●屍山血河が我が糧なり ずる、ずる、ずる、ずちゃ、ずる、ずる、ず。水を啜り上げるような湿った音が世界を覆う。 暗闇の中にあってその存在感はなお昏い。まるで、それ自体が闇であるかのようだ。 「ひ、ハハ、イーっハハハ……いいねえ、もっと殺されてくれよ、もっと俺を楽しませてくれよ、なあ……!」 「おい、クモ。ちっとばかり殺しすぎじゃねえの? 俺の取り分くらい残しておけよ」 「ア? いいじゃねーかいいじゃねーか、ウチの『血吸』が血を欲しがってンだよ、分かれよ?」 嬉しそうに笑う男は、両手から伸びた弦を楽しげに眺めていた。 正確には、その先にある『操り人形』を、だが。 その人形は、顎まで避ける大口を持ち、鋭い牙を持ち、長い舌を持ち、地面の液体を貪っていた。 その人形は、存在そのものが攻撃であったようにもみえた。 そして、その人形が踏みしだくのは、数多の人の屍だ。 「いや、しかしよクモ。随分景気よく殺したけどいいのか、これ?」 「トーゼン、だぜェ? 俺ってばちょー賢いからちゃんと聞いてきてんサ、『箱舟の犬畜生共を呼べりゃいい』ってヨ。 ホラ行くぜ司。次ァリベリスタのクソ共こーろすんだ、いいだろァ?」 「お前は性急すぎんだよ。少し頭数増やさねーとまずいだろうがよ」 「オメーが二人ほど殺しちまうからだろ、司ァ!」 「しょうがねーだろ、あいつら邪魔なんだから」 ケタケタと笑う頭部にマウントされたそれが不気味に明滅する中――死が、跋扈する。 ●命を拾う作業 「黄泉ヶ辻フィクサード五名が、結成間もないリベリスタ組織『クレイストリア』に襲撃を仕掛けます。 フィクサード陣営は相当な強さを持つ中心人物二名、アーク平均前後が三名、完全撃破を狙うには難しい――今回は飽くまで『襲撃の阻止』です」 ブリーフィングルームに作戦図案を表示させ、『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)は資料に目をやった。 「黄泉ヶ辻の連中が好き放題に殺す、……って何かおかしくないか? こう、派手すぎるっつーか」 「ですねえ。どちらかというと面子を潰された剣林か裏野部が好き好んでやることでしょうが……どうやら、彼らは我々の介入を望んでいるようにも見えます」 「は? あいつらにとってはとんだ邪魔じゃねーか、なんでそんな」 「ええ、わかれば苦労しないのですが……分からない以上、止めるしかありません。何しろ、徒に人が殺されるのはアークとて避けたいですから」 頑張ってください、と頭を下げた夜倉に首を傾げつつ、だが。リベリスタ達は、己の任務を全うするだけだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月18日(火)00:02 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●愚劣に捧ぐ 「アークよ。お待ちかねだったのでしょう?」 「……どうだかな、そこらの下らねえのよりは楽しませてくれそうだ、ぐれぇには考えてるぜ」 未だアークの中では新米だろう、と自らを定義する『プリムラの花』ラケシア・プリムローズ(BNE003965)に、目の前の人形と同期し、招くように指を向けたのは言わずもがな、『ドラクルパペッター』夜見崎 蜘蛛波だ。 アークの面々が現れるのを予め予期していたか、彼の背後に居並ぶフィクサード達は何れも覚悟を決めた表情で立ち尽くしている。 「黄泉ヶ辻のフィクサード、ですか。どうやら私達に用があったようですが、何用です?」 「イイね、威勢だけは他と比べられねェ。あいつら直ぐビビって動けなくなるんだもんなァ?」 「戯言を、私は、私達はまだ戦え」 「彼らの実力、分からぬ訳ではあるまい? 命あっての正義である」 「お互いにカバーしつつ退いてください。アークの指名として、あなた達を護ります」 続けざまに問いを投げかけた『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)に応じた『アームドビースト』鞍望 司の視線は、アーティファクトのせいで見えないが……確実に、愚弄しているのだけは明らか。 咄嗟に言葉を返そうとした女性、和花を遮って退くことを促した『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)と『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)の二人は、既に苛烈な戦意を以って戦場に居る。 尤も、オーウェンに関しては絶えず思考を繰り返すその性質上、『戦意』というより『智謀』を滾らせて居るとみるべきだろうか。 「それに、フィクサードなら全て滅するまでです」 「さぁ来てやったぜ! 覚悟しなザコ怪人ども!」 ノエルに至っては、フィクサードを『撤退』させるなどという考えは端から存在しない。『殲滅』を主軸としたその言葉の重みが軽いはずもないだろう。 それに続いて煽り文句を述べた『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)とて、自らの道理と正義に照らし合わせれば、彼らに肯定的には相対出来ないのは当然とも言える。 「おーおー、威勢いいねェ箱舟の鵯共は。気合入っちゃって可愛いのなんのってよォ」 「アークと戦いたいだけなら、剣林の皆様のようにちゃんとお手紙を書いてください。それが出来ない皆さんなんて嫌いです」 「あんな直情熱血連中と一緒にすんじゃねえよ、萎えるだろぉ?」 珍しく――というべきか。敵に対してもこうは敵意を顕にすることのなかった『もぞもそ』荒苦那・まお(BNE003202)までもが、強硬な感情を手にフィクサードへとその身を向けている。 流儀と気質を一義とする『剣林』と比較されるのが、果たして彼らにとって気分好いものかはさておくとしよう。 「困難だから……全員守り切れなくても仕方がないなんて考えできないです。ですから、皆さんには生きて欲しいんです」 「…………」 或いは、それは上から見下した言葉であるかのようにも感じられただろう。『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)の言葉はしかし、そんな出さんすらも打ち崩す如くに強い意思を秘め、和花にその背を見せているようでさえあった。 故に、その言葉は決定打となったのだ。『クレイストリアの敗走』を認めさせうるに余りある言葉として。 「 馬鹿の思惑通りか。気に食わないが、さて踊ろうか?」 戦場をコントロールせんが為、無表情のままに相変わらずの憎まれ口を叩く『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)の言葉は、神秘を宿していなくともフィクサード側を容易に苛立たせるそれであったには違いない。 「踊るのは手前ェだ小娘。俺の銃で、跳ねな」 憎まれ口に呼応するように、司が銃を持ち上げる。冗談の語り合いなどもう十分だろうと言わんばかりに。 撤退という苦渋の決断を和花が口にするのと、ほぼ同時。 ユーヌの声とともに、アークと黄泉ヶ辻との戦端が開かれた。 ●百悪万策に、 「ったく、鬱陶しいぜあの小娘は!」 軽快な動作で弦を引き、高所にその身をおくユーヌに向けて『血吸人形』を放った蜘蛛波は、彼女への一撃の行方を見るより早く、その気配を理解し、身を捌いた。 「思いの外『本体』も軽快であるな。だとすれば、この程度ではあるまい?」 「……クソが」 間合いに入ってきていたのは、オーウェンだ。蜘蛛波の初撃を止められ無かったのは確かに難しいところだが、大局からすれば幾度もある出来事の一つにすぎない。 何しろ、効果を無視して行動できるならこの男なら正面から向かってきたところで違和感もないのだから、結果など言うまでもない。 「面白みもロマンもねえ奴らだぜ、ったく」 「無闇に人を傷つけることに、浪漫なんていりません。鞍望様、まおが相手です」 両手の銃を構え、ユーヌを『視界に収める』のとほぼ同時に飛び込んだまおは、勢いを殺さず気糸を振るった。 その動きを制動するには彼女の気糸の扱いは繊細且つ正確で、しかし小手先の策を弄すには完全性は低かったと言えるだろう。 司を縛り上げこそすれ、結いつけたカラーボールが着弾したのはその腹部。狙いからすれば明後日の方向ですらある。 ……それを含めても、彼女の功労は少なくはない。 「全員守って見せるです……だから、誰一人欠けてもいけないのです」 「出来る限り、お早く。──こちらも、戦線を何時まで保てるか解りませんから」 銃弾を、或いは魔力の矢を只管に向けられ、その多くを回避することで戦線を繋ぐユーヌへ向け、光は天使の息を送り込む。 悪漢の構えたフィンガーバレットを弾くのは、紫月の放つ氷雨のものだ。 前線に立つことで敵味方双方の状況を確認し、多用な手段を講ずる光の思考的苦慮は当然といえば当然ではある。 だが、その苦慮よりも先に来るのは、全てを活かすという泥臭くも真っ直ぐな決意。 他方、紫月からすれば、招き寄せられ、恐らくは想定の範疇として続くこの戦闘自体に薄っすらとだが苛立ちを禁じ得ない。 アークの介入を最初から企図しているとすれば、クレイストリアなど狙う価値のある相手ではなかったということだろうか。 裏で糸を引く人間が、或いは六道のそれのように観察しているのだとすれば度し難く救い難い。 今の彼女が出来る事があるとすれば、その思惑を一つずつ潰すことぐらいだろうか。 「助けられてきた分を、今ここで助ける番ね……そう考えれば安いものだわ」 グリモアールを手に、リベリスタ側の布陣を適正化し、確実な状況へと練り上げるラケシア。 アーク側からすれば十分に実戦レベルの人物だと言えようが、彼女自身は受けた恩を返すに足る人間にならねばという感情が先に立つ以上、確実とは思って居まい。 それがフィクサード側にとってある種の脅威であるといえば、そうなのだが。 「我らを呼んだからには、死んで頂きましょう」 半ば狂気の域に練り上げられた、ノエルの『フィクサードを殺す一撃』は、迷いなく神聖術師の体軸をブチ抜き貫いていく。 まるでゴミでも捨てるように振るわれた残心で抜け落ちた肢体が虫の息を吐く様は、しかし救うには時間が絶対的に足りなかろう。 ……少なくとも。 『敵』に対する容赦の無さで言えばリベリスタもフィクサードも大きな差など存在しない。 あるとすれば、まおの言葉を借りるように「考え方の違い」のみである。 「雑魚は雑魚らしく、盲目にでもなりやがれ……っ!」 「チッ、蜘蛛のガキといい手前といい、俺の一張羅汚すとかいい身分じゃねえか全くよ……」 勢いを緩めずに顔面にカラーボールを叩き込んだヘキサに、しかしくつりと笑う司は彼に対して『視線を向けた』。 アーティファクトの輝きはない。体に重みを感じる違和感もない。だが、彼には確かに『視界がある』のだ。 「だから言ったろ司よォ。俺の方が賢いんだって。この面子見た時に気づいてたんだろ? こうなるって」 「まあそうだがよ――あっちのリベリスタが無傷で帰るっつーのもまァ、ちょっと詰まらねえな」 自由を奪われていた司が気糸を引き千切り、ユーヌの二度目の挑発を凌いだ蜘蛛波がオーウェンに向き直る。 「なあ、お前もそう思わねえか? ――『下らない策で茶を濁すガキ共』、だろ?」 ざわりと、空気が変質した。『血吸人形』が蜘蛛波に合わせて動いただけだ。『クレイストリア』は既に半数が脱出に成功し、見通しが誤っていなければアーク側の目論見は成功する。 だが、それでも。 かばっていた側の面々が、回避を企図しなかった者達が、その言葉で『扇動された』のだ。 「人形遊びが達者だな? 一方的に戦うのが好きなら、それに合う結末を与えてやろうか」 「言葉遊びが好きだよなテメエ。いいぜ、来いよ」 笑いながら、オーウェンの呪印で封じられた腕に目をやり笑うその様は嬉々として鬼気に満ちる。 やり過ごせば勝てる、十秒。 護り抜くなら、余りに重い十秒。 可能性は、どちらもが、誰もが、まだ捨てていなかった。 ●一瞬に永遠を載せて 「ったく、つくづく邪魔なクソガキ共だな……燃えて、落ちろよ」 「鞍望様、相手は」 「しつけえ! なら纏めて死んどけ!」 ユーヌに向けた視線を外しはしなかったし、彼女の尽力があってこそリベリスタ側を視野に入れなかったとして――その射線に積極的に潜り込み、その意識を向けようとしたまおは、司の銃口から放たれた炎をまともに受ける結果となるのは当然の流れだった。 カス当たりでこそあったが、ユーヌにすら届きうる一撃の命中精度が低いはずもないだろう。 「逃げて下さい、こちらは危険ですから、お早く!」 「……癒せないなら、攻めきるまでよ……!」 「ここで無理をして救えないのなんて、ボクはごめんです!」 意識を強引に向けられた紫月が、ラケシアが、そして光が慮外の相手へと攻め手を重ね、打ち込んでいく。 本来なら積極的に攻める相手ではないとわかっていても、しかし蜘蛛波の綽々たる余裕の表情を崩さない限り悲劇を回避することは出来ないだろう。 たとえそれが『不要な幸福』として割り切ってもいいものだとしても。 そして、蜘蛛波の前に立つイージスが巨大な盾を駆使し、倒れる際まで彼を守ったとしても、だ。 「歯ぁ食いしばれぇッ!!」 「ッ――ァ!」 度重なる全体攻撃を身に受けた守護者を、ヘキサの速度に乗った一撃が襲い掛かる。 肩口を切り裂く感触、明確に人を刻む感触、死を、与えた感触。 経験が無いわけではない。だが、年頃の少年にとって軽い感触であろうはずもない。 勝利へ近づいた興奮と、人死にに関わった感触とのジレンマは軽くはないだろうが、それに彼が気づくのはすべてが終わったその後なのだろう。 「彼らが貴方に近付くなら、貴方を突き放してしまえばいいだけのことでしょう」 「言ってくれるぜこの小娘……」 冷静だった、否、冷徹とすら言えたノエルの言葉に偽りは無い。そして、彼女の行いに迷いはない。 怒りを差し向けられているなら、その意思ごと。 クレイストリアの面々が踏み込むのなら、その間合いを。 己の手で吹き飛ばしてしまえばいいだけのことなのだ。 「司ァ! 分かってんだろうなぁ!?」 「おいおい、皆まで言わせるのかよ? ……分かってるって」 「させません、そんなこと……絶対に! 離れて下さい、皆様……!」 追い込まれた自分では無理か、と笑った蜘蛛波に応じた司は、やはり落ち着いたままに『ミッドナイトアヘッド』を顔面から外し、上空へ放る。 それが何かの合図だろうと考えたまおが咄嗟に彼の抑えに入るが、直後、彼女ならずその場に居た者の多くが、息を呑んだ。 鞍望 司の目に光があるようには思えなかった。 それどころか、それを眼窩と呼ぶべきかも迷ったほどに。 だが、そんなものは戦場ではどうでもいいことなのだろう。だからこそ、まおは失った言葉を飲み込んで、銃にマウントされようとしたアーティファクトを叩き落とそうと試みた。 一拍遅れ、挑発を受けていたクレイストリアが各々の攻撃を蜘蛛波に向け、或いは間合いを可能な限り詰めに行く。 それが本当に、ほんの数名。 彼らの蛮行を止めきれなかった和花が、リベリスタの視界の端でちらついて。 「ガキが煩えな、畜生」 「ンだよ、小物は大体逃げちまったの? 詰まらねえ……!」 冷静と興奮を兼ねる二人のフィクサードの声は高く、アーク側の一瞬が何よりも遠く。 クレイストリアの戦力は――、 ●掌に残った砂の粒 「……ゴメンな、何人か死なせちまった」 「構いません。彼らは愚かでした。愚かでしたが、果敢な死を遂げたならば恥じ入るところもないでしょう」 廃墟と化した組織拠点を視界に収め、しかし和花はヘキサの言葉に柔らかく応じていた。 最後のやりとりの顛末を語ろう。 まおは、司の『アヘッドショット』の発動をギリギリで阻止した。阻止したものの、それだけで留まるものでもなく、結果として前へ出たクレイストリアの面々の半数――精々三人だが――の被害を出すことと相成った。 それとほぼ同時に、残っていた避難側の面々がほぼ逃げおおせたことを受け、司と蜘蛛波が全力での撤退に動いたのだ。 彼ら曰く、『箱舟とヤリ合うってろくでもねえ、ってことだけはクソほど分かったぜ』と。笑いながら、逃げおおせたのだ。ほぼ総力を残す、アークを前に。 全ては守れなかった、と嘆く者があり。 精一杯に護ることはできた、と誇るものがあり。 だが、これでは足りぬと憤るものがある。 リベリスタなどこんなものだ。 だからこれは正しくも辛く、続くための結末。 ただ、敢えて語るとするならば。 『俺達は飽くまでお嬢のコマだ。死んでもいいけど、無いと困る。その程度だろうぜ』 そんな言葉を、ノエルが耳にした程度のことか。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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