● 気付いたら、みんなみんな忘れていた。 気付いたら、もう誰も居なかった。 ――そもそも、『誰か』が居たのかしら? 残っていたのは。 紅い紅い、小さな花束だけだった。 約束を、した気がした。 遠い遠い、少し霞んだきおくのむこうがわ。 漆黒のマントと、結んだゆびさき。 またかならずくるからね、と、頭に響いた声と、 そうっと抱き締めさせてくれた、真っ赤な花束。 そのあと、そのひとは、なんていったっけ。 溶けていく。においも、おんども、おとも。 どろり、混ざって。漂白されていくわたしのきおく。 目を閉じた。 やっぱり、なにもおもいだせなかったけれど。 この花束が大事なものであることだけは、確かに覚えていた。 ● 「愛に溺れて死ぬ、なんて。それだけ聞いたら素敵かしら。……どーも、今日の『運命』ね」 セロファンで包んだ紅い薔薇を一輪。指先で弄びながら、『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は口を開いた。 「薔薇の花で愛を伝えるとか、まぁオンナノコなら一度は憧れた事もあるかなーと思うんだけど。 13年前のあの日、異界の来訪者に愛を告げられた女性が居る。彼女は極普通の一般人。名前や出生は、一切不明。 ……覚えていない、って言った方が正しいかな。彼女の記憶は、13年前を境に全て失われたの」 仮に、薔薇、とでも名付けておきましょうか。そう、小さく呟いて。 フォーチュナは膝の上の資料を捲った。 「その日。アザーバイド……識別名は『花盗人』って言うんだけど。彼は、彼女に花を贈ったのよ。 一輪の紅い薔薇と、3つの蕾。――『あの事は永遠に秘密』。その花束には、そんな意味があるんですって。 彼女を深く傷つけたであろう悪い事も、自分とのこの密かな逢瀬も、一度全て忘れてしまいなさい、って」 見たことのある花を手から生み出せる来訪者は、彼女の為に、世界中の薔薇を覚えに旅立った。 99本の薔薇の花束を、彼女の為に。その日また、彼女と会う為に。 「99本の薔薇はね。『とこしえに変わらない』って、意味を持つそうよ。彼は、彼女に変わる事の無い愛を伝えに来る。 受け取れば、彼女は全てを思い出すわ。傷は深いかもしれないけれど、その愛が癒してくれるでしょうね。 でも。……そんな、世界に別たれただけの、やさしい恋も、運命って奴は許してくれないのよね」 そっと漏れた、溜息。手の中にあった薔薇の花びらが、ひらり、と落ちた。 「彼女に渡されてる薔薇はね。この世界に存在しないものなの。異界の薔薇。……特別な力を持っている薔薇。 要するに、アーティファクト足りうるものなのよ。彼女は奇跡的にそれと同調している。その力を、使いこなせる。愛の奇跡なのかしらね。 ……でもね。これ以上、は無理なのよ。永久の愛を誓うそれを受け取れば、今は彼女を守っている薔薇の力は暴走する。 歪んでしまうの。ただの人である彼女に、神秘の力は大きすぎる。その心は壊れるし、――最悪の場合、寵愛を得る事無く革醒するわ」 だから、それを阻止して欲しい。 一言。今回の依頼を告げる声に、ブリーフィングルームの空気が重く沈む。 「アザーバイドの対応は、世恋がしてるから気にしないで良い。あんたらに頼むのは、彼女の護衛と保護。 まぁ、強力な力を持つアーティファクト使えるから、フィクサードにも狙われてんのよ、このひと。……当日、彼女は襲われる。 だから、それに対処した上で、彼女をアークに連れ帰って欲しい。何にも覚えてないから、危ない状況なら素直に話は聞くと思うわ。 彼女自身に戦闘能力は無い。ただ、強力な援護能力と、自己防衛の能力は持ってる。その辺の詳細は、資料見て」 差し出される紙の束。弄ばれていた薔薇の花が、机に置かれる。 「……愛に沈んで、息を止められたほうが、彼女にとってはしあわせなのかしら。あたしにはその答えは見えないけれど」 どうか、最善を。その一言共に、フォーチュナは静かに部屋を出た。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月26日(水)23:55 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 足りなかった。恋をするには。恋を、続けるには。 わたしをつくる幾つもの言葉は抜け落ちて、残っているのはただ只管に胸を満たすいとしいのこえ。 知っているけど、知らなかった。 ――嗚呼、私を呼ぶのは、だあれ? ● 先手は、完全にリベリスタが取っていた。 女を護るように、半円。その左翼の1人、『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(BNE000933)が放った淀み無き一撃が魔術師の体を抉る。 速さとは時に最大の武器。敵が動く前に決まった一撃に、走る動揺。仕返しとばかりに切り込んできたソードミラージュは『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)が軽々といなす。 「人の恋路を邪魔するのは私達も同じだが」 空気を読まぬは無粋よりも尚論外。さっさと片付けてしまうべき存在だ。そう切り捨てて、騎士は少しだけ、その整った面差しを曇らせる。 世界の法則。世界を隔てた親交の結末は、何時だって悲しみに満ちている。それが、叶う日は来るのだろうか。分からないけれど。 どうか、優しい決着を。祈りに応じる騎士の、祈り。その横では『番拳』伊呂波 壱和(BNE003773)が震えを押さえ込んで状況を認識する。 敵の攻撃は、後ろに庇う少女に届く。判断して。挑発。 「闇討ちなんて卑怯な真似するなんて、みみっちい人たちですね!」 此方に向く怒り。守りを固めた相手を引き寄せる事に成功して。壱和は微かに視線を下げる。 愛とか恋とか、ピンと来ないけど。すべき事は単純明快。女性を襲う暴漢を、成敗するだけの話。 そんな彼らを後ろから見つめて。リベリスタ全員に花の加護を授けた女、『薔薇』は少しだけ不安げに、前に立つ『語り手を騙りて』ジョバンニ・F・アルカトル(BNE004038)を見遣る。 振り向けば、目が合った。微笑んで見せる。保障なんて、何処にも無いけれど。 「大丈夫、きっと上手く行くさ」 空には美しい天の川。酷く澄んでいて。どんな星だって良く見えた。良く、見えるのに。 ジョバンニの見つけたい星は、自分の星は、見つからない。嗚呼、でも。今日。彼女は、彼女の星を見つける事が出来るのだろうか。 彼女自身、と言う名の、見えなくなってしまった、何かを。 「ボクが放つのは、花の似合う手弱女の願いを叶える為の、流れ星」 放つ弾丸。隊列は崩せない。長さの異なる2刀を握った『闘争アップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)は一歩だけ踏み込んだ。目の前には、怒りにつられ飛び出していたナイトクリーク。 もう1人巻き込める。判断して、残像すら置き去りにする神速の一撃。鮮血が跳ね飛んだ。 出来るなら、13年を埋めさせてやりたい。取り戻させたい。けれど。 「……やっぱり無理かねえ」 それが夢の様なことだ、と、彼はもうとっくに知っているのだ。敵の攻撃が、飛んでくる。それを凌いで、『いとうさん』伊藤 サン(BNE004012)はその指先を伸ばした。 両腕から飛び出す、無骨な5連砲が閃光の雨を降り注がせる。恋なんて、した事無かった。でもだからこそ。彼女の薔薇を、散らせたくない、と思った。でも。本当は。 「――羨ましいな」 漏れた声。羨ましいのだ。幸せな人、妬みたくなってしまう。人間だから。それは当然の感情で。でも、邪魔しよう、とは思わなかった。 恋の幸せを、自分はまだ知らないのだけれど。『しあわせ』である事を、知っている。だから。邪魔はさせない。 「Omnia vincit Amor et nos cedamus Amori!」 何時か何処かで。偉い人が言ってた事。愛の勝利。愛は、全てを凌駕するのだ。だから、絶対に負けない。 そんな彼から離れた、半円のほぼ中心部分。『覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)が、微かに動く。 一瞬。振り抜かれた事さえ気づかぬ程の速度が生み出す、全てを貫通する一撃が、前衛ごと敵の魔術師を切り裂く。 その頬を伝う、紅い色。攻撃されやすい中央の彼の傷を心配したのか、薔薇が祈るように手を組もうとする。 「大丈夫だよ、薔薇ちゃん。僕たち意外とと強いんだぜ?」 一瞬だけ振り向く。安心したように頷く彼女に笑いかけて、夏栖斗は再び、前を向いた。 13年の刻を超える恋物語。その響きはまるで御伽噺で。けれど、御伽噺にはなり得なかった。これは、現実だから。 御伽噺みたいはハッピーエンドは、現実では殆ど起こらない。 女の想いを、失った記憶を、否定はしたくない。けれど、もう、13年なのだ。13年を、経ているのだ。 「……人の恋路を邪魔するのは本意ではないけど」 狂って死んで、世界から爪弾きにされる未来も、優しい想いを狂わせる愛も。 不幸でしかない。彼女は、救われない。そう思うから。夏栖斗は心を決めていた。この恋は。約束は。遂げさせてはいけないものなのだと。 ふわり、薔薇の香りがした。彼女の為に、と用意したもの。その時に身に纏う事となった香りを感じながら、『枯れ木に花を咲かせましょう』花咲 冬芽(BNE000265)は道化のカードを投げつける。 守りにきたのだ、とリベリスタが告げた時。有難う、と控えめに笑う顔は優しくて。 だからこそ。少しでも優しい結末を。安定を、あげたかった。大鎌を、構え直す。 この『恋』は、一体何処に辿り着くのだろうか。 ● 戦況はほぼ、作戦通りだった。誤算と言えば、孝平とアラストールがその運命を削った事だろうか。 状況は万全。そう判断したジョバンニが、薔薇の手を取る。用意した車に彼女ごと乗り込んで、一気にアクセルを踏み込んだ。 意図に気付いたフィクサードはしかし、追いすがる事が叶わない。無限機関が唸る。強い鼓動と共に生み出された弾丸が、雨あられと降り注ぐ。 羨ましくて妬ましくて。その心は、放つ弾丸の中に注ぎ込んだ。八つ当たり? 嗚呼、その通りだ。 「……笑っちゃうよ」 とんだエゴの傲慢人間。でも、それはある意味何より、人間らしかった。手に入らないから、焦がれるのだ。 嗚呼羨ましいなあ。去っていく車に、目を細める。それでも追い縋ろうとする敵の視線を引き付けるのは、壱和。 「番拳たるもの。吠えるが務め!」 何度でも。どれだけ傷付こうと。壱和は敵の怒りを自分に向けることを止めない。 どれだけ怖いと思ったって。逃がさないと決めたから。臆病な瞳が確りと前を見る。 庇い護る対象が居なくなった事で、リベリスタの攻撃は一気に苛烈さを増す。 孝平の斬撃が、遂に拳を振るっていた闘士の膝を折る。過半数は、倒し切った。 「僕らの名前は知ってるだろ? やりあって消耗するのは無駄じゃね?」 どうせ六道か黄泉ヶ辻だろうけれど。アークの名を。そして、自分の名を知るのなら、さっさと逃げ帰る事が得策だ。 名乗るまでも無く名の知れた彼に、フィクサードが後退する。 「これ以上は無駄だと思うんだが」 如何する? 冷ややかに放られた、義衛郎の声。歯噛みする気配がした。躊躇いは一瞬。一気に走り去る後姿を、見送る。 保護は為された。ならば、後は、結末を決めるだけだった。 長い永い時間を、過ごして来たのだろうと、ジョバンニは思う。 自分が誰かも知らないまま。もがいて、けれど何も掴めないまま、生きてきたのだろう。 それでも。それでも、彼女が羨ましかった。流れる時を、永い、と感じられる事が。 そして何より。今日、『星』を見つけられるかもしれない彼女が、羨ましかった。 彼女を車から降ろして、空を見上げる。嗚呼。何て綺麗な、星空だろうか。 「……その薔薇は、アーティファクトです。とある人から贈られた」 義衛郎が、全てを伝える。花盗人と呼ばれる、彼女の約束の相手を。約束の意味を。 そして、その上で。 「会いたいですか、彼に」 尋ねるのは孝平。本当のことを言えば。出来ることなら、出会わせてやりたかった。本人達が望む様な解決方法を取らせてやりたかった。 自分達は介添え人。彼女の望みを叶える為に、来ているのだから。 もし。もしも、彼女が全てを知った今でも、会いたいと思うなら。狂っても構わないと言うのなら。 「……貴方が望むのなら、それが最良です」 ふらふら、と、視線が彷徨う。少しだけ待って、と、小さな声がした。 きっと、告げた事実に付いて来られていないのだろう。そう思いながら、義衛郎は女を見遣る。 上手く行けばいい、と、思っていた。互いに納得して。彼らが二人で結末を決められれば良いと。その優しさは、薔薇にも伝わっているのだろう。 「会えるの? ……会っても、良いの?」 ぎこちなく、尋ねる声。何も知らないから。もし。もしも知れるなら。この胸を満たすいとしいに、意味を、与えられるなら。 迷う様に瞳が揺れていた。それとそっと、目を合わせて。夏栖斗は首を傾げる。 「まだ分からないんだ。……でも君は、彼と言葉を交わしてみたい?」 この恋を、遂げさせてはやれない。もう、心に決めているのに。言葉を交わせばその後が辛くなるだけなのに。 終わらせるべき、恋なのに。それでも、夏栖斗は、非情になり切れない。 それは優しさと言うべきものだけれど。紙一重で、偽善ともなりうる、ものだった。その言葉がどちらになるのか。今は未だ、分からないけれど。 恋人を想った。もしも自分と彼女が別たれた時。自分は一体如何するのだろうか? 彼女は、一体。 答えは見えない。きっとそれは、薔薇も同じで。ならば、自分達に出来るのは、答えを待つ事だけだった。 沈黙が、落ちる。知らないけれど。いとしいと恋い願う相手。如何したいのか、と自分に尋ねる。答えは未だ、出なかった。 ● 「もし再び出会う事が出来なかったなら……『あの事は永遠に秘密』。多分、これはそういうことなんじゃないかな」 だから、自分から言う事はないけれど。そう言いながら冬芽が差し出したのは、大きな薔薇の花束。 女の瞳が、瞬く。95本の薔薇の花束。それは、本当なら約束を果たす日、彼女に送られるはずのものだったけれど。 その約束は、果たされない。これは、彼からの花ではない。自分には彼の気持ちはわからない。 けれど。これは彼女の持つ薔薇をを贈った『誰か』が、今日、確かに彼女に渡したかったものなのだ。 それさえ、分かってもらえたなら。 これはそれで十分な、とあるひとつの恋の物語、ではないだろうか。 優しく。自分の思いを吐露した冬芽の瞳を、漸く顔を上げた薔薇が見つめる。 「――違うわ」 小さく。けれどはっきりと。冬芽の差し出した薔薇を受け取る事無く、女は告げた。 同じ色の瞳は、怒りにも似たいろを湛えて。 「これは、優しさよ。分かるもの。自分のことさえ忘れられてしまうことを知っていながら、わたしをまもろうとした優しさなの」 知らなくても。思い出せなくても。わたしを護る薔薇が、何よりの証明。 誰か、は、わたしのこころごと、わたしを護ろうとしたのだ、と。 「分からないんでしょう? あなたが分かる訳ないのに、そんな事言わないで。わたしのお話の結末を、どうしてあなたが決められるの?」 こんなのいらない。雑に放られた花弁が散る。紅い紅いはなのいろ。それは、心の傷が流す血にも似て。 泣き出しそうに。けれど毅然と、女はリベリスタを見据える。 言葉を飲み込んだ。狂ってしまっても良いなら。会いたいなら。時間をあげる、なんてもう言えなかった。 冬芽のそれも、優しさだったはずだ。しあわせなおわりを目指す為の。けれど、女にとっては、それは悲しみと、怒りにも似た何かにしかなり得なくて。 擦れ違っていく。自分たちと、薔薇が。そして。 「……終わったよ」 幻想纏いから、声がする。現状を簡潔に。そっちは、と尋ねれば、返って来るのは、決別の選択。夏栖斗の唇から、溜息が零れた。 薔薇と、花盗人も、また。 「――あえないんでしょう?」 薔薇色の瞳が、夏栖斗を見ていた。泣き出しそうに潤んで揺れて。けれどそれでも彼女はその涙を、零さない。 会えないんでしょう。繰り返された言葉。それは、正しかった。 「違う所に来ているのね。でも、あえないんでしょう。わたしはもう二度と、あなたたちのいう、わたしがこいしたひとに、あえないんでしょう」 13年分の記憶しかなくても。それは新しい彼女で。それを壊してまで愛を貫くのは、不幸である、と。 リベリスタの判断は、善意だった。優しさだった。それは、確かに、彼女を人として留めて。この先の未来を護ったのだけれど。 その心は、沈んだまま掬えない。救えない。少女の頃を忘れた女が、あどけなく笑う。 「教えてくれたでしょう。約束と、『誰か』のこと。でもね、わたし、それが自分のことだ、って、思えないの」 まっさらな心に、善意で書き込まれた箇条書きの事実。乖離してしまう。心と、事実が、繋がらなくて。 もう、それ以上の言葉は無かった。細い手の中。咲き誇っていたそれが散っていく。蕾のまま、溶けていく。 「……ねぇ」 泣いているようだ、と思って。伊藤は声をかける。目が合った。ねえ。恋って、しあわせ? 知らなかった。知りたかった。羨ましくて、少し妬ましくて。 でもしあわせなら、守ってあげたかった。花が、散っていく。少しだけ間が開いて。 「さあ。そうね、でも」 しあわせ、だったんじゃないかしら。 覚えていなくても。胸に残る温度が。息が詰まるほどのいとおしいが、その強さを教えてくれる。 だから、きっと。少しだけ微笑む。干渉はしない。そう、決めていたけれど。 「僕は、二人を、二人の愛信じてるよ。……13年、それ、無駄な時間なんかじゃなかったんだ、って」 だから。だからどうか。もう少しだけ。一欠けらでも、しあわせなおわりを、と。 祈っていた。けれどもうそれは、叶わない事も見えていて。言葉は出てこなかった。嗚呼、どうして。どうして人は恋をするのだろうか。 こんなに悲しいけれど。羨ましいほどに幸せで。嗚呼。何時かは、自分も恋をするのだろうか。 薔薇、と呼ばれた女は微笑む。たすけてくれてありがとう。その一言だけを残して、その姿はゆっくりと、何処かへと消えていく。 壱和の瞳が、微かに震えた。名前を、伝えてあげて欲しいのだ、と。花盗人に告げたかった。 今となっては彼だけが知っている彼女の事を。彼の口から伝えて欲しかった。自分達ではなくて、彼自身で。 「――いつか、」 言いかけて、でも、もう言えなかった。何時か。もしも彼らが運命と言う名の脆くも強い糸で結ばれていたなら。 彼らが再び出会える事を。普通に、極当たり前の恋人同士の様に。会える事を、願いたかった。信じたかった。でも。もう叶わないのだ、と、頭の何処かで、わかってしまったから。 噎せ返るような、花の香りが満ちている。 優しい、薔薇の香りがした。さようなら、と、手折られた花が笑った気がした。 ● もう思い出す事の叶わないあの日。 漂白されたそれの向こう側、少女は確かに何時かの約束を、望んでいた。 攫って行って欲しかった。理由も思い出せないけれど。『約束』を果たしたかった。 「――嗚呼」 吐息と共に、涙が零れた。 嗚呼。知っているけれど知る事は出来ない。もう二度と。 誰かの名前も、約束の行方も。あの日のことも、――わたしの、ことも。 沈んでいく。もううまく名前さえ付けることの出来ないもののなかに。 息が、止まる。気管を塞ぐいとしいのこえ。 終わってしまったのだ。永久の花は、枯れてしまった。 最初で最後のこいと一緒に。 わたしは、わたしを完全に、失ったのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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