●鬼は夜に嗤う 深夜の古寺。 異形のものたちが列をなして進んでいく。 先頭に立つのは夜目に鮮やかに映る白い狩衣。 烏帽子を被った若い男だ。 「…………」 男は黙して語らない。 語る言葉を既に男は持たない。 男にあるのは陰陽道の知識だけ。 彼の実家に保管されていた巻物を紐解いた時、彼の心は『食われて』しまった。 自分の才能を認めない父への反抗から紐解いた巻物。 それには心を食らう化け物が封じられていた事を、不幸にも彼は知らなかった。 ノーフェイスとなった彼の力を欲して、巻物に封じられた鬼に引き付けられて異形が集う。 鬼が月夜に踊る。 百鬼夜行が甦る。 平安京があった昔から、遥かに時を越えて。 エリューションと呼び名を変えて異形が蔓延る。 「陰陽師ブームが何年か前から続いてるよな。今回はそんな人が喜びそうな話を持ってきた」 『黒い突風』天神・朔弥(nBNE000235)がメモ帳を開く。 「京都辺りに百鬼夜行をつれたノーフェイスが出るんだとさ。百鬼夜行って言っても実際はエリューションだな。 鬼の姿をしたもの、怪談に出てくる化け物のような姿をしたもの、三つ目の蛇や通常より大きな狸、闇より深い毛色の狐……色んな姿のエリューションがそぞろ歩いてる。 率いてるのは白い狩衣を着た若い男の姿のノーフェイスだ。 陰陽師を生業とする家の出だったらしいが今はもう自我はない。 巻物を紐解いた時に心を食われちまったらしい。 その巻物を持って徘徊してる。 巻物には『鬼』が封じられていて人の心を食らって実体を得るそうだ。 その巻物と、力を増したノーフェイスの力に引き寄せられてエリューションが百鬼夜行よろしく蠢いてる。 何人かはその『鬼』に心を食われて植物人間状態。 そろそろ噂になり始めているな」 パラリ、とメモ帳がめくられる。 「攻撃方法はさすが陰陽師、というか。ノーフェイスになった事で映画や小説の陰陽師さながらに雷を呼んだり式鬼を使ったりも出来るようになっている。 後は真言を使ったり祝詞で自分の怪我を癒したりだな。 巻物に封印されてる『鬼』はまだ目覚める気配はない。 だがこれも結構厄介な呪物のようだから破壊することが望ましい。 然るべき儀式の後焼いて処分するか封印しなおすか……封印する場合だとアークで引き取った方がいいかもしれないな。 ノーフェイスだし自我もなくしてるから倒す他はないだろう。 集まってるエリューションは配下じゃないから三つ巴になる可能性もあるな。 其方も捨て置けないよな。 活動時間帯は夜。場所は古寺の近くだ。 古寺は放棄されていて人気は少ない。 肝試しのシーズンも過ぎたし事前情報だと辺りに人が来ることは滅多にないそうだ。 でも念のため結界くらいは張っておいた方がいいかも知れないな」 陰陽師と夜行には大人しく常世へ戻ってもらおうぜ。 パタンとメモ帳を閉じて朔弥は席を立った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:秋月雅哉 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月12日(水)23:08 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●百鬼夜行は夜に蠢く 京都の夜、街灯の届かない捨て置かれた地域。 古寺の境内をじゃり、じゃり、と進む音がある。 月明かりに鮮やかに浮かぶのは白い仮衣。 闇にまぎれる黒い烏帽子。 『平安京』と呼ばれていた頃の装束だ。 病的に白い手には巻物が広げられた状態で鎮座する。 霊感とまではいかなくても少し勘の鋭いものならばその巻物から発せられるまがまがしい気配に気付くことができるだろう。 「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン」 陰陽師が使ったとされる不動明王の大咒を唱えながら男が歩く。 外見は二十代前半。まだ若い。 男の周りを様々な異形が取り囲む。 エリューションだ。 二又の猫、狼、虎に似た獣に翼が生えたもの、成人男性ほどもある巨大な鳥、番傘に目と足が生えているものや本来の色とかけ離れた漆黒の狐――……。 その数はおおよそ三十にものぼる。 さながら平安時代の、闇に身を落とした陰陽師が百鬼夜行を連れ歩いているようだ。 きゃらきゃら。きゃらきゃら。 子鬼が笑う。 食ろうてやろう、食ろうてやろう。人の匂いがする……極上の獲物が、近くにいるぞ……。 声を上げたのはなんと巻物だった。 この巻物には心を食らう『鬼』が封印されている。 その封印が解けかかっているとでも言うのだろうか。 巻物の言葉にエリューションたちが蠢く。 三つ目の蛇が器用に三方向に視線をめぐらせた。 どうやらまだ見つかっていないようだが見つかるのは時間の問題だろうか。 この陰陽師の姿をしたノーフェイスと約三十体のエリューションの群れ、全ての元凶となっている巻物の処理に駆り出されたのは八人のリベリスタ。 「陰陽師か、力に飲まれたようだが、興味深いね」 暗視ゴーグルをつけた『黄昏の賢者』逢坂 彩音(BNE000675)がその様子を見て小さく呟く。 「アーティファクトに心を喰われましたか。 同じ系統の力を使う者として、襟を正さねばなりません。 由緒正しい血筋の者の力と封じられた鬼の力、侮れません」 インヤンマスターである『下策士』門真 螢衣(BNE001036)が挑むように、或いは相手の力を推し量るようにきつく睨み付ける。 「百鬼夜行か。 常日頃から非日常的な戦いを繰り返している身ではあるが、それでもその光景には興味を強く引かれる。 ……ただの超常現象であればそれだけの感想で済ませられるのだがな」 エリューションとノーフェイスの現象ならば倒さねばなるまい、と続けたのは『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)だ。 そう、これはエリューションやノーフェイスが起こす現象。 既に犠牲者も出ている。 オカルト特集としてテレビで見ていられる真偽は言い方は悪いが二の次、という現象ではない。 その現象は確かに『在る』のだから。 「さて、思う所も特にはないか……まあ、なんでもいいさ。 せっかく百鬼夜行の様相を呈してるなら、お姉さんも混ぜてよさ。 退屈なんだ……暇を潰せるくらいには付き合ってよ。 せっかく何も考えずに戦えそうなんだ肝試しで終わるなよ、頼むから」 何故か般若の面を被った『霧の人』霧里 まがや(BNE002983)はどこか投げやりにそんな台詞を口にした。 「ただ認めて欲しかったんでしょうか。 積み重ねた努力も、受け継いだものも、今となっては判りませんが……もう手遅れで倒すしか無いのが悲しいです。 犠牲者を最後にするためにも、止めてみせます」 大きな目を一瞬哀しげに伏せたのは雪待 辜月(BNE003382)で、そんな彼に警告するのは『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)だ。 「魔道とは違い、陰陽道は邪の力を孕むと聞く。 知らなかったとは言え、男は力を持つ者として失敗した。 結果は結果だ。自業自得……のはずだが、そんな相手にも心を痛める馬鹿がいるようだ。 妾も似て非なる道を歩む者として少なからず感傷は感じるが……雪待、おぬしは優しすぎだ。 雪待、これぐらいで感傷を受けていては、いずれ心が摩耗して疲弊してしまうぞ。アークはそういう場所だ。少しは割り切れ」 そんなおぬしを見る妾も苦しくなる、とは心の中で。 「この陰陽師もある意味被害者か。 ミイラ取りがミイラにならないよう、僕らも気を抜かずにいこう。 ……アークの八咫烏と仕事で一緒になるのは初めてだな」 そう言って龍治に会釈する『DOOD ZOMER』夏郷 睡蓮(BNE003628)の隣で古寺と敵を興味深そうに眺めているのは『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)、鉢巻で懐中電灯を固定しての参加だ。 「うむ……古都、か。 こんな機会で無ければ史跡名刹巡りをしたい物だがな。 なにせ千年の都である。百鬼夜行のひとつやふたつ、それは出るだろう」 全員が身を隠していた草むらから立ち上がる。 辜月がシェリーだけに聞こえるよう、小さく告げた。 「……ぇと、大丈夫ですよ……? 割り切れる所は割切ってます、それでも、偽善に過ぎなくても、僅かでも救われる人がいたら良いと例え意味が無くても、願い求めて動くことは出来ますから」 「そういうところがお人よしだというのだ」 シェリーが眉を寄せると同時に辜月が強結界を使用する。 「獲物が八人。皆食ろうてやろう」 巻物が耳障りな声で嗤う。 ノーフェイスの陰陽師を取り囲んでいたエリューションたちの内数匹が飛び掛ってきた。 リベリスタの八人・ノーフェイスの陰陽師・エリューションと陰陽師をはさむような陣形を心がける。 「……おい、陰陽師! 貴様それでも王城鎮護の退魔師か! 千年の霊的守護に誇りは無いのか! 少しでも意地と心が残るならば、我らと共に妖怪変化を討て!」 ベルカの挑発によってか巻物の力によってか陰陽師が印を組む。 「ノウマク・サマンダ・バザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン」 言葉によって見えない衝撃が生まれ、エリューションを襲う。 その隙を縫ってまがやの放った一条の雷がエリューションを巻き込んで炸裂する。 疾風居合い斬りで確実に単体ずつ仕留めていく睡蓮。 その隣で素早い動きで複数の対象を同時に光弾で打ち抜くのは龍治。 「流石、頼りになるな」 「集中しろ。数が多いからな」 「おん・ころころせんだり・まとげいに・そわか」 薬師如来の小咒を唱えるのは螢衣だ。 エリューションの群れは数こそ多いもののどうやら知能、耐久力共に低いらしい。 数体が形を維持できずに霧散していく。 「雷撃、招来」 陰陽師が呪符に力を籠めると天空から幾条もの雷が降り注ぎエリューションとリベリスタにダメージを与える。 「心がない相手と擬似的とはいえ共闘はやはり無理か。見境がないな」 「エリューションも大分減ったがな」 「ところで、陰陽術の知識は本物なのだから、何かしら得るものが無いだろうかね?」 彩音が近接したエリューションに向かって圧倒的な思考の奔流を物理的な圧力に変えて炸裂させながら独り言のように呟く。 先の攻撃によって数人が負傷したため辜月が癒しの歌を紡ぐ。 「我が符より、三つ出でて啄め鴉」 式符・鴉が螢衣の呼びかけに応じて現れ、エリューションを啄む。 三十体ほどいたエリューションが陰陽師の放った二度目の雷によってあっという間に数体まで激減した。 成人男性ほどの巨大な鳥が鋭いくちばしでシェリーを狙う。 その胴体に向かってシェリーがチェインライトニングを放った。 「雪待、まだか?」 「もう少し下がって……今です、シェリーさん」 「承知した」 後方からフレアバーストを放つのに最も適した場所を探していた辜月の指示によりシェリーの攻撃が炸裂する。 残っていたエリューションはこの一撃で全て灰に帰した。 敵が陰陽師一体になったため睡蓮は疾風居合い斬りから近接技のメガクラッシュに切り替える。 「……うん、やはり相手の顔を間近で見て撃つ方が性に合ってるな」 「祓え給え 清め給え 守り給え 幸え給え」 陰陽師の唱えた祝詞が彼の傷を癒す。 「オン・ソンバ・ニソンバ・ウン・バザラ・ウン・パッタ」 抑揚も心の片鱗も見えないのは心を食われた障害か。 「何か言いたいこと……残ってるんじゃないですか? 本当に巻物に封じられた『鬼』に全て奪われてしまったんですか……?」 辜月の必死の問いかけに返って来たのは巻物の哄笑。 「こやつは既に我が傀儡。心を持たぬ道具よ!」 「辜月は優しいね。ま、わたしには関係ないけど」 まがやがどこか呆れたように吐息を吐いて攻撃に戻る。 翼の加護によって飛行能力を得、上空から掃討していた龍治が地上に戻ってきた。 「自我をのっとられ、自分の意思とは無関係に人に害をなすとは……さぞ辛いだろう。今、楽にしてやる」 「お前達、中々強いな。その魂を全て食らえば復活もかなり早まるだろうよ……」 「させるかっ!」 「オン・マカラ・ギャ・バザロ・シュニシャ・バザラ・サトバ・ジャク・ウン・バン・コク」 浅沓が砂利を踏みしめる。 螢衣が陰陽師の動きを封じようと試みる。 呪印封縛がかかったかに見えたが祝詞によってその効果はかき消されてしまった。 「攻撃に集中したほうがよさそうですね……」 「まがりなりにも陰陽師、か……それとも巻物の力かな?」 龍治が手にした火縄銃で胴体を狙い打つ。 睡蓮のリボルバーがその一撃に続いた。 「……オン」 青年が呪符を構える。 全ての真言を唱え終える前にベルカがカースブリットを放った。 陰陽師の動きが鈍る。 「エリューションは片付いたが……やはり対話は難しいか」 対話を望む辜月のバディだと自負するシェリーの眉間に再び皺が寄る。 「せめて、心が開放されますように……」 辜月が願いを込めてマジックアローを放った。 小さな魔力の矢は心臓部を射抜く。 巻物が陰陽師の手を離れ、陰陽師の身体がゆっくりと傾ぐ。 「陰陽道の知識があるならば、お分かりでしょう。 あなたの行く先は計都星と羅喉星が塞いでいます。 待つのは破滅による終焉のみです」 インヤンマスターが静かに告げる。 その言葉が届いているのか、いないのか。 自分に止めを刺した少年に虚ろな視線が向けられた。 自我を持たない、よくできた人形のような面。 開き気味の瞳孔が一瞬だけ収縮してまた開いていく。 最後に浮かんだように見えた微かな笑みは幻か現実か。 生まれる時代を間違えた、能力に貪欲すぎる陰陽師は灰燼となってその一生を終えたのだった。 「雪待……」 「大丈夫、です」 ぎゅっとシェリーの手を握って短く応じる。 「後は巻物の後始末だね」 「アークに持ち帰って封印なり処分なりしてもらうか」 「嫌だ、嘘だ、あと少し、あと少しで復活できるというのに……封印などされてたまるかっ……!」 人々の心を食らい続けた鬼は最後まで身勝手に見苦しく足掻いたが寄り代となる青年は既にいない。 呆気なく拾い上げられ、とりあえず丸められる。 「結局、凄かったのって実は陰陽師のほうだったんじゃないか? 巻物、いくら力があっても封印された身じゃ寄り代を失えばそれまでだ」 「八咫烏に同感だな。こうなると呆気ないものだね」 「そこそこ楽しめたよ。……巻物が強かったのか、陰陽師が強かったのかはどうでもいい。ただ……少しエリューションが歯ごたえなかったかな」 「巻物に引き寄せられてやってきた小物のようだったからな。 見かけと数だけはそれなりだったが」 やかましく喚きたてる巻物をケースにしまって龍治が持つ。 「百鬼夜行騒ぎも、これで終わりだな」 「ハッピーエンドではなかったかもしれませんが……最善は、尽くしたかと」 「植物人間になってしまった犠牲者はどうなるのじゃ?」 「アークが封印を選んだ場合はそのままかもしれませんが……しかるべき儀式の後の処分とやらを選んだ場合、魂が戻る可能性も高くはないですけれどありますね」 「螢衣の術でその儀式とやらを今行うわけにはいかないのかい?」 「インヤンマスターと陰陽師は似て非なるもの。これは陰陽術によって封印されていたものですから、陰陽の術を用いるんだとおもいます。 術の重ねがけは危険ですしアークに任せましょう」 「そうですか……」 「雪待。妾は雪待の想いが無駄だったとは思わぬ。……最期に、笑っていたからな、あの陰陽師は」 「……ありがとうございます、シェリーさん」 「事実を言ったまでだ」 「さぁ、同志よ。そろそろアークに戻るとしよう。今からなら始発に乗れそうだ」 「少し休みたいんだがねぇ……」 「この物騒な巻物をアークに引き渡したら休むといい」 「やれやれ、面倒な……」 古寺の後ろで空が白み始める。 長い夜が明けようとしていた。 一人の青年はこの世を去ったが、最期に浮かんだ笑みは彼が臨終間際に一瞬だけでも自我を取り戻したのだと信じたい。 リベリスタたちはそっとその笑顔を心に刻んで八人以外いなくなった古寺を後にしたのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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