●ハッピーバースディ 「でーーーきたっと!」 夕日も差さない薄暗い廃工場の中に少女の元気そうな声が響く。このご時世に倒産し、使われなくなった工場はライフラインなどとうに停止していたが、これだけ物が残されていれば簡単な照明装置ぐらい作る事が出来るし、短い間ならそれを稼働刺せる事も出来る。なにより安積心藍(あさか・ここあ)はこういう機械いじりが好きだった。今流行の工業女子というところだろうか。 心藍は古い作業台をごくごく手早く適当に片付け、先ほどまでごちゃごちゃしていた道具や材料をとりあえず別の場所に移して広いスペースを確保する。そしてようやく仄かに光をたたえる大きな縦型の水槽の前に立った。中身の出来映えは完璧でわずかなミスも存在しない。ワクワクしながら心藍はレバーを操作して水槽の水を抜いてゆく。 「ハッピーバースディ」 水が半分ほどまで抜けていくと劇的な変化が起こった。ただ水に漂っていただけの両腕があがり、開いた手がゆっくりと水槽の上辺を探り握りしめる。閉じていた瞼が上がり金色の瞳が現れた。 心藍が文字通り心血を注いで創り上げた物。それは男の姿をしたホムンクルスだった。水もしたたる出来たてのイケメンを水槽から助け出すと、心藍はぼんやりしている男を引き寄せ、片づけた作業台の上に押し倒す。 「じゃ、しようか」 ホムンクルスに馬乗りになった心藍はジャージのファスナーを勢いよく下に降ろした。 いつもの様にカレイド・システムで情報を得た『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は可愛らしいけれど無表情で話をし始めた。 「処分して欲しいのは1人の男……でも本当の意味で人間じゃない」 イヴが対象だというのは人造人間であった。 安積心藍は、親戚の廃工場にてありあわせの廃材で人造人間を作成する。 「普通の人間が普通に出来る事じゃない。特別な材料があったから出来た事」 それは血のように美しく完璧な結晶体……古くから錬金術師達が追い求めた奇跡『賢者の石』と称されたもののほんの一かけら、ごく小さく弱い一つ。実際には不定形のアザーバイトだ。しょせんは断片であり、その魔力はごく限定的だ。廃工場にあった何かに擬態していたのかもしれないが、今はホムンクルスに同化している。 「『賢者の石』の正体やエトセトラは全然良く分かってない。でも、今回のはそういうものだと思う……アザーバイトは崩界を加速させるから処分して。ホムンクルスは愚鈍で頑丈だけど殺せばアザーバイトは元に戻る。そこでもう一撃……それで終わり」 イヴは小さな右足で本部の床を強く踏みつけ、ふと首を傾げる。 「一緒にいる一般人が邪魔するかも。『アタシがアタシの人形として何が悪いの』とか言うかも」 アザーバイトさえ消せば心藍はどうでもいい……と、イヴは素っ気なく言った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深紅蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年06月12日(日)22:15 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
■サポート参加者 4人■ | |||||
|
|
||||
|
|
●ちょっと待った! 皆が倉庫に突入するのに先立ち、雪白 桐(BNE000185)は1人廃工場の屋根の上にいた。 身をかがめて音を出さないようにそろそろと進み中ぐらいで止まると、耳を澄ませて内部の音を聞こうとする。綺麗に整えられた髪に乾いて白っちゃけた汚れが付くのも気にせず耳を着ける。 「……聞こえませんね」 小石が当たる音、或いは何かの物音や人の声が聞こえないと、必死に探る。 その頃、駆けつけた他のリベリスタ達は廃工場へ到着していた。 「とっとと突入する。構わないな」 返事を待つ程の時間を置かず印を結んだ『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)の周囲で防御の力が発動する。更にさび付いて重い扉を無理にこじ開け、奥へと入る。 「こういう場面に踏み込むのは気乗りがしませんね」 深い森にひっそりと守られた湖水の様な瞳に何の色もにじませず、『魔眼』門真 螢衣(BNE001036)は優雅に廃工場内に入る。ホムンクルスの作者に干渉するつもりのない螢衣の動きはおのずと鈍い。 「若者の考える事は空恐ろしい。時折こうして暴走する」 螢衣同様『チクタクマン』中・裕仁(BNE002387)も廃工場に入るものの、突出はせず驚異的な集中力で感覚を研ぎ澄ませる。一分の隙もない几帳面で生真面目そうな容貌に仄かな『うんざり感』が見て取れるのは気のせいではないだろう。 「ちょ、ちょっと誰? ってひゃあああぁ」 引き下げたばかりのジャージのファスナーを上げきらないうちに、安積心藍はホムンクルスの上から抱きかかえられ、引き離された。悲鳴をあげても心藍を連れ去る者の動きは変わらない。 「大丈夫。うちが守る。だから静かに」 「え? あなた……誰?」 声も身体も仕草も心藍を抱きかかえる力強い腕も、何もかもが男性の様でもあり女性らしくも感じられ、心藍はどう反応していいのか当惑する。 「戦巫女してる男の娘さ」 謎めいた微笑みを浮かべ『シャーマニックプリンセス』緋袴 雅(BNE001966)は暴れなくなった心藍を抱え、ホムンクルスから引き離していく。 「まずは上手くいった様だな」 心藍の引き離しに成功した雅を目で追う『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)は、視線を残されたホムンクルスへと移動させる。ぶん殴って壊すのが自分の仕事と心得ているが、義弘は今は動かず敵の出方を待つ。 寝そべっていたホムンクルスはようやく主が奪い去られた事に気が付き、ノロノロと身を起こして離れていく心藍へと動き出した。 「じゃじゃん! わたしっ! ゆーしゃなのです! スーパー・イーリスがお相手するのです!」 破滅と破壊の危険な衝動を力に変え、『あほの子』イーリス・イシュター(BNE002051)が立ちはだかる。黄金の髪にも紺碧の瞳にも覇気と力がみなぎっている。 反面、『戦闘狂』宵咲 美散(BNE002324)も進み出るが、表情は苦々しく不快そうだ。 「古今の錬金術師達が渇望した神ならざる手による生命の創造。コレでは出来損ないも甚だしいがせめて俺が壊してやろう。いざ――勝負!」 血色の瞳で敵を睨め付け、美散は次に放つ攻撃に意識を集中させる。 ホムンクルスは心藍と自分との間に立ち塞がる様に現れたイーリスと美散を1度だけ交互に眺め、美散へと視線を固定しいきなり両手のひらを美散の腹に押し当てた。 「……っぐっ」 力を込めた様子もないのに、触れるか触れないかスレスレの手のひらから激しい衝撃が内臓を圧する。臓物がせり上がり口から飛び出すような感覚を無理矢理押しとどめたのは、全身全霊でかき集めた美散の矜持のたまものであった。でなければ、無様に床に這いつくばっていたかもしれない。 「きっさまぁあ」 口の端を拳で押さえ青い顔で呪詛めいた言葉を吐くが、身体が強ばり動けない。この事態こそ、義弘が懸念していた事だった。 「美散の兄さん、大丈夫か?」 声と共に待機していた義弘の身体から神々しい程に眩く……けれど決して不快ではない優しい光が薄暗い廃工場内を満たすように放たれる。その光が美散を戒めていた見えない呪縛の糸を消し去っていく。 「大変です。急がなくては……」 続いて廃工場に入った『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)は魔力を活性化させ、『鉄血』ヴァルテッラ・ドニ・ヴォルテール(BNE001139)は前に出る。 「ほぉ、なかなか興味深い。早速研究させてくれたまえ」 温厚めいた顔の皮一枚奥には楽しげな様子が仄かに漂うが、青い目は冷徹にホムンクルスの力を探る。 「ミーの定位置はここに決めマース」 心藍を抱きかかえ廃工場を出る雅への射線を遮るように堂々とした体躯の『奇人変人…でも善人』ウルフ・フォン・ハスラー(BNE001877)が胸を反らせ、さして狙わずに銃を乱射する。 「ルカはまずスピード重視かな?」 愚鈍な敵と戦うのならばと『原罪の羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)は反応速度を限界にまで高める。 「どこ……ここあ、どこ? さむいよ」 抑揚のない台詞をつぶやきながら真っ裸のホムンクルスは心藍が去った方へと歩く。だが、突然廃工場の屋根が吹っ飛び、大穴から桐が飛び込んでくる。 「この先には行かせません!」 頬も髪や服もやや薄汚れているが、表情に感情は浮かばない。 「遅い到着だな――お嬢ちゃん?」 「美散さんの合図を待った私の過失です。後は勝負に集中しましょう。止めを刺した方の勝ち……もう散りそうですけど大丈夫ですか?」 わざと使った美散の呼称を気にする風でもなく桐が言う。 「合図なんて知るか。勝負はそれで構わんよ。実に、楽しみだ」 腹を押さえながら美散が笑う。 「宵咲! ったく守護結界があってもか」 怪我を癒す符の力を美散に使いながらフツは唇を噛む。頑丈なだけの木偶かと思っていたが、その割には攻撃も弱くはない。 「……想え西方金禁は我が肺中に在り」 言葉はしょせん音の連なりでしかない。この言葉に呪力あるわけでもない。それでも、言葉は螢衣の力を解放するキーワードとなり得る。放つ力はホムンクルスの周囲に幾重に展開され、呪縛の力となる。そこから先へと歩く事はもはや叶わないが、それを理解する知能がないのかホムンクルスは僅かにあがく。 「苦界へようこそ……と、云いたい所だがもうそろそろ死ぬ時間だ」 裕仁が構えたショットガンは狙いを違えずホムンクルスの金色の右目を射抜く。至近距離で殴られたかのようにホムンクルスの頭部がのけぞるが倒れない。生まれて直ぐ死ねとはなんとも惨い話だが、己の消滅を悲しむ心など持っていないと裕仁は思う。自分もそうなのだから。 「必殺のっ! いーりすまっしゃー!!」 敵の防御力が高いのなら、それを凌駕するほどの攻撃を放てばいい。イーリスは力を稲妻に変え、我が身を省みずに動けないホムンクルスの身体に電撃攻撃を放つ。放電の衝撃と何かが焦げる嫌な臭気がビリビリと空気を振るわせる。 「 此方も本番と行こうか」 オーラの光輝をまとった美散は死に神の如き大鎌を手にホムンクルスに迫る。次々と繰り出される容赦のない攻撃が生まれたばかりの滑らかな素肌に傷を記してゆく。 「ううぅ……ここ、あぁ」 ホムンクルスの身体は麻痺し続けていて動けない。 「人造の兄さんは運にも見放されたみたいだな」 義弘もメイスを手にホムンクルスに襲いかかる。軽いダメージだとしても、蓄積されればじわじわ効くに違いない。 「抵抗はご自由に」 戦場にあってそれが桐の心情だ。互いに全力でぶつかり合えばその先に結果はついてくる。思いの丈を稲妻に変え、ともに我が身を焼いても敵を撃つ。2度目の電撃にホムンクルスの肌が赤く焼けただれるが、痛みを感じている様子はない。 「堅いな。偶然とはいえ、あの子すげぇもの作ったな」 イーリスの傷をカルナが完全に治し、ヴァルテッラとウルフ、そしてルカルカの集中攻撃に晒されるホムンクルスを見つめ、桐の治療をしつつ感心したようにフツがつぶやく。 「想え、北方水禁は我が腎中に在り」 動けないホムンクルスへと螢衣は式神の鴉を作り強襲させ、裕仁が足を射抜く。毒と怒りにグラリと左側にホムンクルスの身体が傾く。そこへイーリスが再度電撃を放ち、輝く美散の刃が閃く。強靱な身体を持つホムンクルスの身体には無数の傷がつき、その幾つかからは薄い血の様な体液がとろりと零れている。 「こ、こぉ、あぁあ」 壊れたオモチャの様に途切れ途切れに創造主の名を呼ぶホムンクルスの呪縛が途切れる。自由になった両腕が鎌を振るったばかりの美散を捉えた。怒りにまかせたとんでもない力が加わり、破裂音の様な高い音と共に美散の腕をへし折ってしまう。 「ああぁぁ」 制動の効かない力は同時にホムンクルスの自身の右腕もあり得ない方向へと曲げてしまう。 「美散の兄さん! カルナの嬢ちゃん、フツの兄さん」 後方から叫んだ義弘が前へと走り、近くにいたカルナとフツに治癒を頼む。 「離しなさい」 再び桐の雷撃がホムンクルスを襲い、僅かにひるんだところを強引に割って入り美散を引き離す。 「お任せ下さい」 そこへカルナの聖なる詠唱が癒しの風を喚ぶ。 「諸君、敵の余力は少ない」 桐と美散を隠すようにヴァルテッラがホムンクルスに立ちはだかり、ウルフが残る左目をも正確に射抜く。 「目は柔らかいデース」 「不条理に消えるといいよ」 ホムンクルスの背後からルカルカがクローが無防備な首を横に薙ぐ。 その頃、廃工場の外まで心藍を避難させた雅は説得に取りかかっていた。下手にゴネられて工場内に戻られては皆の邪魔をされてしまうかもしれない。 「女の子に手荒な真似はしたくないんだ。あの廃工場にはもう戻らないで。そして、もっと自分を大切にするって約束してくれないかな?」 表情と口調に注意して諭す雅の言葉に、だが心藍は首を横に振る。 「突然現れて何これ? 意味わかんないよ。私、自分の事はちゃんと大事にしているよ。だから相手を自分で作ったんじゃない。ある意味一番安全だよ。決まってるじゃない。違う?」 心藍は頬を膨らませる。そこから延々とどれだけ大変な思いをしてホムンクルスを創り上げたかを語り始める。その多くは暑さとか道具の重さであって、学術的な事柄ではない。 「……わかった」 目を閉じて雅は言い心藍の言葉を遮る。 「うちがアレの代わりに相手になる。優しくするけど痛いかも。それでもいい?」 随分と考えた後での雅の言葉に心藍は驚いた様に目を見開いた。けれどすぐに値踏みするようなぶしつけな目で雅を見る。 「うん、しよっ」 心藍は雅にぶつかるようにして抱きついてきた。 外での事態が進展を迎えた様に中でも戦闘が終焉を迎えようとしていた。 「想へ東方木禁は吾が肝中に在り。想へ南方火禁は吾が心中に在り」 「鈍い。これならクレーピジョンの方がまだマシだ」 螢衣の式神と裕仁の弾丸がほぼ同時にホムンクルスの身体を射抜く。ボロボロになっていたホムンクルスの身体を突き破った2つの力が大きな穴を穿ち、生まれたばかりの偽りの命は静かに倒れ潰えていった。すぐに倒れたホムンクルスの胸の中から、血の様に赤い小さな石の欠片が浮かび上がってくる。 「駄目か……潰すぞ」 フツの心に石から何も伝わってこない。 「えいやあ!」 イーリスのハルバードが欠片を砕く。一瞬、液体の様に粒になって飛び散った石は砂の様に散り散りになって消えていった。 「欠片程度でこの有様とは……気が滅入るな」 武器を降ろし裕仁はため息をつく。 アザーバイドの消滅を確認するとルカルカは帰り支度を始める。 「ろくな情報も持ち合わせていないとは、残念だが致し方ない」 ヴァルテッラもきびすを返す。 「とっても……残念です」 疑似生命の根幹ともなりうるモノの謎がわかれば、命を守る事にも繋がると思っていたカルナも落胆は隠せない。 「勝負は次に持ち越しですかね。その前に倒れて散らないでくださいよ?」 命に別状はないものの、大きな怪我を負った美散に桐はわざと憎まれ口を叩く。 「……早々に散る気は無いさ。次はもっと堅い奴が良いな」 応急処置は終わったものの痛みをこらえて片頬に笑みを刻むと、美散は桐の肩を借りて立ち上がる。 「わざわざホムンクルスを使ってまでやろうとすることかね?」 ただのタンパク質の集合体となった物体を見下ろし、義弘はつぶやく。これが世代差による感覚の違いというものなのだろうか。だが、気持ちを押しつけるつもりはないし、余計な口出しをするつもりもない。 「あのバイタリーは素晴らしいデース。ミーの研究所に勧誘シマース」 ウルフも心藍という逸材を放っておくつもりはない。 「オレはアークに勧誘するつもりだったが、ちょっと取り込み中だな」 外を覗いたフツは肩をすくめて首を振る。 「ねぇ、雅クンってセレブ? えーとね、折角だから色々ロマンティックにしたいじゃない? 千葉辺りの水っぽいテーマパークでデートして、お城の前で写真撮って……」 「まぁ、その方がいいかも」 「やった!」 心藍は楽しそうに雅の腕を抱えるようにしてくっついてくる。 「房中術はその意義からしてそれ相応。ホムンクルスよりも味気ないということはないでしょう」 壁の穴から外を見ながら螢衣は言う。自分なら式神が相手ではかなり不満だ。 「それならこっちの穴から帰るのです。なんだかよくわからないですがっ、やぼなじゃまはしないのですっ」 イーリスはぎこちなく回れ右をし、桐が開けた天井の穴を指さして言う。 「こちらの大穴から出られますよ。さぁ、帰りましょう」 裕仁は服の埃を払い、廃材で隠れていた大穴を示す。裕仁にとっては、イヴが――つまりはアークが『どうでもいい』と判断した心藍に関わる必要を感じていなかった。当然、なんらかのアプローチをする必要も感じない。 アザーバイドの破壊を完了させたリベリスタ達はそれぞれのあるべき場所へと帰っていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|