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<黄泉ヶ辻>noisy-punky-progress

●無二の音
「ほんとにいいの!?」
 都会の片隅にぽっかりと空いた路地。
「何度も言ったろ」
「いい音するといいなあ。ねえマイク近づけてよ」
 肯定の言葉に満面の笑みを浮かべ、ヨークは歩みを進める。やや篭ったような、灌木の爆ぜた音がする。続く――悲鳴。
「やっぱりだめだぁ」
 ヨークは下手な芝居めいた仕草で肩をすくめ、大げさに首を振った。過度に脱色されたクシャクシャの金髪が犬の耳の様にはためく。
「お気に召さない?」
「ん。雑音が多いよ。ちゃんと不協和音にならない。やっぱり子供がいいね」
 表情の読み取れぬ一重まぶたの中年男の相槌に、悲鳴も邪魔だとヨークは加えた。その手の内に握られているのは折れた腕。繋がる先は女の身体だ。
 そんな女には最早興味もないと言わんばかりに、ヨークはそっと手を離す。ゴミ箱の真上からチリ紙を捨てる仕草。声にならぬ悲鳴をあげながら、地に身体をこすり付けるように女がのたうつ。それを足蹴にヨークは少年の腕を掴んだ。
「声変わりはまだみたいだ」
 甲高い少年の悲鳴が、繁華街の片隅、夕暮れの路地を劈いている。助ける人は誰も来ない。誰もが皆、その場を足早に通り過ぎてゆく。そこには既に神秘の力による強固な結界が張り巡らされていた。
 少年は腕をつかまれ身動きがとれない。腕の筋がきりきりと痛む。それでも尚、どこか勝気さを失いきらぬ少年の瞳をヨークはあざ笑う。
「その表情は買うけどね」
 再び渇いた音。悲鳴の残響――
「やっぱりダメ?」
「いくぶかマシだね。ねえプロデューサー。もう少し連れてきてよ」
 プロデューサーと呼ばれた中年男はため息混じりに、スタッフと思しき者達に指示を飛ばす。
「声はどうしようかなあ」
「声はあったほうがいいだろ」
「んーー。いいかな」
 ヨークにとって、満足出来そうな音楽が奏でられそうな機会は久しぶりだった。プロデューサーの許可がなければ、彼等は『ライブ』がやれない。プロデューサーが今日は特別な機会なのだと言ってくれたから、こうして音楽を奏でることが出来るのだ。
「ねえ将軍」
 ヨークがガスマスクに語りかける。男か女かも定かではない痩せた人物の何が将軍なのか定かではないが、このチェーンソーを握ったガスマスクはそう呼ばれているらしい。
「次それ使おうよ」
 言葉はないが是非も無い。将軍は頷いた。彼等の願いは只一つ。もっと良い音が鳴らせますように――

●静寂
 蒼白な頬を強張らせたまま『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)はモニタを見つめる。
 鳴り響くのはそよそよとした空調の微かな駆動音だけだ。
「この薄気味悪い奴等が、今度の敵か?」
「……はい」
 ささやくような声。エスターテが述べるに、敵は主流七派彼等は黄泉ヶ辻所属のフィクサードであり、デタラメな理由で一般人を殺害しているという。
「数は、結構多いな」
「バンドメンバー四名、プロデューサー一名、スタッフ四名という編成なのだそうです」
「バンド、ねえ」
 アークが誇るあの駆ける黒猫も理解しがたい生き物だが、こいつらは比較するのも失礼な存在だ。
 モニタの中で傍若無人な行為を繰り広げるフィクサード達は、どことなく音楽でもやっていそうな外見だが楽器なんて持っていはしなかった。
「独特の音楽表現であるようです」
 馬鹿らしい。人の骨折って悲鳴聞かせて「はい、これが音楽です」等と来られても、気が狂っているとしか返せない。そこが黄泉ヶ辻の黄泉ヶ辻たる所以なのかもしれないのだが――
 唸るリベリスタに向けてエスターテは説明を続ける。状況から被害をゼロにすることは極めて難しいようだ。どちらにせよ息絶えた女性一名は助からないらしい。だからどうにか撃退して犠牲者の数を減らすことが作戦の目的なのである。
「微妙に胸糞悪いな」
「ごめんなさい……」
「いや謝ることじゃないけど」
 もちろんリベリスタにとって最善かなど言うまでもない。犠牲者をこれ以上一切増やさないことが最もマシな回答であることに変わりはないし、敵を逃がすよりは倒すか捕まえるか、あるいは殺してしまうかどうにかしたほうがいいのだろう。
 突然黄泉ヶ辻の動きが活発化している背景は気になる。何かあるのかもしれないし、ないのかもしれない。引き出せる情報がもしもあるのなら引き出したい気もする。だからエスターテは最低条件だけを述べたのだ。あとはリベリスタの編成と作戦次第と言った所だろう。
 モニタに映る動きもデータも、相手の数は多い上に、弱くはなさそうだ。さて。どうするべきなのだろうか。
 嫌悪感を押し隠し、エスターテは静謐に満ちたエメラルドの瞳を伏せて答えた。
「どうか、よろしくお願いします」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:pipi  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年09月18日(火)00:05
 黄泉ヶ辻です。なんだかきもちわるいですね。pipiです。

●ロケーション
 夕暮れの都会の路地。それなりの広さがあり、戦闘には差し支えません。かなり強い結界が張られています。
 女性の遺体があります。
 腕の骨を折られ、泣き叫ぶ少年がヨークに捕まっています。
 リベリスタが突入するタイミングは任意です。
 現場に到着すると、まずバンドメンバー+プロデューサーが居ます。このターンに少年が殺されます。
 次のターンから部下達が1ターンに一人づつ、一般人を1~2名連れて戻ってきます。

●目的
 フィクサードの撃退。必須目標です。(逃亡や生死は問いません)
 被害を拡大させすぎないこと。努力目標です。
 可能な限りの情報収集。なくても構いません。

●敵情報
 バンド名はケチャップマスター。
 バンドメンバーはリベリスタ個人と同程度、またはやや上回る程度です。
 献身的過ぎる行動はしませんが、それなりに連携してきます。皆、額面上のスペックは兎も角、あまり根性がありません。

『Gui,Vo』ヨーク・エクストリーム
 マグメイガス×ジーニアス。
 ぼさぼさの金髪にボロボロのアメカジを着込んだ痩せ型の青年。扱う楽器はギターと声。
 人体が発する音が大好きですが、他人に声を出させるのは好きじゃありません。ユニークな音を求めています。
・葬操曲・黒
・天使の歌
・魔術師の瞳
・スペシャルギア
・絶影
・絶対音感
・他不明、何らかのEXスキル所持。

『Ba』イモコ灘
 ナイトクリーク×ビーストハーフ(犬)。
 いつも可愛い犬の着ぐるみ姿。扱う楽器はベース。作詞する際には必ず『靴下』について歌うようです。
 好きなアイスの味はコーンポタージュ。ワンとしか言わないのがポリシーです。
・ハニーコムガトリング
・デッドリー・ギャロップ
・ルージュエノアール
・メルティーキス
・ブラッディロア
・マエストロ
・他不明

『Dra』山本・ぽこそん
 ソードミラージュ×ジーニアス。
 ジャケットにナロータイの青年。C7の音が好き。音楽性の違いからバンドのあり方に疑問を持っています。
 彼が好きなのは人間の悲鳴。扱う楽器はドラムスと主張しているが、そのリズムは人の悲鳴であってほしいとか。
・多重残幻剣
・アル・シャンパーニュ
・ブレイクフィアー
・スペシャルギア
・雷光
・他不明

『Saw』シルバー家康
 クロスイージス×フライエンジェ。あだ名は将軍。
 ケチャップが大好きなバンド名の名付け親。ガスマスクに作業服。無口で性別不明の痩せ型です。
 扱う楽器はチェーンソー。このバンドにはこんなモノが必要らしい……
・ジャスティスキャノン
・リーガルブレイド
・ブレイクイービル
・常闇
・不沈艦
・闘将
・他不明

『プロデューサー』嵯峨野P
 お目付け役らしき中年の男性。バンドメンバーに自分の夢を賭けて大事に育てています。
 詳細は不明ですが、実力はバンドメンバー一人一人と同程度です。

『スタッフ』4人
 全員デュランダル。ランク2スキルをちらほら所持しています。
 プロデューサーの命令に良く従い、戦場に一般人を連行してきます。
 戦闘中であっても、手持ちの一般人が居なくなれば、すぐに補充に行きます。

●他
 限られた情報と環境の中で、事件の背景にどこまで迫れるのでしょうか。
 以上、ご参加お待ちしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ナイトクリーク
斬風 糾華(BNE000390)
マグメイガス
風宮 悠月(BNE001450)
ナイトクリーク
黒部 幸成(BNE002032)
ホーリーメイガス
リサリサ・J・丸田(BNE002558)
クリミナルスタア
安西 篠(BNE002807)
デュランダル
ノエル・ファイニング(BNE003301)
レイザータクト
ミリィ・トムソン(BNE003772)
デュランダル
シャルラッハ・グルート(BNE003971)


 掲げられたチェーンソーが唸りを上げている。この場所は夕暮れの路地であり、十分に活気がある都会の片隅だ。その場の誰も彼も、あまりまともな格好はしていない。ある者は着ぐるみで、ある者はマスクを被って武器を携えている。
 奇抜な路上パフォーマンスか、所謂B級映画の撮影現場か。現代の都会がいかに他者を気にしないと言えども、人だかりぐらいは出来てもおかしくはない光景だ。
 その上けたたましい少年の悲鳴が辺り一面をつんざいているのだから、なにしろ腕を折られ胸骨を破壊されて事切れた女性が倒れているのだから、尋常な事態ではない。だが道行く人々は、そんな光景など構いなく足早に通り過ぎて行く。ここではそのような奇妙な効果が働いているのである。去って行く人々を冷淡だと非難することは出来ない。

「いざ、参る!」
「箱舟だな」
 ガスマスクのチェーンソーが少年に迫りつつある中で、ジャケットにナロータイの青年が剣を掲げる。待ち構えていたかのように、切っ先は戦場に現れたリベリスタ達へと向けられている。
 一つの賭けか。『影なる刃』黒部 幸成(BNE002032)が駆ける。行く先は今正にチェーンソーを向けられた少年である。救助を狙っての事だ。少なくともこの場では敵の目にはそう思われた。鍛え抜かれた体術から生み出される絶妙な間合いを、しかし雷光のソードミラージュは許さない。
 敵は刹那早く幸成の前に立ちはだかり、無数の刺突を繰り出した。道はふさがれてしまっている。幸成は間に合わない。だが彼は二歩だけ退き表情を変えぬまま、心中で笑む。全てを避けきったからか。否、無数の敵を相手せねばならぬこの状況であるならば、彼は少年になど構っていられない。より被害を小さくするために、大を生かす為に小を斬り捨てる――つまり妨げられるのは初めから幸成の狙い通りであったから。
 それでも未だ、この状況で何が最善かなど『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)には考えるまでもない。
 目の前で人が傷付けられ、殺されて行く光景など、リベリスタ達の誰にも許せたことではない。人々の悲鳴や人体が破壊される音を音楽と称するなど、たまった話ではない。
 計画は承知している。戦闘開始から指折り数えれば僅か一、二を数える間、今この瞬間もチェーンソーが少年に迫り続けていることなど、分かっている。どうしたいのかという答えは一つしかない。だのにミリィは手を伸ばせない――届かない。
 僅か二ヶ月前――及んでいなかった力は既に過去のこと。今やミリィはアークの先陣を切っている。仮に、そんな彼女に成し遂げられないならば――
「さぁ、戦場を奏でましょう」
 瞬く間に頭角を現した新進気鋭のリベリスタは、吐き出されそうになる言葉を常の言葉で抑え込む。閃光がほとばしり戦場が白熱する。
「……その子にこれ以上手を出したら、赦さない!
 言葉だけで彼等が止まるはずがない。そんなことは分かっている。ただ、そうせずには居られなっただけだ。
 戦場に満ちる白光がぽこそんを除くフィクサード達を包み込む。ヨークが顔を覆い、掴まれた少年の手が離れる。
 この場の全員が動き出している。ミリィはその流れを読み取り、千載一遇のチャンスを奏でる。唯一つの最善を掴み取る。もしもそれが潰えたなら、彼女は――
「いいね嵯峨野さん。彼等来てくれたよ」
 少年を投げ捨て、目を細めたままヨークは歌い始める。死に抗う少年をも巻き込む葬送の調べは、未だ具現していない。タイムリミットは後十秒。

 フィクサード達は各々奇抜な論理や格好で、彼等独自の音楽を奏ではじめた。とはいえ先ほどのミリィの一撃にクロスイージスとプロデューサーは身動きがとれない。
「分かり合えないなら、潰し合いましょ」
 いくら説明されても理解出来ないことがある。例えば『料理人のこだわり』『芸術家の視点』――そして『アーティストの音楽性』であるとか。
 常夜蝶を手の内に『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)は戦奏を舞う。着ぐるみ姿のフィクサードだ。自分と同じような性能のナイトクリークらしい。ワンとしか言わず靴下が大好きな馬鹿らしい相手だ。誰かを害する信念や音楽など、全て折れてしまえばいい。
「あなたにひとつ、プレゼントがあるの」
 至近に肉薄した糾華が、イモコの胸元で微笑む。優雅なターン。両腕を広げ、無数の蝶が舞う。戦場の全てを夜夢色の羽が引き裂いて行く。引き裂かれた着ぐるみに生じた赤と黒――全身を飾るストライプソックス。
「作詞に生かせて貰えたら幸いね」

 靴下が大好きなんでしょう。あなた――?

 相手は彼女の経験すら凌駕しているはずだ。だがアークが誇る武装と使いこなす技量、培った戦いの密度を加味すれば、『スキルマスター』は『マエストロ』に比肩する。


 リベリスタとフィクサードは次々と激突を始める。戦場に投げ出された少年をもう一度ヨークがちらりと省みる。刹那――胸に打ち込まれる魔術の矢。
 これで少年への意識が薄れるならばと『青い目のヤマトナデシコ』リサリサ・J・マルター(BNE002558)は願わずにはいられない。どうにか回避したヨークがリサリサを睨む。
 己が未熟さを感じる彼女ではあるが、目の前で消え逝く命の灯火を救えるならば、その身を賭してでも守りたいと願っているのに――
 まだ可能性はある。万に一つの願い。彼女が願う僅かな可能性を引き裂くように、糾華と対峙する犬の着ぐるみが投げナイフを戦場に放つ。
 結末は知っていたけど、それでもそうせずには居られなかった。想いはただそれだけだった。リサリサの腕が震え、ミリィが唇を噛む。
「逃げて――ッ!」
 悲鳴にも似た誰かの嘆願。起き上がろうともがく少年は間に合わない。
「私は――」
 死にゆく人々、間に合わない被害者。煌くミリィの瞳。糾華は飛来するナイフを避けながら少年の瞳を見つめる。幼い胸に突き刺さる刃。口から零れる赤に途切れる悲鳴。命が消え、想いが潰え、ただの記憶に成り下がる。
 ――大丈夫、忘れないわ。
 これまで何度も目にした小さな感傷に、糾華のドレスの裾が舞う。

 探求結構と『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)は銀弓クレスケンス・ルーナを引き絞る。音を人体で奏でたいなら幾らでも、むしろ手伝って差し上げましょうと念じる。ただし。使う楽器はフィクサードの身体だ。
 狙う先は天空。蒼穹を引き裂く弓弦の音色と共に、白羽の如き無数の氷刃が戦場に満ちる。切り裂く。
 チェーンソーが唸りを上げる。敵のものではない。『狂獣』シャルラッハ・グルート(BNE003971)に握られたものだ。
 無抵抗で無力な人間の悲鳴や断末魔など聞き飽きている。シャルラッハにとって、眼前の連中が一般人をどれだけ殺そうが本来構ったことではない。本音を言えば、ただ強い相手と殺り合いたいだけだ。標的は同じくチェーンソーを操るガスマスクの人物である。
 少年に向けられたチェーンソーは、先のミリィの一撃により動きをとめている。それがこれまでどれだけの命を奪ってきたのかは知れたものではないが、どうせ今回のように安上がりな方法で手に入れた相手ばかりなのだろう。
 そんなチープな音しか奏でられないのであれば――家康が振り返り、シャルラッハの全身を裂帛の闘気が包み込む。こいつにもっと魂に響くようなビートを教えてやらなければならない。
「郷君、壊したらごめんね」
 路地の反対を覆う車両は、『人妻スナイパー』安西 篠(BNE002807)の義弟のものなのだろうか。次々に戻ってくることが予想されるバンドスタッフ達の足止めになれば良いのだが。
 そうそう上手く行くとは思っていない。間をすり抜けて回り込まれればそれまでだし、車両程度、破壊されればバリケードの意味など成さない。些細な抵抗ではあるが、そんなことは分かっている。たいしたことじゃない。出来ることをやったまでだ。
 未だスタッフが現れぬこのタイミングで、彼女が読み取りたいのは敵の未知なる力である。おそらく敵は演奏を早々と切り上げるのを良しとしない人種だ。拘りだろう。それは馬鹿正直に葬送曲の演奏をかなで続けている様からも読み取れる。きっと同じような、そして何か広域に破壊的な力を持つ技を隠しているに違いない。ならばその時は――
 ともあれ道は開かれた。『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)は第一のターゲットへと向けて、ただ貫く為だけに誂えた信念の名を関する槍を携え飛び込む。嵯峨野が目を見開くが、身体が言うことを聞かず何も出来はしない。
 人を害して発せられる音を『音楽』と呼ぶ。そういう発想も世の中にはありえるのかもしれない。だが、それはノエルの正義に反する。ならば絶対に止めるまでだ。
 裂帛の気合から放たれる生死を分かつ一撃は、わずかに急所を逸れてヨークの胸に突き刺さる。速攻を持って最善と為す。鮮血がほとばしり、詠唱が震える。僅か一撃だが傷は存外深い。

 こうしてリベリスタは、作戦上順調に初手の攻略を完遂した。失われた命は一つ。理解はしていたが止められなかった。望んだ結末ではないが覚悟はしていた。仕方ないなどとは絶対に言わない。そしてこうなった以上は勝利するしかない。
 ぽこそんが放つ剣の乱舞を、影纏う幸成は二度避けた。ヨークが放つ葬送曲がリベリスタを傷付け、黒鎖はシャルラッハ、リサリサを縛り付ける。現れたスタッフが烈風を巻き起こして車両を粉砕する。
 決して良い状態ではないはずだが。
 ミリィが奏でる神なる閃光に重ねるように、糾華が放つ蝶の群れ、悠月が操る紫電の雷光は僅かな間にフィクサード達を傷つけ、現れたスタッフを打ち倒す。
 戦場をコントロールするミリィと相対するように、嵯峨野はバンドメンバー達に指示を飛ばし、同時に戦闘動作を付与する。士気能力は拮抗している。差し引きゼロとはいえ、彼女が居なければずいぶんな事態になっていたはずだ。行動からも篠の分析からも、敵はおそらく彼女と同系統の存在である。経験はミリィすら上回っているのだろう。
 だが実力はどうか。速度も精度も、ミリィに及んでいないのではないか。リベリスタ達は勝機を掴んだまま手放さない。


 幾順かの手番が瞬く間に過ぎ去った。スタッフを粉砕し、フィクサード達を着実に追い詰めるリベリスタにも疲労の色が伺える。
「ワタシの意義は守ること……」
 リベリスタを後方から支え続けるリサリサがノエルに付与した聖なる外套は、ただ貫く為だけに存在する彼女を、必要以上に狙われることから守り抜いている。
「折角強そうなのに何か勿体無いよね~」
 チェーンソーの一撃に傷つきながらも、シャルラッハは凄絶な笑みを崩さない。
「殺し合いの果てにある歓喜の雄叫びの方が痺れると思わない?」
 感性など、個人固有のものである。だから相手がどう受け取ろうが関係はない。ただ彼女は戦う限りには全力を賭すだけだ。
「こんなのは、どう?」
 次々に繰り出されるシャルラッハのチェーンソーが、家康の仮面を叩き割る。額から鮮血が溢れる。中身は――ただの老人だ。彼女は笑う。だってあまりに面白くなさ過ぎるから。

 この後の戦闘の経過も順調だった。敵のスペックそのものはかなりのものであり、シャルラッハは僅か一度倒れかけたが、事なきを得ている。他に手傷らしい手傷もない。二人にしても最善の戦いぶりのはずだ。
 犬コロ風情の思わぬ連射に手傷を負った幸成と糾華ではあるが、その高い実力は未だ二人を戦場に立たせ続けている。この程度では倒れるには値しない。
「客は自分一人、適当に聞き流す程の価値もないで御座るよ」
 幸成はただの足止めのみならず、一撃一撃と着実に敵の命を削り取っている。どれもが致命的な部位に叩き込まれ、回復がおぼつかない。
「なに、貴様自身の身体で素晴らしい音楽とやらを奏でさせてやろうというだけで御座るよ」
「存分に奏でなさい」
 人体が凍り付く音、人体が灼ける音、人体が刻まれる音――
 ほかに何があるのだろう。悠月が握られた弓を指でなぞる。どれもリベリスタ達にとってはありきたりな音に過ぎない。
「さて……」
 抗いようのない絶対の一撃を前に、ついに倒れたヨークの首に槍を突き立ててノエルが口を開く。銀の騎士はどこまでも鋭く、敵に真髄を出し切らせることすら許さなかった。
「この者の命を助ける代わりに情報を教えていただけませんか」
「何が知りたい?」
 バンドのプロデューサー嵯峨野が呻く。夢を賭けた大切なメンバーをみすみす殺されるわけにはいかない。アークの部隊が厄介なことは知っているが、こんなはずではなかった。
「背後に居るのは京介の縁者なのでしょう?」
 わざわざアークを呼び寄せるような真似をして、どうしようというのだろうか。
「はっ! 結局こうなるんだ」
 嵯峨野が口を割り始める。
 黄泉ヶ辻の頭領『狂介』には妹が居るらしい。兄が大好きで、憧れていて、兄のようになりたくて、兄と同じでなければならないと信じ込んでいる妹が。

 凡人だ――
 子供じゃないか――――

 追いつけるはずなどない。追うものは永遠に追いつけない。自分の手で掴み取ることなど出来はしない。だから決定的に違うのだ。
 むしろそんな動機は『誰よりも黄泉ヶ辻らしくない』のではないか。
「そんなことで今日の『特別』があったわけ?」
 篠が拳を握り締める。わざわざアークを誘い出して、一体何がしたいのか。本当にそれだけなのかと考えざるを得ない。
 アークの目を引き、その上で自分の遊戯を完遂させる。そうすれば『お兄ちゃん』と同じになれると、ただのそんな目的で。
「そんな事の為に――ッ!」
 本当にそうだとしたら、こんな結末、あまりにばかばかしすぎはしないか。

 去る三月の昔。狂介はアークのリベリスタを手玉に取り、自分の遊びをやってのけた。止めきることは出来なかった。
「そんなこともありましたね……」
 弓を引き絞り続けながら悠月が呟く。あの時とは、どこか似て非なる光景だ。彼女はその場で狂介を相手に手痛い仕打ちを味わった。首筋を張った冷たい汗を彼女は今でも思い出せども、彼等如きにそんなものは感じられない。
 戦いが終わったわけではない。再び乱戦。幾度かの激突。ナイフの嵐に篠が倒れる。再び吹き荒れる雷光に最後のスタッフが打ち倒される。

「まだ終わらないよ!」
 家康は強い。たかが老人ではあっても、恐らく今のシャルラッハよりも数段の経験を積んでいる。これでは対峙の不利は免れない。それでも心に火がついたなら止められない。
 身体が傷ついても、一度は倒れても、止まらない。チェーンソーが紫電を纏う。イオンのきな臭い臭いが戦場に満ちる。
 ケチャップよりも熱く滾る血の方が、ここにはお似合いだ。シャルラッハ渾身の一撃に、ついに家康が倒れる。

「逃げろ山本!」
 もうフィクサードには後がない。嵯峨野の叫びに青年が頷く。きっとこれまでも、こうやって守られて来たのだ。これで終わりなのだ。
「逃げるで御座るか」
 情報収集も目的の一つであることを幸成は隠しもしない。ここで手段を捕縛に切り替えたのも、全て意味があってのこと。警戒され、撤退されても構わないからだ。二重三重に張り巡らされた彼の罠が少しずつ閉じられようとしている。相手は抗うことすら出来ない。
 残るフィクサード達は攻撃をやめないが、その陣はバラバラだ。散発的な攻撃など、意味を成していない。
「貴方達の夢って、なんだったわけ?」
 リベリスタ達が猛攻を仕掛ける。フィクサード側は回復の業を持つヨークが倒れ、リベリスタにはリサリサの癒しが途切れないのだから、ここからは力の天秤が傾く一方だ。
「リベリスタ――ッ!」
 嵯峨野が吼える。リベリスタ達には理解し難い。したくもない。人体破壊による至上の音を奏でること。それは本来、嵯峨野個人の望みでもあったらしい。
 終わりなのかもしれない、だけど彼だけは終わらせたくない。私生児の茶番に計画が狂うのは面白くない。嵯峨野は決死の覚悟で前に進み出て両腕を広げる。何をするつもりだろうか。
 篠の分析はあったが、未だ彼に対する情報はあまりに少ない。何か隠しているのか――


 槍が、蝶が、刃という刃が身体を通り抜ける。
 口から血が溢れる。嵯峨野の身体が宙を見つめたまま沈んで行く。虚空を掴み取ろうと腕を伸ばす。戦いはこれで終わりだった。
 ようやく状況を飲み込みきったフィクサード達が撤退を始める。敵はこれだけの実力がありながら、隊を為す行動は素人同然だ。ヨークと嵯峨野は既に沈んでいる。仲間の肩を担ぎ上げ、去って行く。リベリスタ達はそれ以上追わなかった。
 ノエルが瞳を細める。世界に害為す存在等、この場で殺しておくべきだとは思うが、今は逃がさざるを得ない。彼等に信義があるとは思えないが、この場は交換条件のようなものだからだ。だが次は必ず――

 ミリィが踵を返す。僅か十一歳の少女の表情は、色なく険しい。
「忘れません」
 リベリスタ達が息を吐く。フィクサード達の背が見えなくなって行く。
 辺りは惨状。けれどリサリサにはもう一つだけ、やるべきことが残っていた。体中にナイフを突き刺され、守りきれなかった命の為に。

 膝を折る。吐息が震える。
 一滴の暖かな液体が、少年のシャツを濡らした。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 依頼お疲れ様でした。
 被害は予想よりだいぶ少なく、当初の目的をしっかり達成していると思います。

 それでは、皆さんとまたお会いできる日を願って。pipiでした。