●人形 人形には昔から怪奇現象が付き物だ。人の姿を写し取ったそれは、職人の手を以てすれば本物の人間と見紛うほどの代物が出来上がることもある。空の器に魂が宿るかも知れないということを、果たしてどこまで否定できるだろうか。 ここに一人の人形職人がいた。大変な腕の持ち主で彼はの小さい手から作り出される人形は、繊細な表情でまるで生きているかのような顔をしていた。 職人には、一人の娘がいた。黒い髪の毛を背中まで伸ばし、大きな黒い瞳によく通った鼻に、色づいた唇でしとやかに笑う美少女だった。妻を早くに失くした男は、その娘を溺愛していた。娘も仕事に没頭して寝食を忘れがちな父によく尽くした。傍目から見ても中睦まじい親子だった。 しかし不幸は突然やってくる。娘が交通事故でなくなったのだ。父は嘆き悲しみ塞ぎこみ、慰める人の言葉など耳に入らなかった。しばらく何も手に付かない状態が続いたが、突然あることに残された力を注ぎ始めた。彼は自分の職人の力をすべてそそぎ込み、娘そっくりの人形を作ることにしたのだ。 決心してからの彼の集中はすさまじかった。自身の生活を顧みず、『娘』を作ることに何もかもを注ぎこんだ。魂を刻みこむようにすべて掛けて完成させた人形は、まるで人間のように微笑んでいた。 ●人形の夢 「すごく腕のいいフランス人形職人がいたのを知っている?」 集まったリベリスタ達を見まわしながら『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が問うた。 「まるで人間のような人形を作るのでその世界ではとっても有名らしいわ」 スクリーンに映し出された人形達はなるほどよく出来ている。しかしそのすべてが少女を形作ったもので少し不気味だ。顔を顰めたリベリスタに気付いたのかイヴは苦笑する。 「全部女の子なのはその職人が一人娘を溺愛していたからその影響もあるの。その娘の名前は万莉(まり)。けれども半年前に交通事故で亡くなっている。そして奇妙なことに人形職人である父親もつい先日なくなった。それが不審死で私が探ってみるとどうやら人形に殺されたみたいなの」 イヴが言うには自分のすべてを注いで作った人形が覚醒し、その生みの親である職人を殺害したのだと言う。 「父親の思念が染みついた人形は、自分のことを万莉だと思っていた。そして覚醒因子と結びつき意思を持ってその姿を見せに行ったのは良いけれど、それを父親に否定されてしまい、殺してしまったということよ」 娘の代わりとして作った人形が実際に人の様な振る舞いをして、それを拒否してしまった。なんともやりきれない話ではある。 「その人形は自分の生み出した父を恨み、人間を憎んでいる。今その職人の個展が企画されているの。この人形は父親自身のために作ったものだから、そこに置かれる予定はなかった。けれどもこの人形はそこに紛れ込もうとしている。万が一搬入されたら、多くの被害者を生むわ。その前に人形を破壊して頂戴」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:あじさい | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月24日(月)23:27 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●幸せな記憶 『万莉』と名前を呼ぶ声で私は目覚めた。そこには疲れた顔に皺を刻んだ男がいた。何度も名前を口に上らせる。繰り返し、繰り返し囁いた。そのテノールの声と、髪を撫でる指の感触を覚えてる。慈しむようなその仕草を私は黙って受けいれていた。 『お父様』と呼べたらどんなにいいだろう。私はいつしかそんなことを考えるようになった。 私はあの写真を破壊した。寄り添う二人は過去と消える。私はほくそ笑んだ。だって万莉は二人もいらないのだもの。 「お父様、私が万莉よ。これからはずっと一緒ね」 私はお父様に抱擁して貰えると信じて歩み寄った。けれども近づけば近づくほどに笑顔を見せてくれるどころか、だんだんと顔が強張っていく。 「ば、ばけものっ!」 そう言ってお父様は私を睨みつけていた。その表情には愛にも慈しみも何もなかった。壊れた写真立てを大事そうに抱えて、私をどこまでも拒絶する。 「どうしてそんなものを大切にしているの?」 「うるさいっ!お前は万莉じゃないっ……!」 万莉ではない。私は万莉ではない。そんなことがあってなるものか。 「どうしてそんなことを言うの?お父様は少し混乱してるのね。大丈夫、私全然起こっていないわ」 そうにっこりと笑って見せる。お父様は何故か怯えていた。蒼白な顔でぶるぶると震えながらも、私を否定することだけは忘れない。わななく唇が以前の様に愛を囁くことはなかった。 「錯乱してらっしゃるのね? お父様は少し眠ったほうがいいわ」 ごとりとかつてお父様だったものの首が落ちた。残された身体も脱力して崩れ落ちる。私はその身体を踏みつけた。 そうして瞳を閉じる。脳裏に浮かぶのは幸せだったころの記憶。作り物の私を本当の娘として扱い、身体を撫でる温かな手。これでお父様は永遠に私の中で愛を囁き続ける。 ●夢の跡地 人目を忍ぶような人影が八つ。ぽつぽつと家が並ぶ閑静な住宅地にリベリスタ達は集まっていた。今回の目的となる家は交流を拒むような場所に建っており、戦うことに支障はない。フランス人形職人が主人だったこともあり、屋敷には西洋風の意匠が施されている。固く閉ざされた門はところどころ錆びていた。人を訪れを拒むような雰囲気に風見 七花(BNE003013)はそのどこか異様な屋敷を見詰めながら呟いた。 「なんだか不気味ですね。あまりこういう場所は得意じゃないんですけど……」 もともと弱気なところがある風見はあまりいい顔をしてない。怯える風見を『ヤクザの用心棒』藤倉 隆明(BNE003933)が突っぱねる。 「あんまりビビんなよ。たかが人形だぜ?」 「うー、藤倉さんは平気なんですか? こういういわくつきの屋敷とか映画に出てきそうじゃないですか」 風見は全く平気そうな藤倉を見上げた。その二人の間に『銃火の猟犬』リーゼロット・グランシール(BNE001266)が口を挟む。 「いずれにせよ任務は遂行しなければ。風見さんよろしくお願いしますね」 そう促された風見はこくりと頷いた。どうやら決心がついたらしい。 『闘争アップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)は穏やかに微笑みながら切り出した。 「もう怖くありませんか?」 須賀は女性陣を眺め、穏やかな声で言った。暗い表情をしている『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)はこくりと頷いた。『骸』黄桜 魅零(BNE003845)は考え込むように俯いている。 須賀は苦笑しながら着々と準備を進める。結界を展開し人払いをしていざ潜入という時になっても黄桜の表情は晴れない。 「どうしてこんなことになっちゃったのかな……。ただ愛されたかっただけなのに。きっと認めてほしかっただけなのに」 「……そうだね」 疑問を口にする黄桜に羽柴 双葉(BNE003837)が神妙な顔をする。『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)は肩をすくめながら言った。 「まあ同情できないことはないっすけど、所詮娘の代わりにはなれませんからね。あんまり敵の事情を考えると呑まれるっすよ」 そう警告するとフラウは屋敷に入るパーティに続いた。それに羽柴、黄桜が続く。黄桜は暗闇の向こうにまるで親しい友人がいるかのように見詰めた。 「ここにあの子がいるんだね……」 器があり、そこに心があればそれは紛れもない人だ。人が何故人たるかの疑問を突き詰めればおのずと黄桜はそう思う。いくら他の人がそれを否定しても、黄桜はそれを信じていた。少しの歯車の食い違いが生んでしまった悲劇に、どうして心を痛めずにいれるだろう。 これ以上罪を重ねないように、彼女を救わなくては。一人そう決意し黄桜はその道を踏みしめていた。 屋敷の中に入り、まず電燈のスイッチを探す。灯りの確保は重要だ。しかしそれを押しても家の電器は充分に光をもたらさなかった。ところどころ切れた電球がそのままになって放置されていたからだ。 「人形の職人は仕事以外不精な人だったらしいから、娘が死んでからは取り換えてくれる人がいなかったのかもね」 羽柴はそう言いながら辺りを見回した。世話をしてくれる人を失った家の悲惨さがあちらこちらに見受けられる。ほこりっぽいのはもちろんのこと、飾られている調度が見事に色あせている。手入れしていればこうはならなかっただろう。この家と父親にとっていかに娘の存在が大きかったか物語っている。 「娘を失った男とは悲しいものですね……」 須賀は懐中電灯の明かりをつけながら辺りを照らす。それにならって灯りを持っているものは各々が取りだした。そうすると廊下は充分に視界は明るい。 一行が廊下を渡っていくと、少女の声が聞こえた。遠いそれは歩く度に近くなっていく。無邪気な歌声はある扉の前から漏れていた。 「ここですね、お人形さんがいるのは」 リンシードが抑揚のない声で呟き、仲間達は頷き合う。リンシードは結界を張り、リーゼロットもサイレンサーを用いてこれからの戦いに備える。この屋敷で行われることはすべて漏洩してはならないのだ。 気配に気づいていないのか、未だに歌声は止まない。 「開けますよ? いいですね」 須賀はそう確認して、勢いよく扉を開いた。 ●見果てぬ夢 窓際の棚に座り月光を浴びながら歌を口ずさんでいた人形はおもむろにこちらに顔を向けた。侵入者の顔を静かに眺めると、首を傾げる。 「あら、どうして私とお父様の家に知らない人がいるのかしら? お客様?」 あくまで無垢を装いながら、人形達が万莉を庇うように囲む。万莉にくらべて少々作りが劣る人形達もくすくすと不気味な笑い声を立て始める。その不気味な雰囲気に呑まれずリンシードは己のスピードを高めていた。一度戦いが勃発すれば、すぐに万莉へと向かえるように。フラウも同様に、トップスピードを展開する。リーゼロットは射撃の精度を高めるために集中していた。 着々と戦闘の準備を整えるリベリスタ達に構わず万莉はガラスの瞳をしきりに動かし、侵入者たちを眺めた。彼女の視線は年頃の少女達へと向く。 「邪魔ね、邪魔だわ……、かわいい女の子はこの御屋敷に一人だけでいいのよ!!」 そう叫んだ途端配下のフランス人形一体が、長い髪をなびかせながら飛びかかる。万莉がまず狙いを定めたのは後方にいる羽柴だった。それを合図として、残りの人形達も羽柴へ向かおうとする。残りの人形達は食い止めたものの、一番最初に襲い掛かった人形はまっすぐに羽柴へ向かっていく。 「ちょっと、やだっ!」 懸命にかわしながらも、黒いオーラの塊が少女を執拗に狙う。集中力を要する魔術の詠唱を邪魔するという点では万莉の気まぐれは懸命だった。それを重く見たフラウが声を上げる。 「紛いもの! こっちに来い!」 その言葉を届いた万莉がぴたりと止まる。 「……今、誰のことを言ったの?」 「誰って、あんたのことっすよ。あんたは万莉じゃない」 その言葉を聞いたとたんに万莉の顔から笑みが引き、片手を上げる。そうして無言で振り下ろすと、すべての人形がフラウの周りを取り囲んだ。飛び退こうとして敵を分散させようとするフラウに、万莉は口元を歪ませた。 「私は万莉よ。それは何があっても揺るぎない!」 万莉がそう宣言するとともに空間が歪む。 「な、なんだこれ! 気味が悪い!」 藤倉がそう叫ぶと同時に脳裏に映像が叩きこまれる。それは万莉の記憶だった。父が愛おしげに自分を呼ぶ声、それを疑いなく信じた彼女の記憶。そしてやってくる絶望。その幸せで残酷で奇妙な夢は気が狂いそうになる。 「……っ、これが地獄ですか?」 感情のない瞳で呟くリンシードはその狂気に呑まれなかった。顔を歪ませつつも、冷たい瞳を崩さない。 「この程度を、地獄とは呼びません……」 鋭い刃が万莉を捉え、その夢に終焉を与える。息を少し切らせながらも、その剣撃は止むことがない。体勢を整えるならば今だ。 「回復します! みなさんふんばってください!」 万莉の呪いに犯されてしまった仲間を風見がブレイクフィアーで回復する。状態異常を整えた。 「ふざけるな! めざわりなのよ!! みんなみんな死んでしまえ!!」 激昂した万莉はわめきながら戦う。しかし存在を否定されたことで冷静な判断はもはやできなくなっていた。 「人形のお嬢ちゃん、ケンカの時は相手に付け入る隙を与えないもんだぜ?」 藤倉はそう不敵に笑い、取り巻きの一体に拳をねじ込んだ。その衝撃で飛び退いた人形をすかさずリーゼロットが援護射撃する。ハニーコムガトリングで精度を高めたその射撃から逃れられる者はいない。コンビネーションで取り巻きを一体一体確実に疲弊させていく。端正な人形の顔をへこませるのは心が痛まないでもないが、今はそんな場合ではない。 万莉は回復しつつ応戦するが、徐々に減っていく自分の配下に焦りを隠せない。そうして決定的なことが起きた。魔陣展開しチャンスを窺っていた羽柴が大技の準備を完了していた。 「みんな! 下がって!」 味方を巻き込まないことを確認して羽柴は笑みを作る。 「いっくよー! ぶっとべー!」 葬操曲・黒。最高の威力を誇る技は容赦なく人形達に降り注いだ。 そうして、遂に残されたのは万莉だけになった。すでに逃げ場はない。 整った顔に冷淡な笑みを浮かべながら須賀は笑う。 「さあお嬢さん、これでまた夢が見れますね」 そうやって刃を振り上げようとした時、それを止める声があった。 「ちょっと待って!」 黄桜は驚く味方の視線にたじろぐことなく万莉を見詰めた。 「少しお話がしたいの。いいよね?」 ためらうリベリスタ達に黄桜は笑って見せる。 「大丈夫、もう抵抗する力は残ってないから」 確かにもう回復する力も残されていない。そうなると無力な人形は一層哀れに見えた。 黄桜は真実を暴くように真っ直ぐにガラス玉の瞳を見詰めながら言い放った。 「あなたは万莉じゃない」 そう言い放つと瞳がかっと見開いて金切り声を上げる。思わず耳を塞ぎたくなるような痛ましい絶叫が反響する。しかしもう力を使いはたしているのでなんの影響も与えない。じっくりと聞いてみるとそれは子供の泣き声だった。 「どうしてみんな私を否定するの……!!」 「あなたは万莉じゃないわ! だからあなたは万莉じゃない誰かになればいいのよ」 黄桜がそう言い放つと万莉は戸惑った。 「万莉としてではなく……? そんな生き方、考えたことなかった……」 本当に、そんな生き方が出来るのかしらと言う人形は、すでに自分の心を持ち始めていた。 「あなたは誰かになれる。そして誰かとして愛されるの。分かるね?」 そう慈愛に満ちた声でいうと、万莉は自ら目を閉じた。まどろみを必要としている傷ついた子供に、黄桜は永遠の眠りを与えた。 ●夢の終わり だらんと投げ出された、もう二度と動くことのない万莉になりたかった人形を見た。父に否定されたことを慟哭する哀れな少女の夢は終わった。 「きっと本当の娘になりたかったんだね……。今度は誰かの代わりじゃなくあなた自身として生きられればいいね」 黄桜は目を閉じる。今度こそ、道を誤らないように祈った。 「こういうのは中二病って言うんだっけ?」 黄桜を見守っていたサブカルに造詣が深い羽柴がぽつりと呟いた。 「器があって、それに心があれば人間か。そういう人が好みそうな主張だよね」 けれども、それがかわいそうな人形の心を救ったことになるのならそれもいいかと、一人納得する。 「あんたらは難しいことを考えるな。俺にはよく分からねえや」 そう言って藤倉が頭を掻いた。 パーティはその後アークに戦いの終結を報告し、風見の提案で人形の屋敷を見て回った。他の人形が覚醒していないかも気になるし、かつての主人の人形作りの腕は見事なものだったので少し興味もあるという。見事な人形を見て回り、この出来ならば魂が宿っても不思議ではないと口々に話しながら最後にある部屋を訪れた。 そこは職人の仕事部屋だった。無残に割られた写真立てが、家具の隙間に落ちていた。写真を取り出して見ると、仲睦まじい親子が笑いながら写っていた。それをそっと机の上に置いて、一行は屋敷を後にした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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