倒れてその顔が汚れても笑い続けたミーノ。 ミーノが笑っていれば、ミーノが立ち続けていれば、仲間が、誰かが倒れる事は無いと信じて。 幼いなりに考えたその行動に、翔護はその頭を優しく撫でた。 「ナイスな笑顔! 女の子は笑ってた方がグッドだぜ」 それにしても、アンデットの群れが多すぎる。 「ちょっとこれはさげぽよーって感じ」 だが少しずつだがアンデットが一階へと降りていく。何かの命令が行き渡ったか――。 「そうだなぁー! 熾喜多一族の死体ってどこなんだなぁ~? 全員起こしてやるんだな~!!」 「……」 今日はよくイライラする日だ。白衣の頭部無き身体を持ち上げ、葬識は心底そう思った。 「まさかとは思うけど、楽団は」 ルーメリアが言う。上から降りてきたグレゴリオ。つまり、その意味は。 「楽器は補充できた、と思えるんだなぁ~。だから行くんだなぁ~。なんか誰かいないような気もするんだがなぁ~」 ま、いいかと。くるりと空港の出口へ向かうグレゴリオ。 消える楽団を先頭に、百鬼は群れを成していた――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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