●闇夜に光る眼 新月の晩だった。普段よりも夜は深い。 濃密な闇の中、無数の光る眼が通りを歩く。 淡い街灯に照らし出されたのは猫の大群であった。鋭い爪は剥き出しになっていた。肉食獣を思わせる犬歯が迫り出し、それらしい唸り声まで聞こえてくる。すでに数人の犠牲者を出していて道には肉片が散らばっていた。 群れを率いるのは二匹の黒猫だった。似たような色のものは他にもいた。ただし、二匹には目に特徴があった。左右の一方の瞳孔が十字の形をしていたのだ。 一群は北に進路を取った。光が溢れる都心まで数時間の行程を、ひた歩く。 「万華鏡の未来予知は以上です。黒猫二匹の速やかな駆除を要請します」 冷徹な判断に見えながらも『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は沈痛な面持ちで言った。周囲の目が労わるように優しくなると顔を引き締めた。 「黒猫の潜伏先は城山地区です。昔は高級住宅地として名を馳せていましたが、住民の高齢化や不景気の影響で売り家が目立つようになりました。野良猫の格好の住処となって、仲間を増やすのにも適していると言えるでしょう」 言葉を切って和泉は目を閉じる。大きく息を吸って吐いた。 「リベリスタの正義を貫いて下さい」 和泉は強い口調で締め括った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒羽カラス | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月28日(金)23:30 |
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■メイン参加者 7人■ | |||||
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●黒猫の行方 リベリスタは揃って城山地区に足を踏み入れた。第一印象は閑静な住宅街であった。一軒の家は例外なく大きい。二メートル弱の白壁の奥に角張った建物が見える。屋上があるのだろうか。地中海沿岸の建築様式を取り入れているかのような白さが際立つ。隣家は純和風建築で昇り竜を想像させる松が見事な枝ぶりを誇った。 興味と畏怖の入り混じった視線が飛び交う中、『不機嫌な振り子時計』柚木 キリエ(BNE002649)は涼しげな顔で自前のノートPCを開いた。画面は目まぐるしく変わって二箇所の路上が映し出された。一つがゆっくりと方向を変えると全員の姿が収まった。横から見ていた数人が驚きの声を上げる。 「これで二台のカメラは私の管理下に置かれたよ。それと皆の通信機に城山地区を九分割して番号を振った地図を送る。情報の伝達に役立てて欲しい」 城山地区の道は大雑把に言えば漢字の「目」の横幅を広げた正方形に似ていた。一同は上部の北の方角に位置している。 「キリエっち、ありがとう。ミミルノがんばるからねっ」 白いスクール水着の『くまびすはこぶしけいっ!!』テテロ ミミルノ(BNE003881)は拳を突き上げた格好で跳ねた。他の者は控え目に礼を口にした。 「がっでむ! 現場近辺の地図をネットで取得し、頭に叩き込んだ意味がなかったッス」 『レッツゴー!インヤンマスター』九曜 計都(BNE003026)は悔しそうに拳を握り締め、思い直したかのように照れ笑いを浮かべた。ほんの少し、場が和んだところに溜息が聞こえてきた。 「はふぅ……猫討伐任務はいつ受けても辛いなぁ」 『三高平の悪戯姫』白雪 陽菜(BNE002652)はかくりと首を傾けた。金髪のポニーテールが動物の尻尾のように儚げに揺れた。ペアを組む神代 凪(BNE001401)は相手の肩に手を置いて励ましの笑顔を送った。 「あれって、黒猫だよね」 フォーマルスーツで身を固めた『大人な子供』リィン・インベルグ(BNE003115)が足音を忍ばせて歩いた。電信柱に寄り添うと、後ろを振り返ってから斜向かいの板塀の上を指差した。小さな屋根瓦の形状をした尖端には俯せになった黒猫がいた。背中を向けていて垂れた尻尾が揺れている。 凪は親指を立てて前に進み出た。陽菜は側にいて穏やかな雰囲気を醸し出す。 「にゃにゃーにゃご?」 その声は物真似の域を超えていた。ちょっといいかな、と凪は小声で皆に意味を伝えた。黒猫は同じ姿勢で不機嫌そうな声を返した。陽菜が凪の腕を軽く指でつつく。眠いから向こう行けにゃ、と答えた。語尾の部分に違和感はなく、指摘する者はいなかった。 「にゃーにゃごにゃごにゃごーにゃーにゃーなーおー」 笑顔を絶やさずに凪は話しかけた。黒猫はすっくと立ち上がると、顔をこちらに向けた。両目はきれいな一本線。低い一声で塀の奥に引っ込んでしまった。 苦笑いの凪の説明によると、十字の目をした黒猫の事は知らないらしい。猫の記憶なので曖昧な部分もあると付け加えた。 固まって探していては能率が悪い。当初の計画通り、各々の考えで散っていった。 ●全力の追走劇 他の者が懸命に黒猫を探している合間に『Manque』スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)は空き家を巡っていた。城山地区を通る道は広く、見通しの良い直線で構成されていた。黒猫を追い込むには人の介入のない檻が必要だった。 スペードは一軒の家で立ち止まった。剥ぎ取られた表札の跡が見て取れる。生垣の外側はかなり刈り込まれていて隙間が多い。檻としての機能は完全に失われていた。軽く息を吐いて別の物件に当たる。 四軒目は門柱に「原田」と彫り込まれた木製の表札が掲げられていた。目測で三メートルを超える漆喰の壁には不揃いの石が嵌め込まれていた。敷地内の樹木は枝を払われ、幹から切断されている物も少なくない。人が住んでいる形跡は見られなかった。 スペードは全てに目を通して正面に戻ってきた。何かに気付いたかのように不意にしゃがむと覗き込むような格好になった。観音開きの門の下に丸い滑車が付いていて拳が入るくらいの隙間が出来ていた。野良猫の溜まり場の可能性は非常に高い。出入り口は一つなので檻としても期待できる。割り振られた番号でいうと三番の角地であった。 スペードは影に潜んで中に入り、母屋と門を繋ぐ灰白色のざらついた道にペットフードを撒いた。一応の準備を終えて通信機で皆に内容を伝えた。 「了解したよ」 リィンは短い台詞で通信を終えた。 再び、建ち並ぶ豪邸を眺めていく。黒猫を探すというよりも傍目には観光客の色合いが強い。時に感心したような溜息が漏れた。しかし、全く猫に関心がない訳でもなかった。芝生で微睡む姿には鋭い視線を放った。塀伝いの移動を気にしてなのか。真っ先に目がいった。 「しかし本当に大きな家が建ち並んでいるね」 建物と猫のどちらにも関心があるようだった。 突然に横手の塀から黒猫が飛び降りた。リィンとの距離は十メートル程。視線が合った瞬間、黒猫は逃走を図った。数秒の遅れで追いかける。 「十字の黒猫を見つけたよ。えっと八番から九番の方向に逃げているね。近くの人は応援に来てよ」 リィンと黒猫の距離は縮まらない。目に見えて引き離されていく。見通しの良い道は現実の厳しさも見せつけた。 「九番で見失っちゃった」 喉元を緩めるような手つきでリィンは立ち止まった。 連絡を受けた計都の動きは俊敏であった。記憶した地図の強みで通信機を駆使して指示を出す。凪と陽菜のペアには残りの一匹の探索を勧めた。自身は地形を無視した飛行能力で九番に直行した。途中で合流したスペードと共に空から追跡の目を光らせた。 黒猫の発見は容易であった。家々を強引に横切り、目立つ速さで移動した。適当な距離を保った状態で追いかける。連続の飛行を可能にする為にキリエと連絡を取った。 ついに三人は黒猫を追い詰めた。門柱には「原田」の表札が見て取れる。奇しくもスペードが黒猫の追い込み先に指定した家であった。 「もしものことを考えて私は外で待機しているよ」 キリエは二人に目配せして一定の距離まで離れた。背中を見送ったあと、計都は低い飛行で中の様子を窺う。黒猫は無防備な姿でペットフードを食べていた。情報を受けていたものの、計都は相手の正体を看破するような鋭い視線を放ち、冴えない顔で降りてきた。 「普通の猫に見えるッス」 相手の隠蔽は相当に強力であった。それ故に黒猫の足止めの成功は喜ばしい。 残りは一匹に絞られた。早急に情報を手に入れなければいけない。焦りの表情でスペードは飼い猫のアレキサンダー十三世を呼び出した。白いふくよかな愛猫の喉を撫でながら凪との通信を試みる。 『どうしよう。チャチャの発信器を忘れてきた。どうしよう凪、黒猫に逃げられちゃうよ』 陽菜の慌てふためく声が聞こえてきた。落ち着かせようとする凪の声に合わせてスペードは手短に話した。飼い猫を使って黒猫から仲間の情報を引き出す作戦は、しかし呆気なく失敗に終わった。 『イヤにゃ、遊びたいにゃ、自由にゃ、だそうです』 通訳の凪の申し訳なさそうな声にスペードは愛猫に向かって薄い笑みを浮かべた。脱走常習犯の名は伊達ではなかった。 『凪、代わって。逃げた黒猫は四番から五番の家の方に逃げ込んだよ。それと野良猫の情報で十字の家が黒猫の住処らしい。十字の意味がはっきりしないんだけど』 陽菜の大声を受けて二人は神妙な顔付きになった。人間を嫌って逃げ回る黒猫の住処は空き家に違いない。壁は高い方が密閉を保たれる。十字は家の形なのか。十字路に関係があるのか。二人は視線を下げて思案顔となり、ほぼ同時に顔を上げた。 表札は「原田」で「田」は十字に見える。計都は全員に集まるように通信機で指示を出した。 ●決戦の地 二匹の黒猫は与えられた物を夢中で食べている。横腹は膨れて妊娠しているかのようだった。過去の極限の空腹を経験したせいなのか。全てを平らげる勢いであった。 「ミミルノのハンバーガーおいしいでしょっ。でもでも、おまんじゅうもおいしいよっ」 はしゃぐ声にも動じない。二匹の黒猫は食欲に心を支配されている。凪の質問の全てに、うまいにゃ、と答えていた。 計都は優れない顔で原田邸の門に背を預けた。黒猫の思考を読んで軽い胸焼けを引き起こしたのだった。 残りの食べ物は少なくなり、リベリスタの顔に厳しさが戻ってきた。黒猫の心の闇が、憎いにゃ、と凪の代弁で訴える。別の感情が、会いたいにゃ、と対抗して複雑な胸中を明かした。 「車椅子に乗った老人の姿が見えるッス」 黒猫は代わる代わるに老人の膝へと乗った。頭を撫でられると目を細めて伸びをした。その老人を乗せた車は北の方角に走り去って戻る事はなかった。二匹に逃れられない飢餓と運命が襲い掛かる。まるで目にしたかのように計都は語って口をきつく結んだ。 黒猫の最後の晩餐が終わった。周囲から威嚇するような猫の鳴き声が近づいてくる。完全な革醒を果たす前に元凶を討たなければならない。遊びに興じている時間は誰にもなかった。 一匹の黒猫が重そうな腹で右に走る。透かさず鋭い光の矢が前足を射抜いた。黒猫は体重を支えられなくなって派手に転んだ。怒りを露わにした声が射手に向けられた。 「すまない、最悪は避けなければならない」 キリエは悲しみを湛えた目で言い切った。 「くろねこさんだけがかわいそうじゃない。ほかのねこちゃんたちをまきこまないでっ」 ミミルノは精一杯の罵声を浴びせた。二匹の黒猫は唸り声を上げて交互に襲い掛かってきた。引っ掻きや噛み付きに遭いながらも本人は笑顔で受け止める。その様子を目にした何人かは弱々しい目で攻撃をためらった。 その中で光の弾が二匹の黒猫に炸裂した。吹き飛んだ一匹は横に倒れて四肢を不規則に痙攣させた。残りは自力で立ってはいるが身体の震えを抑えられない。 「出来るなら一匹、お持ち帰りしたいところだけど」 リィンは何事も無かったかのように微笑んだ。 待機していたスペードが覚悟を決めた表情で前に出た。そして黒猫を胸に抱く。 「――深い、吸血を」 黒猫の首筋に口を寄せる。恋人に口づけをするくらいに優しい身のこなしだった。黒猫は安らかな眠りに落ちるかのように、ゆっくりと瞼を閉じた。 周囲から猫の声は聞こえない。最小限度の被害で抑えられた。しかし、達成感を口にする者はいなかった。 「これで良かったのよね?」 陽菜は声を震わせた。緑の目は深く沈んで泣いていた。涙は流れていなくても表情が大粒の涙を零していた。 いつ解体されて人手に渡るか分からない原田邸の庭の片隅に黒猫の亡骸を埋めた。庭で見つけた丸い石を墓石として置いた。水の替わりに計都が持参した牛乳を掛けて全員が揃って手を合わす。 黒猫が住処に選んだ原田邸。人の住んでいない家は他にも数多くある。もしかすると、車椅子の老人と幸せな時を過ごした場所なのかもしれない。誰かが口にした訳ではなく、すんなりと埋葬場所に決定した。黒猫の目の十字が十字架を表しているのならば、神の導きと考えられるのではないだろうか。 幸の薄い黒猫が天国に行き着く事を祈りつつ、リベリスタは原田邸を後にした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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