● ねえ、あたし、今、とてもはしたないわ。 とっても。とってもはしたないの。 血飛沫が頬を汚す。引き摺りだした臓腑が手の中で潰れた。薄暗い腹の中身が覗いている。 あたし、とってもはしたないの。 だって、こんなにも汚れた姿をしているんですもの。 「嗚呼――」 口付けるなら、舌を噛み切ってしまいましょう。 抱きしめるなら、その背にナイフを突き刺しましょう。 愛を告げるなら、その咽喉を潰してしまいましょう。 大丈夫、あたしね、貴方を愛しているの。 「母さん、駄目だよ。その人はもう死んでるから。仕方ないなあ」 「ホントにね、仕方ないね。母さんったら」 くすくすと少年が笑うと少女は甘ったるい声で『母親』に囁いた。お昼からお母さんったら、と。 咽かえる血の匂いの中、狂ったように少年と少女は笑っていた。 満たされない欲求。愛しくて、愛しくて堪らない。 「母さん、そんなに好きなら食べちゃえばいいって茨ちゃんがいってた」 「そうだよ、喰月みたいにお腹の中に入れちゃえば」 永遠に一緒でしょ? ● 「昼下がりの団地妻。……とか、前、リベリスタの誰かが言ってた」 さらりとドギツい事を言った、『リンク・カレイド』真白・イヴ(nBNE000001)にリベリスタ達は目を瞬かす。 「幸せ家族。家族構成は奥さんがノーフェイスで旦那様がアンデッド。因みにお子様は双子のフィクサード」 全く絵に描いた様な『不』幸せ家族だった。何が如何してそうなったと聞きたい位の家族構成。 「まあ、疑似家族。本当の家族じゃない。アーティファクトを使って悪戯双子が潜り込んだ。 因みにこの双子の所属は黄泉ヶ辻。パスタソースに脳味噌使ったりする子の友達らしい」 主流七派のうちでも閉鎖的な集団である黄泉ヶ辻。其処に所属するフィクサードである以上どんな考えがあっての行動かは分からない。 「多分、遊んでいるだけだと思う。双子の名前は男の方がマガネ、女がマトウ。年齢は14位かな」 さて、とイヴはリベリスタ達に向き直る。 操作したモニターに映し出されたのは薄汚れた細身のガラス瓶。ガラス瓶の中には薄桃色の液体がたっぷりと入っている。 「中身は香水。これがアーティファクト『盲愛ポルカ』。此れの破壊か奪還をお願いしたい。 効果はフェイトを得ないものを意のままに動かす。此れを使って実の子供の振りをしてるみたい。あとは、そうだね、名前の通り凄く他人を愛する見たい」 「ええと、それは媚薬作用とか?」 なにそれ?イヴは首を傾げる。勿論そんな甘ったるい効能ではない。 『盲愛ポルカ』は特に恋愛感情を向上させる。危ういまでの感情。殺して、食べてしまいたくらいの、想い。奥様――北沢裕見子は出かける事があまりない。其れが幸いしてか被害は少なかった。しかし、訪ねてきた管理人や営業マン、親戚を誰かれ構わず愛する。そしてその手で殺してしまう。――其れだけでは飽き足りない。愛しすぎて。 「食べる。好きだからだって。双子は其れが面白くてたまらないみたい」 彼らには好んで人を食べる友人にいる。だけど、面白くない。だって、好きで食べてるから。 普段、人を食べない人間に『人間』を食べさせる方が、よっぽど面白い。 「このままだと皆ごちそう様されてしまう。その前に止めて欲しい。つまり、団地妻こと北沢裕見子とその夫、北沢栄吉を討伐ということ。 出掛けないから部屋にいるだろうし、普通に客として乗り込めばいい。……まあ、双子の友達だとか云えば何とかなる筈」 チャイムを鳴らして適当な事を云えば部屋にあげてくれるだろう。其処からだ、キッチン兼居間に到達すると行き成り奥さんが凶器を持ちだし殺しにかかってくる。攻撃しようと彼女を狙えばその夫が庇う。 「時間がかかり過ぎると物音に気付いて管理人が飛んでくるかもしれない。 猶予はせいぜい3分程度。管理人は鍵を持ってるし、見つかったら騒ぎになってしまう筈」 その前に、アーティファクトを確保し、ノーフェイスとアンデッドの討伐を行わなければならない。 勿論、無理だと判断した際は玄関かベランダから逃げ出せばいい。ただし時刻は昼下がりなので其れなりに注意が必要だろう。 「フィクサードはきっと子供部屋に潜んでる。彼らはあくまで観察してるだけだけど、この事件の黒幕」 対応は任せる、とイヴは付け加える。 「それじゃ、よろしくね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月09日(日)22:36 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 団地妻、その響きに運命を感じて止まない『サイバー団地妻』深町・由利子(BNE000103)その人もジャンルで表すならば『団地妻』だろう。娘の為に生活費を稼ぐ癒し系で優しげなお母さんでもある彼女の左の薬指では亡き夫が彼女に渡した結婚指輪が鈍く光っていた。 彼女の左手薬指に輝くものが大衆的にはまともな愛だとしたら、今から向かう一室の異様な愛の形は何なのか。愛の形は人によるとは言ったもので黄泉ヶ辻のフィクサードらの作り出した愛憎劇もひとつの愛の形なのだろう。 ただ、其れを理解するかどうかも人の手に委ねられる。その歪んだ愛を理解できないと首を振る『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)はロザリオを握りしめる。 神秘を徒になす修道女は祈る。憎むべきはアーティファクトと黄泉ヶ辻のフィクサード。弔うべきは愛に狂った夫婦。 細められた今日の空に似た色の瞳は細められる。ロザリオから手を離す。其処に在るのは生命への冒涜。対立する相手でなくても、彼女の信仰を妨げる者は幾人であれど青い弾丸で撃ち抜いて見せる。 「さあ、お祈りを始めましょう」 愛の形――其れは『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)の指できらりと光るピンクゴールドのリングもそれの一種だろう。彼女が生を受けた雨降る優しい月を表す石を嵌め込み、内側にその指輪の意味を刻み込んだもの。 「どうしてこんなにも血生臭い事になっちゃったんだろうな……」 ぎゅっと手を胸に当てる。愛する者を食べたい位好き、その想いはなんとなく分かる。自分だって愛しくてたまらない人が居る。この指先で煌めく指輪を与えてくれた人。彼の顔がちらりと脳裏を掠めた。 ただ、愛に溢れていただけだた。人を食べて、食べて、そんな結末は誰も望んでいなかっただろう。そう思う。真の意図など彼女には解らないから。 「……ん、早く終わらせよう」 ただ、愛に冒された夫婦を救うために。 愛に冒される――愛ゆえに喰う。それは『黄泉比良坂』逢坂 黄泉路(BNE003449)が一度相手にした事のあるフィクサードを連想させた。真っ白なゴシックロリータのドレス。人を愛する時は食べると教わっていた少女のフィクサード。 「喰月に縁ある者か……」 『恋愛美食家』茨・喰月がレイピアを振り回す姿が黄泉路の記憶には新しかった。取り逃がした彼女の走り去る後ろ姿。失敗する訳には、行かない。見た者を愛しすぎるから殺して食べるなど特殊な嗜好はやはり彼の記憶の中のフィクサードを連想してしまった。失敗するわけにはいかない。斬射刃弓「輪廻」を彼はぎゅっと握りしめる。 太陽光に反射され茹だる様な暑さの中、簡素なコンクリートの階段をゴシックロリータ姿の少女が昇る。彼女の周囲を燐光を纏った黒い揚羽が静かに舞っていた。 「愉しむ為の家族ごっこ、ね」 愉しみたい、愉快で堪らないと下らない願望を抱えて其れを喜劇と為す。その喜劇の舞台で命の在り方を歪められ蹂躙された人々が居る。嗚呼、何て酷いのか。『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)の胸を疼かせる義憤。道理を外れた舞台監督。この胸を締め付けるのが確かにソレなのだとしたら―― 「まだ、私も『マトモ』なのでしょうね」 その憤りを持てるうちはまだ人であると、確かにそう思う。 「下らない茶番を終りにしましょう」 ふわり、ふわりと蝶は舞う。左胸を陽に透ける指先がなぞった。舞台のキャストは愛を響かせるか。嗚呼、こんな茶番じゃきっと響かない。 ● ぴんぽん、と室内に響き渡った音に北沢裕見子は返事を返す。流し場の水を止め、普段通りの動作で彼女は玄関へと向かう。 彼女の夫である永吉はマグカップに裕見子が注いだ珈琲を飲みながら新聞を捲くっていた。 「はーい、どちら様?」 「こんにちはー、お蕎麦のお届けです」 開け放った扉の向こう、おかもちを手ににっこりと微笑んだ『食堂の看板娘』衛守 凪沙(BNE001545)に裕見子は首を傾げる。お蕎麦なんて注文したかしら、と。 ――そんな疑問、『盲愛ポルカ』の前では消え失せていた。嗚呼、別にどうでもいいわ。 凪沙にさあ、いらしてと手招きする裕見子に「裕見子さん」と優しげな声がかかる。由利子は近所の主婦友達を装って玄関の扉を閉めた。先に侵入できた凪沙と由利子は顔を見合わせる。理由が違う以上全員が全員合わせて登場する事は難しかった。 おかもちを玄関に置き、上がりこんだ凪沙は統合格闘支援装備 四式“角行”で包み込まれた指先に力を込める。カニバリズム。先ほど笑顔で迎え入れてくれた女の行為。その行動に手を染めるフィクサードは多い。 フィクサードは私利私欲を満たすべく行動する面々の事を指す以上、多くなる事は仕方ないのだろう。尤も、食べても食べなくても人を殺めてしまう行為は許せないのだが――それよりも許せない事がある。奥の子供部屋に存在してるであろう双子のフィクサード。彼らの行為は凪沙からは絶対に許せないものであった。 目の前の裕見子はどこからどう見ても『普通』の奥さんだ。普通である以上食べ物だって『普通』の物を食べていたのだろう。そんな裕見子を『人喰い』に仕立て上げる行為など許せない。ただ、その犯人と拳を交わえるかは定かではなかったが。 「あら、いらしてくださいな」 玄関先に佇む二人に裕見子は首を傾げる。 ぴんぽん、と再度玄関のベルが鳴らされた。 「まあ、今日はお客様が多いわね。ちょっと待って下さる? ええと――」 「由利子です。裕見子さん」 旦那は留守ですから時間はあるのでと微笑む由利子の前を擦りぬけて裕見子は扉を開く。立っていたのは長い黒髪に、片目を眼帯で覆った『骸』黄桜 魅零(BNE003845)である。 「夫の友達なの」 さらりと告げる魅零に若いお友達が居るのね、と裕見子は首を傾げる。魅零位の年齢の子供が居てもおかしくない北沢夫妻であるが、『盲愛ポルカ』の香りはこの妻の思考を惑わす。凪沙も由利子も魅零も愛おしくて堪らないのだ。 「こんにちは、纏さんは居るかしら?」 「こんにちは! マガネ達と遊ぶ約束をしてたんだけど、居るかな?」 木蓮が張り巡らせた結界。彼女はシューターとして必要な驚異的な集中力を既に得ていた。勿論それはリリも同じだ。彼女らは尤も簡単な友人であるという手段を使い、訪れた。 「まあ、二人の? 奥の子供部屋に居るわ」 お待たせしたわね、と由利子に微笑んだ彼女はゆっくりとキッチンへと向かう。細っこいその背中は唯の中年の女でしかなかった。 頼りないまでに細い背中。辿りついた居間では静かに珈琲を啜る夫と昼食の片付けをする妻と言う在り来たりな図があった。 薄く開いた扉の向こうは子供部屋、襖を開き整頓されているのが夫婦の部屋だろう。 「いらっしゃい、こんなに大人数いらっしゃるのは初めてだから、何もお持て成しは出来ないけれど」 くるりと振り返った裕見子が握っていたのは泡が付いた包丁だった。 ● がたり、と子供部屋の扉が揺れる。視線を送り、糾華は常夜蝶を握りしめ、フリルを揺らした。ふわり、と舞う様に広がるスカート。 纏う黒いゴスロリドレスは蝶々の羽の様にひらひらと広がった。 「残念ながら、貴方達の相手はしてられないわ」 彼女の眼は子供部屋の二人を見つめている。見透かす様に、伺いながらも蝶々はひらりと夫婦を射抜く。その胸中に渦巻く義憤。溢れる想いは弾丸に乗せられていた。 煌めく指輪。背徳の気配を背負いながら由利子はあからさまなまでの無防備な仕草で永吉を誘う。全ては団地妻たる裕見子へ見せつけること。 その生の在り方、その存在自体が別の物であれど『団地妻』たる二人は水面下での格付けが始まっている。旦那へ送られるその仕草に裕見子の目は由利子へと注がれる、だが、其処に幼い友人である魅零がす、と入りこむ。 「黄桜、貴方の夫の愛人なの」 きひひ、と小さく笑いを漏らす。握りしめた大太刀。彼女の言葉に裕見子の動きがぴたりと止まった。 嵌めた魔力手甲。団地妻たる女は常ならば優しさを湛えたその顔に扇情的なまでの笑みを浮かべて手招きをした。 「さあ来なさい、情愛に嫉妬のスパイスを掛けてこそ握るその包丁は意味を為すの」 彼女の与える情愛は仲間達を十字の力を持って強化する。その嫉妬と情愛。但し、本日はその嫉妬と情愛の愛憎劇に身を任せる事はできない。歪みきった情愛なら、飲み干してあげる。『団地妻』たる女の目の前に躍り出る裕見子を魅零がくすくすと笑う。 「突然の暴露。家庭内裁判の開始とかはどう?」 こっちにいらっしゃいと、彼女は手招く。愛は素敵だけれども、其れでも限度はある。彼女の場合『やりすぎ』だった。 放つ暗闇と共に黄泉路はリリと立ち位置を変えて行く。出入り口から開け放たれた夫婦の部屋へ。戦闘行為で双子が気付かぬようにそっと、攻撃に紛れて。 化粧台の上に置かれた『盲愛ポルカ』を彼女は指先で手繰り寄せる。確かに存在していた香水の瓶を大事そうに握りしめて、ほっと一息ついた。 黒き瘴気に包まれていた夫婦が顔を出した所へと凪沙は雷撃を纏いながら武舞を繰り広げる。包丁が彼女の頬を掠める。血が伝う頬に構う事もせずに彼女は庇う夫を殴りつけた。 包丁を握りしめる裕見子の目は耐えず愛人と名乗る魅零を射抜く。 「ねえ、それ嫉妬?」 嫉妬の炎に巻かれる女を見つめて魅零がくすくすと笑う。為り下がったとしても感情的になれるのであれば『人』である。旦那の付けたテレビの音量をマックスにまで上げて、魅零は暗い闇を夫婦へと与える。 嗚呼、早く、早く殺さなければ。このまま狂った愛情にその身を任せるなんて、なんて苦痛―― 握りしめた拳は氷を纏い、永吉の腹を殴りつける。ふら付くその足取りであっても夫は妻の前に立ちリベリスタらの攻撃を受け流していた。 「愛しい人と一つになりたい気持ち……分からなくはありません」 結ばれた、愛しい人の顔がちらつく。構えた「Dies irae」は人を喰う女へと審判を下す。描く蒼い軌跡は永吉の腹を貫く。 生まれも育ちも考えも、交わらないその線の上、全く別々の存在が想い合う事の出来る愛は素晴らしい、そう思う。だからこそ、愛は尊くて、愛は素晴らしいというのに―― 首でちゃり、とロザリオが揺れた。赦さざる行い。尊い愛を貶すフィクサードを許さない。けれど、そこには手が伸びない事を知っているから、せめて知っていたはずの愛を思い出してほしい、とその想いをこめて。 「裕見子様なら、きっとご存じでしょう? こんな、こんな一方的で暴力的なものを愛とは呼ばないとッ!」 放たれる蒼は彼女の魔力と石を凝固して呪いとして軌跡を残す。腹から流れる血を厭わずに妻を庇う姿。嗚呼、もう命がないというのに、其れでも愛してると言うのか。 「――こんな姿になっても貴女を想う旦那様を見て、そう思いました」 ぎゅ、と握りしめた銃が送るのはシスターの慈愛。願わくば、彼女らの望んだ愛を思い出してほしいと。 Muemosyune Breakから放たれる弾丸が永吉の命を散らす。目を細めながらも哀しげに木蓮は俯いた。嗚呼、早く終わらせてやらねば。こんなこと、誰も望んでいないのだから。 放つ弾丸に乗せるのは彼女なりの優しさ。想いが、心を貫通する。木蓮は唯、唇をかみしめながらもその優しさを放った。 「悪戯に人の心を弄ばれ、あり方を、尊厳を踏み躙られ、望まぬ趣向を刷り込まれる――」 糾華は褪めた目で裕見子を見つめた。 自身の心を弄ばれる、玩具の様に楽しまれる。其れがどんなに無念な事か。紛れもなく人であった彼らを想う。それすらも偽善になってしまうのかもしれないけれど。 本音ではない、踏み躙られて、其処に留まった下らない思いを、偽善であれど想うからこそ彼女はその言葉を口にする。 「愛と嘯く『ソレ』を私に向けるんじゃない。生臭いのよ、化物」 植え付けた死の爆弾が炸裂する。周囲に広がった生臭さは生々しいまでの情愛の臭いか。 ● 昼下がり、暑さも手伝ってか団地の周りには人が居ない。 こんこん、と擦りガラスをたたくのは『ヴァルプルギスの魔女』桐生 千歳(BNE000090)だ。擦りガラスを開けて応対する優しげな老年の男は昼下がりに若い娘が訪ねてくる事に聊か疑問を覚えながらどちら様ですか、と問うた。 「あ、あの、お話しが……」 何処か困った雰囲気を纏った端正な顔立ちの少女に管理人は何かあったのかいと優しく笑う。彼女の金と赤の瞳が男の目を合わさった。 ――300年を生き抜いた魔女の姿が脳裏に浮かぶ。手本として持ってこいであった。隠した翼が静かに揺れる。 シン、と静まったコンクリート造りの団地。少女は静寂に紛れる如くその眸で男を魅せた。 「貴方にはこの建物の一回の部屋は存在しない、故に、音も聞こえない、何も見えない」 蠱惑的に笑った魔女は瞬間的に普段通りの千歳に戻る。明るく人懐っこいマゾヒストは楽しげに眼を細めて笑った。 「てゆーか、今日は仕事ないから帰って良いよ! 以上!」 ばいばい、と手を振る。魔女っぽさはこの際捨て置いた。こんなもんかな、と管理人を見ると、彼は千歳の思惑通り仕事がないから暇だなあとテレビの電源スイッチを押した。 彼女は走る。走る。早く向かいたい。何たって出会いたい人が居た。――ジャンルはショタだ。黄泉ヶ辻のフィクサード。鉄という少年。齢は14歳程度だが幼さが残るその風貌であればショタと断言しても良いだろう。 「デュフッ、でゅふふふふ」 はぁと切なげな吐息を吐きながら彼女は笑みを漏らす。嘗め回したいし物理的にも食べてしまいたい。ショタコンとは業が深い。語源たる正太郎もこんな千歳の様子に涙を流さずにはいられないだろう。 ガチャリ、と扉を開けば室内から漂うのは甘い匂い。靴を履いたまま彼女はグリモアールを抱え翼を揺らした。 「お邪魔しまーす! 双子の愛人でーす!」 嘘なんていらないけれど。それでも、愛しいから言っておこう。戦場に滑り込んで彼女が送るのは血液の黒鎖。濁流の様に戦場を呑み込んで、その愛情に溺れさせる。 「――遅れて、ごめんね」 魔女の愛情は鈍色の鎖で絡まった。 ● 傷つく体を其の侭武器にして、振るう。ダークナイトたる黄泉路はダメージ全てをぶつけた。遊戯を止める。 眼帯で覆われた瞳がすぅと細められた。好戦的な一族の中では『あくまで』落ち着いた性質である彼へ齎される癒し。 「……こんなことして、いつかお仕置きしてやるからね」 包丁を振るう女をやり過ごしながら魅零は子供部屋を睨みつける。命を弄ぶ輩など赦す事は出来なかった。子供であれど、その行為を赦す事はできない、今が無理でもいつか、この手で。 喰われても良いし、刺されても良い。其れが愛情表現と言うならば魅零は喜んで受け止めた。夫婦は互いを愛している。夫は妻を、妻は夫を。そんなふうに愛しているのだから、だからこそ最期は共にあれば其れで良いだろう。 「一緒に死んで、永遠に共に……!!」 其れが彼女なりの優しさ。声にならない声で告げるのは、眠りへ誘う言葉。闇は、深く女を飲み込んだ。 ぎゅ、とリリは香水――アーティファクト『盲愛ポルカ』を握りしめる。飲み干す事はできるが、双子のフィクサードはリリの手にアーティファクトが渡った時点で奪取する事は諦めていた。 「あーあ、マトイ、どうするの? アーティファクトとられちゃったよ」 「別にいいもん。他にまた捕ってきたらいいじゃない」 くすくすと笑いながら扉を開いて現れた双子に千歳の瞳は輝く。その目線の先は鉄だ。ショタだ、見つけた!ときらりと輝く瞳を受けて鉄は微笑みを返した。千歳の邪な視線から抜けている少女の纏はリベリスタ達を見回す。 「家族ごっこは、楽しかったかしら?」 胸中に渦巻く激情を抑えながら糾華は纏へと問いかける。彼女は唇を歪めて、微笑んだ。勿論、と。何処にでもあるからこそ、突如訪れる不幸に苛まれる様子が楽しい。嗚呼、何て理不尽な理由だろうか。 「その顔、覚えたぞ。お前らも俺様の顔、覚えとけよ」 許せない事だった。けれど、この場での戦闘は出来ないと分かり切っていたから。木蓮の目は双子の顔を射ぬく。 「……次はこの手で止めてやるからな!」 「待ってるよ、おねえさん。そっちの赤いおねえさんもね」 その言葉に千歳は頷く。何時かセクハラしてやる、と彼女は浮かぶ笑みを押さえこんだ。顔は覚えた、名前も知った。もう逃がさない、次に会ったら――。 「んふふ……」 零れる笑顔に双子はベランダから走り去る。交戦の意思がない事を理解し、じっと見守っていた黄泉路にはその逃げ去り方が彼の記憶の中に居る喰月と言う少女を連想させた。 そっと寄り添う様に倒れた夫婦の亡骸にシーツを被せる。 「……見られたいものじゃないでしょ?」 糾華の言葉にリリは頷いた。握りしめたロザリオ。祈るのはこの愛に溺れた夫婦の幸せ。嗚呼、如何か御国で幸せに暮らせます様に。安穏を。 「――どうか、力なき人々が神秘の犠牲になる事が亡くなります様に」 昼下がり。ただ、その場にあったのは咽喉から溢れ出た情愛。 カーテンを揺らす残暑の風。太陽で熱されたアスファルトへとリベリスタ達は降り立つ。振り向くことなく彼らは走り去った。 其処に残されたのは愛に溺れた二つの死骸。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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