●緑生む青、藍より出づる ――男が二人。 “如何にも”な高級感を醸し出している黒革のソファーに腰掛ける男は、貫録とでも言うのだろうか、只者ではない雰囲気をひしひしと漂わせて其処に在った。 そして、その前に跪く男は、年の頃は二十代後半であろうか、まだ幾分か若いようだ。一見細身だが佇まいは凛々しく、精悍な面構えをしている。 「……坊ちゃんの件は、俺の過失です。この嵐山、責任は必ず」 「そう気負いなさんな、奴も反抗期だったってえこった。ま、放っとけ」 「しかし」 嵐山と呼ばれた男は、喉まで出掛かった反論をぐっと堪えた。 悠々と立ち上がり、話は終わりだと言わんばかりに去ってゆく男の背中を見送ってから、青年は男の部下に促され、退室し、考える。 嵐山が主と仰ぐその男にとって“彼”は取るに足らない愛人の一人が勝手に生んだだけの餓鬼であり、ただ自分の意の儘に動いていた使い捨ての兵器で会ったのかも知れない。 しかし、嵐山にとっては手塩に掛けて育ててきた弟のようなものだ。主の言葉であろうと、はいそうですかとあっさり割り切れる事ではなかった。 勿論、だからと言って主に対する忠誠心が揺らぐ筈は無い。 主だけが大切なのではない。 “彼”だけが大切なのではない。 裏野部――延いては、“宇宙”の一族が大切なのだ。 ならば為すべき事はひとつ。 (――藍牙様は、『連れ戻すな』とは仰られていない――) ●青嵐、雷を纏いて箱舟を襲う 「ちょっと、良いですか」 『転生ナルキッソス』成希筝子(nBNE0000226)は、あるアークの一員であるリベリスタの催したイベント、その会場たる浜辺を抜け出して、頼れそうな人物を数人引き連れ、喧騒より離れた場所へと身を置いた。 「……先程、月隠さんから連絡がありました。このイベントがお開きになる頃、フィクサードの襲撃があるそうです」 その言葉に、流石のリベリスタ達も一瞬、言葉を失わずにはいられなかった。 賑やかな雰囲気に似つかわしくない緊迫感が、盛暑の頃より幾分か涼しくなった黄昏の風の心地すら感覚から奪い去る。 しかし、本業予見士である『導唄』月隠響希(nBNE000225)が言うのだから、間違いは無いのであろう。 「裏野部のフィクサードが部下を連れてくるようなのですが、リーダーは嵐山鳴海と言って、今の裏野部で幹部昇進に一番近い男とされているそうです」 そして、と続く言葉に微かな翳りが籠る。 「宇宙さんの、教育係だったらしいです。宇宙さんがあの……名前忘れましたけど、緑の雷を出せるようになったのも、彼の“教育”の賜物だとか」 宇宙さん――宇宙緑は、アークの一員としての今回のイベントの主催者であり、元裏野部のフィクサード。 彼は義妹を裏野部のフィクサードにさせない為に組織を逃亡し、結果、リベリスタ達に保護され今に至っている。因みに筝子の言う緑の雷とは、彼が編み出したEXスキルの事であろう。 ともあれ、その彼の教育係であった男が、この嵐山鳴海なる男だと言う。 彼は緑に異様なまでの執着を、涼しげな表情のまま見せるそうなのだ。過保護と言う名の、歪んだ愛情を。其処に確かに潜む、狂気を。 敵の目的は言うまでも無く、緑だ。また、響希達フォーチュナが調べた所によると、緑の方はこの嵐山――鳴海を、酷く憎んでいるそうだ。恐らくは鳴海の“教育”が関係しているのであろう。 いずれにしても、万が一の事態を避けるべく、鳴海率いる裏野部のフィクサード達と、緑を接触させるなという指令が出たそうだ。 「折角宇宙さんが裏野部を離れて、アークに参入して下さったんですからね。もう少しで監視も解けそうだって、仰ってたのに」 それを過保護な親代わりにぶち壊されては、緑本人にしてもアークにしても堪ったものではない。 「私と十文字さんで、宇宙さんとロゼちゃんを敵と遭遇しないように避難させてみます。皆さんにはその間、嵐山とその部下達の足止めをお願いしたい」 緑にも助っ人として加わって貰えれば心強いが、指令がある以上それも望めまい。 筝子は力無く俯いた。 「……正直、皆さんに裏野部の実力者相手に持久戦を仕掛けさせるのは気が進みません。特に嵐山は、それこそ宇宙さんと実力がほぼ互角――つまりアークのトップレベルのリベリスタより強いらしいのですから、尚更です」 緑は、かつて裏野部一二三をして『暴力の天才』と言わしめた程の実力者である。そしてその教育者であり、今となっては幹部昇進に一番近いらしい男。一筋縄ではいかないのだろう。 でも、と顔は上げずに続ける筝子はまるで、憂いがちに足元を見て咲く水仙の花。 「私や十文字さんでは勝てるどころか足止めさえ出来る相手じゃあない。加えて、嵐山は……ロゼちゃんを、殺すつもりのようで」 ロゼを――緑の大切な義妹を、殺す。 それは緑への見せしめか。アークはロゼを護れないのだと。 「私達が打ち破られて、宇宙さんが直接対峙することになったとしたら……執拗に狙われるであろうロゼちゃんを、護り切れるかどうか」 だから、指令のあった緑は元より、ロゼも戦場には近付けてはならない。その為に、皆を頼りたいと言う。 「どうか、助けて下さい」 友を救う為に、筝子は頭を下げる。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:西条智沙 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月03日(水)23:29 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●嵐の前の静けさ 先程までは、賑やかで、それでいて平和であった浜辺に黄昏の橙が落ちる。 その平和の中にいた者、そしてアークから派遣されてきた者、六名が、静かに、時を待つ。 背には皆、既に『プリムヴェール』二階堂 櫻子(BNE000438)によって齎された、純白の煌めきを灯す光の翼。 傍ら、『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)が宙に白き符を放つ。それは一羽の白鴉へと姿を変え、茜空を貫き飛んで行った。 「お友達を守りたい。その為に頭を下げてまで……とても素敵な美談ですわね」 その声音に切実の色を宿して頭を垂れた黄水仙の姿が今再び櫻子の脳裏を過ぎった。 「それとは逆に、過保護が生み出す歪んだ愛情……なんと馬鹿げた愛情でしょうか」 「病的な執着であの子を連れ戻そうとしているのなら、この場を凌ぐだけでは根本的な解決にならないわね」 全く、厄介な狗だわ――そう、ぽつり氷璃は呟いて。 「嵐山鳴海と申す方、余程、情が厚く、そして義理にも堅い人物。それ故にこのような手段に訴え出たと思いますが、連れ戻されるご本人の意思に反する行為」 淡々と言葉を紡ぐ『無何有』ジョン・ドー(BNE002836)は、それと裏腹に、その紅き双眸に確かな信念の光を宿して。 「ましてや、それに伴い、大切とされる人物が殺されるのでしたら……」 此処に集う、皆で、防ぎ切って見せよう。例え地を這い倒れ伏す事となろうとも、醜くともその身が動かなくなるまで。 「事情はともあれ、後輩連中が馴染んできたってのに野暮はいかんよなぁ?」 なぁ、と『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)は投げ掛ける。その先に居たのは『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)で、彼は唯静謐に、しかし内に確かな決意を秘めて頷いた。 (暴力の天才って聞いてたからもっと怖い人だと思ってたけど、出会った彼は普通の少年だった) 暴力の天才。血染めコスモクロア。そう呼ばれていた筈の少年は、こびり付いた血を洗い流してみれば、唯、明るく、妹想いで、よく笑う、一人の少年で。 (そんな彼がやっと幸せな道を歩みだしたんだ) その道を、自らのエゴで閉ざそうとするのならば。 「絶対に、邪魔なんてさせない」 困難をも前に揺るがぬ決意――だからこそ彼は、危ういBorder lineに立ちながらも、護る為に戦う白金の拳。 (こういうんは荒事専門がやりゃ良い。悠里への義理もあるけどな?) ならば自分は適任だと、ぐっと拳を固める悠里を見て火車は改めて思う。 (これは守る為の戦い) 櫻花の鍔持つ妖刀、その柄を握り締めながら、『禍を斬る剣の道』絢堂・霧香(BNE000618)は反芻する。 気持ちを鎮め、心を研ぎ澄ませる。霧香自身の道を、人々と世界を守る道を、この戦いの場でも、切り開いていけるように。 (負ける訳にはいかない。ううん、負けない。この剣に賭けて、彼らを護るんだ) 霧香がその胸中、覚悟を決めた、それと、同時。 「!」 氷璃が解き放った白鴉が、彼女の下へと舞い戻る。 「二時の方向。人数からして鳴海達に間違いは無いわね」 ある者は自らの反応速度を高め、ある者はその肉体を硬質化させ、またある者は魔法陣を展開する。 (来い、嵐山鳴海……!) その道行きを阻んで見せるから。 ●嵐来たりて時を待つ 「……坊ちゃんは、何処にいる」 待ち構えるリベリスタ達の前に現れた、十人の集団。その、リーダー格と思しき、細身の優男が微かな苛立ちを滲ませて、問うてきた。 成程、彼が『青嵐』――嵐山鳴海。 「アイツなら、居ねぇぞ」 は、と嘲るように、火車は吐き捨ててから、不敵な笑みはそのままに、続ける。 「んで、それ以上の事ぁ答える義理も無ぇし、通すつもりも無ぇ」 頷く。此処に居る、リベリスタの全員が。その為に、此処に立っている。 幹部候補が何する者ぞ。相手が何者であろうと、悪しき野望を企てるなら、その目論見を完膚無きまでに打ち砕くのみ! 「勘違いのボケには御帰宅願っちゃうっつー寸法だわ。何より、裏野部連中の嫌がらせ出来るっつーなら」 燃える。ぎらぎらと、その身に宿る、消え得ぬ炎が、消せ得ぬ炎が、怒りと共に、火車の中、激しく熱く、燃え上がる! 「願ったり叶ったりなんだよクソ野郎共が!!」 最愛の人の、真っ赤に燃える魂の炎を、彼等は奪い去った。 その炎は今、火車の下に宿るけど、それは、残滓。彼女ではあるけれど、矢張り、足りない。彼女そのものを、遠くへ遣ってしまった、彼等を、赦さない。 彼等の望みを潰えさせる事が出来るのなら――重畳! (この度の戦いはあくまで足止めを企図とするもの。故に、敵を倒す事だけでなく、私を含めた六人が敵を通す事無く、長きに渡って戦い続ける事) それが肝要。今一度、ジョンは自らの内にそれを確認した。 「嵐山の旦那。コイツ等で試し切りしちまって良いんだよなあ?」 「構わんぞ、好きにするが良いさ。但し念の為坊ちゃんの所在は吐かせておけ」 火車の態度が気に入らなかったか、ぞんざいに言い放つ鳴海。見た目程冷静ではないようだ。叶わぬのなら暴力に訴えようとする辺りは裏野部らしいと言えようか。 やれやれ、と肩を竦める氷璃。しかし逆に、その性質は好都合かも知れない、とも、内心ほくそ笑む。 (……お仕事を引き受けたからには私の手で……今、自分が出来る事を最大限にしましょう。唯、今自分が成すべき事を) 女神の名を銘に刻む蒼銀の杖を携えて、櫻子はその先端に宿るルチルクォーツに、銀の夜鷹に淡い光を宿す。 「――さあ、参りましょう」 同時、高らかに声を張り上げるは悠里。 「設楽悠里。緑くんとロゼちゃんの友達だ。此処から先には一歩も進ませないぞ!」 悠里の宣言に、鳴海の顔色が俄かに、微かに、変わった。 けれど時は、そんな些細な変化を気に止めず、流れゆく。 戦いが、始まる。 「剣の道の下、禍を斬る。絢堂霧香、ここは絶対に通さない!」 霧香の気魄が、宣誓に乗って爆発した。 「――奴を殺れ!!」 瞬間、鳴海が、激昂して叫んだ。 ●嵐の中で踊れ 手始めに動き出したソードミラージュ達がその速度を活かして狙うのは、鳴海が指した、悠里。 だが、敵方だけにソードミラージュが居る訳では無い。一方には間に合わなかったが、もう一方の速度に霧香の反応は、競り勝った。 全身の体重を乗せて、スピード任せに突貫してきた敵の攻撃を、しかし悠里は何の危なげも無く、躱した。 そして後続で向かい来るもう一人のソードミラージュに、そして更にその後方から続いたデュランダル達に、霧香は照準を定めた。 「殺すつもりで行くよ、あたし達を無視出来るものならしてみろ!」 霧香のその意志に呼応し、幸運の女神はそれと判らぬ程微かに、彼女に笑んだのだろう。 生み出された彼女の幻影は一様に、本体と同時に神速の剣舞を披露して見せる。 目を奪われ、防御をも忘れ次々と斬り刻まれてゆく彼等は、特に本体からの剣戟を受けたソードミラージュの傷痍は激しく、そしてその動きは、大幅に乱れた。 同じく生み出されるソードミラージュの分身。しかしそれは、リベリスタ、フィクサードの関係無く、無差別に襲い掛かった。 「っ、と」 僅かながらも砂浜に脚を取られ反応が遅れるフィクサード達に対し、櫻子の翼を受け微かに飛翔する火車は多重の切っ先をひょいと避ける。 すかさず、ホーリーメイガスの一人が光の鎧を纏わせようとするも。 「無粋よ」 中衛のポジションを保つ限界まで前進した氷璃によって、その身に流れる血から形成された、紅から、虚空で色を変えた黒鎖を放たれ、もう一人のホーリーメイガス、そしてクロスイージスごとその身を戒められ。 「ま、コイツがそう言うもんだからよ?」 そう投げ掛けた視線の先は、悠里へ。 そのまま、火車は真っ赤に燃え盛る炎の拳をデュランダルの脇腹に見舞い、声を上げた。 「やるんだろ? さっさと行けや白金色(プラチナカラー)!」 応答は無言。それでも確かに頷いて、悠里は駆けた。 負けじとプロアデプトが後方から悠里を、火車を、そして厄介な呪縛を用いる氷璃を細き光の気で狙い撃つ。 それでも悠里を押し留めるには間に合わず、残る二人も抜かり無く防御の姿勢を取り、ダメージを軽減する。 そして遂に、鳴海の懐に、悠里が飛び込む! 「通さない、行かせない、殺させない! お前は、僕が絶対に進ませない!!」 「チッ……良いだろう、貴様は! 俺が潰す!!」 片や生かす為に、相対する男の得意とする雷纏う連撃を浴びせ掛け。 片や殺す為に、それを金剛と化した肉体で受け止める。 ●嵐を乗り越え虹を掴め 更に打ち合う事数合。敵方のホーリーメイガスを、一人でも落とせた事は大きかった。 次いで、敵前線の混乱によりこの場で最速を誇っていたソードミラージュが、落ちた。敵残数八人。敵を落とすのは難しいと考えていたリベリスタ達にとって、嬉しい誤算であった。 だが、もう一方のホーリーメイガスは自ら呪縛を解き、大天使の生み出す清風を生んだ。それにより、レイザータクトの指揮も加えて敵に勢いが戻って来る。 それでも、鳴海が前線に飛び込む前に悠里が彼を押さえ、前進させなかった事で、彼が得意技を撃つ機会を奪った事も、リベリスタ達の戦線をより長持ちさせる要因となっただろう。 「……くっ!」 「設楽さん!? ……聖なる癒しを皆様に……」 鳴海の渾身の力を以て雪崩れ込んだ拳が、悠里を地に伏せるも、既に空気中の微弱な魔力を取り込み続ける櫻子が、聖なる超高位存在に祈りを捧げ、その息吹で、レイザータクトの殺意の眼差しに射抜かれ、地に膝を着いたジョン諸共浄化し、癒した。 「有難い。しかし敵もその力を用いるとなれば、厄介。少々その力、封じさせて頂きましょう」 かくしてリベリスタ側前衛やや後ろまで前進し、ジョンの放った気の糸は鋭く輝き、的確にホーリーメイガスの肩口を射抜く。 だが直後、皮肉にも目論見が成った為に、報復に聖なる嚆矢を放たれ。 「!」 「ジョンさん!」 幻影を展開しながらも、霧香は咄嗟に叫んだ。 しかし砂塵の中から、彼はふらつきながらも立ち上がる。 「何、覚悟はしていた事……まだ倒れる訳には参りません」 「おっと嬢ちゃん、余所見は禁物だぜ……!」 横合いから、デュランダルが霧香に襲い掛かる。だが、その更に横合いから、火車が紅蓮の一撃を叩き込んだ。 「おーおー、テメェ等が良いのは威勢だけだよなぁ?」 ニヤリ、不敵に笑む。崩れない。 彼の動きを警戒したもう一人のデュランダル、そしてソードミラージュがその周囲を取り囲むも。 「ザコ共が群がる位で丁度良いぜ! どんだけ囲まれても構うかよ! 手当たり次第ぶん殴ってやるからな?」 寧ろ、そうでなくては。この激情の炎は、未だ消える事は無いのだから! だが、矢張り幹部候補と、多勢に無勢。特に、鳴海を直接相手にする悠里の疲弊は激しい。 「今、治して差し上げますね……」 それでも、櫻子によって降臨した大天使の力の一片、癒しの清風を受けて、悠里は喰らい付く。絶零の拳を振り翳し、穿たんと空を踏んで、鳴海を後ろへ追い遣る為に、只管前へ! 「お前は緑くんを連れていけない! 僕が護るからだ!」 ●“青嵐”の意を問う その後は、両陣営共に凄惨たる有様だった。 業を煮やした嵐山は、悠里を完全に叩きのめすべく全力を振り絞る。悠里は全力防御の姿勢に入るが、鳴海の一撃は、その全てが重かった。 一方で、部下達には氷璃と櫻子の撃破を命令。ソードミラージュを霧香が、デュランダルの一人を火車が押し留めるも、もう一人のデュランダルが後衛へ。 「……っ」 「す、すみませんっ……ありがとう御座います……」 身を挺して自らを護ってくれたジョンは、既に一度倒れている。運命を燃やして立っているのがやっとである筈の彼に、櫻子はお礼代わりに大いなる癒しの息吹を向けた。 彼だけではない。ホーリーメイガスの癒し、クロスイージスの浄化を受けてプロアデプト、レイザータクトの援護もあり、霧香が、氷璃が、その運命を天に捧げている。 それは逆に言えば、決意が未だ揺らいでいない事の証明! 「あたしは決して退かない、あたしだけじゃない。あたしは、絆を引き裂こうとする奴を、許さない。絶対に、護るんだ!」 霧香の言葉に、気合に、対峙するソードミラージュが、一瞬僅かにたじろいだ。その一瞬で、彼女には十分だった。 好機を見逃さず、振り上げた一刀の下に、両断した。 同時に、今度は火車の身体が傾いだ。しかし、彼とて皆と同じ。痛む身体に鞭打って、自らの得た運命の寵をも犠牲に踏み止まる。 「おぉい……何だぁ?本当にやる気あるんでちゅかぁ? 赤ん坊かコラ」 温いんだよ――彼自身にしか聞こえぬその呟きを、デュランダルの剣が切った風が掻き消す。 それを、火車は身を屈めて流すと、その鳩尾に燃え盛る裏拳、ひとつ。 「テメェ等の叫び声が何より心地良いぜ……! 良いか、裏野部潰すまでオレは倒れねぇんだよ! 何度でもやんぞ……? 何度でもだ!」 火車の、そして霧香の決死の猛攻に、敵前衛二人が押され始めた。 そして、氷璃は。 「あの子を保護した時は問答無用で殺そうとした癖に、今更、殺さずに連れ戻そうだなんて都合の良い命令ね?」 「宵咲さん……?」 最早何度目かも判らぬ回復の息吹を齎す櫻子の傍ら、氷の天使は静かに鳴海に言葉を掛けた。 「その件に関しては藍牙様の思し召しだろうが、今は殺そうとは考えておられぬ。捨て置けとの事だ。だが俺は」 「放っておけと命令されたにも拘らず連れ戻しに来たの?」 氷璃にしてみれば、鳴海は狗だ。裏野部と宇宙に忠実に尻尾を振る、狗。 「知らぬ存ぜぬを決め込むなんて貴方の主はとんだ狸ね。緑は今、他の主流七派と堂々と戦うチャンスを得ているわ。怨みも後始末もアークの負担で裏野部は痛くも痒くもない」 それは藍牙の思惑通りではないのか。鳴海はそれすら見抜けぬ愚か者か、或いは―― 「貴方、自分の主が何も考えていないと愚弄しているの? 流石ね。次期幹部候補。同じ立場なら主従も関係無いと?」 氷璃が――嗤った。 「……貴、様アアアアァァァァァァ!!」 鳴海の中で、何かが切れた。 立ちはだかる悠里をその全力の拳で薙ぎ倒し、彼を投げ出して一目散に氷璃の下へ。 そのまま櫻子をも巻き込んで、お得意の雷で平伏させんと猛るが、火車によって阻まれた。 「大事な玩具取られて悔しいですぅ! ってな顔に見えて仕方ねぇ! 良い大人なんだから解れや! アンタ心底嫌われてんだよ!」 「黙れ、黙れ黙れ黙れェェ!!」 目標を変更し、火車と氷璃に向けて雷撃の舞を。 蒼雷纏いて荒れ狂うその姿は青葉の頃に吹く風等と生易しいものでは無い。“青”い雷を纏い生まれる“嵐”。 火車は耐え切ったが、遂に氷璃の身体が悲鳴を上げた。運命は、二度は彼女を救わない。 ――だが、刹那。 「倒れてたまるか……! 僕が此処で倒れたら、ロゼちゃんは殺されるんだぞ!」 その全身は既に汚れ、掠れ、血を流し、息を乱し、それでも、立ち上がって。 鳴海は、括目した。判っていた事とは言え、あれだけ満身創痍になるまで痛めつけた悠里が、立っている! 絆を紡いだ者を失いたくないから、彼は、彼等は立ち上がる。 けれど鳴海のように強行を起こすのではない。心をひとつに、護り抜く、その意志が、彼等に手を取らせ、力を与える。 限界等突き抜けろ。運命を糧に立ち上がれ! (もう二度と、友達を失うなんて嫌なんだ! 家族を、友達を、愛する人を護るために! その為に僕は) 再び彼は帯電する。白金に輝く雷光をその拳に収束し、一気に、唯鳴海だけを真っ直ぐに見据えて、標的に定めて、破邪の拳で敵を討つ! 「強くなったんだ!!」 ●嵐の後に在るのは ジョンも敵後衛の執拗な攻撃の前に今再び砂浜に突っ伏し、リベリスタの残数は四人。 内、前衛の三人は既に満身創痍。櫻子の回復はあれど、いつ倒れてもおかしくない。 片やフィクサード側、もう一人のソードミラージュを打ち破ったものの、残数七人。鳴海も悠里の雷舞を諸に喰らったとは言え、未だ余力を残しているように見える。 戦況は絶望的に傾いていた――その時だった。 「……成希さん?」 櫻子のAFに、通信が入る。 「……三高平市内に、撤退完了したようです……」 「……!!」 櫻子の言葉に、霧香と悠里の表情が、ぱあっと晴れた。火車も溜息ひとつ吐いて、ニヒルに笑む。 勝ったのだ。緑とロゼを護り切ったのだ。 「……何て、事だ」 逆に、優位を保っていた筈の鳴海が、力無く、絶望したように呟いた。 そのまま、彼はリベリスタ達への罵倒、捨て台詞のひとつすら無く、よろよろと踵を返し、何処かへと姿を消した。部下達も慌てて動けぬ者を抱え、その後を追う。 その姿は哀れですらあった、けれど。 「我儘通す為に馬鹿やらかした奴にゃあ、当然の報いだ」 火車が、短くそれだけ吐き捨てた。 「あぁ……終わりましたね……」 「だねー……勝った……」 へとへとと座り込みながら、微笑み交わす櫻子と霧香。 そして悠里は、聞こえはしないと知りながら、虚空に拳を突き出して、報告を。何も知らないのであろう、友へ。 「緑くーん、ロゼちゃーん! 勝ったぞー!」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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