● さあ、美味しいご飯を食べましょう? 脳髄はパスタソース。これは定番でしょう? 頭蓋は固いのよ。けれど歯ごたえもあってとっても素敵! 腸はソーセージ。此れは普通よね? うふふ、それじゃあ肝臓はステーキにでも。 嗚呼、舌はそのまま噛み千切るのが一番よ。鮮血のジュースだって、私にとっては美味なのだから。 王子様、嗚呼、私の王子様―― 「まあ、仕方ないんだから。お料理すらせずに丸のみなのね! 王子様ったら」 ネイルで飾り立てた指先が隣の黒い瘴気を放つ生物を撫でた。一見大きな犬の様にも見える其れに目や耳と言った部位は見受けられない。ただ、大きな口に鋭い牙が並んで存在していた。 レイピアを握る少女は王子様、と呼んで頬を寄せる。 「好き、好きよ、嗚呼、嗚呼、愛しているわ、好きなの」 ――♪ 少女の名前は茨・喰月。真っ白なドレスは血に染まる。齢はまだ中学生程度だろう。人を喰うことしか教えて来られなかった少女。人を喰うことこそ『愛』だと教えられた美食家。 「ねえ、喰月ちゃん、何を食べたい?」 「茨ちゃん、今度パーティーにいこう? ね? 何を食べる?」 彼女の『お友達』が楽しそうに笑った。 嗚呼、何処から頂きましょう。脳、嗚呼、目玉も素敵。心臓も、内臓も、臓腑も――其れから骨も。何処をとっても素敵素敵で愛しくて堪らなくて、愛おしい。絶対絶対に美味しいのだから。 「ねえ、王子様、もっと食べましょう。美味しいものを」 暴食する、全て全て。愛のまま。望むまま。 ● 「趣味の悪いディナーのお誘いがあるのだけど、如何?」 何時もよりも顔色の悪い『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は依頼よ、と言った。 「趣味は凄く悪いわ。食中りなのだけど、黄泉ヶ辻のフィクサード……茨・喰月の相手をお願いしたいわ」 皿に残った嫌いな物を無理やり口の中に収めた子供の様な顔でフォーチュナは告げる。主流七派の中でも閉鎖的でかつ不気味な集団とされる黄泉ヶ辻のフィクサードからの『ディナー』のお誘い。リベリスタ達の表情が曇る。 「『好きだから、食べちゃいたい』よ。中学生くらいの女の子。一度、リベリスタとは交戦した事があるの。 その時に彼女が呼びだしたアザーバイドの『王子様』と『友人』と今回は一緒に居るわ」 因みに、と資料を捲くる指先が文字をなぞる。好きな臓器は脳髄辺り。嫌いな部位は胃腸辺り、と顔を顰める。勿論人間の、である。人喰い。安いシュールな映画に良くあるソレ。安売りされるホラードラマのシュールなストーリーライン。如何にも、と言ったその行為はまだ年若い少女の気狂いで行われている。 「彼女はアイスレイピアの形をしたアーティファクトを持っているわ。名称は『anthropo』。彼女の連れる王子様を制御するアーティファクトよ。まあ、王子様……って言っても唯の黒くて大きな犬みたいな気色悪い人喰いアザーバイドなのだけど」 でも喰月とお揃いなんですよ、これまた素敵なカップルね、なんて明るく言うフォーチュナの表情は暗い。 「――で、ディナーのお誘いって言うのは?」 「このアザーバイドと喰月はとある資本家の行うパーティーに出向くわ。パーティーでパーティーする様ね」 趣味が悪い、そう言ってしまえばいいのだろうか。 大人数が集まる場所に行って、彼女らは全てを食べてしまう。食べて、食べて、愛して、愛して、そして満たされぬ食欲のままに別の場所へと向かってしまう。 さあ、目を開けて。悪夢を醒まして頂戴。常の言葉の後、フォーチュナは椅子へと座りこむ。 「嗚呼、食べる事が愛することと教わって育った子は、もう歪み切ってしまった後なのかしら?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月23日(日)23:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 『愛してやろう』と思う。喰う事が愛と言うならば、其れはただの押し付けでしかなかった。傲慢なる片思い。『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)は血の様に赤い瞳を細めた。吸血の種たる彼女。 「一方的に人を愛するだけで愛されることは望まぬかぇ?」 その問いは目の前の少女に贈られるのだろう。其処に在るのは只の偏愛。人を喰うことしか教えられていない少女。 「お主の理屈だと、お主は誰にも愛されておらぬしのぅ。王子様も友達もお主を喰おうとはせんのじゃろう?」 問いに血みどろのゴシックロリータドレスを揺らして『恋愛美食家』茨・喰月は笑う。彼女の視線が向いたのは『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)の仮面で隠された顔であった。 「私は怪人ですが、愛してくれるんですかな?」 少女はルージュの引かれた唇を歪めて笑う。喜んで、と。 『――私、貴女が色んな事を知った後にどうなるか、知りたくなったの』 茶色い瞳を細める。長い水色の髪が『水底乃蒼石』汐崎・沙希(BNE001579)の頬を撫でる。念話を通して囁かれる言葉に喰月は彼女と初めて出会った時の言葉をもう一度、かけた。 「嗚呼、貴女はやっぱり黄泉ヶ辻より、黄泉ヶ辻らしい」 ● ――時刻は遡る。 ある富豪が開いているパーティー。規模は余り大きくない者の客は50人弱。じっと前を見据える。発達した直観は真っ先にパーティーを主催する資本家を発見していた。 年若く見える少女は紫髪を靡かせてずかずかとパーティーホールへと入っていく。ざわめきが起こる。彼女の続いて『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)と『不屈』神谷 要(BNE002861)はホールへと足を踏み入れていた。 「遥紀の指示に従って参加者を避難させるのじゃ」 赤い瞳がじっと資本家を見つめる。其処に込められた神秘の力。少女の声は眠りに落ちる中途半端な所で聞こえた。混濁した意識の中で頷く資本家を確認し瑠琵は背後を振り向く。 『花縡の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)は入口の近くで周囲を見回していた。 ドゴンッ、激しい音を立てて叩きつけられるのは雪白 桐(BNE000185)のまんぼう君。巨大な剣は床をブチ開ける様に渾身の力を籠められてややその形状を歪めた様にも思われた。瓦礫がガラガラと落ちて行く。此処を避難路に出来れば――。 「キャアアアアアッ」 鼓膜をブチ破る様な叫び声。赤い瞳が見開かれる。此処は高層ビルの上層階。この下がどの様な構造なのかなんて確かめてはいない。幾ら壁際で有れど其処に人が居ないとは限らない。崩れた瓦礫は全く無関係の一般人を巻き込み、其の体を死へと至らしめていた。 「どうか、どうか落ち着いてくださいッ! 俺達は貴方方に危害を加える心算は有りませんッ!」 避難誘導に当たる遥紀の声を聞き入れる者はいない。崩された床。『誰かすら解らない若い人』が行き成り床を崩して逃げて下さいと言う。直ぐに怪物が現れて暴れ出す――だなんてそんな信じられない言葉、誰が信じられるのか。唇を噛む。 「ッ、信じられないと思います。貴方達を貴方達の大切な人たちにお返ししたい……どうか、お願いです」 従って、と彼はハイ・グリモアールを抱きしめる。青年の言葉に一人の参加者は声を荒げる。嗚呼、其れでも君達は『その怪物』ではないのか。床に穴をあけるほどの力を持った少年が居る。怪物、と罵られた。 「お願いしますッ」 「来ますよ……!」 周囲を警戒していた七布施・三千(BNE000346)はAlea jacta estを握りしめる。仲間達へと与えた翼。どこから現れたって対応できる様にと仲間達の背に現れた小さな翼。三千の目線がゆっくりと扉へと向けられる。ずるりと何かを引きずるような音を猫の耳は確かに聞いた。黒い瘴気を放つ犬の様にも見える生物が大きな口を開いて現れる。 「見た目は怪物にしか見えませんけど、これで王子様と言うのはどうなんでしょうな?」 扉をブチ破り、部屋の中央まで滑り込むその巨体をリベリスタらは往く手を遮る様に布陣していた。大口を開いた『王子様』に九十九は魔力銃を構える。王子様の往く手を遮る様に彼は其処に居ながらもその銃が向いた先はまだ幼い外見をした少年。 「鉄さんと纏さん、でしたか。大怪我しないうちに帰って頂きたいのですが、如何ですかな?」 「痛い目に合わせてくれるの?」 「嬉しいなあ」 双子の少年少女がくすくす笑う。握りしめた短剣が揺れる。まるで狐の尻尾の様に。唇から覗く牙。逸脱者のパーティーが始まる。ざわめきに紛れる一般人の悲鳴。入口の扉はまだ無事だ。遥紀が叫ぶ。化け物から護りたいんだ、と。辛うじて走り出した四人の一般人を外に送り出しながらも彼の瞳は歪んでいた。床にあいた穴は使えない。危険を増やしただけであった。 「ッ――誰も、殺させたくはありません」 特化した全身のエネルギー。要のブロードソードに『王子様』の牙がぶつかった。護り抜きたい、全て、全て。自分が生きる事に負い目を感じている、だから救いたい、この手の届く範囲を。 『ほら、お久しぶり。茨ちゃん、素敵なパーティーにしましょう?』 念話を通して語りかける沙希に喰月は笑う。ふわりと白いドレスが揺れる。まだ中学生程度のに見える少女はレイピアを構える。 「御機嫌よう、素敵なお食事を行いましょうね?」 さあ、晩餐をはじめようではないか。 ● 黒き瘴気が、紅き月が爛々と笑う。呪術に苛まれながらも庇い手の居ない一般人が其の体を黄泉へと誘われて行く。逃げて下さいと誘導する声がする。遥紀の指示に従って少数の一般人が扉から逃げて行く。沙希の胸に死の刻印を刻みながらも喰月はちらりと彼に視線を送った。 「――君は愛の為に喰らうのだろう? 君に思いを馳せる俺達を喰らう方が愛情を感じられるんじゃないか」 救いたいと思う。けれど、それよりも。止める事を。少女はゆったりと笑う。知りたい、けれど―― 「食べたら、終いじゃない」 全員の往く手は遮られる、生命を蝕む漆黒の光が三千とその後ろの居た一般人の体を貫いていく。癒し手は何度も癒す。癒しの息吹を与えながら、傷つく体を押さえて。蝕む闇に唇をかみしめる。 「友人なら悪食には注意しないとですよ? 面白がるのはどうかと」 桐の目の前には鉄が居た。少年は笑う。彼の体を蝕む絶対の威力。其れにも負けじと少年は赤く染まった武器を桐へと突き刺していく。謳い続ける癒し手。削られる一般人の数に焦りを感じないわけではない。王子の往く手を遮るメンバーの体をじわりと毒が蝕んでいく。其れをも全て癒し切る三千だって、其の体に傷を負っていない訳ではない。 夜の畏怖が齎される。一般人の叫び声が、響き渡る。双子のフィクサードは笑いあう。嗚呼、殺したら後で喰月ちゃんのディナーショーだね、と。心が、身体が蝕まれる。桐はまんぼう君を振るった。 「痛みを、貴方に与えましょう。そんな余裕がなくなる様にッ!」 ――欲望を肯定する。全て、全て。 「茨ちゃんのカニバリズムもアリです♪ だから、私のトリガーハッピーも認めて♪」 射殺捨殺。殺し愛が幕を開ける。笑い声が響きわたる。繰り出す弾丸が王子様に喰い込んで大きく口を開く。ばくり、と開かれた口でてらてらと牙が光る。一般人の庇い手が居ない。唯、抑える事に手いっぱいであれどエーデルワイスは殺し愛を行う事に目を輝かしていた。 「ほら! さっさと消えてよ、クソ双子!」 この場所はパーティー会場。何を行う場かなんて効かなくたって解るでしょう。十字を切って、逝こうと笑う。ぶちまければいい。臓物を、全てを。どうしようもない渇望を、欲求を吐きだして。 「殺し愛を楽しもうよ!」 笑い声に一般人が肩を竦める。恐怖で脚が動かなくなる彼らを激励し、叱咤する遥紀の声も、必要だと発語を行う沙希の声も届かない。恐怖に飲まれる様に残っていた一般人の体を喰月の呪力が喰いつくさんとする。バッドムーンフォークロア。身体を蝕まれる。赤い月の襲来に、心が、身体がじくじくと痛む。 沙希は歯を食いしばる。奥歯ががちり、となった。嗚呼、運命なんて幾らでも払おう。其れが本日の宴の参加費。払おう、チップは惜しまない。さあ、使って、泣いて、暴れて、幼子の様に! 癒しを謳う。何度だって。彼女の記憶の中では目の前の『待ち望んだ主賓』を庇った執事の姿が思い出された。嗚呼、今回は彼女が王子様を庇うのだろうか。 『王子様、可哀想ね』 「――何故?」 レイピアが煌めく。じっと前を見据えた喰月の瞳が揺らぐ。沙希は優しく、只、語りかけた。 『王子様、食べられなくて可哀想だから』 泣き声の名を冠したソレ。叫び声を上げる様に振り下ろされるレイピアから放たれる氷の刃。血濡れたソレが沙希の体を襲う。その氷の刃から彼女を庇う様に瑠琵の影人が立ちはだかる。倒れる前に庇う。 「なあ、喰月よ。『私は永遠の片想いで十分』などと遠慮など要らぬぞ」 愛してやろう、と彼女は唇を歪めた。血は好きだ。喰月の流儀が『人喰い』なれば、血を吸って応えよう。血は好物だと舌なめずりをする。瑠琵が天元・七星公主を構える。王子様の攻撃によって血に塗れながらも少女の瞳は呪術によってもたらされる月よりも赤い、好物の鮮やかな鮮血の色を湛えている。 黒き『王子様』はその体から瘴気を吐き出しながら、己の眼前の『ごちそう』――リベリスタへと齧り付く。腕を捻り、九十九はその攻撃を避けようとするが、襲い、左腕をその牙が抉る。全て飲み込もうとするその顔に彼が叩き込んだのは精密射撃。 怒りが彼らの体を支配する罰が悪そうに要はその苛立ちから逃れるための光を与える。未だに楽しげに遊んでいる双子のフィクサードは黒き瘴気で一般人を弄ぶ。 「喰らう事が愛すること? そうした面も有ると思う。けど、其れだけじゃないよ喰月」 遥紀は喰月を見つめる。癒しを謳う彼の声が段々と、消えていくようで―― 少女の瞳が揺らめく。彼女はレイピアを振るう。見開いた目が映すのは遥紀だけではない。近くに居た沙希もだ。傍の一般人数人をも巻き込もうと彼女の体を赤黒い瘴気が包む。まるで、鎖の様に広がる其れが彼らの体を蝕んだ、抉る様に、喰う様に。 「俺は、教えてあげたいんだ、本当の愛を――!」 「本当の愛って、誰が決めるの?」 真っ白であったフリルをふんだんに使ったドレスはもはや酸素に触れた血液でどす黒い色に変色していく。彼女の血と、他人の血でちぐはぐになったドレス。人を喰うことしか『教えられなかった』少女。カニバリズム。喰う、食む。暴食する事こそが愛であると教えられた。 鎖が遥紀の体を締め付ける中、其処に黒き瘴気が彼を包み込んだ。もがく。此処で倒れる訳にはいかない、一般人を――護るべき者を守らなければ。頭の中に黒い兎の青年の照れくさい笑顔が浮かぶ。愛しい娘の顔が浮かぶ、愛しい息子の顔が。全てが浮かんで、消える。青年は運命を燃やしてなんとか其処に立っていた。 「貴方の愛って、簡単な言葉で表せるのね」 意識が混濁する。謳い続ける。何度だって、彼の背に護られながらも、其れでも護り切れなかった一般人が力尽き倒れて行く。唇を噛む。 「茨ちゃん! すきを、愛を、欲望を見せてねぇ!」 エーデルワイスが魔力銃から放つ神速の狙い撃ち。決して急所を外すことなく部位を撃ち抜いていく。 「私は、貴女の世界が知りたいな! お友達になれたら一緒に人肉食べようね?」 「あら、嬉しい! 『箱舟』は理解者が多くて、とっても嬉しい」 ただ、その言葉の裏、彼女は肩で息をしている。三千が癒しの息吹を具現化させる。何度も、何度も。けれど、間に合わない。ブロックしていても、これ以上は無意味なのだろうか、一般人の数はもう少なくなってしまった。攻撃から庇うのではない、行く手を遮っているだけだったのだ。瑠琵の影人が一般人達を庇うが神秘と程遠い彼らはいとも容易く死へと至らしめられる。 護り切るのは過半数だけでいいと言われていた。けれど、全員を守りたかった。要は自身の大切な弟の事を思い出して泣き出しそうなほどにその目を歪めた。護りたかった。過半数も護り切れていない、周囲は血の海、人が――フィクサードらからすると『ごちそう』が周囲にはごろりごろりと転がっている。遠距離攻撃での一般人への攻撃が痛手になっていたのだろう。結果として生き残れた数は20に満たなかった。容易く死を与えるフィクサード。ブロードソードを握る力が強くなる。 「喰月さんは自分を捧げようとはしませんよね?」 「嗚呼、其れもありかしら」 九十九の言葉に喰月は笑う。痛手を負った王子様が大きく口を開きながら彼をブロックする人間をその牙で貫いていく。エーデルワイスの腹に突き刺さる牙が彼女を無力化してしまう。癒しの手はもう足りない。運命をも代償として立ちあがっているリベリスタらの体力も徐々に失われて行く。 繰り出された赤黒い血濡れの鎖。黒き瘴気を吐き出しながら放つのは愛情ウウェクル。人を喰う、その情愛は遥紀と沙希の意識を沈めていく。アザーバイドの攻撃にじわじわと身体を蝕まれながらも要は剣を振るう。優先するものは一般人。その阻害となる者は少ないに越したことはないのだ。早く双子の逃走を促さなければ。血濡れになりながら、放たれる攻撃。撃ち出されるデッドオアアライブ。その破滅的な攻撃に鉄は目を細める。 双子の視線が合わされる。ぞわりと桐の背筋に悪寒が走る。 「ッ、いけません!」 三千が声を荒げる。振り向いたその先に繰り出されるのは二対の狐がうねりながらその口を開いていた。彼は眼を見開く。まるで蛇の様に、呑み込まんとする狐の口。双子のフィクサードの最後の一撃なのだろう。放たれる究狐遊び。その痛みを全てぶつける様に、混濁した意識の中で纏は三千を見つめる。放たれた攻撃を遮る様に駆けだして、桐の放つデッドオアアライブが深く、深く少年の腹を抉る。少女の体を抉る要のジャスティスキャノン。ぐらりと纏の体が揺れる。 襲いかかる二対の狐に三千は見開いたままの目で受け身を取る。レザーブレスレットが彼の手首で揺れた。心の在処を示す様に、傍に在った其れ。蒼い瞳の女性が名前を呼ぶ。負けるわけにはいかない。感じとった情の示す明確なる殺意。彼は息を飲んだ―― ● 開かれた大穴に血に塗れながらも鉄は走り込む。気を失った纏を抱えて彼は飛び込む。彼らからするとこの傷は想像つかない物だったのだろう。結果的に避難口として使用しようとした穴はフィクサードの逃亡用に使われてしまっていたのだが、この穴によって広がった被害は大きかった。関係ない一般人の死。要が唇を噛み締める。 小ホールに立っていたのは喰月と瑠琵、要、九十九。可愛らしい少女の姿はない。白いゴシックロリータのドレスは少女が純潔を失う様にどす黒く、紅く染まって行った。唇を噛み締める。『王子様』はその全身から黒い瘴気を吐きだしながらボトボトと赤黒い液体を滴らせる。少女は笑う。逃げ遅れた一般人の残った死骸を喰らいながらも死の気配を身近に感じるアザーバイド。 「ねえ、貴女、お名前は?」 「宵咲瑠琵じゃ」 赤い瞳が、少女の澱んだ瞳と交差する。握りしめたアイスレイピア――anthropoは敵意を乗せられない。もう、失う事は解ってしまったのだ。人で無いから愛してもらえると思ったのに。失っては愛して貰えなくなる、そう思っていたのに。唯、愛すると行った女が其処に居た。 「瑠琵、愛してくれるの?」 「愛してやろう――お主の流儀で」 唇から覗く牙。常識を破ってやろうと伸ばした指先は王子様で隠れて消える。彼女の存在意義は王子様。彼女は人喰い。人以外じゃないと傍には置けないから――もし、愛してくれるなら、其れこそが存在意義となる。背を向ける、走り出す。王子様から感じる死の気配が全てを呑み込む前に、瑠琵は後退した。倒れた仲間達を喰われない様に、影人で庇いながら。 護り切れなかった。多くを死に至らしめた。多くが『王子様』の餌になってしまった。要は俯く。誰一人として、殺したくはなかったのに。仲間達の様子を確認しながらも九十九は胸を押さえた。何を知りたいのか、教えて欲しいのはどの『気持ち』だったのか。追いかける事など出来ない、放った氷の雨が『王子様』を死へと至らしめる。目を伏せる。 王子様の肢体の向こうで、赤黒いロリータドレスを揺らした少女は笑った。 「私は『恋愛美食家』茨・喰月」 手を伸ばす。その命を投げだすと、解っていた。少女の唇が動く。瑠琵に向けられた瞳は、常の彼女では想像がつかないほど愛しげに、優しげに細められた。自身の胸を、鼓動を刻むモノへと向けて突き立てられたanthropo。透き通った刀身が赤く染まっていく。鮮やかな赤色が白いドレスを汚す。 紡いだ文字は、たった五文字――あいしてる。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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