●雨 霧雨が降り続いている。 鬱々とした天候とはいえ、休日であるならば、ましてや観光地であるならば、涼やかな空気も存外悪くはない。 「お前も腸詰めにしてやろうかッ!」 その雨の中、レストランバーに仕立てられた大きなロッジで、突然一人の青年が声を張り上げた。 青年は売店で、『自家製腸詰め』という言葉に反応したらしい。 しばしの静寂の後で、周囲に失笑がおきる。 「へっ、言うようになったじゃねえか小僧!」 青年の頭の中には何が展開しているのだろう。意味のわからない一人芝居が続いている。 ちょっぴり空気が恥ずかしい。 友人達と思われる集団が、しきりに青年をバカ呼ばわりしている。 腸詰めという言葉の何がそんなに面白かったのか定かではないが、身内のムードメーカーなのだろうか。誰の顔も晴れやかだった。 その時だった。 突如ソーセージが革醒し、青年達を惨殺してしまった。 ●五月病菌と戦う 「ソーセージに、地ビールがイイらしい」 そろそろいつも通りかもしれない。『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)の第一声は素っ頓狂なものだった。 「未成年者にはソフトクリームだろうな」 続く言葉に気を抜いたリベリスタが、なんとなく問いただす。 伸暁の説明によれば、首都圏の田舎にある観光地で、午前十一時四十五分丁度に、突然ソーセージが革醒するらしい。 そして革醒したソーセージは、周囲の人間に大きな被害をもたらすということだった。 「革醒する前に、買って食っちまえばいい」 そんな対処でいいのか? 不安げなリベリスタに伸暁が続ける。 「大丈夫だ。仮に革醒したとしても、全く強い相手じゃない。イージーケースだ。遊んでくるつもりで好きにやればいいさ」 問題はないようだ。 投げやりな伸暁には、早くもメランコリックなレイニーブルーが始っているのかもしれない……。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年06月11日(土)22:03 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●高原の風 ガラスに映る空色の瞳の主は少女――ということでいいだろう。 見た目も心の、満点がつく美少女のそれであるのだから。 彼女は、ガラスに張り付く木目にPUSHと焼き付けられた長方形の板に両手をついた。 苦もなく扉が押し開かれる。 扉の向こうへ軽快に走り出すのは、『ビタースイート ビースト』五十嵐 真独楽(BNE000967)だ。 外は雨だった。 いや雨は降っているのか、降っていないのか。 曖昧極まる霧雨の中で、幻視に守られた尻尾が揺れる。 だが雨はよい。 何より気に入らないのは、耳や尻尾が重く湿ってしまうことだった。 季節柄、気の浮かない『巻戻りし運命』レイライン・エレアニック(BNE002137)だが、楽しげな少女の表情に思わず頬を緩める。 依頼が片付けば、皆で遊ぶ予定なのだ。 (気分は明るく行かんとのぅ!) 気を取り直したレイラインの小さな鞄には割り箸に紙皿、紙コップに調味料がしっかりと納められている。 「わらわも足には自信があるのじゃッ」 走る真独楽をレイラインが追う。 きらきらとした笑顔で駆ける彼女等の後を、あらあらと追いかけていた柔和な女性が駆け足を止める。 真独楽が満面の笑みで振り返り、シャッター音を模した小さな電子音が響いた。 思い出がまた一枚刻まれる。 追いかける女性――『サイバー団地妻』深町・由利子(BNE000103)が足を止め、照れたような、どこか扇情的な笑顔を見せる。 とはいえ、楽しげな母子のような彼女等もリベリスタである。 「さー、お仕事はお仕事」 依頼のことは忘れていない。 真独楽などは、このために朝だって抜いてきたのである。そろそろハラペコだ。 由利子が手にした鞄にも、あら轢きマスタードやケチャップが用意されている。 もしも山のようにソーセージを購入するハメになった時のために、事前に準備していたものだ。 調理らしい調理が必要なさそうなのは、この場の誰にとっての幸福であろうか。 ともあれ、日ごろの主婦業からの開放も、時には必要だろう。 由利子に続くのは、パンパンに詰まった大きなビニール袋をいくつもぶら下げた『牧場運営者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)と『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)だ。 袋には多種多様なソーセージに様々なビール、そしてソフトドリンクが詰め込まれている。 ピチピチに膨れた売店のビニール袋が四つ、五つ、六つ。 ――料金はオレが払う、皆は気にせず、好きなだけ買ってくれ! 雷慈慟の剛毅な言葉に、リベリスタ達が快く応じた結果だった。 そんなわけで、太っ腹に買いこんだわけである。 既にお土産すら大量に混じっている。 とんでもない名前の領収書で切られたのは秘密だ。ここ暫く激務続きだったのだから、今回ばかりは役得ということでいいだろう。 悪知恵を働かせた雷慈慟と『サマータイム』雪村・有紗(BNE000537)の脳裏に、苦い笑みを浮かべる室長と黒猫の顔が過ぎる。 奇しくも同じ手合いの知恵を働かせた二人は、目を合わせて少し笑った。 しっとりと降り続く霧雨の中で、リベリスタ達は野外のバーベキュー場を目指す。 「万華鏡……そしてそれに関わる皆様すごいです」 ウラジミールが持つビニール袋に視線を落とし、『節制なる癒し手』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)が呟く。 中には様々なソーセージのパックが幾ダースも入っている。 その一つは、これから一時間後に革醒事件を起こすであろう呪われた逸品だ。 万華鏡とリベリスタ達の手により、凄惨な事件は既に防がれている。 シエルは想わずには居られない。 (でも……これだけの代物……幾ら慎重に秘匿しても、その筋の皆様は程度の差はあれ薄々感付いているのかも……) 思索は廻れど、今は考えても詮無きことと、シエルは思考を切り替える。 ウラジミールの詳細なメモの元に発見されたソーセージは四本入りのパックだった。 いや、ね。 アーク本部で集めた情報を分析し、地図を元にたどり着いた待ち構えていた目的のブツが、ね。 そう、わずか四本入りのパックだったのである。これにはさすがのリベリスタ達も拍子抜けした。 念には念をいれてレストランバーの開店前から並び、一目散に売り場へと向かった『精霊に導かれし者』ホワン・リン(BNE001978)も微苦笑を禁じえない出来事だった。 南洋生まれの彼女には大層肌寒いであろう高原の朝だったわけだが、あんまりといえばあんまりな話である。 あの黒猫が、知っていて言わなかったんじゃないかという疑念すら沸いてくる。いや、たぶん素なのだが。 あまりの事態に直面したリベリスタ達の機転の結果がコレ。そう、この大量のビニール袋だよ。 ●レニングラードの雨 ざわざわと鳴り響く川の音の中で、集った勇士は八名。 いずれも手だれのリベリスタ達である。 森を覆う霞も、降りしきる霧雨も、彼等の進撃を遮ることは出来ない。 軍帽を濡らしたウラジミールが個々人の肩に手を乗せる。 いや、物理的な事象だけに焦点を絞るのであれば、明らかに旅行者風の帽子なのだが、そう表現するほかない。 ここは戦場なのである。レニングラードなのである。そう思って戴く。思って下さい。 戦いを前に訓戒が述べられる。とどのつまりはオートキュアなのだが、こちらもそう思って戴くことにする。 任務開始だ――厳かに号令が響いた。 激戦となるのは、リベリスタ達の目の前にある大量の食品を見れば、誰の目にも容易に予測できることだった。 ソーセージの山が茹でられ、焼かれている。 ラガー、アルト、ケルシュ、ヴァイス――地ビールのキャップが次々に開けられた。 「飲み物はやはりビールじゃな♪」 そう、ソーセージといえば、やはりビールだろう。 レイラインの気遣いによってノンアルコールビールも完備されている。 シエルの手によって紙コップにソフトドリンクが注がれる。 真独楽のペットボトルがテーブルの上に置かれた。 準備万端だ。 「かんぱーいッッ!」 打ち鳴らされるガラス瓶と共に、戦いが始った。 ドイツの製法で作られた本格ビールの泡が、ロシヤーネの口ひげを僅かに飾る。 彼はそのままドイツを一息に飲み干した。 初戦は快勝だ。 「さあさあここにありますは大量のソーセージ。さあ皆、お腹の余裕は十分か!」 網上のソーセージが破れる音と共に、幾膳もの割り箸が乾いた音を立てた。網をあぶるのは、勿論備長炭である。 「わらわの胃袋に納まるがよいわーっ!」 有紗が嘯き、レイラインが呼応した。 ――いただきます! シエルが祈り、レイラインが、ホワンが、有紗が、次々に箸を伸ばす。 「倒した獲物を敬意を込めて食べる。命奪った物に対する礼儀。これ密林の常識!」 空腹に耐えて、朝から頑張ったホワンの気合は十分だ。 ソーセージが革醒した時、どんな形で人を襲うのか興味はあった。 おそらくリベリスタ達が直面している形とは異なるのであろう。 だが、その恐るべき未来が来ることは最早ない。 リベリスタ達の完璧な連携で、刹那の、いや別に戦闘とかと比べれば速くもない攻防が、エリューションポークを革醒無きままに葬り去ったのだった。 「おいしいッ!」 プリプリの歯ごたえと迸る肉汁に胡椒の刺激がアクセントを添えている。 そして爽やかなレモンの香りへと続く協奏曲は本当に美味かった。 最高の笑顔でレイラインが舌鼓を打つ。 三名で四本。その内の二本分は有紗のDA所以である。こんな所で発動したのである。 ●死闘激闘 だが、今や敵はそれだけではない。ソーセージの山脈は未だ無傷に等しかった。 空腹に喘ぐ真独楽が、二本目のビールを飲み終えた雷慈慟が、次々に箸を伸ばす。 レモンペッパー、チョリソー、ガーリック、ハーブ、ノーマルな物……と、様々なソーセージが恐るべき速度でリベリスタ達の腹に吸い込まれていく。 しかし終わらない。彼等は永劫の闘争に打ち勝ち、ソーセージの大軍を打ち破れるのだろうか!? そのとき、これまで空気を読んで焦げる寸前のソーセージをつまみながら慈母のように佇んでいた由利子が動いた。 ビールは好きなのだが、今日に限ってアルコールは控えている。 つまり最高の判断力が維持されているのだ。 マスタード、ケチャップ、胡椒――調味料の投入が始った。 「まだまだ食べられるゾ」 フードファイター並の覚悟で挑むホワンの前に、ソーセージ達はただただ佇むばかりである。 戦いは続いていた。食って食って飲んで食らう雷慈慟と、大量のソーセージを片付けつつも表情一つ変えぬロシヤーネとて、既に膨満感に苛まれている。 圧倒的物量を前に、シエルが動かなくなった。 真独楽とて、空のペットボトルとアイスばかりを見つめている。 「じゃじゃん!」 パンと野菜の登場である。 こんなこともあろうかと、由利子と有紗が準備していたのだ。 ほんのり温まったパンも、これまた現地の焼きたてである。 「これでまだまだ行けるのじゃ♪」 シエルが立ち上がり、うずくまっていたレイラインが再び箸を伸ばす。 レタスと一緒にパンに挟めばホットドッグだ。 芳醇なソーセージの風味を、パンが包み込み、ケチャップの酸味とマスタードの刺激と香りが味に変化を添える。 最早負ける要素などありえようもなかった。 ブレイクフィアーがごとく飽きさせぬ努力に、リベリスタ達の追撃は留まる所を知らない。 「食べる、食べる! 食べるぞ!! 私は食べるために来たんだ!」 「いくゾ! 最後の一押しダッ!」 とうに限界を迎えているはずだったホワンが、有紗が、決死の覚悟でソーセージに挑む。 激戦の末に、ソーセージは最後の一皿となった。 そして―― 「うー、もう入らないよう……」 真独楽が箸を握り締めたまま見つめ続けるソーセージを、ウラジミールが静かに己の口へと運んだ。 最後の八本が消えた。 「ご馳走様だ。任務完了」 ●ホリデイ・アフタヌーン つかの間なのかもしれないが、雨は止んでいた。 シエルが配った薬に、活力を取り戻したリベリスタ達は、各々の休日を楽しんでいた。 湖の畔にある小さな牧場で、雷慈慟と由利子が並んでいる。 二人は動物達と触れ合うことと、新鮮で濃厚なミルクを得ることに特化した牧場を探していた。 そんな場所がバーベキュー場と湖を挟むように存在したのだから、都合がよい。 雷慈慟自身、なんといっても牧場経営者なのだから、他所様の様子には興味があった。 柵の内側では馬や乳牛が所在なさげにぶらぶらと歩き回っている。 午前中の霧雨に濡れた姿ではあったが、その声に耳を傾けてみれば満更でもないらしい。 雷慈慟が係員に話をつけ、真独楽と由利子が続く。 どちらも牧場の売店で手に入れたものだ。これもやはり雷慈慟が男っぷりを存分に発揮させた奢りである。 彼の名誉のために念を押す。奢りである。領収書は見ないでやってほしい。 真独楽が手に持つのは念願のアイスクリーム。 午前中の激戦ではアイスが抜けてクリームになってしまった分だけ、冷えたそれには嬉しさもひとしおというもの。 ざらざらの舌ですくい上げる濃厚なアイスはとっても甘かった。 由利子はといえば、さすがに暫く食べ物のことは考えられないようで、何も持っていない。 もう一つの任務に集中するつもりなのだろう。 大人達が動物の声に耳を傾け、飼料を観察している間に、真独楽は馬の背に乗りヤギを撫で、カメラ片手に無邪気にはしゃいでいる。 (いつも頑張ってるんだから、こういう時は沢山可愛がってあげなきゃ) 僅か十一歳にして激戦に身を置く彼女に、こんな日があってもいいだろう。 「お仕事おわりっと。お土産を見にいきましょ」 視察を終えた由利子が手を差し伸べる。 真独楽が頷き、嬉しそうに微笑んだ。 ショップではお土産を一杯買ってあげるつもりだ。真独楽は感謝を忘れない子なのだから。 牧場の売店に併設されたテラスでは、一組の男女が雨上がりの微かな日差しを浴びていた。 ウォッカに慣れているのだろうか。酩酊を感じさせないウラジミールに付き添うホワンが、カチリと小さなショットグラスを合わせる。 言葉はない。ただ穏やかに時が刻まれていた。 休日の食後に合わせてセレクトしたのはグラッパである。 なるほど観光地である。人の姿はないが、地ワインもあれば地グラッパもあったのだった。 二人がそれぞれのグラスに口をつける。 さわやかな葡萄の香りが、暴食に痛んだ胃を癒すように染み渡っていった。 その中で―― 「皆はあれこれ元気だねー。私は食べるけど。ただひたすらに遠慮なく。いただきまーす」 不死身なのか。まだ超元気なのが居た。 午前中に買い込んだお土産と、ここで買い込んだお土産と、さらに注文したメニューに囲まれてご満悦の笑みを浮かべている。 あまりの事態に隣席のウラジミールがお茶を勧めれば、それすらも一息に飲み干す。 その姿は既に神々しくさえあり、さながら食い道楽の鬼神である。女神もりもりである。 その先にある散歩道では、レイラインとシエルが湖を見つめていた。 先ほどまでの雨に濡れた和傘をたたみ、シエルはほんわりした視線を水面に注いでいる。 (わらわも、もう少し……お、おしとやか? になった方がいいんじゃろうか……) 実年齢ならば、シエルは彼女の三分の一程度であるのだが、ずいぶんと落ち着いて見える。 「はぅ……」 横顔を見つめるレイラインに、シエルが両手で頬を覆った。 その頬は赤く染まっている。何を思い出したのであろうか。 もしかして。レイラインも気づいてしまった。 「あ、その、せつは、お疲れ様だったのじゃ」 心当たりを見つけてしまったレイラインも、少々慌てた素振りを見せる。 こちらも頬は染まっている。 「そ、それはさておき。任務に再び御一緒する事……これも何かの縁なのでしょうね……」 「そうじゃなっ♪」 シエルが切り替えた。 これは――わらわも乗るしかないッ! そんなこんながありまして。 傾きかけた日差しが、リベリスタ達を再び終結させた。 「お願いしまーす!」 職員にカメラを手渡した真独楽がリベリスタ達に駆け寄る。 しっかりと振り返って、土産袋を握って、並んで並んで、虹の下でハイチーズ。 カメラのメモリカードには、既に何枚もの思い出が刻み込まれていた。 職員にお礼を述れば、そろそろ夜も迫ってきている。 「お夕食でも食べにいきましょうか」 パーティの母を勤め上げる由利子の提案に、リベリスタ達は諸手を上げて賛同した。 ご近所へ、職場へ、友人へ、家族へ、そして自分へと、それぞれのお土産を手に持ち、リベリスタ達はレストランへと向かっていった。 高原を吹く清涼な微風の中で、母が夕暮れの空を仰ぐ。 (夜は、ちょっとくらい飲んじゃおうかしら?) いいですとも。 今日は休日なのだから―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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