● 「さぁーて、おじさんは今度こそ『当たり』かなぁ」 かちり。 「っあぁぁあがああぁァァアア!」 「あら残念、ハズレじゃん。 それじゃあ君は?」 かちり。 「い、痛いィイあああぁああぁ!!」 「またまた残念、変だなぁ。 確率はずーっと同じだってのに」 パンッ、ぐちゃぐちゃ。 「おぉっと、おめでとう。 君は当たりだね!」 日本の某所。薄暗い部屋を満たすのは、焦げた火薬と血液の匂いが混ざった、噎せ返るような空気。 部屋の真ん中で男が握るのは、一見何の変哲もない六発の弾倉を持つ回転式の拳銃。 壁に縫い付けられた人間の眉間へ向けて引き金を引いて回り、時折響く乾いた銃声と共に言った。 「嗚呼、ほんっとに良いよ君達。 ハズレ引いたくせに五月蝿くて堪らないんだけどさァ、死ぬ時は急に静かになっちまって。 最ッ高にウケるんだけど」 狂気を語る男の足元では、頭を打ち抜かれた死体を貪る犬の形をした『何か』の姿があった。 命乞いをし、怒号を吐き、痛みに身を捩じる。 部屋に響く様々な叫びのアンサンブルに、身を震わせて男は笑う。 ただ純粋に、この男は理不尽な殺戮を楽しんでいた。 「人間って、弱いくせにそこそこ丈夫で、結構殴っても切っても死なねぇの。 適当に切り刻んで耐えられるかゲームするのも楽しいんだけどさぁ、駄目なんだよ」 かちり。 「やっぱさぁ、メリハリって奴? 俺が指を引いた瞬ッ間に黙るのが一番最高なんだって」 かちり。 「っくそ、嗚呼もう、いいや。 一気に全部やっちゃおう?」 かちり。 かちり。 かちり。 「あっれ、変だな。 弾を込め忘れたかな」 パンッ、がうがう、ぐちゃぐちゃ。 「あらおめでとう。 まぁ残った皆様も箱舟からお客さんが来るまでは、ゆっくりしていってね」 ● 「皆さんに、向かって欲しい場所があります」 『運命オペレーター』天原 和泉(nBNE000024)は、ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達にそう告げ、凛と唇を結んだ。 直後、軽い電子音と共にスクリーンに映されたのは、町外れの寂れた一室。 映像に目を向けるリベリスタ達の視界に映ったのは、声を限りに助けを求める人間が、脳天を撃ち抜かれ絶命するその瞬間であった。 飛び散る血飛沫までもが鮮明に映り、何人かの革者は思わず目を逸らし口を押さえる。 「主流七派『黄泉ヶ辻』のフィクサード、須藤俊英が一般人を殺害しています。 リベリスタの皆さんにはこの場所に向かって、なるべく多くの人間を生存させてほしいのです」 全ての人間を、とはいかないことを示す曖昧な言い回し。リベリスタから疑問の声が上がる。 「ロシアンルーレットというものを、皆さんは聞いたことがあるでしょうか」 はふり、と返事の代わりに重い息を一つ吐き出すと、和泉は再び話し始めた。 ロシアンルーレット。旧く東欧で行われたとされる、命を賭けた賭博の一種。 用いるのは六発弾倉の回転式の拳銃。込める弾薬は一発。弾倉を回転させて、頭へ向けて引き金を引く。つまり放たれる確率は六分の一。 賭けに負ければ文字通り全てを失い、勝利すれば他人の全てを奪うことができる。 ただし、この須藤という男が賭ける物は何もない。男が銃を向けるのは自身にではなく、壁に磔にされた人々の眉間。 「須藤は自身の拳銃で、定期的に人々に引き金を引いています。もっとも、神秘によって自動で操る事も可能な様ですが」 つまりは、定期的に一般人が殺害される瞬間が訪れるという事。しかも彼らは、壁に杭等で貫かれ縫い付けられて、抵抗等不可能であるとのことだった。 「更に、仮に空砲を引いたとしても、拳銃に込められた神秘によって神経に直接激痛を与えられる様です」 何と趣味の悪い。と和泉は加える。 今回の様に大々的に事件を起こすのは、『裏野部』や『剣林』の方が例に多い。 けれど、有り余るほどの狂気を孕む辺り、『黄泉ヶ辻』の仕業に間違いないだろう、と。 「また、現場には死体を貪るEビーストが数体確認されています」 そこで言葉を切ると、ぱたりと資料を閉じて、和泉は結びに強く告げる。 「アークの動向を探るような動きがある様ですが、私達がすることは変わりません。 精神的な苦痛も伴うでしょうが、なるべく多くの罪なき人々の命を救って下さい。お気をつけて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ぐれん | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月23日(日)23:15 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「君は、何発目で当たるのかな」 かちり。 かちり。 ぱんっ、ぐちゃり、ぐちゃり。 幾度繰り返しただろう。そろそろ飽きてきたな、この『遊び』も。 四十人は集めた『玩具』も、残りは二十個足らず。もういいか、『彼ら』も近いだろう。素振りをするのも悪くない。 そんなことを考えながら、俊英は背に携えた剣に手を掛ける。 「ぎゃーぎゃーうっさいよ、君」 必死に命乞いをする男に一歩近付くと、俊英は迷いなく振り抜いた。 ● ――蹴破られる扉。締め切った室内に、突如夜の冷たい風が吹き込んだ。 月明かりと共に、幾つかの影が飛び込んでくる。 「嗚呼、待ちくたびれたよ。箱舟の御一行さん」 身体を染める返り血を拭うこともせず、須藤はリベリスタ達へ一礼をしてみせる。 その口元には愉しげな笑み。余程待ち望んだのだろう。この先の闘争を。 「招待ありがとうと言うべきか」 幾分上がった息。小さな肩を揺らして『ジーニアス』神葬 陸駆(BNE004022)は答える。 引き抜いた『さいきょう』の魔剣と共に、須藤へ真っ直ぐに向けた視線。 「お前の様な外道を倒すのは天才の役目だからな」 視界の隅で苦しむ人々に救済を誓って、陸駆は地を蹴り突貫した。 小さな体を駆って突っ込む少年。襲い来る犬共を切り裂いたのは『闇狩人』四門 零二(BNE001044)の一撃だった。 月明かりに輝く刃が、残影を生む程の速度で振り抜かれる。その剣閃は飛び掛かる獣たちを例外なく、容赦なく抉った。 『黄泉ヶ辻』の強敵の撃破に加え、無抵抗の命を守り抜かなければならないのだ。決して簡単な任務ではない。それでも、救う命があればこそ、俺たちは戦える。 「さて、始めましょうか」 迫る獣の一体の前に立ち塞がると、浅倉 貴志(BNE002656)は拳を固く握り、自身を鼓舞する様に言う。 人々を苦しめる咎人と猛獣。交渉の余地など無いだろう。 握った拳を迷いなく振り下ろし、眼前の獣の床へ叩き付ける。跳ね上がる身体へ容赦なく、もう一撃。 貴志の身体は業火の様に燃え上がっていた。守るべき人々を玩具の様に扱うこの男を、許す事等出来ない。 けれど、怒りに震える拳を握り締めると、驚くほどに研ぎ澄まされる感覚。意識。 さぁ、始めよう。そして、終わらせよう。咎人の遊戯をこの手で砕き、消し去ってやろう。 「これが噂に聞く『黄泉ヶ辻』の手管か?」 動き出す戦場。その中心で、『百獣百魔の王』降魔 刃紅郎(BNE002093)は呟く。 抵抗の出来ない一般人を一方的に嬲り、殺め、『箱舟』の勢力を呼び寄せる等下らない思惑だな、と。 すらりと引き抜く、煌めく刃。迫る獣を叩き切って、その先の歪みへと殺気の剣を差し向けると、刃紅郎は駆ける。 「……全く以って不快、唾棄すべき外道の集まりよ」 視線の向こう、須藤俊英は笑っていた。さぁ、はやく此処までこいよと誘う様に。 先陣を切った彼らを見守るように立つのは『プリムヴェール』二階堂 櫻子(BNE000438)。 銀の髪をふわりと揺らして、大地より魔力を借り受け、練り上げる。 「――参りましょう。」 ふぅとひとつ柔らかな吐息を漏らして、櫻子はきりりと戦場を見据えた。 「さて、有象無象はどう動く?」 櫻子の傍ら、『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)はそう冷たく告げる。 一般人を玩具とした遊戯か、悪趣味な事だがその分、加減をする必要が無くていい。悪戯に命を弄んだ罪を、その身に刻んでくれよう。それから地獄に堕ちるか無様に生き延びるかは貴様次第だ。 携えた拳銃をフィクサードの手元へ向け、狙い澄まして銃弾を放つ。 猛禽の爪牙が狙うは、『運命の霹靂』を握るその右手。打ち出された銃弾は惜しくもその対象を掠め、抉るに留まる。 「いったいなぁ……、慌てなさんなって」 流れる血を払う様に、ひらひらと手を振る俊英。 気味の悪い程に軽率な態度。櫻霞の背を冷たいものが走った。 「汝らには、地獄すら生温い」 二人の間を裂いたのは、『黒太子』カイン・ブラッドストーン(BNE003445)の黒き翼。 彼が放ったのは、暗黒の瘴気。容赦なく迫る獣たちを腐らせ、絶命へと追い込む。 力なき民草の銃となり盾となりて、敵を討つ。調子に乗るな下郎共。これから狩るのは、我らリベリスタ、狩られるのは、御前達だ。 ● 激しさを増していく戦場。互いに切り裂き、吹き飛ばす消耗戦。時折訪れる櫻子の癒しの風が、リベリスタ達の戦況を支えているのは確かだった。 硝煙と闘争に紛れ、前衛たちの脇を抜けて獣達が癒し手へと迫る。彼らも、一対の夜鷹を落とさぬことには勝利は無いと理解しているのだろう。 「サッサと終わらせようぜー、アンタレス」 ずん。と鈍い打撃音、否。斬撃の風切り音が不意に響いて、獣の一つの首を彼方へ消し飛ばした。 部屋の床を割る程の一撃の主は『世紀末ハルバードマスター』小崎 岬(BNE002119)。携えるは見上げる様な大斧槍。刃を染めるのは大火の朱か、血飛沫の紅色か。 刃の中心に煌めく蠍の眼が、応える様に煌めいた。 「それじゃあ行くよ、一回目ーっ!」 ――不意に呆気なく途切れた、悲鳴。運命の雷に絶命した人間に、傷付いた獣の幾匹かが飛び掛かった。皮肉にも、リベリスタ達には被害はなかった。 人間の形をしていたものが、さも当然の如く只の肉塊へと変わる。引き裂かれ、噛み砕かれる彼らに抵抗は許されない。 「離れなさい。醜い貴方達が、彼に触れることは許されません」 即座に、獣の一匹が空高く打ちあがる。打ち込まれたのは、怒りに滾る貴志の掌底。 振り抜いた右手。空いた左手でもう一撃。死体を貪る悪を打ち上げる。 追い打ちを掛ける様に、カインの瘴気が獣を襲い、その動きを完全に止めた。 瘴気を駆け抜けて駆ける獣。目指すは櫻子の喉笛。しかし、その牙が捉えたのは、櫻霞の引き締まった腕。 ぶしゅりと、血が滲む。それでも、その口元には薄い笑み。彼が誓ったのは、彼の姫君の守護。毛一つ程も、曲げさせやしない。 櫻霞が止めた獣は、即座に再び岬の朱刃の餌食となった。 「…心許無いだろうが防御は任せろ、回復はお前に任せる」 「――いいえ、凄く心強いですの。癒しはお任せ下さい。」 流れる血液を払って、櫻霞は立ち塞がる。傷付けさせるものか。そう心に刻んで。 そしてその傷を、須らく櫻子の放つ息吹が癒していく。愛する者には、少しの優しさも込めて。 「チャンスは三回っ。次は誰にあったるっかなーっ! 」 頃合いだ。そう呟いて、俊英が言葉と共に押し込む引き金。打ち付ける撃鉄が成す、運命神の雷。 放たれる銃弾の一つが、刃紅郎の額を抉り穿った。舞う血飛沫が、白銀の髪を染め上げる。崩れ落ちていく身体。 「――三発の弾丸? 違うな、多くて“二発”だ」 ずしり、と強く地を踏みつけて。百魔の王は倒れる身体を制し、告げる。起き上がるその目に宿る、迸る程の殺気。 貴様の濁った瞳が民を居ること等、許さぬ。脇目でもしてみせろ、その首叩き斬る。 ぐらりとゆれて、それでも彼は倒れなかった。その背に襲い来る、獣達。 僕が選択したのは、閃光の弾頭。あんな至近距離に打てば、巻き込む可能性だってある。 それでも、記憶の彼方で感じる何か。確信にも似た信頼を、僕の唇は紡いでいた。 「王様!目の前に撃つ、貴様なら避けれるだろう」 不意に響く陸駆の掛け声。刃紅郎は間髪を入れず眼前の獣の一体を凪ぎ、跳ねる様に後退しながら背に纏った衣を翻す。 次の瞬間、戦場を照らす猛烈な閃光。不意打ちに怯む魔物達を、岬の斬撃が、貴志の拳が切り裂き、砕き、吹き飛ばした。 開いた射線。その先で、男が振り翳す拳銃を、櫻霞の紫の瞳が捉えていた。 「さぁ穿て。その腕ごと、破壊させて貰う」 『夜の鷹』の放つ神秘の弾丸は、一直線に俊英の右手を貫き、『運命神の霹靂』を宙高く吹き飛ばした。 「っちぃ……、やるね、君達」 ぼたりと、床を濡らす俊英の血液。不意に溶けて消える、先程迄の軽い笑み。 仕方ない、か。そう小さく呟いて俊英は剣を掲げ、リベリスタ達を見据える。 「先刻迄の数々の無礼を謝ろう、箱舟の御客人。少々君たちを甘く見ていたよ」 一つ二つ息を深く吸って、踏みつける身体のスロットル。弾け飛ぶ身体のリミット。 幾分落ち着いた口調で、男はリベリスタへ告げる。 「主流七派が一角、『黄泉ヶ辻』須藤俊英。参る」 ● 突如変わった彼の雰囲気に、ぴしりと凍る空気。 緊張を破ったのは、須藤の地を蹴る音。同時に、獣達が一斉に駆け出して。 迎撃に動くリベリスタのどれもが魔物の牙を受け、俊英の突貫を止められなかった。 「先ずは君たちだ。夜鷹の番いよ」 真っ直ぐに彼が到達したのは、戦場を支える癒し手とその護り手の眼前。 言葉と共に大剣をごうと風を纏わせ振り抜くと、二人を空間ごと抉る様な剣撃が放たれる。 庇う様に前に出た櫻霞を容赦なく切り裂いて、既に何度も彼の姫を救った身を地に伏せる。 「さぁ姫君、君を守る騎士は潰えた。君は如何する?」 櫻子の顔が青ざめる。 唯一の癒し手の危険を回避せんと、岬が攻撃に向かう。倒れた騎士は、動かない。 立ち塞がる獣達を、零二が振るった武器が、カインが放った瘴気が片付ける。 それでも、俊英迄届かない。騎士を残し前線へ傾けた火力では、引き剥がす事は叶っていなかった。 「残念だ、女性に手を挙げる趣味は無いのだがな」 振り上げられる武器。纏うのは、まさに容易く生死を分かつほどの、闘気。 避ける間もなかった。振り下ろされたそれに、櫻子の運命が容赦なく削り取られる。 その間にも、残酷なまでに規則的な神の手は、哀れな一般人へと狙いを付ける。 発砲音。またふたり、命を失う。 「邪魔だ獣共。僕は御前らの先に用があるのだ」 畳み掛ける程の敵の反撃。対応が遅れた事にぎりりと眉を寄せて、陸駆は告げる。 練り上げた神秘で成した見えない刃を、短く鋭い息と共に放った。 既にリベリスタ達の攻撃で弱った獣達。その全てを、例外なく抉り、切り裂き、絶命させた。 残るは、狂気が根源、須藤俊英のみ。 「流石は箱舟の御客人だ。塵屑10体では足りなかったか」 ふう、とひとつ男は溜め息を零し、不可視の刃が刻んだ頬の傷をなぞって、呟く。 注意が陸駆へ向いた瞬間を逃さず、櫻子は俊英の付近から離れ、癒しの息吹を呼び寄せた。 「此処までだな、『黄泉ヶ辻』の一片よ」 地へ伏せた獣の頭を踏み砕いて、刃紅郎は言う。大太刀の柄を一度叩いて付着した血液を払うと、続ける。 「此処まで、だがもう一勝負付き合ってもらうぞ。此処からは――貴様の命が“賭け金”だ」 突貫する。一片の迷いもなく振り上げた刃。彼が込めるのは、心に決めた覇道への誓い。 「雄雄雄おぉォォ!!!」 びりびりと空気を震わせる程の気迫と共に、振り下ろす一撃。ぶるりと掌へ伝わる、確かな手応え。 「が、はっ……!」 耐えきれず吹き飛ぶ俊英の身体。壁に打ち付けられたその口元から零れる血液。紛れもない、ダメージの証。 間髪を入れず、刃紅郎の一刀で巻き上げられた砂埃を切り裂いて、零二の一撃が叩き込まれる。全てを押しつぶす雪崩の様な、闘気の奔流。 「ゲームを気取るなら、自身もリスクを負ってこそ、じゃないのか?」 言葉と共に、振り下ろした剣でもう一度切り上げて。背後より迫る闘士の闘志に、全てを任せる。 「今回の凶行の勘定です、持っていきなさい」 全身全霊、雪崩の如き拳圧を以て、俊英の身体を壁に再び叩き付ける。 革醒者の異常な身体能力から放たれた一撃は、部屋の壁を砕き、敵をその向こう迄吹き飛ばした。 どしゃりと、嫌な音を立てて須藤は地面にその身を伏せる。 「貴様ら黄泉ヶ辻がこのような事をするとは調書を見る限りでは有り得ない」 倒れたフィクサードへ向けて、陸駆は告げる。タダで殺めるのも、逃がすのも、天才の理には適わない。 「黄泉ヶ辻京介の妹の遊びという報告も聞いた。アークに何の用だ」 「――へぇ、物知りだな坊っちゃん」 緩慢な動きで、男が起こす身体。身体から流れる血液の量にしては、未だ余裕の色が見えた。 首を一つ二つ鳴らして、軽い態度を取り戻すと、薄い笑みと共に告げる。 「二つ、教えてやるよ」 男は人差し指を立てて、続ける。 「糾未ちゃんはさぁ、すっげー普通の女の子なわけよ、京介さんの妹なのにって噂される位には、さ。 でも京介さん好き好き大好き過ぎてさ、同じになりたい。一緒で居たい。だから狂いたいわけ。ぐっちゃぐちゃにヤバいことをすることで近付こうとしてる。……わかるかなぁ、君達に」 蔑む様な目線をリベリスタ達に向け、男はもう一本指を立てる。 「ん、で。これからきっと滅茶苦茶面白いこと起きるからさぁ、また遊ぶことになるよ。君達とも」 まるで、今日は逃げ延びるといった言い回し。誰もがそう思った瞬間俊英は地を蹴り、リベリスタ達の視界から消滅した。 ● 「どこ帰んのー、大地に還っても大差ないだろー、おまえ」 俊英が撤退を始めるその先で、岬が待ち受けていた。背負った大斧を構えて、立ち塞がる。 構えた斧槍の真ん中で、“逃がさない”と蠍の大火が輝いた。 「君達、『黄泉ヶ辻』を全滅させるとか息巻いてるけどさぁ。無理無理」 血糊に染まった刃を、ぶんと一つ振って。 「俺一人、倒しきれねェんだから……さぁっ!」 どんなに腐っても軽率でも、相手はフィクサード集団、主流七派の一員。 脱力状態から、地を蹴る。一瞬で消える、間合い。勢いに乗せた打ち込みは、岬を地より浮き上がらせる程の威力を以て意識を奪う。 逃がせない、と運命を差し出して立ち上がるも、男は遥か遠く迄既に駆け抜けていた。 後から追いつくリベリスタ達にひらひらと手を振って、彼は告げる。 「そんじゃ、糾未ちゃんが何処までいけるか見逃しちゃもったいねぇし。またねーっ」 血に飢えた狂気との闘争は終わりを告げた。零二が要請した箱舟の救護班達が、慌ただしく部屋に駆け込んでくる。 その傍らで、少年と獣王は対峙する。 「降魔刃紅郎、僕は貴様を“識っている”のかもしれない」 あの時の、不思議な感覚。僕は誰かを、こんな風に呼ぶことがあっただろうか。 困惑と確信とがごちゃごちゃに混ざった儘、陸駆は告げた。けれど。 真っ直ぐに見上げるその目から、刃紅郎は顔を背けて。 「貴様の事など知らぬ」 そう零し、遠くとおく照る月を見据える。 『王様』 この少年が読んだその名に、確かに揺れた心の臓。 まさか、な。そう零し刃紅郎は笑う。この小僧に、天を駆ける羊の夢でも見たのだろうか。 馬鹿者め、降りてきてどうする。休めと、云った筈だ。 例えそれがどんな運命の悪戯でも、とんだ笑い種だ。 「……そうか、ならば覚えておけ」 びしり、と遥か上、刃紅郎の鼻先へ向けて伸ばす指先。金の瞳の奥に、不敵な自信を携えて。 「僕は神葬陸駆。 天才だ」 涼やかな夜風が、皆の頬を撫でる。 心地よい涼しさに混ざる、未だ消えない血なまぐささ。 脅威は確かに払った。それでも拭いきれない不安が、リベリスタ達を包んでいた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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