●愛に呪い 祝福しよう。 此の生にひとつののろいを。 彼の死にひとつのまじないを。 祝福しよう。 変わらない愛をたたえて。 終わらない愛をかかえて。 ただ、ただ共に――。 ●物言わぬ愛 とある町外れに、絵に描いたような一軒家がある。 白塗りの壁に、赤い屋根の小さなお家。 軒先の庭には、季節ごとに綺麗な草花が咲いて。 まだどこか真新しい、小さな家庭がそこにはひとつ存在した。 そんな光景に似合わぬ、ひとつの音。 ぎぃ、ぎぃ――。 撓るような、唸るような。そんな音が、聞こえるだろうか。 その音は、目の前の小さなお家から響いている。 微かに聞こえる子守唄に乗せて、一定のリズムでその音は響き続けた。 「ぼうや、今日もいい天気ですよ」 麗らかに晴れた日だ。 青く晴れ渡る空を見上げて、涼やかな声が笑う。 その笑い声に応える声はない。 そんな小さなお家にいるのは、まだ年若い母親と、生まれたばかりの赤ん坊だ。 母親は赤ん坊を乗せた揺りかごを優しく見つめながら、語り掛ける。 「ぼうや、今日もお散歩に行きましょうね」 ぎぃ、ぎぃ――。 応える声はない。 麗らかに晴れた空の下で、ただ揺りかごは虚しく揺れ続けるだけ。 それも、そのはず。 母親がそう言って微笑んだ、その先。 揺れ続ける既に腐敗した揺りかごの中にあるのは、遠い昔に朽ち果てた赤ん坊の亡骸だけだけなのだから。 ●抱え続ける愛 「子の亡骸を抱えて彷徨う母親がいるらしいの」 リベリスタたちを一通り見回して、『リンク・カレイド』真白・イヴ(nBNE000001)は言った。 「母親はノーフェイスだけど、子供はアンデッドみたいだよ」 その他には、誰もいない。 どうやら、父親は既に遠い昔に亡くなっているようだ。 夫を亡くし、子供さえ亡くした母親の愛の行く先は、残った自らの子の亡骸である。 母親は、気付いていないのだ。 ただただ、物言わぬ子を抱えて、日々を過ごす。 愛を語って、愛を謳って。――その愛は、子と共に遠い昔に朽ち果てているとしても。 「場所は人里離れた町外れの一軒家。母親がひとりで暮らすには十分な広さで、庭も随分と広い」 ガーデニングが趣味だったのか、母親たちがいる庭は今も綺麗な花を咲かせているらしい。 母親はその庭で、既に腐敗した木製の揺りかごに子の亡骸を寝かせている。 その姿に、害らしい害はないのだけど。 それでも、その存在がエリューションであるならば、倒すには十分な理由だ。 「母親は随分と神経質になっているみたいで、自分の領域――その家に誰か他人が踏み込んだだけで、攻撃的になるから」 たとえば、新聞屋であったり、宅急便のひとであったり。リベリスタであったり。 誰でもいい。ただ、自分の領域に侵入する他者を、母親は許さない。 子供を守れるのは、自分しかいないのだから。 そうして、盲目に子供を愛する母親は、心を鬼にした。 愛に狂った母親には、既に言葉は通じないだろう。 ひとり愛を抱え続けた箱庭の世界で、母親はきっともう子の亡骸を愛し続けることしか出来ない。 「すでに亡くなった愛なんて、この先腐るばかり。だから、一刻も早く、眠らせてあげてほしいの」 時刻は昼下がりだが、人里離れた一軒屋では人目を気にする必要はない。 軒先の庭も、戦うには十分な場所だろう。 イヴはそう告げて、目を伏せた。 母親はきっと今だって、誰もいなくなった庭で子の亡骸を抱え続けている。 たったひとり、終わらせられない愛と共に。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ここの | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月09日(日)22:48 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●優しい愛の歌 子を想う、優しい子守唄が聞こえる。 人里離れた場所にひっそりと建つ、白塗りの壁に赤い屋根のお家。 子守唄に導かれるように足を進め、やがて訪れた、その場所。 リベリスタたちは傍らに伺える庭を確認して、足を踏み入れるよりも前に自らたちの状態を整える。 子守唄に潜むように、そっと与えられた翼の加護は、確かにリベリスタたちを勇気付けた。 『プリムヴェール』二階堂 櫻子(BNE000438)は、祈りに伏せていた目を押し開けて、ゆっくりと前を見据える。 子を喪った母親の気持ちなど、まだ分からない。 それでももし、と自分のことのように考えれば、その気持ちは分かるかもしれない。 ただただ、ひどく哀しいのだ。 とうに腐敗した愛の行く先には、何もないのだから。 でも。 「私たちは、リベリスタです。だから終わらせましょう。哀しい、とても哀しいその愛を」 そう、終わらせなければならないのだ。 櫻子の言葉を確かな物にするように、『空泳ぐ金魚』水無瀬 流(BNE003780)も頷く。 「この愛の終わりが、彼女の為になると信じて……終わらせましょう」 続くように味方と効率動作を共有し、攻撃や防御の力を大幅に向上させていく。 終わらせるために、準備は怠らない。 その傍らで。 『』アリシア・ミスティ・リターナ(BNE004031)も、小さく相槌を打った。 「人生とは数奇なもので、運命とは皮肉なものだな」 抗いようのないその空しさを呪うことしか出来なかった、その母親の姿が庭に見える。 どうやら、母親はやはり庭で赤子と共にいるらしい。 揺りかごに眠る赤子の亡骸を見つめるその目は、どこまでも優しいものだ。 自身たちの強化を一通り終えたリベリスタたちは、そっと庭先を確認して、顔を見合わせる。 やるべきことは、ただひとつ。 そうして。誰からともなく力強く頷いて、やがて庭へと足を踏み入れていった。 「……素敵なお庭ね?」 芝を踏む音に振り返った母親に、『骸』黄桜 魅零(BNE003845)が声をかける。 子守唄は、とうに途切れていた。 自らの領域に現れた他者に、優しげに微笑んでいた母親の顔色が変わるのが分かる。 穏やかに下がっていた目尻が釣り上がり、母親はひどく警戒した様子でリベリスタたちを睨み付けていた。 その行動に、何もおかしいことはない。 そう。ただただ、子を守る母親であるべく、母親は動いている。 たとえ、その子が既に朽ち果てた、亡骸だとしても。 「くそ! どうしてこうなったんだよ、ふざけんな」 幸せそうな姿。眩しい光景。 様々な物がいつかの思い出に重なるようで、『イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)はそう言って眉を潜める。 どうしてこんなことに、なってしまったのか。 今となっては、それもわからない。 ただただ目の前にある現実が、無慈悲に幸せの終わりを知らせていた。 だから、夏栖斗に続くように、『闘争アップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)は小さく息を吐いた。 「在りし日の幻影、か」 幸せを願うばかり、いつからかそれしか認められなくなってしまった。 赤子の本当の姿が、母親には見えない。 亡骸となろうとも、そこには赤子が確かにいるのだと腐臭から目をそらして愛し続けた。 そんな母親の姿が、悪いことだとは思わない。彼女の行動自体が、悪いわけではないだろう。 それでも。 幸福な日々が遠い昔に喪われているのだから、腐敗するばかりの偽りの幸福には、終止符を打たねばならない。 「同情はするさ、だがこれも仕事だ……眠らせてやろうぜ」 『ヤクザの用心棒』藤倉 隆明(BNE003933)は言う。 何故なら、何故ならば。それこそが、リベリスタのやるべきことなのだから。 なればこそ。 「――今日の私は、うぶめどりとなりましょう」 コンセントレーションを纏った『絹嵐天女』銀咲 嶺(BNE002104)が、己の武器である 夜行遊女を構える。 そうして。 青々と生い茂る芝を踏みしめて、戦闘ははじまりを告げた。 ●子守唄はもう聞こえない はじめに駆け抜けたのは、打刀のような太刀のような半端な長さを特徴とした鮪斬を携えた義衛郎だった。 軽やかなすばやさで振りかぶれば、そこから作り出された残像が共に母親を狙う。 母親から先に倒すべきと決めたリベリスタたちは、そうして真っ先に母親へと狙いを定めている。 残像による斬撃に続くように、魅零も足を進めた。 「魅零には骸にしか見えないけれど、所詮中身は同じ。魅零の中にも同じものが詰まってるし、抵抗はない、大差もない。そこに赤子がいるのなら、居るのでしょう」 そう、確かにそこには赤子がいた。 母親が守る揺りかごの中、まどろみに身を任せていた赤子が日常を壊すような騒音に早くも目を覚ます。 開けた眼には、既に何も映ってはいないのだろう。 濁った眼差しがリベリスタたちを捕らえ、やがて、赤子は泣き声をあげた。 瞬間、ひどく耳障りな声があたり一面へ響き渡り、その音にリベリスタたちは一同に顔を顰める。 子供特有の甲高い、大音量の奇声だ。 動きを鈍らせたリベリスタたちの中で、流に庇われた櫻子だけがすぐさま行動に移る。 「櫻子さん! 大丈夫ですか!?」 「あ、あぅっ……ありがとう御座いますっ」 回復手であるために流によって守られた櫻子は、そう言って詠唱を早める。 複数のリベリスタが動きを鈍らせていることを確認し、それを癒すためにも言葉は連ねられた。 そして、その連ねた言葉が癒しの息吹となり、リベリスタたちを奇声によるショックをあっという間打ち消していく。 母親も赤子も、決して強いエリューションではない。 とりわけ赤子に関しては、満足に身動きが出来るわけでもなく、その脅威性は怖ろしく低いだろう。 こうして実際に対峙することで、リベリスタたちはそれがよくわかった。 母親はただ子を守るために戦うし、赤子とて母を思って泣くだけなのだ。 そこにあるのは、決して悪ではない。 ただ、だとしても、世界に罅を入れ異常を来たせる存在であることには変わりなかった。 やがて。 身体の違和感を取り除かれた隆明は、己の武器をしっかりと持ち直してから攻撃を再開する。 赤子の存在は確かに厄介になるだろうが、それでも狙うべきは母親からだ。 現実から目をそらした母親を殴りつけ、隆明は口を開く。 「あんたが理解するかはわからねぇが、あんたが抱いてる子はもう死んでるんだ。眠らせてやったらどうだ?」 その思いが母親に届かないことはわかっていた。が、言わずにはいられない。 事実、母親はその言葉を理解することはないだろう。 だからただ、ただ否定するように。母親は悲鳴を上げた。 認めたくない。知りたくない。わかりたくない。 認めなくていい。知らなくて、わからなくていいのだ。 母親はそうして自らを騙し続けていた。 守りたかった。 どうしても、守りたかったのだ。 自分の子供を。自分たちのこの家を。この日常を。そして、この――しあわせを。 そんな風にして、今は亡き幸せばかりを抱きしめて、母親は盲目に子を愛し続けた。 それほどまでに。子供の死は、母親にはあまりにも残酷なことだった。 そんな母親の、髪を振り乱すほどの叫び声が、リベリスタたちの脳を揺さぶる。 悲痛な声は、リベリスタたち幾人かの思いを麻痺らせてしまうだろう。 それでも。 そんな中で、その声に歯を噛み締めて、心の痛みに耐えた夏栖斗は愛を騙った。 身動きが取れなくなるほどの声が、ひどく胸を痛ませても。嘘を吐いてでも安心させたいから。 「君は、この世界に愛されなかったんだ。それでも、子供は、大丈夫だから」 振りかぶられた黒鋼のトンファーが、母親を傷付ける。 必死に子供を守る姿が、より一層痛ましさを際立てて、蘇らせる思い出に責められれているようだ。 突き刺すような痛みに顔を伏せた夏栖斗は、なれど攻撃をやめることは出来ない。 そうであるからこそ、リベリスタとしてここにいるのだから。 そんな夏栖斗の背を見ながら、嶺もそっと周囲に気糸を張り巡らせる。 母親は守りたい思いからも、きっと逃げることはないだろう。 それでも念には念を入れることは、忘れない。 ゆっくり、ゆっくりと。 母親を絡め取るように張り巡らされた気糸が、そうして死に物狂いに暴れる傷だらけの母親を捕らえた。 母親に積み重なったダメージはとても大きなものだ。 もうすぐ、きっともうすぐにでも母親は地に伏せてしまう。 今もなお母親を動かしているのは、たとえ今は亡きものだとしても、とっくの昔に腐り果てたものだとしても。 それでも、それでも。それは確かに愛だった。 ●愛に朽ち果てる 「今、治して差し上げますね……」 身動きが取れなくなってしまっていたリベリスタたちを、再び吹き抜けた櫻子による息吹が治していく。 それと同じくして、ゆりかごが揺れて、赤子が母親を呼んだ。 まだ、ろくに喋れないような赤子の言葉だ。 その言葉にもならないような声自体に、意味はない。それでも母親にはわかった。 おかあさん、おかあさん。 言葉にもならない程曖昧な言葉で、自分の子供が、自分を呼んでいる。 その事実だけが母親の心を強く支えて、母親の傷を癒していくのだ。 まだ、まだ戦えるだろう。まだ、守れるだろう。 母親はそんな熱に浮かされるように、子供の声に応える。 「ぼうや、ぼうや……」 されど。 もがけども、気糸に絡め取られた母親では子供の下へは行けない。 アリシアの放ったスターライトシュートが母子へと打ち放たれて、その悲劇へ、終止符への一手をかける。 「何も知らないで、お願いだから殺されて!」 子の泣き声、母の叫び。すべて、すべて甘んじて受けよう。 どんな思いでもいい。なんだって、その思いの元が愛であるからこそ避けずに受け止めよう。 魅零はその心から、声高らかに告げて、ペインキラーを母親へと刻み付ける。 その力強い思いが最後の衝撃となって、そうして母親は終ぞ地に伏せた。 子供が呼んでいる。 子供が泣いている。 それでも、それでも。母親にはもう、立ち上がれるほどの力がない。 「おやすみ、よぉく眠りな」 やがて瞳を閉ざした母親へ、隆明はそっと言葉を落とす。 どうあっても、倒さなくてはならなかった。 ならばせめて、赤子が二度目の死を迎えるところなど見せぬまま眠ってほしい。 それが、リベリスタたちの思いだった。 何も知らずに、共に死んでいけば、せめてもの思いは救われるだろう。 現実はどこまでも理不尽なものだから、幻想の中で何も知らず、そうして死んでいく。 そんな、優しい、優しい悲劇を作り出す。 それが、他でもない、その手で腐敗した愛から掬い上げたリベリスタたちからの、最大の祝福だった。 それでよかったのかは、わからない。 それでも。 他にどうすることも出来ないなら、きっとそれが最善なのだとリベリスタたちは信じている。 「ごめんなんて言葉で、片付けることはできないけど」 母親さえ倒してしまえば、後はあまりにも簡単なことだった。 ゆりかごで母を呼び続ける赤子へと近づいて、夏栖斗は小さく呟く。 ごめんなんて言葉では片付けられない。それでも、何も言わずにはいられない。 せめて苦しまずに、済むようにしてやりたい。 赤子を見下ろした義衛郎がそう思ったように、リベリスタたちはそっと顔を見合わせる。 赤子の亡骸が、泣いている。 「ストールやおくるみ代わりにもなりませんが、鶴の織り糸、受け取ってください」 そっと放たれた、最後の攻撃。 赤子の声は、そうして途絶えた。 ゆっくりと、嶺から伸びた気糸が赤子を包み、そして赤子は眠りにつく。 やっと、今度こそ本当に眠りにつくことが出来たのだ。 ゆらゆらと揺れ続けるゆりかごの中で、深い眠りへと落ちていった赤子はもう目を開くことはないだろう。 やがて訪れた沈黙にリベリスタたちは静かに武器を下ろし、そうして、そっと息を吐くのだった。 ●沈黙した愛 「――この哀しい親子は、これで救われたでしょうか……」 ぽつり、俯きがちに呟く。 この優しい悲劇が親子を救ったかどうか、それを判断することはリベリスタたちにはできなかった。 残酷な真実の喜劇と、優しい虚像の悲劇。 どちらが正しく、またどちらが彼女のためだったのか。 それを知りえる術はない。それでも、あえて言うのならば。 「手を合わせて、祈りを捧げるくらいは出来るだろう」 それが親子への弔いになるはずだと、アリシアはそっと手を合わせる。 遠い昔に亡くなっているらしい父親の墓の場所は、わからなかったけれど。 せめてもと、夏栖斗の提案からリベリスタたちは風に揺れ続けるゆりかごの傍で、眠りについた母親に赤子の亡骸を抱かせた。 戦闘で少しばかり荒れてしまった庭も元の形へと直せば、そこはいつものように花が咲き誇る自慢の庭だ。 美しい庭で、親子は今度こそ穏やかな眠りについている。 それを見つめるリベリスタたちの気分は、決していいものではなかった。 でも、そんな風に眠った親子の穏やかな顔を見ながら、少しの弔いを捧げれば。 その悲劇にだって、確かに意味があったのだと分かる。 共に生きれなかった分も、母親と赤子はここでこうして共に眠るだろう。 母の子守唄も、子の泣き声ももう聞こえない。 静かな庭にそよ風だけが吹き込み、揺れる葉の音が子守唄の代わりのようにざわめくだけ。 「おやすみなさい」 手を合わせて、誰からともなく呟いて。 小さな祈りと、少しの願い。ただただ、母子の平穏な眠りを思って。 そうして踵を返してリベリスタたちが静かに立ち去れば、そこには誰もいなくなった。 ――それは、麗らかに晴れた日だった。 その人里離れた場所にある、白塗りの壁に赤い屋根のお家。 誰もいなくなったお家の、美しい花々が咲いた自慢の庭で、母と子は穏やかな笑みを浮かべて眠っていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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