● あたしが恵介に拾われたのは、今日みたいに暑い夏の事だった。 「夏に生まれた猫は弱いからすぐに死ぬよ。返してきな」 そんな風にお婆ちゃんに怒られて、でも恵介はあたしを見捨てなかった。 まだ目もよく見えないあたしに、一生懸命ミルクをくれて、体を拭いて……。 事あるごとにあたしの入った籠を覗き込んで、良かったちゃんと生きてるって、ほっとした顔をしてたあんたを、あたしはちゃんと覚えてるよ。 大きくなって、ちょっと目つきが悪くなって、お婆ちゃんが言うには「悪い仲間」って奴と付き合うようになって、家に帰って来なくなったけど、でも帰って来た時にはあたしをいっぱい撫でてくれた。 ねぇ、恵介。 ごうとうさつじん、ってのは、悪い事なんだろ? なんとなく解るよ。 恨まれたり怒られたり、泣かれたりするような事なんだろ? お婆ちゃんが泣いてたもの。 この、最近よくうちに来る真っ黒い影法師みたいなゆらゆらした連中は、おまえが狙いなんだろ? ねぇ、恵介。 あたしはもう年を取ってさ、あんまり上手く動けないんだけど。 だけど、あたしを助けてくれたあんたを、助けてやりたいって思うんだよ。 こじんまりとした古い家。その向いの空き地に、一匹の黒い猫がいる。 夕方も終わりかけの薄暗い時間帯。ほとんど通る人の居なくなった細い道を、猫はじっと見つめていた。 ゆらり。 熱の残るアスファルトの地面から陽炎が湧き上がるように、猫の視線の先で真っ黒な影が揺れる。 と、と軽やかな足取りで、猫は湧き出た影法師に歩み寄った。ゆら、と先の曲がった尾がしなやかに振られる。 ととと、と猫が近づく度に、道に影法師が増えていく。 ゆらゆらと、向こう側に建つ家をうっすら透かしながら佇む影法師達は、こじんまりとした古い家を――猫の主人の家を、じっと見ているようだった。 「にゃあぁ」 どちらが背なのかも判然としない影法師へ、猫の長い鳴き声が掛かる。ゆるりと振り返るような動作を見ると、確かに猫が声を掛けたのは影法師の背であるらしかった。 「にゃーぉ」 猫の声に誘われるように、影法師がふらりゆらりと向いの空き地へ集まっていく。 「にゃぁぁあ」 ――あんた達、恵介には指一本触らせないからね。 猫が鳴く。影が動いた。 ● 「E・ビーストとE・フォースの討伐をお願いしたいの」 リベリスタ達へそう言った『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の表情は、心なしか悲しげだった。 しかし、どうかしたのかと問いかける前に、イヴが再び口を開く。 「場所は住宅街。民家隣の空き地。今から急いで向かうと、まだ間に合うかもしれない」 間に合う、とは、何に。 人が襲われでもするのだろうか。いや、それならば、もっとイヴは急げと急かすはずである。今の彼女はどことなく、急ぐ事を躊躇うような気配が感じられた。 「現場になる空き地では、E・ビースト……猫が、E・フォース三体と戦っているわ。主人を守る為にね」 ぽつぽつと、やはり物悲しげにイヴは言う。 討伐対象のE・ビーストである黒猫は、飼い主を襲いにやってきた影のようなE・フォースと戦っているのだと。 「猫の飼い主は江波恵介、24歳。今はサラリーマンだけど、未成年の頃に、遊び半分で仲間と小さな雑貨店へ強盗行為をしてる」 結果、故意か事故か、店番をしていた男性を殺害していまった、らしい。 仲間の中には成人もいて、彼らは逮捕されたが、江波恵介は当時未成年であった為に厳罰は免れ、経歴に傷も付かないまま現在に至る、とイヴは眉を寄せた。 「E・フォースは、この事件に関連して江波恵介を恨む人達の思いの集まり」 被害者の関係者のやりきれない気持ちか、何故お前だけがと恨む昔の仲間とやらか、実際は解らないけれど。 E・フォース達は毎晩江波恵介の家の前へやって来ては、猫に追い返されているのだとイヴは説明した。 「だけど、多分、それも今日で最後」 イヴの視た近い未来で、猫は影達に倒される。江波恵介への恨みを発散するかのように、苦しく、惨たらしい方法で。 今から急げば、猫はまだ生きている、とイヴは言った。 けれど。 「そう、猫は、もう、ただの猫じゃない。飼い主を守る為、なのかしら。彼女は革醒してしまった」 そして運命は優しい猫を選ばなかった。 E・フォース達に倒されなくとも、どの道E・ビーストは討伐しなければならない対象だ。 駆け付ければ、健気な猫は無残な死を迎えなくても済むのだろう。けれどそれは、リベリスタ達が直接手を下さなければならないという意味でもある。 「お願い」 イヴの声は、やはりどこか悲しげだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:十色 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月12日(水)23:11 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ガサガサと小さく、けれど忙しない音を立てて空き地の草が揺れている。 夕日も沈みきって薄く夜を落とした風景の中、風で野草の揺れ動く様は涼を感じるものかもしれない。 しかし生憎と、それは風ではなかった。 それ――黒猫は、身を低くして草の間を疾駆する。横腹が痛むが鳴き声も上げず、骨が軋む音は聞かない振りで駆け寄った先にあるのは黒い影。 己の毛並みより尚黒く、しかし背景をうっすらと透かす影法師に向かって、猫は焼けた後ろ足で地面を蹴って飛び掛った。 「ッシャアアァーーッ!!」 白い牙と普通の猫よりも幾分長い爪を剥き出しにして掛かってきた猫に、表情の読めない影法師は僅かに怯んだようだった。 三体並んだ影法師の内、一体の腹辺りに一撃を食らわせて猫は地面に着地する。しかし、着地の際の衝撃で無理を重ねた全身が痛んだ。ほんの一瞬だけ止まった猫の動きは、影法師に見つかってしまう。 影法師の足元辺りから黒い鞭のような物が伸びて猫へと迫る。猫はまだ動けない。猫の、夏の空のように青く澄んだ目が細くなった。痛みを覚悟して毛がぶわりと逆立つ。 しかし。 「間に合ったみたいっすね」 ぴく、と震わせた猫の耳に聞こえたのは己の肉が裂ける音ではなくて、影法師の伸ばした鞭が鋭い刃を叩き込まれて弾かれた音。 そして『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)が、平坦な中にどこか安堵の色を含ませて呟いた台詞だった。 猫を背後に庇い影法師と向き合うようにして立つフラウに続いて、リベリスタ達が急ぎ足に空き地へと到着する。 「安心して下さい。我々はソラさんの敵ではありません」 フラウ同様猫――ソラと影法師の間に滑り込んだ『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(BNE000933)の言葉に、ソラは長い尾をゆらゆらと揺らした。 ソラは人の言葉を完璧に解するわけではない。しかし、影の鞭を叩き返したフラウの刃は、今ソラに向けられた孝平の背は。 「猫よ、大義である。我も、そいつらの排除に助力しよう」 貴族然と言い放ちつつ、恵介の家を背に守った『黒太子』カイン・ブラッドストーン(BNE003445)の行動は。 「私達は、恵介さんを護る為にきました」 『Manque』スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)の優しく、どこか悲しげな声音の台詞は、ソラの警戒を緩めるのに十分だった。 「大丈夫ですぅ。ねこはあたしのよきライバル。 ピンチのときはあたしがどうにかしてやるのですぅ!」 更に、小さな頭の中に直接響くような『ぴゅあで可憐』マリル・フロート(BNE001309)と、 「あぁ、俺達はそこの影みたいなのを倒しにきた。ソラ、お前さんに協力するぜ」 なぜだかこれは正しく理解出来た『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)の言葉が完全に敵意を喪失させる。 「んにゃあぁ」 ――なんだかよくわかんないけど、そこまで言うんなら頼んだよ、あんた達。 傷だらけの体で、猫の割には不遜に鳴いたソラの言葉に、フツが一人唇の端を吊り上げた。 ● 「来るぞ」 ソラと影法師の間に割って入っていた『リベリスタ見習い』高橋 禅次郎(BNE003527)の飛ばした声に、その場の全員の意識が影法師へと向かう。 ゆらりと闇夜に溶けない黒い体を伸ばして、様子を窺うように揺れていた影達が、一斉にリベリスタ達へと向かって来ていた。 「……貴方達の恨みはもっともです」 銃を構えて低く言う『さくらふぶき』桜田 京子(BNE003066)の憤りは、江波恵介に向いている。 一般人であり保護対象。しかし、恵介が他者を害した事実を京子は許せない。 影法師のE・フォースも、元々は恵介の事件が発端だ。事件が無ければ、影法師は現れず、そうすれば、もしかしてソラだって。 しかし、罪を罰する事は自分自身にしか出来ない。江波恵介には自身で罪と戦ってもらわなければならない、と京子は思う。事件の被害者の為にも、何より、ソラの為にも。 「でも、恨みで人が生き返るわけではありません。貴方達は戦う方法を間違っています。恨みが人を殺す事なんか、絶対にさせません!」 桜色の眼光が一番間近まで迫っていた影を捉えるが早いか、銃口から放たれた弾丸が影法師の透けた体を貫く。射抜かれた傷口から血のような黒い液体が噴出して、すぐに霧散し消えた。 一体が京子の銃弾に阻まれ動きを鈍くしている間にも、他の二体は障害物を破壊せんと滑るに近い形で地面を駆る。そんな影達の流れを止めたのはスペードだった。 「ねぇ、影法師さん。貴方たちの無念、私に受け止めさせてはくださらない?」 悲哀と慈愛を含んだ眼差しも、盲目の恨み辛みには今一歩届かない。無表情のまま突き進む影二体を、陽炎の如く昇る闇色に青い刀身を染めたスペードの剣が一線に薙ぎ払う。 先に銃弾を受けた一体も漸く立ち直る素振りを見せたが、重なる攻撃に、影法師達の動きが一瞬怯んだように遅くなった。 その隙を、リベリスタは見逃さない。 「そのまま固まっておいてくれよ」 三体がさほど離れずにいる間に、眉を顰めた禅次郎が伸ばす真っ黒な瘴気が影達を包み込んだ。闇夜より尚深く暗い霧に覆われて、影達が声も無くぐねりと身悶える様が薄らと視認出来る。 『なるほどねぇ。あんたたちは強いんだねぇ』 蠢く影達に目を眇め、近所のおばさんのような、ある種この場には相応しくないような呑気な声を上げたのは、ソラだった。 唯一彼女の言葉を正しく理解出来るフツは、黒い体についた傷を癒してやりながら、複雑な顔で笑う。 ソラの言う強い自分達の力は、E・フォースだけに向くものではない。今傷の消えたばかりのソラも、最後には。 そんなフツの胸中を知ってか知らずか、ソラは美しく整えられた毛並を満足そうに眺めて先の曲がった尾を揺らした。 「お前さんも疲れただろう。後は俺達に任せて、ちっと休んでてくれ」 ふわりと地面から足を離したフツに目を丸くしていたソラは、降ってきた声に少し考える風に耳を動かし、それから飼い主のいる家に視線を投げて、解った、と言うように尻尾を振って見せる。 「ソラはかしこいねこなのですぅ」 揺れる尾を見たマリルが言うのと同時に、彼女の持つ銃が、瘴気から解き放たれた影法師に狙いを定めた。 「良いねこはちゃんと守ってやるので安心するですぅ」 無邪気な声音と裏腹の容赦無い光弾に晒されて、影法師三体の体が黒霧のダメージから回復する前に再びよろめく。 よろめいた影の足が、止まった。リベリスタ達の動向を窺うように、或いは三体で相談でもするかのように、ふらふらと揺れながらその場に佇み動かない。 「……な、ん」 孝平が訝しみ目を細めた、次。 影法師達が二手に分かれた。二体がリベリスタ達と対峙する形でその場に残り、一体だけが江波恵介の家へと滑る。 「! 抜ける気っすか」 加速された足でフラウが駆けようとするのを、壁役に残った影二体が遮った。 二体の足元から墨色の炎が湧き出し、野草諸共リベリスタ達を囲うように燃え上がる。恵介の家へと近づきつつある影に対処しようと動くが、纏わり付く炎に焼かれ思うように近付けない。 「させるか」 落ち着いた声音で呟いて、確実に、壁となる影法師の一体を捉えたのは禅次郎の黒い刃。 禍々しい色を帯びた剣先が、淀んだ影に吸い込まれるようにして突き立てられる。間近で見た影法師の顔が歪んだ気がした。 痛みにか。果たされぬ無念にか。この影達にも、同情すべき部分は有るだろう。しかし、今は。 「悪いが、ソラが護ろうとしているものを、傷つけさせる訳にはいかない」 黒光を宿す剣が体から抜かれるより先に、影法師は溶けるようにして消えた。 「後は私達に任せて下さい」 残る壁役の一体を穿ったのは京子の放った魔弾。未だ足元に炎を散らす影法師が身をよじる暇さえ与えずに、正確無比な銃弾がその胸を射抜く。 音も残さず影法師は闇に還った。 二体の影法師が夜に溶けても、恵介の家へ向かう残り一体の足は止まらなかった。 しかし、止まらないのならば、止めるまで。 「影法師よ、汝らが影より深き闇に貫かれるがよい」 影にカインの言葉は届いていたのか否か。どちらにしろ、反応を示すより早く、進行方向を塞いだ黒翼のリベリスタから放たれた瘴気で、影法師は捕らわれる。 「……此処は通さぬ。汝らが想い、認めるわけにはいかぬ故な」 カインの声に構わず、瘴気にまかれた影が薄れゆく腕を伸ばす。方向は江波恵介の家。指先は届く事無く、やがて影を取り巻く暗闇ごと夜闇に散った。 ● 「ぅなあぁぁん」 しゃがみこんだフラウの足に、一声上げてソラは体を摺り寄せた。会話が出来なくても、機嫌が良い事がわかる。ピンと立った尾が、彼女の感謝すら示しているようだった。 「うにゃんっ」 フラウにしたのと同じように、黒い毛並を擦り付けようとしたソラの目をじっと見つめて、スペードがそっと口を開く。 「ねぇ、ソラさん? 大切なお話を、いいかしら」 「んにゃあ?」 なぁに? と言いたげに、ソラがスペードを、そして、決して晴れやかな顔はしていないリベリスタの面々を見渡した。 「最初に言った通り、私達は恵介さんを傷付けたりは、しません」 神妙な顔で告げたのは京子の言葉を、フツがソラへと間違い無く伝えていく。ソラはまだ、首を傾げている。 「恵介を傷付けたりはしないっす。けど、うち等はソラを倒さないといけない」 真っ直ぐな言葉を選んだのはフラウで、ソラはちょっと驚いたように、青い目を見開いてしゃがんでいるフラウを見た。 「ソラ自身わかってると思うっすけど、今のソラは普通じゃないから。このままだと恵介に迷惑を掛けちまうんすよ」 恵介の名前が出た時、ソラの耳がぴくんと動いた。 「……そう、このままではソラさんの手で、恵介さんを不幸にしてしまうことになるの」 不幸。スペードの言葉に、ソラの耳が、またぴくぴくと動く。真っ直ぐ持ち上がっていた尾は、いつの間にか下されていた。 「今はまだ大丈夫かもしれない、但しこれ以上フェーズが進めば、最終的にはお前は恵介を殺す事になる」 禅次郎からフツへ、フツからソラへと伝わる物騒な単語に、ソラの目は驚いたように自分の体を見下ろして、それから禅次郎を映す。 「済まない……これは多分、避けようのない事なんだ」 運命は、彼女を選ばなかったのだから。 眉根を寄せた禅次郎を見て、やはり苦い顔をしているフツを見て、似たり寄ったりな表情を浮かべる周りを見て、ソラは、 「……んなぁあん!」 一声大きく鳴いて見せた。そこに敵意は、無い。 『なんだい、格好良く助けてくれたと思ったら、湿っぽいね』 思いの外威勢の良い台詞はフツによってリベリスタ達に伝えられた。 『ふぇーず? とか? そういう難しい事は解んないけどさ、あんた達の気持ちならわかったよ』 にゃあにゃあとソラは言う。 『あたしは動物だからさ、なんとなくわかっちゃあいたよ。あぁ、輪っかから外れたな、ってね』 自然の一部。この世界の一欠片。回り続ける運命の輪。そこから確かに弾かれた事を、どこかで猫は知っていた。 『弾かれ者は、退かなきゃならない。自然の摂理ってやつさね』 「……その代り、伝えたい事があるなら飼い主に伝えてやるですぅ」 マリルの申し出とフツの頷きに、ぴぴ、と耳を動かして、まるで笑うように目を細め、ソラは鳴いた。 『ま、それっくらいはしてもらおうか』 ● 「ソラ、ソラー?」 狭い縁側から身を乗り出して、江波恵介は暗い庭へと愛猫の名を呼んだ。 そろそろ化け猫になるんじゃないかと言われるくらい一緒に暮らしている猫のソラは、時間に厳しい。餌の時間なら尚更に。 いつものこの時間になれば、どこに遊びに出ていても戻ってきて催促をするはずなのに。 「っかしいなぁ……拗ねてんのかな……」 この人と結婚しようと思うんだ。恋人を母親に紹介するような気持ちで、彼女をソラに会わせたのはつい先週の事である。 まるで値踏みでもするようにじぃっと彼女を見上げて、それからプイっとどこかで出かけてしまったソラは、不機嫌なようだった。 「まさかなぁ………あっ」 ようやく庭に現れた猫の気配に、恵介の顔が自然と笑顔になる。気配が近づき、それがソラだとわかれば、一層笑みは深くなった。 「なんだよソラ、今日は遠くまで行ってたのかー?」 大柄な体の割に足早に近づいてくるソラは、抱き上げようと伸ばした恵介の手の寸前で止まった。 「ソラ?」 名前を呼んでも、それ以上は近づいてこようとしない。ただじっと、青い目が恵介を見ている。 恵介がソラの様子に戸惑っている頃、リベリスタ達も夜に隠れて物陰から様子を窺いながら戸惑っていた。 ソラは倒さねばならない。代わりに、言いたい事があれば恵介に伝える手伝いをする。 リベリスタ達の案に、ソラは意外な程素直に頷いた。けれど、伝えるとは言ったものの、肝心のソラが何かを言う気配が未だ無い。 このまま逃げるつもりでも無いだろうが。 ソラと恵介の対話を手伝うフツとマリルがそわそわとし始めた頃、ようやくソラが動いた。 「おーい、ソラー?」 情け無く眉を下げつつも伸べられたままの恵介の手をすり抜けて縁側へと身軽に飛び上がり、飼い主の膝によじ登って彼の顔を、 「!! いった!」 爪で引っ掻いた。 「にゃん!」 ――頑張んなよ! 「……へ?」 血の滲む頬に涙目で触れようとした恵介の脳裏へ、フツが受け取り、マリルが読み取ったソラの"声"が届く。 別れの挨拶にするには短すぎる一声は、けれどソラにとって十分であるらしかった。 手荒い激励を恵介の頬に残して、黒猫は最後に一度だけ、恵介の手に己の頭を擦り付けてから家を出て行く。 「ソラ」 何かを感じたのか焦った恵介の呼び声に、返事も、振り返る事すらなかった。 「ふにゃああぁ」 ソラが再び鳴いたのは、リベリスタ達と揃って恵介の家から離れた別の空き地へ来てからだった。 『実際、言いたい事なんか思いつかないもんだね』 あっけらかんとしたソラの声に、フツの方が苦いものを噛み潰したような顔になる。 「……もっと色々と、あったんじゃないのか?」 『あったかもしれないけど、良いんだよ』 言わなくたって解ってくれるよ。なんたって、あたしと恵介の仲だからね。 フツの問いかけに、どこかの童話の猫のように目を細め、にんまりと笑ったように見える顔でソラが鳴いた。 「抵抗してくれても構わんぜ。……スマンな」 フツの言葉にゆるりとソラは首を横に振った。 「次、ちゃんとねこに生まれ変わったらあたしと勝負するといいですぅ」 マリルの声に、望む所と言わんばかりに黒い尾が揺れる。 「もっともっと生きていたかったよね、ごめんね」 京子の呟き落とした声を聞けば、彼女の足元へぐりぐりと頭を擦り付けた。 「ソラよ、汝は立派であった」 カインの言葉には心なしか胸を張り、当たり前、と言うように鼻を鳴らす。 「済まない……」 二度目の謝罪を口にする禅次郎は、言わない約束さ、とばかりに器用に片目だけを細くした視線を貰った。 ごめんなさい、と繰り返すスペードに歩み寄り、伝う涙をぺろりと舐めた後、ソラはフラウの前でちょこんと座った。 「悪いっすね」 波の薄い声に、ソラの尾がゆらりと揺れる。フラウの手には月光を反射する白刃。 「にゃあぁん」 猫が鳴く。ナイフが閃いた。 ――ありがと。あたしは幸せ者だったよ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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