● 女子高生たちの中で囁かれる噂がある。高校生と言えば無理なダイエットが頻繁に行われる年齢だといわれているが無理せず痩せれると噂される病院があるのだ。 表通りからは余り目立たない。ビルとビルの谷間。窪みにひっそりと隠されるように存在しているメディカルダイエットを行っている病院だ。少女は周囲を見回しながらも、そっと自動ドアを潜る。落ち着かない蛍光色の壁。医療従事者には思えないネイルで綺麗に飾られた指先や明るい色合いの髪。看護士が綺麗な笑顔で微笑んだ。 さあ、こちらへいらっしゃい―― 息が詰まる。咽喉の奥から吐き出されるのは言葉にもならぬ吐息だった。圧し込まれる物で痛みさえも快楽になっていく。ぼんやりとした意識の向こうで口紅で彩られた看護士の唇だけが妙に赤く艶やかである事だけが分かった。 「大丈夫、綺麗だから、ね――?」 「ッ――」 陽に晒されない少女の腹をなぞる看護士の指先。腹に喰い込んでいく物に妙な圧迫感と共に背筋を駆け上がる気配。吐息が漏れる。ぐちゃりと女の指先が抉るように、探る様に臓器を撫でる。麻痺した様に、言葉なんて出なかった。嗚呼、ただ其処に在るのは快楽の二文字。探る宥めるような指先が、覗く桃色を押し広げて微笑んだ。 「――ぁっ」 「ね、大丈夫、綺麗。素敵、素敵よ」 言葉が紡がれる。顔を上げる。周囲が赤い。看護士のルージュよりも赤い。赤い。これは、血――? ● 「痩せるって、一種の憧れなのかしら?」 集まったリベリスタを見るなり『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は首を傾げる。 「嗚呼、そう、女性は痩せる事にご執心だと言うけれどそれを利用した悪事が一つ――」 モニターに映し出されたのは目立たない位置に在る一見病院の様にも見える建物だ。そもそも裏通りに在る時点で何処か怪しい雰囲気もするのだが―― 「ダイエットを補助すると言って実際に行っているのはナイフで切除しているだけ。 ……まあ、痩せるわね。物理的に。抉り取ってるだけだけど……」 白けた瞳でフォーチュナは言う。 アーティファクトの効果の所為で痛みを快楽に変え、痩せたという錯覚を与え続ける。 ――まるで麻薬の様に痛覚を快楽に変える。嗚呼、何て効果だろう。なんて、行いなのだろう。実際は物理的に腹を切り裂いているだけでしかないのだが、『痩せた』という錯覚が少女たちを虜にし、密かなブームとなりつつあるらしい。 「切り裂く理由、これって本当に気持ち悪いけれど、大丈夫?」 こくり、リベリスタが頷いた事を確認しフォーチュナはゆっくりと言葉を紡ぐ。 「カニバリズム。嗚呼、何て気色の悪い響きなのでしょうね。人喰い。美味しいとも思えないのだけど……。 其れはともかく、これ以上『患者』たる少女達が犠牲になるなんて我慢ならないでしょう?」 人を食べること、女性の想いを踏み躙る様な行いに我慢ならないとフォーチュナは拳を固める。 「フィクサードは三人。それとアーティファクト。フィクサードのうち一人が首から下げている瓶に入っているラムネが今回皆に確保して来てほしい『毒淫ラムネ』になるわ。 フィクサードを倒さないとアーティファクトの確保は難しいと思う。後、備考だけれど、その時に病院には三人の女性が来院しているわ。今なら、助けられる」 早急にお願いするわ、と紡いだ後、フォーチュナはじっと自分の体を見つめた。 ダイエット、女性につき纏う魅惑五文字。 「好みのタイプって人それぞれだと思うのだけど。食中りにもほどがあるわ。悪い夢を、醒まして頂戴な?」 珍しく拗ねたように唇を尖らしたフォーチュナはリベリスタらに手を振ってブリーフィングルームを後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月25日(火)23:26 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 其処は路地裏の路地裏。ビルとビルに囲まれた、丁度その間。隠されるように存在している小さな病院。其れだけでも危うさを感じずには居られないのに、『メディカルダイエット専門』等と謳われると怪しさが倍増される。 「――……ダイエット、ですか」 こてんと首を傾げた『宵歌い』ロマネ・エレギナ(BNE002717)はSlez prolito na Moskvuを握りしめて扉を見つめる。嗚呼、過酷でない減量等まやかしでしかないと言うのに。 「宗教みてーだな」 聞き及んだ少女達の様子はまるで『信仰者』。別に『塵喰憎器』救慈 冥真(BNE002380)は信仰者ではない。信仰よりも科学を追及する徒である青年は長いみつあみを揺らし、溜め息をつく。 信仰、宗教、その形態。麻薬の様に心を蝕んで体を殺す。曰く、主流七派『黄泉ヶ辻』の様だ。 「……気にくわんが」 「うん、なんつーか……とことん薄気味悪い奴らだな」 明神 火流真(BNE003346)がまだ幼さの残るかんばせに浮かべたのは露骨なまでの拒絶。そっくりの顔をした明神 禾那香(BNE003348)の横顔を見つめながらも黒い瞳を細める。薄気味悪い――其れが冥真の言い表す『黄泉ヶ辻』に感じる露骨な感情と同系統の物であるというのは特筆すべき事項ではないだろう。 「人喰い、なあ」 とっとと潰さなきゃ、と胃の内容物が――優しい少女の笑みを湛えた母が作った朝食が逆流する可能性もある。顔色が優れない火流真の表情を覗き込んでから、人喰いの三文字の言葉を咀嚼する。『飛刀三幻色』桜場・モレノ(BNE001915)の柔らかな微笑みにさっと影が掛った。 「うわあ、えげつねぇ」 その言葉が彼の本心なのだろう。正に『色気より食い気』。文字通りの言葉である。黒い瞳を細めて『ヤク中サキュバス』アリシア・ミスティ・リターナ(BNE004031)は仲間を振り仰いだ。頷きあう。ゆっくりと、彼女の脚は自動ドアを潜った。 こんにちは、と受付が声が掛けられる。その声に反応して顔をあげた『黄泉比良坂』逢坂 黄泉路(BNE003449)の色素の薄い指先がそっと眼帯を撫でる。細めたのは血色の赤い瞳。 目に痛い蛍光色で彩られた院内。医療従事者には思えない鮮やかなネイル。一見風俗嬢にも見えるその外見の女の胸には『ゆきの』と書かれた名札があった。 男性客、珍しい来訪者にゆきのは目を瞬かせた。彼女の脳裏に囁くのは黄泉路の声。 『少し、話しをしようか――』 ● 三つある奥の個室のうち一つに走り込んだ『非才を知る者』アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)はアリシアと共に内部を確認する。うつろな瞳でぼんやりと医師を見つめる女の姿を確認し、アリシアはぎゅっと防御用の短剣を握りしめる。 「失礼、この店は違法ドラッグの仕様が行われているというタレコミがあった」 がばりと問診を行っていた男が顔をあげる。彼の首で揺れるのはアリシアの大好きな『オクスリ』。その目が輝く、嗚呼、早く、早くそれが欲しいのに。身を焦がす様な快楽。――何て甘美なものなのか。 「嗚呼、抜き打ち査察の権利は法によって明記されているが、何か、反論は?」 ふわりと笑い、彼女は少女の背を押した。入口近くに居たアルフォンソが彼女の姿を背に隠す。さっ、と医師の顔色が変わった。 「リベリスタ――?」 ジーニアスであるアルフォンソは兎も角して、その咥内に牙を持ったアリシア。神秘を得ている彼女に医師は悟る。此れが、政府による抜き打ち検査ではなく、箱舟の襲撃だという事を。 「さあ、外に!」 青年はその背に患者を庇う。未だ医師はアリシアと向き合っている。室内の入り口近くに居た事も幸いし、アルフォンソは直ぐに少女の手を引いた。銃を構える彼女の肩に繰り出されるツインストライク。ぼたぼた、と鮮血が飛び散った。唇を噛む。早く一般人の避難だけでも遂行せねば。構えた魔力銃は弾丸を抉り出す。 痩せたい。其れが常に女性の願望の一部分であることは明確であった。ソレに付け込み、自らの欲求を満たすその姿。まさしくフィクサードとでも言ったものだろうか。 禾那香に言わせれば『正しく人を喰った奴ら』である。 中性的なかんばせに滲んだのは小さな疑問。 「……肉がつかない私としたら、若干ふくよかな方が女性らしいと思うのだが、火流真もそう思わないか?」 「へ? や、まあ、そりゃ、ちょっとくらいは……」 じっくりと肉親を見つめて、もうちょっとくらい、と火流真は呟く。和やかな会話をする双子だが、彼らは目を合わせる。双子特有の会話が無くとも意思疎通ができるソレの様に、頷きあう。 「此処は危険な薬物を使用してる疑いがある。強制捜査だ!」 顔を上げる看護士の目の前に居るのはまだ年若く見える双子の少年少女――と言っても、その外見は常よりもやや大人びたものに『見せている』こともあり言葉には信憑性があった。唯、行き成りの出来事に一般人の女性は「強制捜査」という言葉に怯えの目を向ける。 彼女が腰かけていたベッドの下に潜んでいる虫に気付き、火流真はグリモアールを開く。赤味がかった髪を揺らし、彼は前に立った。 「火流真、前を頼む」 「ああ、こっちは任せろ」 直ぐに少女の手を取って、禾那香は走り出す。家族からはよく感情の発露が下手な子だとも言われる彼女はぎこちなくも優しく少女に大丈夫かい、と問うた。口ごもる彼女の目に、漂う虫の姿が目に入る。浮かんだのは怯え。ロッドを握りしめ、背に少女を庇いながら到着した受付では剣を構える黄泉路の姿があった。 「失礼致します。こちらで危険な薬物を使用し安全なダイエットを謳っている、という噂がございますので、検査をしております」 淡々とした声が、少女の鼓膜を擽った。顔をあげた先にはヴェールで表情を隠した女。その背後から顔を出す白衣の男。ちぐはぐな二人だが、ロマネの言葉は信頼に値したのだろうか。はっきりと言い、最高の命中プランに達している頭脳で周囲を確認する。ふわり、漂う虫の姿が目には居る。 「さあ、お嬢さん。どうぞご自身の安全の為に本日はお引取り願えませんか?」 優しく囁く彼女は一般人の少女の手を引く。彼女らを扉の方に逃がしながらも冥真は口元に笑みを湛えて、真っ直ぐに漂う虫を見つめた。 「よォ、蟲野郎――」 蛍が舞いあがる。冥真の体目掛けて突っ込む毒淫蟲が攻性防禦機構「和樂三連」とぶつかる。笑みは崩れない。左手で受け止め、青年の白衣がはためく。謳う様に、呼びかける。倒れやしない。ロマネが少女を外へと逃がすまで、彼は此処で全ての攻撃を受け流す。拳を固める。びっしりと標される経文。青年の黒い瞳が、不敵に細められた。 「あんまナマこいてると割と本気で、殺んぞ」 受付部分では黄泉路とモレノが受付嬢と交戦している――と言っても、受付嬢にはほぼ戦う能力がない様だ。 『わざわざこんなクリニックまで騙ったんだ、お互い面倒事は抱えたくないだろ』 ハイテレパスを使い、彼女と一時的な休戦を申し入れて居た。頷く受付嬢にほっと一息ついた所で、聞こえてきたのは医師のリベリスタだ、という牽制の声。 背を向けたモレノの背に向けて発されるマジックアロー。一般人の少女をその背に庇いながら蟲やフィクサードを牽制し、リベリスタ達が受付前を通過する。 「なあ、其方が大人しくするならば此方は手を出さないつもりだったんだが――」 仕方ない、と剣を構えた黄泉路の隣、 黒に青を挿し色にした様な鮮やかな髪を揺らし禾那香は笑う。 「さあ、仕切り直しと行こうか」 少女の体内で魔力が循環する。蟲を往なしながら、広めの受け付けに到達した青年は少女と目を合わす。 戦闘場所は受付で、と決めていたリベリスタらがゆっくりと後退しながら集まってきたのだ。勿論、八人全員とフィクサード、蟲が集まればやや狭くもあるのだが、前衛の足りない今回の布陣ではその狭さも幸いしていたのだろう。ほぼ乱戦状態になっている中、看護士の放つ赤き月がリベリスタを苛んだ。 モレノが目を見開く。齎される赤き月の呪力に常の柔らかな笑みを無くさずには居られなかった。高速で飛躍した医師が繰り出す強襲攻撃に彼の運命が燃え上る。腐っても相手はフィクサードだ。そして、周囲に漂う虫だってエリューションなのだ。 「私利私欲のフィクサードさんにはお仕置きをあげるよ」 息を整えながら彼はダガーを構える。襲いくる蟲へとロマネの不可視の殺意が襲いかかる。ふわり、レエスが揺れる。素顔を隠すヴェールの向こう、彼女が湛えたのは明確なる殺意。 「人に害為す蛍など、ゴキブリと何が違うのでしょう、不衛生な病院ですこと」 くすくすと笑い、襲い来る蟲へと幾度となく繰り出すその殺意。抉る様に、彼女の生業をも馬鹿にするかのようなフィクサードの嗜好。嗚呼、何て、馬鹿らしい―― 「肉を食べてばかりでは太ります。患者様への示しが付きませんわね?」 くすくすと、ロマネは笑う。その言葉に同調するように広い視野を得たアルフォンソが赤い瞳を細めた。 「嗚呼、女性は常に自分の美に関心がありますしねえ」 自身の食欲、そして体重。両の秤が示す先。楽に痩せれるとなれば飛び付かずには居られないだろう。仲間達へと与えた防御の効率動作。 「さあ、そんな心理に付け込んだのです、その代償を今、支払って頂きましょうか」 青年の言葉の後に広がった閃光弾。動きを止めた蟲へとアリシアが放つ流星が突き刺さる。ふわり、ロマネがレェスを揺らしながら蟲達の動きを止めた。フィクサードの体を受け止めながらも冥真は謳う。 繰り出された火流真の魔曲・四重奏。段々とその力を失っていく蟲達を見つめて、医師は苦渋の決断を下した。 「――ッ、こうするしか」 「やっぱり、使うんだなッ」 瓶のふたが開けられる事に火流真は唇を噛む。中身のラムネを焚かれては、痛みを失ってしまう。催淫効果。痛みは生きている証なのだ。其れが快楽に変わってしまったら―― 「快楽に何て変えちゃ、駄目なんだよッ!」 少年が繰り出す四色の魔力。感情の発露が苦手な片割れのその想いを表す様に繰り出される。彼に与えられる痛みを片割れたる禾那香が癒し続けた。赤と青、男と女、別の種でありながらも同等である二人は耐えず分け合う、痛みを、想いを。 「とっとと潰してやるッ」 「癒しの術は幾らでもあるぞ、フォローは、任せてくれ」 誰も倒させてなるものか、その決意は固い。だが、少女の鼻孔を擽る物があった。 ふわり、香るのは甘ったるい匂い。脳を麻痺させる様なソレにも動じずアリシアは待ち望んでいたとばかりに蕩けるような笑みを浮かべる。 「嗚呼……」 自身の過去、幼い頃、兵器として使われていた少女時代に刻まれた身を焦がす様なソレが思い出され背筋に快楽が走る。握りしめた魔力銃を握る手がかちゃり、と揺れた。甘い誘惑が彼女の体を焦がして話さない。 「ふぅ――あつい……」 紡がれた言の葉、段々とたどたどしくなる口調と霞む意識の中でアリシアはねえ、と甘ったるく呼んだ。 「いっしょに、きもちよくなろ?」 ね、と誘う様に繰り出されるのは彼女の情欲の塊とでも言おうか。貫通する、魔力の乗せられたその弾丸。うっとりとした女の弾丸が医師の腕を狙い撃った。 「痛みがなければ、戦い続ける事ができる。嗚呼、理屈ではそうだろう」 ロッドを握り締める。唇をかみしめた。其れが強い訳では、ないだろう?と。彼女を狙う物を冥真が庇う。謳いながら、傷を癒しながら。相反する二人の癒し手。絶えず癒す少女と盾たる青年。 「なァ、毒を語るにゃ片手落ちじゃねぇか。傷めつけるのも毒だ」 青年は謳う、背後に居る彼よりも年若い同朋を傷つけはさせまいと。目の前の毒を語り騙る者を赦さないとその目に怒りを湛えて。三鈷の霊刀が医師の握る刃とぶつかる。頬から血が流れてもお構いなしに、青年は、謳った。癒しを、呼びかけながら。 「お前らには、想いが足りねぇ」 誰よりも毒であれ。癒し手の毒はその言葉だ。癒しの力がありながらも誰かの身を切り裂くがごとき言葉のナイフ。ただ、其れを向けるのは私利私欲を種とする毒その者だ。毒を制し、毒となる。其れこそが誰かの薬となる。 「君、痛みがあるからこそ私たちは戦う意味を得るんだ」 その意味を持つ事ができる。煙は何処まで広がるのか、癒し手たる少女は隣の片割れを見つめる。二人の視線が交わって、離れた。 切り刻まれるその体に血を流しながらもアリシアは笑う。一度は運命を燃やした。快楽に溺れる様に、彼女は愛を請う。ほら、もっと一緒に気持ち良くなりましょう。ドロドロとした感情が、彼女の体を支配していた。 溺れて、快楽を求めて、切なげに吐息を漏らす。嗚呼、何て甘美なのかしら。悦びは違法な方法で覚えさせられた。健康な心に宿る健康な美。それすらも奪われた歪んだ咎の華。 攻撃の手が少ない事で持久戦となる。癒しは耐えず与えられるが耐性が低いアリシアがその身を横たえてしまう。其れはモレノも一緒であった。禾那香は唇を噛み締める。癒す手を緩めやしない、歌うのは冥真も一緒だ。二人の癒し手の歌と共に火流真の魔力の歌が敵を激しい攻撃に晒す。 暗闇を放ち続けていた黄泉路が、わらった。 「悪いが、今日の俺は虫の居所が悪い」 浮かぶのは、白いゴスロリドレスを揺らして笑う少女。目の前の受付嬢らと同じくカニバリズムを正当だと言い張る彼の『気になる人』。つい最近、彼が聞き及んだのはその彼女が死んだという報告だった。 唯のやつあたりだった。憤りを感じている、赤い唇を歪めて笑う『黄泉ヶ辻』の少女。後、一声でも交せれば――憤りを胸に彼は斬射刃弓「輪廻」から黒き瘴気を撃ち出した。彼の生家に伝わる黒塗りの弓『阿吽』が彼と同調するように変幻したその武器の姿。魔力のこもった弓から撃ち出される黒き闇は、彼の心の様で。 「ッ、そんなの、知らないわ」 「ほざけ……」 何故、人を喰らうのか――聞きたい相手はこの女ではない。 嗜好品という扱いは何か――そうとしか知らない『彼女』はどうなのか。 解せない、心が生み出す拒絶反応。あの少女が言う『愛』を抱いていた訳ではない、唯の興味本位。一度でも触れあった袖。その思考が理解できなくて、気になっていた。 「解せん……」 頬を掠める聖なる光が全てを焼き払わんとする。彼の闇と、相応する光。青年は灰色の髪を揺らす。コートの裾を揺らして、踏み込む。がちゃり、獲物の形状が刃へと変化する。 「――その首、置いてってもらうぞ」 抉る様な痛み全てを呪いへと変える。光を、闇に沈める様に、刻み込む様に。女の眼が見開かれる。ネイルで飾られたその爪に、少女の面影を見出した黄泉路は目を伏せる。 ――そうね、刹那の恋愛ね。 いつか聞いた言霊が、耳を掠めた。 ● 小さな小瓶を握りしめ癒しの手を貰ったアリシアがにへ、と笑みを浮かべる。 「嗚呼、おくしゅりぃ……」 その様子に双子の少年少女は顔を見合わせて、小さく笑った。 何が起こったのか分からない。病院の前でへたり込んだ女性に近づいて、冥真はしゃがみこんだ。合わさった視線には若干の怯えの色が含まれていた。 「コレ、飲むか?」 「――え?」 冥真の手に握られたのは小瓶。中には並々と茶色の液体が入れられている。 「コレを飲めば数日で劇的に痩せる。けど、死ぬだろうな」 白衣の男は瓶を揺する。その目は何の感情も湛えない。唯の無。神経をも蝕んで、肉体を構築する物質を殺して、苦しみ足掻いて、血を吐いて死んでしまう、と彼はゆっくりと語った。 「それでも、飲むか?」 青年の声に少女は迷いの色を見せる。差し出されようとした瓶の行方を禾那香はじっと見つめた。其れが冥真の言う『薬』であったらどうしよう、と不安げに、伺う様に。 こつん、瓶の底が少女の額へと当てられる。ついで、投げられた瓶はアスファルトにぶつかって茶色い液体を周囲にぶちまけた。 「馬鹿野郎、命も量れない様なガキが、手前ェの体重なんざ量れるワケねーだろ」 調子のんなよ、と立ち上がった冥真の背中に禾那香はアレはなんだ、と小さく問うた。 「中身? 栄養剤に決まってんだろ」 唇を歪める。救礼毒手に包まれた手をひらひらと振って、彼は少女に背を向けた。 「全く……世恋様も気にされてたようですが、世の方々は其処まで体重は気にされていないと思うのですけれどね」 不思議なものだとロマネは呟いた。 嗚呼、そんなに無理しなくたって彼女の本業――墓掘――の際は体重が18g程度なら減るのに。 其処にはもはや快楽などない、甘い毒など、何も残らなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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