●二年三組宮野衿子の証言 私は中学三年生だったんです。 教室の右から三番目は私が机にしていました。 鞄をかけるのは右で、黒板の日直のほうでした。 聞いて下さい。私は正気です。 友達は相手をしてくれませんでした。聞いて下さい。 チャイムが鳴るのがいつもで、紗苗は後ろから教室に入って来ました。 いつも後ろで、ロッカーのあるほうです。席もそこでした。窓のそばの、ロッカーの前でした。 最初は黒板消しでした。ドアから落とすのが白い粉で、誰よりもきれいに落ちた紗苗は人気者でした。 次は雑巾で、その次がバケツでした。皆楽しそうで、紗苗も笑っていました。だからいいと思いました。 聞いて下さい。私は正気です。証言をしないといけないのです。そうしないといけないからです。聞いて下さい。 紗苗はお金持ちでした。だからお金のかかることは紗苗に任せました。喜んでいたので任せるのが皆で、私は皆が喜ぶのでやりました。 やったのはイジメです。イジメが何かは分かりません。イジメをやりました。聞いて下さい。イジメをやったんです。やった筈なんです。 なんで聞いてくれないんですか!? 私は証言しているんです! ……イジメです! イジメをやったんです! 紗苗は死んだから、私を殺そうとしたんです! それで証言しなくちゃいけないのに、聞いてよ! 聞け! 聞けよおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!! ――カチン、と再生ボタンが上がった。 古いタイプの携帯式メタルカセットテープレコーダーで、その割には音声がよく入っていた。古すぎる媒体を用いることがセキュリティに繋がるとする思考から生み出された取材道具で、マイクやスピーカーが最新型なのにローテクというアベコベさを男はをいたく気に入っていた。 だから男はカーキ色のロングコートを年中着込み、たとえ時間が無くても必ず喫茶店で新聞を読んだ。ブラックのコーヒーとホットドックを注文してだ。 彼は一流の記者でありたいと思っていたし、そのコスプレ道具(残念ながらそう呼ぶしかない)も憧れの記者を真似たものだったが、どうしても彼の仕事はカストリ雑誌のフリージャーナリストから昇格することは無かった。 こうして今日も、警察関係者の友人から奇妙な証言ファイルとやらを流してもらい、真相究明と言う名のオカルトネタ探しに出かけることになるのだ。 題名は……『自殺少女の怨念か!? クラスメイト非連続殺害事件!』といったところだろうか。 男はコーヒーをほんの少しだけ残してから席を立ち、証言の中にあった中学校へと向かった。 喫茶店からほど近い場所だ。なんでもその時期に大きな学級崩壊が起きて教師7名の精神疾患及び辞職そして4名の自殺者を出して信用を失墜し、一時は取り潰しになる可能性もあった学校である。 それだけに後者は大変汚れ、ひび割れや黴も多かった。生徒のモラルは校門に現れるというが、分かりやすく塵や雑草が散らばっている。なるほど潰れかけなわけだ。 時間は夜。男は校門を乗り越え、堂々と正面から入っていく。 校内地図らしきものを何度も見ながらやや迷いつつ、例の教室を探り当てた。 教室は閉ざされ、鍵がかかっている。札には『第四資料室』と書かれているが、中にある資料とやらが取り出される機会は恐らくないだろう。事実上の開かずの間なのだ。 こっそり職員室も調べたが、この部屋の鍵は無かった。開けるつもりが無いのだ。 ピッキングツールを使い、30分程かけて開錠。かなり古いタイプの錠だったので楽だった。 扉に手をかけ、一思いに開けた。 真相究明にはなるまい。オカルト探しになるかも怪しい。 そして―― 私は『真相究明』と『オカルト探し』を両方達成してしまった。 恐るべきことだ。 もし私の言っていることを嘘や幻覚や妄想の類だと捉えるなら、この場所に来てみればいい。 まず見つけたのは死体だ。 女子中学生の服を無理やり着込んだ女性の腐乱死体だ。 判別は難しいが、窮屈そうになっている所からして高校生程度だろうか。 顔には蛆と蠅がたかり、水分は殆ど抜け落ち人間と見るには難しい有様だった。 だがその死体はあろうことか椅子に腰かけ、机に突っ伏しているではないか。 あの顔だけがこちらに向いてはいるものの、シルエットだけを見れば昼休み中にだらしなく眠りこける少女の姿に見えなくもない。 そんな死体が……27体あった! 現実だ。現実に起こっていることだ。 この法治国家の、市立中学校という行政管轄期間において、27体もの腐乱死体が、あたかも学校生活を送っているかのように机に座り、綺麗に並べられているのだ! 私は恐怖した。だがこれを世に知らしめれば一大センセーションが巻き起こるだろう。滝のように流れる汗を無視し、手帳を開く。事前に控えていた当時の学級名簿を参照した。やはりだ。27名とも、全員当時のクラスメイトだ! アングラ掲示板の情報によれば、彼女達は全く別々の人間によってほぼ同時期に一斉殺害されたと言う。通う高校も別。犯人も全員別で繋がり無し。偶然かもしくは当時自殺した少女の呪いかと噂されたが……まさかこんなことになっているとは! ……だがそうなると、気になることがある。 例の『発狂した証言』によればクラスぐるみの集団イジメの対象になって自殺した少女がいた筈だ。 彼女の席は窓側最後方の筈。だがそこに死体はない。 近寄ってみれば、机にこう刻まれていた。 『知っちゃったね?』 ガタンと、教室中の腐乱死体が立ち上がった。 振り返る。 私の右目に、シャープペンシルの先が急接近した。 ぶちゅんという音が私の中から聞こえた。 ペンが眼球を貫いた音だと気付いた時には、私は歩く腐乱死体に囲まれていた。 私はそう。 これから彼等と同じように死ぬのだ。 ●事件詳細 フォーチュナの説明はこうだ。 とある中学校にある開かずの教室には現在27体の『E・アンデッド』が存在している。 彼らはシャープペンシルやカッターナイフを使い、教室に入り込んだ人間を無差別に殺害するという。 これを放っておけばエリューションが拡大し、強力になって行くことだろう。 そうなる前に夜の教室へ侵入し、彼等を倒し、この事件を終わりにしてほしい。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月11日(火)23:13 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●放課後アウトブレイク・ID クリップ止めしたメモ用紙が風に流されて捲れていく。 『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)は親指で途中の一枚を止めた。 右目に走る七色のノイズ。 「証言を残した少女は発狂。教師七名の精神疾患に四名の自殺者。んで、『元』生徒が二十七名死亡。学級崩壊ってーか、学校崩壊のレベルじゃねーんすかね、コレ?」 「ありえない話に聞こえるかもしれませんが……」 黒縁メガネのブリッジを親指で押す『俺は人のために死ねるか』犬吠埼 守(BNE003268)。 「今時教師の精神疾患は『なって当たり前』の域にありますし、自殺者も少なくありません。学級崩壊によって幾度も担当者が入れ替わるなんてこともザラですしね。第一学校施設は内部で起きたことを情報閉鎖する性質がありますから、卒業してしまった生徒が沢山の事件に巻き込まれたとしても、『住んでいた地区が物騒だった』で逃れられます。監督下にありませんからね」 それでも鼻の良い記者が嗅ぎつけてくることはあるのだろうが……。 俯く『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)。 「とり潰しにならない方が逆に不思議なのダ……」 「中学校は義務教育機関ですから、無くなっては困るのでしょう。誰もが」 とはいえ責任者の首は随分激しくすげ変わったことだろう。 当時を知っている人間が片っ端からいなくなるまで『換気』を繰り返すだろうから。 しかし……。 「その原因が、いじめだって言うんだよね?」 『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)は自らの手を強く握った。 「悪い事だよ。自殺させる程追い込んだなら、裁かれる必要はあったと思う。でも全員殺されるなんて……」 「うん……あんまりだよ。行きついた先が、これなんて」 『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)はメモ用紙の最後の行へ視線を落とした。 『教室には27体のアンデッドが常駐。全て撃破せよ』 校門をくぐり、玄関を開ける。 随分遅い時間だというのにしっかりと施錠されていない。 と言うより、鍵が歪んで微妙に外れやすくなっていた。 これでは治安も悪くなるだろうに。 『Dual identity』小鳥遊 京(BNE000880)はふんわりとした服と髪に紛れて、目を剃刀のように細くした。 「いじめが原因の怪異、か……」 「ってゆーか、誰かの置き土産かもしんないけどね」 入り口を足で押し開ける『Le blanc diable』恋宮寺 ゐろは(BNE003809)。 「感情探査したけど……割と遠くの方に誰かいるっぽい」 「んー、魔眼いるの?」 目をまあるく開けて首をかしげる京。 反対にゐろははぶすっと唇を突き出した。 「別に平気そう。ヤバくなったら言うわ」 「分かった、その時は京さんに任せてねー!」 るんたかした調子で廊下を進んで行く京たち。 その背中を追いながら、『エターナル・ノービス』メイ・リィ・ルゥ(BNE003539)はふと窓の外を見た。 中庭の木が無造作に生い茂っている。 メモにあった紗苗という人物について考えた。 「あの人は、寂しかったんじゃないかな」 「……どういう意味?」 「接し方はともかく、皆は楽しんでて、相手をしてくれる。けど本人は楽しくない。一人にはなりたくないし、いじめられたくもない。ない、ないってずっと考え続けて、最後には自殺しちゃったんじゃないかな」 ただイヤなだけなら、対処法はいくらでもあった筈だ。 今のままで居たい気持ちと、今を変えたい気持ちが混在した結果、お互いをい殺し合ったのだ。 それはたぶん、この世のどこにでも起こりうる現象なのだろう。 「でもね、思うんだ。恨みで殺しちゃったかもしれないけど……本当は皆で楽しく過ごしたかったんじゃないかって。教室に集まって、みんなで。だから、だから……」 死体どうしの学校ごっこをしてるのかなって。 ●崩壊の渦 おさらいをする。 第四資料室(今回はここを教室と呼ぶ)に常駐しているアンデットは27体。 室内に突入する主な方法は扉からの通称侵入。飛行状態から窓を破壊して侵入する方法もあるが、今回は陸路のみを優先した。 扉が施錠されていた場合の開錠方法は特にないが、リベリスタの力で物理破壊すれば問題はない。 その上で、彼等は前後の扉から侵入。胡椒を轢き潰すかのように戦力を押し込み、ゾンビの群を強制圧殺する作戦を立てた。 概算で、おおよそ躓く要素は無い。 ポイントはどれだけ人体破壊を思いきれるか、だろうか。 前後の扉が押し開かれる。 カイと守はアイコンタクトをとった後、電灯のスイッチを押した。 明滅。 点灯。 その瞬間、机に座っていた27体のアンデッドが一斉にこちらを向いた。 「――!?」 すぐさま電灯を切り、ライオットシールドを翳す守。翳したコンマ1後には元男子生徒と思しきアンデッドがタックルでぶつかって来た。 続けざまに椅子を振り上げた生徒、チェーンを拳に巻いた生徒が殴りかかってくる。 「数が多すぎる。すぐに押し切られます! 急いで!」 守は盾の隙間から続けざまに銃撃。 アンデッドが次々仰け反ったタイミングで、ウェスティアが守の頭上へと飛翔。葬操曲・黒を斜め上から発射した。 魔方陣から飛び出した鎖がアンデッドの胸や腹、時には顔面を貫いて飛び、密集した彼等をきつく縛り上げた。 「京さん、いいよ!」 「ありがとー、がんばるのー!」 前のめりになった守の背を踏み台にして京が跳躍。一瞬遅れてフラウも教室内に飛び込んだ。 二人は空中で上下逆向きに『着地』し、自らの得物を抜いた。 拘束されたアンデッドの群に飛び込みダンシングリッパーを繰り出す京。 その一方でフラウは天井を走って更に奥のアンデッド達へと急接近。 頭上の果実を落とすかのようにナイフを振りかざし、残影剣で無数の首を斬り落とした。無論、落ちるのは床側へだが。 「あっちは順調そうなのダ、こっちも押していくのダ!」 小柄な女子生徒らしきアンデッドの腹を蹴り、杖で顔面を押し込むカイ。 腐臭を放ちはじけ飛ぶ頭蓋骨を無視して、カイはそのまま教室内へアンデッドたちを押しやった。 「君達を運んできたのは誰なのダ? イジメなんて些細な切欠なのダ、本当だったら一生の友人ができるかもしれない時期なのに、過ぎ去ってみないとそれが分からないのダ?」 アンデッド二体がカイの両目めがけてカッターナイフを振り下ろしてくる。 杖を一旦手放して二人の手首を受け止めるカイ。 「言いたいことは無いカ! 一体、何を見たのダ!」 「無駄だよ、そいつらもう死んでる」 ぬっとカイの肩越しにゐろはの傘が伸びた。銃口化した先端からライフル弾を発射。女子生徒の頭を弾き飛ばす。 「これは生き返ったんでも黄泉還ったんでもなくてさ、死体が動かされてんの。糸吊ってるみたいにさ。だから、感情も無いよ」 立て続けにトリガーを引き、人間だったものを破砕していくゐろは。 「悲しいけどね、そういうことだよ」 メイが神気閃光を発射。カイに群がっていたアンデッドたちがバタバタと崩れていく。 「学校ごっこは学校ごっこ。お人形遊びにしかならないよ、こんなの……」 倒れたアンデッド達を飛び越え、セラフィーナが空中で刀を抜く。 彼等を『踏み』越えなかったのは、彼女の良心によるものだった。 ぶわりと広がる服の裾。波打って尾を引く後ろ髪。 「私にできるのは、彼らを完全に眠らせてあげる事だけ――行くよ!」 アンデッドを袈裟方向に切断。噴き上がる血を突っ切って更に奥のアンデッドの喉を刀で貫いた。一度停止し、背後から忍び寄るアンデッド目がけて軸回転斬りを繰り出した。 円を描いて飛び散る血。その血すら、既に黒く濁っていたのが分かった。夜目が効いてきたのだ。月明かりでも良く見える。 そんな中、元女子生徒のアンデッドが机に駆けのぼった。シャープペンシルを逆手に握り、フラウへ飛び掛る。 「――ッ!」 腕を翳して防御するが、その腕にシャーペンが突き刺さった。アンデッドはまるでピッケル刺しした崖を昇るように腕を引っ張り、フラウの身体に纏わりつく。 「ちっ、離せ!」 腕や首を斬り落とすフラウ。しかし、それらを切断したと思った時には、四方から複数のアンデッドが飛び掛り、フラウを天井から引きずり落としてしまった。 机や椅子を薙ぎ倒して落下するフラウ。 「下手に動くな、首を斬るぞ!」 若干声を荒げた京が椅子を蹴倒しながら飛び掛り、アンデッド達の首を吹き飛ばした。 一旦遅れてセラフィーナが残りのアンデッドの足を切断。 しかし脚を失ったアンデッドが這いつくばってセラフィーナの脛に齧りつく。 「つうっ……!」 人間の顎は自分の体重と同等の圧力で物を砕けると言う。予想だにしない痛みに片目を瞑るセラフィーナ。 彼女の視界の端で、傘を前後逆ににぎったゐろはを見かけた。 はてと思った矢先。ゐろはは傘の柄の部分をハンマーに見立て全力でゴルフスイングした。吹き飛び、窓ガラスを割って落ちていく誰かの首。 その後に、ウェスティアの葬操曲と守のハニーコムガトリングが教室内を飛び交った。 慌てて駆けつけてくるメイ。 「セラフィーナちゃん、大丈夫!?」 「な、なんとか……」 回復をかけてもらい、片足で跳ねるように立つセラフィーナ。 その左右を守とカイが駆け足で通過。 椅子を階段代わりに机へと飛び乗ると、窓側の席から飛び石を渡るように突撃してくるアンデッドへと体当たりをかました。 もつれあって地面に叩きつけられるアンデッド。その衝撃で腐ったあばら骨が破損。内容物が放射状に飛び散った。 「ラスト――!」 分厚い本をパタンと閉じ、魔方陣越しにスイングするウェスティア。 まるではじき出されたように飛んだ魔鎖が眼鏡をかけたアンデッドの胸を貫通。そのまま首に巻きつき、蛇が小動物を無力化する時のようにごきばきりと骨を締め砕いた。 崩れ落ちる死体。 振り抜きの態勢のまま、ウェスティアは目を瞑った。 「ごめんね。こんなの、あんまりだよね……」 ●ある恋の物語 教室の荒れようは大変なものだったし、窓ガラスの破壊や戦闘音に気づいた宿直担当が駆けつけないわけが無かった。 元々治安の悪い場所だからか、射出型スタンガンのようなものを片手にやや老け込んだ男が教室を見に来たのだが……。 「『もうあなたは校舎内を見たの。何も異常はなく、変な事も無かったの。大人しく部屋に戻って寝るといいの』」 「……はい、私は校舎内を見ました、異常はありませんでした。部屋に戻って眠ります」 京の大きくつぶらな瞳を合わせられ、男はぼんやりとそう述べた。 最初はふらついてはいたが、すぐに姿勢を整えて何処かへと去って行った。宿直部屋にでも行くのだろう。 手を腰の後ろで組み、くるんと踵を返す京。 「これでいいの?」 「うん、ありがとう。怪我とかは残ってない?」 メイは京の指や腕についた傷跡に絆創膏を貼りつつ、ちらりと後ろを振り向いた。 椅子や机が倒れ放題なことは、まあ良い。 破壊したドアの鍵や、割れた窓や、流れ弾や乱闘によって壊れた蛍光灯はどうにも修復のしようがなかった。 更に言えば、これだ。 「死体の残りモンだらけっすね……」 床を踏むフラウ。びちゃんと音をたて、血の海に靴底が沈んだ。 黒く濁った海だ。 死体くらいは片付けることができるだろうが……地面に徹底的にこびり付くであろう血痕や、耐えがたい腐臭や、ほぼ壁のペンキと一体化した髪毛の類を消すのは難しかった。『今日は何事もありませんでした』等と報告した宿直担当の男は近いうちに憂い目に会うだろう。仕方あるまい。 それより、考えなくてはならないことが彼等にはあった。 「この教室はあまりにも出来過ぎてるよ。アンデッドが感染的に増えたんだとしても、誰かが死体を沢山運び込んだんじゃなきゃこんな風にはならない」 ウェスティアは元クラスメイトと見られる死体を一つ一つ確認して行った。 それぞれ、生徒の名札らしきものがついている。察するに当時のクラスメイトの名前なのだろう。この教室にこの名札の生徒がいたのは二年前ということになるから、この中学生制服や名札は殺した元生徒に無理矢理着せたものか、もしくは全く別の人間の死体に着せ替えを施したか。 どちらにせよ、手の込んだ……それでいて狂気の所業である。 「他に何か無いか調べてみるのダ。机に、教卓に、ロッカー……ン?」 カイが掃除用具入れを開けようとした所で、何かに引っかかった。守が寄ってくる。 「どうしました」 「この用具入れ開かないのダ。なんだか重くテ……」 「どれ、手を貸しましょう」 取っての部分にものをひっかけ、せーので思い切り引っ張る。 すると用具入れの扉ごと外れ、仲からは男の死体が転がり出てきた。 男。それも、記者のものである。 「例の記者、ですか……」 手を合わせてから懐を探る守。すると、手帳のようなものを発見した。 「全体的に血で汚れて読めませんが……一部は読めますね。生徒の名前です。宮野衿子があるので恐らくこのクラスメイトでしょう」 「全員分あるのダ?」 「いえ、途中が汚れていてやはり……最後の方は分かりますよ。小河紗苗。礼の子ですね、あと……なんて読むんでしょう。しん? あら? 新習志野零……?」 「でも変なのダ。この出席番号っぽいナンバリング……なんで『29』なのダ?」 首をかしげ、守とカイは顔を見合わせた。 「そうですね、ここの机は28台しかないのに」 一方――。 「向うは何か見つけてる頃でしょうか……」 セラフィーナは礼の記者が最後に見たという机の前に立っていた。 丁度、アンデッド達が座っていなかった空席部分でもある。 彫刻刀で彫ったのだろうか。『知っちゃったね?』と書かれている。 その跡を指でなぞりつつ、ゐろはが顔を上げた。 「セラ子、サイメモよろしく」 「せ、せらこ? 分かりました」 机に手を当ててサイレントメモリーを発動する。 物の記憶を読み解く。 どこかの教室で使われていた記憶。 判別はつかないが、内気な少女が隣の机に座っているのが見えた。 断片的ながら音が入ってくる。彼女がサナエチャンと呼ばれた所から察するに、当時の紗苗と見ていいだろう。 だが、これは机の記憶だ。 隣の机が彼女のものだとするなら。 この机は誰のものだ? セラフィーナが首を傾げたその瞬間、時間が激しく飛んだ。 教室に閉じ込められる中学生の男女。 放送用ディスプレイに表示される真っ白いメイクの少女。 驚愕とどよめき。 すぐに共にお互いを掴み合い、カッターナイフやシャープペンシルで相手の喉や顔を突き刺し合う光景。 「――ひっ!」 机に眼球の抉れた少女が突っ伏した光景を見て、セラフィーナは思わず机から手を離した。 そして、恐る恐るもう一度手を近づける。 次に見えたのは、熱心に机に彫刻刀を立てる少女の姿だった。 「見えてるよね、ね? 今これを見てるよね? クラスメイトが沢山死んだもんね、調べに来るよね? そしてこれを、必ず見るよね? そしてきっと、今このトキを読んでくれるよね、ね?」 頬を上気させ、息遣いを荒くする。壮絶な、それでいて恍惚な笑みを浮かべ、机に顔を寄せる。霧になるかと思う程熱い息を吐いて、ぺたんと頬をつけた。 「会いたいよ、会いたいよお。ねえ、待ってるから、早く来て。生まれ変わった私を見てよ。待ってるからね、ね? ……レイ」 ――そこで、机の記憶は途切れていた。 手を離し、後じさりするセラフィーナ。 「そのため、だけに……」 わなわなと沸き上がる震え。 胃の中のものが昇ってくるのを感じて、慌てて両手で口を覆った。 「一人のひとに会うためだけに、このひとっ……54人も殺したんだ!」 夜霧が街を覆って行く。 次の朝日が昇るまで、まだ何時間もあった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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