● 目が覚めなければ良い。 たった一度でも、そう願った事はあるか? それともう一つ。 世界の為に愛する人を、その手で殺められるかい? ● 「手を尽くしましたが……」 急変の一報で駆け付けた。病院に着いた頃には、誓いの指輪を贈った彼女は白い布を被っていた。 茫然としたまま小難しい定型文を聞き流し、暗い廊下を通って椅子に座る。 三年の付き合いになった医者先生が気遣って席を外した。二人きりの静寂。 「康?」 声が聞こえて、生気の戻った瞳が見えて―――絶望。 「嘘、やろ」 「え?」 婚約者、巴山 和(ハヤマ・カナエ)は生き返った。エリューション・アンデッドとなって息を吹き返した。 ひたりと頬に手を添える。冷たいまま生き返った愛しい人に、混乱した頭で生返事をする。 頭の中では目まぐるしく、ぱちぱちと計算の合わない算盤を弾く。 (万華鏡……リベリスタが来る? いや、もう来てるんか? チーム相手にして勝ち目あるん? いや、ココでフェイズ進行したらどうなる。俺は、殺せん。なら、和に人を殺めさせることになる?) ぱちんっと最後の珠が弾かれた。 「……よし。デート、行くで」 「で、デート?」 きょとんと目を丸めた彼女に向かって、にやりと笑う。 状況や時刻全てをすっ飛ばして我ながら無茶苦茶だが、ショートした頭では限界だった。 「そ。デート。何? お寝坊さんの合間にデートって忘れたん?」 冷たすぎるその手を握って、霊安室の扉から飛び出した。 呆気にとられた先生達の前を通り過ぎ、底なしの悲嘆渦巻く廊下を全力疾走。 「あーもう! これ絶対、後で怒られるよ! 康!」 問いかける声が裏口を出る頃、笑い声に変わる。前を向いたまま、ツンと奥が痛む鼻を啜って笑い飛ばした。 (神さんが居るんならええ迷惑やろうけど、もう……お互いさまやんなぁ?) 運命にどす黒い悪態を吐き、信じてもいない神を呪う。 ● 問い掛けてから反応を確かめると彼はゆるりと頷く。 仔細を答える風もなく『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)が拳から一本、二本と指を立てる。 どうやら問いの真意を得るのは今ではないらしいと、リベリスタ達が耳を傾けた。 「今回はエリューションと、それを連れて逃げだしたフィクサードが相手だ」 「フィクサードの名前は桧垣 康(ヒガキ・コウ)。知っている奴もいるかもしれないね。 元アーク所属のリベリスタ。その前はフリーで活動してた奴で、クロスイージス、ジーニアス」 少し昔話をしようか。 すらすらとした言葉を止め、青年は組んだ足を左右入れ替える。そう言っても彼の手元に資料ファイルがあるでもなく、手持無沙汰だと示すかのように銀の髪に指を通す。 「三年前の今頃って言ってたかな。エリューション討伐でミスをしたそうだ。 取り逃したエリューションに、彼の婚約者が巻き込まれてね。 幸か不幸か。いつ覚めるか分からない眠りについた。いわゆる植物状態ってヤツだけど――OK?」 目をあげると時計の針をちらりと見るだけ、リベリスタは理解したものとして彼の言葉が空気を叩く。 「王子様は眠り姫が目覚めるときを願い続けて、願い続けて。ついに叶ってしまった」 瞳を伏せて指先でリズムを刻み、まるで歌うかのように中空に囁く。 世界は末長く続くハッピーエンドの童話でばかり成り立ってはいない。 ひっかかりのある言葉に察したリベリスタの眉が顰められる。物憂げな息を吐き出してから、皮肉に口元を歪めて誰にともなく伸暁は首肯した。 「そう。それがストーリーの始まり。 ――彼女は運命に愛されず、死して生きる屍として目覚めたってことさ」 「エリューション・アンデッド、フェイズ1。名前は巴山 和(ハヤマ・カナエ) ……神秘の傾向に特化しているね。スキルとしてはマグメイガスのスキルが近いかな」 昔話の後に事もなげに説明に戻った彼は、流石はアークのフォーチュナと言うことか。 告げられる言葉は淀みなく純粋に見たことと、付随した感覚を諳んじる。 「俺達に思いを計る術はないが、逃走していることは事実だ。 二人が誰かに危害を加える未来はまだないとはいえ、放ってもおけないだろう? ま、逃げた先ははっきりしてるからそこに向かってくれ」 「カレイド・システム?」 「オフコース。カレイド・システムもそうだが、桧垣 康からの連絡もあった」 「本人から?」 驚きの反応に軽く肩を竦めてみせ、常の調子で伸暁が言葉を続ける。 「舞台になるのは彼岸花に一面彩られた河川敷さ。 恐らく二人はもうそこに居るだろうが……行く時間は任せるよ。 念を押すなら、彼女はエリューションだってことは忘れない方がいいね」 伸暁は心なしか柳眉を寄せ、いつ自我を失って彼を襲うかはこれからの運命次第だと暈しをいれた。 「結界だとかはその『フィクサード』に任せればいい。『それくらいはする』だそうだ」 フィクサードのフレーズに少しのアクセントを乗せて、キーを手の重みに任せて押す。一寸遅れて付け忘れられていたようなモニターに写真とデータが並んだ。 困惑を窺わせる運命に愛されたもの達を見ながら椅子から立ち上がり、青年は再び冒頭の問いを繰り返す。 「強禦の騎士はお姫様を殺める事も、根底から裏切ることも出来なかったらしいが――。 さて、クールで熱いソウル・アンサーを期待してるよ。リベリスタ諸君」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:彦葉 庵 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月14日(金)23:26 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ――なぁ。2人で過ごした時は、幸せだった? ● 「やほ。康ちゃん久しぶり」 「お? 終、おひさー」 戦場となる河川敷にリベリスタが赴いたのは日が落ちて夜になってから。 待っていた人物、『強禦の騎士』桧垣 康に手を振り返したのは『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)で、会話は日常の一片とさほど変わらない。 終が覚醒して間もないころ康がアークを教え、今までもメールをやりとりしていた。 「和さんははじめまして☆ 康ちゃん、これ普通の缶コーヒーで悪いんだけど温まってよ」 「終、さん? はじめまし、っ」 「ん。ありがとな」 それでも。 終の手から宙を渡った缶は二本揃って康の手に収まって、たった一歩前に出ようとした和も彼の腕が阻む。 開いた確かな距離に夜色の髪の下、目を眇めた。 自分達はリベリスタとして、E.アンデッド『巴山 和』を連れて逃走したフィクサードと対峙しているのだ。 「和さんはさ、どうしてオレ達が来たとか知ってる?」 「ええと……」 躊躇いがちに彼女の首が横に振れた。 横から差し出された缶コーヒーが和の手に収まる。 「少し現状を説明させて貰おう」 廬原 碧衣(BNE002820)の青い瞳が康に向かう。 阻まれるのではないかという懸念に反し、彼は彼女の正面から半身を引いて身を逸らした。 (悠長なこった。さっさと潰しちまえばいいのによ) 強結界を展開する『不退転火薬庫』宮部乃宮 火車(BNE001845)が敵を見据えていた。 終と康の会話から知り合い同士という事はすぐに分かったし、警戒に値する動きも彼らが見せない以上は時間を設けるくらいやぶさかではない。――初対面の癖、親密そうに手を振る康へ手を振り返すことはなかったが。 (ハッ……いざとなればこんなモンかよ。チャライもんだぜ) 目の前の覚悟不確かなフィクサードに小さく舌打ち、火車は火熱燻る思考を戦いに向けて切り変える。 康の背には和が庇われ、その和の背面は川――逃走劇には似合わない。いささか、攻め難いだろうか。 「どういうつもりだかな」 モノクルの奥の片目を閉じて執事然とした彼――『無何有』ジョン・ドー(BNE002836)が計るように呟く。 「片や運命に愛された存在、片やその運命に愛されることが出来なかった人。 ……彼もまたリベリスタであった以上、この戦いでその想いをぶつけてくるでしょうか?」 「二律背反の想いを抱えているからこそ、あえて僕たちとの対決を選んだのでしょうから」 恐らくは。そう、ごく自然体の様相で静かに構えた浅倉 貴志(BNE002656)の口から言葉が零れる。 世界のためには殺めなければならない存在がいる。しかしそれは守りたかったもの。だからこそ成立したこの戦場。 傍ら、風の音に耳を澄ました少女、小鳥遊・茉莉(BNE002647)は前に両腕で抱えたヘビーボウに視線を落とす。 実齢を重ねた彼女にも、康の選択が正しいかの答えはなかった。 「私たちは今アークのリベリスタです。ならば、やることは決まっています」 「ええ。そうでございましょう」 ――世界への抗議を、彼はするのだろうか。 「おおよそは分かってもらえたかな」 「……俺は嘘吐き扱いされたけど、君らは信じたみたいや」 碧衣と終の声が途切れた。掻い摘んだ、それでも神秘を含めた現状説明は終ったらしい。 宣告に蒼白な顔で閉口した和に康が寄り添い宥める姿が『灰の境界』氷夜 天(BNE002472)の夜色の瞳に映る。 (和は倒さなくちゃいけない。でも、運命に悪態吐きたいような) そんな気分。 したとして運命は変わらないと知っている。ただ二つ返事に享受する想いは湧いてこないのだ。 (……康には、彼女の人としての生と死を守って欲しいな) 青白い月夜の下、矛盾のような、相反した想いを胸に複雑な苦みを呑み下した。手元で煌めいた銀と青の輝きにに急かされたような――そんな錯覚に目を瞑って。 説明が終われば、戦いの時が迫り。 躊躇なく幻想纏いから大剣を携えた康と、和に終の視線に気がつく余裕はない。 仄かな風に揺られ赤い花が足元でさざめく。 彼岸花色の瞳が――『夢幻の住人』日下禰・真名(BNE000050)が、薄く唇に笑みを浮かべる。 「苦しそうね、私なら迷いはしないのに」 ぽつり、ひとりごち。 愛する者とかつての仲間。板挟みでどっちつかず。 「君らならどうするんやろ?」 様子の変わらぬ軽口を薄いほほ笑みで制し、真名が戦いへの帳を開く。 「……全力で戦えば、いいわ。守れるものなら、ね」 ● 彼岸花を踏み分け、真名が足を踏み出す。決して急がずゆっくりと。 ジョンと碧衣が集中を高めプロアデプトの本領に脳働を導く。 茉莉を囲み魔法陣が光彩を放ち、天の体内では魔力が循環し――色濃い神秘が河岸を満たす。 「そんじゃま、テメエの我侭に付き合ってやるからよ!」 流水の構えを解いた火車、貴志がそれぞれ康と和に向かって地を蹴る。 世界のためには殺すべきでも自分では守るものを殺せないという、我侭を終わらせるために。 「手を貸しますよ。世界のために」 希死念慮を微塵も窺わせず笑う男と和を十字の加護が包む。 「心中の手伝いに来たわけじゃないんだからね!」 幻影の剣が中空を舞う。硬質でいて澄んだ金属音と小さな悲鳴が夜長に響く。 康が和を庇うのは明白であり、E.アンデッド討伐を優先すべきと考えたリベリスタは康、和の分断策を講じていた。それぞれに対し前衛が二人と後衛が一人つき、全体を支える天と碧衣の二人の配置。 終のレイピアを受け止めた康に火車の業炎の拳と、ジョンの発した厳然たる光が振り掛かる。 夜、緋色の花が揺れる河川敷で光が爆ぜる。最中、終は赤い瞳に和を映した。 (どうか、お願い。気付いて) 目の前の友達を本当の意味で助けられるのは和だけだと思う。終自身が死を切望する身であれば、安易に死んで欲しくないとは言えなかった。本当は死んで欲しくないから、心の中で囁く。 (康ちゃんを助けてあげて) 幻想的な美しさすら伴って茉莉の構築した四色の魔光が和へ降り注ぐ。 世界へ追いつけないままで必死に頭を庇う。先へ回った貴志の足が虚空で風を斬った。 (あえて背水を選んだのは、僕らの手を借りる遠慮とは思えませんが) 自殺も、他者に自殺を幇助させるような意識すら、貴志にも一貫して軽薄な程の康に真意は知れない。 真空の刃がジャケットを越して脇腹を、ヘビーボウから放たれた碧衣の気糸が腿を撃ち転倒。 彼岸花の下でかさついた音を立てる落ち葉を砕いて、真名が和へ歩みを進め――足を止める。 分断には至っていないものの、二人を囲んだ格好の今はもうリベリスタの壁を突破するしか逃げ道は無い。範囲攻撃に対し彼ら同士に距離を置いていても、能力以外は戦闘は素人の相手であれば十分。 「醜く殺すのは嫌いなのよ、だから出来るだけ綺麗に殺してあげる」 「いや」 冷静で居られたならせめて、綺麗な死を渇望したはず。 「――だから、心配しないでいいのよ」 「私は死にたくないっ!!」 悲鳴じみた声で和はどこか優しく甘い真名の響きを拒絶する。微動にしない雰囲気を醸し真名の爪が月の燐光を閃かせ、首の薄皮を裂いた。 「巴山さん、説明された通り貴方は」 「でも私は! まだ、生きてるじゃない……っ」 「そう。少なくとも私は死神だわ、貴女を殺しに来たのだから、一緒よ」 どこかつまらなさそうな夢幻の住人越しの後方から碧衣が、康が取った選択の意味と答えに意識を注ぐ。 「どうして」 「どうして、か」 鼓膜を震わせた言葉の反芻をした碧衣は双眸を細め、内に滲む苦味に一歩後退する。 嗚咽に消えた呪詛は魔力となり、和の中で神秘の力が増幅していく。マグメイガスと似て非なる様に茉莉が眉を寄せた。彼女らにとっても康の気持ちは分からない訳ではなく、弓引く手に入り混じる感情が震える。 「チェインライトニング、来ます!」 (巴山さんが死亡した後も桧垣さんは生存を望むのでしょうか) 未だ世界に愛される存在であることを彼自身どう思うのか。体内に流れ込む強い電流に歯を食いしばった。晴れた夜空の下の雷の外、天使の歌が風に乗って運命に愛された者を癒す。 「世界中どこにも、今まで通りで居られる場所なんてないんだ」 声帯を真似るにはどちらも情報が足りなかったけれど、男声とも女声とも聞こえる天の声――それが告げる、逃れられない冷たい真実は和の顔を上げる。死人を癒さぬ福音の余韻の中、鏡のように視線が交わり、俯いて逸れる。 「……もう、ないの」 月光の陰、顔は見えなかった。 一進一退、火花が弾ける。 「逃がす気も、エリューション守らせる気も、全くねぇんだわ! 残念だろうけどよ!」 互いに離れる意思のない相手を完全に分断するには困難を極めていた。 「桧垣氏、ここはお通ししかねます」 ジョンの幾度目かの神秘の糸を絡ませても康は和に向かっていく。 彼が気糸で手甲を貫いても止める気配はなく、十字の切っ先を和を囲む前衛に据え。ふいと前方に飛びこむ終の短剣に狙いが僅か上に外れた。 「昨日まで戦うなんて思ってなかったよ」 言葉を返すより先に、気配に振り向く。目の前に広がる炎に包まれた爆の字。 額からの鮮血に塗れた視界のまま、踏みとどまった。大剣で胴を薙ぎ、赤い花首が舞う。 「お前アレだろ? 好きなモンの為なら世界を敵に回しても良いって奴だろ?」 続け様に、大剣が鉄槌の重みを以て火車のガントレット――鬼爆に叩きつける。 ミシリと音をたてたのは剣か腕か。拭う暇などない、どろりと流れ出した血の一滴すらも邪魔だった。 「喜べよ。今テメエは全力で、この世界の敵だ!」 「そりゃどーも!!」 戦いやすさの救いに唇を歪め、鈍く重い音を奏で金属を弾く。 「思い残しの無いようにやれよ!」 風に爪に、神秘の力に翻弄される。死が階を登ってくる。 「―――」 何かを呟き、生に執着した和の影で方陣の線が奔る。距離を取っていた天と碧衣、茉莉が気付いた。 「っ離れてください!」 茉莉の声を呑むように、禍々しく黒い葬送の叫びが体を問答無用に叩きつけた。 刹那のはずでありながら、長い奔流は弾かれたように止み、一人を除く範囲内の寵愛を受けた人に痛みを刻みこんだ。 康の盾代わりにした大剣の前で、終は康を庇って立っていた。庇われた側も、仕掛けた側も半ば呆然と青年を見て、唇を噛む。 「大切な人傷つけたら苦しいもんね☆」 「なんて無理を……」 手をひらひらとさせ、からりと笑い言ってのける終を天の急いた微風が包む。彼に庇われた康に増えた傷はなく――逡巡の後、溜息と拳骨と共に我が身に借り受けた生命の力を終へ託し。 困り顔で空を仰ぐ。そろそろ、血で濡れた剣の柄が持ちにくい。 「だ、って。康、逃げられる、はず」 「解ってなかったのかよ……!」 一人、解っていなかったのは和だ。時が過ぎれば過ぎるだけ、彼女の意思から力とその矛先が離れていく。 震える和にクロスイージスが血だまりを蹴った。咄嗟に渡鋼が足に絡め引き摺られながら、縫い留める。貴志が前へ回った。 逃げさせるわけにはいかない。歯痒いような苛立たしさを押し殺し火車がきつく眉を顰め、黒い奔流に締めつけられた喉で出た音は掠れた。 互いが互いに到達するよりも先に、胸に花が咲く。 「逃がしはしないわ」 けれど、二人で逃げられるものなら逃げてみなさいな。 出来るのなら何処までもどこまでも。たとえばこの世界からも、逃げてみなさいな。 囁き。鮮血が宙を舞った。貫かれた胸から手が抜ければ、容易く体はくず折れ。 「和!!」 ――間際、光の消えた瞳が真名を見て、死者は二度目の死を迎えた。 ● 残るのは一人のフィクサード。 彼を前に一人が歩み寄ることで、一時攻撃の手が止んだ。 「康。一緒に居てやって……最期まで」 自嘲。生を二度終えた者へ彼は目を向ける。 「人として、弔い送られるその時まで」 フィクサードの顔が歪んだ。足を止めるには十二分の言葉は目的を果たして、だが天の口にした想いはそれに留まらない。死した彼女と自分が同じ思いを抱いているのかは知ることが出来ないけれど。 (――私ならきっと、そう望むから) 「恋人を私たちが殺すことになりましたが、桧垣氏に生きて頂きたいと考えています」 「私たちは貴方を『逃走をさせないこと』と言われています」 困り顔の相槌で先を促す。ジョン達の肌を刺す殺意は揺らがない。 「私も貴方を生きたままアークに連れて帰りたい、ですが……貴方はどのような想いなのですか」 「誰かが『もしかしたら』に賭けてくれたんやったら、悪いんやけど」 「リベリスタ、止めてもいいよ。でも世界や自分を傷つけるのは」 最後に遮る言葉は友人のもの。 「無駄にはせんよ」 端的な意思表示に口を噤まないわけには行かず。届かない願いを噛み殺した。 沈黙を破り、火車は口内に溜まった血の塊を脇に吐き出した。 「まったくどこまでもふらふらしやがって。半端なんだよ」 彼にとっての『終わり』が確かに定まっていれば、停戦の時もなかっただろうに。 「……自殺行為だと思われますが」 ジョンが一同を見渡す。フィクサードとはいえ、そして一定の熟達を得た存在であっても、力量差、損耗差、人数も揃ってジョンの言葉を肯定する。 「ご承知の上だと」 運命に抗えない一つの無力を前に、貴志は無言のまま利き足を半歩、後ろに引き構える。 何処までも静かに、心持ち身を引いて康へ和への道を見せた真名と、康を見据えた碧衣の足が彼岸花の茎を手折る。粋も無粋も含めて、思考の時間を与えた結末。 「それが選択の最後の答えなんだな」 「死ぬつもりはないんやけど」 リベリスタによって延ばされた夜までの逢瀬と、それからの戦いを経て強禦の騎士は答える。 再び握られた大きな十字は月光を帯び、僅かに残る世界の恩恵はかすり傷のひとつを減らした。 「終わりまで、世界が仇(てき)や」 「安心しろよ。望み通り、世界の敵として粉砕してやっからよ!」 笑い、ぶつかる。彼岸の花首が炎風に巻き上がった。 ● 「……居てはもらえなかったな」 寂しげに天の呼び起こす癒しの風に、戦った名残が消えていく。 「意地張るとこ間違ってんだろが……クソったれ!」 奥歯を噛みしめ、火車が溜めこんだ感情を吐き出す。 手袋で包まれた手でジョンが目を閉じさせ、貴志は処理班に連絡を取っていた。 火車の強結界の継続でリベリスタ以外に人影も気配もない。 「逃げられたのかしら」 この世界から逃げ出されたら、追う術はないけれど。音もなく、物憂げな瞳を瞼が覆った。 真名の前に横たわるのは二つの遺体。任された務めは違えていない。 応じる声は出さず終は背を向け、彼岸花を見下していた。すっぱりと茎を断たれた花の隣で血を浴びても咲き誇り、もう一隣では彼岸花の花弁が散って残る影はない。 時間をおいて変わった心、括られた腹。彼に言える事はきっと無かった。 (……気持ちは分からなくはなかったが) ひとつ息を吸い、碧衣は黙祷に目を閉じる。 茉莉の仰ぐ空には遠く月が輝き、星の姿を霞ませる。 ――月は頂点。運命に愛された者を照らし、一つの神秘を夜に隠し溶けていく。 ● ――少なくとも、俺は幸せだったよ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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