●神社と祭りと灯籠と 「みんな、祭りに行こうぜ!」 開口一番、『ジュニアサジタリー』犬塚 耕太郎(nBNE000012)は元気よく拳を振り上げた。 かき氷にりんご飴、たこ焼も美味いし、焼きそばだって捨てがたい、と指折り数える耕太郎は祭屋台への思いを馳せる。 しかし、今の時期は夏祭りとしては遅く、秋祭りにしては早すぎるような気もする。どういうことなのかと仲間に問われた耕太郎は破顔し、実に嬉しげな笑みを見せた。 「へへー、聞いて驚くなよ? なんと、実は!」 大きく胸を張り、得意気に語ろうとする耕太郎。 だが、その続きは間に入った『サウンドスケープ』 斑鳩・タスク(nBNE000232)が次いだ。 「一度は雨で中止した神社の祭が順延になったらしくて、次の休みに再度開催するんだってね」 ほら、とタスクが示して見せた祭のチラシは、日程の部分だけが書き換えられている。俺が言いたかったのに、と唇を尖らせた耕太郎だったが、すぐに明るい表情を湛えて尻尾をぱたぱたと振った。 「屋台もいっぱい出るからさ、結構遊べると思うぜ」 食べ物屋台の他、金魚すくいや射的、輪投げなどの店もたくさん出るらしい。 また、祭会場となる境内には色とりどりの飾り灯籠が並べられ、見た目にも美しい。 屋台を楽しむのもお勧めだが、隅の石階段や樹の影などでゆっくりと休みながら、灯籠の彩りを眺めるのも浪漫めいていて良いかもしれない。 「あの綺麗な灯籠を見るのも、すっげー楽しみ!」 わくわくとした様子の耕太郎を横目で見遣ったタスクは「はしゃぎすぎないように」と、告げて微かな笑みを零す。そして、自分も出向いてみる心算だと語った少年は、折角だからとアークの一角に祭のチラシを張り出すことを決めた。 「良ければ君達も、友人や恋人を誘って遊びに行ったらどうだい」 「そうそう! 大勢でわいわいするのも絶対に楽しいよなっ!」 少しばかり季節を外していても、祭はおおいに賑わうはず。 さあ、君も一緒に――夏の終わりを飾る思い出を作りに、出掛けよう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月17日(月)23:45 |
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■メイン参加者 36人■ | |||||
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● 夏の終わりを飾るのは、季節の流れを彩る灯籠の彩。 気付けば、あっという間に過ぎた夏に想いを馳せると、少し寂しくもある。 けれど、きっと浴衣を着るのも今年最後になるのだから、しっかり楽しむが勝ち。 片手には屋台で買って貰ったりんご飴、そしてもう片手ではフツの掌を握り、あひるは石階段へと向かった。引いた風呂敷の上にあひるを座らせ、フツは夜を彩る灯籠を瞳に映す。 「灯籠って言っても、色々とあるもんだな。見てるだけだが、全然飽きないぜ」 「どれも綺麗でやさしい灯りで……ずっと見ていたくなっちゃうな」 ――勿論、ずっとフツの隣で。 なんちゃって、と零したあひるに笑みを向け、フツは綿飴をあーんと差し出してやる。その甘さに口許を緩めたあひるもりんご飴を掲げ、食べる? と小さく微笑んだ。 「楽しい夏も、もう終わりだね」 「ホント、あっという間の夏だったなァ」 暑い日々と南の島、過ごした日々を思い返したフツ達はしみじみと夏の終わりを感じる。 また来年もこうしていたい、と交わす言葉は二人だけの約束。それでも、今宵の祭は未だこれから。 静かに燈り続ける灯籠はとてもやさしく、想いを重ねる二人の姿を淡く照らし続けていた。 祭囃子を聞くと、何だか楽しくなってくる。 そう言って笑った悠里に、カルナは元気な人々の姿を見ていると此方まで楽しさを分けてもらっているようだと答える。そして彼ははぐれないようにとカルナの手を取り、賑やかな屋台へ踏み出した。 「あ、カルナ。金魚すくいやってみない?」 どうかな、と勧められた屋台に一度は瞳を伏せる少女だったが、そこには決意の感情が宿っている。 「分かりました、私の腕を見せてあげましょう」 颯爽とポイを手に取り、金魚をすくう彼女だったが――懸命な奮闘も虚しく、あえなく悠里に交代せざるを得なくなってしまう。けれど、悠里にとってはそんな彼女の姿も可愛いと思えた。 「ほら、すくえた。一匹だけで良いよね」 慣れた手つきで赤金魚をすくい、悠里は小さな袋に入ったそれを手渡す。 連れて帰ったら名前を考えてあげないといけない。きっと、それがこの金魚を掬い、救った責任なのだと感じたカルナはそっと袋を受け取った。 お祭りと云えば屋台、屋台と云えばアレ――いちご飴。 しかし、一口に飴といっても様々な形がある。一粒のいちご飴、二粒のいちご飴、それにみかん飴やあんず飴だって捨てがたいもののひとつだ。 そして、屋台の前でじっと飴を見つめるそあらはお財布を握り締める。 「お土産用にいっぱい買って帰るのです。決めたのです」 大粒のいちご飴を手にしたそあらは満足気に、屋台通りを歩く。 そんなとき、ふと目にした屋台にどうしても許せないものを見つけ、そあらは頬を膨らませた。 「かきごおりのいちご……ただの赤くて甘いだけの液体はみとめてやらないのです」 そうして魅惑のいちご探求の為、そあらさんは今日も彷徨うのでした。 賑わう祭の雰囲気は、誰かと一緒ならよりいっそう楽しく思える。 「うふふ、誰かと一緒にお祭りっていつぶりかしら!」 自然と浮き立つ心は壱和とジャンが互いに仲良くなりたいと考えているからでもある。そうして二人は食べ歩きを決め、揚々と屋台通りを往く。そこにふと、視線を巡らせた壱和のお腹がぐう、と鳴る。 「うぐ……いい匂いが悪い。です」 恥ずかしさに赤面した彼女に笑みを零し、ジャンはくすくすと口許を押さえる。今夜は何も気にせずにたくさん楽しもう、とジャンが飲み物を買っていると、偶然にも二人の傍に耕太郎が通り掛かった。 「ねえねえ、良かったら一緒に食べ歩きしない? まだ焼きそばもりんご飴も食べてないの」 どうかしら、とジャンが耕太郎を誘うと、彼は嬉しげに瞳を輝かせる。 「一緒に行って良いのか? やった、じゃあ皆で色々回ろうぜ!」 「みんなで食べた方が、いろんなもの食べれますし、美味しいですよね」 嬉しげな耕太郎と並び、壱和は新たな店を目指して歩きはじめる。 これから巡る時間に期待を馳せ、視線を交わし合った三人の間には、とても明るい笑みが咲いていた。 幻想的な灯籠に映える彼女の姿は実に魅惑的だ。 カメラを構える恋人、竜一のはしゃぎように小さな溜息を零し、ユーヌは辺りを見渡す。 「まったく、別に撮影は構わないが邪魔にならない程度にな?」 「ふふふ、俺のカメラは、ユーヌたんの一切合財を映して逃さない!」 聞いているのかいないのか、竜一のカメラは次々と彼女の姿を映していく。幸いにして周囲は静かであり、通行人の邪魔になるような場所ではないのが救いか。 その間にも、ユーヌたん可愛い可愛い、と連呼して写真を撮りまくる竜一に、ユーヌは何が良いのか解らないと云うように首を傾げる。 「そういえば一緒には写らないのか? ほら、こっちに来い」 「む、一緒にか。自分の写真とか誰得だが……くっついてならば!」 手招く彼女の傍に付き、竜一は自分撮りの形でシャッターを切っていく。どうせなら、と頬に口付けようとした彼だったが、その目論見はユーヌがすかさず押し付けた林檎飴によって阻まれる。 間接キスで我慢しろ、と小声で告げたユーヌ。その林檎飴の味は、何だか甘酸っぱい夏の味がした。 ● 法被に身を包んだメンバー達は、祭りを楽しむ準備万端。 残念ながら神輿担ぎは昼間に終わってしまい、境内前に飾られた御輿は動かすことが出来なかったが、そんなことは快たちに取って些細なこと。 何より、頭の捩り鉢巻が祭に心燃える漢気の証なのだ。 「夏栖斗もベルカさんも、遅れを取るなよ!」 満面の笑みを浮かべた快に続き、ベルカがとてとてと屋台通りを抜ける。 行き交う人々の流れを見ていると、人と人の縁や繋がりを感じてしまう。感傷的になったベルカが夏が感じさせてくれる文学的な思いに考えを巡らせようとした、そのとき――。 ぐーきゅるるー、とお腹の虫が鳴く。 そう、別にメランコリーな気分になることなどは特になく、彼女は彼女のままだった。其処にふと、耕太郎の姿を見つけたベルカは片手を軽くあげて彼を呼び止める。 「ようし同志犬塚! この間は任務お疲れだった!」 「ベルカ、それにみんなも! 揃いの格好で何しに行くんだ?」 仲間の姿に尻尾を振った耕太郎が問うと、快が皆で御輿を見に行くのだと説明した。 「犬は喜び庭駆け回るっていうだろ? ノリでいいから思いっきりたのしもうぜ!」 一緒に行こうぜ、と、夏栖斗は口許を緩めて手を差し出す。何なら上に乗ってわんこ御輿にするか、と冗談めいた言葉が投げ掛けられたりもしたが、耕太郎も喜んで彼らの後ろに付いた。 「一緒に行く! けど、俺はわんこじゃねえっ!」 「そうそう。祭を逃したら江戸っ子の名が廃るってもんで、そらわっしょーい!」 一行に加わったノアも威勢の良い声を張り上げ、ぐっと拳を握る。 本来ならば祭に不備が起こらぬよう、裏方に回るのがノアの仕事でもあった。しかし、今日の彼女は幸運にも非番。硬いことなど抜きにして、今日ばかりは思いきりはしゃぐのも許される日なのだ。 賑わう境内の雰囲気は明るく、ざわめきや喧騒でさえも不思議と快い。 飾られた御輿も何処か誇らしげに置かれている気がして、ベルカはそっと双眸を細めた。その手には既に屋台の食べ物が握られていたりもしたが、それもご愛敬。 夏栖斗も色とりどりのかき氷屋台に目を奪われながらも、心地好く過ぎてゆく時間をめいっぱい騒いで遊ぼうと決めた。 浮かれ騒ぐ熱に身を委ねながら、快は立派にそびえる御輿を見上げ、不意に思う。 夏が終わるその瞬間まで、この時を最大限に楽しもう、と――。 賑わう屋台に瞳を輝かせ、ミーノはうきうきと通りを歩く。 「やたいばんざい! おいし~の~♪」 さっそく購入したタコ焼を頬張る彼女の傍、那雪は自分達の桜柄の浴衣と行き交う通行人の浴衣を見比べて小さく呟いた。 「……浴衣みたいなのは、ぺたんな方が、似合うのよ、きっと」 どこが、とは言わないが胸元に落とされた視線は全てを物語っている。そんな、せくしーず(自称)の三人に含められたリュミエールは失笑ものだ、と何とも言えない表情を浮かべて軽い溜息を吐いた。 けれど、ミーノの御守である彼女は甲斐甲斐しく新たな食べ物を彼女達に差し出す。 「ホラ、お好み焼きダ。後ハ何ガイイ?」 「私は……そうね、あんず飴、たべたい、かな。わたあめ、と、カキ氷も……」 かき氷はイチゴに練乳が、一番好きだと語る那雪は甘いものを制覇する勢いで視線を巡らせた。きっとミーノも食べ物屋台を全制覇をする心算なのだろうと予想し、リュミエールは何処か気怠げに肩を落とす。 食べ物だけではなく、ヨーヨーや金魚すくい等の出店もまだまだ沢山ある。 そうして、其々に祭りを楽しんだ三人が帰路に付いた頃、ふと灯籠の明かりが視界に入った。 「このぴんくのはきっとミーノ! みんなのいろもあるの~」 嬉しそうに桃色の灯を指差す少女に頷き、リュミエールもぼんやりと灯籠を見上げる。色とりどりに淡い光を放つ灯の彩を見つめ、那雪も双眸を細めて微笑んだ。 不意に重なった少女達の視線は明るく、今宵の楽しさを表しているかのようだった。 焼きそばとお好み焼き、唐揚げにじゃがバター。 それにりんご飴とたこ焼、綿菓子やベビーカステラだって捨て難い。 「めざせたべものやたいぜんせいはっ」 目に付く屋台を全て巡る勢いではしゃぐミミルノは元気もやる気もいっぱい。しかし、その後を追い掛ける光介は付いていくだけで精一杯。 「ミ、ミミルノさん、ちょっと待ってください~!」 慌てて走る光介だが、丁度そのとき姉を見つけたミミルノは更なる対抗心を燃やしてしまう。 たくさん買うの、と意気込む彼女が両手いっぱいに食べ物を抱えるのをフォローしながら、光介は懸命についていく。そして二人は収穫物を手に、灯籠が綺麗に見える階段に腰を落ち着けた。 「こーすけちゃん、いっしょにたべるの~」 嬉しげに微笑む彼女の言葉に光介も頷き、頭上の灯籠を見上げる。 「色とりどりのあんず飴、まるで灯篭みたいですね」 幻想的な光景だけれど、ミミルノは花より団子だろうか。お腹もいっぱいになり、眠たげに目を擦りはじめた彼女を見つめ、光介は優しげな微笑みを湛えた。 ● 奢りではなければ絶対に来なかった。 そう豪語するゐろはは、杏飴と焼き鳥を両手に持ち、実に忌々しげに舌打ちをした。 「あハ、そんなに怒らないでよ。僕だって君くらいしか誘える知り合いがいなかったんだもの」 そんな彼女の様子を気にすることなく、暁は手近な階段へと腰を下ろす。焼き鳥を食べる為、ゐろはもやや離れた場所に座るが、実を云えば居心地が悪くて仕方がない。戯れに、食うかと串を差し出してみるのだが、暁は要らないよと小さく笑むだけ。 「ハァ……こいつといると、ホントろくなこと無いから正直帰りたい……」 正直な気持ちを吐露したゐろはの傍、相変わらずの彼は掴めぬ態度のままで灯籠を仰ぐ。 「赤い光を見てると、なんだかドキドキしちゃう。そう思わない?」 ふわりと微笑んだ暁だったが、彼女には浪漫めいた気持など欠片も沸いてこない。不思議な関係の二人の間に暫し、無言の時間が流れてゆく。そうして焼き鳥を食べ終わったゐろはは、タレで汚れた指先をぺろりと舐めると立ち上がった。 「……帰っていい? いやつーか帰るわ、うん」 「あはは。いいよ、僕はもう暫く眺めているから」 容赦なく踵を返し、屋台の方へと歩み出すゐろは。その後ろ姿を見送り、暁はそっと手を振る。 見上げる灯籠の色は赤く――何故か、血の色のようにも感じられた。 浴衣に身を包み、亘は気ままに通りを往く。 すれ違う人達が楽しげに笑う姿を見遣り、彼は心地好さに満ちた感情を覚えていた。そんなとき、見知った顔を見つけた亘は其方へと歩み寄っていく。 「こんばんは斑鳩さん」 「ん、どうも。君はアークの人だったっけね」 初めまして、と亘が自己紹介をした相手は運命詠みの少年、タスクだ。一緒に回らないかと亘が誘いを掛ければ、彼は良いよと頷いてその隣に寄る。 そうして二人は気ままに射的や食べ物屋台を回り、年頃の少年らしい遊びに興じた。 「亘、次は輪投げにでも挑戦してみるかい?」 「良い案ですね。景品目指して頑張ってみましょうか」 互いに初対面ながらも、交わす言葉は次第に柔らかくなっていき――傍から見た二人の姿はまるで、歳の近い友達同士のように見えた。 姉と妹。こうして祭に出掛けるのは実に久々だ。 揃いの髪型に色違いの浴衣を纏い、壱也と双葉は屋台通りを歩む。お揃いでも唯一違うのは胸元の大きさなのだが、其処はそっとしておいた方が良いだろう。きっと。 「何食べよっか! おねーちゃん、おなかすいてるんだよね!」 「私も実はお昼抜いてたりして……えへへ」 ぽんぽんとお腹を叩いてみせる壱也と手を繋ぎ、双葉は並ぶ屋台へと視線を移す。焼きそばにたこ焼、りんご飴や綿菓子は外せない。たくさん買うと手を繋げなくなるけれど、そこは気合いで何とかなるはず。 そして二人は好きなものを其々に買い込み、石階段で休むことに決めた。 「そういえばお姉ちゃん、先輩とはどうなの?」 「えっ、せ、先輩は……素敵だよっ」 色とりどりの灯籠を眺め、ふと始まるのは恋の話。照れる姉の様子に興味を覚えながら、妹は参考までにと更に食い付く。綿菓子のように甘い話を期待しつつ、姉妹水入らずの夜はゆっくりと更けてゆく。 「さて、どこの屋台から食い潰してくれようか」 祭を彩る灯籠の灯に目を細めながら、シェリーは並ぶ屋台をぐるりと見渡す。 着物の裾を揺らしながら、食べ物制覇を狙う彼女は神社の様相にも興味を持っている様子。 「確かにミステリアスだな」 もっとも自分は無神論者なのだが、シェリーはこんな日くらいは神の存在を許してやってもいいと考えた。何故なら、それは――今日という日の中に、これほどの人の笑顔が溢れているから。 そうして賑わう通りを満足気に見据え、シェリーは次なる屋台へと歩んでゆく。 「いやぁ、血が滾るねぇ」 人々で賑わう境内を見渡し、御龍はくるりと身を翻す。巫女として、この幻想的な神社で踊るっきゃないよね、と巫女舞を見せる彼女は実に楽しげに祭囃子の心地に身を委ねた。 静けさに満ちた影の中、リサリサはひとり物思いに耽る。 「素敵な灯籠です……」 あやふやな記憶の最中にはこんな風景があったように思えた。幼い頃の曖昧な思い出ははっきりとは判らずとも、確かに感じる何かがある。名前も顔すらも思い出せぬ母の面影を風景の中に視た気がして、リサリサははっと顔を上げた。 「これは……母の、記憶……?」 問いかけてみても答える者はおらず、仰いだ灯はただ淡く揺れていた。 「あっ、椿のアネキだ! 一緒に屋台巡りしようぜっ!」 その姿を見つけて開口一番、耕太郎はぱたぱたと尻尾を振って椿の傍に駆け寄った。先程の御輿部隊にもみくちゃにされぬかと心配していた椿だったが、どうやら少年は大いに楽しんで来たようだ。 「良かった。とりあえず色々回ろか」 姉貴分として縁を紡いだのはついこの間だったけれど、だからこそお姉さんとしての自分が耕太郎に付いていなければならない。そんな気持ちを抱えた椿は、遊び屋台を見ようと彼を誘う。 「見てなよ。俺、あれを取ってみせるから!」 意気揚々と言うやいなや、射的に挑んだ少年は景品のぬいぐるみを見事に落として見せた。 そして、妙に不細工な犬らしきモノを手渡された椿は暫しきょとんとしていたが、得意気な耕太郎を見てくすりと口許を緩める。 「どうもありがとな。なぁ耕太郎さん。いま、楽しい?」 「おうっ、椿と一緒だからすげー楽しい!」 満面の笑みで返された返事と、交わされた二人の視線はとても明るい色を宿していた。 ● 臙脂と水色が咲く大輪の花の浴衣に、結いあげた髪には揺れる風鈴の簪。 涼しげな夏の様相に身を包んだ旭はふと、見知った少年の姿を見つけて駆け寄った。 「タスクくんタスクくん。ね、よかったら一緒にまわろ?」 「誰かと思ったら、旭か。ナンパ避けに俺を使うなんて良い魂胆だね」 この前はお疲れさま、と仕事の礼を告げた少年だったが、その口調は普段よりも幾分か柔らかい。その言葉に拒否の色が見えないと判断した旭はにこりと微笑み、行く先の屋台を指差して告げる。 「たこ焼き半分こしよっか! おねーさんが奢ったげるよう」 なんて懐の深い所を見せる旭ではあるが、本当はこれだけでお腹いっぱいにしたくないだけ。 その考えを読んだのか、タスクは構わないとばかりに彼女の後に付いて歩く。たこ焼きを分け合った二人は暫し、夏の終わりに燈る灯籠を見上げて時間を過ごす。 ――が、食べ終わるや否や旭は立ち上がり、次なる屋台を目指した。 「次はりんご飴だよっ」 「……ちょっと、早いってば」 駆けてゆく少女の背を見失わぬよう、少年も後を追う。流れる時間は賑やかながらも緩やかに、心地好い喧騒の中に紛れてゆく。 一緒に屋台を回る最中、瑠輝斗は震え気味に隣の少年を見上げる。 「犬塚さんは……私よりお兄さん……なんですね……」 「へへ、お兄さんに見えるか?」 人混みに流されそうな彼女がはぐれぬように気を付けながら、耕太郎は嬉しげに笑む。きっと、普段は弟扱いしかされぬからこそ、年下の娘の面倒が見れて誇らしいのだ。そして瑠輝斗と耕太郎は屋台を見て回り、其々の楽しい時間を過ごして帰路につく。 「今日は……有難うございました……。あの……これ、どうぞ」 お礼にと差し出されたのは林檎飴。 思わずそれを受け取ってしまった耕太郎だが、それは少女が欲しくて買った飴なのだとも知っている。 「だけどさ、それだと瑠輝斗の分が……あ、そうだ!」 それなら代わりに、と耕太郎が渡し返したのは彼が買った葡萄飴の袋だ。はからずも交換する事になった飴を受け取り、少女は小さな微笑みを見せた。 手を繋ぎ、触れてはいても、この距離は近くて遠い。 屋台通りの喧騒の中、レイチェルは自分の歩幅に合わせて歩いてくれる夜鷹の横顔を見つめる。胸に宿るのはこの上ない幸せ。カラコロと響いてゆく下駄の音を風流に感じながら、夜鷹も妹分の水色の浴衣を微笑ましげに見遣った。 「はい、あーん。それから、私にもひとくち、ください」 屋台で買った苺のかき氷を差し出し、レイチェルは控えめに申し出る。 「ありがとう。……レイも舌、紅いよ」 代わりに彼からも一口が添えられ、二人は互いに赤くなった舌の色にくすりと笑みを零した。 こうして居る時間が随分と多くなった、と夜鷹は微笑む。一度はフラれてしまった彼の表情にわずかな感情を覚えながらも、レイチェルは熱い思いを抱いた。 静かな場所に腰を下ろし、遠い喧騒を見遣った二人はふと灯籠を見上げる。 君が愛おしく思えるからこそ、壊れるであろう、先の関係が怖い。自分が言葉にしない思いを、彼女は分かってくれるだろうかと夜鷹は思う。 失うことの怖さと、其処に立ち塞がる心の壁。それから、絶対に諦めないと決めた想い。 ふたつの思いを孕みながら――夜に融ける夏が、終わってゆく。 境内への道すがら、慣れぬ下駄で躓きそうになるニニギア。 だが、ランディから差し出された手をぎゅっと握った彼女は、知らずに彼に支えられたのだと気付く。 賑わう屋台にはしゃぎ歩き、一通りを楽しんだ二人は石段の端に座った。隣合い、寛いだ様子のニニギアは淡く光る灯籠を仰ぎながら、ひとつずつを指さしてゆく。 「あの灯篭、ランディ色。きれいな赤い色。暖かい色」 「俺色の灯篭? 赤いのは沢山あるだろうしな。ニニ色の灯篭はあるかね?」 並ぶ灯の彩に微笑みを零し、ランディはニニギアを引き寄せた。少し感傷的な彼の表情を窺い、ふと思い付いたニニギアはその口に姫林檎飴をかぽっと咥えさせてやる。これもランディ色だから、と告げたその言葉は明るく、小さな不安など吹き飛ばしてくれそうなものだった。 そのままぐいぐいとくっつき、心に浮かぶんだのは大好きだと云う大切な気持ち。 「だーいすき」 「ニニ、もうちょっとくっつけ」 あと少し、お前を捕まえておきたいから、と。 夏の夜。互いに寄り添う二人が浮かべたのは、きっと――今日で一番、しあわせな微笑みだ。 灯籠の彩りの下、灯に映える竜胆の浴衣は不思議と目を引く。 夏の終わりの日を思い、そっと季節の気配を感じていた悠月は拓真と共に暫し静かな時を過ごす。 「悠月、実は君に渡したい物がある」 不意に彼が口を開き、取り出したのは小さな小箱。目の前で開かれた箱の中には、虹色の光を放つ金剛石の指輪が収められていた。そっと指輪を見つめる悠月を真っ直ぐに見つめ、彼はそのまま続ける。 「誕生日おめでとう、悠月。俺と……婚約してくれないか」 嘘偽りなく、俺の本心だと告げられた言の葉に彼女は息を飲む。 そして、はにかんだ笑顔で応えた。 「……喜んで、御受け致します」 見つめ返された視線を受け、彼はその薬指に指輪をはめた。 何れは終わる運命かもしれない。それでも、今は何より君が大切だと感じるから。 「君を愛している。この世界で、誰よりも──」 「私も――あなたを愛しています、拓真さん」 想いと共に重ねた双唇のぬくもりは、確かな証のように感じられた。 喧騒は遠く、遥か彼方に。 訪れた夏の終わりの代わりに、其々の新たな季節と物語がはじまってゆく。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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