●もしも私に脳みそがあったら 「この役立たず! 案山子みたいに突っ立ってないで掃除をおし!!」 「その頭にはわらが詰まってるんじゃないの? 本物の案山子みたいに」 ずっと罵倒され続けてきた。 地の繋がった母に、父に、姉に。 要領が悪いと。 覚えが悪いと。 案山子よりも役に立たないと。 もし本当に自分が案山子なら。 オズの魔法使いの案山子のように脳味噌を得られたら少しはまともになれるだろうか。 この生活から逃れられるだろうか。 「またぼさっと突っ立ってるのかい! 本当に案山子のよりも役に立たないね!」 手にした鉈を 俺は 母親の頭に ――……。 『黒い突風』天神・朔弥(nBNE000235)が浮かない顔で藁人形を弄っている。 誰か呪う気か、と遠巻きに尋ねられて朔弥は首を振った。 「物心ついてからずっと毎日毎日案山子よりも役に立たないって罵倒され続けるのはどんな気分なんだろうな」 だからといって何故藁人形を持っているのか。 「家族をな、惨殺してしまうフィクサードの話だ。理由は先刻言ったとおり罵倒され続けて耐えかねたから……プラス。 脳味噌を引きずり出して自分の頭の中に入れればまともになれると勘違いしてしまったから、だな」 「でも自分の脳味噌、あるんだろう?」 「勿論、ある。でも刷り込み?で自分の頭には藁が詰まってると思い込んでるのさ」 藁人形をテーブルの上に置いて朔弥が息を吐く。 「殺人自体は止められない。出来るのは説得か、力ずくでそれ以上の凶行を止めるかだ。 人殺しではあるが自分の頭割ってもどうしようもないしな。 それ位だったら説得して脳味噌があるって自覚させるか、いっそ息の根を止めてやるか。 フィクサードは二十代半ばの男が一人。武器は鉈。近接攻撃に強い。 フィクサードが自分の頭を割って死んでしまうまでの間にけりをつけて欲しい。 とにかく気をそらせてこっちに興味を向かせることが大事になるだろうな」 猟奇殺人の果ての猟奇的自殺なんて未来、変えてくれよ。 藁人形を手に取ると朔弥は顔をしかめて仲間に告げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:秋月雅哉 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月15日(土)23:42 |
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■メイン参加者 7人■ | |||||
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●求めるものは最初から、其処にあるのに 「愚図愚図してるんじゃないよ! 案山子よりも役に立たない子だね!」 そうやって罵倒されるのもいつものこと。 どうして人間の両親から生まれたのに、人間の姉がいるのに。 俺は案山子のように頭にわらが詰まっているのだろう。 どうして人並みの脳みそを持って生まれて来れなかったんだろう。 考えても考えても分からないのは俺が役立たずの案山子だからだろうか。 本当は人間じゃなくて本当に案山子で、だから両親や姉は俺を罵るんだろうか。 案山子は案山子らしく田んぼか畑にいたほうがいいのかもしれない。 昔、そう思って一日田んぼに立ち尽くしていたことがある。 その時も、やっぱり怒られた。 何をやってもうまくできない俺は、どうして生まれてきてしまったんだろう。 生まれてこなかったほうが、俺も家族も幸せだったかもしれないのに。 母親が俺を罵倒し続ける。 ヒステリックな声。 あぁ、もういっそ。 「そんなに言うなら……母さんの脳みそを、俺にくれよ――!」 「ひぃっ!?」 手にした鉈を振り下ろす。 床に赤い花が咲いた。 「脳みそを……俺に、くれよ……」 「だ、誰か!」 「助けてくれ!!」 父さんと姉さんが逃げていく。 「これで……人並みになれる……」 俺は鉈を引き抜いて傷口を広げた。 七人が駆けつけたのは丁度父親と姉が家から逃げ出してきたところだった。 「じゃあそっちはよろしく。こっちは適当にやっておくから」 『霧の人』霧里 まがや(BNE002983)が恐慌状態に陥っている二人の間をすり抜けていく。 「親は親で自業自得だと思いますけれど……。 育て方を間違えた典型的な例ですわ。 ともあれ、避難誘導させる必要はなくなったようですわね」 ナターリャ・ヴェジェルニコフ(BNE003972)が眉を寄せながら続く。 「な、なんだ、あんた達は!?」 目の前で息子が妻を殺した場所へ行こうとするメンバーに父親が狼狽する。 「静かに、ここを離れて。彼は気が立っている、彼の事は私の仲間に任せて今は自分達の身の安全を第一に考えて」 『不機嫌な振り子時計』柚木 キリエ(BNE002649)が落ち着いた声で言うと二人は立ち止まった。 「ぁ……母さん、が……」 姉のほうが戻ろうとするのを『裁きの光』鳳 蘭月(BNE003990)が遮る。 「ここは仲間にまかせて、あんたらは避難だ」 「し、しかし……!」 「胸糞悪いの一言に尽きる。 なんで自分の息子や兄弟にこんな仕打ちができるんだ? こんなのは家族じゃない。 でも死んじまったら繋ぎ直せない。 助けてやるさ、だからやり直してくれ」 蘭月の厳しい顔と口調に父親と姉はその場に崩れ落ちる。 「すぐ追いつく」 キリエと蘭月をその場に残し他のメンバーは青年の残る家へ。 「これって虐待になるのかな。 他に、彼が人間だって教えてくれる人がいなかったんでしょ。 思い込んでも仕方がないわよね。 申し訳ないけど母親には同情できないわ。 ほんとはそんな母親から彼を守ろうとしなかった父親も同じ目にあってもいいんじゃないかとこっそり思ったけど、彼の手をこれ以上汚さないために全力でとめるわよ」 水色のワンピースに赤いパンプス、髪は二本の三つ編みにして『オズの魔法使い』のドロシーをイメージした格好の『心に秘めた想い』日野原 M 祥子(BNE003389)が小さく毒づく。 「脳のない案山子ねぇ……」 『足らずの』晦 烏(BNE002858)がカーテン越しに見える青年の影を見てひっそりと呟く。 「案山子は脳みそが無い訳ではなく、旅の困難を切りぬけ経験を積んだ事で知恵を身につけただけなんだがな。 仔細を知らず自分をオズの魔法使いの案山子だと思い込んでいるのなら可哀想な事だな。 さて、おじさんらは彼にとっての西の国の悪い魔女なのか……それとも南の国の良い魔女グリンダたる事が出来るのか」 「くわしいんだね」 「ちょっと勉強を、な。説得材料になるかもしれないし」 「真面目なことで」 車庫では結界が張られ、外部との連絡が取れないよう二人の持っていた携帯電話を借りて電子の妖精で一時的に通話不能する作業が行われていた。 「良かったら、彼がこの先も生きていけるように祈ってあげて。 残念だけれど、もう貴方達が家族のために出来る事はそれだけです」 返事を返さず俯く父親と姉に決して此処を出ないよう言い含めるとキリエと蘭月の二人もまた家に向かった。 ●そう、最初から、其処にあったのに。気付くのは難しく 「そこまでにするんだ。よく考えろ、君には考える脳がちゃんとある」 『むしろぴよこが本体?』アウラール・オーバル(BNE001406)が傷口を広げて脳みそを引きずり出そうとしていた青年を刺激しないように静かに声をかける。 「……誰?」 「貴方を止めにきたの。カカシ呼ばわりされて悲しいって感じるのはあなたが人間だからよ」 「……ドロシー?でも靴が赤だ。銀の靴はどうしたんだい?」 銀の靴、というのはドロシーが悪い魔女を倒した時に魔女から手に入れた魔法の靴のことだろうか。 多少は『オズの魔法使い』について知識があるらしい。 「あぁ……でも本の表紙によっては君みたいな赤い靴、だったかなぁ」 惨状に似つかわしくないのんびりとした声。 「オズのカカシは脳を捜すために自分で歩き出し仲間と共に旅にでましたけれど、貴方もカカシの様に旅にでるのは如何かしら? そうすれば貴方が本来持っている良いものを見つけられるかもしれませんわよ。 貴方が望むのであれば過ちを犯した事があってもアークは受け入れてくれると思いますし一度私達と新しい街で再出発してみません事? 貴方と同等、もしくはそれ以上の過酷な過去を背負った者もいますから恐れる事はありませんわよ」 「旅に? 俺が?」 きょとんと目を丸くする青年。 その仕草はどこか幼く、子供のようだった。 「待たせた」 「まだ交渉は決裂していないね」 キリエと蘭月が合流する。 「殴られると痛いし血が出るでしょ? カカシにはそんなのないんだから」 祥子の言葉にじっと考え込む青年。 「母さんも……痛かったかな」 「え?」 「俺と違って母さんは『ちゃんとした人間』だから……殺される時は、痛くて、怖かったかな」 「そうだな。見ろ、君の母親は頭が割れて死んでしまった。案山子じゃなく、人間だからだ。彼女から生まれた君も、案山子じゃない。人間なんだ! 人は皆、頭を割られれば死ぬ。君も、勿論そうだよ。こんな所で終わってしまうのは、あまりにも残念だろう? もう一度言う、君は案山子じゃない。その証拠に二本の脚もある。 そうやって母親の死を考えることだって出来るじゃないか」 アウラールが一歩青年に近づく。 「でも母さんも父さんも姉さんも、俺は案山子より役に立たないって、頭にわらが詰まってるって言っていたよ」 「そんなことはありませんよ。貴方は人間です」 「……良く、分からない。ずっと俺は案山子なんだと思ってた。 人間から生まれた、出来損ないだって。 人間だって言ってくれる人なんて何処にもいなかった」 何が家族を此処まで歪めたのかと何人かが沈鬱な顔をする。 「青年君はボームが著したオズの魔法使いはきちんと読んだ事はあるのかい?」 烏が不意に尋ねると青年はゆっくりと首を傾げた。 「英文のは、読んだことがない。訳されたのなら、小学生の頃に一度……」 「なら分かるんじゃないかな。案山子に必要だったのは経験と自身だったことが。 脳みそなんて必要ないんだよ」 「……そういえばオズが用意したのは針金か何かだったね」 「そうだよ。その上で青年君をオズの魔法使いの一行に喩えるならば案山子ではなく、臆病者のライオンだ。 必要だったのは前に一歩踏み出し変わろうとする勇気だよ」 「……ライオン、か。確かに俺は臆病だ。母さんに何を言われても、言い返せなかった。 怖かったんだ」 青年がうつ伏せに倒れていた母親を仰向けに横たわらせる。 「母さんはそれを教えようとしていたのかな。それで厳しかったのかな」 「それは善意に取りすぎな気もするけどね」 まがやの皮肉は幸いにも青年の耳には届かなかったようだ。 「その脚で、俺達とここを出よう。君には他の人間や家族にはない、特別な力があるんだ。このままここにいれば君の心は何も知らない心無い他人に傷つけられ、君の暴力はいとも簡単にそんな他人を傷つけてしまうだろう。俺達はそれを防ぐ仕事をしているから、君が嫌だと言ったら無理にでも止めるつもりだ……だが」 アウラールが再び口を開く。 「俺は君に自分から俺達と一緒に来る事を選んで欲しい。俺は君にその脳で、心で、楽しいという事を知ってもらいたい。生きるという事を学んで欲しい」 「生きる、こと……」 見開かれた母親の目に静かに瞼を下ろさせてやって青年はリベリスタと母親と、玄関を順番に見た。 「貴方達は、俺を止めにきたの?」 「一番の目的はそれ。君が望むなら迎えにもなろう」 「償えるの?」 「償えますよ。その上で人のためになる仕事をすることが出来ます。 ……王様になった、案山子のように」 「貴方達は、味方?」 「青年君が敵対しない限りはね」 青年が立ち上がる。 「……経験と自信を得る旅に、出たいです。罪を償った後で」 「そんな青年君にプレゼントだ」 烏が差し出したのは四角い包み。 「……これは?」 「『オズの魔法使い』だよ。英文と簡単な訳文が載っている。 それを読んで自分は案山子でないと飲み込むといい」 「ありがとうございます」 「さて……後は家族に対する事後処理、かねぇ」 ●別れと旅立ち 青年を入れて八人になった一同は父親と姉がいる車庫に向かう。 「入りますよ」 「妻は……息子は……」 「息子さんは無事ですわ。 何を基準に彼を無能だと決め付けたのかしら? 彼は他の人よりのんびり屋さんなだけ。 彼は心もあるし考える脳もあるのに良い所を見つけてあげようとせず貴方達の都合に合わせて動かないだけで罵倒するから今回のような事件が起こりますのよ」 こういう手合いには少し辛辣になるくらいで丁度良いとばかりにナターリャが口を開く。 「そ、それは……」 「あんたらのしてきた事の結果が今回の事件だ。 あんたらは償いをしないと駄目だ。 もちろん、それはこいつもだけど……。 まずは、あんたらが反省して、改めるんだ。 あいつを家族として扱ってやってくれ。 ……こいつは俺たちが連れて行く。 チャンスは、もう今しかないんだ」 「連れて行くって……警察へ?」 「違います。私たちのようなものが集まる場所へ。 彼を認めてあげて。 人間だって、貴方達が認めてあげて」 祥子の訴えに父と娘は顔を合わせる。 「貴方達は互いに良い家族となり得なかった。彼の事は今後忘れて頂く事になります。お姉さんも将来はご結婚を考えてらっしゃるでしょうし、このような不祥事は困るでしょう。この事件は闇に葬ります。構いませんね?」 「……はい」 「貴方達は家族だからこそ、彼に期待をし、失望した。 そして甘えから暴言を吐いてしまった。 寄り添って生きているという、ささやかな幸せに気づけなかった。 このような形でしか会えなかったのが残念です」 「……父さん。姉さん」 「っ」 「俺は、この人たちと一緒に行きます。 自分が人間だって、証を立てるために。 償って、今度は少しでも人の役に立てるように。 ……さようなら」 「……すまなかった」 「貴方は人間よ。……ごめんなさい」 「はい。……行ってきます」 「いってらっしゃい」 「……気をつけてな」 二人の見送りの言葉に青年は初めて微かに笑う。 「たまには説得失敗してドンパチ……」 「危険なことを言わないでくれ」 「お前にしか出来ないこと、きっと見つかるよ お前は案山子なんかじゃないんだから 俺でよければダチにもなる、一緒に探そう」 アークに向かう途中、蘭月にかけられた言葉に青年は静かに頷いた。 「宜しくお願いします」 自分を案山子だと卑下し続けた青年はもういない。 いるのは自分の足で歩き出すことを選んだ一人のリベリスタだ。 青年の心を歪めてしまった家族はもうない。 残ったのは母の死と、ギリギリで間に合った相互理解。 青年の旅路に烏は言葉を贈る。 「If Winter comes, can Spring be far behind ?」 西風の賦の末句の様に青年君の明日が良きものとなる事を願っているよ。 時が進んで季節が移ろうように。 月が満ちては欠けるように。 人はいつだって、意思さえあれば変わっていける。 今日。 一人の青年が死んで、生まれ変わった。 案山子と思い込んでいた青年から、一人の人間へと。 彼が償いを終えてアークに籍を置くにはまだ暫くの時間がかかるだろう。 そして彼はその間も学んでいくのだろう。 乾いた砂が水を吸い込むように。 物語はまだ、始まったばかりだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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