● 満ちていた。 むせかえるような鉄錆のにおい。からからに掠れた、絶望のこえ。 死の恐怖は絶対だ。 一度しか味わえない。己の身体がその機能を停止し、そして思考もシャットダウン。 自分が、無になっていく、あの恐怖。 同じものは得られない。同じものは見られない。けれど。 限り無くそれに近い恐怖を与える術なら、持っていた。 厳然たる閃光が、一帯を焼き払う。 これでもう何度目だろうか。もう音にすらなっていない呻き声が、そこかしこから聞こえていた。 「ねぇねぇ、これすっごい楽しくない?」 「……楽しいけど、そろそろ死ぬんじゃないの、本当に」 朗々と。退廃した戦場に響く男女の声。それもそっか。嗤った少女が、その手を翳した。 響き渡るのは、癒しの福音。焼き払われ、血と泥に塗れた人間らしきものの傷が、緩やかに癒えていく。 「これでどう?」 「いいんじゃないの。……ほら、満足するまでやれば」 それを、繰り返し。 少女が嗤う。青年が肩を竦める。嗚呼楽しいわね。そんな声が、福音と共に戦場に落ちた。 ● 「……今日の『運命』。どーぞよろしく」 渋い顔。資料と見つめ合いながら、『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は常の如く挨拶を投げた。 「あんたらに頼む事はひとつ。一般人の救助。人数はそうね、40人程度。半数以上救うのが最低ラインで宜しく。 ……現場には、散々に痛めつけられた一般人の他に、フィクサードが5人。ホーリーメイガス、ナイトクリーク、プロアデプト、クロスイージス、クリミナルスタア。 まぁ、こいつらが一般人痛めつけてる犯人ね」 淡々と。述べられる状況と共に、長い爪がモニターを動かす。 表示されたのは大雑把な地図と、配置のようだった。 「敵フィクサードは恐らく、主流七派黄泉ヶ辻所属。彼らは戦場中心辺りに5人居るわ。んで、一般人はその辺にばらばらと。 まぁ、ちょっと、って言うかかなり気分悪いんだけどさ。……こいつら、自分の持ってる、所謂不殺スキルで、殺さないように一般人いたぶってんのよ。 それでも限界超えそうな時は、傷癒したりして。其処までやるなら目的があるのか、と思ったんだけど……そう言うのも良く分からないのよね」 何て言うか、不可解。深い溜息と共に肩を竦めたフォーチュナは、纏めた資料を机に並べる。 「痛めつけるのを楽しんでいる節もあるんだけどさ。どっちかって言うと、こっちの反応を見てる感じがあるんだよね。 嗚呼、……まあある意味当然なんだけど、あんたらが行けばフィクサードは一般人殺そうとし始めるっぽいから。頑張って頂戴」 それじゃあ、後宜しく。何時もの一言を残して、フォーチュナは足早に部屋を出た。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月19日(水)22:54 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 悪夢だった。 焼け爛れた皮膚。何度も破壊と再生を繰り返した肌は引き攣れて。胸を悪くする濃い血のにおい。 「……さぁ、戦場を奏でましょう」 ――悪しき夢に、終焉を。 陰鬱なそれを切り裂くのは、強烈な閃光。目を焼くそれで注目を集めた『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)は、折れそうな程に杖を握り締める。 皆、皆助けて見せる。この手からひとつだって零しやしない。その為ならば、この身など幾らでも削ろう。 それはあまりに無謀だと知っていても。恐怖を、決意が上塗りする。 「仇野・縁破、彼女は告げました。黄泉ヶ辻の彼の者には『妹』が居るのだと」 あのひとの遊び。それに、付き合っているのかと。問う声に、少しだけ間が開いて。直後、拡散したのは全てを癒す神の息吹。 吹き荒れたそれが、傷を癒していく。閃光の残滓を取り払っていく。そして。 「縁破に会ったのね! うふふ、御機嫌よう、アークのリベリスタ」 待ち草臥れてひとりふたり殺しちゃおうかと思ったわ。楽しげに。漆黒のドレスを纏った癒し手は両手を広げてくるくると回って見せる。 余裕綽々。ふざけた台詞に、押さえていた怒りが一気に湧き上がった。駆け抜ける銀のライン。 「お前らは絶対に許さない! 覚悟しろ、黄泉ヶ辻!」 振り抜かれた刃が散らすのは、煌く桜花。全体重を乗せながらも美しい太刀筋を辛うじて流す癒し手を、『禍を斬る剣の道』絢堂・霧香(BNE000618)は睨み据える。 悔しい。割れそうな程奥歯を噛み締めた。苦しんでいる誰かの声がする。まだ、生きているもののこえ。 全てを守れない。痛い程知っていた。こんな事、何度だって経験してきた。それでも。救えないのが、悔しい。 だからせめて。一秒でも早く。1人でも多く。救える限りを救うのだ。その為の、剣だ。その為の、自分だ。 リベリスタの猛攻は、敵に休む暇など与えない。紫の爪が生むのは、不可視の罠。相対したクリミナルスタアを絡め取って、『fib or grief』坂本 ミカサ(BNE000314)は冷ややかに目を細める。 随分と良い趣味だ。そんな皮肉を零す以外に、その表情は動かない。心を痛める? 笑わせる。そんなのは、全てを救う手立てを持つ者がする事だ。 「ねえ、よそ見してる暇なんてあるの」 為すべきは、出来る限りの最善。忌々しげに己を縛ったそれに眉を寄せた敵を確認する間も無く、聞こえるのは軽やかな足音。 そして、絶叫。 伸びた気糸が、足元に倒れた少女を締め上げた。命を奪わない、けれど凄まじい激痛に、その身体が慄く。目を背けたくなったけれど、それは出来なかった。 「ミミルノだってやれるもんっ!」 最も最適な防御行動。己に身につくそれを仲間へと伝達して、『くまびすはこぶしけいっ!!』テテロ ミミルノ(BNE003881)はくまぐろーぶを構える。 スピード勝負。出来る限りの尽力を心に誓う彼女の目の前で、ナイトクリークの手が伸びる。掴み上げた、恐らくは母と赤子らしいもの。 止める間もない。動いたナイフが、二人分の首を跳ねる。 「さあ、ゲームだぜリベリスタ。……逃げるか死ぬか、選ぶといいよ」 血塗れたナイフが鈍く光る。少しでも多くを。そう望むリベリスタの、過酷な戦闘は開始された。 ● 時間も人も足りない。そんな状況下でリベリスタの出した結論は、恐らく最善のものだったのだろう。 「癒しよ、あれ」 吹き抜ける神の息吹。たった一人、仲間の傷を癒す来栖・小夜香(BNE000038)は、その背に庇う様に呻く人々の前に立つ。 仲間だけではなく、痛めつけられたか弱い人々まで。等しく癒した。それに、どれだけの意味があるのかは知らないけれど。 ただ、指を咥えて見ている訳には行かないのだ。可能性があるなら、何だって。そんな彼女の願いに答えるように。 比較的傷の浅かったのであろう誰かが、立ち上がる。その腕に、きっと見ず知らずであろう赤子を抱えて。 「お願い、逃げて!」 走る背を、自らの身体で隠す。それが、今の自分に出来る事だった。 頑強な盾は、か弱い者を守る。本来ならば、今此処に立つ騎士も、その役目に準じて癒し手を守るはずだったのだろう。 しかし。彼は其処から動く事を許されていない。 「負けられない戦いである以上、自分が為すべきことを為すだけです」 端的に。叩き込んだ掌が、分厚い防御を破ってその身を抉る。浅倉 貴志(BNE002656)の徹底的なブロックは、完全にクロスイージスを封殺していた。 罪も無い一般人を嬲り、アークを誘うだなんて良い趣味だ。招待された以上、それに答えるのがアーク流。 「きっちりと、その身をもって分かっていただきましょう」 底冷えするような声音にも、敵は怯まない。仕返しとばかりに振るわれた煌く盾に、鮮血が散る。 傷を押さえた貴志の、後方。 「――さあ、「お祈り」を始めましょう」 力なき人の子に出来る限りの救いを。邪悪なる者達に天の裁きを。 それはまるで、聖書の一節を歌う様に。『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)の手で引き金が引かれた。ひり、と一気に水分を失う空気が、痛い。 神の審判は全てに等しく。蒼く燃え盛る幾つもの弾丸は、聖女の祈り。そして、天の怒り。 「貴方方の罪は深い。さあ、断罪の時です」 どうか。自分に力なきものを救う力を。力なきものに、希望の光を。 この血、この祈りは全て、力なき子らの為のものだ。己が持てる最大火力をぶつける彼女に、敵の表情が微かに歪む。 「下衆が……貴様らは人の命をなんだと思っている」 冷たく放たれる言葉と光弾。アリシア・ミスティ・リターナ(BNE004031)は蔑む様にその目を細める。 ゲーム感覚だというのなら、自身の命も全てチップに過ぎない、なんて事は承知の上なのだろう。ならば。 「私はまっぴらだが、貴様らにはそれを味わってもらおう」 何とか逃げおおせた者は、極少数。ミミルノやミリィの尽力で回数こそ減らせたものの、既に5人の一般人が、犠牲になっていた。 けれどリベリスタも負けては居ない。ヒロフミとカサネは、既に地に伏せている。 前衛で身体を張り続けるミリィが、肉薄した癒し手と一瞬だけ、視線を交わす。 「……何処を向いているのですか?」 気を逸らして無事で済む程、自分達は甘くない。そんな挑発と共に敵の注目を集めるミリィに、癒し手は楽しげに笑う。 放つのは、厳然たる神の煌き。全てを灼いたそれに、上がる呻き声。湧き上がる怒りは、声にならない。 「……一般人を痛めつけて、苦しめて……そしてそれを楽しんで」 手が震える。此方の反応を覗う様にこんな事をする理由は何なのか。 他にも幾つも起こる同様の事件。それは絶対に、ただの気まぐれなんかじゃない。燃え立つ蒼い瞳が、敵を睥睨する。 「目的があるんでしょ、答えろ!」 その疑問は、リベリスタの多くが持つものだ。リリもまた、状況判断に努めながら微かに首を捻る。 あまりに、黄泉ヶ辻らしくない。まるで、裏野辺のようなそれ。くすくす、と笑い声が聞こえた。 「そこの子、縁破に会ったんでしょ? ……聞かなかった? 黄泉ヶ辻京介には、『妹』がいるの」 親にその存在を認めてさえ貰えなかった、哀れで無能な妹が。 哂う。けれど、その紅の瞳は何処までも冷たい。此処まで言えば分かるかしら。その問いに、ミリィが、ミカサが微かに表情を変える。 「――改めまして御機嫌よう、リベリスタ。私が、主流七派『黄泉ヶ辻』首領の妹、黄泉ヶ辻・糾未よ」 お会いできて嬉しいわ。愉悦に満ちた笑い声。一頻り哂って、その瞳が細められる。 「目的だっけ? そうね、強いて言うなら……オニイサマと同じ事がしたいだけよ? 私、ブラコンなの」 それこそ、成り代ってしまいたい程に。だからこその、一連の事件。 アークを呼び寄せて、それでも容易く勝って見せるだけの力を。手腕を。ただの児戯。何かを、知らしめたいだけの。 言葉も出ない。光の飛沫と共に叩き付けた桜の刃だけが、霧香の怒りを物語るようで。脇腹を抉ったそれに、糾未の顔が歪む。 終わりは未だ、見えない。 ● 音も無く、踏み込んだ。己の影さえ置き去りに、紫が刻む一閃。 倒れ伏しているか等関係なく。巻き込める限りを巻き込んだミカサの一撃に、糾未の顔から愉悦が消える。 「な、なんで、こいつらもう戦えないのよ!」 「……やさしくない奴に何で俺が配慮しないといけないの」 跳ねた返り血を無造作に拭う。揺らぎの欠片も無い、漆黒が其方を見据えた。 大義名分があるだけで。本当はきっと、この心は目の前の敵と大差無い。命を奪う事を躊躇わないと言う、その点においては。 視線がぶつかった。なんて酷い事を、とでも言えばいいのか、と、言葉を放った。答えは、ない。 「俺の打てる手なんてたかが知れてるんだ。……「出来るだけ」の行動ばかりだ」 そんな自分が、救えないと心を痛めるなんて可笑しな話だ。無表情に、微かに浮かぶ自嘲の色。 どれ程足掻いたって一定数は死ぬ。そんなの覚悟の上だ。きっと、それは此処に居る誰もが分かって居て。 だからこそ。せめて後悔の無い様に。自分の出来る事を。最善を。すべき事を。 そして、ミカサにとってのそれは。 「「出来るだけ」人が殺されない様に全力で立ち回る事と――」 レンズ越し。底冷えする様な瞳が細められる。 爪から滴る血を雑に振り払った。其処に、想いを遺す必要なんて無い。そんな価値も無い。 「――「出来るだけ」お前らを殺す事だよ、黄泉ヶ辻」 無表情の裏。冷たく明確な殺意に、癒し手の足が一歩、下がる。その間にも、リベリスタの攻撃は止んでいない。 \すっごいせくしー(とじぶんではおもってる)ポーズ/ と言う名の全力の挑発。ミミルノは自らに敵を引き寄せながら、己の背後を振り返る。傷の深い、怯えた顔が見えた。 「だいじょーぶ、ぜったいぜったいミミたちがたすけるからっ」 此処に来たのは、助ける為だ。見殺しにする為じゃあない。途端に集中する攻撃に、ミミルノの意識が飛びかける。 運命が、燃えた音がした。無理矢理に意識を引き戻す。構え直した。まだ幼い少女には不似合いな程に、硬く拳を握る。 「だから……っきぼーをすてちゃだめなのっ!!」 そんな彼女を支える様に、即座に小夜香が呼び寄せるのは、癒しと激励を与える大天使が吐息。 削れて行く精神力に眩暈がする。けれど、それでも癒しの手を休める訳には行かなかった。 「――祝福よ、あれ」 彼女が諦めれば、全てを失うかもしれないのだから。 高速で振り抜かれた足が生み出す鎌鼬が、糾未を切り裂く。冷静に攻撃を行う貴志を狙うのは、騎士の刃。 鮮血が飛ぶ。意識が途切れかかった。けれど、立ち上がる。ふらつく膝を、押さえつける。こんな事で倒れる訳には、行かないのだ。 「僕が僕である為に。……咎人を倒す為なら、この身など」 削っても構わない。力なき正義など無力だ。だからこそ。力を渇望する彼は、その膝を折らない。 動く影。ハルトのナイフがまた。二つの命を刈り取ろうとする。一人目。そして、次に行きかけた、時。 駆け抜ける蒼の魔弾。首を跳ねる筈の腕が、跳ね上がった。込めたのは祈りと、意志。 その身自体が、神の魔弾。邪悪を退けんとするリリの攻撃は、寸での所でひとつの命を掬い上げる。 「……これ以上は許しません。決して、奪わせない!」 同じく後衛に控えるアリシアの銃も、素早く敵を捕らえる。 放たれる光弾。もう、これ以上は放てないと身体が訴えていた。けれどそれでも、やるしかない。 全員は無理でも。救えるだけ。そして、救えなかった者は、運が悪かったのだと割り切るのだ。 そうでなければ、兵士なんてとてもやってられない。頭痛を振り払った。敵はまだ、居なくなってなどいないのだから。 ● 感じたのは恐らく、恐怖だった。 未だ戦闘の続く場。回復によって動く事の可能だった一般人は、その多くが逃げ遂せていた。 そして。リベリスタの救おうとする姿勢に、影響されたのだろう。誰かが、誰かを連れて。誰かが誰かを庇う様に。 半数とは言わずとも。互いに支え合い、戦場を必死に離れた彼らの勇気のお陰で、戦況は完全にリベリスタ優位に傾いていた。 しかし、その代償は決して小さくない。貴志の身体は既に、地に沈み、 「っ……お前たちには分からないだろう……人の命の重みというものを」 戦場を見てきたからこそ分かる。こいつらはまさしく、屑だ。 そんな言葉だけを放って。既に運命を削られたアリシアもまた、地へと崩れ落ちる。霧香も運命を削られていた。 けれど。そんな戦果への喜びを上回るほどに。 黄泉ヶ辻・糾未は、恐怖していたのだ。 滴り落ちる血が。上がらなくなった腕が。灼熱する。殺意が渦巻く。それを軽々といなして。哂ってやるつもりだったのに。 兄の様に。哂いながらお喋りして、飽きちゃったからって弄んで。またね、と哂ってやろうと思ったのに。 やっぱり、自分は所詮―― 「……そんな事無い! 私だって出来るのよ!」 放たれる、閃光。その戦闘能力だけは、非凡であったのだろうか。全てを焼き払うそれの威力は桁違いで。 霧香が地に倒れる。ミリィの意識が、飛ぶ。華奢な身体が揺れて。けれど、彼女は倒れない。倒れられない。 痛みに震える手を握り締めた。これは意地だ。目の前で嘆いている誰かが、苦しんでいる誰かが居るって言うのに。 そんな彼らを前に倒れ伏すなんて。そんなの自分自身が認めない。 「何だって、使ってやります。……私は此処に、救いに来たんです……!」 彼女を運命が、微笑む。その心に応える。地を踏み締め直す。返しとばかりに放つ閃光。もはや、愉悦の仮面は無くなっていた。 後ずさる。ハルトが、ミヤビが、その意志を察して戦闘の手を止めた。 「……「出来るだけ」殺すって言っただろ」 間髪入れず、ミカサは踏み込む。貫く一撃。そして即座に入る、二撃。紫の爪が、引き抜かれる。ぐらり、と傾ぐ身体。大量の血が、あふれ出す。 けれど。糾未もまた、運命の寵愛を得た者。がりがり、と己のそれを削り取って。彼女は立つ。明らかに、怯え切った表情で。 握り締めた、刃持つ杖を振るう。首筋から少し逸れた刃が、ミカサの肩口を深々と抉った。視界がちらつく。飛びかけた意識は、無理矢理運命を削って引き戻した。 「嗚呼そうね、まだ足りないんだわ。そう。兄さんになるには、私には足りないの」 もっともっと、可笑しくならなくちゃ。言葉と共に踵を返す。追う者は居なかった。 鉄錆のにおいは、濃い。眩暈がするほどの死の気配も消えては居なくて、けれど。リベリスタは半数以上を、救って見せたのだ。 小夜香の癒しが、ミミルノの応急処置が素早く施されていく。アークへの連絡を済ませて、リリはそっと、祈る。救えなかった者の為に。 「……黄泉ヶ辻・糾未、ですか」 ぽつり、と、ミリィの漏らした呟き。一連の首謀者。 兄が大好きで、兄に憧れて、兄と一緒で無ければならないと信じ込んでいる、けれどそれにはあまりに『狂気』が足りない妹。 ――どーせ、女は狂いきれへん。狂って狂って狂っても力が足りへん、憧れは常に真実を遠ざけるんや。 笑いながら告げられた言葉が頭を過ぎった。 憧れて憧れて、憧れ続けて。それでも届かなかったとして。その先にあるのは、何なのだろうか。 役目は、終えたのだ。帰って休もう。そう思っても。何処か、嫌な予感を煽る笑い声が、耳を離れない。 気付けば空は白み始めていた。朝はまだ、遠かった。 ● 「怪我は大丈夫なの」 「……黙っててよ」 言葉少なに。迎えの車に乗せられた女は、かけられたマントごと己を包み込むように抱き締めた。 如何しよう。如何しよう。如何したら良いんだろう。 兄さんの様に出来なかった。兄さんになれなかった。逃げ出してしまった。 足りないのだ。狂気が。気狂いぶったって所詮は凡人。もっともっと可笑しくならなきゃ。人の枠を出なくては。 この程度の行いじゃ到底及ばないって分かってたのに。 こんな事も出来ないから、誰も認めてくれないのに。 私は、黄泉ヶ辻・京介の妹なのに。 震えそうになる身体を抱き締めた。尊敬と愛情。羨望と嫉妬。 ない交ぜになった感情がどろりと濁る。ああ、もっと狂わなくっちゃ。 嗚呼。次はどんな事をしたら、兄さんの様になれるかしら。アークは、私を覚えてくれたかしら。嗚呼兄さん。嗚呼。 紅の瞳が、伏せられる。 その日。 妹を名乗るにはあまりに普通であった女は、大きすぎる一歩を踏み外した。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|