●『雷光』と『空蝉』の因果 「――なァ『空蝉』。俺はお前が大嫌いだよ」 「オウ、『雷光』。手前ェの事なんざ俺も大嫌ェだ」 闇夜、月影さえ雲に隠れた暗中にあって、その二人の存在感は異質だった。 方や、肩口から火花を散らす異形。心臓にあたる部位にそれはなく、既に別の存在が鎮座している。 方や、存在を霞の如く揺らめかせる剣士、否、サムライと呼ぶべき男。それが神秘故か、彼自身の特性かは定かではない。 両者は、フィクサードである。 七派に属さぬフリーのフィクサード、『雷光』榊 鼎(さかき かなえ)。 七派『剣林』配下、『空蝉』雲瀬 鵲(くもせ かささぎ-偽名)。 両者は、昔――既に両者がその理由を忘れてしまう程度には昔から、いがみ合い争い合うことを繰り返していた。 だからこそ、互いの戦いを穢すことは誰よりも嫌っていたはずなのだ。 「……だがよ。お前の方から約定破りをカマすたぁな。見損なったぜ。やっぱりお前ェはたかが歯車ってか」 「なんとでも言えよ雷光。恩義ってなァ血の繋がりや腐れ縁より重いんだよ」 鼎が肩から放つ火花が、その特性ではなく、身体に受けたダメージからくるものであることは明らかだ。 そして、鵲の背後に居並ぶフィクサード達は、彼らの勝負に水を差す存在であることもまた、明らかだ。 「最後だ。もう一度言うぞ雷光」 ――その胸の『閃光幹』を寄越せよ、と顎をしゃくった鵲の声は、震えていた。 自らに言い聞かせるように、一人の男の名を呟きながら。 ●悪・悪・正義の三竦み 「『剣林』配下のフィクサード、雲瀬 鵲が同じくフィクサードである榊 鼎の殺害を目論んでいることが判明しました――といっても、この二人は一般人を巻き込んでの殺し合いを数度経験している程度には気心の知れた同士であったようです。 今回は、何故か鵲側が配下フィクサードを引き連れ、鼎を確実に殺害する意図できているようですが……今更になって二人の取り決めを破って挑んだ原因というのが、その。鼎が装備しているアーティファクトにあるようで」 二人のフィクサードのパーソナルデータを表示しながら、『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)は鼎の胸元をズームアップした。 心臓に当たる部分に円筒状の機械が埋めこまれているようにも見え、一見すればそれが機械化部位かと想わせる不格好ぶりだ。 「『閃光幹』。装着と言うよりは移植系アーティファクトで、装着者の魔力と回復力を飛躍的に上げる装備で、どうやら剣林はこれを狙っている……とのことです。理由は不明。まあ、ろくでもないことを考えているんでしょうけれど」 相手の込み入った事情を一言で断罪するその様はもう、知る必要も無いとばかりである。 だが、それだけ重要なものであるというとり方も出来るだろう。 「単純に、鼎を守るって考え方はできないのか?」 「いいえ。何せ彼はフィクサードです。仮に、両者の小競り合いに首を突っ込んだ場合、我々とて攻撃対象として狙いに来る、ということです」 「……面倒臭ェな」 「まあ、それだけ彼らは危険なんですよ。出来れば両者を撃退できればいいのですが、最優先としては剣林に『閃光幹』を与えないこと、でしょうね……」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月24日(月)23:37 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●騙るを語りて 「……いや、しかしよ空蝉。この状況、わかっててやったんじゃねェのか」 「俺に聞くんじゃねえよ雷光。あいつらが割って入ってきたのは、まあ……そうさな。俺達のせいか」 チッ、と盛大な舌打ちをかましたのは、誰あろう鵲のものだった。 『剣林』という組織にある以上、リベリスタの干渉を受ける場にあることは当然のように理解していたとはいえ、まさかこの状況、千載一遇の戦況を邪魔されるとは。 道理を曲げてすら挑んだ自分をあざ笑うように現れた彼らに、怒りを覚えずしてなんとしよう。 「約定を破るほどの恩義かぁそれが果たせなかった時の貴方感情を想像しちゃうと美味しそう♪」 「抜かせ三下。手前が空蝉を嗤うんじゃねえよ、潰されてえのか」 挑発を意図して放った『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)の言葉は、鵲本人ではなく、鼎の口から放たれた。 確かに約定を破った相手だ。いかなる罵りを受けても足らぬ相手だ。許せない相手だろう。 だが、それを侮蔑できる者は決して、彼の少女の如き相手ではないと知っている。 とっさに口をついて出たとはいえ、それが鼎の本心なのだろう。 「空蝉って言われるくらいだ。相当な腕なんだろう」 「さーなぁ。だが邪魔すんじゃねーよ、小娘。闇雲な打ち合いなんざ直ぐに使い物にならなくなンぜ。怪我する前に懺悔室に引きこもってな」 『アストライア』の巨体を掲げ、挑戦的に問いかける『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)に応じた鵲は飄々とした様子で打刀を構え、しかし彼女へ視線を向けることはしなかった。 前方に宿敵にして狙うべき好敵手。後方から戦いに水を差す正義と言う名を傘に着た連中。彼にとってはその程度の認識だ。 だから、背後は部下に預けたっていい。鼎一人を倒す為に借りた手は、防波堤になったっていい。 「よぉ、お楽しみの所悪いが邪魔させて貰うぜ。アーク、葛木猛だ」 「寄るんじゃねえよアーク。鵲の兄貴の――いや、『あの人』の大義の邪魔しよォってんなら話は違ェぞ」 拳を打ち鳴らし、来る戦闘への昂りを隠さない『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)へ毒を吐いたのは、大盾を構えた騎士然とした男だった。 その威圧感は鵲や鼎に遠く及ばないものの、相応の覚悟を以って戦いに赴いたことは理解できよう。 (歯車と言う勿れ、仁義・恩義を重んじる彼らなら尚更……という所ですね) (『あの人』……か。取り立てて珍しい力ではない閃光幹を狙う程にあの男と関係が深いのか) 組織の歯車である以上は仁義の名のもとに動くのは当然だ。自分たちの介入で――或いは去る理由を見出してくれればと思案した『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)の思考を甘いとは言うまい。 それと同等の可能性として、十分な危険性は理解しているつもりなのだ。彼女とて。 同時に。『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)は彼の状況を具に観察し、分析していた。 彼が道理を曲げるほどの相手。映像から認識し、導いたその敬服の先にある人物と、彼の関係とがどれほど強固なものなのかを。 「気心の知れた仲って殺し合うとかわっかんねーけど」 「放置しておくわけにもいかないだろう」 「……放っとけよ、分からねえなら。ニイさんの道理に知らねえまま首突っ込むなんて度胸据わってるっていうんじゃねえ、モノを知らねえっていうんだヒヨっ子」 未だリベリスタとしては駆け出しの『俺の中のウルフが叫んでる』璃鋼 塔矢(BNE003926)には、因縁や仇敵の概念を教えるのは難しい。気心が知れているからこそ限界まで鎬を削り命を奪い合う仲になることだってある。フィクサード同士なら、一般人を巻き込むことなど掃除機に石ころを放り込む程度には偶発的なものでしかない。 厄介だろうがなんだろうが止めるのが義務だろう、と胸を張る『リグレット・レイン』斬原 龍雨(BNE003879)と彼との言葉に、呆れたように首を振った男の手に握られているのは、装飾過多な――儀式用と思しきナイフだった。 十把一絡げにされる程度の些細な装備。それを扱うのがどのような立場にあるのか、など彼らが憶測するにはその経験も知識も、わずかに浅いか。 「ライバルがいるっていいよね」 「……呑気なもんだぜ」 小さく棍を振るった男の声は、『食堂の看板娘』衛守 凪沙(BNE001545)に向けてのものだ。 彼女の言葉は、確かにそれを知らぬ者であれば場を弁えぬ世迷言のひとつと聞こえたかもしれない。 だが、彼女がこうして素直に言葉を吐き出すことが出来るのは、その信念が曲がらず朽ちずそこにあることを示しているとも言えるだろう。 故に。『殆どの』リベリスタ達が信念を貫くその姿勢は、フィクサード達からすればある種、悪夢ですら在ると言えようか。 「……どうするよ雷光。ここで尻尾巻いて逃げてもいいんだぜ?」 鵲の声が僅かに震えているようにすら感じる。 だが、恐らくはそれすら革醒者たちの戦場では雑音に過ぎないのだ。 彼らの闘争が、つまらない感慨で、つまらない干渉で、下らない結末で終わっていいなどと。 多分ここにいる誰もが思っていない。 だからこそ。 「『空蝉』と『雷光』…その戦いが互いに思うまま全力を出せねえ様な形で終わっちまって良いのか!?」 「だァってろ若造! 空蝉、手前もだ! ナマこいてると纏めてブチ殺すぞ!」 猛の言葉は心からの言葉だったろう、鼎の叫びも搾り出された感情の発露なのだろう。 寸暇の想定も想像も許されぬまま、戦場は次の瞬間、既に動き出していた。 ●想いを騙れ、信念を語れ リセリアの一撃が、後方の男の腹部を強かに切り裂く。 それに僅かに遅れながら、もう一人の後衛がナイフを掲げ、空を切る。意味の無いように思われたその動作の意味を鑑みる暇も無く、降り注ぐ氷雨――当たれば、相応の脅威にはなったのだろう。 だが、それを容易に受けるほどに鈍重な者など、この場に立つことはなかったろう。 「退いてろよ、俺が用あんのはお前らじゃねぇッ!」 「邪魔するなら、容赦はしないよ。いいよね?」 前に立つ猛が雷撃を叩きこみ、凪沙の蹴りが空を裂いて後衛を薙ぎ払う。彼らの連携から僅かにテンポを刻み、綺沙羅の放った閃光弾が後方で炸裂。堪らず目を覆った数名の能力の低さを露呈させた形となった。 ……尤も。彼女のそれを受け止めきれる者ならば、一線級かそれに類するものだったのだろうが。 「狼狽えんな手前ら! ニイさんの邪魔してぇのか!」 盾を構えた男が叫ぶ。声と、神秘性による賦活。実力ではなく感覚で、彼らは悪いチームではないのだ、と。経験に乏しい塔矢ですら理解できた。 それほどまでの求心力。それほどまでに重い、上下の重み。 「あはははっはっはhhh」 まあ、少なくとも。エーデルワイスにとってしてみればそんな物は毛ほどの価値も無いものと切り捨てられるのだろうけれども。 「――まだ立ってられるよな、弱音吐くんじゃね、」 「弱音かどうかはいい。道を開かせてもらおうか」 棍を構えた男の声が光となって世界を覆うのと寸暇も置かず、フィクサード達に降り注いだ炎は傲然たるクォレルを伴って落下する。 燃える、殺す、死んでいく。元より耐久に乏しい神秘職の数名が、一線級のリベリスタの猛攻を耐えきれるかといえば難しいだろう。 だからこそ。タイミングこそ遅かれど、杏樹の一撃は戦場を切り拓く十戒の託宣者の如くであったといえるだろうか。 「……残暑が厳しいみてェだな。止まんなよ雷光」 「知るか馬鹿。お前こそ鈍らせてんじゃァねぇぞ空蝉」 だが、その炎すら彼ら二人は吹き消す如くに立ちまわる。拳と刀の打ち合いは次第に鉄と鉄を打つ轟音へと姿を変えていく。 その中に飛び込むのは確かに危険だったろうが、それでもリベリスタ達がたじろぐ猶予など許されない。 「『雷光』榊鼎。手合わせを願いたい」 それでも、彼女は、龍雨はその手に込めた力を失わずに、戦闘のど真ん中に叩きこみ、身を裂く苦痛に耐え切って――脅威として。そのぶつかり合いを押し留めたのだ。 「テ……メェ等……ァ!」 「クールダウンの押売りだよ」 業火を凌ぎ、咆哮を上げるフィクサードはしかし、寸暇をおかずして凪沙の拳の前に崩れ落ち、動くことを許されない。 驚異的な戦力差に耐えた方だとしても、彼らは継戦能力を高めた余りに、余りにも正面きっての戦闘に不向きだったと言わざるをえない。 それでも、リベリスタ側の被害が全くのゼロではないことは驚くべき事実であろうが。 「……てめぇを捻じ曲げて生きて、虚しくねえかよ」 「それは組織に曲げられたことがねェ奴の言葉だぜ若造。邪魔するってんなら、相手してやる」 鵲の声が、空気に溶ける。霞み、揺れる全身が次の瞬間、リセリア、猛、凪沙の三人を一同に切り裂き、抜けて――ただそれだけで、速力の差が多大であることを知らしめた。 (目で追えない速度じゃない、アーティファクトは多分、分かった……!) 一瞬の攻撃、その準備行動を見抜くのは至難だ。神秘に属する装備の有り様を見抜くのもまた、簡単なことではない。それを理解し得たのは、凪沙の瞬間的な記憶能力があってこそだろう。決して、本意ではないにせよ。 龍雨の拳が、二度三度と空を切る。僅かに掠るか、否かのギリギリを鬩ぎ合い、神経を削る。 対する鼎は、構えをとってはいるものの、攻撃を仕掛けようとしているとは思えないほどに飄々と、それらを避け続ける。 まるで、タイミングを図っているようにも思われるが……変化は、一瞬だった。 「拙いぜ、箱舟のクソガキ。だがまあ、粘った方だ」 だから、と言葉が紡がれた気がして、龍雨は首を巡らせた。 だが、既に彼はそこには居ない。 開放する筈の雷撃を足に載せ、アスファルトに、路地裏に、そして各所に存在する鉄を辿るように鼎の姿がめまぐるしく移動する。 速力と電撃と変幻性を備えたそれは、当てられた本人がそうと気付く瞬間まで直撃を理解できない程度には瞬間的だった。 そして、鵲との交戦に身を割く必要のあった凪沙では、その技の「おこり」を追うのは厳しすぎた。 狂気的な視線で戦場を睥睨していたエーデルワイスが、体勢を整えようと声を張ろうとした塔矢を、衝撃が襲い掛かる。 打ち上げられた、たった一撃。だが、それだけで十分だったのだ。 「……っ!」 「悪いな。お前みてぇなガキは一発教育してやりてぇんだがよ。俺にも読めねえ」 声にならない苦鳴と共に放たれた拳は、真っ直ぐ鼎の顎へと突き進み、そして、弾かれた。 弾かれたのだ、避けられたのではなく、彼の手ずから。だから、それで十分だったのかもしれない。 その直後に、鼎のナックルとクォレルが撃ちあう重々しい音が響くのを、聞く限り。 「雲瀬、鵲」 「……手前ェ……!」 鼎を仰け反らせながら追撃をせず、自らに照準を合わせた杏樹へと向ける鵲の目は憤怒の色が濃く。 「これ以上こんなとこで人様に迷惑掛けるなら、アンタらがご執心のもの。ぶっ壊す」 喉の奥から唸る、獣のようなそれを聞き。リベリスタ達の戦慄の色は濃かったといっていいだろう。 「俺ぁ、自分を高められる様な喧嘩が好きだ。でもよぉ、やりたくねぇ喧嘩はやらねえ、つまんねえからな! だもんで、俺らが此処でこの舞台ぶっ潰させて貰うぜ──!」 「しつっけェぞ! 手前ェが組織の、『あの人』の恩義の何を知って」 「『あの人』……『達磨』?」 声を荒げた鵲の言葉を遮るように、綺沙羅がぽつりとその名を挙げる。彼女とて、その名を知ったのはブリーフィングルームで、しかも偶然だったろう。 聞き及んだ者が居るかもしれない。だが、この場でその名を名乗る者と切り結んだ者は居ない。だから、それはきっと「そういう人物」という想定を抜けないだけのこと。 知らぬ者の人格や人となりを理解しろと言われて、出来るはずがない。 だが。鵲の表情の露骨な変化から、それが真実であることは理解できた。 「……そうか、そういうことかよ空蝉」 小さく放たれたのは、鼎のものだ。 彼の靴裏に僅かな紫電が走ったのを、龍雨は見逃さなかった。それが、二度目の『それ』のおこりであることを。 だから、二度目の閃光が奔る軌道を彼女が身を呈して遮らなければ。 同期するように動き出した鵲の初動を猛が止めに入らなければ。 恐らくはその二人の激突と最悪を止めることは敵わなかっただろう。 二人が、大きく弾かれ、吹き飛ばされる。 運命を駆使し、或いはそれすらも削られ立つことも許されぬまでに消耗した二人、そしてリベリスタ達を煙に巻くように。 ふたりのフィクサードはそこから消え、その『次』を見据えることすら敵わなかった。 一つだけ確かなことがあるとすれば、彼らは彼らの任を果たしたという、ただ、それだけの。 当たり前で、誇るべき事実である。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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